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oneday  ぽぇ



 
 不遜なこと

いろいろな体験をする中で
寛大でありたい優しくありたい
と、心して生きて来たつもり。

ところが友人の行動で
理解しようと努力はしても
破廉恥さや愚かしさが見えてしまい
裏表の激しい態度にはウンザリして
どうしても受け容れられない人達がいた。

早く絶交するなり
自然消滅させるなりすれば良いものを
誠実であるということから逃れられず
優しさという体面を繕いたかったのか?
箴言もせずに来てしまった。

その、私自身の優柔不断さに気付いたのは
随分と後になってからの事であって
非は相手にあると考えていたのだから
何ともはやである。

事実を言ってあげられない関係
そこに真の友情が感じられないのなら
仲良しごっこでも貫けば良いものを
それすら出来ないもどかしさに
本当は言えないのだと気が付く
ほんと、中途半端で情け無かった。

伝え方や表現法は工夫すれば良いわけで
何とでも対処・対応は出来るのに
過去の経験(ON・OFF)から来る弱気さで
言ってしまったら終わりと言う構図を
酷く恐れて何も言わなかった私に
誠実論を語る資格は無い?

そこまで自分を追い詰める事も無いけれど
暫く自己嫌悪していた時期もあった。

でも、年月を経てみると
人(自分も含め)の愚かさや浅はかさ
無知から来るとんでもない行動の心理が
薄っすらと見え始めて来た。

このHPを立ち上げた頃は
まだまだ誠実にという気持ちが根強くあり
過剰に敏感に反応し過ぎて
サイト内での失敗も多く経験したけれど
今は練れて来たと言うのか?
とても軽く考えられるようになり
人の生き方に介入する事も少なくなった。

関係無いと投げ遣りになるのとは違って
サラッと受け止める術を学習したのでしょう。

今でも続いている↑の友人達とは
お互いの人生経験が時をかけて成熟し始め
気持ちの置き所が一変してからは
部分緘黙しながらではあっても
それはそれと分けて見られるようになり
非常に楽な良い関係が成り立っている。

何のリアクションも取らない私に
時折、電話をくれたり
年賀状を送り続けてくれているその友人達には
好意の波動を送り感謝している。

考えてみたら
相談されたのならともかく
相手が望んでもいないのに気持ちが先走り
力になりたい必要とされたい
真実を語り合える仲になりたいと焦り
無私にもなれず友情の純度を推し量り
純粋を求めてやまなかったのかもしれない。

独り善がりな余計なお世話。
全くその通り。

自分を確立出来てもいないのに
これこそ不遜な事としか言いようが無い。

ネットをやっていなかったら
この事に気付くのは何時の事になったやら(^^;

掲示板を外してからは
PCに向かう時間も激減したけれど
これからも私自身を知るために
自分のための貴重なの場所・ツールとして
大切しに有意義に活用して行かれたら
良いなぁ〜と考えている。



どの花も好きだけれど一番好きな花*れんげ*
この花のように早く無我の境地に至りたいなぁ


2004年08月26日(木)



 
 銀座

中学の頃から
銀座へ出る最大の目的は「宝塚」だった。

今は遠ざかり観劇する事はないけれど
聖地である劇場には必ず寄って
息吹を感じ懐かしんでいる。

そういう場所がある事はありがたくて
情熱を注ぎ込み無心になって楽しめた頃を
想い出せし
感じられ
タイムスリップ出来るのは
経験を経ずしては有り得ないので
良かったなぁ〜と嬉しいせつなさが溢れる。

宙にも沢山の経験をして欲しいなって考えながら
その場を後にした。(*^▽^*)

結婚してからは何もかもから遠ざかり
大きなイベントとは無縁だった。

特に宙のしょうがいが分かってからは
何がしかの物を残してあげたいと
その事ばかりに思い入れていた上に
自分の病気も重くのしかかり
どうにもこうにも身動きが取れなかった。

これからは少しずつでも復活させて行くつもり
先々の不安に押し潰されて
今を楽しまない人生では
かえって未来が見えないし
開けない気がするから。

そこで、外出。

昨日の銀座は暑かったぁ〜ε-(´o`;A 暑い〜。
外を歩くのは2〜3分が限度で
すぐに建物の中に非難してしまうほど辛った。

お目当ての「プランタン銀座」へは
外を歩かないわけにも行かず((´_` )トホホ・・
体温調節が出来ない(病気)私には地獄なのだ
それでも行きたかった目的地のプランタンは
ずっとコースの一つだった「インテリア館」が
8月末で閉鎖してしまうと教えられ
友人を誘う事もなく出かけた。

こういう体質の私は
疲れるたびに同伴者にお伺いをたて
エスケープしなければならないのを
申し訳ないと感じ考え過ぎてしまう。

それも卒業しなければねっ。

後は暑さを避けながらの銀ブラ
脳が回転せずにボーーーッしたままなので
楽しむ気分には程遠かったけれど行って良かった。
でも、やっぱり涼しい時がいいなぁ〜。

銀座もお気に入りの場所が減って行き
寂しい限りだけれど
保守的な私は(宙に似ているかも(^^ゞ)
いつも同じ場所にしか行かない傾向があり
新天地を開拓出来ずにいたので
無理にでも自分を変える必要もあるかな?
と、考えていたので良かったように思う。

遅めのランチは「Cafe MUJI」でゆっくりと
ご馳走様でした〜〜。(ノ^∇^)/

2004年08月14日(土)



 
 後ろめたさ

誘われない限り殆ど一人で行動する私。

目的も無く街に出たり
ウインドーショッピングをしたり
ただただ、ひたすら歩き
木々の緑を散策したり
野の草花を摘んでみたり
喫茶店で本を読みながらコーヒーを飲む
と、そういう時間を過ごすのが大好き。

ところが
働かずに遊び暮らしているような罪悪感
何の生産性も無く過ごす自分が嫌だったり
その上
PCを触り始めてからは
怠惰な日々を過ごすのに慣れてしまって
動きが鈍くなり生活にはメリハリを失い
グレーゾーンな暮らし振りが情けなかったりする。

そういう諸々の事に後ろめたさを感じてしまう。

宙には生きているだけで良いと思えるのに
自分の事となるとそうは考えられず
わざわざ辛くしている感じがする。

人生に無駄な事は何も無いという考えも
ちゃんと持っているのにねっ。

思惑を気にしたりしてしまうのでしょうねぇ。
これは、育ちと性格から来るもので
脱却する事は、とっても難しく
分かっているのに出来ずにいる。

孤独は好きなのに孤立するのは辛い
それは形の無い威圧感が怖いのでしょう
内面的には強くなっていても
怖さからは抜け出せないでいるのかなぁ?

今まで自分を肯定し認め赦したりという
理由付けをしながら無理をしていたのかな?
と、ふと考え始めている。

結局、後ろめたさの原因は
誰とも分からない影からの無言の評価を意識し
両親が苦労をしながら遊ぶ事も無く
誠実に働き続け生きて来た
その真摯な後ろ姿の投影として
遊ぶ事への罪悪感を自ずからに刷り込み
頭を空っぽにして楽しめないのでしょう。

誰のためのものでもない筈の自分の人生を
単純に生きて自分だけを見詰めようとしない。

両親の生き方を見て来たのは
私がそうしたのであって強制はされていない。
其処から長いこと脱却できなかったのは
私の責任であって誰のせいでもない。

宙父に対しても
自分で勝手に後ろめたさを感じ
それを頑なに変える事なく
自らを追い詰めて行った結果として
身体を壊し気持ちを沈ませていたのだと気付いた。

総ては自分で自身に発している
負のエネルギーだったという事なのでしょう。

遊べない人生はいけませんねっ。

遊ぼっ。(^^♪

今から久し振りの銀座へε=ε=ε=(o^^)o〜♪



今日の我が家のブランチ



2004年08月13日(金)



 
 試されているかのような人生

本当はそんな事はなくて
自分が歩いて来た道の結果として
ただただ今があるだけの事なのかな?

その時その瞬間に
よーーく考えながら生きて来ていれば
違っていたのかもしれないのかなー?

でもそれとても幻想であって
金太郎飴のように何処を切っても
今の人生が紛れも無い現実なのだと思う。

友人と
私達って悩み好きなのよ、きっとね
と、笑いながら話したりする。

次から次へと悩みを見つけているみたいだし
悲劇的であったりする事も嫌ではない。(^^ゞ

苦しみの中に在る時にこそ
生きている実感を得られるタイプなのかな?

ちょっと目線と角度は違うけれど
よく、レーサーが死の淵を激送して生還した時に
ああ、生きているのだと実感し存在感を得ると言う。

私にもあるのかもしれない。
多少、自虐的であったりして
清水には住めない魚がいるように
泥水にしか住めない・・・とまではいかないまでも
清らかに生きるなんて夢のまた夢なのでしょっ。

今は何が起きても
まあまあ動じない根性も備わって
オロオロもオタオタもしなくなった。
(多少はするかな?)

自閉症児を育てた経験のない私には
成功も失敗も無い筈だし
人にどう評価を下されようとも
自分の能力以上の事はできないと分かっている。

それに、頑張って来たという自負心が
支えてくれてもいるので
なんとか自分を保っていられるのだと思う。

この人生「何かが違う」と思ったりはしないけれど
振り返れば満足しきって生きて来たとも思えない。
要所要所で何とか幸福感と折り合いを付けて
錯覚しながら過ごして来たのでしょう。

それにしても疲れた。

とにかく自閉症は難しい
艱難辛苦を乗り越えてというのがピッタリ。

数十年、突っ走って来た疲れを取らないとね。
ちょこちょとこ気分転換をしていても
大きくリフレッシュしないと
心の弾力が無くなってしう事が分かったし。

宙父は私に、
もう君の好きなように生きていいよと言ってくれる。

長い年月を自分を無にして宙を見つめ続け
尽くして尽くして尽くし抜いたのだから
(宙の前は宙父に)
少し保養を兼ねて旅に出たらいいよ。
1ヶ月と言わずに2ヶ月くらい行ったらどう?

君が望むならアパートを借りて
一人で暮らしてくれても構わないよ。

((o(T^T)o))ぅぅぅううううう ありがたい。

そう言えば
結婚してから旅行した事もなかった。
生きることを継続させるのが精一杯という
悲惨な日々だったように記憶している。

北海道から南の島まで巡ってこようかなぁ〜。

思い切ってフランスに滞在中の友人の所へでも
行ってみようかなぁ〜。

イギリスにも行きたい。
イングリッシュ・ガーデンにも触れてみたい。
イギリスで生活していた友人を誘ってみよっかな〜。

考えるだけでも楽しいけれど
どれか一つは実現させよう。




あれがあるから行かれない。
これを片付けないと行かれない。
何々しなければならないから行かれない。
と、行かれない理由ばかりを探していた過去とは
もう決別したいので何が何でも行って来よっ。(^^♪

人生を試されているという考えも
もういいよね。
試されなければならない理由が分からないし
もういいでしょっ?

歯の治療を終えたら行こうっと。
♪~♪ d(⌒o⌒)b♪~♪

2004年08月11日(水)



 
 粋

母方の親族には粋筋の人が多くいた。

長唄を嗜み歌舞伎座の舞台を踏んだ人。
お三味線の師匠として身を立てていた人。
お琴職人として腕の良い工芸師だった人。
まだまだ他にもいる。

そういう環境の影響を強く受けた私は
歌舞伎の持つ雰囲気が堪らなく好きだったりする。
う〜ん、好きというよりは
DNAにヒットして心地良いのかもしれない。
アルファー波、シーター波
と、脳波も踊ってしまいそう。ヽ(´▽`)/

先日、TVで「三国志」をやっていた。
ここ数年、
スーパー歌舞伎に魅せられている私としては
VTRに撮って後から見るなんて考えられず
もう釘付け、眠気も何のその・・・(^^ゞ

猿之助さんは上手いなぁー。

セリフ回しの洒脱さは実に個性的で
もの凄く軽く出しているように見えるけれど
明快な響きとなって耳に送り込まれて来る技は
長い精進の結果なのでしょう。

発声そのものの違いを痛感するし
腹式呼吸で鍛錬しているのでしょうねぇ。

良く有りがちな喉に詰まっているかのような
聞き心地の悪さはなく実に当たりが柔らかい。

それに衣装も素晴らしくて注目。

これほどに刺激を受けゾッコンになるのは
歌舞伎と宝塚の双方を感じるからかもしれない。

久しぶりの至福感。
スーパー歌舞伎・・・大好き(^^♪

猿之助さんが舞台を降板なさって
随分と日が経っているけれど
兎にも角にも元気になられて
復帰して下さる事を願っています。

是非、舞台を見に行きたいなっ。^^

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

宙がゲームセンターで初ゲットのpoohさん



私が貰ったpoohyan可愛い(^^♪



2004年08月09日(月)



 
 一人の時間

朝というかお昼近くというか
すっかり寝過ごしてしまったら
宙はもう出かけていた。

間もなく宙父も出かけて行き
一人きりの静か時間を有意義に使いたいなと
意気込んでいたけれど
ここのところの精神的な疲れからなのか
間接の痛みが出てしまっていて辛い。

だからといって
グズグズッとは過ごしたくなかったので
好きな布に触れる事にした。

早く取り掛かりたかったコースターを
やっとカットし終えたので
ゆっくりでもいいから作り上げたい。



今、「100人の村〜」を見て
不条理という言葉しか脳裏には浮かばなかった。

でも、それは不幸と言う意味では無い
確かに過酷ではあるのでしょうけれど
自分の人生と比較などは出来ないし
不幸だと決め付けてしまうのは
失礼なような気もする。

ただ其処に生まれたという今の現実を
気持ちの上でどれだけ上手に回避し
いかに楽天的になれるかなのでしょうねぇ。

私自身も不条理を体験してはいるけれど
果たしてそれは不幸だったの?
( ̄  ̄;) ・・・よく分からない。

辛い思いを乗り越えるたびに
一つずつ肩の荷が下りて行っている気がするし
後の人生の赦しを得ているようで
苦しさからも解放されつつある。

楽観的に生きるためには
一人の時間が絶対的に必要なので
自分で作り出す努力をしないとね。

う〜ん、それにしても肘が痛い。
タイピングしていると響くので
程々にしないとねっ。(^◇^)ゞ

2004年08月07日(土)



 
 本音を言い、毒を吐ける関係

仕事で帰宅出来ないでいる宙父
それを喜ぶ ワ・タ・シ(⌒_⌒)ゞ
不謹慎極まりありません。

その宙父は
私にとっては無二の親友であり
毒を吐ける相手なのだから
皮肉と言えば皮肉なもの。

常にシンクロし
お互いを追体験するに至っては
出会う運命だったのかな?と思わざるを得ず
切っても切っても切れなかった過去を顧みると
因縁を感じている。

宙父以外にも本音を語れる友人はいるけれど
心を空っぽにするまで話した事は無い。

最近、本音を少しずつ話せるようになったTさん
長い時間を要したけれど
自然に吐き出せるようになったので
お互いに楽になりつつある。

Tさん、私に本心を見せるのが怖かったのかな?
それは私にもあったように思う。

いろいろな誤解から疎遠になったり
フェードアウトして行く事は多々あっても
終止符を打ったわけではないので
またいつか言葉を交わせる日が来ると
信じて過ごす日々も楽しかったりする。

ブランクもいいものよね。
会った時に話も沢山あるし
絆も深まったように感じられるから。

出来得る限り本音で生きられれば
この上なく楽なのでしょうが
それを許してくれない人もいるので
難しくはあるけれど
出してみたいもの・・・かも。(^○^)

以前、よーーく伺っていたサイトのオーナーは
本音を吐露し毒づいたりもしていた。
凄いなぁ、真っ直ぐに気持ちを出せるなんて
それはとっても小気味の良いもので
嫌味は全く感じられなかった。

文章力がフィルターをかけていたのかなぁー?

今日は、本音で語れる友人とのランチ。

彼女とは会話をしていても理解力の鋭さで
話が空を飛ぶ事は一度もなかった。

話ではなく会話の出来る人。

さぁスッキリして来よう・・・っと。(^^♪

2004年08月05日(木)
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