☆ Moekyonta Diary ☆
moekyon



 先超された出産祝い

日曜日にもかかわらず、保育園の年長児全員参加で
着ぐるみ演劇を見に行く行事があって、トーチャンに
送りに行ってもらった。
集まったお母さん達に、「出産オメデトウ」を
言ってもらったらしいけど、誰が誰だかわからないので
私も誰に言ってもらったんだかわからない(?)

家で留守番してる間に、8月末に女の子を出産した
保育園の友達のママが、ケーキとお祝いを持って
訪ねてくれた。ひ〜私は他の友達と一緒にお祝いしようと
思ってまだ何もしてなかったのに、申し訳ないよ〜!
先超されてしまいました。
外に出られるようになったら、さっそく何かしなければ。



2004年10月31日(日)



 やっときたトーチャンの休日

出産翌日からモエカの入院付き添いでずっと朝寝坊
できなかったトーチャン、久しぶりの休日。
隣でケータが大泣きしていてもしっかり寝ていた。

そのケータくん、いい子で寝てるときはおとなしいけど
寝る前の暴れ方がすごい。顔を真っ赤にして息を止めて
全身で泣くので何ごとかと思うよ。
モエカの時は、初めてだったのでそんな風に泣いたら
おろおろしていたけど、3人目ともなると余裕。
さすがにかわいそうなので抱っこしてあげるけど。

トーチャン、昼ものんびりしたそうだったけど、
私が休めるようにと、子供達を連れて買い物に行って
くれた。ありがとう。
でも、そういう誰もいないときに限って電話がきたり
宅配便が来たり来客があったりするんだよね。

2004年10月30日(土)



 実家の母に怒られそう

前の日記にも書いたけど、出生届をじいさまが出した時に
子供の父か母じゃないと受け付けてもらえない書類が
あって、児童手当やお祝い金をもらうための手続きで、
今月中にしないと来月から手当がもらえないので、今日
市役所まで行ってきた。

こんなことを日記に書くと、実家の母に
「3週間寝てろって言ったのにとんでもない!」って
言われるのが目に見えてるけど、もう仕方がない。
キョチを産んだ時なんて、あとちょっとで床上げという
時に、モエカと外に出ただけで怒られた。

だって3人目は、児童手当が一人目二人目が5千円
なのに月1万円なんだよ。お祝い金は5万だし。
これは大きいです。一月分でも多い方がありがたい。

市役所までは近道歩いて5分。2週間ぶりに外に出たら
街路樹はすっかり赤や黄色に変わっていた。秋深し。
出歩いてなかったせいもあると思うけど、ちょっと歩いた
だけでさすがに疲れた。
やっぱりまだ産後の身体は大事にしないと。
実家の母ちゃんに「ほら見たことか」と言われないように。



2004年10月29日(金)



 ばあちゃん頼みで大忙し

今日は予定がたくさん。
モエカの退院後診察とキョチの入園申し込みの日。
私はまだ床上げ前なので、ばあちゃん頼みである。

ほんとは受診予約が昼だったんだけど、保育園の受付も
午後1時からなので、朝いちで連れていって診てもらい
そのまま保育園に送っていって、久々の登園。

午後からはキョチを連れて保育園申し込みへ。
モエカの時は私が行ったんだけど、知ってる人が
いなかったのでドキドキだったっけ。
今回は二人目ということもあり、ばあちゃんでも
大丈夫だったみたい。たぶん入園できると思うけど。

キョチはモエカのお友達に人気者だったって。
でもモエカは知らんぷりですましてビデオ見てたって。
恥ずかしいのかな?

ケータくんはお乳をよく飲むのだけど、飲み過ぎると
ちょっとゲボっと出る。なので許容限界はあるようだ。
キョチはいくら飲んでも吐かずあんなに肥えちゃった。
発達は遅かったけど、今は丈夫だから結果オーライだよ。


2004年10月28日(木)



 驚く2歳の生命力

キョチが赤ちゃんの名前に「あやと」くんがいい、と
言っていた訳が今日わかった。
私はあまり見たことがない教育テレビの子供番組で
レギュラーで出てくる子の名前が「あやとくん」だった。
なーるほど。ここから出てきた名前だったのか。

今日は朝その子供番組を見ただけで、テレビつけないで
いたのだが、3時頃何もすることがないので何気なく
リモコンを押すと、どの局も同じ映像を映していた。

行方不明になっていた子供が、埋まった車の中から
96時間ぶりに救出された!という。ほとんど絶望視
されていたのに、奇跡というしかない。
最初は母親と上の子も生きているかのように報道して
いたので、早く助けてやって!と固唾を飲んで見ていたが
実際は土砂に圧迫され即死状態だったらしい。

それにしても真っ暗な穴の中で2歳の男の子は96時間も
がんばっていたなんて、ほんとに驚くばかり。
生命力の強さと、発見と救助のタイミングが幸運だった。

でももし自分の子が4日間もそんな状態にいたら…
恐ろしい。っていうか想像を絶するよ。
どうしてたんだろう…

助からなかった母親と3歳の姉は無念だと思う。
でも、そのぶんもきっと力強く生きるだろう。
優れて太い生命力を持った男の子だもの。

2004年10月27日(水)



 深まった姉妹の絆

モエカは、体調はほとんどいいのだが、まだ咳が残る。
退院したけど、今週木曜日の退院後診察までは保育園は
休んで、おうちで大事にしてください、とのこと。
そういうわけで園に連絡して、お休みすることにした。

ほとんど元気な子供が家にいると、相手に困るけど
1週間離ればなれだったモエカとキョチに互いの
大切さを痛感したのか(?)前よりも仲良くなって、
二人だけで2階で楽しそうに遊んでいる。
おかげで私はケータとゆっくりお昼寝できる。
もしモエカが園に行ってたら、キョチの相手も
しなければならないので、身体が休まらなかったと思う。
不幸中の幸いっていうか、結果的によかったというか。

他にも、モエカの入院で実家の母に来てもらって、
産後の不安定な時期に側にいてもらえたのはよかったし、
トウチャンも、毎晩付き添いでかなり身体がきつかったと
思うけど、がんばったと思う。感謝感謝。
家のじいちゃんばあちゃんも、キョチも、みんなそれぞれ
がんばったよ。家族の絆も強くなったかな。

入院中に世の中では台風や地震の大被害が起こるし。
こんなにいろんなことが一度に起こることはそうそうない。
ケータくんの誕生日が来るたびに、思い出すことでしょう。

2004年10月26日(火)



 出生届と3人目お祝い金

名前が決まって、さっそくおじいさまが出生届を出しに
行ってくれた。上二人は、私の実家の市に提出したので
ここの市役所に出すのは初めて。

出生届って基本的には両親がだすことになってるそうで
3人目出産にはお祝い金も出るそうだが、じいさんでは
ダメで、母親か父親本人が行かないともらえないんだって。
そうはいっても、平日トーチャンは仕事だし、私は産後で
外出はまだ不安。キョチの時は名前を入院中に決めて、
退院した足で市役所に行ったんだけど、今回は
それどころではなかったもの。
もう少し日がたって調子がよかったら出直そう。

市からの出産祝いはアルバムもあって、3人目出産には
5万円のお祝い金をその場でいただけるそうだ。
振り込みじゃないってところが太っ腹。
私の出産費用と、モエカの入院費で今月50万余りも
病院に払い込んでいるうちとしてはありがたい。
子供の医療費と出産一時金30万は後で戻ってくるけど。

市民の皆さんは意外と知らないのでは。
大事な税金を、息子のためにいただいてスミマセン。


2004年10月25日(月)



 みんな揃って命名会議

モエカの退院許可がでた。
ゆうべから泊まりで付き添っていたトーチャンがお昼前に
一人で全部片付けて、帰ってきた。
モエカは先週の半ばのことを思うと別人のように元気。
子供はやっぱりこうじゃなくちゃ。
初めて赤ちゃんと近くでご対面。姉ちゃんだよーだって。

実家の母からも電話がきた。
疲れて眠ってるだろうからこちらから連絡するのは控えてたのだ。
やっぱり在来線の特急の中に4時間くらい動かなかったって。
でも売店のある駅に停車していたので食べるものは買えたそうだ。
線路上で立ち往生してたんじゃなくてよかった。

みんなが揃ったところで、赤ちゃんの名前を決めることになった。
候補は、子供達が考えた「あやと」漢字は「郁人」か「綾人」
トーチャンの希望で「けいた」漢字で「恵多」「恵太」
ほんとは「恵輔」が第一希望だったんだけど画数が多いので却下。

ネットで姓名判断などして「郁人」がいいかなーとかなり
ポイント高かったんだけど、最終的に、読みやすさ、呼びやすさ、
書きやすさを考えて「恵太」に決まりました。

うちのニューフェイスは「ケータくん」です。




2004年10月24日(日)



 母、地震で連絡とれず

実家の母は、JRの1週間有効の格安チケットでこちらに来たので
有効期限は明日までなんだけど、何か用事があるといって
今日午前中の高速バスで東京に向かった。
新宿駅から東京駅に向かうのに不安だから、と横浜の妹に
頼んで。妹には、母が来るときもお迎えと泊めてもらって
今回のことを陰ながら支えてもらってありがたかった。

今日はトーチャンに少し休んでもらおうと、家のばあちゃんが
モエカの付き添いに行った。
だいぶ調子がいいらしい。もしかしたら明日退院できるかも、
とのこと。それならありがたい。月曜日になると、また
付き添いの交代が大変だ。トーチャンだって勤めながら
病院に泊まるのはそろそろ限界だろう。

夕方6時前、地震速報が入った。
キョチと見ていた教育テレビのおじゃる丸が、突然報道番組に
変わって、チャンネル変えないで〜と怒る。何もしてないよ。

新潟の中部で大きな地震があったようだ。
そういえば、母は今頃どこにいるんだろう?
妹が送っていって8時ごろに着く電車に乗ったとメールが
来ていた。とすると、今ちょうど新潟で乗り換えたあたり?
新幹線も在来線もストップしたとテロップが。
そして上越新幹線脱線のニュースも。

母は携帯電話を持っていないので、連絡も取りようがない。
妹と連絡をとって、脱線した新幹線ではないことがわかった。
たぶん、乗り換えた特急「いなほ」の中だろう。
どこかで停まってるのだろうけど、いつ動き出すのかも
わからない。だから明日帰ればって言ったのに。

実家のおばあちゃんにも電話してみた。
新潟地震以来の大きな地震だったって。昭和39年だから私も
経験がない揺れだったようだ。
こんなとき、実家の父は仲間と琵琶湖に旅行中。
なんてタイミングの悪さ。

夜中の1時半。妹からメール。母が無事家についたって。
やれやれ。 やっとほっとして授乳して眠った。

2004年10月23日(土)



 母とベビーは無事退院

モエカの闘病記みたいになってしまったが、今日はもう
出産から6日目。初産の人は7日目退院だけど、経産婦は
だいたい6日目退院である。

うちの赤ちゃんも、姉ちゃんのおかげで新生児室に預けられる
ことが多かったけど、よく泣きよく飲みよく眠り、
お乳の出始める4日目までは体重が減ったけど5日目からは
100g単位で増え、今朝でほぼ出生時体重に戻った。
おっぱいも一回平均60〜70g出るようになったので合格。
私の退院診察も、まだ傷が痛いけど、融ける糸だそうで
自然に治るのを待つしかないようだ。

赤ちゃんの退院診察してくれた小児科の若い先生が、
「モエカちゃんそっくり!」
それで、モエカのほうはどうでしょうか?とついでに聞く。
「胸の音も前よりよくなったし、退院は週明けでしょうか」
週明けっていうと月曜日か火曜日あたりか。
一緒に退院できたらって思ったけどやっぱり無理だね…

今日はほんとなら小学校の1日入学で身体測定とかある日。
その予定でトーチャンは最初から休みをもらっていた。
私の退院と重なって、ちょうどよかったと思っていたのに
まさか本人が入院してしまうとは。
トーチャンも疲れと寝不足で抵抗力が落ちたのか眼にモノモライ
ができて痛そう。午前中時間があったので眼科受診していた。

午後からは待望の退院。モエカと母を残して帰るのは
心残りだが、週明けを待つしかない。
家ではもう一人、さみしい思いをして待っているキョチがいる。

おうちへ着くとキョウカが歓迎のお出迎え。
「もう、お腹いたくない?」と心配してくれた。
キョチもお母さんも姉ちゃんもいないのによくがんばったね。

みんなが揃う日まであと少しがんばろうね。

2004年10月22日(金)



 原因がわかって回復の兆し

午前中、モエカは採血と浣腸でまた大暴れして、
看護師3人がかりで押さえつけられたらしい。
私が行くと、ぐったりしてスプーンも持てない様子なのに
どこにそんな力が残ってるのか不思議である。

昨日、あまり行っちゃいけないと言われたけれど
マスクをしていれば看護師さんも目をつぶってくれてる
ようで、戻ってからも目につくように手を洗ったりした。
冷静に考えて見ればもっともなことだ。
モエカがもし感染性の病気だったら私が病原菌運び屋に
なってしまうもの。

昼過ぎ、ご飯を食べて様子を見に行くと、ちょうど
回診が終わった先生が「今から話に行こうと思ったのよ」
ナースステーションで座って話を聞いた。
検査結果を見ると白血球もCRPも下がって炎症反応はない。
お腹を痛がって吐くのは、点滴している気管支拡張剤の
影響ではないかと。それで昼からその点滴をやめて
吸入だけにするとのこと。それで様子を見ましょうって。

そういえば前にも、うちで飲んだテオフィリンで
同じように気持ち悪くなったことがあった。希に身体に
合わない子がいるって聞いてたけど、そのせいだったとは。

その後、病室に行くと比較的落ち着いた様子。
お腹はまだ少し痛いっていうけど、何か食べたいものが
あるか聞いたら、りんごが食べたいと言った。
今まで痛がって何も食べたがらなかったから少し進歩だ。
おやつにでていたバナナクレープが残っていたので
私が食べてもいい?と聞いて少し食べた後、モエカも
食べる?と聞いたらうなずくので食べかけを渡すとぱくっ。

入院してからほとんど何も食べられなかったのに、
やっと食べてくれた、と思ったら、また泣けてきた。
食べられれば、回復の兆し。

2004年10月21日(木)



 産後ブルーで涙ぼろぼろ

モエカの病状はよくならなくて、お腹が痛いと言って
何も食べないし、ぐったりとして起きてもいられない。
小児科の看護師さんには、私が出産で家にいないから
寂しいせいもあるかもね、となぐさめられた。
私がお腹をさすると、少しいいという。

産科に戻ると、こんどは別の看護師さんが、マスクを
持ってきて「こんなこと言いにくいんだけど…」
小児科の病気を新生児にうつしては困るので、なるべく
行き来する回数を減らして欲しい、行くときはマスクを
して、病児には触らないように、戻ったら手を洗うように、
などと、ごめんねという言葉をはさみながら言った。

病院としては当然の対応であることは、わかる。
でも、側にいてやりたいのにいてやれない、行っても
触ってはいけない、そう思ったら涙がでてきた。
ベッド周りのカーテンを閉めて授乳をしていたら、
小児科の看護師長さんが声をかけてくれた。
私が勤めていた時から懇意にしてくれたいい師長さんだ。

その顔を見て、思ってることを話したら、だーっと
涙がでてきて止まらなくなった。
これは、産後のホルモン変化のせいだ、とわかったけど
泣けてきてしょうがない。
優しい師長さんは、話を聞いてくれて、食事の席を
隣にしてごらん、とか、モエカちゃんはA型でしょ、
とか気を紛らすことを言ってくれてようやく治まった。

午後は、母に任せて小児科病棟には行かなかった。
夜にかけてトーチャンが交代したが、投薬も吐き気止めも
拒否して、力ずくで座薬をさそうとしたら、本気で暴れて
トーチャンでも押さえられなかったらしい。
ちょっとショックだったようだ。
家では薬を飲むのも座薬も嫌がらず、聞き分けがいいのに
どうしちゃったんだろう…
薬飲まなきゃずっとお腹痛いままだよ…


2004年10月20日(水)



 実家の母が付き添い

朝までトウチャンに付き添ってもらって、5時半に授乳して
小児科病棟へ。同じフロアなので近くて便利。
10時までは預かってもらえるのでその間私が付き添い。
朝ご飯も、お膳を運んで一緒に食べた。
でもいまいちお腹が痛いといって食べたがらない。
パンにジャムつけたのを少し食べただけ。

昼に母が到着した。昨日のうちに横浜の妹のところまで
来て、今朝高速バスで向かってくれたのだ。
昨日電話でSOSしてからすぐ準備して来てくれたそうだ。
こんな形になってしまったけど、初めて長男とご対面。
私も実母に産後に会えるのはうれしいし心強い。
午後からずっと付き添って夜も泊まってくれた。

それなのにモエカの病状はあまりよくならなくて、
お腹痛いお腹痛いと言って何も食べなくなってきた…

預けっぱなしの長男もかわいそうなので、午後からは
ずっと部屋に連れてきた。4000近かったキョチを思うと
新生児ってこんなに小さかったっけ…
先生からは、これが普通ですって言われたけど。

3日目になって、やっと乳が出始めたようだ。
まだ張るほどじゃないけど授乳後20gくらい増えるので。


2004年10月19日(火)



 緊急事態で実家にSOS

夕べは初の母子同室だったんだけど、1時間おきに
泣いて、おっぱい吸わせても出ないし、夜中に3回くらい
授乳室に出向いて追加のミルクをもらいに行ったので
朝、とてもつらかった。これならまだ夜だけ預けてたい。

午前中、傷の処置をしてもらっていると家から電話という。
なんだろう。でてみるとばあちゃんから。
モエカが腹痛と咳で遠足休んだって。これから小児科に
行こうと思うけど、診察券だしてもらえるか、って。

まいったなー。こんな時に具合悪くなるなんて。
でもしょうがない。そんなにひどいとは思わなくて
小児科外来までパジャマのまま降りて診察券だしてきた。

受診時にベビーを新生児室に預けて行ってみると、確かに
咳がひどく吸入を受けていた。軽くすむといいけど…

夕方授乳室にいると、小児科の先生が直接私の所にきて
「午前中診察したんだけどモエカちゃん、今また来て、
 朝よりぜんそくがひどくなっているから入院させた
 ほうがいいと思うんだけど……」

緊急事態発生!
私は付き添いできないし、うちにはキョチがいるから
ばあちゃんも無理。こうなったら実家か妹に頼むしかない。
携帯で連絡をとった。
今晩はトウチャンに泊まってもらうとして、明日からが
大変だ。結局、母に来てもらうことになった。

モエカ、最初は大部屋に決まったんだけど、私が行き来
するには個室のほうがいいと思って、知ってる看護師さん
にお願いして部屋を変えてもらった。1日3000円だけど
しょうがない。他の病気をベビーにもらっては困るし。

今夜はベビーを新生児室に預かってもらって授乳の時に
呼んでもらうことにした。


2004年10月18日(月)



 だいぶ変わった授乳方法

きのうの出産が午前2時だったので、0日目が長くて
ゆっくり休めた。キョチは夜9時だったので、分娩台で
休んでるうちに0日目が終わって、すぐ1日目になり、
さっそく1日目のプログラムで調乳指導なんかがあって
すごく疲れた記憶がある。
深夜なので、深夜料金になるけど、1日得したと思えば。

というわけで、今日は1日目。
6月から母子同室が3日目から1日目になった。

他にも、授乳前に乳首をクリーンコットンで拭かなくて
いいし、乳房マッサージもしなくなった。
3時間ごとの授乳時間というのもなくなって
泣いたらおっぱいを吸わせるというやり方に変わった。

でもまだお乳がでてないので、泣いたら吸わせるのは
痛くてたまらない。刺激で子宮が元に戻るし
おっぱいを出すホルモンの分泌を促進するらしいけど。
産まれてすぐ指を吸ってたしお腹の中でも指くわえて
たから、吸う力もすごいのだ。

昨日、今日と子供達が来てくれた。
前の病院では病室に入って対面できたんだけど、ここは
新生児室の窓越しにしか会わせてもらえない。
健康な子供なら感染なんて気にするほどじゃないと
思うけど。そこがちょっと不満。

2004年10月17日(日)



 2時16分男の子誕生!

だんだん痛みが強くなり、0時半頃には間隔も短くなった。
人が痛くて苦しんでるのに、椅子ですーすー寝てる
トーチャンがうらめしい。助産師志望の学生さんが、腰を
さすってくれて、少し楽だった。

さらに1時半くらいには身体のふるえが止まらないほど
痛いので、寝てるトーチャンを呼び起こしてさすって
もらった。が、痛みが次から次と来るのでナースコール。
内診しますね、と準備をしてるうちに、1時45分破水。

急に慌ただしくなって、超痛いのに分娩室まで歩かされ、
トーチャンは立ち会い着を着せられ、分娩台に登り
スタッフ総出で準備を始めてくれた。

この頃、いきまない出産方法をとってるらしく、痛くても
息を大きく吸ったり吐いたりしていきませない。
それでも赤ちゃんがだんだん下がってくるのがわかった。

数回の強い痛みの間に頭がはまって、
一気に産まれればいいのに、次の陣痛までの間の痛いこと。
股間が裂けそう。実際何カ所か裂けてた。

つかまり棒につかまってる手をトーチャンの大きな手が
握ってくれて心強かった。

2時16分、にゅるにゅるっと赤ちゃんがでてきた。
最初にかわいいたまたまが目に入った。やっぱ男の子。
3158g、予想より小さい。だから早かったのかな。

一人目は微弱陣痛で2日も苦しみ、二人目も大きくて
なかなか下がらず、100回くらいいきんで体力消耗し、
どちらも陣痛促進剤と吸引とお腹押しで「産まされた」
出産で、産後もかなり疲れた。
けど、今回のお産は、痛いのは最大に痛かったけど
時間も短かったし、いきみで体力も使わなかったし、
トーチャンもついててくれたので、直後も疲れて
なかった。いいお産だった。

でもその後の裂けたところを縫うのが痛かったよー。

2004年10月16日(土)



 いよいよオシルシが…

今日はモエカお弁当の日。
かわいいおにぎりを作り終わったら急にトイレに行きたく
なった。行ってみたら、あらびっくりオシルシが。
ゆうべトーチャンが遅かったので赤ちゃんが下がるツボに
お灸をしたせいだろうか。

とりあえずモエカの送り迎えをばあちゃんにお願いし、
お腹が痛くならないうちに、部屋を片づけたり入院の
必要品を確認したり、どこにも行かず家で過ごした。

夕方まで特に変わらず、4時頃から時々強いハリが来る
ようになった。でももう平日昼料金では間に合わないな。
トーチャンになるべく早く帰ってこれるようにメール。
夕飯も普通に食べ、お風呂に入り、子供達を寝かしつけた。
その間にも時々強い張り。

経産婦は15〜10分おきに痛みが来たら来院というので
気にしていたら、10時頃に間隔がそのくらいになって
そろそろ行ったほうがいいかな、と病院に電話。

10時半に病院に行くと、陣痛室に入れられて、内診で
子宮口3〜4センチ。まだ全開までかかりそう。
病院のベッドに横になったらほっとしたのかまた陣痛が
遠くなった。モニターをつけたけど、12時までに3回
くらいの強い張りが来ただけ…。赤ちゃんもおとなしい。

昨日も遅かった父ちゃんは横の椅子で居眠り。
長い夜になるのかな…。

2004年10月15日(金)



 やっぱりムーンパワー?

夕べは新月だったんだって。
今日は日食だった。色の濃い下敷きがなかったので
子供のおもちゃで使えそうなものを通して太陽を見た。
日食を見るのは何年ぶりだろう。小学校以来かな。

月の力が出産に関係あるのかないのか異論はあるけど
今日、なんと二人から出産報告のメールが!

私より予定日が3週間遅いはずだった従妹。
おととい破水して緊急帝王切開で昨日産まれたって。
まだ少し小さめだけど元気らしい。

その後アクアでこの間まで一緒に食べ歩きしてた友達。
予定日は19日で私より3日遅かったけど、早くなりそう
って言ってて、今朝産まれましたって。
9時に出産して11時にメールくれるなんて余裕だなあ。

私には月のパワーが届かなかったようだな〜
そういえばキョチの時が新月だったけど、陣促剤で
無理におこした陣痛だったし。
焦るわけではないけど、延びるとでかくなって大変よ。

そういえば二人とも男の子だって。


2004年10月14日(木)



 トイレが近いのだけど

会う人に、「まだぁ?」と聞かれるのだけど、まだなのだ。
お腹の張りは強くなって、回数も増えてきたけど、
陣痛だったらこんなものではないはず。
トイレが近いのだけど、児頭が膀胱を圧迫しているせいか
思ったように出なくて、なんか気持ち悪い。

実家で出産した時は、親に大事にしてもらって何も
しないで、健診の送り迎えもしてもらっていたけど
今はまだ自分で運転して行ってるし、保育園の送り迎えも
歩いて行ってるし、比較的動いてるので、運動不足では
ないと思うんだけど…安産だといいなぁ。

産まれたらしばらく外出できないし、キョチとのんびり
遊ぶ時間もなくなると思い、近くまで散歩して、
公園の朝顔の種をとったり、どんぐりを拾ったりした。
日中は暖かいけど、朝晩は涼しくなったよ。
風邪ひいたりひかせたりしないようにしなくちゃ。


2004年10月13日(水)



 39週と3日目健診

39週目のニンプ健診。
そろそろ最後にしたいものだけどまだ気配がない。

今日はNSTの間、ベビーは寝ていたようでおとなしくて、
お腹にブルブルっと刺激を与えられたにもかかわらず
なかなか起きなかった。夜はボコボコ激しいのに。
夜型なのかな。産まれてからもそうだったらたまらんな。

診察は、予想体重が前回と変わってなかったけど
先生は何も言わなかったし、計測なんてアテにならない
と思った。いつ産まれてもいい状態になると対応も
なんかいい加減っていうか、事務的な口ぶりでちょっと
がっかり。次々と診察妊婦が控えてるから仕方ないか。

子宮口の開きは指1本分ですって。
次回は1週間後、予定日過ぎると週に2回の健診に
なりますって。検診費がかさむよぅ〜早く産まれてくれー。

2004年10月12日(火)



 お昼寝させない作戦

昨日は台風一過とはいえ風が強く、午後から雨になったが
今日は一日中秋晴れで汗ばむ天気。昼に半袖に着替えた。

ゆうべは子供達、3時から5時まで昼寝したせいか
夜ねむれなくなり、BSで新選組が始まる10時までに
なんとか寝かしつけたかったのに、ちっとも寝ないので
結局起きて、勝手に遊ばせておいてTVを見た。
そのうちトーチャンとばあちゃんが寝かせてくれたけど
結局11時近くまで寝なかったようだ。

今日も、二人とも昼寝せず、私が昼ご飯後眠くて
ごろんと転がってうとうとしていた小1時間、子供達は
二人だけでままごとのようなことをして遊んでいた。
二人でも遊べるようになってありがたい。

結局また変な時間に寝られると夜眠れなくなると思い、
昼寝させない作戦に切り替え、買い物しにいったり
夕飯もお風呂も早めにすませていつ寝てもいいように
したら、8時前後に寝てしまった。

キョチも昼寝しなきゃしないで夜しっかり眠れていい
のかも。あんまり長くお昼寝させないようにしよう。

2004年10月11日(月)



 運動会の掛け持ち

台風一過、朝からいい天気で運動会開催の電話連絡がきた。
今日は、町主催の運動会も予定されていて、小学校が
順延になったために重なってしまって、小学生とその
家族はでられなくて、年寄りと幼児ばかりだったけど
それなりに盛り上がってご近所コミュニケーションした。

私は何も出られなかったけど、子供達は幼児の種目に
でてお菓子をもらい、トーチャンは10人縄跳びに出場。
毎年のことだけど見るとやるのは大違いで、なかなか
ハードな縄跳びである。トーチャンへとへと。

それが終わると、すぐモエカと小学校へ。
来春入園児の種目があるので10時まで集合ということで
忙しく行ったのだけど、小学校のプログラムも遅れて
いて、そんなにあわてて行くこともなかった。

さて、モエカ達のでた種目は「旗拾い」といって
この辺の小学校では恒例らしい。実家にはない習慣だ。
50mほどのコースを仮りのクラス30名が1列に並んで
旗を2本拾ってゴールする単純なものなのだけど。

モエカ、スタートしてから最初の旗のところでおろおろ
している。他の子はとっくに2本目を拾ってゴールなのに。
本数が足りなかったのか、探せなかったのか。
なんか要領が悪いっていうか、争って取ることが
できないっていうか、かわいそうでせつなかったよ。
長女のせいなのか私に似たのかな〜

その後、冴えない顔で戻ってきた。がんばったね、と
言ったけど、元気なかったよ。かわいそうに。
親には何も言わなかったけど、ばあちゃんには
「他の子に旗をとられて自分のがなかった」って
言ったらしい。小学校へのイメージ悪くなったかなあ。
トーチャンはカメラのキャップ落としちゃうし
ちょっと初めての小学校行事でつまづいた感じ。

さすがに運動会掛け持ちは疲れて、午後しっかり昼寝。
おかげで子供達、夜なかなか眠らなくて困った。


2004年10月10日(日)



 雨の中、床屋さんへ

台風の影響で今日も雨。小学校の運動会も延期になった。
どこにも行かず、おうちで過ごした。
いつ陣痛が来てもおかしくない状況なので、
余裕のあるうちはなるべく子供達と遊んであげようと
午前中は一緒にケーキを作ったり、粘土細工したりした。

午後は、動いてないせいか昼寝もなかなかしないので
トーチャンに床屋さんに雨の中連れていってもらった。
お隣を壊したおかげで、近道して行けるようになった。
モエカだけのつもりだったけど、キョチも行くって
いうので、おかげでつかの間の休息。

できあがってきた二人は、さっぱりとしてかわいい。
また男の子に間違えられるだろうけど。
まだそんなことを気にする様子もないのでいいよ。

いよいよ39週に入り、秒読みです。
なんか夜になって強い張りがきたので、来たかな?
と思ったけど陣痛ならこんなもんじゃないな。



2004年10月09日(土)



 きれいになった耳の中

朝から終日、雨。
明日の小学校の運動会も延期だって。10日もだめなら11日。
だけどこんなに雨降った後だと晴れてもどろんこだろうな。

先週耳鼻科に行った時に、奥にこびりついた耳垢を
取るために、前日から処置してまた来るように言われて
耳垢をふやかす薬を処方してもらって、昨日から
耳の中にそれをたらして柔らかくした。
耳に液体を入れると想像しても、気持ち悪いだろうなーと
思ったけど、モエカは嫌がらずにやった。

今日も保育園に行く前に耳鼻科行ったんだけど
モエカのえらいところは病院や歯医者に行くのを
嫌がらないことだ。痛いことをされるかもしれないのに
拒否せず素直に来るもの。

でも今日は前より痛かったらしい。
ピンセットで耳の中をいじられて、足をばたばたしたので
動いちゃだめ!ときつく言われていた。
また汚い固まりがひとつとれた。これですっきりしたかな。

耳のそうじは奥のほうまでするのは怖いし、難しい。
どうしたらいいか聞いたら、無理しないで困ったらまた
診せにくるようにとのこと。

2004年10月08日(金)



 赤ちゃんのゆりかご

今日は秋晴れのいい天気。
近くの小学校から運動会練習の音がする。
でも明日からしばらく予報は雨。台風も近づいてる。
9日の予定が延びたら翌日になるんだけど、10日も11日も
雨みたい。どうなるのかなー。
モエカ達、来春入学する子が出る種目もあるので
それによって左右される。弁当はいらないけど。

天気がいいうちに、またぼちぼちと片づけや準備。
赤ちゃんのゆりかごにベッドを作って、仮に
ぬいぐるみを寝かしてみたら、
「キョウちゃん、ゆすってあげる」
と、ゆりかごを揺らしながら、いつも寝際に歌って
いる「ゆ〜りかご〜のう〜たを〜♪」を
でっかい声で歌ってくれたよ。
いいお姉ちゃんになりそうだよ。

2004年10月07日(木)



 入園理由が見つからない

キョチの入園説明会があった。
今月は、小学校の1日入学もあるし、結構忙しい。

入園説明会はモエカの時も来ているので、必要書類を
もらって、近所の知り合いママとずっとしゃべっていて
気がついたら終わっていた。
第一子の入園を控えたお母さん達は真剣に聞いていたけど。

3歳になれば入れるものと思ってすっかり忘れていたけど
入園させるには、私が面倒見られない理由が必要だった。
考えてみれば来年4月時点では仕事もしてないだろうし
出産前後2カ月にも当てはまらない。
介護もしてないし、病気でもない(と思う)。
どうしよう!

上の子の時は「農業」にした、と知りあいのお母さんに
聞いて、その手もあるな…と思ったけど、実際じいさんが
やってて私は全く何もしてないしなぁ…気がひける。
でも他に手がないとすればそれしかないかな。

都会では保育園に預けるのがすごく難しいらしいけど
このへんでは母親が働いて無くても3歳になれば
ほとんど預けてる気がする。
みんなどういう理由でだしてるんだろう。


2004年10月06日(水)



 またお世話になります

38週の健診。予想体重は3200gを超えた。
頭がエコー画面いっぱいいっぱいのでかさである。
またキョチみたいに頭が大きくて出てこないのかな〜
先生も、「(上の子なみの)3900gまではないと思いますが…」
計測値は誤差があるので、でてきて実際と違って驚くことも
あるって。骨を測ってるので、肉づきまではわからないと。

ついていた看護師さんに、「この頃の出産数はどうですか?」
と聞いたら、波があって今ならマンツーマンで手厚い看護を
してあげられます、というくらい少ないらしい。
ピーク時は一日出産数5件という日もあったんだって。
満月や新月に関係あるんですかね、と聞いたら、
「ある」と「関係ない」と両方の研究結果があるんだって。
そりゃーどっちかだろうね。

前に働いていた病院なので、顔見知りの看護師さんや
子供達が入院した時お世話になったスタッフの方達に
すれ違うと、あれって顔して声をかけてくれる。
「3人目?」「やっぱり男の子欲しくて?」とか。
覚えていてくれて親しくしてもらえるとやっぱりうれしい。
「またお世話になります」とごあいさつ。

また、といってもここで産むのは初めてなんですが。



2004年10月05日(火)



 ワードロープ入れ替え

9月中は半袖でもなんとかいけたけど、10月に入ったら
急に寒くなって、いよいよ秋を実感。
子供達のワードロープを入れ替えして、長袖をだした。
運動会も終わったし、もう短いのは着ないだろう。

私もずっとトーチャンのポロシャツを借りていたのだけど
これも全部しまって、薄手のフリースなどと交換。
いつ入院してもいいように、タンスの中身を整理した。

お腹重くて、もういつ産まれても大丈夫って言われてる
から、なるべく動いて早く産まれるように重いもの持って
2階行ったり、高いところのものをとったりしてるけど
まだ産まれる気配はなし。たまに張るけど夜になると
ぼこぼこ動いてるし、陣痛のような痛みはこない。

明日はまた健診。38週だし、そろそろ内診もあるかな。
産まれたら大変なんだけど、もういいよ〜早くでておいで。


2004年10月04日(月)



 今年は雨降り運動会

朝から雨。モエカ保育園最後の運動会なのに残念。
でも延期ではなくて小学校の体育館での開催。
まあ、曇っていつ降るかと心配しながら外でやるよりは
最初から屋内でやるほうがいいかも。

ただ応援の家族が廻りをぐるっと占領するのでかなり狭い。
子供達もちょっと窮屈っぽかったけど、それなりに
がんばってやっていた。
モエカは、好きな男の子のほうばかり見てしゃべっていて
自分が走る順番が来てもちっとも緊張してる様子がない。
見てると明らかに一方的にしゃべってるみたい。
積極的なアプローチだけど親が恥ずかしいよっ。

しかしながら縄跳びや鉄棒もなんとかこなし、4人中最後
だったけどがんばってゴールした。えらいえらい。
年長児のマスゲームもよく練習されていて、おととしは
年少でどの子も幼かったのに、よくこれだけ立派になった
ものだとビデオ撮りながら、じーんとしてきてうるうる。
最後の歌でも、またうるうる。
運動会でこれだから、卒園式は思いやられるなぁ…

今回はお腹がこうだから親が出る競技にも参加できず
椅子にどーんと座ってビデオ撮りに専念していたのだけど
最後の園歌ダンスは、激しい運動ではないので出た。
ばあちゃんにお願いするつもりだったけど、やはり
モエカにとって最後だと思うと一つくらい一緒にしたくて。

保育園の運動会自体は、まだこれから6年もあるんだけどね。

2004年10月03日(日)



 でかい耳垢とれた

モエカ前に小児科にかかった時、耳鼻科で耳垢をとるように
言われたので、土曜日でもやってる耳鼻科に行くことにした。
調べると8時半から診察してるようなので、早くご飯を
食べさせて、40分くらいに医院についたんだけど、もう
待っている人がいっぱい。診察時間前から来てるんだな。
おまけに土曜日は学校が休みなので、子供も多い。
待たされるだろうな。

案の定、10時近くになってもまだうちより先が呼ばれない。
今日はキョチのYAMAHAなので、困ったなー休ませるのも
もったいないし…と、家に電話。
飲み会でゆうべ遅かったトーチャンはまだ寝ていて、
頼むのも悪いなぁと思ったけど。
行ってくれたらうれしいな、と思って。
土曜日だから産後もしばらくお願いしたいし。

で、結局診察してもらえたのは11時近く。
すごい耳アカがでてきた。
いつも綿棒でそうじはしてたんだけど、中に耳垢を
押し込める結果になっていたのかなぁ。
これじゃあ気持ち悪かっただろう。
大きな音を嫌がったのも、このせいだったかも。

鼻水のほうも、小児科で処方されている薬はアレルギーの
治療薬で、即効性はないので、鼻水鼻づまりに効く
薬をだしてくれた。
それから、鼻の通りをよくする鼻ネブライザーもしてくれた。
これ、私もモエカくらいの頃やったなー。蓄膿症で。

鼻や耳の病気は、はじめから専門医に任せたほうが
よかったかな。

キョチはトーチャンとえいごに行ったそうです。
ありがとう(^-^)

2004年10月02日(土)



 これが最後の産前ランチ?

アクア仲間とまたまた子連れランチ。
でもみんな37週に入ったので、実家に帰る人もいるし
これが最後だ。2〜3歳の子連れニンプが行ける店は
限られてるけど、一人がいろいろ調べてきてくれて
多少うるさくしても大丈夫なお店を選んで行った。

ニンプ3人+子3人でランチとデザート。
子供達も比較的いい子でうるさくしなかったし
楽しく過ごせました。
あと2週間、いつ産まれても思い残すことはないわ〜

なんちって、まだ行きそうだけど。


2004年10月01日(金)
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