せきねしんいちの観劇&稽古日記
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2005年01月31日(月) 富士見丘小学校演劇授業

 3、4時間目の授業。今日は、新しい歌の練習。
 オープニングのファンファーレのような、子ども達の「卒業!」というフレーズの繰り返し。
 西野さんの曲が、ほんとうにかっこいい。どんどん盛り上がる。
 子ども達は先週つくった台本を手にしている。いつもより集中しているような気もする。やっぱり台本もらうってうれしいのは、誰も同じなんだな。
 中学受験の直前ということで、何人かお休みしている子がいる。大人しい気がしたのは、人数が少ないせいだったのかもしれない。
 あるところをどんどん練習して、授業はおしまい。よし、いける、いける!!
 給食をいただいて、図工の時間につくっているオブジェとして飾る鳥を見に図工室へ。
 子ども達は画用紙をつかってで、ユニークははばたく鳥を一人一羽つくっている。廊下には新しい作品がいっぱい。そちらも楽しく拝見する。ロボットを黒の濃淡と金一色で描いたもの。やっぱりというかんじでドラえもん系の勢力は目を見張るものがある。なんじゃこりゃ?なものも含めて、みんな愛らしい。
 劇中で読んでもらう、子ども達の演劇授業についての感想文をコピーしてもらう。ちゃんとしゃべれるようになったという感想が多いなか、とっても正直な、それぞれの講師へのコメントや、とまどう講師を心配するものまで、こちらものびのびと素晴らしい。


2005年01月30日(日) 悲しみと痛み

 一日家にいる日。パソコンに向かい、資料を読み、一歩も外に出ない。
 夜、近くで火事があった。アパートの一室が全焼して、留守番をしていた二人の子どもが亡くなった。買い物帰りの母親が取材に来ていた記者にインタビューされ、母親の職場の同僚の方の家だとわかったという。取材には応えられず、自転車で大急ぎで逃げてきたと母は言っていた。
 一度に二人の子どもを亡くす悲しみはいかばかりだろうと思う。
 十数年前、二人暮らしをしていた僕のところから友人にもらわれていった猫が亡くなったという話を、彼女のホームページで知った。家族同様に長く共に暮らした彼を失った悲しみの大きさに、僕はまだ連絡もとれずにいる。
 このところ続く戦争や災害の被害者の痛みを想像していたはずなのに、今日ひさしぶりに悲しみは痛いのだということに気がついたような気がする。
 アムネスティの台本を構成しながら、もう一度自分に言い聞かせることがたくさん。


2005年01月29日(土) ワークショップ最終日

 ソネットをみんなで言いながら、ボールをパスしていく、ソネットボール。
 今日も3人組でやってみる。初めの頃にやっていた4人組よりも格段に難しい。
 昨日、今日は、ギャラリーで暗唱しているみんなの声の調子が落ち着いている。
 プレーヤーと一緒に盛り上がるんじゃなくて、冷静に、抑えた調子で着実に進んでるかんじ。 大きな変化だなあと思う。
 2まわりして、終了。
 ロジャーがバナナを配る。今日は、これを使ってソネットを演じることに。こないだはみかん、そして今日はバナナ。
 みんないろんなアイデアを出してくる。それでも、みかんのときのように「遊んで」という指定がなかったので、落ち着いて、リアルに語りかけてる。最初の日にロジャーが言った、韻文をきっちり読むということと、内容をちゃんと伝えるということの、いっけん矛盾することが両立してる。そうか、こういうことなんだなあと思う。
 僕は、バナナを受話器にみたてて、電話をかけることにした。椅子を持ってきて、バナナを置いて、電話をかける。電話の向こうにいる相手に思いを伝える。いつもとは違うかんじで、ていねいにできた気がする。たしかに電話って、相手を想像しながら話すもんね。ほんとは、電話の途中で、受話器が逆さまになってることに気がついて、バナナを上下逆にするっていうのを考えたんだけど、おかしくやる必要はないなと思って却下。シンプルに思いだけを伝える。
 KUDOUちゃんの、鏡を見ながら鏡の中の自分にソネットを語りかけてるのが、とってもおもしろかった。鏡に見立てた椅子の背もたれ、座面にはずっとバナナがおいてある。どうするつもり?と思ってたら、最後に香水orスプレーのようにもって、自分に吹きかけてた。やられた。爆笑する。
 ヘンリー5世の序詞役の台詞。昨日やってない人ということだったので、僕はパス。今日は昨日のようなセールスマンじゃなくて、リアルな思いをきっちり伝えるようにとのこと。台詞を覚えてる人が何人もいて感動する。みんな、序詞役として自分たちの劇団を代表して、そこにいた。当たり前のように舞台と客席を支配してる。拍手。いい台詞だなあとあらためて思った。最後の「われらが芝居」という言葉は、何度聞いてもほろっとする。
 続いて独白。最後の発表会。今日はみんなのネームプレートを集めて、ロジャーが一枚ずつ取り出す。
 みんな感動的だった。この2週間ですごい進歩をとげた人。さまざまなアプローチできらきら輝いてる人、誰もがとってもチャーミングだった。
 僕の出番は、最後から2番目。昨日思った通り、自由にやってみる。テーマはジョークとアイロニー。
 中盤「誰だそいつは?」と言ったところで、演出コースの人が突然手を挙げた。「俺だ」というわけ。動じてしまうが、軽くいなして先に進む。やった、のりこえたじゃん、すごいかも自分!と思ったところで、次の台詞がわやになった。集中が切れた。だめじゃん。彼のせいじゃない、これは僕の責任。
 でも楽しく終われた。今日は朝からコンタクトがうまく入らなかったので、ずっと眼鏡をかけていた。途中で外して、最後にまたかけた。メリハリがついたかもしれない。ともかく、楽しく演じられた。
 後でみんなとしゃべってたら、演出部の人が手を挙げたのは「僕の仕込み」だとみんな思ってたらしい。KIMIKOさんに「自分で仕込んだけど、ウケたんで、ちょっと狼狽したのかなと思った」と言われる。そんなことしないよ!と強く否定する。いかにもやりそうなことってことなんだろうか? でも、自分で仕込んで狼狽するってかっこわるいよね。ていうか、仕込むんなら、もっと殴りかかるフリをするとか、もっとちゃんとやるはず。それもよかったなあと、ちょっと思ったりして。ああ、やっぱり、僕のやりそうなことなんだわ。
 ロジャーには、とてもおもしろかったと言われる。ただ、途中からもう少しクールになった方がいいとも。たしかに、後半、余計にワクワクしていたかもしれない。眼鏡を外したせいで、みんなの顔がぼんやりとしか見えなかったのも、ちょっと浮ついてしまった原因だったかもしれない。
 最後はジュリアス・シーザー。今日もいろんなシチュエーション。
 ロジャーに指名されて、ASAKAくんと部屋の外、ホワイエでやることになった。
 テントの外でみんなが聞いている、その状況の中での緊迫したやりとりを作り出す。
 大声を出すと警備員さんが来るからねと言われる。
 壁際のソファに二人で座る、遠く離れて。5メートル以上も。ウィスパーでしゃべっても、届いてるかどうかとっても心もとない。エスカレーターの音がずっと響いてるし。ちゃんと伝えなきゃと思い、身振りがやや大きくなった。
 キャシアスの「俺を討て!」というヤマ場の台詞のあとの「剣を納めてくれ!」というところだけ、それまでのウィスパー気味の声とは全然違う、一番響く声を出した。思い切ってホワイエ全体に響かせる。
 みんなびっくりしたのがわかった。それまで激昂してたASAKAくんのキャシアスもびっくりして、その後の流れにすぐにうつることができた。どうしたら、このキャシアスをなだめることができるだろうとずっと考えていた。やっちゃいけないよと言われてたことをやるのは、ややフェアーじゃないけど、いいややっちゃえと見切り発車。大声を出した後の台詞を小声で言うときに、「あ、これは本当だ」と思った。いつもだと「ここでちょっと調子を落とそう」と思うんだけど、自然に、自分が大声を出したことを反省して声が小さくなる。外にいる連中に気がつかれなかったかと心配にもなる。こういうことかと思った。
 ワクワクしながら、とっても楽しく終わることができた。
 僕の発表はこれでおしまい。
 その後、何組か、同じ場面を部屋の中で演じて、2週間のワークショップは終了した。
 最後にロジャーからのコメント。「何もしないのはいけない。何かしなさい。でも、何もかもやっちゃいけない」「役者としての自分を他人に規定されてはいけない。自分のことは自分が一番知っているんだから」。
 飛行機の時間まで、お茶を飲みながら、ロジャーを囲んでみんなでおしゃべり。ロジャーと青井さんを見送って、解散した。
 ロジャーに言われたことで一番心に残ったのは、一人の人間として舞台にいるということの大切さだ。
 僕は、普段の芝居では、いつも自分でいることが大事だと思うし、みんなにもそうじゃなきゃいけないというんだけど、今回、シェイクスピアの台詞を演じながらも、自分でいることこそが大事なんだということを学んだ気がする。
 これまでは、古典の台詞をやろうと思うと、やっぱり「何かになろう」としてた。十数年前の養成所時代を振り返ると、ほんとうにそうだったなあと改めて思う。
 今回のワークショップは、僕に俳優として演技することのおもしろさを再確認させてくれた。やっぱりおもしろい。
 芝居は僕にとって、どんどん自分自身になることだと、フライングステージを始めるときに思ったものだけれど、ロジャーは「それでいいんだ」と背中を押してくれた気がしている。
 いい時期にほんとうに素敵な人に出会えて幸せだったと思う。感謝の気持ちでいっぱいだ。
 ロジャーは、ドラマ「ホワイトハウス」に英国大使の役で出てるそうだ。やや苦手なドラマだけど、これからはちゃんと見て、彼を見つけてみようと思う。
 そうそう、彼のファンサイトはこちらです。

 というわけで、ワークショップ日記?はこれでおしまいです。
 長々とおつきあいありがとうございました。
 ワークショップのメンバーでこれを読んでくれているみなさんへ。
 どうもありがとうございました。素敵な仲間を出会えて、とてもしあわせです。これからもどうぞよろしく。

 さあ、これからは、僕だけの仕事にとりかからなくては。
 アムネスティの台本を仕上げて、「二人でお茶」を書き上げる!
 「そっちはどうなってるの?」と心配をかけたみなさん、素敵なおみやげをいっぱいもらって帰っていきますので、どうぞご安心を。
 では……!!!


2005年01月28日(金) ワークショップ11日目

 まずは、昨日の続きの独白。
 僕は、昨日から考えているハムレットをやってみる。
 いつもより、声の調子を落として、はらないで最後まで。
 途中の「無慈悲、不実、淫乱、人の心を持たぬ悪党、おお、復讐」というところで、息を変えようとして、やや失敗する。浅い息の積み重ねがうまくいかなかった。ロジャーのいう、「凶器にもなる自動車を軽々と運転する」状態にはいまひとつ。
 明日のテーマは、「アイロニーとジョーク」にしようと思う。声は、意識しないで一番楽なかんじで、ということは僕的にはややはった状態で、のびのびとやってみよう。
 続いて、ジュリアス・シーザー。今日もロジャーは、ただはやらせない。
 僕は、ITSUさんのキャシアスと一緒に、客席からスタート。部屋一杯に、ギャラリーのみんながちらばってるけど、彼らはいないこととして演じる。
 舞台にいるITSUさんとの距離をどうつめていくか、あれこれ考えながらやれて、とてもおもしろかった。状況をイメージするよりも、実際の状況のなかでどうするのかということの方が、あたりまえだけど身体は自由に動いてくれる。とっても楽しかった。
 ヘンリー5世の序詞役の台詞にとりかかる。とっても古風な、芝居芝居した台詞というか、口上。言葉のリズムがとってもおもしろい。
 ロジャーは「物売りのように、セールスマンのように、自分たちの芝居を売り込んで」という。何人目かに、やってみる。気分は、早口言葉の「外郎売り」。一音ずつをはっきりしゃべって、文章の持つリズムに歌わせる。語尾はややクサいくらいにうたい上げる。まだ覚えきってないので、プリントを持ちながら。終わって、ロジャーに「それなら売れるね」と言われた。
 続いて、男子チーム、女子チーム、演出チームにわかれて、それぞれの代表を一人選んで、みんなで演出する。
 僕らの代表は、KATSUさん。踊れる人なので、オープニングから踊ってもらう。途中でもピルエットを入れてもらって。「荒涼館」の構成をした時よりも、ずっとスムーズにみんなで作り上げることができた気がする。集団作業に慣れてきたのかもしれない。
 発表も楽しく盛り上がる。女子代表のRUMIさんが、やたらとセクシーな序詞役でおかしかった。客席に座ったりするし。
 明日は、いよいよ最終日。独白をやることになりそうだ。ジュリアス・シーザーができるとうれしいのだけれど、時間があるかな?
 2週間の総まとめ、きっちりやって悔いのないように終わりたい。でも、見せる、やってやるみたいな意識は持たないこと。謙虚な気持ちで。まずは楽しむこと。


2005年01月27日(木) ワークショップ10日目

 今日はロジャーの都合で30分早い開始。演出チームは朝練をしたらしい。
 挨拶をしてからさっそくチームに別れて、うち合わせ。
 昨日、あれこれ話した結果を持ち帰ったみんなとあらためて相談。
 新しいアイデアがどんどん出てきて、じゃあ、それをやってみようということになった。
 昨日よりもずっとスムーズにやりとりが成り立つ。
 みんなでつくるということに慣れたのかもしれない。
 僕はチームリーダーをおおせつかったのだけれど、みんなのとりまとめやくに終始。
 何をやろうという強烈な意志は誰もが持たないまま、ゆるゆるとみんなの意見の中間点のようなところに落ち着いた。
 泥と霧のロンドンで口論になる人たちを演じているうちに、なんだかとっても楽しくなる。
 この楽しさがあればなんとかなるよねと思いながら、本番の時間。
 演出家チームは、新聞紙と椅子を使った、ダイナミックなムーブメントと芝居でみせる。
 Aチームは、車座に座って、ロンドンの妖精たちの会議という設定。おもしろい! YOSHIくんの仕切りかたが見事だ。
 僕たちBチームは、一番シンプルだということに気がつき、となり座ったMIKIKOさんと顔を見合わせる。「楽しくやろう!」と言い合ってから舞台に。ITSUさんがしきって、輪になって全員の手を重ねて気合いをいれる。こんなことやるの何年ぶりだろう。
 みんなで作る場面は、妙に楽しくて、やっぱりわくわくする。RUMIさんとMAKIKOさんが泥と霧の精になり、みんなの足にまとわりつき、ティッシュペーパーの霧をなげつけ、耳の穴に入れたり、身体にくっつけていく。大法官役のITSUさんには、雪のようにティッシュが積み重なっていく。みんなが去ったあと、それまでずっと朗読していたガス燈役のKANAKOさんが取り残された大法官に寄り添ったところでおしまい。
 終わってからロジャーの感想を聞く。僕たちのチームが一番よくできたかもしれないと言われ、また顔を見合わせる。「ディケンズを映画化するときのアプローチはこういうものだと思う」と言われた。
 後半は、独白を。次々やろうということで、はじめは名簿順、途中から青井さんがつくったあみだくじの結果の順番ということに。
 僕は、出番がないまま終了。動かないハムレットのプランをずっと考えていたのだけれど、動かないことにとらわれるのもよくないと気がつく。声の調子を休憩時間に確認して、これでいけそうだというところが見えた。劇場いっぱいに響かせてた声だけど、こんどは客席の一人一人に手渡すように演じたい。よし、明日、やってみよう。


2005年01月26日(水) ワークショップ9日目

 ジュリアス・シーザーをいろいろ演じてみる。
 もともと椅子を四つだけおいて、とても狭いエリアを舞台上につくっているんだけど、ロジャーはいろんな状況をつくりだして、僕たちをそこにほうりこむ。
 TAKESHIくんとASAKAくんは、客席の後ろにおいてある机のまわりでやってみることに。みんながぎっしりとりかこんで、ものすごい緊迫感になった。僕はプロンプターとしてロジャーのとなりにしゃがみこむ。終わってから、ロジャーに肩を叩かれて「GOOD!」と言われる。
 続いて、今度は舞台で椅子のまわりに全員で立った。ロジャーは「僕たちはテントだ」という。人の壁が演技エリアをよりいっそう息苦しいものにしている。照明をできる限り暗くして、「ランプしかない」状況になる。とっても密度の濃い、いい場面ができあがった。
 この状況の二組目のキャシアスにYOSHIくんが立候補。だれかブルータスをやらない?というところで、ロジャーが「シンは?」と声をかけてくれた。大喜びで舞台に出る。一昨日、やりきれなかったことを、同じ相手、特に彼とやれるのはほんとうにうれしい。
 ロジャーは、「ムッソリーニみたいなブルータスはどう?」と言う。うん、なるほどね。続いて、「この場面の二人は、すでにある緊張感をはらんでいるという設定ではじめてほしい」と。一番低いところからはじめてだんだん上がるというプランを、少し先に進めて、やや高いところから始めてみる。僕はイライラして靴で床を一回蹴ってから椅子に座ってみる。場面が始まった。
 YOSHIくんとの芝居は、台詞が時々あやふやになったりしながら、それでも最後のシークエンスがきっちりやりとりできたと思う。ほんとうにおもしろかった!! 相手だけを信じて、呼吸をよみながら、合わせながら、裏切りながら、芝居をつづけることはなんて楽しいんだろう。
 終わってから、YOSHIくんにありがとうと挨拶。もう一回必ずやろうねと話す。
 ロジャーがまた新しいテキストをみんなに配る。
 何度か話に出ていた、「ヘンリー5世」冒頭の序詞役の台詞全部。「最終日には何人かおぼえて演じてくれるとうれしいな」と、挑発するようなことを言うロジャー。
 最後に、昨日からの「荒涼館」。軽く読んだあと、俳優チーム×2と演出家チームの3チームに分かれ、それぞれで場面をつくることになる。やっぱりそういうことだったのね。使っていいのは椅子4脚と紙をいくらでも。
 さっそく順番に舞台を使い、ホワイエに出て、うち合わせ。
 今回初めての集団での作業。なかなかまとまらない。みんなのやりたいことをいろいろ試してみるうちに、時間がきてしまった。
 どうなるんだろうと心配だけど、あとは明日。
 帰りの電車の中で、「ヘンリー5世」の台詞を入れようと思うが、うまくいかない。「荒涼館」のことで頭はいっぱいみたいだ。


2005年01月25日(火) ワークショップ8日目

 昨日に続いて、独白の説明の続き。今日は「十二夜」と「恋の骨折り損」。
 休憩時間に、MIKIKOさんとのこないだの約束通り、ヴァイオラを演じてみる。舞台のすみっこで、こっそり、でも元気いっぱいに。楽しかった。
 続いて、独白大会。
 ずっとやっていたハムレットだけれど、今日は動かない&父王のことをちゃんと思ってるハムレットをやろうと思っていた。
 のだけれど、途中で、ヴァイオラを演じた男性がいて、急に僕もやってみたくなり、これができるのは今日だけかもしれないと思い、やってしまう。
 時間がいっぱいであと3人だけねとロジャーが言ったところで立ち上がった。
 かなりバタバタと演じた。反省することがいっぱい。やってみせようとか、おもしろがらせようとかいう気持が先に出てしまって、いい芝居じゃなかった。ウケてはいたけどね。
 最後は「荒涼館」。みんなで何度か読んでおしまい。
 今日は、朝倉摂さん、市川森一さん、それに三田和代さんが見学にみえていた。
 帰りに三田さんと少しお話しする。三田さんはこのワークショップに参加したいと思っていたそうだ。もしそうだったら、どんなだったろうと思う。そして、そう思っている三田さんの俳優としての熱意と謙虚さに感動する。
 今日は帰りの電車で寝てしまう。へとへとだ。
 帰ってから、原稿にとりかかり、富士見丘小学校の台本の続きを入力する。さっさと終わると思ったのに、ワードはやっぱりめんどくさい。トラブル続出。おまけに、プリンターの調子が悪くて、結局朝まで。朝方ようやくデータをメールして、少しだけ眠った。


2005年01月24日(月) 富士見丘小学校演劇授業 ワークショップ7日目

 送る会の台本の書式設定と印刷がうまくいかず、大遅刻して出掛ける。
 2時間目のおわりにようやく間に合う。
 青井さんから、全体の流れと役々についての説明。
 図工の先生が舞台に飾るオブジェの案をもってきてくださった。
 白い画用紙でつくった羽を広げた鳥。とってもいい。
 どうやって飾るかを検討する。
 大急ぎワークショップへ。
 はじめに今回の独白についてのこまかい解説。
 原文と対照しながら、じっくりと。
 ハムレットの2つの独白について。
 父王とハムレットはちゃんとした交流がなかったかもしれないというロジャーの考えを聞く。彼がハムレットを演じたとき、お父さんとの関係を思い浮かべたという話も。
 続いて、ジュリアス・シーザー。
 先週やってない人がひととおりやったあと、場面とキャラクターの説明をあらためてじっくり。
 「シンがブルータスを選んだのは、自分と正反対だからだよね?」
 「イエス」
 というやりとりをした後、「じゃあ、ブルータスをやって」と言われる。
 すっかりキャシアスをやるつもりでいたので、あたふたする。
 一応、両方の準備はしてたけど、「何すればいいんだっけ?」とあわててしまう。
 キャシアスはYOSHIくん。先週とっても鮮やかなキャシアスを演じていた。とってもチャーミングな俳優さん。
 どうなるんだろうと思いつつ、彼とならできると、わくわくもする。
 で、やってみた。
 覚えたはずの台詞は所々出てこず、みんなに助けてもらって、最後までたどり着く。
 「この剣で自分を刺せ!」と迫るキャシアスにブルータスは一歩もひいてはいけないはず。
 ほんとに10センチくらいしか離れない距離で、長い山場のやりとりを演じる。
 僕が一歩もひくもんかと思ったのと同じように、一歩もひかなかったyoshiくんに、感動する。
 ほんとうに真剣勝負だった。なんて、おもしろかったんだろう。
 最後に二人が和解するところも、読んで台詞を覚えてるときにはわからなかったことが、実感としてつかめた気がする。
 ロジャーに、「シンは、自分がそうじゃないのに、貴族的にふるまおうとするブルータスで、よかった」と言われる。なるほどね。たしかに思い切りつっぱってたことはたしか。
 ジュリアス・シーザーのあと、新しい課題を渡される。ディケンズの「荒涼館」の冒頭。みんなで順に読む。覚えなくていいという言葉をどこまで信じていいのか。霧に沈むロンドンの街の描写が延々続く。
 今日はここまで。
 夜、ロジャーが以前出演した「マクベス」のビデオ上映会。
 マクベスは、イアン・マッケラン、夫人はジュディ・デンチ。ロジャーは、マルコムだ。
 緻密な演技でとってもおもしろかった。
 特に、会食のシーンでのマクベスと夫人の関係の変化。はじめはマクベスが取り乱しているのに、そのうちに夫人も心乱れてきて、最後には二人とも恐怖で真っ白になってしまうかんじ。
 イアン・マッケランのマクベスは、「ベント」のマックスを初演したんだということがよくわかる。とても不安定で、でもセクシーで。魔女に未来を見せられるところで、上半身裸になって目隠しされるところは「愛の嵐」のようだった。
 ジュディ・デンチは、どこもすばらしいのだけれど、夢遊病の場面での長い長い悲鳴がすごかった。顔がまん丸なのにもびっくりしたけど、そんなの全然関係ない、あたりまえだけど。
 ロジャーのマルコムは、とっても繊細な若者だった。背が高くて、白いセーターが似合う。マクダフとの二人の場面が見応えがあった。この場面はとっても、ブルータスとキャシアスのシーンに似ていると気がつく。
 2時間半をじっくりみて、ややくたくた。
 帰りはまっすぐに。まずは思い切り眠ってしまい、夜中に起き出して、原稿に向かう。


2005年01月23日(日) 小松川高校冬公演 新年顔合わせ

 午後から小松川高校の冬公演、森本ゆかり作「童話裁判」を見に行く。
 去年の地区大会の稽古以来久し振り。視聴覚室に集まったのは、現役生とOBが中心。3年のヒロキくんとマサくんがお手伝いをしている。センター試験終わったばかりなのに、お疲れさま!
 「童話裁判」という芝居は、僕が高校三年のときの都立上野高校が地区大会で上演した芝居。
 作者の森本ゆかりさんともども、とってもなつかしい。
 来週の冬季大会用に30分にまとめたダイジェスト。それでも、みんないい味でがんばっていた。
 夜は、フライングステージの新年顔合わせ。高円寺に集合。
 まずは今年の予定の確認。7月の本公演、gaku-GAY-kaiのことなど。
 高市氏、マミー、ノグ、トシくん、小林くんが出席。早瀬くんは、ヒレンカンの稽古のためお休み。荒くんはお仕事。
 その後、新年会に流れる。
 いっこうちゃん、あきやん、永山くん、タカシくん、りょうちゃん、稽古から直行の早瀬くんが加わってにぎやかに。
 今日も終電でばたばたと帰る。
 確信犯で北越谷から歩くことにする。今夜はジュリアス・シーザーをさらいながら。


2005年01月22日(土) ワークショップ6日目

 まず新作モノローグの発表。みんなすっごいおもしろいものを書いて演じていた。
 「ローゼンクランツとギルデンスターンに二股をかけていた女」「ハムレットの血を吸って死んだ雌の蚊」「ハムレットを襲った海賊船の船長」「ハムレットが飼っている猫」「オリヴィアの飼っている犬」「ジュリエットの家の女中」「ローゼンクランツかギルデンスターンの首を刎ねた首切り役人」「マクベスの三人の魔女の母親」「シンベリンのヤキーモの妻」「クローディアスがガートルードの中に放出した精子」「死んでしまったオフィーリアの霊」「ポローニアスの妻」「バーナードの妹」などなど。もうものすごかった。
 それぞれが、もうちゃんとした一人の人間としてそこにいて、一人芝居の20連発のような深さと面白さがあった。なんてすごいんだろう!ととなりに座った篠原さん、山本くんと盛り上がる。
 僕は、マクベスの死んだ息子のモノローグを演じた。ちょっと長いけど、全部のせちゃいますね。

マクベス夫妻の死んだ息子のモノローグ

僕にはどうしても知りたいことがあるんだ。
だから、ここ天国の外れ 誰もやってこないこんなところで
ずっと待ってる、パパとママがやってくるのを。
みんな僕に言う、お前の父親マクベスはひどいやつだ。
お前の母親はもっとだ。そうなのかな?
ダンカン王を殺して、スコットランドの王様になったパパ。
ダンカン王を殺して、そばにいたおつきの二人を殺して、
バンクォーのおじさんを殺して、
マクダフさんとこのおばさんと子どもを殺して、
それから、もっともっとたくさんの人を戦争で殺したパパ。
みんなは言う、とっても悪いヤツだって。
自分たちはお前の父親に殺された。
いやいや、おとなしいマクベスをそそのかした
雌のライオンのようなお前の母親に殺されたんだって。
ひどいやつ、残酷非情な冷血漢。
権力志向の人でなし、人の痛みを知らないやつら
でも、おかしくないかな?
戦争で死んだ兵士や残された妻や子供たちは
なんでパパのことをうらむんだろう
だって、コーダーの殿様を殺したのはダンカンだよ。
たしかにパパはものすごくたくさんの人を殺した。
でも、殺させたのはダンカンなんだ。
ダンカンに殺された人たちは、パパよりダンカンを恨めばいい。
みんなの恨みをはらしてあげたパパに感謝するべきだ。
ダンカンはいい王様、マクベスは悪い王様。
大勢の人を大義名分のために戦争で殺すのと
何人かの人を自分の欲望のために殺すのと
どこがどう違うんだろう?
戦争で死ぬのはしかたのないこと
戦争で殺すのはとても偉いことなの?
パパだってもっとほめられていいはず。
みんなしかたがないってあきらめるべきだよ。
ああ、きれいな夕日だな。
どうして来てくれないんだろう、パパとママ。
ママは自分がやったことを後悔して
気が狂って死んでしまったんだって。
パパも戦争で苦戦してるって。
本当は僕、応援しなくきゃいけないんだけど
早く負けてここに来ればいいって思ってる。
でも、こんなにやって来ないところをみると
もうパパは殺されてしまって、でも、ここ天国には来れずに
ママと一緒に地獄に連れて行かれてしまったのかもしれない。
みんなそう言うんだ。
二人とも地獄落ちだ、待つだけ無駄だって。
でも、人殺しが地獄落ちなら、みんな地獄落ちだよ。
そんなのおかしい。
あ、でも、もしかしたら、ここが地獄なのかもしれない。
だったら、パパもママもすぐに来るはずだよね。
僕は忘れないよ、優しかったパパのこと。
僕を抱き上げて、ヒゲをなでながら目を細めて
こいつは俺にそっくりだ、いい武人になるぞって言った。
ママのやわらかいおっぱいも。白くて温かくて、他に何もいらない。
あのやわらかさはここ天国にだってないんだけどな。
僕がどうしても聞かなきゃいけないと思ってるのは
パパとママが冷酷な人でなしになったのは
僕が死んじゃったからなのかってこと
僕が死んだあと、ママはしばらく立ち上がることもできなかったって。
ようやく立ち上がったと思うと、それまでとはうってかわって
パパに出世しろ出世しろって言うようになった。
僕のかわりに王国やお金がほしかったのかな?
もう一人新しい息子を生めばよかったのに。
でも、ママはもう子供はいらないって
こんなに悲しい思いはしたくないって、パパもそう言った。
でも、どんなに偉くなって国やお金を手に入れたって
子どもがいなくちゃまた誰かに取られちゃうんだよ。
それでもいいの? だったら、なんでそんなことするの?
そんなこともわからなくなるくらい、かなしかったの
僕が死んでしまったことが?
僕が死んだのは誰のせいでもない、ただの流行り病
パパとママのせいなんかじゃない。
でも、教えて、僕が死ななかったら
パパもママもあの優しい二人
世界一幸せな、誰もがうらやむ夫婦のまま
歴史に名前を残したの?
ねえ、教えてよ。僕のせいなのかな?
今日もまた日が暮れる。パパもママも来なかった。
そろそろ帰ろう。神様に報告しなきゃ、今日も二人は来なかったって。
神様は、いつも何も言わずににっこり笑って
僕の頭をなでてくれる。じゃあね。

 発表は、とにかく全員が作り上げた人物が間違いなくそこにいて、昨日に続いて、客席に座って見ていた僕たちは、おもしろい芝居を見続けたような高揚感と幸福感に包まれっぱなしだった。
 休憩後、今度は、今のオリジナルモノローグを踏まえて、それぞれの課題のモノローグを演じた。ノンストップで全員が。オリジナルモノローグを発表したのと同じ順番で、間をあけないで次々にという指示。
 僕は、自分のハムレットのモノローグのあと、KAYOさんの「恋の骨折り損」のビローンの演説を聴く貴族としてお手伝い。あらかじめ頼まれていたので。ばたばたと椅子を運んで座ろうとしたら、となりにロジャーが。彼も一緒に貴族をやることに。わお、ロジャー・リーズと一緒に芝居してるよと思いながら、邪魔にならないように、受けの芝居をする。となりにいるロジャーを見ながら、どのくらいまでやっていいんだろうと探ったり。これもとってもおもしろかった。
 全員の発表が終わってから、ロジャーが一人一人に感想と課題を。1週間終わって、来週に向けて、何をやればいいか。僕は、次の気持と動作に行く前に、あらかじめ準備しておくようにと。全体の構成をどう運んでいくか、ポイントとポイントをつなぐ橋をちゃんとかけるようにと言われる。うーん、難しいけど、やりでがある。
 ロジャーは、感情をそのまま出すことはもうやらないようにという。今まではそれでよかったけど、来週からはそうじゃない。大声を出さなくても、ちゃんと感情がそこにあるように。これも難しそうだ。
 最後に、ソネットを「ほんとに話しかけているように」演じて、今日はおしまい。
 終了後に、懇親会を居酒屋で。座敷に30人ほどが座って、わいわい飲みながら話した。
 これまで、ニックネームでしか知らない人たちの素性がわかったりして、びっくりする。
 「ああ、その舞台なら見てた!」みたいなね。
 2時間でさくっとお開き。記念撮影をして解散。
 僕はうち合わせのために高円寺へ向かう。
 千代田線に乗るみんなと一緒にホームで待っていたら、ロジャーが合流。
 ちょこちょこおしゃべりしながら、新御茶ノ水で降りて、高円寺へ。

 うち合わせは7月の演目や今年のこと、去年のことなどを、高市氏と。
 終電までしゃべり、あわてて飛び出す。
 おしいところで終電を逃し、北越谷止まりに。
 タクシーよりはと、台詞を暗唱しながら、線路沿いの静かな道を歩く。
 「十二夜」のヴァイオラの台詞がほぼ入ったので、ぶつぶつしゃべりながら。
 そのうちにやっぱりというかんじでもりあがってしまい、「そうなのよ、女は!」と叫んだところで、すぐ後に人がいたことに気がつく。
 それでも、家に着く頃には確認も終了。ジュリアスシーザーもところどころしゃべりながら帰宅。


2005年01月21日(金) ワークショップ5日目 ピンズ・ログ「サラミの会」

 昨日やった「スーツケースにつめたもの」を、はじめにもう一度やってみる。僕は途中でどうしても出てこないところがあって、あわてる。ようやくクリア。
 今日は、輪になって座らずに、客席にみんな座って、モノローグの発表。これまでずっと見てきていた演出コースの人も感想を言っていく。
 ロジャーは、時々、僕を引き合いに出して、「シンはキャシアスにぴったりのキャラクターで存在がユニーク」と言う。だから、僕がやったのはブルータスなんですけど。
 みんなの発表を見て、今日は僕はやらないでおしまい。篠原さんに「やっぱりキャシアスやってみることにするわ。ロジャーもああ言ってるし」と話す。
 宿題が出た。明日までにシェイクスピアに登場しない人物のモノローグを書いてくること。
 ロミオの元恋人とか、ハムレットの第4の墓堀りとか、リア王の4番目の娘とか。長さは3分間。どうしよう……。
 シアター1010の1Fの花まるうどんで篠原さんと演出コースの方と軽い食事。演出コースは今日の夜、レクチャーがあるんだそうだ。

 僕は、ウエストエンドスタジオに森川くんが出ている舞台を見に行く。けっこうばたばたする。西武新宿線はこんなに不便なんだっけ? 各駅が全然進まない。
 ピンズ・ログ「サラミの会」。予備知識はほとんどないまま、今日も見てしまう。
 まもなく取り壊される大学の校舎にある、映画研究会の部室。日曜日にOBどうしの結婚式があるという週末のスケッチ。森川くんは今はすっかり堅気になったOBの役。
 最初はどうなるかと思うくらい、お話が進まなくて、いらいらしたんだけど、途中から俄然おもしろくなった。
 みんな実に達者で、いい芝居をする。何もおこらないようなお話が動き出してくると、キャラクターがひとりひとりとっても魅力的に立ち上がってくる。
 ちょっといじわるな突き放した人物の描き方をしながら、最後にきれいに幕を降ろした。
 僕は今日もぽろぽろ泣いてしまう。いい芝居だった。
 終演後、森川くんに挨拶。よかったよ!と伝えて帰ってくる。

 帰りの電車の中で、「ジュリアス・シーザー」のキャシアスの台詞を覚えようと思ったのだけれど、ブルータスもあやしいので、開き直って両方入れてみようと思い、はじめてみた。
 不思議と昨日よりもすっきりと頭に入ってくるような気がする。
 いい芝居を見たせいか。
 電車を降りるまでに、終わりまでなんとか到達する。
 新作モノローグのキャラクターもこれでいこうというのを思いついた。

 帰ってきたら、猫が母親の部屋の天袋に入ってしまった。
 お正月に来た子ども達が少し開けたままにしておいたらしい。
 つかまえようとしたら、天井の羽目板がずれていたところから、屋根裏へ。
 ふたりであわてる。
 うちに屋根裏があったということがもう驚き。
 しばらく帰ってこないので、煮干しを持ってきて、誘い出す。
 今度は簡単に投降してきた。すぐ羽目板をなおし、きっちり戸を閉めておく。


2005年01月20日(木) ワークショップ4日目 青年座スタジオ「なめとこ山の熊の肝」

 昨日に続いて、ファッションチャンネルニュースのMA、「2005春/夏 東京コレクション」のパート。今日は1本なので、さくっと終了。北千住に向かう。

 始まる前にロジャーに挨拶をしたら、こっちにおいでと呼ばれた。
 「ピーター・グリーナウェイの映画は見たことある?」と聞かれて、「『プロスペローの本』ぐらいなら」と答える。ロジャーは「きみはグリーナウェイの映画に出てきそうなキャラクターだね」と言う。へえそうなんだ。
 今日は、はじめに、自由に歩いてごらんと言われて、ロジャーが出した注文どおりのものになってみる。医者、霧、チビ、透明人間、などなど。最後はロジャー・リーズになってみんな歩いた。
 続いて、ロジャーが階下の食品売り場の紙袋からみかんを取り出して、みんなに一個ずつ配る。「このみかんで遊びながら、ソネットを演じてください」
 食べてしまう人、放り投げる人、アクロバットのような動きをする人、トレーナーの袖やパンツの裾から入れて違ったところから出してみるひと、ひたすらミカンで体中をなでるひと、一個ずつの房を床にならべて、足りないので見てるみんなからももらってハートのマークをつくったひと、みんなとってもユニーク。僕は、皮をむいて床にひろげておき、離れたところから、房をひとつずつその皮に投げ入れるというゲームをやってみた。ロジャーには一昨日昨日に続いてまた「ファニー」と言われる。
 続いて、昨日ロジャーに「台詞はどうやって覚えたらいいんですか」という人がいたということで、ゲームをする。「私はスーツケースにちゃんとつめました。○○を」と言って、となりに人に回していく。回された人は、自分で新しい品物の名前を追加していく。どんどん増える品物。まだ名前もちゃんと覚えてないみんなの顔を見ながら、品物の名前を思い出していくことになった。20人の輪をまるまる2回りするまでゲームは続いた。とっても盛り上がる。
 その後、4つのチーム、それぞれ5人ずつに別れて、それぞれのチームで一人の代表のモノローグをみんなで演出するというのをやる。
 僕らのチームは、「十二夜」のヴァイオラをRUMIさんがやることに。「どこで練習してもいいよ」ということだったので、部屋のちょっと外の靴をぬいだりするスペースに集まって、あれこれ言いながらつくりはじめる。
 指輪をどう扱うか、オリヴィアの家はどっちで、公爵の家はどっちかなど、みんなで考え、意見を出し合い、30分の時間ぎりぎりいっぱいでようやく終わりまで通った。
 集まって発表。RUMIさんは最初に発表。とってもイカしてた。
 その後、「ジュリアス・シーザー」、舞台に椅子を置いて、場所と空間の説明。で、やりたい人からやってみようということに。最初にカヨさんがたちあがって、どちらもやりたいけど、キャシアスにすると宣言。ブルータスをほんとにやりたい人はいない?と聞かれて、手を挙げてしまう。
 で、やりました。
 思ったこと。ブルータスは、あんなに早くしゃべっちゃいけないんだ。自分が芝居するよりもキャシアスに芝居させなきゃいけないだ。などなど、反省いっぱい。ロジャーには、「シンはとってもキャシアス向きのキャラだよね」と言われる。僕がやったのはブルータスなんですけど。
 僕らの後にやったYOSHIくんがとてもりっぱにキャシアスを演じた。台本をはなして。すばらしい!
 3組がやったところで今日はおしまい。

 大急ぎで青年座のスタジオに芝居を見に行く。千代田線で一本。「なめとこ山の熊の肝」。
 「なめとこやまの熊」と「グスコーブドリの伝記」をモチーフにした芝居。
 原口優子さんが出演している。
 予備知識がほぼ何もないまま見始めたのだけれど、熊をなんの熊らしい芝居もしない、普通の服装、冬物のコートを着たままで演じていることに、ものすごく心を動かされる。彼らが出てくるたびに、ぽろぽろ泣けて泣けてしかたなかった。
 熊たちが集まってしゃべっているシーンで、母熊と小熊が並んですわっている。
 母熊はおしゃれなコートに品のいい羽のついた帽子。小熊は子役がやっていて、普通の冬のちょっとおしゃれな普段着。それでもって、熊の親子としてやりとりをする。もう、この場面は一生忘れないかもしれない。そのくらい印象的だった。
 熊を撃って暮らしている小重郎と熊の会話も、見たまんまだと、人と人とがふつうにやりとりをしてる。なんて素敵な演出なんだろう。
 村の顔役を演じた津田真澄さんが、いくじなしの息子を叩くところがある。それが、ちっとも芝居芝居した叩きかたじゃなくて、もちろん、叩くふりして蔭で叩く音をさせたりするんじゃなくて、そのことにも感動してしまう。
 ここ何日か芝居ばっかりな時間を過ごしていて、僕はちょっと感じやすくなってたのかもしれない。
 それでも、まっすぐに心に届く、そして、演劇ならではの表現とおもしろさを信じてる、とてもいい芝居だった。
 終演後、原口さんに挨拶して帰ってくる。
 電車の中で、ブルータスの台詞を入れようと思うが、なかなか入ってこない。どうしたんだ?

 電車の接続がとっても悪いので、北越谷で一度降りて、閉店間際の駅前のスーパーで買い物をする。
 家まで自転車で走りながら、台詞をぶつぶつ言っていたら、前のかごにいれていたスーパーのビニールから、さっき買った「桜餅二個入り(50円引き)」が、落っこちてしまい、後輪で引いてしまう。ぐしゃっという音に驚いてあわてて自転車を止める。あたりに広がるさわやかな桜餅の香り。さいわい軽傷だったので、母親と二人で一個ずつ食べる。


2005年01月19日(水) ワークショップ3日目

 朝からファッションチャンネルニュースのMA。
 「2005春/夏 東京コレクション」全3本のうちの2本を一度に。
 東コレは参加ブランド数も減って、かつてのようないきおいはないけど、どこもそれなりにちゃんと見られるものばかりになった。
 ストリート系だったはずなのに、こんなに大人になっちゃうんだと思うところもあり、パリコレのテイストのコピーだったら、街のブティックの服とどう違うんだろうと思うところあり、それでも中出順子さんと楽しくおしゃべり。
 ワークショップの予定を伝えていたので、いつもよりもテンポ良く、早めに終了。
 大急ぎで御成門から北千住へ。

 30分遅刻すると伝えてあったものの、途中からどうやって参加しようかとちょっと考えてしまっていた。
 とりあえず、靴と着替えを新しくもっていって、入り口で着替えてから部屋に入ろう、最初の休憩までは見学して、それからだなと思っていた。
 着替えて、部屋に入ったら、みんなは輪になって、そのまん中でソネットを暗唱している人に紙を丸めたものをどんどんぶつけているところ。暗唱している人は、その攻撃を無視してソネットに集中しなくちゃいけない。
 僕はこそっと入ったつもりなのに、しばらく見ているうちに、みんなに見付けられてしまい、「おいでよ」と言ってもらう。どうしようかと迷ったのだけれど、「遅くなりました、ごめんなさい」といって、輪にはいった。ロジャーが「新しいいけにえが来た」と言ってみんなをわかせた。
 今日はまず、最初はソネット。紙をぶつけたあと、ずっとぶつける用意をして最後のフレーズが終わったところで一斉に投げたりする。
 それから、みんなが叫び続ける中、みんなが耳をふさいでいる中、全員が部屋の外に出てしまったあとで、などなど、いろんなシチュエーションでソネットを読んだ。
 その後は、独白。
 昨日、読めなったので、僕は今日発表しなくちゃいけない。
 ばかみたいにドキドキする。手が冷たい。
 こんなに緊張して、台詞をしゃべるのは、ほんとに養成所のとき以来だと思う。
 ハムレットの2幕2場の独白を演じた。
 昨日、ロジャーに言われたように、きっちり観客に語りかけて、目を見ながら話そうと心がける。一人に人間として、ちゃんとその場にいようと。
 せりふがあちこちであやしくなり、最後に花道に見立てた輪の外に走りこんだときに、新しい靴のせいか、勢いがありすぎたのか、右足を少しひねってしまう。
 ロジャーはとてもユニークだとほめてくれた。よくあるハムレットのイメージ、高貴で美しいというイメージはないが、弱くてずるい、人間がそこにいたと。
 終わって、しばらくふるえていたくらい、緊張した。
 とにかく、最初の段階は乗りこえた。これからどうなるか、とにかく始まったかんじ。
 その後、ジュリアスシーザーをみんなで読む。
 明日までに、ブルータスとキャシアスのどちらをやるか選んでおくこと。
 僕は、今回のハムレットとは全然違うブルータスをあえてやってみようと思う。
 帰りに、篠原さんと階下のおそばやさんで軽い食事。
 今日の独白の感想をいろいろ言ってもらう。


2005年01月18日(火) ワークショップ2日目

 今日、ロジャーは、まず、一人ひとつずつ「ジョーク」を言ってごらんという。
 ジョークって……。結局、僕が思いつけないでいるうちに、次に進む。
 ロジャーは、台詞がそこにあるんじゃなくて、俳優が自分自身としてそこにいるんだということを、何度も言う。やや、僕的な言い方になってるかもしれないけど、伝わってくるのはそういうこと。でも、その一方で、台詞に感情をのせすぎないで、台詞自体に語らせるというようなことも言う。矛盾してるようだけど、どちらも大事だと。今回のワークショップの終わりには、これがわかるようなると、ロジャーは言っている。
 続いて、ソネット。やりたい人が、輪のまん中で演じる。
 誰も出る人がいないので、一番最初にやらせてもらった。
 休憩までに全員がやって、休憩の後、「みんなでソネットを書こう」ということになる。
 俳優3チーム、演出家2チームで、14行の詩を書く。最後の2行は韻を踏んでなきゃいけない。
 できるの、そんな?と思って始めたものの、みんなで詩をでっちあげるというのは、なかなかにおもしろくて、それ以前に、このメンバーで一つのものをつくりあげるというのが楽しい。7人のチームなので、1人2行ずつ分担して、わいわい作ってしまう。「できたよ、すごいよ!」と僕たちのチームは自画自賛で盛り上がる。
 舞台に椅子を並べて発表。チームの代表として、僕が読ませてもらうことになった。ロジャーは「読み手を決めたら、その人にどう演じてほしいかをみんなで伝える」んだという。
 僕も、1行ごとにみんなの意見を聞く。発表開始。他のチームはみんなすっごいシリアスでかっこよくてびっくり。僕たちのチームはかなりくだけていて、ロジャーの感想は「ファニー」だった。でも、いいよ。ちゃんと詩にはなってたし、客席の反応もよかった、ていうか、受けてたし。チームみんなで「イェーイ!」と盛り上がる。
 後半は、独白。
 「ハムレット」「シンベリン」のヤキーモ、「恋の骨折り損」のビローンが登場。
 がんばれ!と思う人。すごいなあと思う人。見ているだけでもとってもおもしろい。
 ロジャーの感想と説明を聞いて、僕はどうやろうかと考える。ソネットをずいぶんやらせてもらったので、僕の発表は明日にした方がいいかなと思う。
 でも、終わり近くまでみんなとロジャーの演技を見ているうち、「早くやらないと、どんどんやりにくくなる」という当たり前のことに気がつく。
 でも、しょうがない。明日、やってやろう。「ハムレット」の独白を。
 って、何だか、ハムレットの独白の最後みたいだね……。 


2005年01月17日(月) 富士見丘小学校演劇授業 ワークショップ1日目

 今日も朝から富士見丘小学校へ。
 駅で、熊本の劇団きららの池田さんたちと合流。今日は見学していただくことに。
 田中さんがお休みなので、歌の練習の前のウォームアップのためのゲームを僕がしきることになった。
 二人で手をつないで、ひっぱりあってバランスをとる、Vの字になってという、前にやった遊びを今日も。二人組や三人組があちこちでできて、後半は、音楽室にいる全部のチームがいっせいにきまるというのをやってみる。男の子たちは無謀な「10人一度」に挑戦して、それが結構うまくいったりして、でも、あまりに場所をとってしまったので、女子がやる場所がなくなってとまどったり、とにかくわらわらする。
 西野さんの歌の練習。先週やった1番のおさらいをして、みんながちゃんとおぼえていることに驚く。西野さんも。
 その後、2番、3番を練習して、これもすぐにできてしまう。
 照れがなく歌えてしまえる女子の方が、男子の何倍も声が出ている。
 途中で、西野さんが、ピアノの前に男子を集めて、男子だけの練習をはじめる。
 「声変わりしてる子は、無理しない方がいいよ」と、話しはじめたら、それまで歌ってはいるんだけど、どこかざわざわしていた男の子たちが真剣に話を聞き始めた。お休み状態になっている女子が今度はちょっとざわざわしてきた。そうしたら、一番ざわざわしてると言ってもいいくらいのダイテツくんが、女子に「うるさいよ!」とわざわざ言いにいった。びっくりした。男子はそれ以降、それまでよりも、いい集中のしかたをするようになったような気がする。
 朝から3時間連続の音楽の授業。途中の休み時間には、ちっとも休まないで、みんなして暴れている。大人と子供では、「休憩」の意味が違うんだ。
 3時間目の終わりに、先生方に聞いてもらう。西野さんが何度も言っている「お客さんは初めて聞くんだよ。だから、ちゃんと歌おう」という言葉の意味が伝わったと思う。
 いい歌だ。青井さんの歌詞も、西野さんの曲もとってもいい。
 大人はほろっとしてしまう。子供はどうなんだろう?
 彼らが大人になったとき、なつかしく思いだして、歌ってくれるといい、そんな歌だ。

 授業の後、先生方とうち合わせ。
 今回、初めて図工の先生にお会いする。舞台に飾るオブジェについての相談。
 毎回来るたびに廊下に貼ってある子供達の絵のすばらしさにぼくらはびっくりしていた。
 6年生が書いたスニーカーの絵。そのスニーカーが語ってる言葉も書いてある。子供達はほんとにいい言葉をそこに描き出していた。このスニーカーの絵と言葉が使えないだろうかという話もしてみる。

 午後からのワークショップのため、僕と篠原さんは、大急ぎで北千住に向かう。
 ぎりぎりの時間に滑り込み、受付をすます。
 僕は俳優コース、篠原さんは演出家コース。
 講師のロジャー・リーズさん。イギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニーにいたベテランの俳優さん。
 視聴覚室の半分に客席が組んであって、半分は何もない空間、舞台。
 はじめは、みんなが客席に座って、今回の12日間にわたるワークショップの概略についての説明を、演出家協会のみなさんと、ロジャーから。
 続いて、俳優コースの面々は、舞台に輪になって座り、簡単なシアターゲーム。
 今回のワークショップは、演技全般ということではなく、シェイクスピアを中心にした演技の研究。
 膨大な課題についてのレクチャーを順番に。その時々にいろんな人が出て読んだり、みんなで読んだり。初めて会う人たちの個性がとってもおもしろい。僕がさぐってるように、みんなもさぐってる。「これがもう芝居だって気がしてくる」と篠原さんは言っていた。
 正直、僕はあがってた。後半になって、ようやく落ち着いたんじゃないかと思う。
 明日までに、ソネットの18番と自分が選んだ独白を覚えてくるようにという宿題。
 「精読しておくように」という事前の連絡は、「覚えておくように」っていうことだったんだ、やっぱり。
 6時までそれは中身の濃い時間が過ぎて、今日はおしまい。
 帰りに、篠原さんの知り合いの山本くんと三人で食事。僕と篠原さんは、お昼食べる時間がなくて腹ぺこだったので。
 山本くんは劇作家で、性同一性障害についての芝居を書いている。いろいろ話を聞き、思ったことをどんどん言わせてもらった。ちょっと言い過ぎたかもとやや反省。
 話している間に、篠原さんに鶴屋南北戯曲賞の選考結果の連絡がはいる。新国立に書いた「ヒトノカケラ」が候補作。受賞は坂手洋二さんの「だるまさんがころんだ」だそう。「約束」の初日直前に見た「ヒトノカケラ」が、どれだけ僕を奮い立たせたかということを、初めて篠原さんに話す。「僕も僕にしか書けないものを書くんだって思った」と。

 帰りの電車の中で、全く手をつけていないソネットの18番を覚える。
 駅に着く頃には、なんとかなった。自転車に乗りながら、暗唱できるようになって、ほっとする。


2005年01月16日(日) 「二人でお茶を」ごあいさつ

 夜中、TVでやっていた映画「シェルブールの雨傘」を見てしまう。もう何度目になるんだろう。
 1989年、昭和の最後の年に、僕はこの舞台に出演していた。震災前の神戸のオリエンタル劇場での舞台稽古が終わって、明日は初日という日に、昭和天皇が亡くなった。明日の初日は開くのか中止か。結局、開いたその舞台はもしかすると、平成になって一番はじめに幕を開けた舞台かもしれない。
 カトリーヌ・ドヌーブの美貌は、若さでいっそう輝いている。最近の「8人の女たち」での大女優ぶりを見ると、この映画でジュヌビエーヴを演じる彼女が二重写しで見えてくる。
 大好きなラストシーン。再会したギイとジュヌビエーヴが、ほんとうに何もないまま別れるガソリンスタンドの場面。僕は、ガソリンスタンドの店員の役で出ていた。
 画面いっぱいに降る雪を見ながら、オリエンタル劇場の舞台に降っていた紙の雪を思いだした。

 DOUBLE FACEの「二人でお茶を」のご挨拶文をまとめたので、ここにもアップしておきますね。

<ご挨拶>
 今回のお話は、1980年から2005年までの25年間にわたる二人のゲイの物語です。バーナード・スレイド作の素敵な舞台「セイムタイム・ネクストイヤー」、年に一度の浮気のデートを25年間続けた男女二人のお話を、日本のゲイにおきかえてみようというのがそもそもの思いつきでした。
 舞台は札幌。年に一度東京からやってくる妻子持ちのゲイと札幌在住の母親と二人暮らしのゲイ。二人が過ごす一夜×25年間。昭和が平成になり、20代の二人が40代、50代になっていく、四分の一世紀。20世紀のおしまいから21世紀のはじまりにかけての時代をていねいに写しとっていけたらと思っています。
 この25年間は、そのまんま80年代から今までの日本のゲイ・シーンのうつりかわりでもあります。90年代のゲイ・ブーム、そして、いつの時代も変わらないカミングアウトの問題、それに忘れてしまうわけにはいかないエイズも、二人がくりひろげるドタバタの背景に顔をのぞかせます。
 物語が始まる1980年、僕は15歳。はじめて芝居を見たのがこの年でした。あれから25年。振り返ってみれば、電話からファックス、そして、ポケベル、携帯、インターネットと、通信手段だけでもこんなに変わってきています。今、僕がこうして文章を書いているパソコンだって、もとはワープロ、25年前には影も形もありませんでした。そんないろいろを小道具に使いながら、年に一度のデートのたびに起こるすったもんだの騒動を、おもしろおかしく描いてみようと思います。
 世の中の様々なものが形を変えて進化してきたこの25年。それでも変わらないものは何なのかを、どんどん変わっていく時代と二人の役者の身体(!)をとおしてごらん下さい。
 タイトルの「二人でお茶を TEA FOR TWO」は、ドリス・デイ主演の映画のタイトルから拝借しました。決して明るく楽しいばかりではない二人の25年を「TEA FOR TWO」の軽やかなメロディとともに、ちょっとせつないコメディとしてお送りします。
 あなたの25年はどんな時代でしたか? そんなことを考えながらご覧いただけたらと思います。ご来場をお待ちしています。(関根信一)

 午後から、富士見丘小学校の宮校長先生の書道の展覧会に銀座の鳩居堂画廊へ行く。
 宮先生からお話をうかがいながら、宮さんの義理のお母様の書かれた詩を書いた書を拝見する。いい詩、いい書だなあと素朴に思った。
 さすがに書の展覧会、受付で記帳するのが筆。筆をもつのは何年ぶりだろう。ほんとに指が震えてしまって、自分でもおかしかった。そんでもって、恥ずかしかった。
 その後、UZU君の個展を見に、新宿のラヴァーズ・ロック・カフェへ。
 UZUくんには残念ながら会えず、お花を預けて失礼してくる。


2005年01月15日(土) キャンドル

 今日はなんて寒いんだろう。
 オイルヒーターは今ひとつ「あったまってる感」に乏しいので、この頃は、キャンドルを灯していることが多い。
 全然本来の役目じゃないんだけど、さすがに火が燃えてるっていうのはあたたかい。ので、ちまちまと火の用心をしながら、ひとりロマンチックごっこをしている。
 マルゴリータなすからもらったものやら、あちこちで見付けては買い込んでおいたものが冬場になると「暖房目的」でどんどん燃やされている。
 100円ショップでずいぶん前に買った、ペパーミントの香りがするというキャンドル。
 よく見たら「ちゅラい」って書いてある。「ちゅうい(注意)」って書きたかったのね。
 ラベンダーやら何やら、ほかのものも全部「ちゅラい」。MADE IN CHINA。

 夜中、NHKのドラマ「ER8」を見る。
 憎まれ役ケリー・ウィーバーがレズビアンだとカミングアウト(アウティングに近い)して、波紋を呼んでいる。「いて当然」という常識のなかで、それでもやっぱりいろいろあるっていうのが、興味深い。
 こんな話がとってもリアルに描かれてるドラマってない。やっぱり見てしまう。
 そういえば、「アリーmyラブ」に出てた、ポーシャ・デ・ロッシもカミングアウトしたんだよね。こちらは、実生活での話。


2005年01月14日(金) タイトル決定

 DOUBLE FACEの公演のタイトルを決める。「二人でお茶を TEA FOR TWO」。
 ドリス・デイ主演の映画のタイトル。
 映画のタイトルを拝借するのは、久し振りだ。
 以前は、よくやっていた。「美女と野獣」「秘密と嘘」「陽気な幽霊」「オープニングナイト」。
 今回もまた、オリジナルの映画とは全然関係ないお話になる予定。
 サブタイトルを「ホテル『白い恋人たち』の25年」にしようかと思ったがやっぱりやめておく。そんなに説明しなくてもいいよね。

 明日は雪らしい。
 出掛けなくていいように、スーパーに出掛けて、食材をわらわらと買ってくる。
 この間、重たい思いをしながら買ってきたコントレックスの1.5リットルボトルが、同じお買い得値段で売っていてがっかりする。ブームに乗った輸入しすぎか。 
 夜遅くまでやっているスーパーは、それなりに人がいるのに、生鮮、特に肉が全然なくなってしまっている。
 水につけておいたひよこ豆でカレーをつくろうと思ったのだけれど断念。トマト煮込みに変更。


2005年01月13日(木) 台詞

 電車の中で、ワークショップの課題の台詞を覚えようとする。自分が書いたんじゃない台詞を覚えるのはひさしぶり。
 ハムレットの独白からとりかかるが、なかなか入ってこない。
 今回は青井陽治さんの新訳。以前覚えたものとごっちゃになってしまい、はかどらない。
 原文との対比をしているととてもおもしろい。英語のもつリズムがもうそれだけでわくわくするほどだ。
 「おお、復讐!」は「Oh,vengeance!」。日本語だとよくわからない「ただヘキュバのため!」っていう言葉も「For Hecuba!」って声にしてみると、日本語にはない力強さが伝わってくる。なんておもしろいんだろう。
 日本語に翻訳された時点で、英語の響きのおもしろさは失われるけど、そんな響きがあったんだってことは、覚えておきたいと思う。
  
 朝、同じく課題になっている「ジュリアス・シーザー」の場面のため、押入から新潮文庫の「ジュリアス・シーザー」を探し出した。昭和60年の出版。養成所にいたときやった課題のために買ったんだとなつかしい。


2005年01月12日(水) 富士見丘小学校演劇授業

 夜中、「演技者。」の「ビューティフル・サンデイ」を見る。三宅健がなかなかいいかんじ。

 そのまま朝までほぼ起きてしまい、富士見丘小学校へ。
 今日は1、2時間目。廊下を歩いていたら、遅刻ぎりぎりで走ってくる6年生の何人かに会う。
 西野さんの音楽の授業。青井さんが詩を書いた「卒業」の歌を練習する。
 その前に、田中さんが、声を出すシアターゲームを。
 好きな色、自分の生まれた星座、月、血液型、電話番号の最後の数、などを大声でいいながら、仲間を探す。
 みんな大盛り上がり。
 好きな色が「赤」だったショウゴくんが、「赤」のチームのなかでは男子一人で居心地悪そうにしていたのを、別の色チームで遠くから見ていたリキくんが、ぼそっとやってきて並んで座った。とっても「友情」っぽかった。
 歌を歌う前に全員が床に寝っ転がる。仰向きになって、まずは「落ち着く」。
 音楽室に2クラス60人が一度に寝転がってる姿はなかなか壮観。
 さっきまでざわざわ落ち着かなかったのがだんだん静かになってくる。
 窓を開けて、外の音に耳を澄ませて、少しずつ声を出して、立ち上がる。
 歌の練習だけど、歌詞や楽譜は配らない。
 西野さんが、歌ったのをまねて、「口立てで」歌っていく。
 子供達のおぼえがいいことにおどろく。
 なかなか難しいメロディを、きっちりおぼえて、みんなで歌ってる。
 1番は難なくクリアしたところで、ほぼ時間。
 2番を「こんなふう」とピアノを引きながら西野さんが歌ってくれて、ついほろっとしてしまう。
 子供たちが、はじめのうちは、ばらばらでいたのが、だんだん曲に引き込まれて集中していくようすがおもしろかった。
 子供だましであれこれするよりも、いい曲を真剣に練習しようとすることが、結局は子供たちの興味をつなげていくんだと思う。
 西野さんが、練習の途中でみんなに「だいじょぶ?」と聞いたときに、大きく頷いていたカズキくん。僕が選んだ今日のMVPだ。


2005年01月11日(火) ワークショップのテキスト

 来週の月曜から始まる、ロジャー・リーズ特別ワークショップのテキストが届く。
 あらかじめメールで知らされていたけれど、とんでもない分量だ。
 5つのシェイクスピアの独白と、2つのシェイクスピアの場面と、4つのシェイクスピアのソネットが、原文つきで一冊の本になっている。
 「ハムレット」「シンベリン」「十二夜」「恋の骨折り損」「ジュリアス・シーザー」「間違いつづき」、それに、ソネット。
 これを予習していくのは、なかなかたいへんそうだ。でも、やっぱりわくわくもする。
 台本の合間の息抜きに読んでおこう。
 久し振りのワークショップ。俳優としての自分をもう一度見つめ直して、DOUBLE FACEの稽古にそなえたいと思う。
 今年の芝居はじめだ。


2005年01月10日(月) 成人の日

 一日パソコンに向かって、台本やら、原稿やらを書く。
 今日ちゃんと仕事するために、昨日は帰ってきたんだと思いながら、それでも体のあちこちが痛くって、誘惑に負けて、昼寝をしてしまう。
 今日は成人の日なんだと気がつく。
 20年前の成人式、僕は区が主催する「新成人の集い」には行かないで友だちの家にわらわら集まってお酒を飲んでいた。
 あれから20年経つんだなと感慨深い。DOUBLE FACEの台本のためにも、20年前のいろいろを思いだしては、書き留めてみた。


2005年01月09日(日) M☆night

 Qubeにて「M☆night」。オンタイムに到着したら、会場はもう人でいっぱい。ドアが閉まるかな?なかんじだったのが、だんだんじょうずに詰め合わされて奥の方へ。マルコに挨拶。トシくん、タカシくんを発見。でも、声は掛けられない。身動き出来る状態じゃないので……。
 ショーは、どれもとっても見事なものだった。オープニングのアルピーナさん、いわいわ、まさひろくんの「MOVE ON」がかっこいい!
 アルピーナさんは、その後も、聖子や、ユーミンや、美和だったり、みゆきさんだったりと大活躍。堪能しました。
 エスムラルダさんも、マッキーの「ハングリー・スパイダー」が芝居仕立てでとってもよかった。それと、もう一曲のユーミンも。
 肉襦袢ゲブ美さんの「化粧」は、見ていて泣けてくるくらい。大好きなゲブ美さんだけど、今日はいちだんとすばらしい。
 今日のショーは、どれも、心動かされるものだった。それはやっぱり曲のよさっていうのがあるのだろうけど、パフォーマーのみなさんがとってもていねいに作り込んでいるかんじが胸に響いてきたのだと思う。
 最後のトーク、エスムラルダさんが「楽屋も地獄でした」、ゲブ美さんが「埼京線の一番後みたい」と語って、満員でいっぱいいっぱいの客席を和ませたのも見事だった。
 ショーが終わって、外に出る。マミーと、トシくん、タカシくんと、二丁目の路上でご挨拶。
 この時点で、僕は終電があぶなかったのだけれど、とにかく帰ろうとダッシュする。
 せっかくの三連休を徹夜明けの一日眠り倒しで終わってしまわないよう、今日は帰らないと。
 それにしても、どうして東武線のダイヤは休日の最終が30分も早くなるんだろう。ほんと理不尽。


2005年01月08日(土) DOUBLE FACEうち合わせ

 新宿でなべちゃん、森川くんと3月のDOUBLE FACEのうち合わせ。
 仕事が遅くなってしまって、大遅刻。
 なべちゃんから制作のいろいろについての説明、こんな話なのよという僕からのプレゼンを森川くんに。
 これまでずっとタイトルを「ともだち(仮題)」としてきたのだけれど、なかなか「これだ!」というタイトルが浮かばない。芝居のなかみはどんどん決まってるんだけどね。なべちゃんともりかわくんにも協力をお願いして、連休明けまでに決定することに。

 今回のお話は、1980年から2005年までの二十五年間にわたる二人のゲイの物語。バーナード・スレイドの「セイムタイム・ネクストイヤー」、年に一度の浮気のデートを二十五年間続けた二人のお話を、日本のゲイにおきかえてみようというのがそもそもの思いつき。
 舞台は札幌。年に一度やってくるもりかわくんと札幌在住のぼく。二人がすごす一夜×25年間。二十代の二人が40代、50代になっていく。
 その間に流れていく時間はそのまんま80年代から今までの日本のゲイ・シーンの変遷だ。カミングアウトの問題や、ゲイ・ブーム、それに忘れてしまうわけにはいかないエイズのことも、二十五年という四分の一世紀の時間の中、20世紀のおしまいから21世紀のはじまりにかけての時代をていねいに写しとっていけたらと思う。
 1980年、僕は15歳。はじめて芝居を見たのがこの年だ。あれから25年。
 電話からファックス、そして、ポケベル、携帯、インターネットと、通信手段だけでもこれだけ変わってきている。
 そんないろいろを使いながら、年に一度のデートのたびに起こるすったもんだの騒動を、おもしろおかしく描いてみよう。
 このところの「知らない人」を描いてみるという芝居の書き方から、久し振りに「知ってる人」ばかりを描くことになりそうだ。
 と、わくわく二人に抱負を語った。
 書き上がった台本は、どんどんなべちゃん、高市氏、もりかわくんに送ることにする。ラフで上がった一場にもう少し手を入れて、どんどん先に進んでいこうと思う。

 ジオマンのマルゴリータなす嬢が、ミクシィに参加。二つの日記を同時につけていくというのにも、ずいぶん慣れてきた気がする。
 ミクシィは携帯から写真付きで簡単にアップ。その日のうちに。
 こちらの日記は、夜中にのんびりと。

 つけっぱなしのTVがどこもおもしろくないので、つい、ずいぶん前に録画した市川崑の「女王蜂」を見始めてしまう。
 市川崑の横溝シリーズは「犬神家の一族」「悪魔の手毬唄」「獄門島」までが傑作で、それ以降の二本、「女王蜂」「病院坂の首縊りの家」はもはやセルフパロディのようだ。しかも、あまり成功していない。
 芝居もとってもチープで、なんだかオールスターキャストで「gaku-GAY-kai」の贋作シリーズを演じてるのを見てるような気がしてくる。
 「女王蜂」は、岸惠子が「赤いシリーズ」の「パリのおばさま」のまんまのテイストで出ているのが素敵。犬神家の高峰三枝子もゴージャスに再登場。
 回想シーンで、仲代達也が学生服姿になっている。若作りってこういうことなのか。もしかしたら、僕も今度の舞台では、一番はじめが「学生服姿」になるかもしれないので、研究がてら見てみるかと、理由をこじつけてみる。が、もちろん、参考になるわけない。
 それにしても、沖雅也はなんてきれいなんだろう。


2005年01月07日(金) ジオマン打ち上げ

 ジオラマ・マンボ・ガールズのマルゴリータ・奈須と新宿で待ち合わせをして、ジオマンの打ち上げ。
 伊勢丹の地下で京野菜のサラダ、あんこうと野菜を揚げて甘辛いたれでからめたお総菜、そして、海老カツとメンチなどの揚げ物、そして、甘いモノとしてお正月ならではの花びら餅をゲット。去年に続いて、油モノを食べる集いだ。
 地下鉄に乗ってマルゴリータ・奈須邸に向かう。
 シャンパンからはじまって、大いに飲み、大いに語る。
 「年に一度の自己肯定イベント」(by マルゴリータ)の感想をあれこれ。
 話はどんどんひろがって、大好きな須賀敦子、幸田文、樋口一葉について。そして、富士見丘小学校について。話しながら涙ぐんでしまうほど、熱く語ってしまう。
 毎年恒例の次回の演目についてもアイデアがいろいろうかぶ。
 思う存分しゃべって、終電の時間になってしまっていることに気がつき、バタバタと失礼する。
 今日中にアップすれば、今日の日付になるはずなミクシィの日記を、若松河田の駅に向かう道を歩きながら更新。
 充電が切れそうな携帯の、最後のひと息で送信完了。


2005年01月06日(木) 富士見丘小学校台本うち合わせ

 雪に変わればいいなと思った小雨はあっさり止んでしまってちょっと残念。

 夜、扉座の事務所で富士見丘小学校の六年生を送る会の台本のうち合わせ。
 青井さん、篠原さん、田中さんとこれまでの子供達の言葉を振り返りながら、終電まで話し合う。印象に残った言葉、表情などを、子供たち一人一人を思い出しながら。
 子供たちの話をしているうちに、いつのまにか自分たちの話をしてしまっている。自分が小学生だった頃のことをそれぞれ思いだしてしゃべってしまう。
 青井さんに「自分が子供だったことを忘れない大人が芸術家になるんだよ」と言われる。僕はどうなんだろうか?
 次回は、来週の12日、三学期最初の授業。どんな台本になっていくのか楽しみだ。
 
 真っ暗ななか、家の前に自転車をとめて、右足をついたら、ちょうどそこにいたうちの猫をふんでしまった。
 黒い猫なので夜はどこにいるのかわからない。自転車でひいてしまうとか、車にひかれてしまうとか、いつかやるんじゃないかと思っていたのだけれど、まさかふんづけるとは。
 もちろんすぐに気がついたので、そんなに思い切りふんだわけじゃない。
 あわててあやまり、家の中につれて入ったが、かなり機嫌が悪い。
 さっき食べたばかりのご飯をもっとくれとキャットフードがしまってある棚の前に座り込み、かと思うと、母親にすごい勢いでジャンプ&かみついた。
 「暴力に屈しちゃダメだって!」と止めたのに、母は山もりのドライフードの上に、桜エビ入りの煮干しをのっけてしまう。カリカリと煮干しを囓っているうちに、どうやら機嫌は直った様子。

 昨夜から水につけていた、うずら豆を圧力鍋で煮る。一度ゆでこぼしてから煮たのだけれど、あっという間にやわらかくなった。
 その間、暮れに買って出しそびれてしまい、「食べないならちょうだい」と妹に言われたイチゴを母親と食べる。砂糖と牛乳をかけて、子供のようにぶちぶちつぶしながら。
 うずら豆に砂糖とほんの少しの塩を入れてひと煮立ちさせ、あとは朝まで放っておく。

 早くもぐーぐー寝ている猫を抱いて、部屋に上がってきた。


2005年01月05日(水) 新年会

 仕事はじめをさっくり終えて、斎藤憐さんのお宅での新年会に伺う。
 富士見丘小学校の演劇授業のうち合わせをかねてという集まり。
 篠原さんに田中さんに青井さん、今日が始めての長谷基弘さん、夏井孝裕さん、それに三田和代さんと一緒に憐さんの手料理をいただきながら、おしゃべりする。ごちそうさまでした。

 帰ってきたら、TBSで中島みゆきのライブをやっている。
 歌ってる中島みゆきを見るのは一昨年?の紅白以来だ。
 今日の朝方、眠れなくて、NHKをずっとつけていたら、放送終了後に下町の風景がいろいろうつってバックに大貫妙子の曲が流れていた。
 僕はこんな時間が大好きだ。その後、大貫妙子は矢野顕子に変わった。
 僕はこの人たちを聞き始めたのはもう二十年以上前だ。大貫妙子はソロデビューしたアルバムからかなり真面目に聞いていた。
 そんな二人が今も代わらない声で歌ってるということにショックを受ける。こんなことをかんじたのは初めてかもしれない。
 二十年経っても変わらないもの、肉体がどんなに年とっていっても変わらないもの、それは声なんだろうかと考える。いや、声は変わるだろう。だとしたら、それは魂なのかもしれないなと考えていたところで、唐突に番組は終わって日の丸が映って4時30分のニュースが始まった。
 今流れている中島みゆきのライブは、かなり微妙だ。
 この人も、それこそ、僕が中学生の頃から聞いているけれど(初めてつきあった相手の部屋にアルバムがあった)、映像としての露出がほんとに少ないので、歌声(それにおしゃべりのときのハイテンションな声)だけが一人歩きして、イメージができあがってしまっている。
 このライブは、「今のうちに撮っておこう」なノリが濃厚な気がするなあ。それはそれで大事かもしれないけど。こうして豪華なドレスや、ラメ入りのジーンズを着た、中島みゆきという肉体は、どこかであの歌声を裏切っているような気がしてならない。僕のなかではあの歌声には肉体はなくてもいいんだ、もうそれだけで魂ってことなんだ。
 それでも、しばらく見てるうちに、やっぱり圧倒されてしまう。すごいわ、そして素敵。「歌姫」って言葉がぴったりだなあとあらためて思う。


2005年01月04日(火) 初詣

 今日こそはと思って、初詣に出掛ける。
 それでも、あまりにいいお天気なので、洗濯をしているうちに午後になってしまい、ばたばたと家を出る。
 電車に乗っているうちに、きっと人でいっぱいな浅草じゃなくて、西新井大師に行こうと決定。
 久し振りに乗る大師線。それなりに人はいっぱいで、初詣気分はかなり満たされる。
 それにしても、参道近辺の鄙びたかんじはどうだろう。とっても田舎の観光地に来た気分だ。
 目の前の環七はバスや車で時々通るのに、ちょっと中に入っただけで、タイムトリップしたような感覚。
 それもまたよしと、お参りをして、出店をひやかして帰ってくる。
 おみくじは、末吉。去年と同じだ。
 東武線の大師前の駅は、ホームやコンコースがりっぱなのに、切符の自販機が見あたらない。
 お正月だけの特別体勢かと思ったらそうでもないらしい。改札もパスネット未対応だし。
 何年か前に牡丹を見に来たときは、ホームいっぱいにハトがいた記憶があるんだけど、今日は二羽しか見あたらない。
 壁に「ハトにエサをやらないでください」の貼り紙があった。「ご近所の底力」的な努力がうまくいってるってことなんだろうかと考える。
 ちょっと風景としてはさびしいけど、住宅地のまん中にある観光地としてはしかたないんだろうな。
 
 今日の夕食はおせち料理の後かたづけ。母親は、余った煮物を天ぷらにしている。
 目先が変わっていいものの、濃いめの味つけと油のせいで、とってもボリュームのある晩ご飯に。ただ、かなり「菜食」なかんじなので、それなりにヘルシーかもしれない。


2005年01月03日(月) 初外出

 午前中、近くの久伊豆(ひさいず)神社に初詣に妹一家と母が出掛けていった。一緒に行ってもよかったのだけれど、起きたばかりの頭で初詣もどうかと思い、パス。

 午後から、部屋の片づけを改めて。夕方近く、思い立って、初詣に行くことにする。
 自転車はおっくうなので、のんびりバスで出掛けたら、思う存分渋滞してしまい、北越谷の駅に着いた頃はもう薄暗い。この頃すっかりきれいになった駅前のイルミネーションも点灯しちゃってる。
 とりあえず電車に乗って、浅草寺か西新井大師かと考えているうちに、やっぱりやめようと思う。

 北千住のマルイで買い物。東急ハンズで新春お年玉セールのバッグを買った。
 マツケングッズのコーナーは、まだまだやる気満々なかんじ。
 暮れよりも一段と品揃えがよくなっている。サンバスティックも色違いであるし。業者さんたち、もう少し早く準備してたらよかったねえとか、まさかこんなに当たるとは思わなかったんだよねえなどと、親身な気持。
 ちょうど、店内に流れている有線から「マツケンサンバ2」が流れ出す。歩きながら、踊ってしまいそうになるのを我慢する。

 帰りの電車で、ミクシィの日記を更新してみる。
 日記二本立てはやや面倒な気がするけど、あちらは写真をとって一言なかんじにしようと思う。


2005年01月02日(日) 寝正月

 まだ熱が下がりきらないので、一日寝正月を決め込む。
 寝たり起きたりの間に、たまっていたHPの更新を一気にやってしまう。

 暮れに録っていて、見始めては途中で眠ってしまっていた「新撰組!」の総集編をようやく最後まで見る。
 総集編だけあって、近藤勇中心のストーリー展開。あそこが見たい!という場面はほとんどなく、かなり欲求不満。
 三谷幸喜のシナリオの魅力は、メインのストーリー展開ではなく、サブストーリーのおもしろさなんだなあと思う。
 特に終盤の隊士たちの最後があっさり語られていたのがとても残念。まさにシットコムだった大倉考二が死ぬ回とか、戸田恵子が活躍した寺田屋大騒動や、死んだ源さんが勇のもとへやってきた「楽しうございました」って言うところなどなど。

 HPの更新をしながら、今年の予定を確認。4月の青年座のスタジオへの客演の詳細がもうすぐ決まりそうだ。

 3月のDOUBLE FACEの準備でもう何度目になるかわからない「セイムタイムネクストイヤー」を読む。
 翻案じゃなく、贋作じゃなく、設定のヒントだけを借りたオリジナルのストーリーにするにはどうしたらいいだろうかと、あれこれ考える。

 夜中、教育テレビ「坂東玉三郎の古典芸能図鑑」を見る。去年の正月にハイビジョンで放送して録画して何度も見ているのを、また改めて。

 寝ていたネコが起きてしまって妙に機嫌が悪い。部屋の外に出したら、玄関で大暴れ。朝、見てみたら、お供え餅をひっくり返していた。母親がよれよれの飾りを捨てて、シンプルなお餅だけの姿に。何日か早く、松が取れた気分。


2005年01月01日(土) お正月

 午前中、母親と一緒におせち料理のしたく。
 昼過ぎに弟夫婦妹夫婦が甥っ子姪っ子とともにやってくる。
 総勢十一人で新年会。
 話の流れで「マツケンサンバ踊れるよ」と言ってしまい、キッチンで、姪っ子たちに「振付指導」することに。居間に戻って、みんなの前で「披露」。例年になく盛り上がる。母親は涙を流して笑っていた。そんなにおかしいか?
 十時前にみんな帰っていく。
 いつもは二人の家が、にぎやかになって、なんだかうれしい気がした。
 明日からは、静かな寝正月かな。


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