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oneday  ぽぇ



 
 ああ、阿鼻叫喚

私の心の落ち着きは
宙によって大きく左右される。

ここの所
順調だった宙との関係も
昨日はバランスを崩し
かみ合わない考え方の違いに
どうにもこうにも押さえがきかなかった。

心臓がドクドクし
頭には血が上り
気が付けば
宙に向かって喚き散らしていた。

そして、別の部屋に篭り
壁に物を投げつけて
興奮を鎮めようとしたけれど
焼け石に水だった。(´。`)フー 

この凄まじいほどの興奮状態は
初めての体験だった。

何があっても
どのような時にでも
激高まではしなかったのに
それを宙に見せたのは初めてだった。

キューブラー・ロスの
ドキュメンタリィーを見て
何かがプチンと砕け散り
1度くらい
爆発してみたかったのかもしれない。

やってみて分かったこと・・・それは
気持ちがスッキリする事はなかったという事。

感情を剥き出しにする事に
とっても罪悪感を持っていた私は
自分の中であっても
良い人であらねばならなかったのでしょう。

そうある事が苦痛ではなかったけれど
最近は
押さえ込み過ぎていたのかもしれない。

でも、荒れ狂うことは
もう2度と無いでしょう。(^^ゞ

++++++++++++++++++++

昨日、ふわりんから届いたメールに
レスをしておいたら
今日、またメールが届いていた。

 誰かに話して受け入れてもらいたい時があるのだと思う。
 そういうとき、真っ先に頭に浮かぶのは、ぽぇ姉ちゃんで
 ついつい、いつもメールしてしまいます。
 今もメールして大分ココロがスッキリと晴れました!
 ありがとう(^o^)ぽぇ姉ちゃんの存在は大きいです。

宙は一人っ子なので
私には健常の子はいない。

子どもに恵まれたなら
心を通い合わせられる親子になりたい
と、思っていた。

宙が長ずるに従って
それを望むのは難しい事だと分かり
寂しいと感じたりしていたけれど
巡り会えるものなのね
それは我が子でなくても良いのよね。

ネットでも大切な友人に恵まれ
そういう存在に支えられている感覚を
いつも感じながらいられる事に
とても有り難く感謝の気持ちで一杯になる。

来年は明るい幕開けとなりますように。


「インティメイト」原点に立ち戻る時のコロン 

2004年12月29日(水)



 
 エリザベス・キューブラー・ロス

クリスマスの夜
衝撃的なドキュメンタリー
最後のレッスンを見た。

世界的ベストセラーとなった
『死ぬ瞬間』の書で一躍名を馳せ
「死の専門家」として多くの患者の
心の支えとなった精神科医キューブラー・ロス
その彼女の終末期の真実を見せ付けられて
これからの私の生き方を肯定されたようで
こんなに気持ちが軽くなった事は無かった。

初めてキューブラー・ロスの本を手にしたのは
『人生は廻る輪のように』だった。

私は何度も入院を体験し
「死」と直結しながら生きて来た事情から
それらにまつわるありとあらゆる本を
どれほど読んだことでしょう。

気持ちは軽くなっても
救われたとは言い難かったけれど
「死」の恐怖からは解放され
その文字は頭から消え去ったのに
人生には迷い続けていた。

最近
自分の人生を生きよう
誰の為でもなく自分自身を大切に
私の中で私を中心に置いた生き方をしよう
と、考えをまとめ実践の準備に入った
まさに、その瞬間に出会えた映像だった。

生活の
あらゆる場面で一人称を入力され
よーーーく分かっていた筈なのに
脳に定着しなかったスタンダードな考え方
それは自分の人生を生き切るという事。

自分を無にして生きて来た事を
後悔はしていないし
それで良かったと思っているけれど
少しは母自身を生きさせて・・・ねっ宙。

これからは形を変えた愛情を
注いで行こうと考えている。

キューブラー・ロスが言っている
最後に残るのは人の愛だと。

私自身を生きながらも
愛を置き去りにしない
バランスが大切なのでしょう。

「ホスピス」の礎を築き
死に行く人々に寄り添って
世界的な評価を受け
自分自身を生き切ろうとした
そのキューブラー・ロス自身が
「死」に向かい合った時・・・。

静かに聖女の如く「死」を受け入れ
幸せな最後を迎えるのでしょう
と、思っていた。
そう期待さえしていた。

けれど
そこにいるキューブラー・ロスは
見苦しいほどに毒舌を吐き
死に行く人々と対峙している時の姿からは
想像すら出来ないほど赤裸々に
素の顔を曝け出していた。

その本音を知った多くの人達は
キューブラー・ロスの元を去って行ったという。

人間関係でも
ここからが始まりだと思うのに
あっさり去って行ってしまうとは
何とも物悲しく寂しさを感じる。

そこから
人は無理をしたり背伸びをしたりせずに
小さな存在で良いのだと教えられたし
私が持っている愚かさや薄情さ
人の目を気にする弱さとか
欲望や欲求を押し殺す必要など無いと
断言されたようで本当に楽になれた。

 

最後に残るのは人の愛。

2004年12月27日(月)



 
 何よりも自分を大切に

この日記を読んで下さっている方が
何処で、どの様に暮らされているのかしら?
と、フッと考える事が以前から有りました。

通り過ぎて行く方
時間を割いて読みに来て下さる方。

偶然だったのか?
決められていたことなのか?
それを計り知ることは出来ないけれど
接点があった事実は確かな事
それを
忘れないでいたいとは思っていても
その思いさえ
忘れ去ってしまう現実が私の中にはあります。

忘却とは忘れ去る事なり
そう、忘れる事は人間に与えられた
恒常機能なのでしょう
ですから未来に向かって
生きられるのかもしれません。

バーチャルなリアリティーという
この場所で?
言葉を交わす事もなく
お目にかかる事もないのに
ある時間だけを共有して来た不思議さに
臨死疑似感覚を体験したような
とても重大な局面に立ち合えたような
貴重な体験が出来た事に意識を向けると
そのような想いを与えて下さった方々に
心より感謝の気持ちで一杯になります。

オフで、お一人お一人にお目にかかり
お話したい強い衝動に駆られています。

でも、ネットからは出ないと決めた事を
貫こうと決心していますので
続く事も無く
終わる事も無く
これからも
ただただ浮遊して行くのかなと思っています。

どうぞ皆様が
ご自分を大切になさって
幸せに過ごして行かれますように・・・。


クローバーのコースター(ぽぇ作) 

2004年12月26日(日)



 
 右大腿骨の炎症

暖冬とは言え寒くなり始めてから
右大腿骨に炎症が出始めて
痛みが出て来ている。

今は歩く事が出来るけれど
状態が進行し悪化すれば
病院のベッドに繋がれてしまい
身動きが出来なくなってしまうでしょう。

この右大腿骨の炎症での入院経験から
動ける事のありがたさや喜びを
心の底から実感し感謝した筈なのに
時とともに忘れかけていた。

先日
相田みつおさんのカレンダーと
言葉が添えられた手紙が届いた。

 

私は、もっともっと足元を見つめて
生きなければいけないのかもしれない。

PCの前に座り続ける事から卒業し
オフラインの生活に重点を置いて
グルリと見回して見なければねぇ。

右足に気を配りながら
体を沢山動かし行動範囲を広げてみよう
動けるう内に楽しめる内にやっておかないと
出来なくなってからの後悔は寂しいから。

今年は何と理屈っぽい1年だったのでしょう。

何度も同じ事を考え巡らせた事で
しっかりと刷り込まれた感覚はあるので
サックリサクサク行動して行って
今ある環境を無理なく楽しむようにすれば
未来は明るいものなってくれるのかなっ?

2004年12月25日(土)



 
 来年に向けてリセット

過ぎてしまえば
早かったようにも思えるけれど
辛かった日々が甦って来ると
とてつもなく長かったようにも感じられる。

何があっても確実に過ぎて行く時間に
救われたり焦ったり
もう取り戻す事の出来ない瞬間の大切さを
これほどに痛く苦しく感じた事はなかった。

本当に沢山の想いが詰まった1年で
過去には経験のなかったストレスの大群に
病気の再発が何よりも心配だったけれど
何とか切り抜けられた事は
脳の役割を感じ取り
回避ツールが発見できたからかもしれない
それは大きな驚きとともに収穫だった。

ストレッサーにもパターンが沢山あり
それに呑み込まれて潰れないよう
個々で処方箋を変えて行く事も知った。

この頃
やっと気分が上向いて来て
体もサクサク動くようになって来たので
残りの年月を大切に大切に生きて行こうと
自分に課してみようと思っている。

部屋を片付け
捨てられないでいた物も整理をして
同時に人間関係も・・・と考えている。

辛い選択も沢山しなければならないけれど
本質的に御気楽な人には成りきれないので
と、言うと御幣があるかもしれないけれど
私自身は御気楽なりたいと思っているのに
脳が、それを許してくれないので辛いのが現実。

脳に支配されている事は分かっているけれど
なかなか手強くてリセットが出来ずにいた。

ありのままの自分で生きようと思い
そうする事が最大の選択肢だと分かった時
まず、形から入ろうと思い浮かんだ。

自分の問題となると
意志の弱さや
意気地無しなのは分かっているので
精神論だけでの脱出は
到底不可能なのは目に見えている。

そこで、形を整えて
スパッとリセットを断行する決心がついた。

2004年は、人生で最も辛ったけれど
だからこその目覚めを大切にしたい一方で
忘れてしまいたい事も溢れているけれど
何度も振り返って考えていたい思いもある
大切なメモリアル。

小心者で、まるで自信のなかった私が
辛さや寂しさを蹴散らして
強くなれたのは宙がいたから
そして
自己を分析し理解し得たのは
PCを与えられ
ネットを体験出来たからなのでしょうね。

宙に関しては
多くのアクシデントに遭遇するたびに
絶望感も味わったけれど
これ以上もう勉強する事は無いと言うくらい
頑張って学び励んだ自負があるので
崩れてしまう事が無かった。

自信を持って生きるとは・・・
勉強をして知識を増やす事。

1年間、同じ事を何度もリフレインし
自分でも呆れ果てていた感があるけれど
やっと最良の思考パターンを手に入れて
メビウスの輪から抜け出られた気がする。


 
今日は「クリマス・イブ」
いつの頃からか無縁だったけれど
あのイルミネーションだけは大好きで
欠かさず見に行っている。

これからε=ε=ε=(o^^)o G0〜♪

大掃除は明日から頑張りましょうぅ〜。(^^ゞ

2004年12月24日(金)



 
 細心の注意を払っているって言うじゃな〜い♪

10月
豪華ランチにご一緒したY女史は
時間に必ず遅れて来る。

私は遅刻が何より苦手で
5〜6分前には確実に到着している人なので
遅れて来られると待ち時間に加算されてしまう
それは、こちらが勝手に早く行っているので
クレームを付けた事はない。

Y女史、先日も10分の遅刻だった。
私としては
10分くらいは何とも思わないので
その事に触れる気は全く無かったのに
毎度の事で流石に恐縮したのでしょうか
詳細な言い訳を始めた。

私は心の中で
いいのよ人には治せない癖のようなものが
1つや2つはあるのだからと考えていたら
何と次の瞬間
どうでも良い事だと遅れてしまうのよね
と、のたまわれたのだ。

( ´`)はぁぁぁ?と
気持ちがリアクションしまった。

何を言われても
長いお付き合いと過去の事例から
↑が私を対象にしているのではない事は
よーく分かっているので良いけれど
一般的には誤解されるでしょうねぇーと
思ってしまった。

Y女史曰く
いつも言葉には細心の注意を払っていると。

そうそう皆そう思っているのよねっ。

( ̄〜 ̄;)

ねぇ、太ったのではありません?
服装のセンスが・・・モニョモニョ、
あらぁー、ご存知ないのぉー?とまぁ
言葉使いは丁寧で品もあり
悪気の無いことは分かっているけれど
時々、辛辣でビックリさせられる。

細心の注意を払っているのは表現方法であって
内容に気配りは感じられないのですが〜。(^^;

それでも、腹立たしさが無いところを見ると
波長が合うのでしょうね
理屈では無い世界という事でしょうか?

服装のセンスを衝かれた時も
考えてみたら宙の事ばかりに気を配り
自分の事を蔑ろにしていたとハッとし
少しはお洒落に目を向けようと思えたから
言ってもらえて良かった〜(^^*

我が身を振り返るチャンスを下さって
ありがとう。

次回の私との待ち合わせの時は
遅れないようにインプットしておきます
と、言ってくれたので
取り立てて箴言などはしなかった。

しか〜〜し
その後も遅れてくるY女史。(*--)

身に付いてしまったものは
なかなか直せないのよね。
必ず遅れて来るY女史との待ち合わせの時は
私も遅れて行けば良いものを
それが出来ないのよねぇ〜〜。

相反してはいるけれど
共通点を発見。←微妙(¨ )

私とて気を使っているつもりでも
相手との波長が合わなければ
悲惨な結末を迎えた経験者なので
あまり深く考えず
無理はしないようにしている。

早く行きたいから行くのであって
拠所なくて遅刻する事もあるでしょうから
細心の注意を・・・と気を揉むより
その後の明るく楽しい時間の方が大切。

人は自分の事が
1番分かっていないのでしょうねぇ。

2004年12月23日(木)



 
 私から連絡はしませんので・・・

と、宣言させて頂いた事のある
宙のクラスメイト(小学校)の
お母さん(Hさん)から電話があった。

中学も同じだったけれど
お嬢さんだったので
接点は殆ど無かった。

それでも昨年、1度お茶をした事があり
また会いましょうと言って下さったのだけれど
ある宗教を信仰している方だったので
私は帰依する気がない事を伝えたのと同時に
私からは・・・と言ったのだった。

信仰を持っている友人は多いけれど
私を勧誘する人は殆どいないので
友人として交流する分には問題はなく
良い関係が構築出来ている。

そういうお付き合いなら歓迎するけれど
お誘いは拒否したい心境だったので
初めに伝えておいた方がと考えたのだった。

我が家から徒歩5分程のお宅に招かれて
3時のお茶を楽しませて頂いた。

本来、宗教に関する話は大好きなので
押し付けられない限りは
気持ちよく会話の中にも入れるし
どちらかと言うと聞きたい方。

Hさんに
宙から信仰に近い教えを
日常的に受けている感じがするので
宙の中に神の存在を見ていますと話し
入信の意志のない事をはっきりと伝えた。

おそらく
もう連絡は来ないでしょう。

2004年12月22日(水)



 
 失ってからでは・・・

取り戻せないものがある。

この1年の間に
大切な人、物、時間、心、空間、
三千世界を捜しても探しても見つけられない宝物
それらを失ってしまった。

喪失感から這い上がり
そこから得たものも多くあるけれど
失ったものが戻ることは無い。


山手洋館の窓からの風景

友人に恵まれている事に甘んじている私は
その大切さに頓着が無さ過ぎたかな?と
最近、反省しきりだった。

不動のものには努力をせず
ネガティブな体験の修復にばかり時を費やし
目に止めなければ良い事象を凝視して
自ら疲れ果てていたなんて火中の栗の如し。

バ○・・な事ではあるけれど
脳が反応してしまっていたのだから
抗し難かった。((´_` )言い訳・・・

オンラインはオフより残酷で
虚像や嘘、激しい2面性が罷り通る所
だと知った時は固まってしまい
カルチャーショックを受けたりもして
ネットを止めようと考えた事もあった。

そうは言っても
オフでは得られない気付きが
ギュギュッと詰まっていて
勉強になる事この上なかったりもして
もう少し自分を磨きたいなと考えたり・・・と。

それが分かったのだから
迂回路を探しながら火の粉を避け
もう絶対に火傷を負わないようすれば
こんなに素晴らしいツールはないなぁ〜と
考えられる様になり
大切な場として置いておくのも良しかな?
な〜んて気楽になって行った。

++++++++++++++++++++

人は好きだけれど
1〜2年に1度くらい会えれば充分で
頻繁に会いたいとは思わない。

ところが
最近は月1のペースで会っている友人もいて
これも慣れなのかしら?と少々驚いている。

1〜2時間、軽くお茶をする
と、いうようにサクッと会えば良いのよね。

久し振りだと
どうしてもジックリ会おうと考えてしまい
構えてしまうのがいけなのかもしれない。

先日、深層心理を扱ったテレビを見て
聞き役の自分を分析してみたら
それは相手を尊重しようと思う心が働き
心地良い時空間を用意してあげたい一心から
自分を無にしてしまうという事らしい?

でも
裏を返せば
相手に良く思われたい打算が見え隠れする。

私自身、決して意図的にではなく
自然に振舞っているのでしょうが
対人関係が苦手という点を見ると
深層的には押さえ込んでいただけで
本当は気弱なだけだったのかもしれない。

自分を出して生きる方が楽なのにね。

出せないのは生育暦の関与が大だと言える
だからと言って誰のせいにも出来ないし
する気もない。

発想の転換をしないと
確実に失うものが増えて行く事でしょう。

それはそれで人生というスパンから見れば
良いのかもしれないけれど
先々、きっと寂しいでしょうから
変える努力はしないとね。

いろいろなパターンの友人関係
仲良しごっこも一つの形なのでしょう。

オールマイティーは無理なのに
我が事を棚に上げて
完成されているわけでもない自分流など
誰も支持してくれるわけもなし
もう、ほんとに困った思考回路なのだ。
・・・(; ;)ホロホロ

力を入れ過ぎずホンワリ行きたいものですね。

2004年12月21日(火)



 
 生きていてくれたのねっ\(^o^)/

良かった〜〜〜〜〜〜(^^♪

難病の会の旅行で知り合った
同じ「潰瘍性大腸炎」のYちゃんから
元気な様子を知らせるハガキが届いた。



何年振りなのでしょう?
5〜6年振りくらいなのかしら?
ほんと元気でいてくれて嬉しい。^^

ひと回り以上年下だったYちゃん
旅行中は同病と言う事もあり
何の違和感もなく
スーッと自然に馴染めたように思う。

行動を共にしている間は
話に夢中で元気だったけれど
時々、お腹が痛くなるようで
休みながら歩いた事を覚えている。

その後も
Yちゃんの病状は進行が止まらず
2年後くらいだったでしょうか?
大腸の全摘出手術を受け
1年間の療養生活を送っていた。

そのような中
少し落ち着いたので
会えないかと連絡が入り
久し振りに再開した時は凄く嬉しかった。

思っていた以上に元気だったけれど
まだまだ辛そうで
会っている間中
何度もトイレに行く姿は痛々しく
大丈夫なのだろうか
社会生活は営めるのだろうか
と、按ずる気持ちで一杯になり
とにかく
元気になってくれる事を祈った記憶がある。

その後
私は宙の事で忙しくなり
連絡が儘ならなくなってしまい
今に至っていた。

音信不通が長引けば長引くほど
酷くなっているのでは?
もしかしたらもう・・・?などと
有らぬ想像が膨らみ
あれこれと考え過ぎてしまい
連絡をとるのが恐くて恐くて
心にかけながらも
何も出来ずにいた所だったので
ハガキの差出名を見た時は
飛び上がるほどに嬉しかったぁ。

来年は
友達年間にと考えていた矢先だっただけに
幸先の良い知らせに((○(^▽^)○))
私も病気には負けないぞっと
元気が沸いて来た。

私に元気をくれる友人達の存在に
何故?今まで気が付かなかったのでしょう。

ほんと、(_ _。)情けなぃ−。

来年早々に私から連絡を入れてみよう
行動・・・これが必須課題かな?
なんて、学生みたい。・・・(^^ゞ

2004年12月20日(月)



 
 いい人なのに

昨晩、一緒に帰って来た友人
群を抜いた優しい人なのに
過酷な運命を与えられ
次から次へと試され続けている。

神様
彼女が何をしたと言うのでしょうか?

しょうがいのある子を育てる事が
不幸だとは思ってもいないし
考えてもいない
けれども、日常の阿鼻叫喚に
ヘトヘトになっているその姿は
辛そうで見ていられない時がある。

私達って苦労が耐えないわね
でも、きっとそれが糧となり
良き未来が来ると信じましょう
助け合って行きましょうね
そうとしか言いようがなかった。

時折、連絡をくれるけれど
彼女の日々を思うと胸が一杯になり
比較では無く
ぽぇ、貴女は何をしているの?
と、自分に問いかけてしまう。

穏やかで
声を荒げる事なども無く
身を犠牲にして
家族に深い愛情を注ぎ続ける彼女を
決して美化はしていないけれど
我が身を振り返えらずにはいられず
自分の甘さに愕然とする。

与えられた人生を
充分に生きようとしていない自分が
とっても情けなかった。

残りの人生を大切にしなくてはね。



時々、お昼に招待して
少しでも疲れを癒してあげたい。

2004年12月19日(日)



 
 これが最後かな?

定例の忘年会へ行って来た。

最近、呼吸に問題のある私は
タバコの席が今まで以上に難しい。

どうやら
お酒とタバコは
ワンセットになっているらしい。

私は同席する面子も
選ばなければならなくなってしまった
とは言え、選ぶ立場には無いので
自らが引く事になるでしょうから
尚のこと人間関係が狭くなってしまう。

極々親しい友人には
拒否権を発動させられるけれど
他の方々には
なかなかハッキリ言えない事の方が
断然多いので必然的に変化して行くでしょう。

狭くなったら開拓すればよいので
新しい世界を知るのも自分次第
何にでも努力は必要ね。

元気で自由だった頃には遠ざかり
病んで自由を失ってから
やっと動きたい心境になったとは
何とも皮肉な事ではあるけれど
それが私なのでしょう。

振り向いても過去は遥か彼方へ・・・
ならば今・・・
やっぱり今・・・この瞬間。

失っても失っても
得たものは沢山あるしねっ。(^-^)V

これも失って初めて知った事。

来年からは
自分でセレクトする強さを持って
ハッキリと意思表示が出来るようにかなっ!

帰りは
心優しき友人と話しながら1駅歩いて帰宅。

どうして彼女は?
いい人なのに・・・。

2004年12月18日(土)



 
 年越し蕎麦???

蕎麦好きな私とOさんと
年越し蕎麦を食べに行って来た。
(一応、名目を付けて・・・(^^ゞ)

先の体罰論争以来
本音を語り合えるようになり
相手の胸の内に配慮しなくてもよく
頭に浮かんだ言葉をサラッと出せるのが
とっても心地良くて嬉しい。^^

今まで
何と堅苦しいお付き合いをして来たのか?

自分を曝け出せば
相手も心を開き易いのかもしれない
勿論そうでは無い事もあるけれど
私には別に隠す事もないしねっ。

2004年12月17日(金)



 
 クリスマス散策

柚子のマーマレードを作ってくれた友人が
お渡しするだけで申し訳ありませんが
会えませんか?と言って下さったので
お買い物がてら元町まで出向き
ランチをしながら2時間程お喋りをして来た。


手描きのラベル

その後
山手にある洋館で展示公開している
クリマスの飾り付けを見学しに
ちょっと足を延ばして楽しんでから
サヨナラをした。


洋館からの景色

帰りがけに
近くに来たら寄ってくれるように言われていた
役員仲間のSさんが経営している
「画廊」へと行ってみた。

このSさん
斬新な作品を作り出している陶芸家だった。

私は焼き物が大好きなので
話が尽きる事なく楽しかった上に
何と同年代だったのには(*^^)(^^*)ニンマリ

そして
ベースは違うけれど
大きな病気を持っている所も一緒だった。

Sさんが
今まで自分の病気の辛さを話しても
なかなか分かってもらえる人がいなかったので
共感しながら聞いてくれる人に出会えて嬉しい
と、言って頂いて恐縮してしまったけれど
私も宙の話を聞いてもらえる人は沢山いても
病気の話となると皆無だったので
喜んで良いのか悪いのかは
事が事ななだけに疑問符はあるけれど
これも出会いなのかな〜〜と真摯に受け止めて
共に喜ぶ事にした。

こちらこそ感謝・・・。

ご主人にも会えて良かったぁ。(^-^ )

2004年12月16日(木)



 
 1年の感謝

一人で
お墓参りに行って来た。

いろいろな事があったけれど
心を無にして感謝し
来年のお願いもしたりして・・・ねっ(^^ゞ

最近、一人で食事をする事がなかったので
久々に、一人を楽しんだりした。

足を延ばせば「浅草寺」があり
「合羽橋」の道具街も近いので
時間が足りないくらい見る所はある。

帰りがけには「渋谷」のロフトへ。

友人と一緒も楽しいけれど
1人も好きだなぁ〜〜
お一人様を満喫〜〜〜(^^*

2004年12月15日(水)



 
 蕎麦打ち

昨年に引き続き
2度目の蕎麦打ちに参加した。

手順が分かっているので
かなり上手に出来
先生にもお褒めを頂いたりで
ちょっと喜んだりしている。・・・(^^ゞ

 

昨今、スローフードが見直され
専門的に勉強している人もいる。

私にはハーブより合っているかもしれない。

来年は、気持ちをユッタリと持って
お料理を楽しみたい。

食から精神と行動のコントロールしてみよう。
("ε")フッ 楽しみ〜〜〜。

2004年12月14日(火)



 
 プライオリティー NO1

群を抜いた優しさという角度から見ると
私の中には6人の友人・知人がいる。

その6人に限って言うと
優しいからと言って人格がどうか?は
また別問題であったりする。

時間にはルーズだったり
約束を簡単にキャンセルしてしまったり
デリカシーに欠けていたり
(許せる範囲のデリカシー)
と、問題点は多少あったりもするのだ。(^^;

けれども、気持ちの優しさに於いては
何よりも安心感を与えてくれるし
一緒にいて緊張の糸が張ることはない。

私にとってのプライオリティーは
絶対的に優しさがNO1なので
気に掛かる点などは問題にはならない。

その優しさ抜群の友人の一人であるMさんと
銀座へ行って来た。



シャネルのプロデュースによるツリー(ソニービル)

人の多さは苦手だけれど
相変わらずの賑やかさと華やかさは
流石セレブリティー御用達の街
それに、ちょっと足を延ばせば
我が憧れの宝塚劇場もある。(^^♪

Mさんには久振りの銀座という事もあり
お目当ての場所が沢山あったようなので
総て、お供をしたけれど
私的には新しい場所を開拓できて良かった。

一緒にいても殆ど話しはしないのに
それでも凄〜く楽しいのだから不思議?

このMさんの子Tくんは
もしかしたらASかな?という片鱗が
随所にある非常にナイーブな青年。(大学生)

幼い頃から他の子とは違う点が多く
私だったら追い詰めていたでしょう場面でも
Mさんは超が付くほど大らかに育てていて
小学生高学年まで治まらなかった夜尿の対処に
本人の意思確認をとってオムツをあてていた。

その話を聞いた時
私は内心 (¨ )目が点になるほど驚いた。

Mさん曰く
病院にも行っているし大丈夫よ〜〜〜
と、まぁ〜〜軽〜〜〜〜〜〜い反応で
何も苦にはしていなかった。

その内、自然に治まったと言うから
ある種の大らかさは
子どもにとっては妙薬なのかもねっ( ̄‐ ̄*)

↑の様は事には枚挙に暇が無いのだ。

完璧な受容型というのでしょうか?
私はMさんの影響を強く受けて
宙を育てて来たように思うので
ベースとなるお手本が側にいてくれた事は
とってもラッキーだったと言えるでしょうねっ。

ただ、お互いの子育ての方法は
それぞれに親と子の性格や本質が全く違うので
見事なまでに相反しているけれど
基本は同じであって
魂を傷つけないという事。

Tくんは
これから社会に出てからが大変かな?
と、少し按じていたりはするけれど
その時には力になってあげたいと考えている。

でもね、きっと大丈夫でしょう。
どんな時でも追い詰めたりしないMさんだから。

応援していますよっ。(^-^)V 

 
銀座の覗き見天使

2004年12月13日(月)



 
 無印療貧(^^;

何のネームバリューも無く
親子揃って・・・
と、言うか家族揃って療養中
おまけにセレブなどとは程遠く
まさしく無印療貧。(;´▽`A
(あくまでも我が家的に)

最近
膠原病の2次障害が出始めて
活動力が低下し始めている。

ドライアイ
ドライマウス
ドライブレス
というように湿潤低下の症状が現れ
特にドライブレスは呼吸が浅くなり
動くと全力疾走したかのような
息苦しさと動機がする。

もともとある心疾患と重なって
ちょっとハードでキツイけれど
気分が上向きになると
サクサク動けるのだから
精神の関わる比率の大きさは絶大だわね。

とは言え
精神論だけでは危険なので
適材適所と使い分けて
バランスを心掛けている。

人生に同じ日は無く
今日の元気が明日もあるとは限らない。

日々、忘れがちな
命が永遠では無い事を
身体が見せてくれたような気がする。

以前は
少〜〜し、肩肘を張っていたのか
人の態度を深読みし
人の言葉に傷付き
等々
ネガティブな体験から
相手に重きを置き
慎重に生きることを選んで来たけれど
死をハッキリと視野に入れてからは
呆気ラカ〜〜ンと抜け気って
無印療貧などと言って
笑っていられるようになった気がする。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。

相方から
これからの僕の望みは
君と仲良く生きて行くこと
・・・生きて行きたい
と、言われた。

1番、大切な事が
やっと分かったの?
なんて思わず言ってしまった。・・・(^^ゞ

ハァー
長い日々と膨大な時間がかかったわねぇ〜〜。

でも
人を幸せな気持ちにしてあげるって
とっても嬉しいこと。

そして
ありがたい事。

終わり良ければ総て良し
無印療貧でも良いよねぇ〜〜。(^○^)

2004年12月12日(日)



 
 悲しみの心

宙の袖を引き千切った生徒に
怒りは感じなかった。

そういう事をしてしまう
させられてしまう
脳の未熟さや傷の深さが想像出来るので
唯々、哀れだった。

齢17歳の
まだまだ人生の何たるかなど
分かり得るほどの経験もしていない
その子の悲しさが気の毒だった。

宙と共に生きていると
如何ともし難い脳の支配を感じる。

彼等には
その様な脳からの指令に抗しきれず
回避の方法も知らずにいるのでしょうに
軌道修正のチャンスも無く
理解される事も無いのでしょう。

17歳ともなれば
自己コントロールのノウハウを
持っている子もいれば
そうではない子もいる
その幅の広さを見ると
幼稚なままの子がいても
おかしくはないのでしょう。

放置された心を自浄能力という手段で
自ら転換できない子の事を考えると
何とか手を差しのべてあげたいけれど
私には、その余裕が無い。

一番、力になれるのは親なのでしょうから
袖の件も伝えた方が・・
とも考えなくは無かったけれど
言えば波風を立ててしまうのは明白で
問題が複雑化した時に
責任を取れないのならば
やはり言えない。

それに
余計なお世話と言われた過去の経験が
脳裏に浮かんでしまい
関わる事で疲れの上乗せはしたくないので
気持ちが何も言えないでいる。

宙は
もし、私だったら耐えられないような人生を
黙々と歩み自分と戦いながら抵抗している。

そういう宙の生き様を
目を逸らさずに見詰めているので
どんなに私に当たっても
逃げ出したくなる気持ちを抑えながらも
側に寄り添っていてあげられるのでしょう。

当たりたくなる気持ちを
充分に理解してあげてはいても
それを許すのは間違っていると思うので
宙には分かってもらう努力をして来た。

徒労に終わったとしてもかまわない
手をこまねいていても時間だけが過ぎて行き
結局、宙は何も得られない事になるので
基本だけはインプットしてあげたい。

宙も感情をコントールする芽が出始めて
態度は、すこぶる良くなっているので
とにかく経験値を増やしてあげたい。

しょうがい児を育てる事は
決して楽な事では無く
現実での戦いの連続帯から抜け出せずに
頭を抱え込む日々も多く
頑張っても頑張っても頑張り続けても
終わりは無いように感じる。←あくまでも私見

ならば、出来うる限り楽しもう
8対2で自分に重きを置こうと思う。

少しずつ
私の脳は進化し始めているので
この流れに抵抗せず逆らわず
スキルを獲得できるように柔軟でありたい。

 
気持ちを落ち着けて布遊び


2004年12月11日(土)



 
 破かれた袖

先日
それを見た時にはビックリしたけれど
心配はしなかった。

まぁ、こういう事もあるでしょうという
軽いリアクションだった私。

最近は、ほとんど動じないでいられる
これも慣れなのでしょうか?

上着は
プロの私が跡形も無く綺麗に直してあげたら
宙はとっても喜んでくれて
うおぉ〜〜凄いと言ってくれた。(*^^*)

困難の多い中にいる宙
月曜病の一因にはこれもあったようだ。

他にも、いろいろあるようで
弱音を吐く事もあるけれど
決して逃げようとはせずに努力している。

将来の結果の良し悪しについて
今は全く想像すら出来ないけれど
私の未来のビジョンは
良いイメージしか持っていない。

自然の流れのままに生きるという
この道を変える意志は無く
宙も私達も
その時々に深く考えるようにしている。

起きた事はサラリと受け止めて
深刻になる事はせず
時間が解決し癒してくれるがままに任せて
策略を巡らせはしない。

自分のエリアの中でゆっくりと生きていれば
それが一番で楽であり安全だという事を
学んだような気がする。

宙は経験を重ねるごとに学習し
確実に強くなっている。

それでも脆い所はあるけれど
それを凌駕する程の強さがあるので
安心していられるのが非常にありがたい。

外と家とを使い分けられてもいるので
ストレスは相当なものでしょうから
家ではなるべく自由を謳歌させている。

甘やかす事はしないようにしているけれど
それも状態を見ながらであって
やんわりとを心掛けている。

「◆◆宙◆◆ NO5」に関連記事

2004年12月10日(金)



 
 何より驚いたのは

月曜日になると休みたがっていた宙
その理由の一端が少し判明した。

それより何よりも
一番ビックリだったのは
私の気持ちの大きな揺れだった。

宙には過剰な期待はしていないし
学校に行かなくても構わない
唯々、生きていてくれれば良し
と、総てを受け容れていた筈なのに
現実に直面すると心が落ち着かなかった。

何故なのでしょう?
虚勢?
私の常識や正論が抵抗しているのかしら?

学校へ行かないという事がイメージ出来ず
また、変化に弱い母の性格もあるのでしょう
現状維持を続けて欲しかったのかもしれない。

宙が問題提起をするたびに私は悩み
そして、ステップアップする。

頭で考えている時は大らかでいられても
現実に直面すると心が騒いだりするなんて
私は、もう少し高尚な母かなと思っていたけれど
そうでも無かったのねぇ (_ _。)情けなぃ〜。
自己嫌悪。

それでも事あるごとに
真っ白な心に近づいて行っている。

今は一喜一憂の連続ではあるけれど
いずれ線引きをする日が来るでしょう。

宙にとっても母にとっても
乗り越えなければならない正念場であって
ある意味においては
一番、辛い時なのかもしれない。

幼い頃は
しょうがい児であっても
育てる苦労を感じた事は無く
ただただ可愛く楽しかったのに
社会という大きな枠組みと
決して理解しようともせず
歩み寄ろうとしてくれる事の無い人の心に
押し潰され疲れきってしまった様に感じる。

母の辛さは宙の不自由さと並べてみたら
小指の先程でも無いでしょう。

とは言え
仮病を認めるわけにはいかないので
その日は休ませても
真剣に対話だけはしている。

最近は
事と次第によってはマニュアルも何も無しで
殆どが体当たりで取り組んでいる。

尊重し過ぎて本末転倒になってしまっては
後からの是正に膨大な時間を費やさねば成らず
宙にとっても不利になりかねないので
理不尽な行動に関してだけは
気を抜かずにジックリ対応。

宙には
学校で嫌な事があり耐えられなかったら
先生に言っても問題は解決しないと思うから
何もいわず黙って帰宅してもいいからね
事後の処理は母が総て引き受けるからね
と、ひと言添えて送り出している。

今日も元気に登校して行った。
・・・(; ;) ウルウル

2004年12月06日(月)



 
 最後のカットモデル?

4月にカットして頂いて
8ヶ月が過ぎていた。

郷里に戻られたのかな?とか
移動されたのかしら?
と、考えていたところにメールが入った。
( ¨ )ンッ?シンクロニシティー?

お店を変わる事になりましたが
また、お目にかかりたい・・・と。

言葉にならない喜びが溢れて
本当に心から嬉しかった。

少し遠くなるけれど
陣中見舞いに行ってみようと思っている。

親子ほどの年齢差があるので
お友達とまではいかないでしょうが
人として交流して行かれれば
素敵だなって思ってしまった。

本質的には人が好き
ただ、その難しさと煩雑さに
続けたいのに逃げ腰になってしまい
新しい出会いに関しては
本当に苦手意識が強い
もう少し努力をしないとねっ。(^^;

2004年12月02日(木)



 
 新たな発見

Oさんが
リンゴを届けてくれた時に
ゆっくり話がしたいと言ってくれたので
「みなとみらい」へ行って来た。

11時に待ち合わせをして23時まで
今までとは全く違った高角度の論理戦に
話は延々と尽きる事もなく
見解の相違や共感部分を大切にしながらも
本音を語り合った。

人の目に映る
私自身の意外が一面を発見したり
人はかくも自分の正論という
狭い狭い鉢の中で生きているか
と、いう現実もハッキリと確認できた。

帰りがけ
今日は忌憚の無い論争が出来たねっ。

今までだったら嫌われたくないがために
体罰論争は避けて通り
薄羽陽炎の様な頼りなげ言葉に終始して
1歩たりとも踏み込んだりはしなかったよね。

そして、表面的には仲良しの顔をして
当たり障りのないお付き合いを続け
それは心地は良いのでしょうが
錯覚したまま実りのない時間を費やして
消化不良感を抱えたままいたでしょう。

お互いに
そんな関係が歯痒くなり始めていた所だった。

本音を語れる気持ち良さの真髄は
「これだ」って感じられた事が嬉しかった。

だからと言って
お互いに節度を崩す気は無いので
本当に大切な事だけは
絶対に伝えて行こうと
心の中で思った。

=====================

「しょうがい」周辺に関する話は
どうしても表面的になりがちで
本質に触れる事にはタブー意識が強く
逃避感が漂っている。

私は、いつも真実を直視したい人なので
前進の無い飽和状態の中にはいられない。

どんなに辛くても苦しくても
生を継続させて行くのならば
現実からは目を逸らさずに
総てを糧にして生きて行きたい。

今から・・・此処から・・・
頑張るぞっ・・・(^^*

2004年12月01日(水)
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