ちむたんのつぶやき
DiaryINDEXpastwill


2004年01月31日(土) 土曜は鍋をつついて

父の80歳の誕生祝いをしました。

3時半に上野駅まで迎えに行って落ち合い、今日のお宿へ。次兄アーミテージも泊まるというので、ホテルで待ち合わせ。アーミテージは明日からロサンゼルスに出張だそうで、トランク持参でした。びじねすまーん、って感じ。
5時半に、予約してあった和食のお店へ向かいました。3Fの和室で待つうち、ほどなく長兄一家も到着しました。兄嫁と姪二人はごくラフないでたちなのに、なぜか兄だけ背広姿なのがおもしろフシギだったです。長兄も明日仕事が入ってしまったそうで、兄弟で明日もヒマなのは私だけー(笑)。

父は先週私が実家に帰った時から「何か挨拶しなくちゃならないかな」とソワソワしておりました。身内しかいないのになぜ緊張するかな。そういうところが父なんですね。
で、結局律儀に立ち上がりひとこと。「私は利己的な人間なので自分のことしか考えていませんが、皆には感謝しています」
…心の中で爆笑しました。どないな挨拶やねん。そういうところが父(以下繰り返し)。

お料理おいしかったです。お誕生祝いなのでひとりに一匹鯛の塩焼きをつけてくれたし。季節感もあったし。
もともとお魚があまり好きでない父はそれほど感心した風もなかったですが、ふだんあまり食べない姪たちがけっこう元気良く食べていたので(どうやら二人ともお肉よりお魚の方が好きらしい)、それを見ているのが楽しそうでした。
ほんと、姪二号が良く食べたのには驚きました。最後さすがにおなかが一杯になってしまった彼女は仕上げの雑炊がほとんど食べられず、帰った後もらったメールに「ぞうすいもっとたべたかったー」と書いてありました(笑)。四人に一杯ついた毛ガニもむちゃくちゃうれしそうにほじってたなあ。

特筆すべきは、デザートのアップルパイでありましょう。かなり満腹だったので出てきた時は「果物じゃないのか!」と絶句しましたが、食べてみたらすごく美味しかったです。

長兄一家と別れてホテルに戻り、バーで一杯飲みました。

まぁ、なんとなくいいお祝いになったのではないかと。
自己満足…ではないと思いたい…。


2004年01月30日(金) 金曜は自転車漕ぎ

「エアロバイク」ってなんか恥ずかしい気がして言えないんですよね(笑)。

残業ののち、相棒が職場の飲み会だったのでひとりで部活にいきました。
自転車30分のウォーキング20分。
燃えろよ燃えろーよー、脂肪よもーえーろー<そのまんま過ぎ

ヘロヘロのフラフラになっておうちに帰りました。


2004年01月29日(木) 木曜は頭痛もち

頭痛餅。

なーんてしょーもなさすぎるダジャレを書いてしまうくらい(特にダジャレにもなってないか?)、使い物になりませぬ。イライラしてテレビも見られませんわー。せめて明日は部活に行けますように。
1月もようやく終わるなぁ。


2004年01月28日(水) 水曜は鈍い足取り

はーーーーーーーーーーーーーーーーー。
やっと週半ばまで来たよ…頭痛と首の痛みがけっこうひどくて参ります。
今の時期でこんなだったら、3月あたりはどうなってしまうのかと危ぶまれます。みんなビンボーが(以下繰り返し)。

「時代劇専門チャンネル」で「江戸を斬るII」をやってました。森繁久弥が若い。お肌ツルツルだ。<やや語弊あり?
松坂慶子がこれまたピチピチだ。そして主役、遠山金四郎様の西郷輝彦はなんだかもう一瞬貧相なくらいガリガリですが、若鹿のようにカッコいいです<キてる表現
役者としては初恋の人かもしんない、西郷輝彦…。
そりゃー小十郎くん@独眼竜政宗にも転ぶよなぁ。


2004年01月27日(火) 火曜はまさに炎のごとく

熱く忙しく過ぎていったのでした…はあ、脱力。
そんな夜のなぐさめは蕎麦茶と入浴剤です。おふろ上がりの身づくろいがめんどくさくていやなんですけど(不精だよなぁ<山祐さん風に)、おふろにつかるのは温かくて気持ちいいです。
むかしチャーちゃんがお茶会かなにかで「お風呂に入ってる間に身体洗ってくれる機械がほしい」と言ってましたが、激しく同感だ(いやあの頃はもう体調崩してたんだろうとは思いますけど…)。
私は身体洗ってくれるより、髪乾かしてくれる機械がほしいです。


2004年01月26日(月) 月曜に日記書けない法則

たいていくたびれ果てているからですね。
今日も、既に水曜夜くらいの疲労度です。目薬を注すヒマもない程の忙しい一日でした。みんなビンボーが悪いのよ。


2004年01月25日(日) 相棒の日記

携帯電話を会社に忘れたせいで、相棒の日記が更新されているのに気付きませんでした(苦笑)。
帰ってきてから読んで大笑いしました。いや正確に言えば笑ったことは笑ったんですけど、真面目に読み応えのある文章だなーと。「ラストサムライ」観たくなりましたもん。
私は先端恐怖症の気があるので、あの合戦シーンを大画面でやられたらきっと直視できないからやめとけと相棒が言うのでやめときますが(かつて「トム・ジョーンズ」観劇時、フェンシングのシーンはかなり鳥肌立てながら観てました)。
この日記の書き手が仮に私の知らない人で、偶然ネットで出くわしたとしたらさぞかし一気にファンになったことでしょう。(なんか違う気が)

脇で相棒が「ラストサムライ観て3回泣いたって書くの忘れた」と申しておりますので、代わりに書いときます。


2004年01月24日(土) KANのこと

KAN。「愛は勝つ」が代表作のシンガーソングライターです。
っていうか「愛は勝つ」以外にメジャーに売れた曲は皆無に等しい…ですかね。お若い方はもうご存知ないかも。だってもう10年以上前のヒット曲ですものね。

一時期めっちゃくちゃ好きでしてん。<なぜ関西弁
実家に閉じこもって母を介護していた時期でした。特に寝たきりになってからの最後の約半年、一番KANを聴きまくっていました。
「愛は勝つ」は確かに名曲ですが、あれは必ずしも彼の本領というかメインストリートではないと私は思ってます。あれだけ聴いてるといかにも爽やか好青年、せつない恋の応援ソング、みたいなのが得意そうな感じがしますけれども、私の好きなKANはどっちかっつーといいかげんでパーで女の子大好きで、ふざけた詞と曲を書くくせに聴いてみるといい、んですね。
ある曲で「彼女いないまま来年で30代」と絶叫していて「この人だいじょうぶかしら…(苦笑)」と思ったものでした。

それから私は母を見送り、東京に戻って働き始め、KANのコンサートにも時間を気にせず行けるようになりました。年に一回のツアーに三年くらい行ったかな?そのあたりでやや嗜好が変わってきて、自然に忘れてました(ひどい)。

そしてつい先日。実家の車の中にKANのテープがあったので、久し振りに懐かしく聴きました。最近アルバム出してる様子もないけど、何やってるのかなーと思ってネットでファンページなど検索してみたら、彼はなんと。
結婚して。
パリに住んでいました。
ちゃらんぽらんなかつての同級生の消息を別の友達から聞かされ、口をあんぐり開いているような気持ちになりました(笑)。
奥様(バイオリニストさんだそうな)、どうかあんなパーですがヤツをよろしく頼むッス、みたいな。

話は少し変わりますが、BS-iでジュリー(沢田研二)のコンサートをやっていたのをちらっと見ました。もー、小学校の頃ほんと大好きで。声は昔とまるっきり同じだったけど(それも凄いよな)、「カサブランカ・ダンディ」とか歌っていた頃とは別人のように豊かな体つきになられていて衝撃を受けました。
名付けて「タケカワユキヒデ・ショック」<タケカワユキヒデも好きだったらしい

チャーちゃんは頼むから太らないでね、とこっそり星に祈りました。
いえ、他人様のことを言える身ではないことは重々心得ておりますが、人は夢見ずにはいられない生き物なのよ…。


2004年01月23日(金) 携帯忘れ…

実家に戻ってきております。
風邪気味だし、今日は上司が留守だしたまには早めに帰ろうかなーと急いで会社を出ました。それがいかんかった。
会社の机の上に携帯を置いてきてしまったのに気付いたのは、電車を一回乗り換えてからでした…。特急の指定席をネットで予約してあるので、会社に戻っているとかなりギリギリになってしまいます。そんなに急ぐ気力も体力も残っていない、一週間働いた金曜の私。
諦めました。月曜朝までさようなら、私の携帯電話。
というわけで、携帯にご連絡いただいても手も足も出ませんのでごめんなさい>知己のみなさま(ここ読んでない人もたくさんいるよなぁ)

A様、旅先は寒そうなのでくれぐれもお気をつけて…(思いっきり私信)。


2004年01月22日(木) お寒うございます

昨日の日記を読み返してみたら、マンガの「エマ」の原作がオースティンの「エマ」であるようなニュアンスが感じられますね。たまたまタイトルが同じだけで(いや国も時代も同じだけどさ)、全然別の話ですので念のため…。

はー、寒いですね。日本海側は大荒れだそうですし、鹿児島でも雪が降ったとな。雪こそ降りませんが東京もたいそう寒く、夕方会社の窓ガラスが結露して大変なことになってました。帰り道は冷たーーーーーーーーい風がピューピュー。ほっぺた真っ赤になりますがな。暖かい春が恋しいです。


2004年01月21日(水) エマ

実はわたくし、大学の英文学科を卒業しているんでございます。あまりにも恥ずかしいので秘密にしていました。実力の程は、卒業確定者発表を見に行った時にすれ違った卒論指導担当教授から“卒業できてたでしょう?”とケーベツ口調で言われてしまったくらいなので、推して知るべしであります。
4年間歌ばっかり歌っていて、単位は卒業に必要な最低限ピッタリしか取らなかったという今思うと本当に親に申し訳ない学生だったので、何を学んだかもほとんど覚えておりません。いやしくも英文学専攻なら読んでいて当然と世間で思われている本もろくに読んでおりません(書いてて悲しくなってきました)。
そんな私が今読んでいるのはジェイン・オースティンの「エマ」(当然訳本ですので念のため。原文でなんて読めるわけありません)。これを手に取ったのも同じタイトルのマンガが面白くて、連載物なので続きがまだ出ていないからという動機だったりして…
おとうさんおかあさん、大学まで出してくれたのに本当にごめんなさい(泣)。


2004年01月17日(土) 今日はおフレンチ

朝から雪がちらほらと舞う冷凍庫で冷やしたような空気の中を千駄ヶ谷に向かい、ボイトレ。午後は同窓会室が借りられなかったそうで、大久保のスタジオAWAというところで指揮者の先生の練習だったんですが、ここがすごかった。
スタジオっていうから普通のビル、もしくはマンションの一室程度を予想していたんですが、大久保駅から歩いて5分ほど(途中の道のりも、場所柄とってもフーゾクだった)、辿り着いた私の目の前には古い古い平屋建ての一軒家があったのでした。築30年ではきくまい…。いかにも昔ふうな造りの、板張りの廊下で左側は縁側のついた和室、右手は漆喰の壁の洋間。窓はもちろんすべて木枠です。お手洗いを借りるのが怖かったので、後輩を先に偵察に行かせました(笑)。ちゃんと新式にしてあってひと安心でした。
肝心の歌の方は、風邪がしっかり抜けてなかったので出したい音が出なくて、ちょっと厳しかったです。バルトークの楽譜持ってくの忘れちゃったし。精進精進。

で、その後は相棒とT子ちゃんと三人でおフレンチに行きました。外食ウィークの掉尾を飾る…はずだったんですが、ううっ、あまりおいしくなかったのだぁ(泣)。私、口が変におごってるのかなぁ。それとも魚民とラムしゃぶでやられちゃったせいかなぁ…悲しい。
お店の人たちのサービスも間が悪くて、くつろげませんでした。メインは和牛のグリエというのを頼んだんですが、正月に自分で焼いたローストビーフの方がずうっとおいしかったですって言い切るよ私は。
しかも。
入店する時、クロークに帽子とコートを預けたんですが、帰りにコートしか出してくれなくて。電車に乗るまで気付かなかった私ももちろん不注意ですけど、ひとり17000円も払うところでそういう失敗ってちょっとあんまりだと思うんですが…。
おフレンチ不信になりそうです。


2004年01月16日(金) ラムしゃぶ

同じ部署の先輩からのお誘いで、今晩はラムしゃぶ。部のレディース4人で行くはずが、ひとりダウンして先輩と私と入社もうすぐ4年目の後輩と3人で。
食べ放題飲み放題でぐるナビのクーポン使って税込4000円。
決してラム(仔羊です)は嫌いではなかったはずの私ですが、好みが変わったのかちょっと負けました。
飲み放題で出てきた「北の誉にごり酒 親玉」はおいしかったです。


2004年01月15日(木) にんにんにん

忍者ハットリくんのような気持ちです。人生は忍の一字だ。
何に耐えているかというとまず一つは江国香織の直木賞受賞。
二つ目は「エースをねらえ!」のテレビドラマ。
三つ目は…あえて記しますまい。

えーん、藤堂さんがあんな舌ったらずの喋り方するなんてやだー、森功至さんの声じゃなきゃやだよう<なにを我侭言ってますか


2004年01月14日(水) 円卓の騎士

部の新年会でした。上司が突然「魚民」でやりたいと言い出したため仕方なくその通りに。
あてがわれた個室に足を踏み入れたとたんにみんなが「おー」と言うのでなんだろう、と廊下で不思議に思っていたんですが、入ってみてわかりました。
巨大な円卓、というかちゃぶ台(足元は掘りごたつ式)だったんです。
驚きましたけど、円卓はみんなと話しやすくてわりといいですね。

お料理は、飲み放題つけて4000円という値段を裏切らないメニューのかずかず。うー。食べる気になるようなものがあまりなかったおかげで日本酒ばかり飲んでしまい、帰りはちと危なかったです。相棒が最寄り駅で待ち合せてくれてよかった。毎度すみません。

帰宅して、ホットカーペットに倒れこんだ私の脇で相棒はおそうめんを茹でて食べ、お風呂にまで入ったそうなのですが何も知りませんでした。
夜中に喉の渇きを覚えつつおなかがすいて目が覚めたりして、あー苦しかった。
でもまあまあ和やかに済んでよかったことだ。


2004年01月13日(火) 連休も終わって

いつも通りの日常。でも今週は一日短いんだ。わーい。

今週はなんだかものすごい外食ウィークです。
明日が部の新年会。
金曜は同じく部のレディースでラムのしゃぶしゃぶ食べ飲み放題。
土曜は足裏マッサージの友T子ちゃんとおフレンチ。
正月太りにダブルパンチだ。がっくり。

どうしてこう予定が一気に入ってしまうのでしょうかなあ(それは週末しょっちゅう実家に行くからです)。とほほ。


2004年01月12日(月) 焼きりんご

年末に相棒のお母様がたくさん送って下さったりんごがまだあるので、焼きりんご。本当は芯をくり抜いてお砂糖とバターを詰めて焼けばそれはリッチな幸せデザートになりますがちとハイカロリーに過ぎますので、四つ割りにして芯を取り、小さく切ってトースターで焼きました。
…最初の一切れについては、実家で毎朝フルーツサラダを作っているため自動的に手が動いて皮を剥いてしまうという失敗をしました(笑)。
砂糖バター抜きの焼きりんごというのは初めて食べたんですけど、不思議な味わいになります。ちょっと薬っぽい匂いになるかな?
今度は雑誌に載っていた焼きみかんと焼きバナナも試してみたいです。

昨日実家から帰ってきたら、相棒が小豆を煮てあんこを作っていました。唐突な人です。でもバニラアイスにのせて食べたらおいしかったー。また作って<おい


2004年01月11日(日) バリボー

それは高校生の時のこと、学級日誌に今日の学習内容を書く欄があったのですが、クラスメートのM君が体育の授業の内容を「バリボー」と記入していたのを読んで笑い死ぬかと思ったものです。単にバレーボールのことなんですけど、なんだか凄いツボで。
検索かけてみたらけっこう「バリボー」で引っかかってきたので、彼のまるっきりのオリジナル、というわけではないみたいですが。どんな大人になったんだろう、M君。

にわかにバリボー、もといバレーボール熱が上がってきてますので私のバレー経験などを。
小学5〜6年の時の担任の先生がバレー大好きで、土曜の午後に希望者を集めてバレーの指導をしてくれていました。9人制です。ポジションは中衛のライトでした。その頃週刊マーガレットで「翔んでるルーキー!」というバレーまんがが連載されていて、コミックス揃えてました。
その頃の私がどれくらいバレーに入れ込んでいたかというと、自宅にいる時でもボールを手放さなかったくらい(笑)。部屋の中で壁打ちしたりして、いろいろ壊しては叱られておりました。住んでいたマンションの駐輪場は格好の練習場所でした。ヒマさえあれば一人パス練習してましたね(暗いなぁ)。知らない女の子にいきなり勝負を挑まれたこともありました(爆笑)。
それだけしょっちゅうボールに触っていると、さすがに上手くなります。サーブ・トス・レシーブはかなりいい線行ってました。中学でバレー部に入らなかったので、あっという間に下手っぴになっちゃいましたが(だってバレー部練習がキツそうだったんだもん)。

今やったら、すぐに突き指しそうです。


2004年01月10日(土) またまた実家

来週の土曜に合唱の練習があるため今週はどうしても帰らねばならず、金曜の夜に実家へ。しんどいー。
父は2日に玄関で転んだ足の擦り傷はずいぶんかさぶたが出来ていたけれど、まだけっこう腫れている…というより足がむくんでいるのかなぁ。乾燥してかゆそうでした。

明日は鏡開きなので、ひと足早くお汁粉を作っておやつ。当然つぶあん(買ってきたもの)。美味しくできました。ついでに自分の分にお餅をふたつ余計に焼いて磯辺餅にしました。ははは。

31日に父の80歳の誕生祝いをしようと思っているので、お店と泊まりの予約などバタバタと。寒い時期だし鍋がいいと父のリクエストがあったので、歌舞伎座近くの和食屋さんの鍋コースを予約しました。下見に行けそうにないんですが、hanakoに載ったらしいから、ものすごく気取った店ではない…はず。予約電話に出てくれた人の応対はすごく感じが良かったので、たぶん大丈夫(だといいですなぁ)。
父いわく「子供達にご馳走になるのはなんだか恥ずかしいので、気持ちだけ有難くもらって、10万円寄付するから」。
…おつりがきますがな。
たぶんこうなるだろうと思いましたが、その気概や良しとすべきかたまにはそれくらい甘えてくれても、と考えるべきか。でも今「甘える」と書いてみて、父にはあまりにも似つかわしくない言葉であることが実感できたのでまぁ、いいか…。母が生きていたらなんと言うのでしょうか。答えてママ<おまえが甘えん坊じゃ

午後、BS1で女子Vリーグを放送していたので、テレビに張り付きかねないイキオイで見ました。父は私のテンションの高さに呆れて昼寝しに行ってしまいましたとさ。
とってもにわかファンなので、今強いチームがどこなのかさっぱり分かりませんでしたが、吉原選手の所属するパイオニア・レッドウィングスは現在4位くらいの模様。1試合目の久光製薬と東レが首位争いだったみたいです。
パイオニアはJTと試合。首尾よくストレート勝ちでした。
よ、吉原と佐々木みき(愛称レオ<マジです。どういう曰くがあるのか真剣に知りたいです)がチームメイト。しかも佐々木がキャプテン。おいしい。おいしすぎる。二人とも麗しすぎです。吉原の、デジャヴュを感じさせるコケた頬、佐々木のガッチリした足。この萌え感は久々に味わいます。
この冬、私の中でVリーグが熱い!!!もう「おとめ」もとい選手名鑑を買うしか!(何か間違っている気が)


2004年01月08日(木) 始業式?

きっと今日から子供たちは学校が始まるのでしょう。姪1号は無事に宿題を終えることができたのだろうか。姪2号はちゃんと書き初めをしたのだろうか(ちなみに姪たちは二人とも突然変異かというくらい字が上手いです)。
…そうだ、姪1号の高校は二学期制なので始業式ではないんだな。
来年の今頃は受験直前で、火のついたように勉強してるのかなー。フフフフ<何やら良からぬことを考えている模様

と、なにやらとりとめのないことを考えております。
だって今日会社に行ったらものすごく忙しかったんだもーん。一日休むとやはりキビシイ。

今日、相棒のいとこさんに赤ちゃんがお生まれになりました。おめでとうございます。去年の今日、お祖母様が亡くなられたのでした。巡り合わせとはいえ、何か不思議な糸のようなものが見える気がします。


2004年01月07日(水) 警報機交換

ガス警報機発動事件の顛末をば。

昨日の日記の最後に書きました通り、夜中2時過ぎに再度赤ランプが点滅。ガス会社にまた電話して来てもらいました。
同じ人がやってきて、最初と同じようにセンサーをいろんなところにかざしては首をひねり「やはりどこも異常はないので、警報機がおかしいんだと思います。またこうなっちゃうとイヤでしょうからとりあえず外しちゃいますね」と、あっさり外されてしまいました。そ、そういうもんなのか。
警報機は交換になると思うので、明日連絡しますと言い残してお兄さんは帰ってゆきました。明日っつーかもう今日やがね。
この時点で3時。
最近、あまり夜更かししないようにしていて(というか翌日辛いので出来ない)、遅くても1時には寝ていた私の前に「3時」という時刻が情け容赦なく立ちはだかります…。まだ風邪も抜けてないのにー。

結局今日はヨレヨレで動けず、会社を休みました。新年早々なぁ…。
先日からなぜか電話の発信ができなくなっていたので、この際今日で解決すべくケーブルテレビ会社にも問い合わせ。すったもんだの挙句、午後来てもらうことになりました。
警報機の方もガス会社から電話があり、同じく午後交換に来るとのこと。

2件とも滞りなく終わりました。
電話は、私がちょっと(いやかなり)マヌケなことをやっていたのが原因だったので恥ずかしかったです。電話線の挿し口を間違えてましたー(大声で)。こないだコードがじゃまで巻いた時にいったん抜いて、戻す時に間違って挿してたんですね。大恥。
警報機はあっという間に交換されていきました。ガス漏れじゃなくてよかったです。

そして明日の出勤がコワイです…。


2004年01月06日(火) なんだなんだ

今日は相棒とふたりで「部活始め」してきました。
スポーツクラブで30分自転車漕いで、30分歩いたり走ったりして…フー。
ついでに「体重計始め」もしました(要は今年初めて体重計に乗ったということ)。相当な衝撃がありました。どうして人は好きなものを好きなだけ食べては生きていけないのでしょうか、と厭世的な気分にもなろうというものです。いや、日々の糧にも事欠く地域の人のことを思えば本当に申し訳ないのですが。だって、食べて、その食べた分を消費するためにスポーツクラブに行ってるんだもんね。矛盾だらけです。

そんなことを思いながら寒い中帰ってきて、お風呂の追い焚きをつけました。着替え終わって、台所のところでふと上の方を見たら、ガス漏れ警報機の赤いランプが点滅しているではありませんか。仰天。
最初は見て見ぬ振りをしつつこのまま寝てしまおうと思ったのですが、目の前でピカピカ点滅しているのを無視する度胸はさすがにありません。万が一爆発したらとても弁償できませんし。
ガス栓を閉めた後、ガス会社に電話。夜12時だというのに、ちゃんと来てくれました。
しかし調べてもらった結果は異常なし。「雑ガスを吸っちゃったのかもしれませんねー、まあ様子見ていただいて、また同じことになるようだったらお電話ください」と謎コメントを残して係のお兄さんは帰ってゆきました。

雑ガスってなんだ。

ピストルみたいな形のもの(センサー?)をあちこちにかざして調べている時、台所の流し排水口あたりも試していたので、流しが詰まってガスが上がってくるとかそういうことがあるのかもしれませんが…。

私達の「萌え」だったらどうしよう(どっとはらい)。
しばらく流行りそうです「雑ガス」。
とりあえず大事なさそうでほっとしましたが。


…と書いた後、また警報機を見たら赤いランプがピカピカと!
もう2時過ぎだよう、寝たいよう(号泣)
ガス会社にまた電話して、来てもらうのを待っているところです…。
俺達の明日はどっちだ(シャレならん)


2004年01月05日(月) 杏村から

仕事始めでした。誰からも「風邪ひいたの」と言われてしまう声で出陣(まだ独眼竜政宗残り気味)。
今年不思議だったのが「今年もよろしくお願いします」と事務所を挨拶して回っている人がけっこういたこと。例年、仕事納めの日はこの「事務所ぐるぐる挨拶まわり」をやっても年始はあまり見ない光景だったように思うんですが…もちろんちゃんとご挨拶するのはいいことですけど、なんとなくしょっちゅう挨拶してるみたいでめんどくさい気が…。年々、会社らしくなっていってるのかなぁ…(やや微妙な感慨)。

会社で仕事をしていると、鼻をかみたい時に自由にかめなくて困りますね。電話していてどんどん鼻声になってくるので大変でした。
で、7時前にはさっさと退社。門前仲町のお気に入りのお店にいきまして、喉に良いという杏仁酒をソーダ割りにして飲みました。
「杏仁(キョウニン、アンニン)とは、アンズの種の中身のことで、硬い殻の中にある薄い皮に覆われた白い粒状のもの」だそうです。確かに痰が出やすくなったような感じがする…かな?
連想で中島みゆきの「杏村から」を思い出しました。3日から「夜会」やってるんですよね。最初の夜会を観たのも懐かしい思い出ですが、みゆきさんはもう51歳になるのか!ちと愕然。


2004年01月04日(日) 独眼竜政宗

午後1時からNHK総合で、1987年放映の大河ドラマ「独眼竜政宗」の総集編をやっていました。昨日の1〜2部は相棒に録画してもらい、今日は録りながら見ました。
本放送は私達が高校2年の1月から。毎週テレビに文字通りかじりついて見ていたくらい好きな作品でした。今回、NHKで大河のリクエスト投票をして、1位になったようです。それも当然だよなー、と総集編を見終えて改めて思いました。
とにかく面白いんです。キャストも皆生き生きと演じていて素晴らしいですし、ストーリーは見応えたっぷりで飽きさせない。私も相棒も「そんなに泣かんでも…」と思うくらい立て続けに号泣してしまいました。
高校生だった放映当時と比べれば、見ている自分自身もだいぶ大人になっておりますので、感動もより深いと申すもの。
最終回、亡き母義姫が臨終の政宗を迎えにやって来るのがラストシーンだと記憶していたのですが、それは私の勘違いだったんですね。
その場面の後、長年の忠臣ふたりが朝の廊下をやって来、政宗を起こそうとしてこときれているのに気付いて「南無三!みまかられたか!」と慟哭するのにもう一人が「殿はお帰りになられたのじゃ、この世には客として参ったと常々申しておられたではないか」と諭す、というシーンがありまして…大泣きしてしまいました。
凄いよジェームス三木!天才だよ!思わず公式サイト見に行っちゃいましたよ!(もともとは歌手だったとは知らなんだ)


2004年01月03日(土) 車でらくちん

実家でのお正月休みは今日で終わりです。
去年のこの時期も同じことを書きましたが、自宅にやっと帰れると思うと実にほっとします。特にこの年末年始は風邪をひいていたので…。

長兄一家が帰って、急に静かになりました。それから買い物に行って、父の食事を作り置き。昨日の鉄板焼きのお肉が残ってしまったので、100グラム780円の牛肉で豪華な肉じゃがを作りました(笑)。

5時少し前に、次兄の車に乗せてもらって出発。私の家まで送ってくれることになったので、荷物を宅急便で出す必要もなく、ほんとに楽でした。
高速道路も少し渋滞しましたが、2時間半ちょっとで到着。いやー、ほんとに楽でした。ありがとうアーミテージ(次兄のこと)。

温泉帰りの相棒と4日ぶりに再会して、お茶を飲みながらお互いのお正月報告。家はいいものです。


2004年01月02日(金) 一杯の紅茶と共に

父が新年ゴルフのため、本日6時半起き。ぐう。
昼過ぎ、みんなでデパートに行きました。姪一号はさんざん迷ったあげく福袋はパス。高校生のうちから人生守りに入ってどうするよ(笑)。一番のお目当てはEASTBOYの福袋だったそうですが、元日だけだったのかそもそも存在しなかったのか、とにかくありませんでした。でも明日からバーゲンらしいですが。

私は取り立てて何も買わず、花林冬(昨年11/2の日記参照)で紅茶をいただきました。相変わらずお客さんがいなかったので、振興策として普段あまり紅茶に縁のない長兄一家と次兄も無理矢理連れ込みました(笑)。姪達は二人とも紅茶が飲めないので、ケーキおごりました。二人はなぜかかりんとう大好きっ子で、私の分のかりんとうもすっかり食べつくされてしまいました。
努力の甲斐あってか、私達のあとにお客さんが二組も入ってきました!(特に因果関係はないでしょう…)

2時半、ゴルフから帰宅した父が玄関で転び、向こうずねに大きな擦り傷をこしらえてしまいました。その時に手を突いたせいで小指も痛いと言いながら「小指が痛い♪とかいう歌があったよな」とか抜かしているトボけた父を誰かなんとかして下さい。それは転んだんじゃなくて噛まれたんじゃ。
それにしても近頃ちょっと足が弱ってきているというか、バランスを崩しやすくなっているようで少し心配です。

今年も箱根駅伝でVISAジャパンのCM春野寿美礼様バージョンが見られてなんだか幸せでした(笑)


2004年01月01日(木) そして新たな年が明ける

新年あけましておめでとうございます。
今年もぽちくらをどうぞよろしくお願い申し上げます。

実家のご家族と温泉年越しツアーにお出かけ中の相棒と、今日の午前中に携帯で話をしたんですが「あけおめー」「ことよろー」と言い合いなんだかアホっぽくて笑えました。

お昼過ぎ、初売りをやっている地元デパートにふらっと行ってみました。けっこうな人出でびっくり。恐るべし福袋パワー。売り切れてるのもあったくらいで、ここがこんなに混んでいるのを久々に見ました。
私は何が入っているのかわからない福袋には興味がないので、冬物バーゲンに走りました。セーターとスカート2枚…元日から散財かい。
母が昔よく「お元日はお金を遣わないようにしないと、その年一年お金が逃げていくのよ」と申しておりました。ダメじゃないか私。
でも、昨日までは必要な物を買うのだけで全精力を使い果たしたってくらい具合が悪かったんです。特に要るわけでもない洋服を買おうという気が起きるというのは体調が上向いてきた証拠かと…
どう書いても言い訳なのでやめます。

夕方、長兄一家が犬2匹を連れてやって来ました。姪たちも元気です。
姪一号(高校2年)は、英語の副読本持参。それ、こないだのお盆に読んでたのと同じじゃないかい?
姪二号(小学5年)は、私が先日の大掃除で発掘して磨きかけていた銀杯(かなりの年代物で、すごく黒ずんでいます)を見つけ「ティッシュに口紅をつけて磨くとキレイになるってテレビで言ってた」と言い出し、熱烈に磨いておりました。意外なミガキスカヤ(磨くことが好きな女性のこと、もちろんウソです)の才能を発揮しておりました。

7人がかりだと、いちご4パックもあっという間になくなります。爽快ですね。


timuta |MAILHomePage