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2003年02月21日(金) My Gift to You

明日、社会の時間に発表があるからと、下校途中に図書館に立ち寄った。
ヒカリちゃんや大輔くんもいっしょだったけど、大輔くんは、授業と関係ない本ばっかりパラパラと見ていただけで、ものの15分くらいで「悪い! 俺、やっぱ帰るわー」と帰ってしまった。
まあ、そんなことだとは思ったんだ。
キミ、15分が限界だよね。
静かになんか、してられる人間じゃないってこと、わかってるよ。
まあ、とにかくヒカリちゃんに無事チョコももらえたことだしね、僕らに付き合ってここにいる理由はなくなったんだよね。
そのうちヒカリちゃんもソワソワし出して。
『ゴメン、タケルくん! 私、ちょっと・・・』
うん、わかってる。
義理チョコ、どうもありがとう。
キミが本当は誰にあげたいかって、僕はちゃんと知ってるから。
そろそろ高校も、部活が終わって帰ってくるころだもんね。
・・・・そんなわけで、僕は図書館に1人残され、おかげで調べものは、先生にとても感心されそうなくらい詳しくできた。
あたりはだいぶん暗くなってきたところで、家に帰るべく図書館を出ようとして。
僕はやっと、いつのまにか雨が降っていたことに気がついた。
もちろん、傘なんて持ってない。
「・・・・・・・・どうしよう・・・」
走って帰る、にしては結構な降りだ。
しばしぼんやりと、図書館の自動ドアの前で薄暗い空を見上げて考えた後、僕はケイタイを取り出した。

『今どこにいるの?』

短めのメール。
ケイタイからメールするなんて、僕にしては珍しい事だったから、どうも文章が素っ気なくなる。
まあ、だったらパソコンからだったらどうなのかと言われれば、どっちもそんなに変わらない気がするけど。
どっちにしても、あまり得意な方じゃないから。
文章になると、僕の中途半端な愛想笑いも相手には見えないものだから、どうも、何かと誤解を招いてしまうことが多くて。
怒ってもないことを、翌日謝られたりして困惑することがたまにある。
だから、メールはそういうことの極力起こらない相手を選ぶようにはしているんだけど。
でも、メールアドレスを聞かれると断れなくて、ついつい同じ事を繰り返す。

でもまあ、今送っているのは、一番そんなコトが起こらないハズの相手だから気はラクだ。

送信してみて、時計を見ようとするなり、メールの着信音がした。
え? もう返事?

『今、スタジオにいるけど。おまえこそ、どこにいるんだよ』

その文字を辿って、目が思わず細められる。
耳で聞く言葉じゃないけど、文字になって聞こえる声は、ゆっくり確かめられるからそれが嬉しい。


『図書館。お兄ちゃん、傘持ってる?』


『ああ、親父が朝持ってけっていったから。渋々持って出てよかったよ。天気予報あたったな。おまえは?』


『僕は、持ってない。夕方から、雨の予報だった?』


『ご用件を、素直にどうぞv』


何? このハートマークは。
思わず、ケイタイを見つめてくすっと笑う。
ちょうど横を通りがかった高校生くらいの女の子に、不思議そうな顔で見られちゃった。
ええと、用件・・・と。
今度はちゃんとタイトルつけよう。

『(タイトル)傘、入れてください。
バンドの練習おわってからでいいから、よかったら図書館の方に寄ってもらえませんか?』


『なんで、敬語なんだよ(笑)』


『だって、お願いしてる身だから。まだ大分かかるの?』


今度は少し時間があいてから、返事が来た。

『今日はちょっとな。新曲詰めときたいから。今、そっち向かってるから、おまえ、ちょっとそこで動かずに待ってろよ』


え・・?
スタジオからここまで寄ってくれるの?
それはちょっと。
わざわざ帰るついででもないのに、来てもらうなんて申し訳ないなと思う。

さっきよりは、ちょっと小降りかな。
走っちゃおうか。
とりあえず走って、あの先の喫茶店の軒下までいって、それからそこからもうちょっと走ったら歯医者の駐車場があるから・・・。確か、屋根あったよね、あそこ。
なんとかちょっとずつ屋根のあるとこ見つけて走っちゃえば、何とかなるかな。
少し行ったら、もう傘はいいからゴメンって、メールしよう。
とにかく走るぞ。
よーし・・・。


「こら!」

「え・・?」
「だから、動かねえで待ってろって言ってるだろ!」
「あ・・・・・れ?」
びっくりした。
いきなり、メールじゃなくて声がしたから。
「おまえ、のんびりしてるかと思うと、やたら気が短い時があるよなー」
「お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん、じゃないだろ? ちゃんと待ってろって言われたら、うろうろしないで待ってろって。せっかくタクシーとばして来たのに、おまえがいなかったら無駄足になっちまうだろ?」
「た、タクシーって!」
そんな、お金までかけて・・!
どうしよう。
「電車で来てたら、そのうちフラフラいなくなっちまうだろ? ん? 図星」
「う・・」
鼻先をお兄ちゃんのひとさし指でちょんとつつかれて、ぐうの音も出ない。
最近なんだか、前にも増して、行動パターンを読まれるようになってきた気がする。
さすがはお兄ちゃんと言いたいとこだけど・・。
「ごめんね・・。僕、そんなつもりじゃなかったんだけど・・。もし、学校の帰りとかで近くにいたら寄ってもらえばいいなあって・・」
「わかってるよ。つーか、こっちもおまえに渡すもんがあったからさ。ほら」
いきなり目の前に差し出されたものを見て、思わずあっと声が出る。
「あ・・・ 折りたたみ傘・・?」
「2週間前の日曜からウチにあるんだけどな。気がつかなかったか?」
「ええ? そんなに前から!? 気がついてなかった・・ どうりでどこにもないと思ったー」
僕の言葉に、お兄ちゃんがやれやれと肩をすくめる。
「やっぱ、そうかよ。だったらもっと早くに持ってきてやったのに。いや、わざとウチに置いてったのかと思ってさ」
「わざと?って」
「”お兄ちゃん、傘、忘れてなかったあ?”とか言って、取りに来るつもりかなーと」
言われて、ぱっと赤くなる。
「・・・やだな。そんなに策略家じゃないよ、僕」
「そうか? でもこの前も体操服わざと忘れてったし、その前は国語の教科書だったし、えーと、それからその前はー」
「わわ、もういいよ! とにかく、傘ありがとうございました!」
お兄ちゃんの手から折りたたみ傘を奪い取るようにして、あわてて焦ってそれをがさがさと開けようとして、骨がまっすぐにならずにヘンなカタチに開いて、くくっと笑われる。
「貸せよ」
お兄ちゃんが僕の手から傘をとって、ぱっ!ときれいに開いて手渡す。
「あ・・・ありがとう・・」
「じゃ、行くか?」
「あ。お兄ちゃんは?」
「帰りは電車」
「あ、そうなの」
「そんなに金ねーからな」
「・・・ゴメン」
「いや、おまえが謝ることないって」
言って片手でパン!と自分の傘を開いて、「じゃ、行くか」とお兄ちゃんが僕の手を取り、そのままお兄ちゃんの手にひっぱられるようにして歩く。

手袋してなくて、よかった。
体温が、すごく、やさしい。
手のぬくもりだけで、泣きそうだ。
しばらく会えてなかったから。

そのまま、二人それぞれ傘を差して、駅までを歩く。
雨足はまた強くなってきて、傘の間で繋がれた僕らの手の上を、傘の先を伝って落ちてきた雨粒が濡らした。
お兄ちゃんは困ったようにそれを見ると、僕の身体を抱き寄せるようにして自分の傘に入れ、驚く僕の手から傘を取って、器用に片手ですぼめて僕に渡した。
「この方が、手濡れなくていいよな?」
「でも、お兄ちゃん濡れちゃうよ? 肩とか・・」
コートの肩に落ちる雨にちょっと遠慮をして端に寄ろうとすると、逆にぐい!と肩を抱き寄せられて、僕らはぴったりと密着した。
「ひっついてれば、大丈夫だろ?」
そ、そうだけど・・。
思わず、頬が熱くなる。
今日は、”そういう日”ともあって、どこもかしこもコイビト同士で傘を広げている人だらけなのに。
お兄ちゃんはいいのかな・・?
弟と、相合い傘なんか、いいのかな?
僕は、そりゃあもちろん。
そりゃあ、嬉しいけど。
思いつつ、お兄ちゃんが濡れないように、自分からもっとぴったりとくっついていき、背中から手を回してお兄ちゃんのコートの向こう側のポケットにこっそりと「ソレ」を放り込む。

・・・やった、成功。

「どうした?」
「え。ううん」
「寒いのか?」
「え? そんなことないよ」
「だったらいいけど。急に黙っちまったから」
「あ、ゴメン。・・・ああ、ねえ、今年もいっぱいもらった?」
「何を?」
「何をって、チョコに決まってるでしょ? 今日、バレンタイン」
「ああ、今年はことごとく丁重にお断り。なんせ、俺、食わねーもん」
「あ、そうだよね・・」
「そっちこそ」
「え?」
「おまえこそ、また鞄の中、チョコだらけとかじゃないのか?」
「僕も、今年は全部ことわったの。ヒカリちゃんと京さんの二人で一個きり」
「ふーん・・。なんで?」
「なんで、って・・・」
わかってて、聞くかな? もう。
「僕も、実はチョコってそんなに食べないから」
「そうだったか?」
「そうです」
「ふーん」
「何、その疑いの目は」
「いや、別に」

話ながら、もしかしたら前を歩いているカップルよりもさらにくっついて人込みを並んで歩いているうち、気がつくと、あっという間に駅についてしまっていた。
切符を買っていっしょに改札を通り、それから別々のホームに上がる。
お兄ちゃんはスタジオに戻るから逆方向だし、その階段下まで行って、ずっと繋いだままだった手をやっと離した。
「1人で帰れるか?」
「あたりまえでしょ。小さい子じゃないんだから」
「・・だよな」
「じゃあ・・」
「じゃあな」
「うん、今日は、わざわざ来てくれてありがとう」
「水くさいこと言うなって。いつでもおまえに呼ばれれば、どこにだって行くぜ?」
「デートの最中でも?」
「誰とだよ?」
笑いながら、コツンと僕の額をこづく。
僕がそれに笑みを返すと、お兄ちゃんはチラと腕の時計を見て、もう一度じゃあなと手を挙げると自分のホームへと駆け上がっていく。
僕もそのまま反対方向の電車のホームに上がると、ちょうどお兄ちゃんのいるホームには電車が入ってきたところだった。
電車に乗り込み、反対側の開かないドアの方から向かいのホームの僕に手を振ってくれる。
僕が手を振りかえした途端、ちょっと不思議そうな顔をした。
それから、自分のコートのポケットをごそごそと探っている。

・・・わ。ちょっと早いよ、お兄ちゃん。
家に帰ってから気づいてくれたらよかったのに・・・!

そのポケットから出てきた小さなチョコの包みを見て、お兄ちゃんがドア越しに尋ねるように僕を見た。

うん。
そう、僕から。

僕が、真っ赤になりつつ頷くと、お兄ちゃんはすごく嬉しそうに笑って、親指を立てて僕にウインクした。

・・・・はずかしいよ。もう・・・。

回りを気にしつつ、はにかんだように笑みを返す。
手を振ると同時に、電車が動き出した。


忙しいお兄ちゃんと、今度会えるのはいつだろう。
僕も中学に入ってからは、日曜とかも部活があって結構忙しくて。
なかなかゆっくり会える日がない。
相変わらず、高校でもお兄ちゃんはモテてるみたいだし。
ちょっと時々、会えないことが続くと、色んなことが不安で不安で泣きたくなる。
仕方ないとわかっているけど、それでも苦しくてしようがなくなることもある。

でも。
チョコ、喜んでくれたんだ。
よかった・・。
今日は、とにかくそれだけで・・・。
ほっとした。

そう思ったところで、ケイタイからメールの着信メロディがして、慌ててばっと手にとって開く。

お兄ちゃん?


『タケル、さっきはチョコありがとうなv 別にこそっと渡さずに堂々と渡してもらってもよかったんだけど』


『だって、恥ずかしいもん。それにチョコ嫌いなんでしょ』


『タケルにもらうのは、別』


『よく言うよー』


それでも、甘さに顔を歪ませつつ食べてくれるのを想像すると、とても嬉しい。
一応、それブラックチョコだから。
安心して、お兄ちゃん。


『オイ、また忘れもの。バンドの練習終わったら、そっち寄るから。ちゃんと家にいろよ』


・・・・?
何だろう?
もしかして、と思うけど、傘はさすがに持ってもらったまま忘れてるなんてことはなくて、ちゃんと自分の右手にある。
何か忘れてたっけ? なんだっけ?
首を捻りながら、返事を送る。


『うん、もうこのまま家に帰るけど。僕、また何か忘れてたっけ?』


それに返ってきたお兄ちゃんのメールを見るなり、僕は真っ赤になってしまった。
まったく、もう。
それでも困った顔のまま、微笑む。
そんな顔を誰か知り合いに見られてやしないかと、ホームをきょろきょろと見回した。
電車が入ってくる。
人に押されつつ乗り込んで、反対側の扉の前に立ち、とっくに行ってしまったお兄ちゃんの乗っていた電車を追うように逆方向の線路を見つめた。



会えないことは淋しいけれど、一緒に暮らせないことは時にとてもつらいと思うけど。
それでも、たまに会えた時のうれしさは格別だから、それもいいと、少しは思えるようになった。
少しはラクに笑えるようにもなった、かもしれない。


僕も、少しは成長したのかな・・?


思いつつ、もう一度ケイタイを開いて、さっきもらったメールを見る。
さて、いったいこれに何と返事を書けばいいものか・・・。
お兄ちゃんは、どんな返事を期待して待っているのだろうと想像して、思わず肩を竦めて漏れる笑いを1人堪えた。




『チョコのお礼のキスを忘れてるぜ? ちゃんと届けに行くから、心して待ってろよ』






END







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
とっても楽しんで書いたヤマタケバレンタインですv
なんかね、すごく一大イベント!という感じよりは、できるだけさりげなく、自然な感じにしたかったのです。
あげるとか、くれくのかとか、そういうのあまり気にかけてないようで、でもどっちも少しは意識はしてる、そんな感じの。
ベタ甘ではないけど、こういうヤマタケも最近のお気に入りなのですv

ちなみにタイトルの「My Gift to You」はケミストリーの曲から。
最近ヤマタケソングとしてマイブーム(笑)
ヤマトに歌って欲しいですv


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