ちむたんのつぶやき
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この土日は父と相棒と一緒に名古屋に行ってマスターズリーグの試合を観てきました。いろいろ面白いことがあったので日記に書きたいのですが、落ち着いて書ける時にまた改めて。 Tさん、お世話になりました〜。
「ほぼ日」の「言いまつがい」に投稿したのが、今日見たら載ってました。しかも更新一覧の見出しのところにも使われていたので気分よかったです。ちょっとじまん。えっへん。
| 2005年11月27日(日) |
名古屋に行ってきました(その2) |
2日目は特に予定がないので、ルームサービスでゆっくり朝ごはんを食べました。(実は起き抜けに昨夜食べなかったドーナツを2つも食べたのはナイショ) ルームサービスにトースターが運ばれてきたので、トーストを焼いて食べることができました。これは初めてでしたが温かいパンが食べられていいですね。
チェックアウト後はなぜか年末ジャンボ宝くじを購入してから、父が昔勤務していたお役所へ向かいました。私が地図を見間違えてちょっと遠回りさせてしまって反省。 でも、その遠回りした道が古いお堀跡で紅葉がきれいだったので、父はここで働いていた頃にはこんなところがあったとは知らなかった、と驚いておりました。 ちなみに帰った後「あの頃は全く周りのことに興味を持っていなかったと気付いてショックだ、自分が情けない」みたいなメールが来ましたが。 それだけ一生懸命働いていたってことだと思うけどなあ。のんびり役所の周りを散歩してる場合ではなかったのでは。
お役所の正門は日曜なので当然閉まっていますが、通用門が開いておりました。それに気付いた父はひょこひょこと中へ入っていってしまいました。 おーい、いくら昔働いてたっていってもまずいんじゃないのー、一応国のお役所でしょー?と思いつつ立ち尽くす私と相棒。かえって私たち二人のほうが不審だったかもしれません。 なかなか帰ってこないので心配になりましたが、しばらくして戻ってきました。守衛さんと立ち話してきたそうです。 当時の知り合いのかたが当直で出勤していないかと訊きたかったそうですが、名前を覚えていなかったらしいです(笑)。 それから当時の官舎へ。父も私も、部屋がどこだったかをはっきり思い出せませんでした。母がいたらなあ。
名古屋駅まで戻って軽くお昼を食べ、帰りの新幹線に乗りました。 おやつに不朽園のもなかを買って、車内でお相伴。 東京駅で父と別れました。 名古屋は交通の便が良いので、行きやすく帰りやすいコンパクトな旅行になってちょうどよかったかな、と思います。
| 2005年11月26日(土) |
名古屋に行ってきました(その1) |
主目的はマスターズリーグ観戦なんですが、父が昔名古屋で勤務していたので久々に行ってみようか、という話だったのでした。
父と上野で落ち合い東京駅からのぞみに。名古屋まではあっという間ですね。お昼頃出発ののぞみでしたが、あえて駅弁などは食べず、日本橋高島屋の榮太郎で買った大福などをおやつに頂いてまいりました。 で、名古屋着。 すごい人出です。駅の通路が人で溢れかえっています。今年5月の名古屋出張の時もそう思いましたが、当時は愛地球博開催中だったのでそのせいだと判断しました。しかし万博も終わって2ヶ月、名古屋ってやっぱり景気が良いんだなあ。 父など、30年近く前の記憶しかないので目を回しそうになっていました。
さて、お昼を食べなかった理由は「味噌煮込みうどんを食べる」だったので、いそいそと高島屋の中の「山本屋総本家」に行ってみましたが、相当な人数の列が出来ていて断念。うわーどうしようと内心焦りつつレストランフロアを徘徊した結果、お寿司屋さんでこれまた名古屋名物「ひつまぶし」を頂きました。お店そのものは思いっきり東京のお店だったんですが、ひつまぶしは大変結構でした。初めて食べたんですが、おだしを掛けて食べると薬味のわさびがとてもよく合って美味しいですね!父もなかなか気に入ったようでした。
ホテルは名古屋駅の上、名古屋マリオットアソシアでした。 なんか…すごいバブルのかほりがするホテル…。偏見? フロントの前に座るところがほとんどなくて、チェックインしている間父に待っていてもらうのに困りました。豪華で立派だけど、ちょっとずつ抜けてる感じ、と言ったら言い過ぎかなあ。
それからこれまた初めて行くナゴヤドームへ。最寄駅からそれなりに歩くので父がちょっと心配でしたが、平気な顔して歩いてました。今年の春頃だったらたぶん疲れて歩けなかったと思います。ペースメーカー様様です。 ビールなど飲みながら観戦。カードは名古屋×東京です。 東京は池山が来てなくてちょっと残念。楽天のコーチになるらしいし、忙しいんだろうけど観たかったなあ。 名古屋は西本や郭源治が投げたので懐かしかったです。 試合展開は、名古屋リードののち東京が逆転勝利。名古屋のファンが圧倒的だったので今季初勝利を飾れず残念でしたね。
ホテルに戻る前に、駅のコンコース内のお店で夕食のきしめん。今日は名古屋名物固めでした。 父はこのごろ夕食うどん党なので、ちょうど良かったようです。
その後Tさんと待ち合わせて飲みにいきました。お久し振りでございます〜。 12月にはまた東京でお会いできるのを楽しみにしております。 私にしてはけっこう飲んだのですが、どうしてもアイスクリームが食べたくてTさんとお別れしてから駅のまわりをうろつきました。 しかし。コンビニがどこにもなくて… 仕方がないのでミスタードーナツでドーナツを仕入れて帰ったんですが、部屋に帰ったら急速に酔いが廻ってしまい食べずにバッタリ。意味ないじゃん。
| 2005年11月25日(金) |
短いですが(更新しました) |
レオトモページずいぶん久々の更新でございます。 6000ヒット御礼作品。短くてすみません。 なんかこんな感じだといいなああああー、なんて思って書いてみたりしましたですよ。ふう。
部屋の中が寒くて手がかじかんでおります。温かいものが食べたいです。
当初はバレーをやりにいくはずでしたが中止になってしまったので、予定のないお休みです。 昨晩あれだけ酔ったにもかかわらず、不思議と朝は元気に起きられました。二日酔いは早めの対策が肝心ですね。
お昼過ぎに家を出て神楽坂へお散歩にいきました。 さすがにお腹が空いていたので、大好きなラビチュードへ。昨日ワイン飲んで倒れたくせに豚肉のパテとか平気で食べてる私はどこかおかしいかも。 お店が込んでてとても忙しそうでしたが、やっぱり美味しくて安いです。お値打ち感があります。
神楽坂はちょっと久し振りですが、ずいぶんお店が入れ替わってました。活気があったなあ。 路地裏のセレクトショップに足を踏み入れたのが運の尽き?で、ニットとスカートを買ってしまいました。コートも素晴らしくステキなのが揃っていてかなり誘惑されましたが、これ以上の散財は!と必死に我慢しました。お店のお嬢さんがお洋服大好き!という感じであんまりにも楽しそうに勧めてくれるので、つい負けちゃいました。 その後はこれまた大好きな喫茶店、巴有我有に行って休みました。 名物はコーヒーなんだと思うのですけど、私はここのミルクティーが絶品だと思います。そこらの紅茶専門店より上なのでは。クッキーも美味しいです。お持ち帰り用もあります。
日本橋に移動してコレドへ。なにかの雑誌で「1FにはOLさんが明日着たい服が揃っています」って書いてあったけど、今回それがドンピシャという感じで、スピックアンドスパン ノーブルでアンサンブルニットを買いました。
しかし今日はずいぶん散財してしまいました。 最近ちょっと金遣いが荒いです。ストレスたまってるのか。用心せねば。
上司が。 慰労会をやりましょう、とか言うわけですよ。 2年ほど前に同じ名目で中華料理屋さんに連れていかれて、酌をしない気が利かないだからウチの社員はみんなダメだって散々説教食らった記憶は今でも生々しいのだよ。帰りは電車に乗れず、タクシーの中で号泣したなあ。あの時の運転手さん、ごめんなさい。 ちなみにその時の飲み物は紹興酒でしたよ。あれってガンガン注ぐものなのですかなあ、という疑問も今でも解けません。
でも仕方ないので行きましたよはるばる恵比寿まで。 いいお店だったけど、こういう目的では行きたくなかったな。ふふ。 やっぱり心の底でイヤだったんでしょうねえ、ビールグラス2杯と赤ワイン3杯でしたたかに酔いましたね。
さすがに恵比寿からタクシーはムリだったし、恵比寿駅に着いた時点ではさほど酔いを感じていなかったので素直に日比谷線に乗り、すんなり座れてメールを打ったりしてましたが、乗換駅で立ち上がった瞬間に目の前が回りました。 必死に立ち直って乗り換えましたがこっちは超込みで、途中でああこれ降りないとやばいかなあ、と思っているうちに意識が途切れたようです。 周りに立っていた人が「大丈夫ですか?」と声をかけてくれてはっと気付いたらほとんどしゃがんじゃってました。脳貧血を起こしたんですね。 電車がもし空いていれば、後ろに倒れてたんだと思います。頭打たなくてよかったね自分。 そこでちょうど電車が駅に滑り込んだのでとりあえず降りてベンチで少し休みました。うちの最寄り駅まであと4駅。そこからタクシーに乗って帰宅。やはりタクシーになったか。 家にたどり着いたあとは詳しく語りますまい。
しんどかった。ワインはやはり身体に合わないようです。
「Number」を読んで、日本が5位に終わったグラチャンを見ているとなんだか心落ち着かない今日この頃です…
そういえばここしばらく、好きで見ていたサイトさんが突然閉鎖、というのがなんだか続いてまして。ジャンルはさまざまなんですが。 ある日突然「Not Found」になってしまってるととても寂しいですね。いろんな事情があって閉めるんでしょうし、閉めること自体は仕方ないんですけど、いきなり消えるんじゃなくてせめて「いついつで閉めます」の一言だけでもあればいいのにな、と思います。 基本的によほどのことがないとサイトの管理人さんとコンタクトを取れない(お話の感想を書くとか)性質なので、バッサリ消されてしまうともうお手上げです。ひょっとしたらこっそり移転してよそで続けていて、常連さんにだけ移転先を教えてる、というようなやり方をされてる場合もあるのかもしれないんですけれども。 読み手としてなんの反応もしないということはすなわち、作り手には存在が見えないということで。そういう相手には別に挨拶する義理はないよ、ってのも間違いじゃないかもしれませんが、それってどうも傲慢な気がして。 インターネットという場で公開している以上、匿名の閲覧者の存在はアリなのが原則なんじゃないの?とひっそり考えるわけです。 せめて自分がもしそういうことになったら、きちんとお知らせしてから消えるようにしよーっと、と思います。いえ、そんな予定は別にないですけども。
ああでもずいぶん前、掲示板を閉めた時。 トップページにちゃんとお知らせ文を載せているのに、いきなり「掲示板がエラーになってて入れませんー」っていうメールをいただいてガックリ、ってこともあったっけ(苦笑)。読んでもらえてなきゃ話は同じか?
おお、ちょっと黒めの日記になってしまいました。すみませぬ。
会社の帰り、地下鉄の車内でふと頭上を見たら「Number」の広告。 ある一点に目が吸い寄せられ、今すぐ降りちゃうぞ!本屋に駆け込むぞ!的な気持ちになりましたが、どうせ買ったところで車内は込んでいて読めないので乗換駅まで我慢した偉い私。<別に偉くありません ホームの売店にあるかな?ないかもなー、と思いながら近寄っていったらちゃんとありました。 「Sportiva(Sports Yeah!だったかも)」や「VS」もあって意外。東京メトロの売店はスポーツ方面に注力しているのだろうか。あのけっこう分厚い「VS」を駅の売店で買う人もそんなにいないと思うのですが。でもありがたかったことです。
記事の中身はほとんどが、たいへん書き手的にコストパフォーマンスが良いというか(苦笑)、それもうよそで読んだよー、という内容だったのですが、写真が素敵ですよ。記事の部分を隠せば「LANDS' END」かなにかのカタログ写真みたいであります。 全日本にもう一度、のあたりの話は、トモさんの考えだけで決まるものではなくいろんな事情や思惑が絡まることでもありますから、なんとも…な感じですが。もし復帰するようなことになるとすれば、それ以後はもう北京まで絶対やらなきゃならなくなっちゃうのでありましょうし。それもなんだかなあ、って気もいたします、正直。
うつくしい天童の秋の中、佇むトモさん。 とにかくもう、天にも地にも風にも何もかもに、心をこめて祈りたいような気持ちです。
グラチャン初日、トモさんはゲスト解説でご登場。 町内会のアニキからオヤジへ着実に移行中、という風情の川合さんといつもながらクールでクレバーな中田様の賑やかなコメントの陰で、喋り出すと基本的に途中から声が笑み崩れてゆくあなたはほんとにシャイなお人でござりまするな。 だけど、5セット目でアナウンサーから“ヤバげですけどどうしましょう”みたいな質問をされて答えた時だけ、声が全然違いましたね。「最後まで何があるかわからないので、絶対に諦めないで頑張ってほしいですね」でしたっけ。 彼女がキャプテンを務めていた時の全日本は、フルセットに実に強かったですものね…。 まあそんなことを今更言っても仕方ない。
しかし顔はほんとに一瞬しか映らなかったじゃないかー!何やってんだ日テレ!明日はちゃんと映せよ!! ところでトモさん、髪切りました?よく見えなかったんですけど。
今日は発作的に「タンゴ・アルゼンチーノ」「ザ・レビュー'99」のビデオを見てみたり、諸方面に愛情マグマ噴火気味な日でありました。
なんかこう!好きなひとのことは全身全霊で好きでいないとさ!!<いきなりどうしたんだよ…
さっき帰宅してテレビをつけたら歌番組でした。しばらくして吉幾三の「雪国」が流れてきて吹き出してしまいました。分かる人だけ分かってください。
昨日の昼あたりから右目がちょっと痛くて、今日はコンタクトを入れずに会社に行きました。会社でメガネをかけたのは6年ぶりくらいなので、すれ違う人のほとんどが一瞬「あれ?」という表情になるのが面白かったです。
もし大事だといけないので、会社を早めにひけて眼科に行きました。結果はものもらいになりかけということで、できたらコンタクトはしばらく使わず、これを差してくださいと目薬をもらいました。
亡くなった母はものもらいのことを「めかご」と言っておりました。どうやら母の出身地である群馬の方言だったようです。子供の頃、みかんの入っていた籠を何の気なしにかぶったら「めかごになるわよ!」と怒られたのを思い出しました。
昨日は昼の部を大学の同期Mちゃんと、夜の部を高校のクラスメートTちゃんと観ました。 二人ともがチャーちゃんのことを「もと男役だったようには見えないねえ、かわいい〜」と言っていたのが新鮮でした(どちらも宝塚観劇の経験はなし)。 そっかぁ、そう見えるんだあ。あれで宝塚時代はハバナ・ダンディだったりグッデン博士だったりしたのよフフフ、と一席ぶってもよかったんですが、せっかく可愛いって言ってもらったんだからファンとしてチャーちゃんのために伏せておこう、と思ってやめました(笑)。
ちなみになつめさんについては「納得」だそうですが。 そうなんですよ、昨日携帯から入れた日記で書いたように、なつめさんの視線を頂いてしまったんですよ!!!(万が一ファンの方が読んでいらしたらごめんなさい) いやー、かああーーーーーーーーーーーーーっこよかったああぁぁ。 つくづく現役時代の舞台を拝見してみたかったです。観たら絶対ハマったと断言できるので、大変なことになっただろうと思うけど。 花組のトップを務められたのはちょうど私の大学時代に当たるので、お金はなくても時間と体力があったし、大学卒業できなかったかも。ある意味間に合わなくてよかった。
そして今さんですが、初見の時はパンフを買ってなかったので、マジで途中までは今さんだって分からなかったんですよ私。 ずっと「この人の声どこかで聞いたことあるけど誰なんだっけ…」と思っていたんですが、何度目かの「ウララ〜」という彼女の口癖を聞いた時に「あっ、今さんだ!!」ってひらめいた次第(笑) それにしても綺麗でした、今さん。身のこなしもカンペキ。もしも映画「プリシラ」が舞台化されるなどということがあれば、絶対に出ていただきたいです。
ショーのチャーちゃんの姿を見た瞬間には、カタギの友達が隣にいたのにやっぱり泣いてしまいました。へへ。ピュアだな私。見ないふりしてくれてありがとう、Mちゃん。
今日は相棒と昼の部を観劇。相棒はダジャレに弱いので、リリーさんの繰り出すダジャレの数々にかなりやられておりました。
お芝居そのものの感想については、未見のかたもまだたくさんいらっしゃるでしょうからもう少し控えておきます。
昼夜観てきました。
な、なつめさんの視線を頂いてしまったのだーーー!(ドカン) 気のせい…ではないということにしたいです(笑) いやいや、チャーちゃんが一番地味な人に見える舞台は初めてでしたなあ。 今日は帰宅しないため、日記はここまでですみません。
会社の後輩N嬢が昨日残業していたところ、ビル内のお寿司屋さんで飲んでいた取締役に呼び出されてしまったそうです。 慰労という名の…ですな。
彼女の直属の上司であるN部長も一緒だったのですが、宴もたけなわさあさあ盛り上がってまいりましたー、という頃、部長が突然に言ったそうです。 「あのさあ、全然深い意味とかはないんだけどね、前から訊いてみたかったことがあるんだ、訊いていい?」 彼女がどうぞ、と答えると部長は言った。
「Nさんって、すっぴん?」
すっぴんです。 私より6歳ほど若いN嬢は、私と同じく内勤なのをいいことにスッピニストで(そんな言葉はありません)、お互い30を越えて世間的にヤバいのは分かってるけど、化粧なんかしてたら毎日遅刻だよねー、と語り合う仲です。 でもちゃんとチェックは入ってるんですなあ。別に明日から化粧してきなさいって言われたわけじゃなくても、上司(しかも総務部長)にそう言われちゃうとやっぱり気にはなりますよね…。
ちなみに私の上司は身なりに厳しいことで定評、もとい数々の伝説を持っていますが、私はその分野では一度も注意されたことがありません。 いや、注意というか一度だけRAKUWAが襟元からのぞいていた時に「それ何?」って質問されたことがありましたな。興味しんしんという感じでしたが。 言ってもムダだと思ってるんだろうなあ。実際ムダだけど。
できないんだ お化粧だけは どうしても
…川柳かい。
| 2005年11月08日(火) |
今日はどうしてもこれでしょう |
おどろかないけどでもおどろいた。
退団するんだ、花總まり。
この期に及んでもまだウソのような気がする。
来年ってことは12年くらい娘役トップ張ってたことになるんかいな。 宝塚90年の歴史の中で12年ってかいな。(そう考えるとホントにスゲーな)
いやいやいやいや。思わず言葉遣いも乱れようというもの。
ある意味、彼女のファン以外では最も感慨深い立場、ということになってもいいような気がする、そんなわたくしの立ち位置であります。
今日判明した事実。 父は「パイオニア」を化粧品会社だと思っていたそうです。 よくよく問い質してみたところ「ポーラ」と勘違いしていた模様… 脱力。
いえ別に頭がとうとうパーになってしまって年がら年中お正月になっちゃったというわけじゃないんです>今日のタイトル
かなり昔に「県立地球防衛軍」という少年マンガがありまして。けっこう人気だったらしく、イメージアルバムが出ました。その中の1曲が「元旦がきた」。あまり知られていない事実ですが、作曲は元ゴダイゴのタケカワユキヒデ(作詞は誰かわかりません)で、これが実におめでたくもしみじみした名曲なんですよ。 相棒がそのイメージアルバムを当時持っていたのでカセットテープに録音してもらいましたが、そのテープはどこにあるやらわからず、アルバムそのものもなんせLPレコードなのでもはや聴くこと叶わず。
同じようにかの曲に感動した人はテレビ界にもいたようで、これまた相当昔に「プロ野球珍プレー好プレー」という番組のエンディングタイトルで流されたことがあったんです。 スタッフロールが流れ、その年の球界を彩ったスター達のプレーがスローモーションで映し出されるテレビから聞こえてきました。
「お正月を愛する素晴らしい心 門出に門松 鏡餅うまい」 「一年三百六十五日 正月三昧 日本人おめでたく 世界みな平和」 「新年を祝おう それが日本人 お屠蘇を飲むこと 国民の使命」
歌詞はうろ覚えなのでアテになりませんが… そして歌詞だけ見ると単なるコミックソングのような、むしろ右っぽいような、ちょっと引っかかるものもあるかもしれませんが、穏やかなアレンジのメロディーに乗って淡々と響いてくるすこし乾いたようなボーカル(誰だかわからないんですけど)に耳を傾けていると、とても温かないい気持ちになったのです。 一年いろいろ大変だったけど、こうやってみんなで最後までやってこられて本当によかったね、楽しかったね、みたいな。 そんな雰囲気が、プロ野球のその年のシーズンを総括する番組のラストを飾るにとてもふさわしく感じられ、ほろりと涙したものでした。
で、やっと今日の本題に。 プロ野球マスターズリーグの開幕戦、札幌アンビシャスvs東京ドリームス戦を東京ドームで観てまいりました。 私の知らない年代の選手もけっこういても、中心となって活躍していたのはまさに私が一番プロ野球を一生懸命観ていた時期のプレーヤーたちでした。 懐かしいあの人たちが、少し、あるいはかなりおじさんになってグラウンドに立っています。あの頃より明らかにお腹が丸くなって、顔にはシワが増えて、でもそこにいるのはまぎれもなく私が手に汗を握りながら応援した彼らでした。 当時ならゆうゆうさばいたはずの内野ゴロをお手玉してヒットにしたり、捕ったはいいけど投げようとして転んでしまったり、ヒットを打っても走塁で思うように走れずアウトになってしまったり。 照れくさそうな笑顔を見せていても、ここぞという場面では表情が引き締まり、ネクストバッターズサークルから打席に向かう姿、ベンチからピッチャーマウンドに向かう姿の凛々しさはまるであの頃のままでした。
3時間ほどの試合を観ている間、私の心に流れていたのは「元旦がきた」でした。おそらくちょうどあの番組で、あの年活躍したプレーヤーとして映し出されていた彼らは、20年近い時を経た今日、再びグラウンドに戻ってきてプレーしているのです。 ノスタルジーだとは分かっていても、ただひたすらにそれがうれしくて。
私のプロ野球観戦歴はもう25年にもなります。 自分ではろくにキャッチボールもできない私ですが、野球を観るのが本当に大好きなのです。
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