Rollin' Age

2006年05月04日(木)
 珠玉のベタ(下)

 話好きの人だったからのか、こちらの熱意が通じたからなのか、それは分からない。「何度も来てもらっているから」という前置きの後で、今、社内でどんな案が出ているかを話してくれた。「そんなに重い処分は考えてませんよ。具体的には・・・」「数日後の取締役会ではっきりと決まる予定です」。

 社に戻り、聞いてきた内容を報告すると、「よくつかんできた」と久しぶりに上司が俺を見た。「後はタイミングだな」。取締役会を経て「案」は決議され、正式に「会社の方針」となり、発表される。発表の直前に書きたい。ただ、先に書いたら話が変わってしまう可能性もある。上司達はおおむね喜んでいて、俺は俺で「これは手柄と考えていいのか」とぼんやり思っていた。

 数日後。金曜の夜だった。記事として載せるのは週が明けてからが良いのか、週内で書いてしまったほうが良いのか。電話をかけた。「この前に話した案で、間違いなくまとまりますよ」。ゴーサインだ。既に、原稿は仕上げてある。それをそのまま電送し、俺がやることのすべてが終わった。

 紙面のゲラが刷り上って出てきた。「何だこの扱いは」、上司が吠えた。
探さなければ見つからないほどの、500文字程度のベタ記事。隣に並ぶ新商品の紹介記事のほうが大きい。「俺がデスクに文句言ってやろうか、いや、ひどいな、これは」。俺は、分からなかった。こんなもんなんだろうと思った。結局、上司は文句も付けなかった。ただ、一つ上の先輩が、「珠玉のベタだな」とだけ言ってくれた。もう、それだけで救われた。

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 扱いがどんなに小さくとも、特ダネは特ダネだった。その後しばらく、上司は「あの時は頑張ってたな」と誉めた。「その前は最悪だったけどな」とも添えて。1ヶ月経ち、3ヶ月経ち、半年経ち、今ではまったく話題にもならなくなった。波のように絶えず押し寄せる情報を扱う中で、半年前の小さな手柄なんて、すぐに色褪せる。今では上司も変わり、立場も変わり、そして自分自身、昔追いかけていた話のことを、記憶を辿りながらこうして書いている。

 今、自分の下にいる頼りない新人を見ながら、当時の自分がいかにダメだったかが分かる。上司に相手にされなくなるのも当然だったと思う。この件をきっかけに、俺は少しずるくなった。上司に見捨てられることの怖さを覚えて、それをどう防ぐかを考えて。それでもダメな部分はまだ多すぎて。

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 「珠玉のベタ」は、いったいどれだけの人が読んだのだろうか。世の中に影響を与えたとすれば、その会社の広報が「どこから話を聞きだしたんですか」と少し困った顔をしたことだけ。ただただ、俺にとっての贖罪であり、会社の中での挽回の手段であったにすぎなかった。次、またがむしゃらにネタを追いかけることがあるならば、俺はどんな理由で一所懸命になれるんだろうか。1年近くが経ち、俺は何か進歩したんだろうか。


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