今日はなにしたかなぁ
DiaryINDEX|past|will
誘導意見で問題になってるプルサーマル計画は当時大キャンペーンをしていた。そういや四国でも反原発の力はあったせいか愛媛の報道関係のスタッフが仁淀川を取材に来ていた時、丁度川で泳いでいたときに取材に応じた時のことを思い出した。 なにやらプルサーマルは当然のような話をして賛成の感想が欲しそうだった。。以前から原子力発電行政は納得いってなかったので今回の事故で結末がはっきりしたのでは。。。
| 2011年07月31日(日) |
ビッグイベント、サマーサイエンス |
13回になるサマーサイエンスin伊野南も参加児童がぐっと減ったのだが、いろいろなブースにゆっくりと楽しめるプラスの面も出てきてる。 きょうも体育館の中は34度近くまで上がっていたが、全体の人数も最盛期の3分の1くらいなのでのぼせることも無く無事終了できてよかった。 子供たちが一人でも前向きな方向に行ってくれたら嬉しいけど。。。
紙類のごみ回収は民間業者が毎週土曜日の9時前後に回ってくる。 先週は準備不足でさせなかったので、今週は前日から手ぐすね引いて待っていたら案の定回収業者がやってきた。 最近運転手と顔なじみになって紐でくくって無くてもOK(顔パス)で助かってる。
午後からの仕事でプールの監視になっていた。もうひとり女性職員がいて準備をしてるのを見て驚いた。足にサンスクリーンを塗ってるようにしか見えなかった。他に塗るものがあるのかなぁ。どちらにしても、今からプールに入るのにそんなもの塗るなんて本当に驚きだった。 先日、爆発した相手の一人だけに注意をするのも嫌で月曜日に、私のほぼ年齢の近い女性に頼んでみいようと思った。
仕事が終わり妻に頼まれた用事を済ませて車を走らせると、見たことのあるひとが歩いていたのでと思って急停車したら向こうも分かったらしくて待てくれていた。丁度、8月6日のイベントのことで質問があったのでお話をして解決をした。 その後、スーパーに立ち寄り買い物をしてると今度は仕事に来ている年配のかたにばったり、昨日の爆発の話をしたら理解してくれて気分がすっきりした。
午後からの仕事も終盤になりかけた時、1か月前あたりから溝ができていた年下の同僚と運営にあたり口論になり炎上してしまった。 いつかはこういうことが起こる事は予想されていたけど。。。 まだまだ若いのか修行が足りないのか^^
妻が朝出がけに「島田屋の店じまいセールがあるから行こう」と言ったのでなにげなく「ああ良いよ」と答えていた。 仕事が終わり、川で水浴びをして帰ると手ぐすね引いて妻が待っていた。 食卓のテーブルクロスを買うつもりですでに計測していたので「メモがあるから」というと「テーぶるを買いに行こう」。。。。(゜O゜; 商品が決まり店員に促されて支払カウンターに行こうとすると妻は他に行こうとしていたので「まさか私が払うの?」「そうですよ」 妻にやられた(笑)
いつも金属類のゴミを入れる足踏み式バケツがあり今日も瓶ビールの栓を投げ込みながら???シーチキンの空き缶のなかに100の字が入った丸いものが。。。一度ふたをしてすぐあと気がついた、あれはまぎれもなく100円玉だ、と思って再度ふたを開けてみるとやはり100円硬貨だった。 自分が間違って捨てたはずなのになんだか得をした気がした(笑)
今朝はいつもにように5時過ぎに起きてウォーキングをしてから昨夜妻が風呂に入る前にかぼちゃ料理をするために刻んであったので「かぼちゃサラダ」作って病院に届けた。点滴をずっとしているのでもし退院するなら午後4時ごろになるらしいと。2時間程度病室にいたけど一度帰宅して4時に来ると身支度が終わっていて帰宅満々だった。この間心電図等も検査して異常がなかったらしい。 帰宅途中にスーパーで十分買い物ができる状態になっていて安心した。 夕飯は6時過ぎに食べ始めたけど7時半ごろ私はもうアウト、とても疲れて8時過ぎにベッドへ。。。。。
午後5時過ぎに妻が帰宅15分くらいして先に私が風呂に入ってると彼女も入ってきた瞬間「調子が悪い、駄目だ!」 私が先に出て5分暮らして彼女も出てきてソファーに横になり「気持ち悪い、めまいがする」となんどか、心配なので病院に行くように促すとOKしたものの車に乗る馬力が無いというので救急車でいくことになるすぐに119に電話して来てもらった。 母親が生前中に救急車が来て以来でご近所さんもびっくりだった。 病院は救命士が情報センターと連絡を取って脳神経外科がある緊急病院に行くことになった。私はあとから自力で病院に着くとすでに診察が終わりMRI検査待ちだった。医者がたたのつかれのようだけど念のためにMRI検査をしますと。。。。「結果疲れ以外の症状はないので2,3日点滴を打ってゆっくり休んで行きなさい」の言葉に妻は家に帰りたいと我がままを言ったので帰るように玄関まで車をつけて迎えたら看護士が「動けませんね、無理です」と言ったので妻もあきらめて入院することにした。 私が帰宅したのは9時半前だった。
|