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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
韓国×イタリア戦。本当に美しいものを観たと感動した。両軍の最後まで戦い抜く姿勢が素晴らしい死闘だった。日本選手もこの試合を見ながら「もう一度戦ってあんな試合がしたい!」と思ったのでは。自分も「明日の仕事を頑張ろう!」と勇気が湧いてきた。特定選手や贔屓チームの活躍ではなく、試合そのものの品質が人々を勇気づける。スポーツも仕事もかくありたい。
日本がトルコに敗れた。なぜ負けたかわからない、運が悪かった、としか言いようのない悔しさ一杯の試合だった。惜敗後のスタジアムでサポーター達が「上を向いて歩こう」を合唱していた。早大や慶大には敵に勝ったときだけ歌う歌はあっても負けたときに歌う歌はなかった。これが明治時代の日本人の気骨なら、この国の柔和さに寂しさが滲む挽歌だった。
仕事場でTVをつけW杯を観るのは当然である。これだけの関心事に無関心なことの方がおかしいのだ。ニュースで報道された某県庁の職員は音声を消してTVをつけ仕事をしていた。何と中途半端な態度だろうか。そんな中途半端なことをやっているからこの国は変われないのだ。他人がどう思うかではなく、自分自身の良心に基準を置いて行動して欲しい。
「大会前は一戦一戦自信を失っていったのに、今は一戦一戦財産が殖えていく」と語る某評論家。大会前の試合でも得るものはあったはず。大会前後で最も違うのは視ている側の「目」と「意識」だ。なのに、起きている「現象」が違っているかのような表現をする。コンサルタントは「視る軸がぶれている」と見抜かれると信用を失うから、注意しなくては。
熱狂する日韓の国民を見ながら、熱い集団を作る条件について考えた。第1は、関心の高い「何か」があること。そしてその「何か」は誰にでも分かるシンプルなもので、勝ち敗けが明確であること。さらに勝ち負けの状況が正確に情報発信され、スターが生まれること。負け組が熱くなれないのは「シンプルさ」「勝敗の明確さ」「情報発信」に欠けているからだ。
日本が決勝T進出を決めた。サッカー後進国が開催国の責務を果たすとは、長く日本人の記憶に残る日だろう。そんな日に全国紙の連載コラムに何らかのメッセージを書く仕事をしているのは何とも幸せなことだ。先週は日本サッカー協会のことを、今週は稲本のことを題材にした。来週はトルシエ監督ネタだが、記事を通して大勢の人と喜びを分かち合えるようで嬉しい。
「当社の快進撃はコレを持ったときから始まりました。使いこなして下さい」。全国を10人前後でカバーするH社の営業部長は、中途採用者にザウルスを見せながら言い切った。同社の営業マンは、半月は出張している。そこで全員にザウルスを持たせ、出張先から顧客の意見を本部長に送るようにした。H社は情報の迅速さで勝負しているのだ。
2つの会社の経営方針書を拝察した。A社は6年前初めて経営方針書を作った。このときわずか9頁。それが今では60頁である。社員数が増えたのではなく、目標とやるべきことがより具体的になったのだ。一方B社はこの20年間毎年作成するが、多くは前年と同じ「お題目」だ。計画内容の実現を「本気で追求したかどうか」の差が内容格差=力の差の源泉である。
上場を果たした今でも、全員が書いた日報を課長−本部長経由で社長まで届けているY社。膨大な量の日報に「読むだけでも大変ではありませんか?」と社長に尋ねると「結局、日報が一番分かるのです」との回答。社長のコメントはいつもピンクの蛍光だ。決めたペンを使うのは同じ姿勢で見ていることを社員に示すため。現場を知る社長ならではの気遣いだ。
「変化対応力を高めるためには権限委譲が肝心だ」−との論調をよく目にする。が、私は権限委譲が善であるのは巨額な投資回収に時間がかり、その間方針がぶれにくい製造業に限られた話だと思っている。特にIT産業や流通チェーン店では栄枯盛衰が激しいから、今こそ行く!引く!の決断が迅速に大胆に行われる、権限一極集中の経営が理想的なのだ。
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