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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
宮崎県高千穂の夜神楽を観た。最初、神社内の神楽殿で観光客用の祭を観たが、解説もなくちっとも面白くなかった。その後、地元の民家に押しかけて、本当に村民が楽しんでいる祭で観た。こちらは、焼酎や焼き芋、お汁粉、漬物、うどんなどの振る舞いもあり、近所の人が総出でワイワイガヤガヤ。手作り感一杯でとても楽しかった。同じものでも、まるで別物。魂がほとばしる祭は現地現物に限る。
名古屋駅前のイルミネーションが、今年は不評だ。JR高島屋の壁面に、巨大なスクリーンが設置されていて、冬の京都やパリの凱旋門やエッフェル塔が映し出されている。それを観てタクシーの運転手が「風景だもん。面白くないよ」という。どこかの風景を持ってきてもそれが何なの?というわけ。去年は光る星座だったが、それに比べるとまるで想像力を必要としない。ディスプレーは想像力に働き掛けないと。
某社の役員の話。若かりし頃、ストレスで頭の毛が全部抜けたことがあった。それを嘆いていたら、目に障害を持つ同僚に「お前、なに隠しているんだよ」と叱られた。その同僚曰く「そんなの恥ずかしがるな。俺なんか、この目だけど何も悪いことをしていないし、迷惑も掛けていない。堂々としていればいい」。このひと言で彼は救われたという。ハンディかどうかは、他人ではなく自分で決めることなのだ。
日本のTVでもたまにはいいこというものだなあ…と感心したのが「世論は情よりも筋を支持した」という言葉。造反議員の復党をどう思うかへのアンケート結果へのコメントだが、市民は日常ことは「情」で解決する。が、関係者が多い大きな枠組を作るときは常に筋で考えるものだ。それは、歴史的に明智光秀に誰も味方をしなかったことからでも明らか。市民の良識だけが救いのニュースだった。
情けない…造反議員たち。朝令暮改は悪いことではないが、民営化が正しかったがどうかの結論も出ていないうちに「私が間違っていまして」ではなく、「復党したい=金ほしいので」という理由で意見を変えるその生き方が理解できない。中には復党を許した安部総理を「命の恩人」と呼ぶ議員もいたが、命の恩人は反対票を投じたあなたに投票した有権者だとわかっていないのか。皆、優先順位がぶれすぎだ。
若手社員たちが複数のグループになって団塊世代の攻略法を考えた。発表されたプランはどれも秀逸。ただ、団塊世代を「お金・時間にゆとりがある」「自分らしさにこだわる」などポジティブに捉え過ぎているのが気になった。マーケティングの根底にあるのは市場に対し「あなたは××が怖いのね〜可愛そうだなあ〜私が何とかしてあげよう」という思いやり。団塊の何が可愛そうなのかをも探し出して欲しかった。
高千穂神社の宮司さんの講演会に参加。その中で日本語の「もったいない」に匹敵する外国語がないと聞いて驚いた。外国では「無駄だ→捨てる」ということなのだろうか。この国のオフィスも工場もいつしか「無駄だ→捨てる」になってしまっている。しかし、「もったいない」の視点で「時間がもったいない。データがもったいない。人材がもったいない」などと考えたらもっと知恵が出るのではないか。
部下が無料の公開セミナーを開いた。集客が少し足りないなあ…と思っていたら、ある日どっと増えた。彼のクライアントのひとりが自社内の各支店及びグループ会社に案内を出してくれたのだ。それも単に「無料セミナーがあるよ」だけでなく、「こんな人にはこのように役に立ちます」という案内つきで。
某社で活動の成果発表を行った。折角良い活動をしたチームがあったのだが、プレゼンが下手で言いたいことの半分も伝わらない。聞いていた常務が、最後に「ちゃんと練習してから来い。仕事を侮っているんだ」とのコメント。それを聞いてドキッ。私自身、講演会で「やり切れるだろう」と挑んで、時間内に収まらず早口になる、全部話せないなど失敗したことばかり。練習不足ではプロとは言えない。
松坂が「イチローとの対決が楽しみ」と語ったことが波紋を呼んでいる。松井ではなかったからだ。一部報道によれば、WBCに来なかった松井に好意を持っていないとのこと。人は「何を大事に思うか」が一緒でないと、力を合わせられない。職人は、いつ、天下のために力を貸せといわれるかわからぬ存在。私も一介の職人として、何かに力を貸せいわれたときに判断する価値基準を自分で持たねば。
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