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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
万博会場に行ってみた。予想外の広さだった。パビリオンひとつひとつの間隔が広く、自分が行きたいパビリオンはゲートから歩いて30分もかかるという。こりゃだめだ…と今日は諦めたが、一日で済まないのだから何度でもいきたくなる。ということは、1回目を早く行くことが肝心。7〜8月にはじめて行っていたのでは日がなくなって中途半端に終わるだろう。暑くなる前が勝負だ。
中国で暴動が起き、株価が下がり始めた。経済的にキャッチアップしようとした国が、簡単に手が届かない存在だと分かったとき、人は対象となる国の欠点を引き出し、自らの優位性を確認しようとする。日本でも反米運動があったように。今回の暴動はそうした行為だと思う。特に常任理事国入りは日本の地位を更に上げる話だから、中国人は自分の優位性を失うと焦っているのかもしれない。
ライブドアとフジテレビが和解した。途端に、堀江社長と日枝会長、それにフジとニッポン放送社長が手を添える写真が新聞に載った。誰もが同じ不審感を持ったのだろうが、見ようによっては「これが大人だ」といいたくなるような一枚である。が、晩節を若造に汚されかけた思いはやりきれぬ想いがあるだろう。そういう感情を今後も押し殺せるか。トップのこんな感情で会社は動くものなのだ。
京都の人には「日本発祥の地」としての誇りがあり、それ以外の地域の人を文化も歴史もない人と見下す雰囲気があり、名古屋は眼中になし。神戸の人は東京・大阪には一目をおくが、横浜は米国を向いた戦後の街と捉え、欧州風の自分たちの方が各上だと見る。またその開放性から的、京都の閉鎖性を笑うものの、名古屋に関しては、少しは理解しようと務めてくれる。名古屋の見方は三都それぞれだ。
昨日の関西ミーツの名古屋批評の中で述べられている「どうせ私ら中途半端だし…」という感覚は名古屋人にはないもの。ただ関西人にしてみれば、自分たちは元日本の中心で、東京に大半を持っていかれたとしても、今も西日本の盟主である。一方、東京から見れば名古屋は西日本だが、大阪は名古屋を西日本と認めない。その定義の曖昧さが、中途半端な性格と映るのだろう。
関西ミーツという雑誌の6月号で名古屋が取り上げられる。そのキャッチコピーが粋だ。感心したので掲載。
上場企業の会長から電話があって、本を読んだが一度うちの会社に来て幹部社員達とオフサイトミーティングして欲しいという。「いいです、喜んで。ところで日程はどなたと調整させていただけばよろしいですか?」。すると「それは私でいいです。私が雑用係でして。自分が雑用をやらないと現場の人の気持はわからんですから」。まいったなあ、この感覚。これだけでこの人にはかなわないな、と思う。
私の家の近くの写真館には、映画館のような大きな絵の看板がある。そこには「写真だけの結婚式」と書いてあり、タキシードの新郎とウエディングドレスの新婦が描かれている。しかしこの新郎新婦はノッペラボウ。その看板を見ながら、「写真だけの結婚式」は誰が何のために利用するのか考えてしまった。ロミオとジュリエット?不倫カップル?二号さん?こんな隙間ニーズもあるのかと驚愕した。
子供の小学校入学式に出る。未だに「開式の辞」と「閉式の辞」があるのには驚いた。あんなもの司会者が「はじめます」と言えばよくてわざわざ一人(教頭)が登壇して一礼して、「これから平成17年度入学式を始めます」なんて言って、それだけで帰ってくるのは、なんとも時間の無駄である。学校も変わったと聞いていたが、自分が子供の頃から「?」と思っていたしきたりが未だに続いていたことに驚いた。
小学校1年生になる子供たちがしりとりをしていた。ある子が「あ」で終わる言葉を言った。それを受けた子は「あ…あ…」と悩んだ後、「アイフル!」と出た。それを受けた子は「ル…ル…」と違和感なくしりとりを続けた。この子達にとって、アイフルは固有名詞ではなく、一般名称なのだろう。ソニーも日立も住友も知らない彼らが消費者金融業の名を人生の最初に覚えてしまう。そう考えて戦慄した。
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