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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
10月11日付け日本経済新聞の中部・大阪版だけだと思うが、私の名前が出ている。落合監督優勝の頁の右側の頁全面にあるNTTコミュニケーションズの「Forum2006」の広告。名古屋では11月8日、東急ホテルで行われ、私が講演することになり、そこにプログラムが載っているのだ。演題は「攻めの経営を支える、名古屋流『現場力』のつくり方」。私はこのうち13:20〜14:10を担当。入場無料です。
落合監督の涙の要因のひとつが阪神タイガースの猛追だった。インタビューの中で「あそこまで追い込まれるとは思っていなかった。球史に残る戦い方だった」と語ったが、最大9ゲーム差を付けた後、そこから23勝4敗。2ゲーム差まで追い詰めたあのモチベーションはいったいどこから来たのか。「去年の日本シリーズでの悔しさ」がバネになったとしたら、悔しさをバネにする人の強さを改めて感じた。
「何があっても優勝しなきゃいけない、させなきゃ行けない」。優勝したドラゴンズの落合監督が泣きながらインタビューに応えた。このインタビューの「させなきゃ…」という部分に管理者の責任を感じる。管理者は「優勝したい」ではなく、「優勝させる」。「部下に何を与えられるか」に常に挑戦する姿勢が必要だ。そして、それを与えられたときに、責任から開放されて泣く。私もそんな管理者でありたい。
10月8日に札幌ドームで紅白戦を行った日本ハム。観客動員は、なんと超満員の3万8人千。また、ゲーム終了後にはベースランニング競争やホームラン競争など、当初予定になかったファン感謝も付け加えたという。森本選手は「こんなファイターズが好きです」と語ったようだが、このチームの強さも6日に書いた「やろうよ」の強さを持っている。日本シリーズに登場し「やろうよ」同士で対決して欲しい。
某社で昨日書いた「やろうよ」の風土作りをお手伝いしている。中間発表を終えたとき顧問がコメントした。「オーナーが槍を持って藪を突付いて来いという。つつくとたまたま猪が飛び出す。其れを追い捕まえると『私がやりました』といい、逃がすと『お前のせいだ!』と言っていた。今まではそんなマネジメントだった。それが君たちは、全員参加で、それぞれの持ち場を決めてお互いの連絡を密にし、猪の居場所を常に確認しながら仕留めるスタイルのマネジメントをしている」。そんなマネジメントなら、ゆっくりと、そしてヒタヒタと成長していけるはずである。
シングルヒットとバントの積み重ねで勝つ。中日も阪神もそんなチームだが、ホームランバッターなしで勝つには皆の方向感がひとつに向いていないとできない。何かあったときには「じゃあ、皆でやろうよ」と協力できる場作りが不可欠だ。「やってはいけない」や「やれ!」はコントロールできる。しかし「やろうよ」は、トップにはコントロールできない。歳月を重ねてそうした風土を作っている会社は強い。
5年前に講演した先の社長と話す。私は覚えていないが、私が「良い眼をした人ですね」と褒めた人物が居たらしい。ところが彼はその後業務上横領を働いて退職。さらにサラ金から多額の借金をして、借金苦で自殺したと聞いた。とても優秀だった人材だというが、優秀な人はその優秀さからこのように転落することがある。「何をやっても大丈夫」と思い込み、その裏のリスクが見えなくなってしまうのだ。
大阪本社のクライアントが前年比120%以上の成長。社長は「どこでもドアのおかげです」と笑う。「どこでもドア」とは、オフィスに60インチのフラットテレビを置き、そこに東京や札幌、福岡などの出先のオフィスを映し出した空間のこと。そのTVに写っている人に話しかけると、そのまま顔を見ながら、受話器不要で会話ができるのだ。今年の好成績はコミュニケーションが促進された結果の好成績だと言う。
昨日の研究センター長から、ビジネスで成功する秘訣を聞いた。それは、「最先端の技術を既存のビジネスモデルで売ろうとしても成功しない。成功するのは既存の技術のものを新しいビジネスモデルで売ったもの」という法則だ。ホテルや旅館は既存の商品だが、旅窓で売って成功した。電子メールは既存の技術だが、パケット通信という新しい金の取り方で成功した。確信を突いた真実だと思う。
某社の研究センター長が、研究所設立の経緯を教えてくれた。「うちはメーカーなんです。一度作ると変なものは作れません。だけど、いいものを作るためには、いろいろ失敗しなくちゃいけない。失敗しても良い場所が必要。だから研究所を作ったのです」これを聞いて目から鱗が落ちた。研究所って、失敗していいところだったのだ。だからコストを問わない等、受託部門とは異なるマネジメントが必要なのだ。
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