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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
中小企業家同友会の青年部の忘年会に参加。「どんなことでも質問を受け付けます」とアナウンスすると、来るわ来るわの17人。クリーニング屋、仕立て屋、金属加工屋、和装小物屋等など。成熟時代に次の一手を摸索する2世達の必死さが伝わってくる。宴会では裸踊りも登場。次世代経営者たちの力を結集すれば、前世代の麻痺した感覚を払拭できるはずだ。
体調を崩して以来、いろんな方から様々なアドバイスいただいた。アガリクス、気功、鍼、湯治…。いろんな人にご心配頂いて望外の幸せだ。皆さんから言われたことは「栄誉栄達を望んで、倒れたら何にもならない」ということ。畑で採った野菜を、自分で料理して家族で食べる。そんな時間を捨ててまで取り組む価値のある仕事など、どこにもないのだ。
今年の夏以降、講演ばかり。その分コンサルの現場からは遠のいた。そこで仕事をどんどん部下に振る。1〜10のうち、私は1と10は見るが、2〜9はお任せだ。去年までは私の方を見て仕事をしていた彼らも、いつしか自分で考えるようになった。親は無くても子は育つ。彼らが日増しに逞しくなってきた。そして以前より楽しそうに仕事をしている。
徳山市の帰りにJR西日本のレールスターに乗る。グリーン並のゆったり車両は快適だ。そして「サイレントカー」。私の乗った4号車は車内放送や「お弁当いかがですか?」の売り子の声がしない静かな車両。前の椅子の背中に切符を入れるポケットがあり、そこにいれておけば検札で起こされることはない。お客を大人扱いするこのシステム。天晴れだ。
東京のK社の役員会議で、社長が突然この3行日記のコピーを配った。皆が読み終わった頃、社長は「面白いと思わないか?思わぬ人とは一緒に仕事ができないから、帰ってください」と言ったという。何度書籍を書くたびに本文よりあとがきの日記が評価される私だが、このように使われるとは驚きだ。作り手はいつも使い手に教えられるものだ。
東京の出版社に行き原稿を渡す。これまで数社に出向いたが、いつもけんもホロロに追い返されてきた。「面白い内容だし、こんなテーマの本は出したい。が、メジャーな人に書いて欲しいんですよ」と言われたことも。しかし、今回はスンナリ行きとても喜んでいただいた。あとがきに3行日記が掲載されることも了承していただき、とても幸せである。
京都の異業種交流会で講演。最初に同会の会長が約30分間、この1ヶ月間に自分が集めた経営に関する雑誌/新聞の記事を配布し、説明した。資料は十数枚。親切なことに重要なところに線が引いてある。これだけの資料を集めるには相当の読書量が必要だ…同会には大阪からも含め多数参加しているが、これほど熱心な会長の人柄によるところが大きい。
また狂牛病の牛が見つかった。安全宣言は狂牛病を根絶したからではなく、検査体制を敷いたことから出された。だから今回の発見はそれが正しく機能したことの証明である。そして、これまでなら秘匿されたはずの情報が瞬時に一般に公開されていることを素直に喜びたい。原因根絶はもちろんだが、出口を塞ぎ庶民を狂牛病から守ることが最優先である。
会社の地下鉄の最寄駅。改札を過ぎて暫くは商店街が続く。ここに出勤時間に、ぼろい雑貨屋のようなのクスリ屋がある。毎朝、70歳くらいの白衣を着た母親と40歳代の息子が立っていてタバコと飴を売っている。10年間、まったく変わらない姿。愛想が無いこと、品揃えが貧弱なことを百歩譲って許しても、何ひとつ工夫しない姿勢に腹が立つ。
大手電機会社の購買部長。ISOを導入して良かった、という。「マニュアルの最初のページに最終更新日が書いてある。それを見て2年間変わらないようだったらその現場は何も工夫していない証拠。その部署には即刻工夫改善を要求する」からだという。同社の工場長は2年程度で異動する時代。変われないものを悪とする風土の企業は強い。
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