| No._ _ _ _ _ _ _ _ _ Date 2011年08月24日(水) |
| いまをいまのひとを大切に - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 一ヶ月半くらい前の自分が聞いたら驚くほどに 今落ち着いてしまった。 わたしとHの人生はたぶん、これから交わらないのだ。 今の気持ちは消えていくのだ。 と、それはやっぱり悲しい。 でも、それに抗ったり止めたがったりしたいと心の中が荒れ狂うほど 思うほどではない。 でもH以外のひととどうこうするきもないし、 そうもならないんだろうなと思う。 すごくなんとなく切なくなったこと 秋服のバナーを見て、秋のデートで、何を着ていくか いろいろ考えたりしたのを思い出した。 何か着て、わくわくして、好きな人に会うのは、すごくしあわせなことだったと 気づけたことを喜ばなければ。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - |
| No._ _ _ _ _ _ _ _ _ Date 2011年08月04日(木) |
| からっぽ - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 真っ暗でなにもなくなった気分 それを持っていかないといけないのは 初めての「からっぽ」だったよ - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - |
| No._ _ _ _ _ _ _ _ _ Date 2011年07月16日(土) |
| 返事を返す - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 思い出が悲しいのか、 Hともうどうにもなれないのが悲しいのか、 Hが好きだから悲しいのか、 わからないの。 もういっかい抱きしめてほしい。 抱きしめられていた時間、どれだけ幸せだったか、今でも思い出すことができる。 愕然とする。 今日、ちゃんと返事を返す。 責めたい気持ちもある。 あなただったああだったじゃないと。 それを今言うのは、恰好悪いし、違うと思う。 これからの時間を、傷つけ、すり減らし、途切れさせた。 二人で。わたしが。 わたしが全部悪かったのかな そういう視点も、あるよな。 わたしの時間の過ごし方に問題があったのは、確かだ。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - |
| No._ _ _ _ _ _ _ _ _ Date 2011年07月12日(火) |
| まだだよ - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 受け入れ方がわからないのに。 顔がぼやっとしているH してきたH いや本当はぼやっとなんてしていない。 ぼやっとしているのは、私にとってHがなんだったか。 好きだと伝え、それからどうしたか。 私にとって、Hとの時間は励みで、怖くて、うれしくて、不安で、いらだって、 幸せで、好きだった。 好きだったのだ。 幸せだったのだ。 幸せだったと、その瞬間に断定できたし、今でも、疑いなくそう思える。 7月だと言うだけで悲しくなる 写真がなんだ。 季節季節で想いだすことがあるのだ。 映像もイベントも温度も湿度も 断片を運んで来てあっという間に落ち込まさせられるのだ。 もう日本語もわからない。 もういいぞ もういいよ だめだよ - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - |
| No._ _ _ _ _ _ _ _ _ Date 2011年06月29日(水) |
| 忘れる - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - こういう状況だから、aikoの別れるときの歌の歌詞が あーこういうことかーってしっくり収まる。 「今度までには」が、今とくにしっくりくる。 発表当時に聞いてた時は、そういうもんなの?って思ってたけど すごく、そういうもんだ。 歌詞とか恥ずかしくて友達には言えないな、しかし。。 あれもこれも素晴らしかった。本当に。 でも、忘れるのかな。 忘れることを悲しんでいるけど、 それに抗おうとも、止めようともしていない、というところか。 だって、忘れちゃうから。 もうタイミングは、あのときに終わってしまったのかと、思ってはやめていた。 あれがタイミングだったとしたら、それからすこし長い間、素晴らしい時間を過ごせたなあ。 それがよかったかなあ。 忘れるのかなあ。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - |
| No._ _ _ _ _ _ _ _ _ Date 2011年06月27日(月) |
| 受け入れる - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 時間をおいて、私は、もうHとの関係は戻ることはないということを受け入れようとしていたのかもしれない。 今、受け入れられているのかもしれない。 時間をおくことで、どうでもいいよ、だいじょうぶだよと 気持ちを仕向けているのかもしれない。 悲しいことはHのことだけじゃないんだから、Hのことばかり考えていられないのだと それも思う。 お母さん、わたしにはもうお母さんがいないんだなと、思った。 いないけど、いるよね。 受け入れたくなくて気持ちが激しく荒れ狂った期間 荒れ狂った気持ちを相手にぶつけたかった期間 相手からの返答に呆れ、腹を立て、それをぶつけたかった期間 余りに呆れ、いったん、おいておこう、そして返事をしようと思った期間 いつしか、その期間は、関係が戻らないことを理解しようとする時間になっていった。 好きだから!好きだからやめないで!という気持ちが 好きだったのになあ になった。 あれもこれもあった出来事を全て封印して、好きだったのになあ と思っているような、それがこの期間。 返事はまだしていない。 こうして、わたしの気持ちはHから離れ、消えるんだろう。 Hの気持ちも離れて消えるんだろう。 荒れ狂った〜ぶつけたかったの頃は、Hともう戻れなくなることと同じくらい、自分のHへの思いが消えることが怖かった。 もう好きじゃなくなっちゃうのが怖かった、ほんとに。 これはどういうことなんだろう。 頭のなか、ある仕切られて周りと混ざらない部分で渦を巻いて、飛び出すときは一気に飛び出してくる出来事たち。 それを無意識に(意識的だと気付かないように)ゆるく抑えてHのことやいろいろなことを確認する。 ゆるいのは、罪悪感。 さようなら、と、言わなければ。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - |
| No._ _ _ _ _ _ _ _ _ Date 2011年06月22日(水) |
| さようならと、書きたい。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 甘え、ってメールをもらってそれを読んで悔しくて泣いたのが先週の土曜日。 忌々しい その言葉と感覚の意味を体感した。悔しいことに。 メールが忌々しくて、そんなメールの内容を考えたHが忌々しくて、 メールについて何か思うたびに腹が立って仕方がなかった。 はらわたが煮えくりかえるというか。 よくある慣用句でしか言えないけど、まさにそんな感じだった。 忌々しい。 嫌いになれたらいいのになんて書いたけど、 そのメールのお陰で、 好きで、どうにかしたくて、今がだめでも一生ないなんて絶対に嫌で、今後をどうしても求めたくて、今の話を信じたくなくて… っていう辛く苦しい気持ちは、消えた。 消えた…薄まった、ようだ。 それで多少楽になった。 いろいろな要素が、Hとの時間を思い出させる。 駅の風景。(テレビとかで) 渓谷の風景。(これもテレビ) 水族館(これもテレビ テレビばっかか…) Hにもらったストラップ 付き合っていたときにきいた音楽 要素があふれていて、要素だらけで、 もうあの時間が終わり、また新しくは始められないことが 悲しくて仕方なかった。 今は、その要素たちにも、反応が薄くなっている。私の脳。心。 薄くしているのかも。 メールをもらった時は、ほんとに憎い?ような気持ちが強かった。 負の、怒りの方向の感情。 もう好きという気持ちがないように思った。 ちょっとねて、一日過ごして、一晩寝て、一日過ごして、 夜に、横になって友達のメールを待っているときに 好きだ、と思った。 いまも好きだ、と。 2009年1月のことから、 悲しくて辛くて、考えると壊れそうになることは 考えなくなることができるようになった。 良いことではない、決して。 でも、わけがわからなくなるくらいの、辛さ、自分は最低の人殺しだという 事実と、渦をまいたような苦しみ 日常でそれを思い出すと、どこでも泣き、周囲の人に何かと思われる それは、頻繁には出来ない だから感じない、ということができる。 良いことではない。 今も、それを使っているような気分。 "忌々しい"メールには、返信をして、 それで終わりにしようと思う。 さようなら、と、書きたいと思う。 いや、やっぱり、もう二度と戻ることが出来ないのは 嫌だ…。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - |