■ゲンジツ日記■(試行錯誤中)
静花



 ピヨちゃん(ペットのオカメ)が急死

今日はメンタルクリニックを予約してる日
だったので、クリニックへ。

緊張したけど、きついことを言われなくて安心した。
「コンディションが整えば、また動き出せるように
なれるから、焦らずにね」っていうようなこと言って
貰えて、すごく嬉しかった・・・・。
診察時間は相変わらず短いけど…でも安心する
応対をして貰えるだけでも、その一言だけでも
今の私の心は癒され、安心し、
前を向ける気になります・・・(;_;)(悲しいかな・・。)
次回は二週間後・・・・。

すごく自分の中、焦る気持ちがグルグルで、
…でも焦って無理をしても、また余計壊れて酷くなる
可能性もわかってて・・悪循環・・。
もう後は運を頼りに、前を向くしかない。
これ以上壊れない、癒される機会にめぐり合え、
いつか必ず、復帰できる日を信じて・・・。

不安で辛い時に飲む用のお薬(頓服薬)を
前回より強いのにしてもらった。
(これが後日とんでもない効果を発揮する・・・)

今日は医者のことより、予想外なことがあった。

家に帰ったら、母が丁度買い物から帰ってきた
らしく、かち合った。
その時、母が目を赤くしながら一言。

「ピヨちゃんが、死んじゃった・・・」

うちでオカメインコを2羽飼ってるのだけど、
そのうちの一羽が急に今日亡くなった。

多分・・・”卵詰まり”だと思う・・・。

数日前からハァハァと苦しげだった。
でも毎回、卵があるときはそんな状態で…
でもいつの間にか卵を生んでいて、
元気を取り戻していたのに・・・。

しんどそうながらも、昨日は元気で、
食欲もすごくあって、
母の朝食のシャケをバクバク食べてたのに・・。
「ピヨは相変わらず、食いしん坊だなぁ」とか
笑って見てたのに。

いきなりだった。

ピヨは母にだけにしか、懐いてなかった鳥だった。
最後は、かごの中、下で座り込んで翼を垂らして
あえいでいたらしいのだけど、母の姿を見たら
バタバタと「そっちに行きたい!!」と
はためいたらしく・・
何羽も鳥を看取ってきた母は「いよいよかも…」と感じ
自分の手の中でしばらく見守っていたらしい。
そしてそのまま、大好きな母の手の中で
そのまま息を引き取ったらしい・・・。

もう一羽のオカメ(ちゃっぴ〜)より若かったから、
まだまだ生きると思ってた。
ううん、オカメインコの寿命は長いらしいから
きっともっと生きたはずだったんだよね・・。

・・・ピヨちゃん、ごめんね・・。

・・でも、最後に安心できる人の中で
逝けて良かったね・・・。



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2003年01月31日(金)



 伝わったかな・・?

今日起きたら、お母さんが
私が渡した本の二冊のうち
「一冊読み終わったよ」って言った。
(”思春期に頑張れる子”の方らしい)

「もっと早くこれを読んでいたかった」とか
「すごく良いことが書いてあるね」とか
「すごく参考になる」って言ってくれて、
嬉しかった。

自分の心、
自分の言葉で伝える勇気も
受け止めてもらえる自信もないから
本を読んでもらうことで自分のメッセージを
伝える・・。

私はずっと脅えてるの・・。
ただでさえ気が小さい弱い人間なのに、
大きな悩みや葛藤、傷つきの体験のせいで、
更に心が、気がとてもとても、ものすごく、
小さくなってしまったみたいで・・・。
・・安心を感じられなくて・・。

自分でもどうしようもなくて・・。

また以前みたいに
安心を感じられるような関係になりたいな。



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2003年01月29日(水)



 7年前の自分の苦しみと、今の自分の苦しみ

お母さんに、メンタルクリニックの先生に
「自分のこと思い出せない」って言われちゃった・・
(結構それが傷心で数日ずっとブルーだった)
って話したら、

「ええ!」ってビックリしてた。
「あんな重かったのにねぇ…、…ということは
他にもっと重い子も沢山きてるんだねぇ〜」とか
予想外な反応が返ってきた。

「私って所詮、影が薄い人間なんだよねぇ・・はー。」
とか自嘲気味に言ったら
「逆に覚えてられてないってことは良いことだと思うよ」
とか言われた。

そうかなぁ???

母にとって、あの時の自分は
とんでもなく重かった(精神状態が酷かった)
記憶が強く残ってるみたい。

「今の私より重かったと思う?」って聞くと
「うん。」と迷わず答える。

・・・そうかなぁ??
でもなんか知らないけど、外からは
今の方が、まだ元気でしっかりしてるように
見られるっぽい。

自分では今の方がある意味
窮地で深刻なんだけど・・。
以前よりもっと大きな障害があるから
そっちに気がいってるだけで、
そっちの問題がとれたら、現実にぶつかって
以前みたいな絶望と鬱々な状態に多分なるんだけど・・・。
だって7年前に比べたら、年食った分、私を取り巻く
【現実】は何倍も厳しく険しく、過酷になってるんだから・・。
(正直、それはすごく怖い)

ただ今のが経験つんだ分、耐性ができてる分、
無理ができるようになってるだけで・・。
あの時と違ってもう大人だから、踏ん張らないと
いけない状況になってるだけで・・・。
すぐ足元は、以前と同じ、絶望と希死願望が
大きな口を開けて待ってるよ。

あの時の自分・・・・・。
今の自分・・・・・・。

今の私自身にとっては
あの頃の自分のほうが救われてたし楽だったし
人間関係も広かった
気がするんだけどなぁ。

苦しんでる状況も、環境も今と昔は違うから
一重に比較はできないけど。

でも昔よりは、楽観的にな考えをする
ようにはなってるかも・・・?

過去の日記でも読んでみようかな・・・・。
ちょっと怖いけど・・・。

・・・でも、
昔のほうがまだ酷かったよって言われると、
なんか希望がもてるような、
ちょっと嬉しい気持ちになるなぁ・・。


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2003年01月26日(日)



 明橋さんの本を読んで(2)

(1)から続く。
------------------

明橋さんの「思春期に頑張ってる子」を
読んでなんか強くこみ上げてくるものがあった後も
なんか喉のすぐ下まで大きな感情が突っかかってるような、
グルグルしてる、でも吐き出せない・・・
そんな状態で、なんだかすごく悲しい状態のまま
2,3日過ごした。

なんだかとても悲しくて淋しくて・・・。
なんだか声をあげて思いっきり泣きたくて。

だから現在、唯一心を開ける対象である「連れ」に、
気持ちを吐き出したいと感じた。
(他に発散する場所ないし・・)

土曜、会ったのだけどなんだかやっぱり
吐き出すきっかけがない・・・。
どうやって伝えたらいいのかわからない。
どうしていいのかわからない・・・・。
まどろっこしい・・(・・連れからすれば
そんな私のほうがまどろっこしかったに違いない)

私は連れに、本を「読んで欲しい。」と差し出した。
それが私がその時できた”自分のキモチ、理解して欲しいの”という
自分の気持ちを伝える遠まわしの手段だった。

・・・結局、その後ちょっとした行き違いがあって
ちょっとしたケンカ?になって、結局時間がなくて
本は読んでもらえなかったのだが・・
(まぁ今となっては(本は読んでもらえなくても)
いいやと思うけど。
連れは本を読むのが遅いから、どれだけ時間かかるか
わかんないし・・・。)

でもその晩、連れの家に行って「吐き出したいのに
吐き出せなくて辛い、苦しい」としばらく
ウジウジ言っていた後、連れに抱きしめてもらって
「苦しい、苦しい…」とつぶやいていたんだけど、
ギューッと連れの背中にしがみついた後
「甘えたい・・・。思いっきりワガママいいたい…」
と小さく言葉を絞りだして、涙が頬を伝った。

あの胸に湧き上がりつかえた苦しみは
思いっきり泣きたい、甘えたい、ワガママいいたい。
そういう情動だったのかもしれない。

自分の中の「子供の心の叫び」のような感情・欲求。
思いっきり、子供の頃、いや、赤ちゃんの頃まで
退行したい、そんな欲求。

甘えたい・・・
思いっきりワガママいいたい・・・
童心のまま、体ゴロゴロしたい・・・
ワァーッって無心で体全体を広げて遊びたい!

今の私にはもう、許されないことがわかってる。
でも、心が辛くて悲しくてしょうがない。

そんな感覚。

連れは私の頭を何度も撫でて
「今は俺は○○のお母さんだから、思いっきり
甘えていいんだよ、ワガママいっていいんだよ」
と言った。

でも、できなかった・・。
苦しい、苦しい・・でもできなかった。

理性がそんなの許さない。
連れの前で醜態を晒すのはやっぱ恥ずかしいし・・。

苦しいのと、安心するのと、戸惑いと、
不安な気持ちと、怖さと・・・
複雑な色んな気持ちが交錯した。
葛藤した。

あの時の感覚、不安は今振り返っても
うまく言い表せない。

気がつくと、連れのパジャマの上着の裾を
ギュッと握ったまま、コタツの中で二人とも寝入ってた。
気がつくともう午前4時を回っていて
慌てて車で家に送ってもらった。

でも、連れにお母さん?役をしてもらって
少し癒された気がした。

依存と甘え・・・
私の中に強く強くその欲求が満たされないで
封印されてる・・・・。

大人の私は今、感情を押し殺すしかできない・・。


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2003年01月25日(土)



 明橋さんの本を読んで(1)

本屋に寄ってみたら、明橋大二さんの新刊が
山積みになって売ってたので立ち読みした。

数ヶ月前、同じ本屋で明橋さんの「輝ける子」を
読んだときも痛く心に響いて思わず購入しちゃったのだけど
今回の「思春期に頑張ってる子」はなんだかもっと
自分の中に抑えられたままでいた子供の心のような
その叫びが悲しみが代弁されてたように、
癒されるように感じて、読んでいて大きな感情が
心にこみ上げてきて、心が泣いた感じがした。

結局、「思春期に頑張ってる子」の方、
買って家に置いてある。
(今は母親に渡してあるけど)

「輝ける子」も「思春期に頑張ってる子」も
どちらも心の問題を抱えて苦しんでる子供をもつ
親を対象に、その子供の心や子供への対処が説明
されてるのだけど、でも心の問題を抱える子供が
読んでも強く感じるものがあると思う。
「そうなんだよ・・うん、そうなんだよ!」みたいに。
不登校で一人で悩んでる子供に是非、親に渡して
読んでもらうといいんじゃないかなと思った本。

そして、自分自身も強くその心情に同感した本。

・・・年齢なんて関係ないなって感じた。
子供の時に抱えてきた問題が、ほっといて年をとったから
「ハイもう消えたー」・・なんて、
そんな簡単なものじゃない。
「もう大人なんだから・・」なんて言われたって
辛いものは辛い、苦しいものは苦しいんだから・・。
・・窒息しそうなくらい。

この本の内容が、自分の中の抑えてた感情や
欲求の琴線にひっかかった感じで、
ゴーッと呼び起こされた感じで、
でもやる方なくて、なんだかムショウに悲しくなった。

その時嵐のように湧き上がった感情は後日、
連れに会って過ごした夜に
少しだけ吐き出したことでなんなのかわかった気がした。

2へ続く




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2003年01月24日(金)



 某結婚式場のCMに思うこと・・

結構前からテレビを見てて思うこと。
「マリエール」のCM、流し過ぎ!(-_-#)

あそこまでしつこく頻繁に見させられると
不快で、チャンネルを変えてしまう・・。
(でも別のチャンネルでも、流れてる…(鬱))

こんな風に感じてるのは自分だけかと
思ったら、隣でテレビを見ていた母も
「このCM、一体何度流れるの〜?
マリエールばっかりじゃない」と一言。

・・私だけじゃなかったらしい(苦笑)

企業利益のため広告バンバンも良いけど、
もう少し見させられる側にも配慮が
欲しいと思うのでした・・。

------------
辛い時、どうしようもなく鬱な時
「幸せなら手を叩こう♪」とか
「幸せすぎに注意しましょう♪(ハァト)」
「幸せ、かかえきれなぁ〜ぃ♪」
とかのろけまくる結婚式の花婿と花嫁を
何度も何度もなんど〜も見させられるのは
正直たまりません・・・
(私が見るテレビ番組が、マリエールの
CMが多いだけなのかなぁ?)

※マリエール=結婚式場の会社



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2003年01月22日(水)



 「高校教師 2」

何年前かに巷で論争を巻き起こしたドラマ、
「高校教師」の2が今やってますね。
今の私のが一番の楽しみにしてるドラマです。
(…といっても先週初めて見たのだけど^^;)
グイグイ引きこまれるストーリー内容で
次回も楽しみ。

今回の主役の女の子も真っ直ぐな感じで可愛いけど、
ソニンちゃんがやってる”親友役”も
いい味出してるなーって思ってみてます。
影のある教師役の藤木直人さんもカッコイイ。

・・でも、
かつての「高校教師」と「高校教師2」と比べると
本当、この数年の間に文化も流行も価値観も
かなり変わったんだなーってシミジミ感じちゃいます。





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2003年01月21日(火)



 悲しかった再開(再診)



前日京都で体を冷やしたのと疲労のせいだろうか、
風邪をひいたらしく、朝から悪寒がし、
体は気だるく頭もボーッとする・・・。
今日はメンタルクリニックへ行く日なのに・・。
 大事な日だし、説明をちゃんとできるような
状態じゃないから、予約をキャンセルして
別の日にしてもらおうか…
・・そうも思ったけど、せっかく予約してもらってるのに
穴を作るのは遠慮を感じ、予定通りいくことに。

待合室では母親と娘さんの2組が椅子に腰掛け
待っていた。
受付を済ませた時、初めてだし何らかの
検査か簡単な説明を紙に書くことを事前にするだろうなーと
思ってたのだけど、何にも言われなかった。
ちょっと意外だった。

ものすごーく時間を待たされたが、
その間に診察したのは母娘のペア2組だった。
両方とも、私が以前ここに通ってた年くらいの
女の子とそのお母さん。
その姿に、かつての自分の姿が重なった。
待合室で、親子で仲よさそうに小声でおしゃべり
したりしてるけど、そんな一見何の問題もない
仲良さそうな母娘の背景にも
家族の関係で何らかの確執を抱えてるのかな…
そう思うと、なんだかちょっと複雑な気持ちになった。

自分の診察の番がくるまで、ものすごい
緊張したけど、「何から話せばいいのだろう?」
…とそればかり頭の中グルグルで
正直逃げたいくらいの気持ちだったけど、
でも診察は意外にアッサリで拍子抜けだった。

先生は案の定、自分(私)のことは思い出せないみたいで、
「過去のカルテを読んだのだけど、”そこに書かれてある人物”と
”今現在ここにいるあなた”を見て、全然それが繋がらない。
思い出せない」と何度も何度も呟やいていた。
(そりゃ、もうあれから7〜8年経つし、通ってた期間は半年だけ
だったから覚えてなくて無理はないのだけど・・。)

とりあえず、
-----------------------------------------
恋愛問題で悩んだことがきっかけで
すごく悩み苦しみ、人に相談したけどすごく傷ついたりして、
自分を責め、一人で抱え追い込まれた。
人間不信になって、誰にも心を開けなくなり、
対人恐怖になってる。
言葉で言い表せないくらい辛い不安と緊張が
意識をすると襲い、何も手につかない状態になる。
まるで心臓をコショコショとくすぐられるような
自分の心を壊されそうな脅えを感じ、ものすごい怖く、辛くなる。
とにかくこの異常な不安と緊張を取りたくてきた。
------------------------------------------
・・というようなことを説明した。

先生は頷きながらカルテにメモをとり、
「それじゃあ、お薬を飲みながら、こちらに
ちょっと通うという形にしましょう」と言った。
・・・正直言って、私の主観的には
この判断はすごくショックだったし胸が痛んだ。

診察の途中、
「恋愛できるほど元気になったんだねぇ〜。」
とも言われたけど・・
    ・・・・そうか?・・・
と内心思った。
あんまりそういうのって関係ない気がする・・・。
(この先生は「恋愛依存」の問題とか良く知らないのかなあ?)

とにかく、かつて通ってたときの昔のカルテより、
今の自分は、すごく元気になったように受け取られたようだ。
中身にくすぶってる心の問題(闇)は同じままなのにね・・・。
(たとえ表面的に今の状態は昔より一時的に
元気そうな状態であろうとも。)

まぁでも、かつての時は本当に
「死にたくて死にたくて仕方ない。息をするのもやっと。
何もかもが希望をもてない。しんどい。鬱」
そんな状態だったから、かなり精神状態が酷かったのは事実だけど・・。

・・・自分の診察はあっという間だった。
その前の母娘は30分くらい診察してたのに
初めての自分は5分くらいしか診察してない。

正直あまり深く突っ込んだり聞いて欲しくないし
指示もされたくない(心が脅えて辛いから)自分にとっては
深いことに触れてこないで薬(だけ)を
処方してくれるのは、返って助かるし安心する反面、
あまりにも味気なく悲しく感じた。

【この先生は思春期外来が専門分野だから、
私のような立場(大人)のものに対しては、
昔のように精神治療なんてしてくれないんだな】
と強く感じた。

私は本当に深刻に苦しんで悩んでるのに
すごく適当に対応された気分で・・。
自分がすごく場違いな場所にいるような・・
自分が招かざる客のような・・・・
そんな気持ちになった。

結局、二週間分のお薬を処方されて帰ってきた。
(パキシルとルボックスそして、辛くなった時に
飲む用のソラナックス)

帰ってきて、正直酷く落ち込んだ。
ブルーでしばらくこの日の日記を書くことも
できなかった。
(正直まだ引きずってる。書くと胸が痛むから。)

別に何か傷つくことを言われたわけではないし、
批判されたわけでも、追い返されたわけでもない、
・・・でもこの悲しさはなに?

「とにかく薬を処方してもらって、それ(薬)に賭けてみる」
これが一番の目的だった。
目的は果たしたし、メンタル部分にはノータッチだから
安心して通える部分もある。
相手の医者の性格もわかってるから、
診察時も安心して和んで話もできる。

だから、確かに「不可」ではないのだけど・・・。
なんだか「良」でもないような・・。

・・・なんか複雑な気持ち。

精神的なカウンセリングも多少してくれて、
お薬も的確に処方してくれて、
ちゃんと自分の症状や病気に対して知識もあって、
親身に診察してくれる
しかも自分と相性が合う医者・・って
いないんだろうか・・・・。
例え、いたとしても、
本当にめぐり合うのは難しい・・・・。

”大抵の精神科の医者はお薬を処方するだけ”
という現実を知ってるとはいえ、
やっぱりそれだけでは不満足な自分もいる・・。

でもとりあえず、お薬はきっちり飲もうと思う。
私にとって、唯一の希望だから。
お薬の力を信じるしかないから。



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2003年01月17日(金)



 京都にお参り

日帰りで連れの車で京都へ行った。
高速で行く途中の滋賀は雪が積もって銀世界。
こっちは寒いんだなーと感じた。
すごくロマンチックな風景だった。

京都へ行く目的は「鈴虫寺」に行くことだった。

・・・丁度、今から半年前・・・
京都へ行った知人が鈴虫寺に寄り、
お土産に「幸福お守り」を買ってくれて、渡してくれた。
ここのお寺のお地蔵さんは日本で唯一草鞋(ワラジ)を
履いたお地蔵さんで、幸福お守りを手に
自分の住所氏名を伝えお願いを一つだけ願うと、
自分の住んでいる家まで歩いてきて、
願いを叶えてくれるそうだ。

ちなみに知人は半年くらいで願いが
叶ったことがあるとかで、
私もお土産に貰ったお守りで早速お願い事を
したみたのだが、半年くらいたったとき(つまり最近)
完全ではないものの、その願いが(半分くらい)叶った。
(少なくとも、自分ではそう感じた)

・・といっても私は実際にそのお地蔵さんに
直にお参りをしてないわけで・・・
だからその願いのお礼参りを兼ねて、また、
別にもっと必要なお願い事ができたので
それをお願いするために、実際にお参りに行くことにしたのだ。

鈴虫寺は平日なのに結構人でにぎわっていた。
(女性の姿が多かった)
幸福地蔵さんは、優しい顔をしていた。
新しいお願いごとをその場でした。
・・・・・叶うといいな。

鈴虫寺にお参りした後は、「源光庵」「安倍晴明神社」
「清水寺」を観光した。
本当は金閣寺も見に行ったのだが、今は修繕期間中で
姿をみれないとのことで、残念ながら引き返した。

思わぬところで、おいしいたこ焼き屋さんを
発見したのが一番の喜びかも^^;

京都という町・・「いいなぁ」と感じた。
京都弁は物腰が柔らかくて上品で、聞き心地がいい。
古都は歴史を感じさせる。
小学校の時に修学旅行できたことはあるけど、
その時とはまた全然違う感覚を味わいました。
今だからこそ、やっと風流というものを
味わえ、歴史に感動できる
・・・・そんな気がします。


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2003年01月16日(木)



 少し遅れて届いた"Happy Birthday"

12日の日記に、一昨年・去年は誕生日の時は
必ず知り合いから誕生日祝いのメッセージがきてたのに、
今年は事前に誕生日を知ってる友人から誰も
こなくて、(距離を置いてる以上仕方がないことだけど)
やっぱり、かなり淋しくなって孤独を感じた・・・と
書いたけど、昨日は嬉しいことがあった。

訳あって距離を置いてる長い付き合いのメル友が
昨日水族館に行ったということで、シャチと
ラッコの写真を写メールしてくれた。

その時の携帯メールのやり取りで先日自分が
誕生日だったことをさりげなくアピール(苦笑)したら、
やっぱり忘れたみたいで、慌てて?携帯とEグリカ
両方でお誕生日おめでとうとメッセージを送ってくれた(笑)

また、自分と誕生日が一日違いなこともあって
一昨年も去年も自分の誕生日を覚えてくれていて
携帯にお祝いメッセージをいれてくれてた知人からも
「12日誕生日だったよね、おめでとう(^^)」と
携帯にメールが届いた。
(彼の誕生日は13日なので、”お互いにおめでとう”
なのだけど^^;)

自分の身勝手な都合で距離を置いて疎遠になってるのに、
そうやって気遣ってくれる人がまだいるのは、
本当に有難いことだと思った。
最近ものすごく人恋しさや孤独感が募ってナイーブ
になってるので、
遅れて届いた"HappyBirthday"が余計に嬉しかった。

・・多分、メル友も色々気を使ってくれてるんだなと感じた。
こちらから連絡を送ることがほとんどなくなった今も、
そんな自分を見限らず、遠くで待って、見守ってもらえる
その有難さ・・。

今年の誕生日は、ものすごく自分の人間関係の取り方・接し方に
ついて顧(かえり)みることとなった。
自分が精神的にボロボロで余裕がなくて、
そうするより仕方がない状態だった状況はあれど、
自分が冷たく接し距離をおいたとき、
あの時のあの子の痛み、淋しさ・・。
自分がその立場になって、すごく身にしみた・・・・。
いつか・・・少しずつ話し出せるようになたら・・謝りたい・・。



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2003年01月15日(水)



 思い出の繋がる場所へ

今日母と話し合った上、思い立って、
学生時代に通っていたメンタルクリニックに
電話予約をした。

そのクリニックは夫婦で運営しているクリニックで、
私が以前通ってた女医さんは思春期の患者さん担当だから
初めは受付の人に男性のお医者さんを薦められたけど、
「女医さんの方がいいんですが…」といったら
「いいですよ」とすんなり受けてくれた。
「かなり昔、そちらに通ったことがあって・・・」
なんてこともつい言っちゃいました・・・。
(どんな昔でもカルテは残ってるみたい)

受付の人はすごく良い感じの対応で、
おかげで電話した後、すごく安心した。
受付の人は、すぐ予約を入れてくれた。
17日、今週の金曜日に予約をとった。

昔の診察券、まだ机の引き出しにとってある。
初診の年は7年前だ。

あれから、もう7年も経ったんだ・・・。
すごいね・・・・。

7年ぶりということで、懐かしさ半分、
また辛い思いをして落ち込んで帰ってくる
ことになる可能性も少なからずあるわけで・・・
不安と緊張半分というところ。
良い思い出の場所だからこそ、
本当はあそこを試してみるのは最後の手段だった。
「良い思い出」を「嫌な思い出」に変えたくなかった・・。

でも今の私には、どんな医者かわからない
全く初めてのクリニックへ行くことはもう正直
したくなかった・・・・。
医者不信の私には・・そんな希望も残ってない・・。

なんだかまだドキドキしてる。

思い出の繋がるあの場所へ
7年経った今、同じ私、でも違う私で
また踏み入れる・・・。

先生は老けただろうなぁ・・・。
私のこと覚えてるだろうか・・・。
(覚えてないだろうけど^^;)

あの頃はまだ子供だったから、先生は
きついこと言わなかったけど、
大人になった私にはきっとキツイことも
言われるだろうなという、不安。

     でも・・・なにより
        「懐かしい」・・・・・。



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2003年01月14日(火)



 成人式

うちの市の成人式は今日らしい。
弟が今年二十歳になったらしく
先日下宿先から帰省、
今朝スーツを着て式に出るため出て行った。

弟ももう二十歳なんだ・・・。
なんかちょっと不思議な感じ。

ちなみに私が二十歳の時はというと・・
成人式には出席しませんでした。
高校時代の友人に一緒に行かないかと
誘われたものの、あのときの自分は
メンタル面が絶不調だったので
成人式どころじゃなかったんだよね。

その当初の私は
振袖にも興味なかったし(たった一日の為に何十万も
出費するなんて無駄すぎ〜って考えてた^^;
合理主義な人間なので)
成人式も忌まわしき中学時代の同級生の
顔なんて絶対見たくもなかったから、出たくなかった。
 今でも成人式に出席しなかったことは
全然後悔してないです(´ヘ`)
(あ、でも粗品がなんだったのかは今でも気になる…(笑))

でもね、あのときと違って今は振袖には
興味あります。
あのときの自分が着ても後から見たい思い出には
ならなかったなーとは思うけど…^^;(太めだった)、
でも今なら一度は着て写真でも撮っておきたいなーって
思いますね。うん。

やっぱり若いうち(もうすでに若くないけど(汗))
…というか、これ以上老ける前に、そういうのは
着て写真撮っておいたほうがいいなーって思ってます。


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2003年01月13日(月)



 淋しい誕生日


〜僕のいるところ福来たる〜


今日は2X歳の誕生日だった…。
うー、アンニュィ(~_~)
また一つ歳を重ねてしまいました。

もう歳はとりたくないです。
全然、中身は成長してないのになぁ・・。

なぜか今年の誕生日は、
いつも以上に淋しさが堪える誕生日でした。
去年は(あまり期待してなかったのに)予想外に
誕生日おめでとうメールを貰ったから、
期待しちゃってる分今年が痛さが身にしみた・・。

メンタル面の問題もあって現在距離を置いた
状態のメール友達、
毎年欠かさずグリーティングカードが
届いてたのに今年はこない・・・・。
多分忘れてるんだろうけど・・。
(自分は先月のその子の誕生日に送ったんだけど)

いい年して、何を淋しがり屋なことを
言ってるんだと自分でも思うのだけど、
なんだか妙に人恋しくなってて、
すごく心が痛むのです。

その子が昔、「今日昔の同級生達と
会ったんだけど、誰も今日が自分の
誕生日だって覚えてなくって、
ちょっとガッカリした」って話した時、
その当時の自分は自分の誕生日に
あまりそういうの気にしてなかったから
「そっかぁ、でももう大人になっちゃうと
皆意識しなくなっちゃうからねぇ・・」なんて
人事のように言ってたのに。

なんか今はすごくその気持ちわかる(;_;)
(勝手だよね、自分)

家族とか連れは忘れず祝ってくれたけど、
お母さんと(珍しく)お父さんと祝いの言葉。
(すごく心配してるのね・・家族心)
あと連れは昨晩仕事終わってから車できて、
食事をおごってくれた。
でも身内が祝ってくれるのと(連れも身内のようなもんだし)、
他人が祝ってくれるのとはやっぱり違うもので、
孤独は癒されない・・。

なんかすごくナイーブになってる自分。

でも嬉しいこともあった。
去年ここの日記を通じて知り合って
交流させてもらってる子が
私が今日誕生日だと知って、
グリーティングカードを送ってくれて、
本当に私にとっては嬉しかった。
孤独で胸が痛かった分、すごく心に染みた。。

          ありがとう。



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2003年01月12日(日)



 突然の吐き気・・TT

昨日1日は睡眠をほとんどとってなかったので
早々と床についた。

     夢を見た・・・

飲み会かお食事会の帰り、急に気分が悪くなって
吐き気が酷く、「このままじゃ一人じゃ帰れない
助けて・・」と助けを求める夢・・・。
(でも誰にも助けが求められず、困っちゃう夢)

ハッと目が覚めた瞬間、強く感じた感情が、とにかく
「こわい・・・!!」だった。(・・なぜだろう?)
それと同時に吐き気が自分を襲う。

"この吐き気は夢のものじゃなくて現実(リアル)
が吐き気で辛いからきてたんだな"と自覚するとともに
「うーー、マジで吐きそう・・やばい・・」と思い、
でもとにかく布団の上で吐くわけにはいかんので
なんとか抑えながら洗面器をとってくる。
母親のところにいって、起こして薬をとってもらい
吐き気を抑えるため胃腸薬を飲んだ。
今は、こうやって日記打てるくらいにはなってるけど、
まだ胃がムカムカするし吐き気も残ってる。。

一体どうしてだろ・・・。
昨日ほとんど寝ない状態でバファリン飲んだうえ
歯医者に行ったのが悪かったのか、それとも
寝る直前に食べた、チキン南蛮に沢山かけて食べた
賞味期限が2日過ぎたネギ^^;が当たったのか
(でも賞味期限が数日切れたくらいで大丈夫なはず。
今までは全然平気だったし、腐った匂いもなかったし^^;)、
風邪の予兆なのか、
メンタル的なものが影響してるのか、
とにかくただ単に体調が悪いのか・・・

うーん・・・よくわかんない・・?
あんま胃腸薬効いてなさそう・・・
多分の吐いちゃったほうが体にはスッキリした
んだろうけど・・。(でも吐くのは絶対嫌だった・・)






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2003年01月11日(土)



 今日は歯医者の日

今日は歯医者に行ってきた。
1時間半待って、下の歯をクリーニング
しただけですた・・・(T_T)
(次回は上の歯だそうで・・)
全部で2時間以上かかっって
なんかドッと疲れが・・・・・。

歯医者にかかった一番の目的
それはにっくき「親知らず」!
…なのに肝心の親知らずは前回
消毒しただけで、今回先生は無視・・。
(今日は抜くかも…と(勝手に)覚悟を決めて
(鎮痛剤飲んだら治療する時痛みが減るかもと
いう情けない理由で)バファリンを飲んできた私の立場って一体?)

痺れを切らして
「あのぅ、親知らずできたら抜いてもらいたいんですが」と、
こちらからオズオズ先生に聞いてみる。
ところが先生は
「あー、でも今抜くのは、かなり大変ですよ?」と素敵に
(独断入ってます)苦笑いなさる。

自分の歯のX線写真を見ながら先生の説明を
聞くところによると、今問題の親知らずはまだ
顎の骨にひっかかってるらしく、
今抜くとなると顎の骨を削らないと抜けないらしい。
そうなると後々腫れたりする可能性が高いとか。

「もしどうしても抜いて欲しいなら抜きますけど、
できたらもう少し(1年くらい)待って、
もっと生えてから抜いた方がいいと思いますよ」と先生。

うーん・・そっかぁ、なるほどね。
そういう事情があったから先生、
抜かないで逃げようと(違)してたのね。
(でも絶対先生、自分も作業が大変だから
本当は抜きたくない気持ちもあるんだと思う・・・
だってそんな説明、前回全然なかったもん。
「年末は歯を抜くことはできないから」とか
言ってたくせにー)

でも、顎の骨を削らないといけないとか言われちゃうと
やっぱりなんだかこっちも怖くなってしまう。
しょうがない、もう少し抜くのは待とうかなと思う。

・・・・・。

・・・・でも、だったら今回
わざわざ大嫌いな歯医者に行く必要なかったじゃん。

そもそも親知らずのために、仕方なく
歯医者に行ったのになぁ。
結局案の定、虫歯が数本発覚し、
治療しなければならない流れに・・・。
(確か5年前に歯医者行ったときのキッカケも
親知らずが痛んだからだった・・)

まぁ、でももうすぐ引越しするし、
そうなったらここの歯医者さんに通えなくなる
かもしれないし、その前にできるだけ
治しておいたほうがいいよね、とか。。。
ちょっぴり複雑な気持ち。

でも、なんだかんだいってますが、
私この歯医者さん、すごく好きなのです。
優しいし、ちゃんと説明してくれるし、若いし(違)
引っ越してもこの歯医者に通いたい
(どうしても歯医者に通わないといけないなら)
と思ってます。
(医者不信な私にはそういうお医者さんって
貴重です。)

でも歯医者、どれくらいかかるだろう・・・。
婦人科も一度診てもらわないといけないし、
場合によっては精神科にも行ってお薬貰いたい
から…さすがに三つは通えないしなぁ。(金銭的に)



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2003年01月10日(金)



 スリムクッションを注文

私は足が生まれつき悪く(股関節)、
歩くのも結構気を使って歩いてたりする。
日ごろの運動不足と、もともとの脚の欠陥が
あいまって、骨盤に負担がかかり、脚はO脚です。
そして、骨盤がゆがんでると、
どうしても腰が痛くなってくる・・。
そうなるとまた歩くのが余計に辛くなるのです。
困ったもんだ・・(~_~)

整体に行ってみたらいいんだろうとも思うけど
お金も手間もかかるしなぁ・・と思ってたところ
立ち読みした週刊誌の記事で「スリムクッション」
なるものの存在を知った。

硬くて、お尻の形に窪んでる形のクッションに
一日10分から15分座り続けるだけで
骨盤の下部分が矯正されるというもので、
爆発的に女性の間で売れてたらしい。
興味をもったのと健康のため、
ネットで安く売ってるところを探し
結局オークション経由で購入した。

・・・本当に効くのかな?
でもこれで矯正されて楽になったら
いいなーとワクワク届くのを待ってます。






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2003年01月09日(木)



 日記を始めました。

   「日記を書き始めました」

・・・といっても
ネットで書いてる「エンピツ」の
ことじゃなくて、
自分のパソコン内だけで書く日記。

ベクターさんからいいフリーの
日記プログラムをダウンロードさせて貰って
丁度良いのが見つかったので
それを使わせてもらってます。

エンピツさんだと色んな人に見てもらえる
というメリットがある反面、
本当に誰にも見られない状態の日記を
書くことはできないので、
(いくら非公開に設定をしても、
検索エンジンかけるとみごとに引っかかる
んだよね(苦笑))

だから、誰の目にも触れない
自分だけの専用の日記を別に。

書きたいことに制約も遠慮も感じないので、
自分の心を正確に文字にすることができ、
自分の気持ちや心を分析するのに役立つと
思ったから。
(本にもそういうことの必要性が
かかれてた。)

頑張って続けて、
自己分析の杖にしようと思ってます。

私がDLしたのは「そらの日記」
という日記ソフトなのだけど、
フリーなのにすごく機能が充実していて
本当に作ってくれた人には感謝です。

パソコンを開けた人にも
簡単に読まれないように
起動時にパスワードを設定できるし、
同じ日でも表の日記、裏の日記の二種
それに加えてメモも書けられるようになっていて

私は表は事実のみ
そして裏はそれに付随した感情や気持ちを
書き綴るようにしてます。

それで後日、その日記を読み返して
おかしいなと思ったり変わった感情は
メモの欄でコメントしようと思う。

パソコンで秘密日記を書きたい人、
自己分析のための日記を書きたい人で
フリーな日記ソフトを探してる人に
お勧めの日記ソフトです。




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2003年01月07日(火)



 豊川稲荷へ初詣

今日は豊川稲荷へ初詣に行きました。(3箇所目の初詣^^;)
三が日を過ぎてることもあったのかもしれないけど
熱田神宮より人が少なくて落ち着いてた。
私は人でごみごみの熱田神宮より、こういう
ほどほどの落ち着いた下町雰囲気のほうが好きだ
なぁって改めて実感。
(熱田神宮の人ごみは本当ストレスが溜まった・・)

本殿から少し離れたところに、お稲荷さんが二対。
そして本殿間近まで歩いていくと、もう二対いるんだけど、
外側にあったほうのお稲荷さんは目がキツクて睨んだ怖い表情。
それで本殿付近のお稲荷さんはとても優しい表情で微笑んでる。
今年になってその違いに気づいたのだけど、
これって多分、外側のお稲荷さんは悪霊とかを中に
入れないよう護衛をしてるからなんだろうなぁ。
なんかロマンを感じ、妙に感激してしまった。

おみくじを引いて、交通安全のお守りを買って
途中の屋台で牛串、お店でいなり寿司を買って食べた。
・・・なんかお参りに行ってるんだか
食べに行ってるんだか良くわからんない気が・・・

(でもおいしかった)

おみくじは「吉」でした。
(ここ数年来、初詣で吉以外出たことないんですが。)
一緒にいった連れは「大吉」でした。
大吉なんて初めて見た。
熱田神宮では私より下の末吉だったのに・・。
随分早く出世?したもんだ。(違)
でも大凶とかって本当に引く人いるんだろうか??

夜になったって、知り合いから携帯のほうに
「雪降ってますよ!」とメールが入った。
「えっ!うそ!」と思って急いでカーテンを
開けて外を見てみると雪が風に流れてる!!
とうとう私の地方でも、今冬初の雪が降りました。
(ものすごい冷え込みようだったので、無理もないよね)

また、今日は先日ネットで注文した本が届いてた。
題名は「ラブ・アディクションと回復のレッスン」
恋愛依存に関する本です。

まだ部分部分にしか読んでないけど、なんか
心に痛かった・・。
この本についてや、愛情依存についてはまた
別の日の日記に書こうと思う。



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2003年01月05日(日)



 トラブル続き

正月早々ついてないことが続く。
昨日は洗濯機回してたら水が漏れて台所一帯水浸しに
なって処理に追われた。
(しかも階下の住民の家にまで水が漏れたらしく、
電話がかかってくる)
そんな大変な苦労をして洗濯したにも関わらず、
洗濯ものを干して出かけたら、
予想外の雨に降られ、せっかくの洗濯ものが台無し・・。
「はぁ…今年は水難の相が出てるのか?」とため息。

買い物に行けば、駐車場で歩いてるときに
考え事をしていて障害物に気づかず足をひっかけ
携帯電話を落として、愛用の携帯電話が傷ものに。

そして今日は自分がいつも常時してる
家の鍵のスペアキー、買い物に出かけ
帰ってきて鍵を開けて入ろうとしたら…鍵が回らない。
「どういうことーー?!」

何度も何度も回しても鍵は入れど回らない・・。
マスターキーをもってる当番の人はお出かけ中
いつ戻ってくるかわからない。
父が仕事から帰るのは深夜。
「どうしよう・・・なんで???
冷や汗をかきながら、30分ほど寒い階段で一人、
鍵穴と格闘の末・・・・。

カチャリ・・・・
「うわーん(>_<)あいたーーー!良かったよー(TдT)」

なぜか自分のスペアキー、接触が悪くなったのか
急にドアを開けられなく(正確には開けるのが困難に)
なった模様。。(他の鍵はちゃんと大丈夫なのに)
・・・この鍵は、もう使えないね。。。

    ・・・しかし、何だ今年は!!

なんでこうトラブル続きなんだろう。
初詣だって行ったのになぁ。
お守りだって買ったのに。

先行き不安です。




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2003年01月04日(土)



 熱田神宮へ初詣

三が日ということで、
名古屋の熱田神宮に初詣に行きました。

車で行ったのだけど、去年は通れた表通りが
規制され通行禁止になってる!!
大渋滞に巻き込まれ、着く前からドッと疲れが・・。
ここの神社ってば、初詣シーズンは駐車場を
閉めちゃうんですよね・・・。
そのうえ通行規制とは…。なんかますます
熱田神宮のイメージが低下…。。。

少し離れた公園内の無料駐車場に駐車して、
テクテクと歩いて神宮内に。
ものすごい人。人。人!
屋台の数もすごいけど、去年と同じく
沢山の人がお参りにきてました。

ここで精神力が疲れ果て、「もうサッサとお参り
済ませて、早く帰りたい」モードにまで気力が低下。
私、人ごみダメなんです・・・・。
都会っぽい雰囲気もダメ・・・。

熱田神宮の本殿は一般参詣客は近づけなくて
かなり手前に柵があって、その中にお賽銭を投げ入れる形。
やっぱり熱田神宮って・・・(以下略)
やっぱり参詣客が余りにも多いので、どうしても
こういう扱いになるのでしょうか。。

参拝の後、おみくじとお守りを買う。
おみくじは「小吉」でした。
(書いてある内容は「運気にのって急いで急進すると
くじく。焦らず時間をかけてゆっくりと。」みたいな
感じでした。)

でもお守りが800円って高くないですか?
うう・・・やはり熱田神宮はある意味、
ブランドなんでしょうか・・。

帰りの屋台で牛串とお好み焼きとたこ焼きを買い、
分けながら食べる。
初詣にいったら、やっぱり牛串だと思う。(違)

なんだかんだで、とにかく疲れたの一言につきる初詣でした。
自分みたいな人間は、三が日内に都会の有名所の神社は
行くのはやめたほうがいいかもね。。
(しかも文句ばっかいって、バチあたりだし・・)



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2003年01月03日(金)



 年賀状

引きこもって、社会とは違う世界を生きてる自分には
正月に学生時代の友人から毎年くる数少ない年賀状の
近況をみると、ちょっとブルーになる。
年賀状を送ってくれたことはすごく嬉しいのだけど・・。

一昨年から結婚して苗字が変わった人が増えた。
去年結婚した大学時代の友人に子供ができたらしい。
同じく去年結婚した高校時代の友達の年賀状。
「また食事して一杯しゃべりたいな。また連絡するね」
のコメント。

・・嬉しい反面、複雑な気持ちになった。
今の私に何を話せというのだろう。

人並みの社会生活送ってないから、そういう話は
できないし、だからといって自分の心の問題なんて
話したくないし、話したところで同じ経験をした人じゃなきゃ
とてもじゃないけど理解なんてしてもらえるような
内容じゃない。。

なんかブルー。

世界が違うみたい。人種が違うみたい。
自分は三年前から成長もせず、同じ場所でひたすら
苦しんでるのに、周りは確実に人生の段取りを
一歩一歩進んでる。
すごく悔しい。すごく悲しい。。

比べちゃいけないって思うのだけど、
自分はマイペースで頑張らないとって思うのだけど、
でも外の人とかかわりをもつと、
いやおうなしに、普通の感覚、世間の基準で
他の人は自分をみる・・それがすごく嫌・・。

私は私で必死なのに・・・。
のんきに平穏に過ごしてる人たちに、
この苦しみはわかるもんか!



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2003年01月02日(木)



 1月1日 元旦

1月1日 元旦 ・・・なのに
全然正月気分がしないのはなぜ?^^;
テレビをかけたら正月の特番がやってて
「あー、今は正月なんだなぁー」って思うけど、
家の付近はいつもと全く変わらぬ静かな風景・・。

子供の頃は大晦日と正月は必ず
母の実家で過ごし、祖父と両親、弟揃って
コタツを囲んで過ごしてた。
だからすごく「正月だなー」なんて感じられたけど。

しかも新年初めての食事が吉野家で牛丼・・・。
おかしい・・・何か間違ってるような(-"-;)(苦笑)
(事実、誤算で吉野家に入ったんだけど。
「豚肉の定食」が食べたいなーと思って入ったら
メニューに牛丼以外なかったのでしかたなく牛丼を食べた・・。
同じ牛丼屋でも松屋は他の肉定食もあるのにー(泣))

しかもホムペのメニューの音楽がクリスマスソングの
ままで元に戻してなかったのに今日気づいて、
慌てて戻しました^^;>遅い

新年ということもあって、
「これから自分はどうあればいいのか、
どうすべきか」と、普段より色んなことを
悶々と考えて過ごしてました。
強い不安と脅えを感じて、辛くなりました。

でも吉野家のお茶を飲みながら店内を見回したら、
なぜか少し落ち着いた。

ちなみに
31日から1日になった時は、私はネットしてました。
その前は紅白を眺めてたかな。

0時を回ったので、近所の神社に初詣に。
(この後2回別の神社にお参りすることになる)
こじんまりとした神社で近所の人しか
こないような場所だけど、
この日だけは沢山の人が集まってた。
家族連れが多かったかな。

一人っきりで行ったので、なんだかすごく寂しく感じた。
でも一番最初の初詣は一人で行きたかった。
そうしないといけないと思った。

精神的には深夜から朝方にかけて、
すごく辛くなってて、
朝方は吐き気が襲った。
辛かった。。




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2003年01月01日(水)
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