|
V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
昨日の会社には、もうひとつホテルがある。国内外からの出張者を受け入れる施設で、シティホテル並の機能を有している。そしてどの部屋にも旬のフルーツがテーブルの皿の上に果物ナイフと共に置いてあり、自由に食べられるようになっている。このオマケだけで、部屋がフレッシュに見え、ハッピーな気分になるから不思議である。実際に食べなくとも、果物のあった部屋として記憶に残り続ける。
海外との取引が盛んな某社の合宿研修。夜、懇親会後に案内されたのは、山間の迎賓館だった。高級ホテル並の室内、数奇屋風のラウンジ、国定公園のせせらぎが聞こえる露天風呂。浴衣には同社のロゴマークが刷り込まれていて、昼間のビジネスとの乖離が大きく幻想的ですらあった。常務は「痺れるでしょう」と語っていたが、ここに連れてこられたら、お客様は同社のファンになってしまうだろう。
ベンチャーを大きな会社に育て上げた若き社長の話を聞いた。社長は、なかなか思うように行かなかった頃、列車のホームから線路を見ていたら、思わず線路に引き込まれそうになったという。線路が「おいで、おいで」と呼ぶのが聞こえたのだそうだ。私はそこまで追い詰められたことがない。まだまだ真剣味が足りないのだろう。それを過ぎないと本当の意味でハートに火が付かないのだろう。
独立している経営コンサルタントと一緒に研修をした。最後の成果発表会で受講生の一人に、相棒のコンサルタントが、「あなた、もしこの会社辞めたら是非ウチの事務所へ来てコンサルタントやってください」とコメントした。これを聞いた上司は、「他社の人から求められる。これぞ私が理想とする最高の人材」と褒め称えた。このひと言で、彼はこのチームのコンピテンシーモデルになった。
一ヶ月休みなしだった。こんなに働いて何になると考えているうちに、フィギュア・アーティストの集団である「海洋堂」で聞いた話を思い出した。同社では、商品を創るときに納期を設けない。時間の制約があると、ハートが失われると考えているからだ。ハートが無ければ世界に通用する良いものはできず、買ってもらえない。ハートが擦れるほどの忙しくすれば、良いものから遠去かるだけだ。
昨日の続き。本当の意味で「寒いときほど暖かい」といえるためには、まず相手が本当に寒いと感じているのかどうかを知らねばならず、また、本当に寒くなる前に防寒対策を提案できるよう、提案できなければならない。「寒いよぉ」と申告されてから動いたのでは、手遅れなことだってあるのだ。ニーズが顕在化してから付け焼刃的な対策を取るだけではソリューションとは言えない。
某銀行の経営者が長野県の観光用のポスターを見て「これだ!」と唸った。ポスターには「寒いときほど暖かい」。つまり、「困ったときほど信頼される存在になりたい」という自社の理念、理想を体現しているというのだ。銀行は昔から「雨が降るときに傘を貸さず、晴れた日に傘を貸す」と揶揄される業界だ。いち早く「寒いときほど暖かい」に体質転換できた銀行は生き残って行けるだろう。
ラガーマンだったという某社副社長と話す。この副社長は二世だが、自分よりも経営者に向いた社員がいたらいつでもその座を譲るという。ただし、「ハートだけは誰にも負けない」とキッパリ。副社長の言うハートとは「絶対にやってやる」という想いのこと。社員は課題が与えられて何とかしなきゃと考えるものだが、経営者は「俺がやってやる」と、自分で自分を奮い立たせるしかないのだ。
あるサラリーマン社長の成功体験談を聞く。人生を15年区切りとし、35歳まではスペシャリストだった。そこからの15年はマネジメントを覚えた。利益を出すための戦略作りである。そして50歳以上は役員、社長となり、この間は人を育成することを覚えたという。人材育成の基本は「して見せていって聞かせてさせてみて…」の山本五十六そのままの率先垂範。究極は部下を信じることだという。
スキーの帰りに温泉に立ち寄った。20代スキーヤーの身体の美しさに目がくらんだ。さすがにスキーをやる人はいいからだしている。かつてスキーやトライアンスロンに明け暮れていた頃はあのような身体をしていたはずなのだが、いつの間にか白豚同然になってしまった。健康は取り戻すものではなく維持するもの。この10年で得たものもあるが、代償として失くしたものの大きさに唖然とした。
|