Scrap novel
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2004年03月20日(土)

「タケル?」
携帯を取るなり、ヤマトの顔があっさりとほころんだ。
バンドのメンバーと次のライブでやる曲のことでちょっと揉めて、くさくさした気持ちのまま
八つ当たりのように台所で包丁を握っていたから、絶妙のタイミングでかかってきた弟から
の電話はかなり嬉しかったのだ。
「え? 今、晩メシ作ってたとこ。あ、そうだな、ちょっと早いけど。練習も今日は早く終わっ
て… え? 外?」
言われて窓から見える夕暮れの空を仰ぎ、ベランダに出る。
「あ、ほんとだ」
驚いたような兄の声に、電話の向こうの弟は満足げだ。
「へえ、虹かあ」


兄の感嘆したような声に、タケルが同じようにベランダから、夕暮れの空に大きくかかる
それを見上げて、くすっと笑う。
「きれいだよねー」
『なんか、虹って久しぶりに見るなあ』
「おにいちゃんも?」
『ああ、お前もか?』
「うん。だから一緒に見たくって。あ、幼稚園の時にさー。虹って歌、教わったんだよね。
なんかソレ思い出しちゃった」
『…どんなだ?』
「えーとね、確かこんな」


せーんたくものがー いーちにちぬれてー
かーぜにふかれてー くしゃみをひとつー
くもがながれてー ひーかりがさして
みーあげてみればー ら、ら、ら
にーじがにじがー そーらにかかってー


「って、こんなの」
『全部歌わねえのかよ』
「えっ、だって、恥ずかしいよ。これ以上」
『上手いのに。けどソレ、2番の歌詞だぜ?』
「ええ、ほんと?」
『にーわのシャベルがーってのが、一番』
「そっかー。あれ? でも、どうして? おにいちゃんも知ってたの?」
『知ってるも何も。おまえにその歌教えたの、俺だぞ?』

「え……!」

『忘れてたろ』
「そ、そうなんだ。わあ、なんか。びっくりした」
控えめに驚きを告げて、でも内心ではかなりびっくりしたんだろう弟に、電話の向こうの
兄が笑う。
受話器を持ったまま、一瞬だけ黙ったタケルに、ヤマトが言った。
『母さん、今日も遅いのか?』
「うん。たぶん」
『メシ、食いにくるか?』
「あ、でも。そんな急だし。お父さんの分、なくなっちゃうでしょ」
『オヤジなんか、家で食べるかどうかアテになんねえし、いいよ』
「う…ん」
『なんか、ヤなこと、あったか?』
「おにいちゃん…!」
『だったら、尚更、1人でメシくってもつまんねーだろ? 俺もさ、ちょっとあって、お前とメシ
食いたいなあって思ってたとこだし』
「本当?」
『ああ。だから来いよ』

強引なような誘いに、それがなんだか妙に心地よくて、タケルがだんだんに薄くなってきた
虹を見上げ、うんと微笑んで嬉しげに頷いた。
「あ、でも、虹が消えるまで見てたいから。もうちょっと待ってて」
言って、電話を持ったまま、さっきの歌の続きを小さくまた歌い出した。

にーじがにじがー そらにかかってー
きみのきみのー きぶんもはれてー
きっとあしたはー いーいてんきー
きっとあしたはー いいてんきー

歌い終わると、電話の向こうから拍手が聞こえた。
タケルがそれに、くすくすと笑う。
そして、胸の中でこっそり思った。




――忘れてると思ってた。
おにいちゃん、覚えてたんだね。

このうた、おにいちゃんが僕に教えてくれた歌だってこと。





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