ちむたんのつぶやき
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父の具合は、おかげさまでなかなか順調です。検査の結果も良好なので、このままアクシデントがなければ予定通り金曜に退院できそうです。
金曜夜には相棒が応援に来てくれました。 土曜に、相棒のお父様が釣り上げたひらめをお刺身と煮魚にしてお裾分けしていただき、父の夕食のおかずにしました。食欲はもともと全然落ちていないので、お世辞にも美味しいとは言えない病院の食事もそれなりに食べていましたが、このひらめは本当に喜んでたくさん食べてくれました。 相棒とそのご一家には、言葉にしようのないほど支え励ましていただいています。
今日私がこちらに帰ってくるにあたっては、かなり心細そうでした。私も辛かったです。 私がいれば先回りしてやってしまうことでも、次に私が来るまでは全部自分でやるか、人に頼まなくてはならないんですね。順調に快復しているからこそのやや贅沢な悩みではありますが…。
帰ってきて、実家の方とはまるで違う暑さ、湿気の多さにすっかりやられております。 ものすごーく疲れてますが、明日からは出勤。3日休んだ結果がどのようなことになっているのか相当怖いです。月初めだし。 遊んでたわけじゃないですけど、会社の人から見れば休みは休みですものね…とほほ。 メールのお返事や掲示板のレスなど、遅れっぱなしですみません。自分のペースを取り戻すまで、しばらくお目こぼしくださいませ。 明日も、がんばります…。
がんばるって言うのも言われるのも基本的には好きじゃないんですが、人生には何がなんでもがんばらなければならない時もあるのですよねー。
本日の父の手術、おかげさまで無事終了しました。 予定より30分長くかかってちょっと心配させられましたが(血管が曲がりくねっていて難しかったそうな)、結果的にはちゃんと成功していますので心配いりませんよ、とお医者さんに言われました。 病室に戻ってきたあと6時間の安静中はいろいろ大変でしたけれども、夕方には起きて歩く許可も出ましたし、食欲もあるようです。 夕食後に帰る私をエレベータのところまで見送ってくれました。 このまま化膿などがなく順調に行けば、予定通り来週金曜には退院できるでしょう、とのことでした。
とにかくほっとしました。 今日はやはり相当気が張っていたのか、病院を出たとたんにぐなぐなになりました。帰途は「しっかりしろ自分!」と叱咤しながら運転してきました。 もう今にも目が閉じそうです。とりあえず今日はこのへんで。 おやすみなさい。
関東直撃!と鼻息荒く向かってくる台風に怯えつつ、大荷物を持って出社した昨日。 踊り子が止まり、あずさが止まり、かいじが止まり、わかしおが、さざなみが止まり… こらーもうあかん、高速バスかな、それか明日の朝必死に早起きして行くしかないかな、と腹をくくりかけた私に運命は味方しました。見事に定刻発車の定刻到着。サンキュー! 「申し訳ありませんが明日から三日お休みを頂きます」と頭を下げた私に対し「はい、ごゆっくり」と言った上司はなんだかなあ、ですが…あのね、ゆっくりとかそーゆーことじゃなくてね。イヤミ?(と取ってしまうあたりがココロ貧しい)ま、いいやとにかく休みくれたんだから…。
そして迎えた今日。 目を覚ましてカーテンを開いた時、ベランダの物干し台が倒してあるのに気付きました。父が台風に備えて横にしておいたんですね。 入院しようという前の日まで、ちゃんと家のことを気遣っている父がいとおしかったです。
私と同じく昨夜到着していた長兄に運転してもらい、病院に向かいました。 朝こそ曇りでしたが、病院に着いた頃から抜けるような青空が広がり、ぐんぐん暑くなってきました。10時に来て下さいという指示でしたがせっかちな父のこと、9時半過ぎには病院に到着しておりました。 が!部屋の用意が出来ていないとのことで、待合室で待機することに。まあ30分早く来ちゃったししょうがないよね、と言いつつ待っていたんですが、看護師さんが再度現れ、あと1時間くらい待って下さいと。 待合室も居心地よくないので院内の軽食喫茶にいき、時間をつぶして11時に戻りましたがそこから更に30分待ち。結局、病院到着から病室に入れるまで2時間…
仕方がないことではありますが、待たされるのがとにかく大嫌いな父がよく、よく耐えたと思います…。 その上、個室でとお願いしてあったのですがどうしても空かないということで、二人室になってしまいました。これまた仕方がないのはよくわかっているのですが、2時間くらいで隣のベッドに患者さんが入院してきて、しかもかなり急性症状の様子。しょっちゅうお医者さんや看護師さんが出入りしてあわただしく、父はかなりナーバスになっておりました。 スタッフの皆さん、基本的には親切なのですが、なんとなく言葉が足りないと思うのは勝手でしょうか。 たとえば夕方にお医者さんが巡回して来たときに、ひとこと「明日は自分が執刀しますよ」って言ってもいいんじゃないかな、とか。二人で来てるんだから、言われなければどっちの先生なのか分からないんですよね、こちらは。(後から看護師さんに聞いてやっと分かりました)
父の病室は、母が14年前に入院した科の1階下にあります。病棟のレイアウトはほとんど同じです。 今日、同じ場所に立ってみて、ひとつ思ったことがありました。 母が最初に入院した時、私は大学4年の卒論を出す間際で、まだ社会人経験もなかった身には、病院での付き添いがそれはそれはしんどいものでした。 今にして思えば何を怖がっていたんだろうとおかしくもなりますが、お医者さんや看護師さんやその他職員の人たちに、何か聞いたり頼んだりするのがとにかく辛くて。もともと自意識過剰で外面が良い方なので、人からどう見られているのかばかり気になって、どう振る舞っていいのか分からなかったんですね。 ところが今じゃ面の皮もたっぷり厚くなってしまいまして。もう何でも来いって感じ?(笑)大体、看護師さんももう大半が私より年下ですしねえ。 でもまあ、長居したくない場所であることは確かです。当たり前か。病院があんまり居心地良かったら、頑張って良くなって家に帰ろうっていう気が失せちゃうかもしれませんものね。
夕食が済んで、父を病室に一人残して帰る時は本当に切なかったです。 だって、全然病人っぽくないのに。 どことなく心細げな顔を見て、このまま連れて帰ってしまった方が父にとっては幸せなのではないかという思いに一瞬襲われました。 その場ではなんとか堪えましたが、外で夕ご飯を食べてから実家に帰ってきてドアを開けた時には、泣かずにはいられませんでした。 10年前父を置いて東京に出て以来、この家のドアを開いた時に父がいなかったことは、数えるほどしかなかったのです。
そんなに難しい手術ではないはずです。たぶん、心配はいらないのではないかと。 来週の終わりには、父はこの家に帰ってくるでしょう。 「絶対大丈夫」なんていうことはこの世にないのを百も承知で、でも願います。 どうか間違いなく、滞りなく済みますように。 父がまた、何より大好きなゴルフにニコニコしながら出掛けてゆける日が、一日も早く来ますように。
相棒かっしーがトークサロンのレポを書き上げてくれたので「匠ひびきはじめました」に掲載しました。ありがとうありがとうありがとう! 相棒のすさまじいメモ鬼ぶりをどうぞとくとご堪能くださいませ。これだけ書いてるのに、正真正銘メモだけなんですよ。録音してないんです。すごすぎる…。
月曜になったとたんに頭痛起こしている私はちょっと現金すぎますね。でもほんとにほんとに辛いのよう(涙)車に酔ったみたいに吐き気がするし…
さて、ただいま26日の午前1時です。今日会社に行ったら夜はそのまま実家に戻り、27日の入院・28日の手術に付き添ってきます。自宅に帰ってくるのは日曜の夜になりますので、その間日記以外の更新はありません。あしからずご了承くださいませ。 レオトモページがひっそり5000ヒット達成しておりまして(例によって自分で踏みました…)、お礼作品を半分くらい書き上げていますので、実家で完成させてきたいと思います。付き添うと言っても病院に泊まり込むわけではないので(まさかね)、夜は時間があるはずですし。
父の病気について、いろいろ温かいお言葉をお寄せくださる皆様、本当にありがとうございます。 頑張ってきます。
| 2005年07月24日(日) |
チャーちゃんトークサロン |
私は実家に戻らねばならなかったので行けませんでしたが、相棒ががっちり参加してきてくれましたーありがとう! チャーちゃんはとても可愛いいでたちで登場してきて元気そうだったとのことで、すごく安心しました。 なんと、最後は踊りつきで歌ってくれたんですって!?それ反則!(ある意味、泣くに決まってるから行けなくてかえってよかったのかも<すっぱいぶどう) このトークサロンについては、相棒がメモをもとにただいまレポを熱血執筆中です。明日かあさってには更新できると思いますのでお楽しみに!
昨日は関東で大きな地震がありましたね。実家は震度3強でしたが、かなり長く揺れて怖かったです。怖いなー、と思いながらなんとなく「これはうちの方が大きいのでは!?」という予感がして、自宅にいる相棒に連絡したらやはり震度5弱でした。本棚から本がすこし落ちたくらいで済んだそうでよかったですが…。
私が日記を書かない時というのは 1)仕事が忙しくてグレてる 2)頭痛を起こしてる のいずれかの場合がほとんどなのですが。
今回は後者です…来週父の入院・手術で3日休むので、仕事もかなり忙しいけど… うーむ。頭を取り外してしまいたいくらい痛いですー。いつも以上にアホになっていて、思考力ゼロ。難しいことはなにひとつ考えられまへん。 会社のビルの中のお医者さんてば、いつも出してくれる偏頭痛薬を切らしてるっていうんだもん(涙) まあ私の場合、どんなにひどい頭痛を起こしていても週末になると治るパターンなので(実はこれは偏頭痛持ちとしてはイレギュラーなケースで、普通は緊張が解ける休日になるとひどくなる人が多いらしい)、あさってにはきっと治るでしょう。
父がなぜか私の母校の野球部の試合(甲子園の県予選です)を応援に行ったりとか唐突な行動に出て面白かったりしたんですけど。ちなみに負けちゃいましたが。
相棒かっしーがここしばらく温めていた作品を隠しページの方に掲載しました。相棒よ素敵なものをありがとう! いろんな意味で世にも珍しいものなのではないかと(笑)。ご感想などお寄せいただけたら本人とっても喜ぶと思います。かっしーのつぶやきのところに本人のメールアドレスもありますし、他の方法でも。どうぞお気軽によろしくでございます。
3連休なんですが、実家から1日早く帰ってきました。6月末からこっちかなりのハードスケジュールでしたので、父には寂しい思いをさせてすまないけど、ここで1日休んでおけばまた頑張れるかなーと。 次兄アーミテージが実家から車に乗せてきてくれたのでとても身体が楽でした。ありがとうアーミテージ。 ちょうどキューバ戦の放送が移動時間にバッチリ当たってしまったのでまたしてもトモさんを見逃してしまいましたが、この後フジ739でも流れますね。録画して寝ます。 明日はゆっくり休もうと思います。ああでも少しお出掛けもしたいなあ。 1日のお休みがこんなに嬉しく思えるのってすばらしい。
…上司は、私が今日休みを取っていることをやはり忘れていた…。 昨日の朝からなんとなーく、忘れてる?ねえ忘れてる?みたいな気配を感じていたんですが、まさか「あのう私明日休みですんでー」とわざわざ言うのもなんだかなあ、と思っておりました。 夜9時の特急を取っていたのでそろそろ出なきゃ、という8時過ぎに呼ばれまして。 「この資料明日作っといて」 がびーん。<のだめカンタービレ風に 休みだもーん。 「勤怠システムに年休入れた?」って、先週入れたもーん。ちゃんと自分で承認したでしょー。 かくしてその資料は、後輩に回りました。申し訳ない… まあ持ちつ持たれつだよね、世の中は。快く引き受けてくれてありがとう。すまん。
そして、今日は父に付き添って病院に行きました。 今日はわりと込んでいて待たされたので、父イライラ。「忘れられてるんじゃないのか、聞いてこよう」とか言い出したのには困りましたな。10分くらいしか待ってないじゃんかー。(そもそも「病院での待ち時間」に対する許容基準がまったく違うのでそう言っても無駄) むずかる我が子をあやすお母さんの気分でしたよ…。
結局、27日に入院して翌日手術ということで決まりました。初診からちょうど1ヶ月経つわけですね。初診の時は、病院に行ったらそのまま入院かもとまで言われていたのですが、意外にゆっくりしてるなあという印象です。おかげで慌てて準備しなくて済んでラッキーですが。
入院と手術の日には上の兄が来てくれるそうなので助かりました。入院の時にはできれば運転してくれる人がいた方がいいし、手術に一人きりで立ち会うのはちょっと心細いので。
退院はその翌週の5日になるらしいです。そのあと2日、休みを取らずにそばにいられるので、金曜の退院はナイスですな。是非そうなっていただきたいものであります。
病院の帰りに父がかき氷を食べようと言い出し、ゴルフ場に行きました。 父の行きつけのゴルフ場は食堂が優秀でメニュー豊富、夏はかき氷が美味しいのです。練乳好きの私は氷ミルク、父は氷あずきでした。
帰宅後買い物に出ようとすると「たいやき食べたい」と所望され、買ってまいりました。2匹も食べてました。食いすぎじゃ… 病気ということになったせいでどうも強く出られなくていかんな。 今回の病気は太ったこととは特に関係ありませんとお医者さんは言ってましたが、いずれにしても太るのはよくないよねえ。 食欲があるのは良いことですけれども。
夜また東京に戻って明日は仕事が今期の大きなヤマを迎えます。 ああ、乗り切れ私。
レオトモページをちょっといじりました。お話じゃなくてすみません。 お気が向かれましたらのぞいてやってくださいませ。
なんか、この後のすぽるとにトモさんが出てくるという話で。 こんなに毎日のように姿を見ることができちゃうなんて、ちょっと前までのトモさん日照りがウソのよう。嬉しくってうふうふですわ。
明日の晩はまた実家行きです。準備しなくちゃ。
ちゃんとタイマー予約で録れた模様です(放送が始まった時にはもう帰宅していたので、いちおうリアルタイムでも見ました)。 トモさん綺麗にゃー!<誰 いっぱい映ったし、けっこうしゃべってましたし、満足度高し。 ビジネスクラス乗ったことないの…?「どんなものかも知りません」って…ホントに?(涙)
個人的に古賀さんの意外な明るさがツボでした。 もっと堅い感じの人なんだとばかり思い込んでました。あ、でもふと思いましたが、この番組で初めてトモさんのバレーやってる以外の姿を見た人もそう思ってるのかも(笑)
話変わってこの週末、新聞のテレビ欄に基づく父のおもしろ発言二つ。
1)「歌番組が始まる」と言ってチャンネルを変え、映ったのは「悲しき恋歌」だった。
2)「ワールドカップ2005 ドイツへの道」という番組を見ているので、さほどサッカー好きでもないのに珍しいな、と思っていたら「旅行番組だと思ったのに違うのか」と。 確かにテレビ欄には「ドイツへの道」と省略されて載っていたのでした。な、なるほど…
父の様子は特に変わりありません。一日に何通も携帯メールが届きます(笑)。 今日はゴルフに行ってきたそうです。これでしばらくゴルフは出来ないかな、などと言いながら出掛けました。終わる頃に遠くで雷が鳴りはじめ、帰りはすごい雷雨だったそうでちょっと残念でした。 ご心配くださったみなさま、ありがとうございます。温かいお言葉がそれはそれは嬉しいです。
仕事が忙しくてちょっと、いやかなり大変。例年だったらこの上さらに展示会があったところですが、今年はないので本当によかったと胸をなでおろしています。 子供さんがいて働いておられる方は本当にすごいな、としみじみ実感している今日この頃です。 来週13日には父の付き添いで病院に行かねばなりませんが、その翌日に大きなイベントがあります。冷や汗ものです。これがうまく片付いたら、ひとつ肩の荷が下りることでしょう。
そして明日は広島日帰り出張!帰りは羽田に夜9時半に着く飛行機なので、帰宅は11時近くでしょう。土曜の朝は上野8時の特急で実家に行きます。 がーんーばーれーわーたーしー。
あ、広島では相棒の古くからの同人お友達Yさんとタッチアンドゴーでお目にかかる予定です。会議が延びないことを祈ります。
なんか、腹くくって手術受けるつもりになっている父がいたのでした… わけわからん。
どうも、私がネットで調べてきた「完全房室ブロックになった人は、基本的にはペースメーカー入れるのがセオリーみたいだよ」という一言が決め手になったような。 いわく「理屈ではもうこの間から納得してたけど、気持ちも納得したから手術受けてくる」。
今日は兄たちも実家に来ることになっていたので、それなりに侃々諤々になるのかなーと思っていたのですけれども、彼らが到着する前にそういう話になっていたのでポカーン、という感じ。
次に病院に行って返事をするのは13日で、あと10日ありますからその間にまだひと揺れふた揺れあるような気はしますが。 あああ。どうなりますことやら。
トモさん、サマーリーグ@富山に保護者として(違)行ってるそうですねえ。 相手チームの人、イヤだろうなあ(笑)。 そしてそして、浜村淳のラジオに出たとき「宝塚大好きでよく行ってました」と発言していたんですって!? それ聞いてもう大盛り上がりの相棒と私です(笑) えーと、一体いつ頃なのかしら?ひょっとして大劇場でニアミスしてました? うん、それならあの決まりまくりのパンツスーツの着こなしも頷けますですよ。いいなあ、自分でトップスターごっこできるんだもんなあ<甚だしく語弊のある発言
母は、病気に対してとても強い人でした。父親や二人の兄(私にとっての祖父と伯父)がいずれも医師だったこともひょっとすると関係しているのかもしれません。 組織に浸潤するタイプの悪性の脳腫瘍にかかり、手術はとりあえず成功したものの完全に除去することはできず、そのうち必ず再発すると言われていましたが、それに対して泣き言や愚痴を口にすることは、とうとう最後までありませんでした。 淡々と病院に通い、辛い検査や手術や治療にだまって耐えていました。
ただその母は、二度目の手術はきっぱりと拒みました。
最初の手術から約半年経って書かれた「お願いの事」と題した遺言には、「私が人事不省に陥っても、延命措置を施すことなく、自然に安らかに逝かせて下さい」と書いていました。 そして、母の最期の願いはほぼ完全な形で叶えられました。病院ではなく、終の住処となった今の家で息を引き取りました。
母がしたためた一行に、どれだけの思いが込められていたのか。 今でも母の胸中を思うと、いえ、思いはかることも出来ない切なさに、涙がこぼれます。
母がたとえば父や私に向かって自分の運命を嘆いたとしても、一緒に悲しんであげることしかできなかったでしょう。そして私たちは、己の無力さを呪ったことでしょう。 母は、誰にもそんな思いをさせなかった。すべてを、たったひとりで引き受けて見事に去ってゆきました。
母の死から10年経ちました。 父は、81歳の今まで病気らしい病気をほとんどしたことがありません。そういう人の常として、病院が大嫌いです。理詰めでものを考える性質なので、お医者さんの言うこともうのみにはしません。 心電図を見ると完全房室ブロックという危険な状態だから、ペースメーカーを埋め込む手術をしましょうと言われていますが、これといった自覚症状がないこともあり、どうにも納得できない様子です。 家にある「家庭の医学」を繰り返し読んで希望的な記述を探しては、なんとか手術せずには済まないものかと一生懸命考えています。私にも、不安と不信を穏やかな口調ながらしきりに訴えます。
病院についていって一緒に話を聞いた私は、お医者さんの診断は間違ってはいないのだろうと感じています。 今は特に問題がなくても、放置したらそのうち苦しくなってくる、というのも脅しではないのだろうと思います。
でも、最終的にどういう選択をするにせよ、父の考え、父の気持ちを大事にしてあげたいと思います。大好きなゴルフを、少しでも元気で長く楽しませてあげたい。父にとってゴルフができなくなるというのは、死に等しい意味を持つことなのですから。
こんな時母だったらどうするだろう、と考えつつ。 もしかしたら、これは母が私に残していってくれた宿題なのかもしれません。
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