ウ タ こ と ば

ウ タ こ と ば

海にイコウ last

2004年01月05日(月)

last


波の音を頼りに、僕らは海への出口を探した。

見知らぬ路地裏は、まるで宝の番人のよう。


白くなり始めた空。

御伽噺の世界が急に、生きてる人々の世界に変わる。

二階のベランダに干しっぱなしのTシャツや、

電信柱の剥がれかけたポスターや。

そんな光景が、だんだんと視界に映し出されてきた。


急にチーが立ち止まる。

「見つけた」

いたずらっ子のような表情で僕を見ると、

ぐいっと僕の袖を引っ張った。

導かれるままに、細い角を曲がる。

いつのまにか走り出す僕ら。

確かな予感。

感触。

匂い。

音、音、音。


そして、そこには、空に向かって朝を吐き出し始めた

大きな大きな海があった。


「海だ」

「うん。海だ]


初めて目にするわけじゃないのに、

なんだろう。この感動は。


「両手広げたって、まだまだ足りないねー」

うれし顔のチー。

当たり前のことを、当たり前だけども言葉にする事。

恋する盲目さなんだろうか。

でも、そんなチーがとても愛しい。


「ゴンちゃんとね、海が見たかったんだ。」

「・・・うん。」

「一緒に並んで、海がみたいなって思った。」

「・・・うん。」

これ以上他に、言葉なんていらないと思った。

急にチーを抱きしめたい衝動にかられたけれども、

抱きしめてしまったら、チーの顔が見えなくなる。

そんなもったいない事は出来ない。

少なくとも今の僕には。

だから、チーの頭をぐしゃぐしゃっと撫でるだけに留めておこう。


そうして、二人肩を並べて海を見る。

二人肩を並べて、壮大な地球のリズムを体全体で感じる。


心地よさそうに目を瞑る。

チーと僕の手は繋がっている。


「ねえ ゴンちゃん」

ん?と返事だけはきっちりと、でも僕の目は海に注がれたまま。


「今度は、山を見に行こうね」


チーは言う。


「一緒に行こうね」


うん。一緒に行こう。

きっと、今まで見てきた当たり前の風景も、

チーが横に居たら、全く違ったものに見えるんだろう。

僕が今まで気がつかなかったキラキラしたものを、

チーが教えてくれるんだろう。

また君が、突拍子もない提案をしたとしても、

僕は動揺なんてしない。

一緒に行こう。チーの横にはいつだって僕がいるように。



心に溢れた言葉。その一部分だけを、僕は空気に乗せてみた。



チーが僕の手を、ギュッと握る。

「大好き」

うん。僕も大好きだ。



太陽の光は、海にうつると銀色になる。

どんどんどんどん広がって、それは僕らも包み込む。

帰ろっか。と、僕。

眠くなった。と、チー。


波音が優しく耳に届く。

バス停を探しに、僕らはまた歩き出す。





一緒にイコウ。どこへだって。



end

海にイコウ 04

2004年01月04日(日)

04
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「海は見えないけど、ちゃんと海の気配がする」

駅に降り立った僕たち。

風が遠くから運んでくる潮の匂いを確かに感じとって

チーはうれしそうに僕の言葉に頷いた。


普通ならバスに乗って海まで行く道のりを、

僕らはとりあえず、歩き始める。


空は不思議な色をしていた。

深い深い青の色。

今にも消えそうな電灯に照らされた

僕の影の黒の方が、よっぽど夜の色らしい。


車通りのほとんどない車道の真ん中を、

ふたりで歩く。

僕らはいつのまにか手をつないでいて、

歩く速さをチーに合わせて、

ゆっくりゆっくり進んでいく。


時々どこかで犬の遠吠えがする。


そういえば、僕のあだ名のモデルの犬も

元気に暮らしているのだろうか。


チーになにげにそう聞くと、笑って頷いた。

「あいかわらず、元気だよー。」

いっぺん会ってみたいなぁ。僕にソックリの犬に。と言うと、

チーは笑いながら、今度会わせてあげるよと言った。


「ゴンちゃんはね、お願いだから、僕を信じて。

ってイタイケな目をしてる。だから安心できるのさ」


「それは、犬のこと?僕のこと?」


チーは素知らぬ顔をして、喉が乾いたー。と

愚痴り始める。

僕も丁度なにか飲みたくなっていたので、

キョロキョロ自動販売機を探しながら、

どっちの事だろうなぁ・・と、ちょっとだけ考えて、やめた。


自動販売機はなかなか見つからず、

やっと見つけた頃には、

潮の匂いがだんだんと濃くなってきた。

二人の喉の渇きのピークは、とっくに過ぎてしまっていて、

とりあえず一本だけ、ペットボトルを買う。


「どっちも」


一口飲んだお茶を、僕に渡しながら

チーはぼそっといった。

一瞬、ん?と思って、それがさっきの答えと気づいた時には、

チーはもう先に歩き出していた。


どっちもか。イタイケ・・かぁ。


僕はなんだか照れくさくなって、

同時に喜ぶべき事なのだろうかと、少し悩んだ。

やっぱり男としては、

もっと逞しいところに惹かれて欲しいワケで。


立ち止まったままの僕の手を引きに、

チーが戻ってくる。


「ねえねえ、ゴンちゃん、目を閉じて」


言われるままに、目を閉じる。


その時、かすかに聞こえた。


「ね?」

目を開けると、うれしそうなチーの顔。


うん、と頷いて笑い返す。


僕らは間違えずに、ちゃんと進んできたようだ。

僕の耳の奥で、確かに感じた波の音。



海と夜明けは、もうすぐそこ。

海にイコウ 03

2004年01月03日(土)

03
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「ゴンちゃんは電車ずき」

相変わらず夜の景色をぼーっとみてた僕に、

チーがぼそっと言った。


「あ ごめん。車の方がよかった?」


お酒をちょこっと飲んでたこともあって、

僕は電車を選んだのだけれど。

でも、言われてみれば

僕は彼女といると

電車ずきになってしまうのかもしれない。


僕はまだ、免許とりたてて、

実はチーを乗せて運転することに不安がある。

一人なら気楽で楽しいドライブも

チーと二人だと、緊張しすぎてヘトヘトになる。


情けない。


だからコッソリ練習していること、

彼女は知っているのだろうか。


「車も好きだし、電車もすき」

チーはそう言った。

「電車の方が、ゴンちゃん優しい顔してるし」

ね?と言うように僕の顔を覗きこむチー。

完全に僕の負け。

彼女はいつも、何気なく人のココロを読むコなんだ。


チーの親切は、チーの思いやりは、

ほんとに何気なさ過ぎて、気づかれないことが多い。

だから彼女をよく知らない人は、

チーを宇宙人のようなコだと口をそろえて言う。


確かに掴めない所は多いけれど、

ふとした瞬間に、彼女の優しさを知ってしまったら

皆彼女を大好きになる。

僕もその一人で、

僕は必要以上にトリコにされてしまった一人でもある。


そういえば車でチーと出かけると、

「ヤツアタリ」

と意味不明なことをいいながら

僕の体のあちこち目掛けてバンバン叩く。

ホントは密かにマッサージしてくれていること、

僕はちゃんと気づいてる。

そんな不器用な優しさに触れると、

たまらなくココロがあったかくなるんだ。


「ねーゴンちゃん。お弁当つくってくればよかったね」


電車の外に目をやったままで僕にそう言うチー。

誰が作るのさ、聞くと、当然のように僕を指差す。

あのねー・・と肩を落すフリをしながら、

でも僕は、実際作ることになったら、

ぶきっちょで不細工なお弁当を

ちゃんと2つ作ってきてくれることも、わかっているのだ。


電車は僕らを乗せて、柔らかなリズムで進む。


次の駅で、僕らは降りる。


海まで一歩近づいた。


海にイコウ 02

2004年01月02日(金)

02
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チーとはなにげに高校の同級生だった。

それなのに大学のサークルで再会したとき

「名前が思い出せない」

と、素の顔でいい、

「近所の柴犬に似てるから、ゴンちゃん」

と、名前まで勝手に命名するチー。


密かに昔好きだった子に再会できた僕の喜びを

彼女は知らない。


再会から1年。

つかみどころのない彼女を捕まえるべく、

告白を決意した僕。


たまに二人で遊んでいたけど、

やっぱりちゃんと伝えようと。


久しぶりにいくはずだった遊園地は、

雨天閉館。


しょうがなく、僕の家で雨宿り。


人の家に入るなり、

きたなーいを連呼するチーを黙らせるため、

黙黙と掃除。


結局その日に付き合おうといったんだけれど、

曖昧な彼女の返事。


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海にいけば、

何かが変わるのかもしれないし。



神頼みするような気持ちで。


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ゴトン、ゴトン、と、

心地よいリズムを刻んで走る電車。

僕にぴたっとくっついて座っている

チーの体温。

相乗効果で、ウトウトと、

まぶたが重くなってくる。


「寝たら、ダメ」

チーの声に、はっと目が覚めた、

横をみると、不機嫌そうに口を尖らして

僕を見ている。

「ご、ごめん」

なんで怒っているのかわからないけれど

反射的に謝ってしまう。

やっぱり僕は、彼女に惚れているんだなぁと、

こんな時にしみじみ思う。


「みてみて」

外を指差すチー。


窓から覗きこむように夜の空を見上げると、

丸い月が出ていた。

星はひとつもでていない。

雲と雲が重なり合っている隙間から、黄色く光る月。

ぼんやりとした明かりが、月を囲んでいる。


「やっぱり、月には手は届きそうにないねー・・

ほら、あんなに遠い」


空に目は釘付けのままのチーのコトバに、

同じように見上げたまま、うん、と頷く。


昔は空を見上げる事もなかったけれど、

彼女と一緒にいると、

当たり前のように、コトバのない

生きているモノに目が行くようになった。

コレも惚れている証拠なのだろうか。


電車は人のいない駅にとまり、

誰も乗せずに、また、扉を閉めた。


ゆっくりと動き始める電車。

月は変わらず、雲の間に。


あと2駅で、降りる駅。


海までは、まだまだ遠い。

海にイコウ 01

2004年01月01日(木)

01
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「海にイコウ」


部屋でゴロゴロビデオを見ていたら、

チーは突然立ちあがり、そういった。

「海・・っていったって・・・、今から?」

僕が恐る恐る聞くと、うん、と頷く。



只今夜の11時。

僕らの住む町から海へは、意外と遠い。

チーはたぶん、僕の彼女で、ちょっと変わってる。

たぶんというのは、告白したのがつい先週で、

しかも、「チー、付き合おう」

と、心臓バクバクの一世一代の告白に、

「おう」と、一言。

その後急に頬にキスしてきて、

まるで何もなかったかのようにビデオの続きを見始めた。

それっきり、特に変わった様子もない。

もう一度告白しなおそうと考えていると、

さっきの「海にいこう」発言。


何が何だかわからない。

けど、なんだかこれを断ったら、

ちゃんと向き合ってくれないんじゃないかなと思った。

ココはひとつ、腹を決めて。



「よし、いこう」



行こう発言した割には、ノロノロ用意をする彼女をせかし、

なんとか最終の電車に飛び乗った。

この方向の電車にのる人は、ほんとにまばらで、

車両はほぼ、貸し切り状態。


久しぶりに全速力で走ったなぁ・・。まだ息が乱れてる。


チラっと横のチーを見ると、さほど疲れた様子もなく、

ぼんやりと流れていく家の明かりを眺めていた。

ふと、僕の視線に気づいて、顔をあげる。

なに?と、僕の顔を覗きこむ。

ちょっと、ドキっとして、

いやいや・・とコトバを濁し、夜の景色に目をうつした。


チーと二人で、今から海を見にいく。

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