今迄。そしてこれから。



 ふろばで



ああとんでもなく悔しかった。

本当、ああ、悔しかった。
悔しい。


悔しいって、可笑しいけど。

自分のいたらなかった所を知りたい、指摘してほしいとすら思ってしまうくらい甘え考え。

3日前。


もう、あきらめなければならないだろう。


あー

くそう。



切り替えが大切。

歩む足を止めてはいけない。

やりたいことを明確に、折れてはいけない。

踏ん張って、秋がある。


今回磨いたことを大切に、もっと輝け。





2009年04月21日(火)



 今思うこと

自戒の念をこめて。



やりたいことを明確にすること。
再確認すること。

やりたいことを実現するための、過程を、今過ごしている。

だから、まだ満足したり、浮かれたりしてはいけない。
そんなことはずっと先で、今は精進の時。

(きっと一生だけど)


______|___*目指す地点

ハードルを越えることが目的じゃない。
ハードルを越えることは、手段であり過程である。


誰に会おうが、何人に会おうが、変わらない。
自分という人間のみで挑む。
それだけ。


まだ、何もしてない
走り出してもない
そうでしょう。


だから、気を引き締めて、自分のやりたいことを詰めて
今までやってきたことだけで考える。

地に足をつけて、
歩む。


正直に。
素直に。

飾らずに。



今の時点で、別にたっている位置は数週間前と変わらない。
まだ、進めてない。


*

最近新聞読むがすごい楽しい。

不思議だ。
新聞が好きだなんて思ったことなかった。

だけど、起こっていることを知って
見方を変えてみたりして
自分ならどうするとか考えたりして
それで知識がつながったりすると
楽しい。

熟考する力。

*

2009年04月13日(月)



 memo 南洋群島


「マンゴと黒砂糖」みたいな・・・・・。
すごいな。
ていうか、今年、絶対おさめておかなきゃいけないんじゃないかしら。

おじさんがサイパン生まれって、知らなかった。
告別式に南洋群島帰還なんちゃらって書いてった人がいたから
不思議に思ってたら・・・・・・。
生前に話、聞けばよかった。


旧南洋群島


現地訪問、今年まで 南洋群島帰還者会
4月8日14時35分配信 琉球新報


 南洋群島帰還者会(宜野座朝憲会長)はサイパン、テニアンなど南洋群島と呼ばれた島々で、太平洋戦争中、日米の地上戦の犠牲になった県出身者の慰霊を目的に現地を訪ねる南洋群島慰霊墓参団を、40回目のことしで終えることを決めた。南洋帰りの帰還者会員らの高齢化で運営が難しくなったことや、参加者が年々減少したことが理由。墓参団として慰霊を主目的に、チャーター便を確保して団体で現地へ赴く旅は今回が最後となる。
 この方針は、3月21日、宜野湾市で開かれた同会の例会で承認された。来年以降は親善交流や観光などを盛り込み、希望者が慰霊祭を開く。宜野座会長(79)は「参加者が年々少なくなり飛行機のチャーターができなくなってきた。会員も高齢になり、車いすや寝たきりになっている」と、無念な面持ちで語った。
 墓参団は1968年5月、南洋からの帰還者や犠牲者の肉親ら約55人が初めて現地を訪問し、サイパン島北部に慰霊碑「おきなわの塔」を建立した。当時親交のあった現地の人々を慰霊祭に招いて以来、現地の人々も毎年慰霊祭に参列。サイパンとテニアンにある沖縄出身者の慰霊碑は、北マリアナ政府観光局などが清掃・管理し守っている。
 墓参団には33回忌の76年、約1100人が参加したが、この2、3年で参加者が減少し、昨年は90人だったため、チャーター便をキャンセルし、名古屋経由で渡った。帰還者会の構成団体の一つサイパン会の平良善一会長(79)は「南洋帰りの孫ら若い世代に会をつなげる方法を何とか考えたい」と話している。
 ことしは5月26日から29日まで、約150人乗りのチャーター機を確保し、サイパン、テニアン、ロタ島を訪ねる。帰還者会は参加者を募集している。問い合わせは国際旅行社(電話)098(867)2121。

<用語>旧南洋群島
 1914年に第1次世界大戦が始まって間もなく日本海軍に占領され、太平洋戦争中の44年に米軍が占領するまで、約30年間日本が統治していた。日本の南進の拠点となっていた「南洋興発」による製糖業を中心に、多くの沖縄県出身者が渡航し、40年には約5万人の県出身者がサイパン、パラオ、テニアンなどに居住。44年6月から8月にかけて日米の戦闘があり、旧厚生省によると12島で、1万2826人の県出身者が犠牲になった。


●1年前の記事
平和希求、胸に 南洋群島慰霊墓参団が出発2008年5月25日
名古屋経由でサイパンに向けて出発した南洋群島慰霊墓参団の結団式=24日午後、那覇空港国内線出発ロビー
 太平洋戦争当時、南洋諸島で犠牲になった県出身者を供養し、平和への願いを継承しようと、第39回南洋群島慰霊墓参団が24日午後、名古屋空港経由でサイパン島へ出発した。昨年まではチャーター機を利用し、最大で1200人(1976年)参加したが、高齢化のため参加者が年々減少。今年は国内線を乗り継いで定期便で向かうことになった。参加者数は初めて100人を割り、現地で合流する人を含め、過去最少の90人となった。
 那覇空港で行われた結団式で、団長の宜野座朝憲南洋群島帰還者会会長(77)は「1968年の慰霊碑建立から40年がたつ。今年は残念ながら90人の参加となったが、慰霊祭でしっかりと親類や肉親の供養をしよう」とあいさつした。
 参加者の減少について、安里嗣淳事務局長は「帰還者もどんどん高齢化し、参加者は年々減る一方だ。ハワイなどのように現地で交流できる県関係者がいるわけでもなく、墓参団の在り方を検討していかないといけない」と語った。
 一行は26日にサイパンで合同慰霊祭に出席。27日にはテニアンでも慰霊祭が行われる。現地の関係者らとの交流会も開かれる。


●1年前の記事
平和へ誓い新た 南洋群島墓参団、39回目の慰霊祭2008年5月27日 「第39回南洋群島沖縄県出身戦没者ならびに開拓殉難者追悼式」が26日、北マリアナ諸島サイパン島マッピー岬にある「おきなわの塔」の前で開かれた。沖縄からは現地で合流した人を含め96人が参加。現地の住民と合わせると約150人が参列し、戦没者や開拓殉難者の霊を慰めるとともに、平和への誓いを新たにした。
 塔の前には果物など多くの供え物が置かれ、参列者は手を合わせ、深々と頭を下げた。中には涙があふれ目頭を押さえる人の姿も見られた。
 南洋群島慰霊墓参団の宜野座朝憲団長は「戦後63年たっても1万2000余の柱が眠る塔を手入れしている現地の方々に感謝する。私たちが今あるのは(1万2000余の)皆さんのおかげだ。来年も来ます」などとあいさつした。
 この後、県や県遺族連合会の代表、現地代表らが献花した。
 同日夕にはサイパン島のハファダイビーチホテルで、ファン・B・トゥデラサイパン市長らも参列し「親善交流の夕べ」を催し現地の参加者らと親睦(しんぼく)を深めた。
 27日にはテニアン島カロリナス台地の「沖縄の塔」で「テニアン島沖縄県人戦没者追悼式」を開く。



●3年前の記事
積もる思い胸に出発 南洋群島墓参団きょう追悼式2006年5月29日
結団式に参加する南洋群島慰霊墓参団の団員ら=28日午前8時40分ごろ、那覇空港
 南洋群島慰霊墓参団の一行137人が28日、那覇空港から特別機で空路サイパンに向けて出発した。29日には、現地で第37回南洋群島沖縄県出身戦没者追悼式が開かれる。
 同空港国際線ターミナル内で開かれた結団式で、団長の宜野座朝憲南洋群島帰還者会会長は「今年は42人の戦後生まれも参加する。高齢化で子や孫への(慰霊祭の)引き継ぎが責務になっている中で、うれしいことだ。戦後61年目の今回も粛々と慰霊祭を行い、現地の人たちとの交流も深めたい」とあいさつ。県遺族連合会の仲宗根義尚会長は「継続的に参加されている方はシーミーに行くような気持ちで、初めての方は積もり積もった報告をみ霊にしてきてください」と激励した。
 墓参団の見送りに訪れた県の嘉数昇明副知事は、テニアン島にある慰霊碑「沖縄の塔」の銘板などが壊された事件に触れ、県からの見舞金として5万円を宜野座会長に手渡した。
 サイパンで生まれ育ち、沖縄に引き揚げる際に7歳だった長男を病気で失った玉城ヒロ子さん(86)=今帰仁村古宇利=は、車いすで初参加した。「サイパンで眠る人たちに何を話すかは、着いてみないと分かりませんね」と話し、61年ぶりに訪れる“第二の故郷”に思いをはせていた。


2009年04月08日(水)



 あと少し先の私へ



落ち込んでいる暇はない。

原因はわかっている。

努力不足。
覚悟不足。

甘えてはいけない。

悔しがる資格もない。
悲しむ余地はない。

現状は結果。


やるからには全力でという心が足りていないだけのこと。


自分は自分でがんばること。
ただし、全力でいくこと。

甘えるな。

ばかやろう。



2009年04月07日(火)



 ペット


昨日の朝刊の中に、ペットの輸血がのってた。
人並みに複雑な検査をへて輸血を行うのだそうな。
ペットが輸血だなんて、きっと父や母の子ども時代にはなかったことだろうなぁ。

ペットと人間の境とか、倫理問題ってどうなっているんだろうと思った。

最近ペットは家族っていうのもよく聞くし、
服着せて歩いてる人とかもいるし、
別にそれが悪いというわけじゃなくて、

昔なかったことが今頻繁に現れているっていう背景にどんな社会問題があるんだろーと思っただけで。

人の心理状況の変化が一番なんだと思うけど。

犬とかも、単なる番犬から心の支えの役割みたいな。

そうした人の心境の傾向の変化のさきに、ペットの輸血もあるんだと思う。



2009年04月04日(土)



 ほしい力

信じる力


自分を律する力

歩いていける力

それでいて、相手を包める力
受け止められる力



自分の足で立って歩いていける人になること


だから、もし相手がそれを私にのぞまないのならば
私に、癒しの場としてのみ求めるのならば
いつでも自分のことを心配して思ってくれてて優しい場所を求めるのならば
別の道を歩んでもいいと思う。
そういう人と一緒になって、幸せになってほしいと思う。


悲しいけど。
ただ、彼が不安に耐えられなくなったとき、自分を信じられなくなったとき、ふと、立ち止まったとき

そのときは、

私は避難所になり、帰る場所となり、信じる力になりたい。


それだけの力を、成長して手に入れたい。


*


研修中の相手からの電話。

遠くなる存在感。

なるほど、ああこれが社会人との壁ってやつですか?

でも、ちょっと待て。
私は学生の相手を好きになったわけじゃない
惹かれたときは相手は学生だったかもしれないけど
私は彼の心に惹かれた。もっと言えば、生きる姿勢にあこがれている。
だから。
新しい場所で不安と期待と刺激を全身にうけながら
今から成長しようとしている彼を見られることは、幸せなことに違いない。

今から彼の成長を見れるのは、私だけ。

そう考えると、一人の時間を大切にしてほしい。

ただ、二人のときは二人の時間を。


それは、私にも言えること。

もし彼をパートナーとしてみるならば。それくらい真剣になっても、いいでしょ?
願わくば、あなたの成長を見ていける権利を。




2009年04月03日(金)



 この



世の中、本当にどうしよう、やばいなって思うこと、

そんなにない。


だから、きっとこれを抜ければ私は成長しているはず。


今見えていないことが見えるはず。


ある意味ですごく幸運。


またひとつ、人生が深くなる。




2009年04月02日(木)



 なんでだろ

もう4月となりました。

いろいろ、いろいろありました。


自分が自分の人生を決めなくてはいけないっていうのは、
今に始まったことではなく、上京してきた時点からそうなのだけれど。
甘かった、んだろうなぁ。
と思う。


自分なりに決めてたつもりだったけど、私はいつも
人の意見とか状況とか、勝ち目はあるかとかで
色々自分の形を変えてた気がする。
それなりに取り繕うのが器用だから平気だったけど、
根っこの部分は、不器用だと最近思う。

初めて、逃げるのやめてちゃんと向き合おうって思ったのかも。
ていうか、むしろ・・・
向き合っていいんだって思えたのかも。



大学に入って、家族から離れて、でも多分そのときは
その意味に気づいていなかった。

だから宙ぶらりんになって気持ちがふさいだりしてたんだろうね。


とりあえず夢中になれることに注いでみたけど、
夢中になる意味は考えてなかったのかもしれない。
もしくは、気づけないまま流されていたのかも。


n社のシートが落ちて、なんかはたと思った。
私いったい何したいんだろう?って。

別にジャーナリストに憧れていたわけではなかった
そんな職業は知りもしなかった
新聞は偏った記事を伝えるものだと思ってた
報道は人を傷つけると思ってた


自分は勝手に能力をかわれる職について
お金困らないくらいにかせいで好きなことして生きてこう。
って思ってた。

なのに。

なのに。



多摩を歩いて、いろんな人の話を聞いて、自分で見つけたネタをもとに
実際に現地に行って交流して、ルポ書いてそれが形になって。

世の中にはいろんな問題があって、実際に行かなきゃわからないし
感動はできない。

人の話を聞くのが好きになってた。
話を聞いて何が背景にあるのか、
もしかしたらそれが社会的に問題があることなんじゃないのか、
世の中似たような問題が山積してるんじゃないかって、
ていうか、前々から思ってた気がする。

平和って守ろうって作文かくだけじゃなんら実行力は薄いんじゃないかとか
映画を見ていて、これは人生にも投影できる話なんじゃないかとか
色々変換して考える癖があったかもしれない。

世の中問題だらけだ。
それを見て考えることは、許されているんだ。
そう思った瞬間から、人生が長く広いものに見えた。


一生かけても終わらないものを追いかけてられたら、
幸せだと思う。


それに、うそはない。

それだけだ。


あと、いろんな人に会ううちに、自分が成長したんじゃないかと思った。
自分をちゃんと受け入れられたら。


*

彼が言っておりました。
自分の考えをぶつけて話を聞いてもらう場なんだから、
楽しんでいきゃいいじゃない。
そういう機会あんまりないでしょ。

人間として成長してるわけだから。
その不安はいつになってもなくなんないから。
ただずっと不安でもつらいから、期待を持ったりいろんな感情持ったりするわけで
うまく不安とつきあえばいいじゃん。
不安は成長してるってことだから。

そして、どうせやるなら勝っていこう。
負けて学ぶより、勝って学ぶほうが多い。



もー。

なんでそんなかっこいいかな。

人として好きです。まじで。


くそう、でも言わせてしまったことが、なんか悔しい。


*

自分の中で思う考え方を、否定されるんじゃないかって
どこかで自信がない。
それが、私の欠陥だ。

彼の言葉は、いつも、その私の「これでいいのか?」ていう不安を
肯定してくれる。
別に意識的にしてるわけじゃないだろうけど、
彼の考え方が驚くほど明確に通っているからだと思う。

くそう。
負けてらんないな。
かっこいいな。

私も成長したいな。


ありがとう。

*


2009年04月01日(水)
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