井口健二のOn the Production
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2013年10月27日(日) 第26回東京国際映画祭《アジアの未来部門》《ワールド・フォーカス部門》

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※今回は、10月17日から25日まで行われていた第26回東京※
※国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。なお、※
※紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は最少※
※限に留めているつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
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《アジアの未来部門》
『今日から明日へ』“今天明天”
巻頭に、住居の外壁に赤ペンキで取り壊しの印を描いている
シーンが登場し、2008年1月紹介『胡同の理髪師』にも同様
の情景があったことを思い出した。本作の背景は現代だが、
中国の風景はあまり変わっていないようだ。その本作の舞台
は北京の唐家嶺。そこには大学卒だが非正規雇用に甘んじる
若者たちが数多く集団生活している。そんな3人の若者(男
2、女1)の生活ぶりが描かれる。彼らは「80后」=1980年
代生まれで、ちょうど自分の子供と同世代だが、日中の若者
に違いがあるのか否か、また自分の青春時代と重ね合わせて
も興味深い作品だった。

『リゴル・モルティス/死後硬直』“殭屍”
『呪怨』の清水崇監督がプロデューサーを務めた香港製のホ
ラー作品。原題は1980年代に人気のあったキョンシーのこと
で、落ちぶれた元俳優が、化け物が出ると噂されるアパート
に引っ越してきたことから恐怖世界に巻き込まれる。2011年
4月紹介『ドリーム・ホーム』に出演のジュノ・マックによ
る初監督作品で、原題は『キョンシー』だがオリジナルとは
違ったリアルなホラーが展開される。ただしキョンシー映画
に出ていたチン・シウホウの登場など、オマージュには満ち
ていたものだ。しかもアクションも満載で、エンターテイン
メントとしては楽しめた。

『起爆』“들개”
主人公は大学の理科系の研究室で不遇をかこっている助手の
若者。彼は自分の知識を駆使して爆弾を作り、爆発させては
うさを晴らしていた。しかし用意周到な彼には警察の追及が
伸びることもなかった。ところがそんな彼に接近してくる者
が現れ、その者は彼を恐怖の世界へと導いて行く。日本以上
の学歴社会と言われる韓国で、その狭間に置かれた男の悲劇
がサスペンスと共に描かれる。物語はそれなりに卒ないが、
主人公の心理状態などが今一つ捉え難く、それは現代の若者
というだけでは説得力がないようにも感じられた。映画の全
体も印象が薄かった。

『流れ犬パアト』“PAAT”
飼い犬が禁止されているというイランの街で、トラブルを抱
える男に飼われていた犬。しかし飼い主が殺され、犬は逃亡
生活を始める。そして様々な境遇の人々との出会いや別れの
中で、社会が置かれている状況が描かれる。犬はなかなかの
名演技だが、オムニバス的に描かれる物語の真意がよく理解
できなかった。しかも最後になっても結論は示されず、それ
が社会の現状と言われればそれまでだが、何の主張もなく映
像だけを垂れ流されたのでは、観客には感動もないし、それ
で何か行動をしようとも思えない。映画はプロパガンダでは
ないが、この作品には何かテーマが欲しかった。

『レコーダー 目撃者』“Rekorder”
映画館で盗撮をしていた男が、偶然路上での殺人をヴィデオ
に撮影してしまう。そして警察に目撃者として同行・協力を
求められるが、盗撮映像が一緒に入ったヴィデオを観せる訳
には行かない。窮地に陥った男が取った手段は…。映画の巻
頭にCanonのマークが出て、撮影にはその機材が使用された
ようだ。その映像は車載撮影や夜間も鮮明で、映画に挿入さ
れるソニーハンディカムの映像との対比も納得させられた。
ただお話は、現代ならこうなるなと思わせる程度もので特に
新規性もなく、結末には多少の展開はあったが、それも予想
を超えるものではなかった。
        *         *
 今回新設の《アジアの未来部門》は、新鋭監督の1本目、
または2本目が対象とされるもので、映画祭では8本が上映
された内の5本を鑑賞することができた。またこの部門では
独自の審査が行われ、作品賞には上記の『今日から明日へ』
が選ばれている。
 なお審査では、スペシャル・メンションとして日本映画の
『祖谷物語−おくのひと−』が選ばれたが、この作品はスケ
ジュールの都合で観逃してしまった。その他にもマーティン
・シーン出演の『祈りの雨』も気になった作品で、これらの
作品には改めて紹介の機会があればと思っている。
        *         *
《ワールド・フォーカス部門》
『27℃−世界一のパン』“世界第一麥方”
2010年にパリで開催された世界パンコンテストで、第1位の
座に輝いた台湾のパン職人の姿を描いた実話に基づく作品。
台湾南部の貧農の家に生まれた主人公は12歳で父親が他界。
8人の子供を育てる母親に楽をさせるため、中学卒業後パン
職人の道に進む。これに富豪の令嬢との淡い恋などを絡めて
物語は作られている。またパンの研究家や日本人ライヴァル
なども登場して、互いに交流しながらのパン探求の道が描か
れる。物語はストレートな青春ドラマで、実に台湾映画らし
い作品。ただ、物語ではアンパンがキーとして登場するが、
銀座木村屋には言及されなかった。

『高雄ダンサー』“打狗舞”
2010年11月2日付「東京国際映画祭」で紹介の『タイガー・
ファクトリー』により当時の《アジアの風部門》スペシャル
メンションを獲得した早稲田大学安藤絋平研究室の製作で、
今回は台湾人と韓国人の共同監督による作品。台湾南部高雄
を舞台に、難破船の宝物に憧れる幼馴染3人組の人生が描か
れる。その内の2人は都会に出て成功して婚約、1人は地元
の闇社会に転落する。そして結婚式で再会する3人だが…。
正にステレオタイプのお話で作品が何も訴え掛けてこない。
2010年の作品も同じ感覚だったが、何か「こんな程度でいい
だろう」的な映画を甘く見ている感じがした。

『失魂』“失魂”
都会で働いていた若者が突然失神し、山里に住む老父の許に
帰ってくる。しかし回復した息子は以前とは別人のような凶
暴な性格だった。そんな息子を老父は蘭を育てる山奥の小屋
に閉じ込めるが…。物語は超常的な感じだがその実体は暈さ
れたまま。しかしかなり非日常的な物語が展開されて行く。
2010年11月2日付「東京国際映画祭」で紹介した『4枚目の
似顔絵』のチョン・モンホン監督の新作で、老父役には往年
のカンフー俳優ジミー・ウォンが扮している。モンホン監督
は前の紹介作もかなり捻りが効いていたが、本作もなかなか
のものだった。
なお以上の3作は、《台湾電影ルネッサンス2013》と称して
上映された。

『ホドロフスキーのDUNE』“Jodorowsky's Dune”
今回の映画祭で一番気になっていた作品。実は本作を観るた
めにコンペの1本を諦めた。1984年に映画化された『デュー
ン砂の惑星』は、それ以前にメキシコの映画監督が企画し、
撮影開始の直前まで行っていたものだった。その幻に終った
作品を、監督本人や準備に参加した人たちへのインタヴュー
で再現する。この計画のことは以前から知っていたし、そこ
に結集した蒼々たる顔ぶれについても知っていたが、その夢
のような計画に対する当時の思いが見事に再現されている。
それは正に夢のような作品だった。なお本作は来年夏の日本
公開が決定しているので、その時に改めて紹介したい。

『So Young』“致我們終將逝去的青春”
中国4大女優の1人とされるヴィッキー・チャオが、出身校
である北京電影学院の大学院に再入学し、演出を学んでその
修了制作として発表した初監督作品。1990年代を背景に都会
の大学に進学した少女の学園生活とその10年後が描かれる。
原作は中国で大ヒットしたネット小説だそうだが、最近の日
本映画でもよくあるパターンで、エピソードは積み上げられ
るが筋の通ったストーリー性がない。これはネットやケータ
イ小説に特有の感じもするが、それを映画にそのまま持って
こられてもどうかと思う。やはり映画なりの脚色は必要だっ
たのではないかな。演出は悪くないと思ったが。

『シチリアの裏通り』“Via Castellana Bandiera”
パレルモ出身で舞台演出家としても評価の高い女流のエンマ
・ダンテが監督主演したシチュエーション・コメディ作品。
ローマからパレルモを訪れた女性2人の乗用車が道に迷い。
狭い裏通りで地元の老女が運転する対向車と遭遇する。そし
て互いに道を譲らない2台の対決は、後続車や周囲の住民も
巻き込んで大騒動へと発展する。裏では賭けが行われたり、
これがシチリアだと思わせる物語が展開して行く。ただ最後
に突然風景の変わるのが物語的に意味不明で論議となった。
映画の中で監督扮する女性が、実は地元出身で「この辺の風
景も変わった」と語る台詞はあったものだが…

『魂を治す男』“Mon âme par toi guérie”
亡くなった母親から治癒の超能力を受け継いでいるらしい男
の物語。しかし彼はトレーラーハウスに住む浮草暮らしで、
人生に不安と虚無感を抱いていた。2008年東京国際映画祭で
最優秀女優賞を獲得した『がんばればいいこともある』のフ
ランソワ・デュペイロン監督の新作だが、主人公の態度には
イライラさせられた。それはこういう能力に対しての人間の
反応として有り得るものかもしれないが、これでは神の悩み
を描いているに過ぎず、何の超能力も持たない自分には感情
移入もできない。思いつきとしては面白いが、観客に訴える
ものは明確にして欲しかった。

『トム・アット・ザ・ファーム』“Tom à la ferme”
今年6月20日付「フランス映画祭」で紹介『わたしはロラン
ス』のグザヴィエ・ドラン監督が、今年のヴェネチア映画祭
で批評家連盟賞を受賞した作品。監督が演じる主人公のトム
は親友の葬儀に参列するため友の実家である農場を訪れる。
しかし実家の母親は息子の恋人が来ないことに苛立ちを顕に
しており、粗暴な兄も同意見のようだ。だが実は…、前作と
同様にゲイを描いた作品だが、前作が社会派的に問題を訴え
ていたのに対し本作は心理サスペンスのスリラー。しかも、
かなりエンターテインメント性もあり、作品としての完成度
も高く感じられた。

『ボーグマン』“Borgman”
映画の巻頭に外宇宙からの侵略を示唆するテロップが示され
る。その物語では、郊外の邸宅に現れた男が言葉巧みに家人
に取り入り、やがて仲間も引き入れて邸宅を占領して行く様
子が描かれる。それは一面ではジャック・フィニーの『盗ま
れた街』のようでもあり、また一方ではミヒャエル・ハネケ
監督の『ファニー・ゲーム』も思い出させる。でも理解でき
るのはそこまで、お話の全体では彼らの目的も不明だし、そ
れが巻頭のテロップにあるとしても、描かれるドラマでそれ
が達成されているとも思えない。確かにハネケの作品も目的
は不明だが、そこに感じられたものは本作にはなかった。
        *         *
 以上、これも新設の《ワールド・フォーカス部門》では、
21本上映の内の9作品を鑑賞した。以前の《ワールドシネマ
部門》は各地の映画祭受賞作が並んだが、部門のコンセプト
が変更されたらしく、出品はされても受賞に至ってはいない
作品がほとんどだったようだ。
 しかしその中で受賞作の『トム・アット・ザ・ファーム』
などはさすがに見応えがあったもので、受賞は伊達ではない
とも感じさせた。でもまあ今回は、受賞作ではない『ホドロ
フスキーのDUNE』が観られたことで僕は満足だったが。
 因に、今回の映画祭では上記の他に特別招待作品1本と、
8Kプレゼンテーションの短編作品1本を加えて合計30本を
鑑賞した。全体の上映本数は96本だったそうで、これは前年
よりかなり減少しており、昨年までのnatural TIFF部門消滅
の影響はかなり強く感じられた。
 ただし映画祭の運営に関しては、プレス向けの試写などの
対応では特に会期の後半は満足できたもので、できればこの
ノウハウで来年以降も続けて欲しいと思えた。来年のことを
言うと鬼が笑うが、来年も参加する意欲は湧いたものだ。



2013年10月26日(土) 第26回東京国際映画祭《コンペティション部門》

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※今回は、10月17日から25日まで行われていた第26回東京※
※国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。なお、※
※紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は最少※
※限に留めているつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
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《コンペティション部門》
『ザ・ダブル/分身』“The Double”
『ソーシャル・ネットワーク』のジェシー・アイゼンバーグ
と『アリス・イン・ワンダーランド』のミア・ワシコウスカ
の共演で、ロシアの文豪ドストエフスキーの古典を映画化し
た作品。ちょっと内向的な主人公が、自分そっくりだが人当
たりの良い分身に振り回される。背景は現代化されているが
何となく昭和レトロな感じで、しかも音楽には「上を向いて
歩こう」や「ブルーシャトー」などが日本語のオリジナルで
挿入される。これも昭和レトロ感を掻き立てる仕組みだが、
作品はイギリスで製作されたものだ。何とも不思議な感覚の
作品だった。

『ウィ・アー・ザ・ベスト!』“Vi är bäst”
1982年のストックホルムを舞台に、普通通りには生きたくな
い少女たちのちょっとした冒険が描かれる。主人公は刈り上
げで、その親友はモヒカン刈り。登場した時には少年か少女
かも判然としない2人が、集会所のスタジオを独占していた
連中に反発してバンドを組む。そこにギターが得意な金髪の
少女も参加して、少女たちは彼女たちがまだ死んでいないと
信じるパンクを目指して練習を開始するが…。コード進行も
知らなかった少女たちが闇雲に突っ走る姿が小気味よく、そ
こにはちょっとした事件もあって、物語の全体は清々しい。
映画祭ではグランプリを獲得した。

『ラヴ・イズ・パーフェクト・クライム』
           “L'Amour est un crime parfait”
1986年『ベティ・ブルー』でも知られるフランスの作家フィ
リップ・ディジャン原作小説の映画化。主人公はローザンヌ
大学文学部の教授。40代だが独身の彼は学生を相手に次々と
情事を重ねている。そんな彼が女性を連れて行くのは人里離
れた場所に建つシャレー。それは彼と妹が両親から相続した
ものだ。そんな冬のある日、彼の教え子の1人が失踪する事
件が起きる。スイス・フランス国境の山と湖が美しい風景を
背景に、現代のフィルムノワールが描かれる。多少謎解きの
要素も含む作品だが、全体的には何が描きたいのか不明な作
品だった。

『捨てがたき人々』
ジョージ秋山が1990年代後半に発表した原作の映画化。長崎
県五島を舞台に、風采が上がらず、生きて行くことにも飽き
た男が故郷に舞い戻る。しかしそこには自分を覚えている者
もほとんどいない。そんな男が顔にあざのある女と出会い、
少しずつ自分を取り戻して行く。監督は2010年2月紹介『誘
拐ラプソディー』などの榊英雄、主演は大森南朋。その脇を
三輪ひとみ、美保純、田口トモロヲらが固めている。九州が
舞台のダメな男の物語だが、個人的には今年7月に紹介した
青山真治監督の『共喰い』が重なって、その作品の骨太さに
比べると何となく弱い感じがしてしまった。

『ハッピー・イヤーズ』“Anni felici”
2012年7月29日付「三大映画祭週間」の中で紹介した『我ら
の生活』のダニエレ・ルケッティ監督による新作。ナルシス
トな「芸術家」の父親と、夫に献身的な母親、それに2人の
息子の1974年のひと夏が、長男の目を通して描かれる。なお
題名は英名も“Those Happy Years”だが、物語は年を跨い
ではいなかったように思う。その物語では、父親の展覧会が
散々な結果になったり、母親の不倫(父親はアトリエでモデ
ルと不倫しているが…)や、さらに息子の成長などが愛情と
ユーモアを込めて巧みな構成で描かれる。映画祭では無冠だ
が、個人的には一番好きな作品だった。

『ルールを曲げろ』“قاعده ی تصادف”
映画祭で審査員特別賞を受賞した作品。製作国イランの国情
を反映しつつ、海外公演の決まったアマチュア劇団に降り掛
かる障害が描かれる。物語の中心は主演女優。しかし彼女の
父親は出演に反対しており、実力者でもある父親はあらゆる
手段で娘の出国の妨害を図る。作品は各シーンがかなりの長
回しでそれは舞台の雰囲気も感じさせる。ところがそれがこ
なし切れていない感じもして、俳優はただセリフを言うだけ
で精一杯な感じ、正直に言ってその辺が僕には不満足な作品
だった。確かにここに描かれている不自由さや女性の立場の
弱さなどがイランの現状なのだろうが…

『ブラインド・デート』“Brma Paemnebi”
こちらも製作国グルジアの国情を反映した作品。主人公は高
校の教師。40代だがいまだに両親と暮らしており、余暇の楽
しみは幼馴染がネットの出会い系で探した女性とのデートが
もっぱらだ。しかし根が真面目な主人公は何時も何も起きな
いままデートは終ってしまう。ところがそんな主人公が既婚
の女性と親しくなったことから状況が変わってくる。それは
彼女の夫が出獄してくるまでの期間限定の付き合いだったは
ずだが…。映画にはホテルやリゾート地、女子サッカーなど
も登場するが、その風景はどこも閑散としたもので、背景に
ある貧しさがにじみ出てくるような作品だった。

『馬々と人間たち』“Hross í oss”
荒天や噴火など厳しいアイスランドの環境を生きる馬たちと
人間の関係を描いた作品。映画は複数のエピソードからなる
オムニバスで描かれており、その中では乗馬中の牝馬に突然
交尾してしまう牡馬の話や、沖合を航行するロシア船まで乗
馬のまま海に入ってウォッカを買いに行く話。さらに吹雪の
中で道に迷い、乗っていた馬の腹を裂いて中に潜り込み生き
延びる話など、温暖な国に暮らしている我々には信じられな
いようなエピソードが綴られている。また最初と最後に置か
れたエピソードが対句になっているなど、構成も巧みな作品
だった。映画祭では最優秀監督賞を受賞した。

『ある理髪師の物語』“Mga Kuwentong Barbero”
1970年代のマルコス独裁政権下のフィリピンを描く。舞台は
山間の村。そこに1軒の散髪屋があり、男性の理髪師は腕も
良く教会の牧師や市長からも信頼されていた。ところがその
理髪師が急死。町民の散髪は隣町まで行かざるを得なくなる
が、実は理髪師の髪は妻が切っており、その妻は夫から手ほ
どきも受けていた。それでも店の再開はためらう彼女だった
が、その店に反乱軍に身を投じた名付け子の青年がやってき
たことから話が動き始める。これに夫の不倫を耐え忍ぶ市長
の妻らの話が絡んで、不正がはびこる独裁政権の実態が明ら
かにされて行く。最優秀女優賞を受賞した作品。

『歌う女たち』“Sarki Söyleyen Kadinlar”
大地震が予知され、避難勧告が出されている孤島を舞台に、
種々の事情でその島から離れることのできない女性たちの姿
を描く。そこには家畜にはびこる疫病や、神の使いとされる
大きな鹿など様々な事象も描かれ、宗教的な要素も描かれて
いる。そしてそこに轟くような幻想的な音楽や、女性たちの
歌声も響き渡る。特に、劇中の要所に流れる不思議な感覚の
劇中の音楽は、それなりに聴き物にもなっていた。ただし、
その音楽に併せて挿入されるナレーションは、宗教的な意味
合いにしても意味不明で、何にか大上段に振りかぶっている
割には監督の意図が掴めなかった。

『ドリンキング・バディーズ』“Drinking Buddies”
今年公開のホラーオムニバス『V/H/Sシンドローム』で一角
を担ったジョー・スワンバーグ監督による作品。ミルウォー
キーのビール醸造所を舞台に、そこで働く女性とその飲み友
達の男性との関係が描かれる。出演は2011年8月紹介『カウ
ボーイ&エイリアン』などのオリヴィア・ワイルド、2011年
2月紹介『抱きたいカンケイ』に出ていたというジェイク・
ジョンスン、今年6月紹介『エンド・オブ・ウォッチ』など
のアナ・ケンドリック、2009年9月紹介『きみがぼくを見つ
けた日』に出ていたというロン・リヴィングストン。特に問
題のない作品だが、それ以上でも以下でもなかった。

『レッド・ファミリー』“붉은 가족”
2008年3月紹介『ブレス』などのキム・ギドク監督が原案と
脚本、製作総指揮と編集も務め、フランスで学んだという新
鋭イ・ジュヒョンが初監督した作品。物語の舞台は郊外の住
宅地。口喧嘩の絶えない粗雑な一家の隣に、実に礼儀正しい
家族が引っ越してくる。しかしその家族の実態は、脱北者の
粛清を行う北朝鮮のスパイだった。映画はこのスパイ一家を
中心に描くもので、それはかなり戯画化して描かれている。
一方の韓国の一家もかなり批判的に描かれており、何という
か両者の痛みも感じられる作品だ。ただ全体の雰囲気は生温
くて、特に結末には唖然とした。本作は観客賞を受賞。

『オルドス警察日記』“警察日记”
内モンゴル自治区オルドス市で、市の公安委員長まで務めた
警察官の姿を描く実話に基づく作品。主人公は高校教師から
警察官に転じた男性。彼は交通警官から刑事に転属し、殺人
事件から労働争議まで様々な案件に携わって行く。その間に
彼は賄賂などを一切排除し癒着にもメスを入れる。その一方
で優秀な人材も積極的に起用したが、仕事優先の生活は家庭
を顧みないまま終わってしまう。映画はその伝記記事を頼ま
れたジャーナリストを通じて描かれ、最初は英雄を描くこと
に批判的だった作家が最後は納得するまでが、観客にも判り
易く描かれている。本作には最優秀男優賞が贈られた。

『エンプティ・アワーズ』“Las horas muertas”
メキシコ湾に臨む港湾都市ベラクルスの海岸に建つモーテル
を舞台にしたちょっと切ない青春ドラマ。主人公は入院した
叔父の代わりにそのモーテルの管理を任される。それは若い
少年には多少過酷な仕事だが、少年もそれなりに理解はして
いる感じだ。そしてそのモーテルにやって来る客や、道路の
反対側でヤシの実を売る少年、さらに寝具の洗濯係の女性な
どが絡んで物語は進んで行く。物語には特に大きな事件もな
く、女性客との関係では2002年6月紹介『天国の口、終りの
楽園』なども思い出させる作品だった。本作は最優秀芸術貢
献賞を受賞。
        *         *
 なお今年はスケジュールの関係で、コンペティション作品
中の日本映画『ほとりの朔子』を観ることができなかった。
ただしこの作品は日本公開も決まっているようなので、試写
を観て改めて紹介の機会ができればと思っている。

 最後に今年の各賞は以下のようになった。
東京 サクラ グランプリ/東京都知事賞
             『ウィ・アー・ザ・ベスト!』
審査員特別賞            『ルールを曲げろ』
最優秀監督賞
    ベネディクト・エルリングソン『馬々と人間たち』
最優秀女優賞
        ユージン・ドミンゴ『ある理髪師の物語』
最優秀男優賞
         ワン・ジンチュン『オルドス警察日記』
最優秀芸術貢献賞       『エンプティ・アワーズ』
観客賞             『レッド・ファミリー』



2013年10月20日(日) キャリー、メタリカ・スルー・ザ・ネヴァー、ザ・コール緊急通報指令室、ドラゴン・フォース、いとしきエブリデイ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
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『キャリー』“Carrie”
1976年にブライアン・デ・パルマ監督により製作され、同作
に出演したシシィ・スペイシクとパイパー・ローリーが、共
に翌年の米アカデミー賞で演技賞の候補となったスティーヴ
ン・キング原作ホラー作品のリメイク。
今回の物語はキャリーの誕生シーンから始まる。信心深い母
親は妊娠を汚れた行為の結果として嫌悪するが、最初は抹殺
しようとしていた我が娘を前にその決意は揺らいでしまう。
こうして生き延びたキャリーだったが、偏執的な母親の家庭
教育は歪んだものになっていた。
それでも高校生になるまで成長したキャリー。しかし貧相な
体躯と内向的な性格はいじめの対象となる。しかも母親から
生理の知識を与えられなかったキャリーは、体育の授業後の
シャワー室で訪れた初潮にパニックになり、さらなるいじめ
に遭うと共にその様子を動画撮影されてしまう。
これに対して学校側は、いじめに参加した生徒にプロムへの
参加禁止などの罰を課すが、それに反抗する生徒も現れる。
一方、いじめを傍観して罪の意識に目覚めた1人の女子生徒
は、罪滅ぼしとしてステディのボーイフレンドにキャリーを
プロムに誘うことを頼むが…

出演は、キャリー役に昨年5月紹介『ダーク・シャドウ』な
どのクロエ・グレース・モレッツ。オリジナルのスペイシク
は撮影当時25歳だったことが後に判明して話題になったが、
モレッツは1997年生まれ、正に16歳の実年齢でキャリーを演
じている。
そして母親役には、昨年10月28日付「第25回東京国際映画祭
《コンペティション部門》」で紹介の“What Maisie Knew”
(日本公開題名:メイジーの瞳)などのジュリアン・モーア
が扮している。
他に、昨年1月紹介『ファミリー・ツリー』などのジュディ
・グリア、今年8月紹介『クロニクル』などのアレックス・
ラッセル、2011年9月紹介『三銃士』でヒロイン役のガブリ
エラ・ワイルド、さらに新人のポーシャ・ダブルデイ、アン
セル・エルゴートらが脇を固めている。
1979年のオリジナルは、エイミー・アーヴィング、ウィリア
ム・カット、ナンシー・アレン、ジョン・トラヴォルタらを
ブレイクさせたことでも知られるが、今回の配役の中からも
ブレイクする若手は現れるのだろうか。
脚本は、2011年9月紹介『glee/グリー』のテレビシリーズ
などを手掛け映画は初のロベルト・アギーレ=サカサ。なお
脚本には、オリジナルを手掛けたローレンス・D・コーエン
の名前もクレジットされていた。
そして監督は、1999年の『ボーイズ・ドント・クライ』で主
演のヒラリー・スワンクにオスカー受賞をもたらし、本作が
3作目となるキムバリー・ピアース。
オリジナルはヒッチコックの後継者を自認するデ・パルマが
見事なサスペンス・ホラーに仕上げたものだが、そのデ・パ
ルマとの親交もあるという本作の女性監督は、女性の立場か
ら見たキャリーと母親の関係、さらにはキャリーをいじめる
女生徒たちの姿を巧みに描いている。
また本作では、スマホやSNSなどの要素も取り入れて、見
事にキャリーを現代に蘇らせたものだ。そしてそれはあまり
にも切ない青春ドラマとして、現代の若者たちに問いかける
作品にもなっている。

公開は11月8日から。全国一斉のロードショウとなる。

『メタリカ・スルー・ザ・ネヴァー』
            “Metallica Through the Never”
2007年11月紹介『ダーウィン・アワード』ではカメオ出演、
2011年11月紹介『メタルヘッド』には楽曲を提供していたア
メリカの人気ロックバンド「メタリカ」のライヴコンサート
の模様を収めた仕掛けもたっぷりの作品。
ライヴの撮影はカナダのアリーナで行われており、アルバー
タ州とヴァンクーヴァの2ヶ所のコンサートの模様が収めら
れている。そのバックステージから始まる映像ではコンサー
トの初っ端から、正しくヘヴィーな演奏が92分の上映時間の
間中に鳴り響く。
そしてその満席の会場には少なくとも2台の大型クレーンが
設置され、その先端に付けられた3Dカメラが観客の上空や
頭スレスレの位置からアリーナ中央のステージに登ったメム
バーを縦横に捉えると共に、さらにステージ上にも2台のス
テディカムが居て演奏のアップなどを捉えて行く。
それは恐らく観客席にいる以上にメタリカの演奏を詳細に堪
能できるもので、観客席とは異なるが、これも正に臨場感と
言える映像が繰り広げられる。さらに会場の興奮も伝わって
きて、これならライヴ会場に行った人も、行けなかった人も
等しく楽しめる作品と言えるだろう。
しかもそこに本作では別の要素が加わる。それはプロローグ
のバックステージにいた若者のアドヴェンチャーで、彼はス
タッフに命じられてコンサートの会場を後にし、メムバーの
忘れ物を取りに行くのだが、これが尋常でない展開になる。
しかもそれがライヴのステージにも影響を与え…

出演は、メタリカのメムバーのジェームズ・ヘットフィール
ド、ラーズ・ウルリッヒ、カーク・ハメット、ロバート・ト
ゥルージロと、今年8月紹介『クロニクル』などのデイン・
デハーン。デハーンの魅力もたっぷり楽しめる。
監督は、2007年10月に紹介した『モーテル』などのニムロッ
ド・アーントル。脚本には、アーントルと共に、メタリカの
メムバー4人の名前も並んでいるから、描かれている物語は
メムバーたちのアイデアなのかな。それも凄い。
実は試写会の後ろの席にロックの関係者らしい若者のグルー
プがいて、上映が始まるまでは写メを撮ったり結構はしゃい
でいたのが、終わると真剣の口調で「これは異次元だ」と呟
いていた。
最近では、9月紹介『ザ・ストーン・ローゼズ:メイド・オ
ブ・ストーン』など、ロックコンサートの模様を撮影した作
品をいくつか紹介しているし、他にも試写は観て紹介は割愛
した作品もあるが、作品のコンセプトもいろいろある中で、
本作は一頭地抜けている感じのする作品だ。

メタリカのファンには当然だが、期待の若手俳優も出ている
ことだし映画ファンにも観てもらいたい作品だ。
公開は11月22日から全国で、3DとI-Max 3Dでも行われる。

『ザ・コール 緊急通報指令室』“The Call”
2002年6月紹介『チョコレート』でオスカーを受賞したハル
・ベリーと、2006年11月9日付「東京国際映画祭」で紹介の
『リトル・ミス・サンシャイン』により映画祭の主演女優賞
を受賞し、さらにオスカー候補にもなったアビゲイル・ブレ
スリン共演で、911=緊急通報司令室に架かってきた電話
を巡るサスペンスドラマ。
ベリーが演じるのはロサンゼルスの911で緊急通報の応対
をするベテランの係官。ところがある日、家に侵入者がいる
という若い女性からの通報に、一旦は危険回避の方法を伝え
たものの、その後の処理で集中を欠いてしまう。それがトラ
ウマになった彼女は、その後は受信台を離れていた。
ところが6ヶ月後、新人研修の教官として緊急通報司令室に
入った彼女の前で、誘拐犯に拉致された少女からの緊急電話
が鳴る。その少女は閉じ込められた車のトランクの中から架
けてきていた。そして不慣れだった係官に代ってその応対を
始めた主人公は次々に適切な対応を指示して行くが…

脚本は、2002年7月紹介『13ゴースト』などのリチャード・
ドヴィディオ。脚本家は妻がラジオで聞いたニュースに触発
されて本作を書き上げたそうだが、原案にはその妻の他に、
2004年にアンジェリーナ・ジョリーが主演した『テイキング
・ライブス』の脚色などを手掛けたジョン・ボウケンカンプ
の名前も並んでいる。
監督は、2011年1月に紹介したヘイデン・クリステンセン主
演『リセット』などのブラッド・アンダースン。前作は一風
変わったSF物だったが、今回は実話に基づく部分もあると
される実録作品だ。
共演は、2006年8月紹介『地獄の変異』などのモリス・チェ
スナット、2009年11月紹介『Dr.パルナサスの鏡』に出てい
たというマイクル・エクランド、スパイク・リー監督と多く
組んでいるマイクル・インペリオリらが脇を固めている。
車のトランクに閉じ込められるシチュエーションは映画でも
よくあるが、実は車のトランクには中からでも開けられる手
段が設けられている。ところが本作で主人公がそれを指示す
ると、それが無いという。それは犯人が先回りしてその手段
を除いていたもので、犯人が上手だった。
このように、本作の特に前半はその辺の駆け引きが実に巧み
で、観ていて思わず唸ってしまう展開だった。ただしそれが
後半に入ると少し緩くなって、その辺では少し心配にもなっ
たが、本作にはその心配を吹き飛ばすような仕掛けも設けら
れていた。

ブレスリンは、2010年5月紹介『ゾンビランド』などにも出
ていたが、『リトル・ミス・サンシャイン』の幼かった少女
が、本作では魅力的なティーネイジャーになった姿を見せて
くれる。そんな成長を見られるのも嬉しいものだ。
本作は、11月30日から全国公開される。

『ドラゴン・フォース』“鋼鉄飛龍”
1998年に円谷映像で製作された『仮面天使ロゼッタ』を始め
数多くのヒロインアクションを手掛けてきたプロデューサー
畑澤和也が中国に渡って総監督を務め、製作したアクション
アニメーション。
物語の背景は、異星人の侵略が始まっているかもしれない未
来の地球。その時代の地球はすでに世界国家が成立している
ようで、安定した状況下でその治安を守る世界警察には予算
の削減が突きつけられているらしい。
一方、天才科学者ドクターJは以前から異星人侵略の警鐘を
鳴らしていたが、世界警察でもそれを信じるものは少なかっ
た。しかし世界警察の長官だけはそれを信じ、ドクターJと
共に秘密部隊「ドラゴンフォース」を組織していたが…。
そんな時に地球規模の異変が起きる。それこそが異星人侵略
の証明になると考えたドクターJはドラゴンフォースに出動
を命じる。しかしその作戦は全て筒抜けになっており、さら
にドクターJ開発の武器が敵側にも装備されていた。
ドラゴンフォースは5人組で、試写会で配られるプレス資料
にはそれぞれのキャラクターの設定も紹介されていて、東映
の戦隊物を思わせる。他にも天才科学者や後方勤務の少女の
設定など、その体裁は類似するものだ。
実際に総監督の畑澤は、元東映で『仮面ライダー』や戦隊物
などを手掛けた故平山プロデューサーに師事していたという
から、その影響は強く感じられる。ただしそこに組織内部の
裏切りなどが絡むのは、案外目新しいのかな。

物語の原案は、畑澤と中国のトミー・ウォン。監督はウォン
が担当して、脚本もウォンとダイ・ジュンという名前になっ
ている。因に原案というクレジットは中国では無いようで、
総監督も含めて日本版だけの表記だそうだ。
その総監督の畑澤は2011年に中国広東省光州に渡り、本作を
制作した藍弧(ブルーアーク)で企画などに携わっていたと
のことだが、政治的な問題などもいろいろある中で苦労を重
ね、本作が生み出されているようだ。
その辺のことは、本作のオフィシャルサイトにも綴られてい
たが、海外でこのように頑張っている人の話は、本当に頭が
下がるものだ。なお、藍弧(ブルーアーク)ではすでに畑澤
原作・総指揮による『快来酷宝』という作品も本国で公開中
とされている。
ただし本作に関しては、内容的には明らかにプロローグで、
ここから話が始まる前哨戦。スケール的にはかなり大掛かり
な背景が描かれているもので、この続きは是非とも観てみた
い感じもした。

本作の公開は11月9日から、東京はオーディトリアム渋谷で
1週間限定のレイトショウの他、全国順次で行われる。

『いとしきエブリデイ』“Everyday”
2011年10月30日付「東京国際映画祭」で紹介した『トリシュ
ナ』などのマイクル・ウィンターボトム監督による2012年の
作品。
登場するのは父親が刑務所に入っている一家。受刑者の妻で
ある母親と、3歳、4歳、6歳、8歳4人の子供たちの普通
とは少し違う日常が描かれて行く。
物語の始まりは、早朝4時の一家の様子。女の子供2人を親
戚に預け、母親と男の子供2人はバスや列車を乗り継ぎ刑務
所へ面会に向かう。その面会で父親は長男に「(家を守る)
家長はお前だ」と告げ、長男はそれに緊張する。
末娘が初めて幼稚園に上がる日、心配な父親は家に電話を架
ける。交代で「大好き」と告げる子どもたち。女の子供2人
を連れた次の面会で父親に会った末娘は「パパ、どこにもい
かないで」と泣きじゃくる。
その日帰ってくると祖母が見ていたはずの兄弟がいない。長
男は父親の猟銃を持って森に行っていた。夜半にうさぎを捉
えて帰ってくる息子。母親は叱るが、本来は狩りで手本を示
す父親の不在は、母親には埋められない。
こんな一家の日々が5年間に亙って描かれて行く。なお登場
するのは実の4人兄弟姉妹で、撮影は2007年から2012年まで
掛けて、年に2回ずつ兄弟姉妹の実際の成長に合わせて行わ
れている。
例えば狩猟の話など、僕らには俄かには理解できないものも
ある。刑務所内の様子も日本とは違うのかもしれない。しか
し父親不在の家庭の様子はなるほどと思わせるものが描かれ
ており、それは僕らにも切実に分かるものだ。
ウィンターボトム監督の作品では、2002年11月紹介の『24
アワー・パーティ・ピープル』は音楽ドキュメンタリー風、
2004年5月紹介『CODE46』はSF、2011年2月紹介の
『キラー・インサイド・ミー』は犯罪小説の映画化、『トリ
シュナ』はインドに舞台を移した古典文学のリメイクと、常
に新しい題材に挑戦しているが、本作はさらに実験的だ。
しかも撮影期間は5年間、前2作などとは並行して撮影して
いるもので、その間をブレずに作品を完成させている。特に
撮影前までは素人の子供たちの姿が一貫して演出、撮影され
ているのも見事だった。

出演は、ウィンターボトム監督の1999年『ひかりのまち』で
も共演しているシャーリー・ヘンダースンとジョン・シム。
なおヘンダースンは『ハリー・ポッター』シリーズの嘆きの
マートル役でも知られている。
また音楽を『ひかりのまち』も担当したマイクル・ナイマン
が手掛けて、心にしみる見事な楽曲を提供している。
公開は11月9日から、東京はヒューマントラストシネマ有楽
町ほかでロードショウされる。



2013年10月13日(日) 寫眞館/陽なたのアオシグレ、ゼロ・グラビティ、大英博物館 ポンペイ展、オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ、楽隊のうさぎ

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『寫眞館』
2002年『パルムの樹』などのアニメーション監督なかむらた
かしによる17分の最新作。
丘の上に建つ写真館を舞台に、明治大正昭和を生きた1人の
女性の姿が描かれる。物語の始まりは軍人らしい夫に連れら
れた女性。シャイでなかなか顔を上げられない女性に写真館
の主人はいろいろ工夫をし、ついに微笑む顔を撮影する。
やがてその女性は女の子の赤ん坊を連れてくるが、その子は
しかめっ面を変えず、写真館の主人はいろいろ方策を練る。
そんな赤ん坊は成長し、就職、結婚、子供もでき、その都度
訪れて写真を撮るが、表情を変えることはなかった。
そんな女性の周囲では、戦争や大地震、高度経済成長など、
様々な社会の出来事が進んで行く。
この女性の人生が不幸だったのかどうかも映画だけでは判ら
ない。しかし男性社会の中で多くの日本人女性の人生はこん
な風だったのかもしれない。そんな切なさが見事に描かれた
作品だった。

『陽なたのアオシグレ』
2009年発表『フミコの告白』と2011年発表『rain town』で
文化庁メディア芸術祭に2年連続受賞を果たした石田祐康に
よる18分の劇場デビュー作。
主人公はちょっと妄想癖のある内気な小学生。彼はクラスの
マドンナに憧れを抱いていたが、彼にできるのは彼女を想い
ながら絵を描くことぐらいだ。ところが彼女が転校すること
になり、彼は何も伝えていなかったことに気づく。
そして彼は彼女の後を追って走り出す。それは次々に妄想を
呼び、彼の周囲では驚くようなアドヴェンチャーが繰り広げ
られて行く。物語は単純だが、繰り出される映像は、これが
日本アニメーションの実力という感じの作品になっていた。

という2作品だが、実は公開はシネ・リーブル池袋にて10月
13日に1日限定で行われるのみ。試写会はその前後に何回か
行われるが、一般には観る機会の少なそうな作品だ。
とは言うものの、作品の出来はどちらも素晴らしくて、これ
は紹介しなくてはと思わされた。
実は今年2月紹介『アニメミライ2013』を観たときは、
そのあまりに商業主義的な作品の羅列に一抹の不安を覚えた
ものだ。もちろん日本アニメーションはその商業作品で評価
されているのだが…。
しかし本作でその不安は解消されたと言える。これが真の日
本アニメーションと言いたい。

10月13日の限定公開はチケットも完売だったようだが、出来
れば改めて公開の機会を作ってもらいたいものだ。

『ゼロ・グラビティ』“Gravity”
アルフォンソ・キュアロン製作、脚本、監督、編集。サンド
ラ・ブロック、ジョージ・クルーニー共演によるゼロ重力の
宇宙ドラマ。
物語の始まりは、地表から600kmの軌道上で作業をしている
男女。初めてのミッションで不慣れな女性は、今回が最後の
ミッションというベテラン男性飛行士のサポートを受けなが
ら宇宙望遠鏡の修理に当たっている。
そこに緊急指令が届く。ロシアが自国のスパイ衛星の爆破を
目論み、それが誘爆を引き起こして大量の破片が軌道上を襲
ってくるというのだ。しかし指令は遅く、スペースシャトル
は大破して2人だけが宇宙空間に取り残されてしまう。
こうして何とか2人の命だけは助かったが、地上との無線連
絡も途絶え、生き残る術は遠くに浮かぶ国際宇宙ステーショ
ンにたどり着き、そこに来ているはずのソユーズで帰還する
方法だけだった。
こうして国際ステーションに向かって宇宙遊泳を始めた2人
だったが、その軌道上には90分の周回時間ごとに破片が襲い
掛かってくる。果たして2人はステーションに辿り着き、地
球に帰還することができるのか…?

2010年1月紹介『しあわせの隠れ場所』でオスカー受賞のブ
ロックと、2005年12月紹介『シリアナ』で受賞のクルーニー
が、VFX満載の3D宇宙アクションを繰り広げる。
なお画面上に登場する出演者は2人だけだが、エンディング
ロールの表記によるとミッション指令の声は、今年9月紹介
『ファントム開戦前夜』などのエド・ハリスが当てていたよ
うだ。
1969年にマーティン・ケイディンの原作を映画化した『宇宙
からの脱出』“Marooned”では、最後は地球から救援船が向
かうことになっていたが、今回の状況ではそれは無理。しか
し今や宇宙空間には各国の宇宙船が漂っている。そんな状況
の変化が新たな物語を生み出している。
しかも本作は3D。宇宙望遠鏡やスペースシャトル、国際宇
宙ステーションなどの造形が3Dで観られるのも素晴らしい
が、そこに衛星の破片が襲い掛かる。最近の3D映画が奥行
ばかりで不満を感じていた人には、正に自分に向かって飛ん
でくる破片の脅威を堪能できる作品だ。
さらに映画の上映時間は91分しかなくて、その間に90分の周
回時間の破片が2回襲ってくるから、経過時間はほぼ実時間
に近いと思われるが、その間にも次から次へと難題が襲い掛
かり、その緊迫感は半端ではない。
その上、クルーニーの人情味溢れる演技など、元々短い上映
時間がさらに短く感じられる作品になっている。これはキュ
アロンの脚本の上手さと、演出の巧さの賜物だろう。

公開は12月13日から3D/2DとI-Max 3Dでも上映される。
I-Maxは正規ではないが、3Dの迫力はぜひ堪能してもらい
たい作品だ。

『大英博物館 ポンペイ展』
          “Pompei from the British Museum”
ロンドンの大英博物館で開催された特別展「Life and Death
in Pompeii and Herculaneum」の会場を、今年6月18日に博
物館を1日閉館にして撮影・製作されたHD作品。イギリス
とアイルランドの映画館には生中継されて、チケットは完売
だったという作品が、再編集されて日本公開される。
紹介されるのは、西暦79年にベスビアス火山の噴火によって
埋没し、後年発掘されたポンペイと、その近隣の海沿いの町
エルコラーノから出土された品々。それらを鑑賞しながら、
大英博物館館長ニール・マクレガーを始めとする各方面の専
門家たちの解説で、当時のローマ人の生活が浮き彫りにされ
て行く。
その中では、イタリア料理のシェフが登場して当時の食文化
や、公衆かまどでパンが焼かれていた歴史を語ったり、また
ガーデニング番組の司会者がモザイク画から当時の植物につ
いて語るなど、考古学だけでない多方面からのアプローチが
なされる。またこの上映のために制作されたインサート映像
や音楽、詩などが作品を彩って行く。
それは特別なプライベート内覧会に招待されて、専門家たち
の解説付きで博物館を見学するという、極めて贅沢な雰囲気
を味わえるもので、通常の博物館の紹介映像などとは一線を
画した作品に仕上げられている。そこにはBBCなどのイギ
リスのテレビ界が長年培ってきたドキュメンタリーの手法が
見事に活かされている感じもした。
しかもモザイク画、フレスコ画から、炭化して残された家具
や食品など多岐にわたる品々が、最新の研究成果も含めて紹
介されるのだから、これは様々な興味を持って観ることがで
きるものだ。特に下水道の調査で発掘された品に関しては、
ユーモアのある解説もあって楽しめた。
それにしても、モザイク画に描かれた人物にいちいち台詞が
吹き出しのように付いていて、そこから当時の人々の生活ぶ
りが見えてくるのは、当時のモザイク画の技法がそうであっ
たようだが、何か意図的になされたようにも見えて不思議な
感じもしたものだ。
因に、ポンペイは3分の2が発掘され、一方のエルコラーノ
は4分の1程度のようだが、現在どちらの発掘も中断されて
いるそうだ。これは長年発掘されたポンペイでの保存の状況
が極めて悪くなっているためとのことで、今後は新たな方法
が見つかるまで遺跡は未来の研究者に残されるとのこと。
しかしすでに発掘された遺品の数々の研究も終ってはいない
のだそうで、今回は現時点での最新の研究成果が紹介されて
いるものだ。

なお日本公開は、横浜、川崎、金沢、兵庫、福岡などのシネ
コンで10月19日から、東京は11月2日から東京都写真美術館
ホールで上映される。

『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』
              “Only Lovers Left Alive”
2004年12月紹介『コーヒー&シガレッツ』、2009年8月紹介
『リミッツ・オブ・コントロール』などのアメリカン・イン
ディペンデントの雄ジム・ジャームッシュ監督による今年の
カンヌ国際映画祭でプレミア上映された最新作。
物語は、男女がそれぞれのベッドで同じレコード盤を聞いて
いるところから始まる。
男の名前はアダム。彼はデトロイトに隠れ住み、夜だけ活動
する伝説のロックミュージシャンとして匿名で楽曲を発表。
そして必要なものは守秘契約を結んだイアンという男性に運
ばせ、イアンは時折名品のギターなども持ってくる。そして
アダムは正体を隠して医師から血液を買い付けている。
一方、女の名前はイヴ。彼女はモロッコのタンジールで長年
の友人を通じて最高の血液を手に入れていた。そうその2人
は、現代に生き残る吸血鬼だったのだ。そしてイヴがアダム
に電話を掛け、夜間飛行の空路を乗り継いで、アダムの許を
訪れることから話が動き始める。
久し振りの再会を楽しみ、夜のドライヴでデトロイトの名所
などを訪れる2人だったが、そんな2人の間に闖入者が現れ
る。それはイヴの妹のエヴァ。普段はロサンゼルスに暮らす
エヴァは若い姿で遊び歩き、以前にパリで起こした事件によ
ってアダムの怒りを買っていたようだ。
しかし、こちらも久し振りの再会で3人は仲良くライヴハウ
スなどを訪れるのだが、その深夜にエヴァが再び事件を起こ
してしまう。こうしてデトロイトを離れることになったアダ
ムとイヴはタンジールに向かうが、そこにはさらに厳しい現
実が待っていた。

出演は、2011年6月紹介『マイティー・ソー』で悪役ロキを
演じたトム・ヒデルストンと、昨年3月紹介『少年は残酷な
弓を射る』などのティルダ・スウィントン。
他に、昨年12月紹介『アルバート氏の人生』などのミア・ワ
シコウスカ、2月紹介『裏切りのサーカス』などのジョン・
ハート、今年6月紹介『スター・トレック イントゥ・ダー
クネス』などのアントン・イェルチンらが脇を固めている。
それにしてもオーソドックスというか、クラシカルな感じの
吸血鬼映画で、カンヌの記者会見で監督は、吸血鬼を題材に
したことについて「金が儲かると言われたから」とブームに
乗ったような話をしたそうだが、脚本は7年以上も前に書き
上げて、時期の到来を待っていたようだ。
そして作品には、クリストファー・マーロウからドクター・
ファウスト、カリガリ、ストレンジラヴ、さらにアメリカの
音楽シーンまで様々な要素がオマージュのように散りばめら
れ、正しく大人が楽しめる吸血鬼映画に仕上げられていた。

公開は12月。TOHOシネマズシャンテ、ヒューマントラス
トシネマ渋谷、新宿武蔵野館、大阪ステーションシネマ他、
全国ロードショウされる。

『楽隊のうさぎ』
中沢けいが2000年に発表し、2010年センター試験の問題にも
取り上げられた原作小説の映画化。
主人公は、学校からは出来るだけ早く帰りたいと考えている
内向的な中学校の新入生男子。ところがその学校では部活動
が義務付けられており、幼馴染の同級生からはサッカー部に
誘われるが、あまり乗り気ではない。
そんな時、昼休みに校庭から演奏が聞こえてくる。それは吹
奏楽部の入部勧誘だった。そして主人公が1人の時、突然目
の前に人間サイズの着物を着たウサギが現れ、彼を音楽室へ
と誘う。
そしてその音楽室で上級生の女子がティンパニを演奏する姿
を見た主人公は、彼女に誘われるまま吹奏楽部に入部する。
しかしそこは朝練から放課後練習まで、校内で最も拘束時間
の長い部活だった。
出演する生徒たちは、全員オーデションで選ばれたそうで、
音楽経験もバラバラな子供たちが、最後は自分たちの演奏で
物語を締めくくるまで、ドキュメンタリーのような味わいで
映画は作られている。
因に映画化は、撮影地・浜松市の市民映画館シネマイーラが
中心となって企画されたもので、楽器会社のお膝元で元々学
校教育で吹奏楽が盛んという背景もあり、市民発案の企画が
実現したようだ。
また浜松市は、今年5月紹介『はじまりのみち』にも描かれ
ているように、昨年生誕100年を迎えた木下恵介監督の故郷
でもあり、そのことから機運も高まっての今回の映画化とさ
れている。

監督は、磐田市出身で2010年『ゲゲゲの女房』などの鈴木卓
爾、脚本も『ゲゲゲの女房』の大石三知子が担当している。
出演は、オーディションで選ばれた子供たちの他に、音楽教
師役で2006年4月紹介『初恋』などの宮崎将、うさぎの役は
昨年1月紹介『レンタネコ』などの山田真歩、主人公の両親
役に昨年7月紹介『かぞくのくに』などの井浦新と11月紹介
『しあわせカモン』などの鈴木砂羽。さらに徳井優らが脇を
固めている。
悪い映画とは思わないし、子供たちの成長も見事に捉えられ
ていて児童劇映画としては「文部科学省選定」の肩書きも頷
ける作品だ。ただ映画を観ていて、例えば主人公が演奏会の
メムバーから外される展開はあまりに唐突で、何か前置きが
あった方は良い感じがした。
それに肝心の「楽隊のうさぎ」の存在理由が全く映画の中で
説明されておらず、何だか呆気に取られてしまった。これは
原作を読めば判るのかもしれないが、映画は独立した作品で
あるのだから、この辺はもう少し原作を読んでいない観客も
考慮して欲しかったものだ。

公開は12月14日から、東京は渋谷ユーロ・スペース、新宿武
蔵野館、浜松シネマイーラ他で、全国順次ロードショウとな
る。また、17日から開催される今年の東京国際映画祭では、
新設の「日本映画スプラッシュ部門」でも上映される。



2013年10月06日(日) 自由と壁とヒップホップ、セッションズ、ザ・イースト、ゆるせない逢いたい、グランド・イリュージョン

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
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『自由と壁とヒップホップ』“Slingshot Hip Hop”
ニューヨーク大学大学院で芸術学を専攻、在学中よりアート
作品を発表して、2005年サンダンス映画祭に出品された短編
作品が評価されたというアラブ系アメリカ人アーティストの
ジャッキー・リーム・サッローム監督による故郷パレスチナ
で取材された長編ドキュメンタリー。
監督は、2002年にパレスチナ史上初と言われるピップホップ
グループ“DAM”の存在を知ったそうだ。そのグループは
イスラエル領内のパレスチナ人地区で誕生し、占領や貧困、
さらにはアラブ圏特有のジェンダー差別などで生きる意味を
見いだせない若者たちに発言することの価値を教え、勇気と
夢を与え続けている。
そして彼らに触発された若者たちは抑圧された中でラップの
言葉を紡ぎ、インターネットなどを通じて情報を発信する。
そんなパレスチナのヒップホップの現状が描かれる。ただし
本作は2008年に発表されたもので、多少の情報の遅れなどは
あるのかもしれないが、描かれるのはほとんど僕らが知らな
かったパレスチナの若者たちの実像だ。
そんなパレスチナでは、イスラエル建国以前の1947年に住む
土地を追われた人々と、その際にイスラエル領内に留まった
人々との間で確執があったようだ。DAMはそのイスラエル
領内に留まった人々の中で誕生し、確執を乗り越えて人々に
連帯を呼びかける。またジェンダー差別で歌うことを禁じら
れた女性歌手も支援する。
そしてDAMはヨルダン川西岸地区に最高のステージを用意
し、パレスチナのヒップホップグループが一堂に会する合同
ライヴを計画するのだが。ガザ地区のグループがそのステー
ジにたどり着くためには、いくつのも分離壁や検問所を通り
抜けなければならなかった。果たしてその合同ライヴは実現
するか…。
映画の中ではイスラエル軍の爆撃を受けたパレスチナ人居住
区のアパートの惨状なども紹介されるが、それはパレスチナ
の映像として僕らが知り得ていたものだ。しかしそんな中で
多数のヒップホップグループが存在し、彼らが情報を発信し
続けていることは知らなかった。そんな彼らの姿が目の当た
りにされる。
中でもDAMが歌う“مين إرهابي:Who's the Terrorist”は、
彼らの立場を見事に表している。そんな楽曲がDAMの他に
も数々披露されると共に、映画ではDAMのメムバーが親た
ちが囚われの身となっている子供たちの許を訪れて夢を語る
ことの喜びを教えたり、女性たちに楽曲を提供するなどの社
会貢献の姿も描いて行く。

映画では、普段知ることの出来ない世界を観ることに価値を
感じることが多いが、パレスチナの問題はその中でも奥の深
さを感じさせられるものだ。本作ではそんなパレスチナ問題
の中でもさらに新たな側面を観ることができた感じがした。
公開は、東京では11月下旬に渋谷のイメージフォーラム他、
全国順次で行われる。

『セッションズ』“The Sessions”
20世紀フォックスのアートブランドFOXサーチライトが
2014年に創立20周年を迎える記念の第1弾として公開される
2011年度作品。
物語は1999年に亡くなったアメリカの詩人でジャーナリスト
のマーク・オブライエンの生涯に基づく。
幼い頃に罹ったポリオのために首から下が麻痺してしまった
オブライエンは、鉄の肺と呼ばれる医療器具で呼吸の補助を
受けながらカリフォルニア大学バークレー校に学び、詩人・
ジャーナリストとして生計を立てる。もちろんそれは介助員
の助けを借りながらのものだが、それなりの生活にはなって
いた。
しかし彼には満足できないことがあった。それは1人前の性
行為をしたことがないこと。性衝動によって勃起はするが、
手を動かせないために自慰をすることもできない。そんな彼
がすがったのは、セックスセラピストと名告る女性だった。
そして彼女は学術的な記録を取りながら彼との性行為を実践
することになるが…
今年1月紹介の日本映画『暗闇から手をのばせ』では、身体
障害者のための風俗を営業する男が描かれていたが、現実に
これは大きな問題と思えるものだ。しかも本作は姦淫を十戒
の1つとするキリスト教世界での話だから、さらに問題は複
雑になる。それらのテーマが実に巧みに組み合わされた作品
だった。

脚本と監督は、自らもポリオ・サバイヴァーで大ヒットTV
シリーズ『アリー My Love』なども手掛けたベン・リューベ
ン。出演は、2011年8月紹介『ウィンターズ・ボーン』でオ
スカー候補になったジョン・ホークスと、1997年『恋愛小説
家』で受賞し、本作でも候補になったヘレン・ハント。
さらに2008年1月紹介『団塊ボーイズ』などのウィリアム・
H・メイシー、2009年5月紹介『ターミネーター4』などの
ムーン・ブラッドグッド、2003年『モナリザ・スマイル』な
どのアニカ・マークスらが脇を固めている。
特にメイシーが演じた教会の牧師は、主人公がセックスセラ
ピストとの関係を告白するシーンで、それが姦淫であること
を認識しながらもその行為に理解を示す演技が素晴らしく、
思わず涙するほど感動してしまった。そしてその感動は映画
の全編に続いて行ったものだ。
僕が子供の頃には小児麻痺と呼ばれていたポリオは、子供が
罹る最も恐ろしい病気として認識していたが、当時すでに予
防ワクチンなどもあって、その甘ったるいシロップを飲まさ
れた記憶もある。しかしその現実はほとんど知らなかったも
ので、本作でその恐ろしさも再認識した。
なお現在の治療がどのように行われているかは知らないが、
映画に登場する「鉄の肺」は、カリフォルニア州で現存稼働
していた唯一の装置だそうだ。

公開は、12月6日から東京は新宿シネマカリテにて、以降は
全国順次で行われる。

『ザ・イースト』“The East”
今年8月紹介『ランナウェイ/逃亡者』にも出ていた1982年
生まれの女優ブリット・マーリングが製作・共同脚本・主演
を務め、上記と同じくFOXサーチライトの創立20周年記念
第2弾として公開される2013年度作品。
マーリングが演じるのは、元FBIのエージェントで企業を
相手にテロ対策を講じるセキュリティ会社にリクルートした
調査員。折しも海洋汚染を引き起こした石油王の屋敷に大量
の原油が流し込まれるテロ事件が起き、環境テロリスト集団
「イースト」から犯行声明が出される。
そして彼女に与えられた任務は、「イースト」の組織に潜入
してテロ集団のメムバーの特定と次の標的企業を探り出すこ
とだった。
こうしてサラという偽名を使いアナーキストやゴミを回収し
て再利用する活動家らに接近して行った主人公は、ある日、
貨物列車への無賃乗車が発覚し警察に逮捕されそうになった
とき、助けられた若者の車に「イースト」を連想させる印を
発見する。
かくして「イースト」に潜入した主人公はメムバーの素性を
探り始めるが、それは思いもかけぬ現実を彼女に突きつけて
来ることになる。そして概要も知らされぬまま従事した作戦
は副作用を蔑ろにして危険な医薬品を売り続ける製薬会社を
標的にしたものだったが…

共演は、2010年7月紹介『インセプション』などのエレン・
ペイジ、2012年4月紹介『バトルシップ』などのアレクサン
ダー・スカルスガルド、1月紹介『マリリン・7日間の恋』
などのジュリア・オーモンド、2009年3月紹介『それでも恋
するバルセロナ』などのパトリシア・クラークソン。
監督は、マーリングが共同脚本を手掛けた2011年“Sound of
My Voice”でも組んだザル・バトマングリ。2人は大学時代
からのパートナーで、前作がサンダンス映画祭で評価を受け
た後、本作にも登場するゴミを回収して再利用する活動家ら
と生活を共にし、その中から本作が誕生したとのことだ。
試写は上記の『セッションズ』と2本立てで行われて、続け
て観るとあまりに感動的だった上記の作品に比べてちょっと
作為が強いようにも感じられた。でも単独で観ればそんなこ
ともなくフィクションとして楽しめるものだと思われる。
それにしてもマーリングは、8月紹介作に続けて反体制的な
過激集団を描いた作品だが、彼女自身は脚本の執筆中から状
況が実社会に近づいていることに気がついたそうで、そんな
危機感が本作にも存分に描かれている。

公開は来年1月31日から東京は新宿シネマカリテにて。なお
シネマカリテはFOXサーチライトの常設スクリーンと紹介
されたもので、以後も順次アメリカの良心とも言える秀作群
を公開してくれるのかな。

『ゆるせない、逢いたい』
今年8月の同じ日付で紹介した『スクールガール・コンプレ
ックス−放送部篇−』の吉倉あおいと、『許されざる者』の
柳楽優弥の共演で、かなり社会性のあるテーマを持った青春
ドラマ。
主人公は、大会を目指してトレーニングに励む高校陸上部の
女子マラソンランナー。数年前に父親を交通事故で亡くし、
民事弁護士の母親と共に最近引っ越してきた彼女だったが、
それでも大会出場を目指せる位置にいるようだ。
そんな主人公が、引っ越しの段ボール箱の回収を切っ掛けに
古紙回収業の若者と付き合うようになる。それは多少厳格な
母親には内緒の冒険だった。ところが何度目かの夜のデート
で突然若者が彼女に襲い掛かる。
「デートレイプ」、その被害者になった我が娘を前に母親は
決然と警察へ被害を届け、間もなく若者は逮捕される。しか
し審判を傍聴する母親の前で若者は、初犯であり、反省して
いることを理由に保護観察処分の決定となる。
しかも若者の弁護人は母親に対して被害者と加害者の面会の
機会を求めてくる。それには当然拒否反応を示す母親だった
が。当事者である主人公は心と体の葛藤に苦しんでいた。そ
の末に彼女が出した結論は…

脚本と監督は、本作が商業作品デビューとなる金子純一。す
でに文化庁の育成プロジェクトへの抜擢や、短編作品では映
画祭での受賞歴もあるようだが、かなり微妙な問題を誠実に
捉えて、見事に描き切っている。
共演は、監督の作品は2度目という朝加真由美と、『スクー
ルガール・コンプレックス』にも出ていた新木優子。他に、
ダンカンらが脇を固めている。
少年犯罪の被害者と加害者の対話は海外では一般的に行われ
るようになってきているそうだが、日本では裁判所や法律上
の問題から、直接会うことができない仕組みになっているよ
うだ。
それに対してNPO法人「被害者加害者対話の会」の取り組
みがあり、その取材から本作が誕生している。それは確かに
微妙な問題を含むものだが、本作ではその点に関して被害者
=主人公の結論として見事なドラマを作り上げている。

これは、硬直化した裁判所や法律のあり方にも一石を投じる
作品になりそうだ。
なお、試写会では吉倉あおいの挨拶があったが、本人的にも
かなり納得の行く作品だったようだ。ただ実際の姿はもう少
し大人で、映画で感じた幼さは演技だったのかな。でもそれ
が映画では見事に活かされて、それも見事だった。

公開は11月16日から、東京はヒューマントラストシネマ渋谷
と新宿武蔵野館でロードショウされる。

『グランド・イリュージョン』“Now You See Me”
2010年10月紹介『ソーシャル・ネットワーク』でオスカー候
補のジェシー・アイゼンバーグと、2011年2月紹介『キッズ
・オールライト』で候補のマーク・ラファロの出演で、有り
得ない犯罪に挑むマジシャンと警察の攻防を描いた作品。
主人公は、ストリートでマジックを披露して生活費を稼いで
いる若者。そんな彼に占いカードの招待状が届く。そこには
アパートの部屋番号が記され、そこにたどり着いた若者は、
他に3人、計4人が召集されていたことを知る。
それから程なくしてラスヴェガスに「フォー・ホースメン」
と名告る4人のイリュージョニストが登場する。彼らは巧み
なマジックを披露した後で観客席から無作為に1人を選び、
彼の取引銀行から大金庫の現金を盗み出すと宣言する。
そして男性を舞台に設置された瞬間移動装置と称する装置で
パリの銀行の大金庫に送り込み、そこに山と積まれた札束を
ラスヴェガスの舞台に転送してみせるのだが…。それは何と
実際に行われた犯行だった。
これに対してインターポールが動き、FBIエージェントと
共に「フォー・ホースメン」を拘束して捜査が始まる。しか
し犯罪の立証のためには、まず彼らが行ったトリックを見破
らなければならなかった。

共演は、2009年7月紹介『2012』などのウッディ・ハレ
ルスン、今年5月紹介『華麗なるギャツビー』などのアイラ
・フィッシャー、6月紹介『ウォーム・ボディーズ』などの
デイヴ・フランコ。
さらに、2011年11月紹介『人生はビギナーズ』などのメラニ
ー・ロラン、2009年5月紹介『ターミネーター4』に出演の
コモン。そしてモーガン・フリーマン、マイクル・ケインら
が脇を固めている。
原案と脚本は2012年7月紹介『SAFE/セイフ』などのボアズ
・イェーキン。監督は、2010年4月紹介『タイタンの戦い』
などのルイ・レテリエが担当した。
「フォー・ホースメン」のマジックは、ラスヴェガスの後、
ニューオーリンズ、ニューヨークと続いて行くが、それらは
VFXも絡めた華麗なもので、言ってみればマジシャンの夢
のようなイリュージョンが展開される。
それは本作は映画なのだから、実在のマジックをやっても面
白くはない訳で、これはそれだけでも充分に楽しめるが…。
これに本気で挑戦するのが、これからのマジシャンの課題に
もなりそうだ。
なお字幕では、原語のmagicというセリフが「マジック」と
片仮名表記されるが、これは苦肉の策かな? 実はその意味
が映画の前半と後半で変化している印象で、前半は手品、奇
術という意味だが後半はそうではないのではないかな。
そんなことを考えるのも楽しくなる作品だった。

公開は10月25日から、全国ロードショウで行われる。


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井口健二