wakaP〜の好物三昧

2004年02月07日(土) 二玄社 「CG」(後編)

二つ目の理由に小林彰太郎氏のカリスマ性を挙げたい。彼こそ日本を代表するカージャーナリストのひとりであり「カーグラ」初代編集長なのだ。

日本の車社会がやっと泥臭い軍用車製造から足を洗いかけていた黎明期の1962年に「カーグラ」を創刊、「在日英国人」とまでニックネームされ「車とその車を生んだ外国の文化を心から愛し尊敬した」姿勢は余りに有名で、今もなお海外一流メーカーや由緒あるイベント主催者から名指しでお声がかかる。

僕らの世代にとって「カーグラ」は小林彰太郎氏そのものと言っても良い。彼の文章は車というモノを語るには余りにもエレガントである。04年2月号で彼は「マイバッハ」を30年前に同じコースを走った当時の高級車「メルセデス600」と比較しながらリポートしている。「マイバッハ」はセルシオの登場によりベンツが「普通の高級車」になってしまった現在、ダイムラー・クライスラーが世に送り出した4000万円クラスの超高級車である。

並人には関わり無い極限的クラスの車を、世界の「本物中の本物」を知る人間にしか表現できない言葉と溢れる愛情で表現したレポートは読者の心を掴んで話さない。更に言えば、このリポートは若い頃から「カーグラ」の大ファンであったと言うダイムラー・クライスラー日本担当者からの申し出により実現したものなのだ。

そして三つめはタイトル通り、美しい写真や保存性に足る高いデザイン・クォリティが挙げられる。他の車雑誌は読み捨てる感覚だが「カーグラ」は昔、レコードを一枚一枚大切に保存していた感覚に通ずるかも知れない。

しかしながら「CG」を取り巻く環境は決して良い事ばかりではない。構造不況と言われる出版業界の中、自動車誌は特に厳しいと言う。「カーグラ」の放つ圧倒的イメージが、そのまま販売部数には結びつき難い現状の様だ。生活者の車への価値観が大きく変化している今、「カーグラ」も変化が求められている。

以前は車が高嶺の花として趣味や憧れの対象であり、また海外との技術的格差が如実であった。片や車があらゆる世帯に普及し、見栄でなく道具として、大・中型より小型車が売れまくる現代とは時代背景がまるで違う。国産メーカーも今や、世界の大衆車だけでなく高級車にも影響を与える存在となった。

エレクトロニクスによる制御技術や、ETC、GPS等インフラの進歩が目覚しい一方、グローバル規模でのメーカー再編の波にも目を配らなければならない。走りを追求するエンスー達の気持ちと環境問題との整合性を追及することも大切だが悩ましい課題だろう。「カーグラ」も発売前の新車情報や環境問題、CG AWARDを紙面展開したり、兄弟誌「NAVI」を発刊したりと、時代との整合性を模索している姿がひしひしと伝わる。

しかし、いつの世にも車へのこだわりを捨てられない愛すべきオバカモノはいるものだ。僕は決してクレイジーではないし乗ってきた車も国産だけだが、車に憧れや夢を託す事はとても素敵なことだと思う。好きな車を語ることはある意味、自分を語ることに通ずるからだ。今の時代だからこそ「車への志」も高くありたい。
だから僕は、これからも「カーグラ」を読み続けることだろう。多分ね。笑


 < 過去  INDEX  未来 >


wakaP〜 [HOMEPAGE]