京のいけず日記

もくじ|前の日|次の日


2005年04月30日(土) GWというのに土龍生活

文庫本・土龍の表紙土龍(もぐら)
著者:出久根達郎  講談社文庫  @571+税
表紙のイラストは南伸坊さん

本の整理をしていたら、頁も繰ったことのないような買ったままの状態の本。
…いわゆる、ツンドク本が何冊も出てきました。
この本もそんな一冊でした。

あれ。初めて読む作家さん。
何でこんな本があるんだろう…?
自分で買った本なのに、しばし考えてみる。


さては。いなせな兄さんの表紙絵に惹かれたかな。
それとも、時代背景だろうか。
黒船と地震に揺れる江戸の町、品川お台場が舞台だもんね。


読み始めると、簡潔な文章ですごく読みやすい。
さらに読み進むに連れ、穴掘りの謎は深まっていき、話に引き込まれる。

際立ったキャラクタが引っ張るような小説ではないけれど、
国太郎を始め、登場人物がきっちり描き分けられているのも気持ちがいい。

タイトルの「土龍」が、果たしてどういう意趣であったのか、
楽しみに読み進めています。読み終えたら、放棄状態のHPに載せよかな。

あ。思い出した。
「御書物同心日記」という本を読みたくて探していた作家さんでした。



。。。。 本は「土龍」で、生活もモグラ 。。。。。。


昨日から京都は夏のような暑さ。
西側に面した物干しからの陽射しが痛い。

体が季節の変わり目についていけないのか、体調不良で家に閉じこもり。
昨日は、買いものもダンナにお願いしたので、まさにモグラ生活。

貧血なのか、立って歩くとフラフラする。視点が定まらない。
サイダーの泡のようにシュワーと意識が頭のてっぺんに抜け、急降下。
冷や汗…。さむいも…。こりゃ、やばいかも。
畳に這いつくばるようにじっと伏せ、目をつぶっていると落ち着いてきた。

今朝もそんな感じだった。
「もう更年期障害と違うか? いっぺん医者に診てもらったら?」
と、心配半分、冷やかし半分、ダンナが言う。

そろそろ、そんな年やもんなぁ。
笑うな。男の更年期もあるんやで。もしもし。


GW最中の土曜日というのに、今日は夕方から職場のミーティング。

あーあぁ。仕事とはいえ、人に会うのは面倒くさい。
とはいえ、このまま土龍でいると、気分もますます萎えそうで…。

ええい。このまま、すっぴんでいくか。 …と、今日はそんな一日でした。


2005年04月29日(金) 天の邪鬼な美しさの違いについて

邪鬼


今頃、映画「陰陽師」の感想をば…。どうも私は天の邪鬼で、みんなが去った頃に興味が沸くみたいです。
← 私の中の住人 天の邪鬼男さん


今日はビデオ屋さんで借りてきた
「陰陽師�機Ν供廚鮓�ました。

ついでにというか、NHKの稲垣吾郎版の陰陽師も借りちゃった。



何だって今頃かというと…。

夢枕獏さんの陰陽師シリーズ(文庫版)を再読していて、
頭の中の貧困なイメージを、少しでも絵にしたいと思ったわけです。

例えば酒器のかわらけ一つ、どんな形だったとか…。
晴明と博雅が牛車に乗れば窮屈じゃないのかなぁ…とか、アホなことを。

で。私の場合、お気に入りの小説を、マンガなり、映画で後から見ると、
たいていの場合は、ちょっとがっかりしてしまいます。

どんなに好きな絵描きさんでも、素敵な俳優さんでも、
活字が作る、自由な無限の世界にはかなわないですもん。


で。ま。ビデオを見ていたわけです。
�気諒�は映画館でも見たかな。

見た瞬間、冒頭から、ちょっと後悔…。
セットとか、CGとか、何となくチャチで、まがまがしくて…。
やっぱ、小説がいいわ。なんて思った。

源博雅は役柄なのか、大根ぽいし…。
(あとで不思議とマッチングしてくるんですが…。伊藤英明さん)

アゲハチョウの式神、蜜虫も可愛いけれど、ぎこちなくて浮いてる感じ。
(それが狙いかな?)

いや、それより、何より、肝心の安倍晴明役、野村萬斎さん。
え?この人が晴明…。ううーん、本のイメージとちゃうぞ。

などと。思って、見ていたわけです。
どちらかといえば、真田広之の圧巻の悪役ぶりに惚れ惚れしていました。

ところが。ところが。
どのあたりからでしょうか…。

地味で、こじんまりとした顔なのに。体が大きいというわけでもないのに。
抑揚のある声も、えらいおっさん声に聞こえるときもあるのに。

なぜか、この安倍晴明が色ぽい。美しい。
気がつくと吸い込まれるように見ていました。

小説の中の晴明。人懐っこさと、俗ぽさと、老成と、淋しさと…。
それに目つきが狐に似てるかな。(すみません)
夢枕獏さんが、ぜひに萬斎さんにと思ったのにも納得しました。

それにしても不思議だなぁ。
つくづく、じっと顔を見ても、美しいというわけじゃない。
特殊なメイクをしているわけでもない。

同じ顔なのに、まったく違う。化ける。

陰陽師�兇良颪い離掘璽鵑覆鵑�、トランス入ってる感じで恐いぐらい。
すさまじいほどの色気と妖気。流し目なんかイっちゃてる感じです、はい。

指の動きの一つ一つ、立ち振る舞いも、さすがにきれい。
声もメリハリがある。

狂言、能舞台か…。ちょっと見てみたいな、と思いました。
また全然違うんでしょうね。舞台の野村萬斎さん。

ちなみに狂言といえば、学生の頃に能楽堂で附子を見たぐらい。
「附子じゃ、附子じゃ」という、あれです。あとの演目は眠かったような…(^_^.)


根が天の邪鬼なもんで、何かと話題性のある映画はあんまりだったんですが、
いやぁ、素直に見るもんですね。萬斎さん、きれいでした。

稲垣吾郎さんの陰陽師は、まだビデオ一巻しか見ていませんが、
色気と、年齢的な幅で、萬斎さんには届かずって感じかなぁ。

そうそう。笑の大学(三谷幸喜原作・役所広司、稲垣吾郎共演)
映画見そびれたんで、ビデオ見なきゃ。これは面白そうですね!!


2005年04月28日(木) マジメにお母さんしてたんだ。

ビートルズのレコード A Hard Days Night


今日は汗ばむぐらい、良いお天気でした。
久しぶりにビートルズの音楽を聞きながら、洗濯物を干した。♪…A Hard Days Night


数日前から本の整理を始めたのはいいが。

片付けているのか、
読み散らかしているのか…。
ええい。いっこうに片付かないわ。


おおっ。新八さんの「新撰組顛末記」やん。
う…うにゃにゃ。とりあえず、迷いもなく古紙回収行きの本を出そう。


(処分一例)↓

 ●赤ちゃんの病気百科事典 わたしの赤ちゃん 1989年12月号付録

 付録の小冊子だけど、3つ違いのまる子までしっかりお世話になりました。 
 特別添付は「健康うんち・心配うんちカラー図鑑!」


 ●女性の医学  1987年発行 西東社 1,200円

 一度流産してから、自分の体と、生命の大切さに目覚めました。
 仕事中、自覚のないままのごくごく初期の流産…。

 担当医師が、慰めか、
 「生きていくにはしんどいから、赤ちゃんが自分の意志で流れたんだよ」
 と言った言葉が忘れらない。生まれていたら兄か姉のどっちだったろう。


 ●子どもの上手な叱り方・ヘタな叱り方 1994年発行 三笠書房 1,100円

 長女…5歳 まる子…2歳。 …もしかして、悩んでいたのかなぁ。


 ●第一子を伸びる子に育てる本 1997年発行 PHP研究所発行 1,400円

 長女…8歳 まる子…5歳。 …やっぱり、悩んでいたのね。


ふんふん。こうして見ると…。
がんばって、お母さんしていた時代があったんだ。へへえぇ…。

幼稚園のお弁当・手作りグッズ本なんてのもあるぞ。ほんまかいな。
だいたい、三度の食事作り、ゾウキン縫うのも一大事な私。
手提げはお母さんの手作りに限るなんて、プリントの文句に途方に暮れたっけ。



…子育てはこれから、と、先輩ママさんはいう。

でも、私の手の中に、握る手を必要とする幼い子ども達はもういない。

離乳食を終え、二本足で歩き、言葉を覚え、他人と関わる事を覚えた。
一つの役割を終えてしまった。淋しいけれど…。そう思う。

ダンナんちも、私んちも、普通に生きることに精一杯。
親達はいちいち子どもに構ってなどいられなかった。
幸い、その頃の親より生活力はあるが、地盤は変わらない。

女の子で、難しいお年頃。これから色々な事があるんだろうけど…。
お姉ちゃん、まる子ちゃん、あんたらの人生だ。

自分のためにがんばれや。

過剰な干渉は無用。

だから。頼むわ。…部活のジャージぐらい自分で洗ってくれぃ。


2005年04月27日(水) 新聞の見出しに 踊るあほうに描くあほう。

新聞の見出し


あっはは…。思わず嬉しくてCut! 未だ「歳末」でトキメク馬鹿な私です。

「みんな土方で生きてきました」著者:日野勝美さん 新風舎@1,680 

地元新聞の日曜版、読書の紙面で紹介された本のタイトル。
土方仕事に愛着を持つ著者のドキュメント作品だそうです。


嬉しくて、思わず手元にあったメモ用紙に鉛筆で落書きしました♪

昔はよく学校のノートに落書きしましたが…。
あんた。…いくつやねん。ほんま。

4?だ。文句あっか。

ザラ半紙に書いた歳三さんの顔

スキャナー取り込み。裏が透けてます。。

いっぺんでええし 土方さんに会いたいなぁ。

会えたら? …タッチして逃げる。




さて。馬鹿もほどほどに…。
5月連休明けから8月までの講習が決まり、又、忙しくなりそうだ。
毎日の子ども達の弁当作り。ジャージの洗濯。買い物。晩飯。夜の掛け持ち。

睡眠時間確保が先決で、自分の時間が持てないぞ。
ま。持ったら持ったで自分にずっと向き合うのも辛いんですが…。

テキストが変わるので、新しいものを自宅に送付すると連絡があった。
また本が増える。全部捨てられたらスッキリするだろうなぁ。
え…。組関係? これは漫画といえども捨てられません(キッパリ)

6月は仕事がらみの結婚式。まだ返事を出していない。気が重い…。嫌っ。


2005年04月26日(火) 猫の墓場

猫と歳三さん猫にかまう歳三さん


猫は死に目を見せないという。

それが定説であるかどうかは知らないが、
少なくとも我が家(実家)の猫たちは、死期が迫ると姿を消していった。

ブイブイ言わせてた頃の2代目チロ(トラ毛・♂)   

チロ(雄・虎毛)
2代目トラ毛の雄猫は、 
やんちゃで、喧嘩ばかりしていた。

3代目は黒と白の雌猫で、 
おとなしくて気立ての良い美人の日本猫。

ちなみに初代のチロ(代々この名前)が居たはずだけど、幼かったのか記憶がない。


4代目のチロが我が家に登場するのは、結婚して私が家を出てから。
チロは捨て猫だった。
実家近くの散歩道…正確には墓地を抜ける道…で、子供たちが見つけた。

墓地に捨てられたトラ毛の痩せた雌の子猫。
場所が場所だけにその時は素通りしたが、何となく気になる。
帰りもまたその道を通ったら、チロは私達を見ると用心しながら擦り寄って来た。

当時、私達は賃貸のマンション暮らしで、猫は飼えない。
結局そのまま実家で飼ってもらうことにした。

随分と臆病で、毛をすぐに逆立たせる神経質な猫だった。
室内飼いをしているわけではないのに、外へ出ようとはしなかった。
優しい父にはすぐに懐いたが、母に甘えることはなかったけ。


猫の寿命は人に比べて短い。
室内飼いが増えて、平均寿命が延びた今でも10年から15年ほどじゃないかな。

胸にしがみ付いて鳴いていた子猫もやがて年老いる。
毛のつやはなくなり、体の張りは失われる。

喧嘩傷の絶えない、やんちゃだった2代目も、
煙草屋の看板猫にもなった、おとなしい3代目のチロも、
幸い事故にも合わず、自然のままに長生きして、そして逝った。

もっとも病院へ連れていけば、医者は一つや二つ病名を言い当て、
寿命も少しは延びたかもしれない。
猫は猫。人は人。薄情なようだけれど、それが我が家の飼い方だ。

最後は、もう長くないのでは…と注意して見守っていたはずなのに、
横たわって動けるはずもないのに、忽然と家の中から姿を消してしまった。

どこかで倒れているんだろうと、床下やら、天井裏やら、
居そうな場所を、家中を探したけれど、それっきりもう現われなかった。


墓地で拾ってきた4代目のチロもそうだったらしい。

その日、たまたま実家へ来ていた姉の話によると、
普段なら甘えても来ないチロが、珍しく体をこすり付けてきたそうだ。

何日か前から吐いたりしていたが、今は好物でさえ食べる気配もない。
落ち着き先を求めるように部屋の中をヨタヨタと歩き回っていた。

姉が帰ったあと、碁会所から戻ってきた父を戸口まで迎え、
大好きな父の膝の上に乗ったあとで、その後、居なくなったらしい。
畳まであげて床下を覗いたが、チロは見つからなかったそうだ。

臆病なあの猫はきっと一人ぼっちでは死ねない…。
父のそばで、畳の上で死ぬんだろうなぁ…と思っていた。

だから。昨年、母を亡くしたばかりの父はどんなに力を落すだろう…と、
チロのことより、私は、父の身ばかりを心配していた。

チロが居なくなってから、もう二十日ばかり経つ。
父はようやくトイレの砂やら、猫用の食器を処分した。
亡くなった母は一度も出てこないのに、チロは夢に見るんだという。

十年前、人気のない、だだっ広い墓地で、鳴いていた薄汚れた子猫。
拾うだけ拾って、あとは父母に任せた。
あの時、チロは私達に拾われて幸せだったんだろうか…。


猫は死に目を見せないという。
家に憑くとか、飼い主の不幸をみんな背負って逝く…などという。

身勝手な人の想像か、感傷かは知らないけれど、
我が家の猫達は寿命を生きて、ひっそりと飼い主の前から姿を消した。

チロのように、人として、ちゃんと死ねるだろうか。


2005年04月25日(月) 150年前の男の子育て日記

JR西日本 快速電車の脱線事故。マンションに突っ込んでいた車両が、握りつぶしたビールのアルミ缶みたいにグシャリとひしゃげていた。言葉もありません。



まる子ちゃんが履いていた幼稚園の上靴← 押入れを大掃除していたら出てきました。
まる子ちゃんが履いていた幼稚園の上靴 16センチ 
写真をPhotoshopで処理 こんな風に描けたらいいな



昨夜、NHKアーカイブス「幕末転勤物語150年前の家族日記」を見ました。
(放送が平成元年にされたものだから、今だと160年前になりますか)

桑名藩士、渡部勝之助(既婚・二世帯同居・身重妻・幼子有り)の幕末転勤物語。


宮仕えの下級武士、渡部勝之助さんは、或る日、住み慣れた桑名(三重県)から、辞令一つで、桑名藩飛び地領の柏崎(新潟県)に飛ばされます。

気候をはじめ環境も違う、習慣ももちろん違う土地で、仕事や、微妙な人間関係、そして家族の病や生と死、残してきた長男への思い、親の死…。

貧乏暮らしの悲喜こもごもの毎日の暮らし。家族というつながり。

160年前も、勝之助さんの四代目の子孫が生きる現代も、宮仕えの根底は同じところにあるかもしれないですね。

幕末がけして特別な時代ではないところに、妙に安心させられました。


ドキュメントの下地となっているのは、二つの日記「桑名日記」「柏崎日記」ですが、探していたらこんなページがありました。日記解読。すごい量です…。

 ☆「桑名日記・柏崎日記を読む」のHPは → コチラ



桑名藩…といえば、松平定敬さん。
柏崎陣屋。越後って確か激戦地ですよね…。

山崎丞の「取調日記」は、いつ解読、出版されるんでしょう?
組のリアルタイム日記。早く読みたいなぁ!!


2005年04月23日(土) されど、女の方が大変…か。

シャツ姿の歳三さん突然ですが…。

土方歳三が上司だったらどんな感じだろ。

「ノルマが達成できなきゃ、明日は来なくていいぞ」なんてブイブイ言ってンのかな。

「顔、洗ってこいッ」なんて…。25年前は、
職場の次長さんからよく聞かされたけれど。


← 企業戦士ヤマザキ ならぬ ひじかた@誠組

で。されど、女…の話ですが。


「働きマン」というマンガ(作者:安野モヨコさん)があります。
その主人公、出版社に勤める、松方という、目力光線ガンガンの女の子。

いつも仕事に直球勝負。やる気マンマン。ひるまない一方で、
仕事での悩みや、苛立ちや、女の子のモヤモヤや、焦りやらを抱えている。
結構、好きなマンガです。


で。その主人公を見ると…。いや、逆だ。
その人を見ると、いつも、その主人公を思い出してしまう女性がいます。

責任感があって、人を頼らず、手を抜かない。テキパキと仕事が早い。
営業職で、いつも、明日は神戸か、和歌山か、と飛び回っている。

ちょっと見は、冷たくて、キツソーな女。
でも、すごく気持ちのいい、可愛い女性です。


彼女、諸事情が重なって、今年になって会社を辞めたのですが…。
胃潰瘍で入院したり…、本人は認めないけれど、相当ストレスだったみたい。

で。仕事関係の知り合いで送別会をしようとメールしたら、なんと。

胃潰瘍の次は、赤ちゃんが出来ましたー!(注:彼女は既婚者です)だって。

送別会、変じて、お祝いとなり、一緒に食事をしました。


話すこと、話すこと。

ツッパリ気味にがんばっていた仕事のこと。

味方してくれなかった、守ってくれなかった上司のこと。

「仕事を辞めたら?」と、彼女を心配してくれるダンナ様のこと。

子どもができて働けない状態になることへの不安。

孫をきりに同居を迫ってくる、お義母さんへの不安。

お産のことや、産後のこと。お義母さん×実家のお母さん。

生まれてくる赤ちゃんのことや、子育てへの不安…。

諸々の期待と不安が絶えず交差している。


「考えていてもしょうがないし、ま。何とかなるし」
彼女はいつものようにサバサバと明るく言った。


…この頭でっかちめ。何でそんなに気を張るのか。
心底、何とかなるさと思ってる人間が、胃潰瘍になんかなるもんか。

こんな、ぶくぶくのオバサンになるぞ〜! → → (^_^.)


彼女を見ていると何だか愛しくなる。
姿、形は随分違うけれど、まるで昔の私。

あんまり無理して頑張らんとき。
あんな、世の中、なるんやなくて、なるようにしか、ならんて。

大丈夫!
ここにも、そこ(コテ女)にもおるんやから。
なるようにしか、ならんかった女。

で。その後の話がすごい…。
出産直後の下ネタワールド。赤裸々裏話…。 書けませーん。


2005年04月22日(金) コテコテとイケズの再会

551蓬莱のペーパーバッグJR大阪駅構内の店で、

551蓬莱のぶたまん と シューマイを、

お土産兼、晩ご飯の一品に買って帰った。

新快速の中で提げていた551の紙袋。

考えてみれば、
JR京都駅のデパ地下でも売ってるやん。

阪神百貨店のイカ焼きの方が良かったかな。


・・・今日は仕事関係で知り合った人と大阪で久々に会いました。

私と、30代になったばかりの人と、その中間に位置するコテコテの大阪人。
女3人。年齢差は最大18歳… (T_T) 泣くな。

待ち合わせの店の地図を見れば、JR大阪駅から徒歩2分…。
方向オンチの私でもこれなら大丈夫と出かけたが。

きっちり迷ってしまった。
阪神百貨店の向こう側に出ないといけないのに、阪急百貨店の回りをウロウロ。大阪駅に着いたのが11時ぐらいなのに、今はもう20分近くになっています。

梅田周辺。人も車も多いし、でっかいビルばっかりだし。
地下も、歩道橋も、あちこちに出入り口がいっぱい。


あれれ?一周してきちゃった…。

先に着いてるだろう相手に電話で聞く手も考えたが、田舎もんの見栄はる君。
第一、自分が居る場所を正確に言えない。


むむむ。やっぱり人に聞こ。
出来るだけ優しそうな人をつかまえる。

30代ぐらいの女性。
その人は、見るからに道に迷いそうな私を不憫に思ってくれたのか、手を引くようにして、一緒に混雑する連絡通路を通り抜け、これなら迷わないだろう、というところまで送ってくれた。

もう、ほんまに嬉しかったです。
なんせ、大阪駅に着いてから20分以上もウロウロしてたもん。


はじめて来る大阪じゃあるまいに、何で、こうたんび迷うんだか。
歩くのは速いし、交差してる通路でも、人とぶつからずに行きたい方向へちゃんと歩ける大阪の人はすごいな。


大阪に来ると京都はほんまに狭いなぁと思う。
だいたい高いビルが無い。地上15階の駅ビルか、京都タワーぐらいかな。

景観重視か、発展性か…。いつも揺れてる京都。
古いもの。新しいもの。保守と革新。静と動、穏やかさと、激しさ…。
この間の屈折や、揺れが、京都人の気質を作ってきたんかもしれんね。

そやけど京都は京都でいいと思う。
大阪は大阪でええと思う。
いろんな街、いろんな人がいたほうが楽しい。


2005年04月20日(水) パッチギ! 井筒監督の挨拶

パッチギ!のサイン入りパンフ井筒和幸監督サイン入りのパンフ →

大学生の甥っ子に
「良かったで。もう一回行きたい!」などと聞いて

映画「パッチギ!」を観に行って来ました。

長女の16回目の誕生日。
平日のレイトショーに親子三人そろって。


まる子ちゃんが、たまたま学校の行事で泊まりだったのも幸いしたかな。
観たい思っていても、中々、行けませんよね。

アンコール上映で一日一回だけの上映のせいか、小さな映画館は満員御礼。
立ち見のキップも買えなくて帰る人もいました。

立ち見席でもいいかと列に並んでいたら、
後ろからどこかで見たような、おっちゃんが歩いて来る。え…?

おぉ!なま井筒監督やん。喋り方も、顔付きもテレビと同じやで。…当たり前や。

上映前の監督挨拶。
トークは面白いが、おっちゃん、喋りより、早よ、映画見せてえな。


で。映画ですが。 

点数つけるとしたら ☆☆☆☆☆
良かったです。悲しいとかそういう感覚じゃなくて、ボロボロ泣きました。

甥っ子が「もう一度観に行きたい」といった言葉にも納得。
乱闘や暴力シーンは苦手という方も、ぜひ。

「殴ってもエエ。でも殺したらアカン」だけの映画じゃないです。深いです。


泣き所

朝鮮高校生のチェドキの通夜。
棺おけが狭い間口に入らへん、戸をぶち壊したる、のシーンに始まり、
その後の映像と、イムジン河に涙腺決壊。

笹野高史(総司のお医者様♪)演じる叔父が、日本人の主人公に向かって、
「おまえら日本のガキは何も知らん。…帰れ!…帰って下さい」と罵倒するシーン。

…何も知らん、って言われても、日本人が悪い言うて責められても、
うちらはどないしたらええんや。仲良ようなりたいだけや。

などと純粋な主人公にシンクロして、すごく悲しくなった。
子どもの頃の二つ名前を持つ友達のことを思い出したり…。

感極まりは、通夜に参席しているキョンジャ(朝鮮高校生で主人公の交際相手)が、打ちしがれる主人公を見て悲しそうな表情を見せるシーン。
何だかキョンジャが娘のようで、不憫で、すごく可愛く見えました。


映し出される映像も、見覚えのある、普段着の京都ばかりで懐かしい。

1968年の京都…といえば、まさにダンナや、兄の青春時代。
私はまだ小学生です!!(…あんまり変わりませんか??)

学生運動に遅れた世代というよりは…、芸術は爆発だ!の万博世代やね。

フォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきない」なんか、
一時期、思春期な私のテーマソングでしたもん(笑)


オダギリ・ジョー(斉藤さん♪)のヒッピー姿はハマリ過ぎ!
この人、化けるし、ほんま、おもろいな。

「歌ったらあかん歌はないんだッ」と、ラジオ局のディレクターの一喝!
えらい説得力あるなと思ったらハウンドドッグの大友さんだった。

光石研さんの教師もすごく面白くて、哀しくて、いやー良かった。
こんな癖のある先生、昔は、一人や二人学校にいたような気がしますが。

あと、女優さんたちも、活き活きしていて可愛かった。


今日が誕生日で16歳。映画の主人公らとほぼ同じ年代の娘。
実は小出恵介くんのファンで、それがお目当てで行きたいと言い出したんだけど。ほんま。小出くんが出んようなったら寝てるわ、とまで言ったん。

その小出くん扮する紀男は、紀男お気に入りの甥っ子に言わすと、
アイツどこに消えたんやろな、というぐらい途中から出なくなるんやけど。
エンディングは紀男らしくてちょっと笑えます。

ぬるい世代で、熱いもの、クサイものには拒否反応。
親とは温度差がある。

期待せずに感想を聞いたら、ひとこと
「めちゃくちゃ面白かった」と返事が返ってきた。

面白い…。便利な言葉やなぁ。


2005年04月19日(火) 運ちゃんはその街の顔

下の写真は駅の構内で見つけた陰陽師・安倍晴明の1000年祭記念のポスター。

陰陽師・安倍晴明1000年祭記念ポスター写りが悪くてすみません。
シャープかけたら目がチカチカしてきた…。


昨日、姉んちへ行った時の話。

晴明ファンのお友達が京都にやってきて、
晴明神社へ行って下さいと言ったそうだ。

するとタクシーの運ちゃん曰く。

「晴明神社…?特に何もない神社ですよ」と。

あんまりじゃないか、運ちゃん。
はるばるやって来たその人は何と思っただろう。


そりゃ確かに、いっときの陰陽師ブームは去っていた。

立派な境内を持つ有名寺院と違って、晴明神社は街の中にある小さな神社だ。

今みたいに、きれいになる前なんか素通りしてしまうような地味な神社だった。

わざわざ京都観光で立ち寄るような所じゃないかもしれない。

でもね。

好きな人には、例え、記念撮影用の顔出しパネルがあったりしても、
平安京で安倍晴明が活躍していた…なんて想像するだけで、
晴明と名が付くだけで、嬉しくて、特別なんだ。

他人にとってはアホみたいで退屈でも、本人にとっては立派なメインコース。

五稜郭に立ったり、函館の海を見たりするだけで、
胸がドキドキしてしまうように。ね。

その運転手さんは、安倍晴明などにまったく関心がなかったのかな。

昔から「晴明さん」言うて、
赤ちゃんが生まれたら晴明さんに名前をみてもらおう。
そんな風に晴明神社は地元でも身近で馴染みの深い神社。

もっとも、ダンナの義母さんにしても、うちの母にしても、
陰陽師、安倍晴明が男前かどうかなんて話には関心がなかっただろうけど。

そんな話でもしてあげたら、きっと旅の印象も違うんだろうなぁ。

勝手にベラベラようしゃべらはる運転手さんもかなわんけど… (^_^.)


 ☆晴明神社のHPは→ こちら


2005年04月18日(月) 我が家には無いもの…

兜の飾り整然と片付いた部屋。

ぽかぽかと陽射しのあたる縁側。

よく出来た奥さん。

それは、山ほどあるんだけれど。

兜飾りもないなぁ。
娘ふたりの我が家には。

(姉んちの甥っ子のお父さんの、そのお父さんの兜飾り。
 なぜか会津の赤べこが…)


今日は姉宅のおニューのパソコンを見に行ってきました。

上の写真は甥っ子の兜飾り。

甥っ子といっても、ゲイ大…じゃなかった、芸大で、
建築デザインの勉強をしている、もう大きな男の子なんだけど。

季節、季節、私と違ってマメな姉はこういう事をかかさない。
けして形式ばるとかそういうことじゃなくて。

例えばトイレの中の小さな台の上にガラスの小瓶をのせて、
軒先で咲いている花を摘んでさりげなく飾る。

旬の食べ物を真っ先に食膳に載せる。

そして、いつも自分の心配より、人の心配ばかりしている、優しい姉だ。
3つしか違わないが、親のように甘え慕っている。

ソフトのインストールやら頼まれごとが一通り済んで、
お茶を飲みながら、ふと、昨年亡くなった母の話になった。

実家と家が近い事もあるが、甲斐甲斐しく走り回り、母の介護をしていた姉。
仕事にかまけていた私とは大違いだ。

情が深くて優しいのだと照れずに言ったら、
兄弟の中でほんとうに一番優しいのは兄だと、姉は言う。

兄は家を出たまま、あまり実家にも寄り付かず、
何一つしてくれなかったけれど、ほんとうは心根がとっても優しい人だ。
私は母の世話をしなければいけない、そういう気持ちの方が強かった、と。

それなら…。優しい気持ちも持ち合わせず、
してあげなければ、という使命感もないのはどうなんだ、と聞いたら、

気楽でいいな、と笑った。


どこか歪で何か大事なものが欠けている人間。
人を大切にしない。ものを大切にしない。自分をも大切にしない…。

身近な人、身近なもの、あるいは自分を失う時でさえ、
同じように、どこか淡々と薄情なのではないかと、自分を恐がっている。

前世はほんとに一生の短い虫だったのではないか。
大切にするとはどういうことか…。

暇になると、すぐに、こんなくだらない思考が混ざりこんでくる。

だから、仕事にしろ、何にしろ、余計な事まで背負い込んで、
クタクタに疲れて、グジャグジャ考えないようにする。

そんな風に思うんやったら、逃げたらあかんのと違う、と姉が言う。

逃げなきゃ、とっくに押しつぶされてしまう…よ。と反駁する。

ものにあふれ、恵まれ過ぎているからだろう。
紙一枚大切にすることから、具体的に行動してみるか。
私が私でいられるのは、今まで生きてきた時間の半分ほどだ。


それはそうと、長年思案して、ようやく購入したというパソコン。
とうぶんの間、netにもつながないという。
恐い気がするし、今のところ別に不自由も、必要もないからと…。

大学生もいるのになぁ…。恐がってても始まらんで、とも思うけれど、
無理にする必要も、便利さもない、満足げな姉を見ていてそう思う。

仕事場では言えない話だけどね。


2005年04月17日(日) 春だから日記の衣替え3回目

うーん。
壁紙の色一つすぐに決められない、この性格。
何とかならんか。

そもそも小学生のように何でも書いてしまう、この性格も。
やたら字を大きくするのも何とかならんか。

おい。

この落書きくせも何とかならんか…の絵


2005年04月16日(土) オセロじゃないのよ。碁石は♪

このところ我が家では囲碁が My Boom !

囲碁ソフトの画面

黒(まる子)の16目勝ちです。

囲碁ソフトの9路盤でもいっこうに勝てない私。
「お母さん。そこ。死に石やで」と、横からまる子ちゃんの声。

「えっ…?死に石?なんで?ここホラ、こんなに場所空いてるやん」

子どもの言っている意味が分からない。
無視して打っていったら、ナルホド…。
打てば打つほど…陣地を減らす…のね…。

女性は物欲が強いから将棋より囲碁に向いているとか?
ほんまかなぁ。9路盤卒業はいつのことやら。

その後、まる子も「やらしてー」と挑戦。
え…。こんな打ち方もありですか…?? へえぇ…(上の画像)

勝ちは勝ちだとまる子ちゃんは誇らしげ。
何が面白いのか、日曜のNHK囲碁番組も時おり見ているらしい。
どうやら私の父の隔世遺伝か…。未だ0勝は私だけ。悔しい。
「ヒカルの碁」でも読もうかな。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (ただ今、妄想中)・・・・・・・

陣地取り合戦。
ヘボじゃなくて、やっぱり強かったかもしれませんね、土方歳三。

歳三さん、むっつり考え込んで腕組みしたり、時おり石をもて遊んだり…。
で。対戦相手はね。もちろん勝ちゃん!

近藤さんは意外に?堅い理性派の碁打ちで、イレコミ中の歳さんをニヤニヤ眺めているの。
さて。勝負はどっちが勝ったかなぁ…。

対戦相手なら、温厚篤実の人、島田魁もいいなぁ。
箱館の屯所の一室。他の隊士達が二人の対局を興味津々眺めている。
島田はゆっくり打ちながら、
(…困った。土方さんに勝ってしまったらどうしよう)なんて心配してる。

投了。土方の中押し勝ち。
「俺に勝とうなんざ、百年早いな」と勝って誇らしげな歳三の顔を見て、
人の好い島田は「まいりました」と大きな体を折り曲げる。
でも内心は可笑しいやら(なんて可愛い人だろう…)なんて思ったり…。

たり。たり。いやぁ〜。。。


2005年04月14日(木) 片付かない…。

悪がきの落がき絵まる子ちゃんが学校からもらってきた書類の中にユーウツな書類がある。

役員選出のお知らせ?

それもある。

でも、もっと頭が痛くなるプリント。

じゃん! 家庭訪問 だ。

大変だ。大変だ。
うちんなか、片付けなきゃ。
足の踏み場もない、我が家の茶の間。
さぁ、どうすんべ。

 ・・・悪がきの落がき・・・

てなことで。

小説や漫画本の整理を始めました。(なんでやねん)

1時間。2時間。3時間…。
せっかくなので、リストアップしながら作業をしているんですが…。

困ったことに。いっこうに片付く気配なし。

で。何をしてるのかと思えば…。


…あ。カムイ伝の一巻やんか。実家から持ってきてたんか。
カムイに正助、へえ、竜之進も一巻から出てたんやぁ…。ふーん。
などと、ついつい読んでしまう。

…お。子母澤寛の鴨川物語やん。これ文庫でも持ってるんとちゃう。
し…昭和49年の発刊?? つーことは、49ーさんじゅう……。
や、やっぱし…私…こんなものばかり読んでいたのね…。
などと遥か遠い10代を懐かしむ。


一向に作業がはかどりません。
却って散らかしたぐらい。整理は苦手だ。
ほんまにもう。

ま。ぼちぼち。そのうちに。(どのうちにだろう…)


2005年04月13日(水) ツユにはまだ早い

昨日スーパーへ買い物に行った時のはなし。

「よし。今夜は鍋でもするか」そういうことになった。
材料を揃って、切って、あとは鍋奉行のダンナにまかす。へへ。楽チンだ。

我が家の土鍋えーっと…。白菜、小松菜、椎茸、エノキ、豆腐…。メインは豚肉でいいかな。いつもは昆布出しにポン酢だけど、たまには味噌鍋もいいかー。
そう思って、焼肉のタレや、醤油などが並ぶコーナーへ行った。


すき焼きのタレはある。
ところが。その隣に並んでいるはずの、鍋つゆの種類が一切ないっ。え?

代わりに棚を埋めていたのは…。

 そーめんつゆ! そばつゆ! ぶっかけつゆ!

で。特売コーナーには特売品の麺つゆと素麺束が並んでいてたりする。


…いくら何でも早すぎないか?
そりゃ。素麺は好きだけど。ざるそばも大好きだし。

季節の先取りも悪くない。
スーパーの店頭で、少し早く季節の訪れを知るのも悪くない。

そやけど。鍋つゆオールスター、一斉退去することはないやん。
梅雨明けまでは、まだまだ肌寒い日もあるぞ。

実際、桜が咲いて春になったばかりだ。

狭いニッポン 短い人生 そんなに急いでどこへゆく。

ツユにはまだ早い。なんちって… (^_^.) あほう。


2005年04月12日(火) 自由になりたい

 今週。お姉ちゃんも、まる子ちゃんも真新しい制服に身を包んで、期待と緊張の新学期をスタートさせました。自分でテンション上げてはしゃいだり、まだ不安を抱えて無理してるかも。無器用な母は今日も見守るだけ。

 学校関係の提出書類の山を片付けて、毎日のお弁当作りがスタート…。
4月は何かと忙しい。落ち着いて、のんびり出来るのはまだ少し先のよう。


キモチが不安定な時に落書きすると、けったいな絵に(いつもでんがな)
左右の瞳の色が違う猫って何か言い方ありましたっけ?


長毛雑種♂猫のイメージ



私は弱い人間で、すぐに鎖に繫がれたくなる。
細切れの時間と、ストレスと、プレッシャーを好む。

ストレスなしには生きていけない。
不自由でなければ、自由を知らない。

人が定めた時間という物差しがなかったら
日がな一日、何もせず、
自堕落な怠惰の海に沈んでいる。
何も産まない。ただ時間を喰いつぶす。


時間の鎖を枷として ストレスという重荷を背負い込み 
鼠のように自分を追い詰める。

人として、ただ安心する為に。



自由とはこの意識の世界から消えてしまうことか。
生まれる前の無に還ることか。

それで安らぎは得られるんだろうか。
それで自分は幸せになれるんだろうか。

あまりに自分が憐れではないか。


2005年04月11日(月) 梅の花一輪咲ても…。

咲き残った梅一輪← 4月10日 北野の天神さんに咲いていた梅の花。
桜満開の今日。さすがに、ほとんどの梅の花は散ってしまっています。ぽつんと咲き残った小さな花が可憐。彼の人はどんな気持ちでこの花を愛でたんでしょうか。うふ。
絵馬堂には遅咲きの椿が赤い花を咲かせていました。



 日曜日、北野の天神(北野天満宮)さんへ、合格祈願のお礼に行ってきました。本殿には鈴が中央にしかないので、鈴を打ち鳴らそうと参拝の人が並んでいます。修学旅行生かな。団体の生徒さん達もいました。

 列には並ばず、そろそろと本殿の隅っこの方から手を打ち、合格の報告と、お礼。簡単なもんです。願掛けをした絵馬堂へ参ったら、そこには「合格しました!」の御礼の絵馬がたくさん。何だか嬉しくなります。

「そうや。絵馬も書いてへんで。いいんかいな」とつぶやいたら、
「こういうのは気持ちが大事なんや」と長女が分かった風な口をきく。

 10円かそこらのお賽銭で、本人はもちろん、家庭、仕事、学業、その他もろもろの願い事をする。あげくの果てには、この世の全ての人、みんなを幸せにしろ、などと無茶をいう。神さまも、たまったもんやないやろね。


北野天満宮の狛犬立派で近寄りがたい神社や、お寺より、
「ちょっと神さんに参っていこか」
そんな身近な存在で、ほんでもって心の拠り所になるような、そういう存在であって欲しいな。いつまでも。

北野の天神さんは牛の像が有名ですが、狛犬もたくさんいます。それぞれ表情が違い、面白い。
吽の狛犬。角が生えて、可愛カッコええでしょ?
全国狛犬巡り、いつかしたい。。




2005年04月10日(日) 日曜ばか劇場


♪皆様、ご紹介いたします♪

当一座の看板役者トシゾー・ヒジカタの向かって左側には
くまのプーさんこと、起き上がりプー太郎(♂)

よろしくね!

そして、その隣におりますのが、
一座のアイドル、キューちゃんでございます。(♀∞♂)

トシゾー、プー太郎、キューちゃんの人形

どうやらキューちゃん、トシゾーに惚れちまったか? 流し目攻撃だー!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
亡くなった母はキューピー人形が大好きでした。

赤ん坊ほどもある大きなキューピーさんに、余り毛糸で編んだフリルのスカートをはかせてみたり、煙草屋の店先によく飾ったりしていました。

写真のキューピーさんは高さ4cmほどの大きさしかありませんが、
母が亡くなる時も、ベッドの上の皺くちゃな手の中にありました。

そんなことをふと思い出した…。

テレビの前に三つ並べて「可愛いでしょ」なんて嬉しそうにやっていたら、
今どきの中高生の娘たちに「ふふん」と笑われちまった。

目をそらさないでってば。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
同棲時代の今日子さん今、Yahoo!コミックで、
あの懐かしい上村一夫の「同棲時代」 1巻が立ち読み出来るようです。

← 今日子さんの写し描き


「赤い鳩 アピル」もあったぞ。
(著作:池上遼一 原作:小池一夫)
新選組が出てきます♪


2005年04月09日(土) 桜の木の下には…

土曜日だというのに(毎週こんなことを書いているような…)
交代の呼び出しがあり、今日も仕事でした。

駅のホーム沿いの桜の木午後、愛チャリで某駅へ。


ものすっごい 
人  人  ひと!


桜はどこじゃ〜!! …って感じ?

大丈夫。
自然は優しくデッカイですから。


でも。ホントに自転車乗っているのが恐かった。
車道も平気で人が歩いているし、急な飛び出し、斜め横断なんのその。
信号は赤なのに、平気で堂々と道路を横断している。

グループ連れのおばちゃん、おっちゃんなんか、思いっきり信号無視で、
まわりが見えず、マイペースでお喋りしながら渡ってるもん。
で。目があったら逆に睨まれる。
ま。こっちもおばちゃんだから。目には目を…。恐。

でも。きっと歩いている人の身になったら、
チャリなんか乗りやがって。俺たちは観光客だ。地元民なら控えろ、とか。
休みは取れないし、何も好き好んで土日に来てんじゃねえや、なんて。
思うんでしょうね。私もお出掛けしたらそうやもん。

これで避けて違う道を走ったり。時間をずらしたり…。
桜満開の土日なんて、こっちも近寄りたくないんやけど。
ここ通らへんと仕事に行けへんの。

車からはブーブー言われ、通行人からも冷ややかに見られて、
この時期、チャリ族は悲しいのだ。


ふだんの花見。近所のちょっとした桜がきれいです。
駅前の桜。川べりの桜。よそんちから覗く小さな桜の木。
一本の小さな桜の木だけど、枝をいっぱい伸ばして、精一杯咲いてる。
存在感があって、晴れ晴れしくて、見上げては、惚れ惚れします。

庭に桜の木のある家。いいなー。いつか、そんな家に住んでみたいなぁ。
で。心地よい春の夜に、縁側で月と桜の花を眺めるの…。

あー風流な…ええ感じ…。
ただ…。桜の木って…。

花びらが散った桜の木の下には……毛虫っ! がいるんよね。



今ね…。NHKの深夜番組を見ています。
「列車横断・鉄道乗りつくしの旅」と「かんさいミッドナイトスペシャル」
桜の命・桜守が見たくて…。でも2時過ぎか…。
いささかお疲れ。。起きていられるかな。

おっ。高石ともやだ。


2005年04月08日(金) 今日は入学式 そして囲碁その後…。

もう一台のノートにAI囲碁というソフトがインストールされていたので、パソコンを立ち上げついでに、最近、遊んでみたりするんですが。

しつこく、この絵。ペンタブ、娘にとられておりまする。



かの人と対戦してみたいな。で。負かしてやるんだ。


★コンピュータの一番弱いヤツを相手にして。
 結果。9路盤で私の「83目半!」の負け。ぶーーーーーっ。

「えー!? 9×9は81やんな。なんで多いんや」

「アゲハマ。石。相手に取られてるでしょが」 ←(ダンナ)

打つ場所に迷ったらダンナに聞くという方法でとり直したら、今度は2目に減った。わーい。でも、やっぱり負けは負け。悔じいい。

うーん。いまだにチンプンカンプンだ。父の相手などいつのことやら…。


で。今日は長女の高校の入学式でした。
学校の桜の花も満開で、気持ちのいい、まさに入学式日和。
お姉ちゃんはかなり緊張した面持ちでしたが、入学式で、一人一人ちゃんと名前を呼んでもらって、無事、高校生になりました。

週明け月曜日は、今度はまる子ちゃんの中学校の入学式です。
それが終わったら、長期講習が始まる5月まではゆっくりできるかなぁ。

むふふ。遊びほうだい。落書きしほうだい。時間大切にしたいなぁ。
いつのまにか、陽が沈んでいたなんてのは、もったいないもんね。

でも。お弁当作りが始まるぞ…。(T_T)


2005年04月07日(木) 嵐山 チャリンコで夜桜中継

桜の花の写真

今よ盛りの桜の花 2005.4.6 嵐山にて


昨日は娘の十三参りで観光客気分で渡った渡月橋を、今日はチャリンコで往復する。朝方に雨が降っていたせいか、人通りは昨日に比べて少ない。

くたくたで段取りの悪い仕事を終え、駅に着いたのが夜の11時頃……。

普段の夜なら降り客以外は人気もまばらなのに、今日は土手のあたりから
話し声やら、音楽やら、焼き鳥屋のような香ばしい匂いさえ漂ってくる。

夜桜見物の花見客だ。

ここ数日のうちに一気に開花した桜の花。
派手なライトアップはないけれど、人工灯の光を受けて、
思い思いに枝を伸ばし、闇の中に淡く浮かび上がる姿はほんとうに美しい。

土手を利用した駐輪場から、そろそろと自転車を押し出す。
土と石ころの坂道。土を踏む音が心地よい。

ゆっくりとペダルを踏む。
河原の方には幾つもの明かりが見える。人影が踊る。

道端には車の列。等間隔に、一列に行儀良く駐車している。
最後尾はパトカーだ。

まだまだ宵の口。宴会が続くんだろうか。

河原での喧騒から離れ、車道に出る。
車2台が行き違えば、すれすれの細い道のカーブを曲がる。
橋のたもとでは数台のバイクが吠えるようにその音を競っていた。


渡月橋の上を自転車がよろよろと走っていく。
車も人も通らない。少しの間、橋の上には私ひとり。

微かな川音。優しい夜の闇。
サドルの上で深呼吸。風は湿気を少し含んでいるようだ。

恐いような、それでいて穏やかなような、妙な気分の中にひとり居る。

信号が変わり、誰も居ない十字路でぽつんと止まっていたら、
さっきのバイクが数台、派手な音を立て横をすり抜けていった。

バリバリバリ。
月も見えないのに、みんな気持ちが昂ぶっている。

今年の桜。
あと数日で散るんだろうな。

どうぞ。しばらくの間、雨が降りませんように。




あ。明日は高校の入学式や。


2005年04月06日(水) 十三参りの筆文字

ダンナの休みが取れたので、観光客で込み合う土日をさけて、地元の法輪寺(虚空蔵さん)へ、まる子ちゃんの十三参りに行ってきました。

ご祈祷してもらう時に好きな文字を一字、筆で書くのですが、これがその時、まる子が書いた文字 (↓)

まる子ちゃんが筆で書いた文字は「笑」


笑


いいなあ…。何だかとっても、まる子ちゃん、らしいや。

「笑」という文字に足が生えて、まるで踊り出しそうやん。
親ばか。何だか、とっても誇らしく、嬉しくなった。

そーいえば、お姉ちゃんの時は、どんな文字を書いたっけ?
そうだ。明日、ダンナにも聞いてやろ。

好きな文字を一字あげよ。

きっとウンチク垂れながら言うんだろうな。

好きな一字か。何かな…。 
「心」 「幸」 「信」 「歳」 …いやいや…いや…。


えーっと。近藤サンならどうだろか。
「努力」「勤勉」…あ。二字か。「気」「武」「誠」「志」…「顎」やったりして。

歳三さんならどんな文字を書いただろう…?
やっぱり「誠」 「義」あたりかな。「色」…とか。…崩し文字の「玉」?


好きだったマンガ「天まであがれ」の中で木原フィリップ土方歳三さんが、
肺を病んだ総司との、最後の別れのシーンで言うセリフ。

「古来より…沖田の「沖」は…」空を見上げて言うシーン好きだったな。


好きな文字を一字あげよ。

急に問われて、気負いなく「笑」と丸く書いた、まる子ちゃん。
こんなところにも人柄が表れるよね。
だから。自分が好きな一文字、自分を表す一文字、大事に考えてみたい。

あなたなら、どんな一文字を書きますか。


2005年04月04日(月) 体臭フェチ?

4/5付けのTV  たけしのほん怖 
「主人在宅ストレス症候群」ってほんとに病名だったんだ。びっくり!
うちはもしかして「夫人在宅ストレス症候群」かも…。ごめんなさい。

懲りずに似顔絵に挑戦

写真を見て描いてるのに、全然似ない。
いったい、あんたは誰やねん?…ドカタサイサンです。
(音声読上げソフトを使うと「ドカタサイサンさん」と読みます)



今日は、長女が通う高校の制服を取りに行ってきました。
8日の入学式も、もうまもなくです。
桜の花もちょうどいい具合に咲きそうです。

校門の前から新入生を待っていたかのように各クラブの勧誘合戦。
袴をつけた痩せた男の子(ルパン三世の五右衛門に似ている)がいて、
ビラをもらった。娘がね。

【来たれ!剣道部!!】

もらったビラの下に女子マネジャー募集とあったので、
もうバスケしないんなら、こういうのどう?…って何気に娘に振ったら。

娘、曰く。

「剣道部は臭い」 とな。

ふーん。そういうもんなんかなぁ。体育系って、みんな、そうとちゃうん?
防具とかが臭うのかしらん。

男ばかりゴロゴロした、むさい屯所、宿舎、野郎の集まり…。ふむ。
臭いのない漫画や、ドラマの仮想の世界じゃないんだ。
ありとあらゆる生きた臭いの中に、歳三さんも居たんだよねえ。

どんな臭…、いや、匂いがしたのかなぁ。
硝煙の匂い。乾いた血の匂い。煙草の匂い。ほのかな汗の匂い…。
土や、埃や、…脂粉の匂いもしただろな。

出来るなら胸の中にパフッと飛び込んで、クンクン、
その匂いを確かめたいなぁ…。

何やら、犬や猫みたい…だぞ ^_^;


消臭のコマーシャル。
面白いけれど、時々、不気味に感じてしまう…のは私だけかな?


2005年04月03日(日) 春雷 今年も怖いカミナリさま

日曜日だというのに、午後から仕事で出勤でした。
その後、誘われて、歩いて15分ぐらいの近くの神社へ。

花見には早く、あいにくの曇り空だったけれど、今日はお祭り。
屋台が出たり出し物があったり、中々にぎやかで楽しい。

うん。おでんと、焼き鳥、美味しかったな♪

さて。帰り道。空が急に暗くなったかと思うと。雨がポツポツ…ポッツン。
ゴロゴロゴロ…こりゃ、やばいなぁ…。と思ったら、

去年も描いた雷公予想通り!
今年初めて、雷様と外で遭遇ッ!

うわぁー。やめてくれい。
青白い稲光。一瞬、心臓が止まってしまうんじゃないかと思う。
雷鳴。耳をふさいで、その場にしゃがみ込みたくなる。

スコールのような叩きつける雨の中。
それでも尖った先端が怖くて傘をさす気にもなれない。
昨年もやはり雷様怖いと描いてました…

雷の発生するメカニズムなども頭では理解しているのだけれど、
未だに天の神の怒りのようであって恐ろしい。

仕事先にも「雷が鳴っていたら来ません」などと、
冗談のように話しているが、あくまで本気だ。

ピカっと光ってきれいやん。…などと平気で笑う、知人の気がしれない。

顔面蒼白。悪寒が走る。
雷が鳴る高い山や、広い海で、万が一、遭遇したらショック死にしそうだ。


↓ 雷の用語をネットの辞書で引いていたら、こんな言葉に遭遇しました。

かみなり-のじん ―ぢん 【〈雷鳴〉の陣】

平安時代、醍醐天皇の時から始められた朝廷における臨時の儀式。雷が三度鳴ると、近衛(このえ)大将・中将・少将が清涼殿・紫宸殿の前庭に伺候(しこう)し、弦(つる)打ちなどをして天皇を守る。かんなりのじん。

---エキサイト 国語辞典 大辞林 第二版 (三省堂)より

あと雷獣とかね。獅子とか龍の合体したような怪物だろうか。
平安時代といえば、闇や、おどろおどろしい物が生きていた時代。
あらゆるものに神仏が住み、魔物が住み、人がともに暮らしていた世界。
何だかウエットで、感性が豊かな時代だったんでしょうねえ。

雷が鳴り出すと尻尾をまいて、家に入れろと鳴き出す、隣のワンコよ。
お前の気持ちはよく分かるぞ。


2005年04月02日(土) 岡目八目 へたな考え休むに似たり

碁を打つ歳三さんただ今、かの土方歳三も
やっていたかもしれないという五稜郭の碁石妄想から、囲碁に目覚めています。

まだ ほとんど
チンプンカンプンですが…。

インタラクティブ囲碁入門 
 ↑
java使用。実際に石を打て、初めてでも分かりやすい。



夕食後、ネットの囲碁サイトで日頃とみに鈍くなった頭をひねっていると、
ウンチク好きなダンナが何をやってんだと覗き込んできた。

「そんなところ打ったら、逃げられるぞ」
うー。先に言うな。

「お母さん、何やってんの?」と隣の長女(春から高校生)も興味津々。

「どれどれ…。ここ…、黒、打ったらええんとちゃうん?」
と、ご丁寧にも指をさしてくれる。

「正解」

むむっ。なんで、そこに打つの???
ううぅ。私ひとりだけが分からない。
まる子ちゃん(春から中学生)が、ぐっすりオネムだったのが幸いです。

相手がいるゲームは嫌いじゃない。裏読み、駆け引き、心理作戦。
花札や、ポーカーなどカードゲームには、ひそかに燃えるタイプ。
もっと若い頃なら呑み込みも早かったんだろうな。

おんぼろな家には父の碁盤や碁石があったけれど、
いつも生活に追われて一家団欒を楽しむような家庭ではなかったけ。

飲む。打つ。買う…女の人で揉めた事はなかったわ…うん。
若い頃から博打や勝負事には強かったが、碁はせいぜい二段か三段。
いつだったか。アマチュアの大会に出てトロフィーをもらい、
恥ずかしそうに、隠し持って帰ってきたっけ。

その父も80に近い。
年の割には若々しく、やんちゃで、今でも毎週の競馬予想は欠かさないが、
近くの老人クラブへせっせと碁を打ちにいく、いいおじいちゃんだ。

囲碁か…。頭は使うし、人と関わるし、お金もかからないし…。
年をとっても楽しめる良い趣味になりそう。

「相手は無理でも、せめて話が出来たら、お父さんも嬉しいやろうに」
後ろからウンチクを垂れながら、ダンナはそう言ってくれるが…。

はて…。えいッ。ここだ。(← と数打ちゃ当たる式に石を置いている)

「失敗。−そこは切れません」

うーん、うーん。なんでやねん?


2005年04月01日(金) ついたちの夜の夢 

サブタイトルは「五稜郭の碁石」 …にはは。

・・・・・・・・・・・・・・・・

例年なら桜の花もちらほらほころんでいる時分なのに、今年はまだ便りを聞かない。ずいぶんと肌寒い晩である。

母の春子は、放蕩人の夫、夏夫に、とうとう我慢の糸が切れたのか、昨晩、3つ違いの兄と、まだ赤ん坊の妹を連れて、家を出て行ってしまった。

冷酒をあおり、ごろりと寝てしまった父親の横で、幸は、小さな掌に碁石をのせて遊んでいた。まあるく、なめらかな、冷たい石の感覚が好きだった。

煤けた畳の六畳間。卓袱台以外にこれといって道具のない質素な部屋の片隅に、立派な碁盤が置いてある。父親の夏夫のものだ。

花札、競馬、競輪、競艇、麻雀、パチンコ、ビリヤード…。自称、勝負師の夏夫が、時にはその妻より、子供より、愛してきたものたちだ。好きな囲碁ですら、夏夫にとっては賭博の対象だった。

風がうなる。
立て付けの悪い戸がガタガタと鳴った。

母が帰って来たのだ。幸はそう思った。
急いで出ようとする幸を、夏夫が止めた。

「いい。あの男だろう。石を片付けろ」

風に髪を乱した背の高い男が戸口に立っていた。

囲碁を打つ歳三さん「今晩は」
その男は幸を見ると微笑んだ。

「こ…んばんは…」
確か前に一度、夏夫が連れてきたことがある。

土方という男だった。
年のころは30代半ば。少し顔色が蒼白いが、鼻筋の通った、涼しげな目もとを持つ好男子だった。


「幸ッ。台所へ行って酒を持って来い。茶碗もな」
夏夫はようやくのろのろと体を起こし、隅にあった碁盤を運んできた。
気の利いた座布団の一つすらない。

勝手知ったように土方が腰を据えると、
「あんたも変わった男だな。…で。今日は何を持ってきた?」
と夏夫が嬉しそうに聞いた。

土方は上着の内ポケットをまさぐると煙草を取り出した。
薄茶色のパッケージにはSHINSEIとある。
碁盤の上にぽんと投げた。

「おい、おい。まさか、こいつを賭けようというつもりじゃないよな!?」

「あんたは何を賭ける?」

「…ふざけた男だ。おい。幸、酒はまだか」

夏夫の声は決して怒っていない。それどころか楽しそうでもある。
アマチュアにしては夏夫の囲碁の腕は相当なものだ。金を賭けて打つ。相手にもよるが、煙草銭どころの話ではない。

幸がその小さな両手に一升瓶と茶碗を二つ抱えてやって来た。

「こういうのはどうだ。お前が、わしに万が一勝ったら、この子をやろう」
そう言うと、夏夫は幸のか細い体を抱いて膝の上に乗せた。

土方は憮然としている。

幼い幸にも夏夫の言っていることは理解できた。
捨てられる。それが夏夫ならやりかねない事さえ、幸には分かっていた。

大きな博打に手を出し、借金まみれの夏夫に何度泣かされてきたことか。
腕のいい職人であった夏夫は職も失い、家も手放した。
母の春子は3人の子供を連れ、何度死のうと思ったかしれない。

ちょうど土方が初めてこの家にやってきたのも、春子と、夏夫が大喧嘩をしている真っ最中だった。夏夫とは街の碁会所でたまたま知り合ったらしい。カモになると踏んだ夏夫が、この男を誘ったのだろう。

気詰まりな沈黙も一瞬だった。
土方に醜態を見られてしまった夏夫は、余計に腹を立て、部屋の中の物という物に当り散らした。

「あなた。やめて下さいッ」
赤ん坊を抱えての春子の懇願も、もはや届かない。
兄は怯えたように春子の服をぎゅっと握って泣いていた。

「どいつも、こいつも、俺を馬鹿にしやがってッ!クソッ」
夏夫が自棄になって投げたビール瓶が、戸口付近に立っていた幸を襲う。

顔に当たるッ!
幸が目をつぶった瞬間だった。大きな影が彼を包み込んだ。

「あ…」
ひょいと体が浮いた。
足元には砕け散った琥珀色の破片が、幾つも散らばっている。

「おい。…馬鹿な真似はやめろ」
低いが、凄みのある、よく通る声だった。
土方が身をもって、飛んでくる凶器から幸を守ってくれたのだった。



「どうだ、土方。お前が勝ったら、幸をくれてやる」
夏夫がにやりと笑った。

「…正気なのか?」

「ああ。その代わりに、あんたも煙草なんかじゃ駄目だ。あんたが負けたら、もっと大切なものをくれ」

「大切なもの…?刀か…?」

「そんなもんはクソにもならねえ。どうだ。その金ピカの懐中時計は?」

「これか……」
ほんの一瞬、思案するように、土方は首をひねった。

「よかろう。俺が勝ったら、その子はもらう」

「成立だな。よし、幸、のけ」

夏夫はうるさそうに手を払った。
幸の顔が不安で押しつぶされたように歪んでいる。

夏夫は怖いが、何といっても父親なのだ。
目の前の男が、例えどんなに優しく、いい男だとしても、父親に捨てられるのは嫌だ。そう思うと、幸の目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

夏夫が負けるわけがない。そうだ。負けるもんか。
幸は父親と静かに対峙している男の顔を、そっと覗き込んだ。

「どうした?」
何ともいえない微笑が、土方の口元に浮かんでいる。


 ・・・いつかに続く・・・・


さぁ。どっちが勝つでしょうか?
幸の運命やいかに。夏夫は、すさんだ生活から立ち直れるのか!?

なんて。おしまい。すみません。 m(__)m

以上、私だけのエイプリルフールの夢話でした。
函館であの碁石を見てからおかしいのよね…。


Sako