凪の日々
■引きこもり専業主婦の子育て愚痴日記■
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久しぶりの田舎は完全な間違い探し状態。 記憶の中のソレと目の前に広がるソレが微妙にずれている。 さて、違うのはどこでしょう。
「えっと、ここ、こんな店だったっけ」 「あ、コンビニが増えている」 「ここのカラオケボックスは健在」 「えっと…確かこの辺には何々があったはずだったけど」
前回も記憶を修正したはずなのに、「あ、そっか、ここはこの前来た時もあったっけ」とやはり修正出来ていない事に気づく。 自分がそこで密に過ごした時間で記憶は頑固に焼きついていて、その後上書き保存しようとしても、やっぱり別ファイルとして保存されていて、上書きされないままの古いデータが自然に呼び出され、そのデータが古い事に気づいてから新しいデータを検索する感じ。
子供の頃、迷子のおばあさんを見たことがある。 所在なげに、心細げに、ただふらふらと同じ場所を歩き回るおばあさん。 後から大人達が「あそこは●さんの里があった場所だからねぇ」と話していた。 子供心に、あんな年寄りになっても、自分が嫁いで子を産み育て、妻として親として過ごした家庭より、生まれて育ててもらった子供時代の数年間の記憶が残るのか、ととても不思議な気分だった。 おばあさんの生まれ育った家は、もうそこには無かった。 記憶の中の風景を頼りに歩いていっても、目の前に広がるソレは明らかに違うソレで。 途方に暮れていたおばあさんの姿。 子供達が近所の大人を呼びに行き、その後やってきたどこかの大人に肩を抱かれるようにしてとぼとぼと帰っていったおばあさんの後ろ姿が忘れられない。
私も、あの年になったら、記憶の中の風景を探して回るようになるんだろうか。 その時、どの年代の記憶が残っているんだろう。 それはおそらく、自分が一番幸せだった年代の記憶だろう。 私は、どの風景で、何を探して歩き回るだろう。
帰省先の風景を見ながら、ぼんやり思った年末年始。
気がつくとほぼ一ヶ月ぶりの日記。 先月末のノロの翌週から母が来ていたのと、PCの場所を今に移した為、後ろで走り回る子供の視線を気にしつつコレを開いてだらだらと愚痴を並べるわけもいかず。 先日やっと母が実家へ帰還し、子供達が風呂に入っている&夫がまだ帰ってこないこの隙にキーボードに向かっている状態。
母がいた一ヶ月弱の間、アユムはついぞ母になつく事無く終わった。 母が来た当日は玄関先で「いやー!!おばあちゃんこないでーー!!おうちかえってーーー!!!!」と床に寝転がり母が入るのを号泣して阻止しようとした。 あまりに激しい拒絶に母は結構ショックを受けたもよう。
部屋でも母の隣には座らず、外出先で並んで歩く時も母の隣には絶対並ばず、さりげなく場所を替わるとすかさず反対側にまわり少しでも母から遠い位置にいようと画策しまくり。 母にアユムを見てもらってその隙に一人で云々などという事はまったく出来ず、どんな状況でも今までどおりアユム連れで動き回る形で、全然「子守役が出来る大人が一人増えた」という恩恵にあずかれる事無く終わった。
まぁ最初から母に何か手助けしてもらおうと考えていたわけではないので仕方ないか、といった感じ。 そもそも、ノロで一家全滅の時、「あぁ母が来てる時でなくて良かった。移したら大変だった」と安堵したのだけれど、それをママ達と世間話で話したら、「普通母が来てる時だったら良かったのにって思わない?看病してもらえたのにって」と突っ込まれ、あぁそうか、普通はそう思うのか、と普通とかけ離れた己の親子関係をまた実感し、軽くへこみ。
大病を患った母は免疫力が低いというか、体力が無いので、とにかく寝込まないでくれたら御の字といった感じ。 20代の頃から既に母に助けてもらう云々じゃなくて、常に母を看病する側だったので、もう「親をあてにする」という感覚が分からなくなっているのかも。 まぁ、仕方ないというか、思えば10代の頃から既に「親のすねをかじるっていうけど、かじるすねがあるだけの親を持ってる人って幸せだろうなぁ」と思ってたし。
だらだらと思いつくままに並べたけれど、子供達が風呂から出てきたのでこのへんで。
暁
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