白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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当日記は移転しました。下記で更新を続けています。
引越し先 白い木蓮の花の下で


2004年02月28日(土) 沈んだり。浮かんだり。

昨日はCAD教室のフリーレッスンだった。「CAD教室の前に中山可穂の新刊をゲットしよう」とて本屋へ行くもK書店には置いていなかった。なんてこったい! A書店か、Y書店へ行くべくだったと後悔しつつ、しかし本屋を梯子する時間はなかったので、何も買わずに教室へ。正規の授業はあと2回しかいないのに課題がちっとも形にならない。課題が出来ないことと「こんな調子で仕事を探せるのか」という焦燥感で、軽く落ち込む。クラスメイトなど「もう無理です。諦めました。適当なところで妥協します」と言っていた。とりあえず私は足掻けるところまで、足掻こうと決める。

時間ギリギリまで作業して教室を出た。そして、にわかにY書店は遅くまで営業していることに気づき、半ば諦めモードで駆け込んだ。何でもやってみるもんだ。お目当ての新刊本は、新刊の棚の隅っこで遠慮がちに残っていた。もちん迷うことなく購入。帰りの電車で早速読み始めた。1年ぶりの新刊ということもあったし、低空飛行な気分の時に手に入れたということもあって、しみじみと嬉しい読書となった。

帰宅したらば机の上に大きめの封筒が置いてあった。届け物があったらしい。何だろうと贈り主の名を見ると、Sちゃんの名前。「もう、プレイしたから」と、老舗の乙女ゲーム『アンジェリーク エトワール』を送ってくれたのだった。大阪で会った時に「プレイが終ったら、あげるねー」と言ってくれていたのだけれど、私の方はすっかり忘れていたので、思いがけない贈り物にムフムフと頬をゆるめてしまった。数日前に、絵が届いたばかりなのに、今度はゲームが届いたということで、愚弟からは「やっはり姉はジャイアン体質だよなぁ」と言われた。そんなことないはずなんだがなぁ……たぶん。

新刊本とゲームのおかげで落ち込みモードが一掃されてしまった。本とゲームは私の「好きなもの順位」の中でも上位ランキング種目なのだ。そりゃぁ、気分も盛り上がろうさ。ゲームは速攻でプレイしたかったのだけれど、遅い時間から手を付けたりなんかしたら徹夜は必至なので、グッと我慢。寝るのが悔しいけど、寝なくては生きていけないし。脆弱な人の身を恨めしく思う。

やりたいこと、やってみたいことは一杯あるのに身体も時間も間に合っていかない。やりたいことの半分もできないまま一生を終えてしまうのかも知れないなぁ……などと、遠い未来のことを思ってみたりした。「これと言って、やりたいことがない状態」と「やりたいことがあり過ぎて、追いついていかないジレンマ状態」となら、どちらが幸せなんだろう。私の場合は「これと言って、やりたいことがない状態」であることが少ないので比較検討するのは難しい。

究極の選択ではあるまいに、1つの事柄に対してイチイチ白黒ハッキリさせようということ自体がナンセンスな気がする。あ。白黒と言えば巷評判の『ゼブラーマン』を観に行かなくちゃなぁ。上映期間中に行けるかどうか微妙な味わい。とりあえず明日の日曜日は有効活用したいよね……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月27日(金) お気に入りのCMキャラクター

久しぶりにミニスカートを着用してみた。

寒さがめっぽう苦手な性質なので、冬の間はもっぱらパンツスタイル(←解説するまでもないが、パンティではなく、ズボンのこと)で過ごしている。ごく稀にスカートを着用することもあるが、当然のごとく裾は長い。寒風吹きすさぶ中、太もも剥き出しにして歩くだなんて芸当、私には出来ない相談である。

しかしながら、ここ数日はポカポカと温かい陽気が続いていたので、そろそろ太もも剥き出しでも大丈夫かな……と。耐えられないほどではないけれど、まだちょっと寒かった。ミニスカートは、しばらくお預けにしよう。早くブラウス1枚で外を歩けるようになったらいいのになぁ。本格的な春の到来が待ち遠しい。

今日は1日、日立エアコンのCMがエンドレスで頭の中を回っていた。『♪ 汚れた空気を排気しろー くま!』と、やる気のなさげな歌いっぷりと、なで肩の白くま親子がお気に入りではあったのだけど。1日、歌ってしまうほどに好きだった覚えはないのだがなぁ。

日立エアコンの白くまくんは、今回で7代目になるのだそうな。ふと、気になったのでグーグルで調べてみたらば、白くまくんのHPを見つけた。こぐまの方は、私とたいして身長が変わらないのに、体重が200kgもあるそうな。熊と人とでは身体の作りが随分違っているのだなぁ……などと、1人PCの前で頷いてしまった。キャラクターグッズには興味がないのだけれど、企業キャラクターの設定って、以外と作りこんでいたりするので、なに気に好きだったりする。

明日は会社行事の昼食会。お祝い事ということで、社員一同参加で、ちょっとしたコース料理が振舞われるらしい。「豪華ランチよりも、休みを1日くれるほうが社員としては嬉しいのになぁ」ともっぱらの評判だが、それに関しては私も賛成。ま。せっかくなので、美味しくいただいてこよう。白くまくんの歌を口ずさみつつ今日の日記きは、これにてオシマイ。


2004年02月26日(木) 発破をかける。

玄関土間の隅っこに転がっていた、戴き物の丸大根の葉っぱの切り口から、新しい芽が伸びていた。淡いグリーンが美しく、なんとなく春を思わせてくれた。木蓮の蕾も膨らんでいるようだ。冬から春に移行していく、今の季節って好きだなぁ。なんか、こぅ……ワクワクするぢゃないか。

昨日は、感情にまかせた文章を書いてしまったと、いささか凹んでいたのだが、数通のメールに沈んだ気分を引き上げてもらった。こういう問題は、どんなに考えても答えが出ない。どう受け止めるか……ってことなんだろうか。でも、どうしても間尺に合わないというか納得できないのだなぁ。人間は話せば分かり合えると信じたいが、言葉さえ通じない……なんてことも多々あるらしい。しかしながら、心熱い人からのメールは嬉しかった。

ま。気を取り直して、とっとと気分転換しなくては。いつまでも引き摺っている場合ぢゃない。

明日はお給料日。ちょうど中山可穂の新刊が出たところだし、たまにはハードカバーの新刊本なと買っちゃおうかなぁ。先週、古書店で買った佐多稲子の本だの、今更ながらの『ワイルド・スワン』だの、読み物のストックはあるんだけどなぁ……

仲良しの従兄は、食事をするとき、自分の好きなものから先に食べる人だった。理由は「いま、ここに飛行機が落ちてきて死んでしまったとして『ああ、こんなことなら、あれを食べておけば良かった』と後悔しないため」である。死の間際に食べ物を思う人生って……と思わなくもないが、ポイントは「後悔しない」ってところにある。

まあ、そんな訳なので私も後悔しないように、明日は中山可穂の新刊を買っちゃおう。なんとなく勢いがない時は、自分で発破をかけてやらんとなぁ……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月25日(水) 分かりたくもない。

この日記にも何度か登場している「3度の飯より噂話が好きな新人Aさん」は相変わらずで、毎日、ご機嫌で噂話と人の悪口に情熱を傾けている。たいていは馬耳東風と右から左へ聞き流しているのだが、今日はどうにもブチっときてしまった。ひさしぶりにワナワナと怒りに震えた。心底怒りを感じたときというのは、頭の中がスパークしてしまうらしい。

どんな話題から、その話になったのか前後の流れは忘れてしまったが営業事務の女性Tさんをさして、新人Aさんは「はじめて会ったとき、Tさんって障害者(知的障害者)かと思った。この会社って、障害者も雇ってるんだぁ〜って、吃驚しちゃった」と言ったのだ。

一瞬……手が出そうになった。

人間には言っていいことと、悪いことがある。新人Aさんの言葉は紛れもなく後者であろう。流石に今回は聞き流すことができず、10歳も年上の新人Aさんに対して「そういうことは口に出すものではない」と意見した。しかし新人Aさんは「まさか本人の前では言わないわよぉ」とて、その発言の重大ささえ分かっていないようだった。

こういう場面に出くわしたとき、どういう対応をするのがスマートだったんだろう。学級委員長みたいに「そういう言葉は差別的でいけないと思います」といえば良かったか。それとも良い人ぶって「人を傷つけるようなことは言わない方が……」とやんわり、諭すべきだったか。それとも感情の赴くまま罵倒するべきだったか。「いやぁ。うちの弟も昨年、障害者に認定されましてねぇ」と皮肉の1つでも言ってやれば良かったのか。どうせ言っても分からないだろうから、いっそ殴っても良かったのか。

効果的にガツンとかましてやれない自分が歯がゆかった。頭が真っ白になっていて、どう対応したものか瞬時に思いつかなかったのだ。ただ、もう二度と口にするなと念押しはしたのだが……

そんな役立たずで、馬鹿げた口は捨ててしまえ!

新人Aさんのような人は、まったくもって非常識だし最低の人間だと思う。この怒りをどう、表現していいのか私には分からない。久しぶりに本気で人を憎いと思った。こういう人とは一生分かり合えないだろうし、分かりたいとも思わない。死んでしまえとは思わないが、私の目の前から消えて欲しいとは思う。

他人事で、ここまで熱くムカついている自分が馬鹿みたいに思うのだが、ムカつくのだから仕方ない。この怒りをどこへ向けてみたものか……と、とりあえず文章にぶつけてみたところで、今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月24日(火) 絵を貰う。

生まれて初めて人から『絵』を貰った。

貰ったと言っても「貴女のために描きました」とか「どうしても貴女に持っていてもらいたいんです」とか言うような色っぽい贈り物ではなくて、半ば強奪のように巻き上げてしまった格好で、ちょっと心苦しかったりもするのだが、ありがたく甘えてしまうことにした。(←念のために書いておくけれど私はジャイアニズムの支持者ではない)

優しい色使いで、見ているとホッとするような、そんな温かな1枚。絵、そのものの素敵さもさることながら「絵を貰う」というシュチュエーションにドキドキしてしまった。なんちゅーか、こう……嬉しいような、気恥ずかしいような。古今東西の芸術家達(男女問わずにがモテモテ・ファイヤーな人が多い理由が分かったような気がする。

「あなたをモデルに描きました」とか「あなたをイメージした曲なんです」とか「あなたへの想いを綴ってみました」とか、そういう類の贈り物を貰ったら、それだけで参っちゃうよなぁ。美術館や、あるいはコンサートなどで、それらをストレートに観賞する時でさえ、ちょっとオカシナ気分になったりするのだもの。そこに、ちょっぴりでも私情が入ったりした日にゃぁ、貰った人間がウッカリにもウットリするのは無理はないってもんだ。小説家、嶽本野ばらの手法(恋人へのラブレターを書くように小説を書く)は、ある意味とても正しいと言えるだろう。

芸術作品には、何某かの魔力が宿っているような気がする。

これから先の人生で、他に絵を貰う機会があったとしても、今回、絵を贈ってくれた人と音信不通になって、一生会わないなんて事態に陥ってしまうことがあったとしても「生まれて初めて絵をプレゼントしてくれた人」と「生まれてはじめて絵をプレゼントしてもらった時の感動」は一生忘れないだろうと思う。……ありがとう。

それはともかく、ポスターやリトグラフではないオリジナルの絵って、いいものだなぁ。嬉しいなぁ。なんでも言ってみるもんだなぁ(←くどいようだが私はジャイアニズムの支持者ではない)週末は絵を入れる額を買いにいこう……ってことで、今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月23日(月) 忘れてゆくらしい。

昨日は貴重な日曜日を無為に過ごしてしまった。

そこそこの時間に起床して、やるべきことを済ませたまでは良かったのだが、体調不良で軽くダウン。どこが、どう悪いって訳でもなかったのだが、身体がだるくてかなわない。ついでに食事も美味しくないし。ホットプレートでの焼きそばも鉄板焼きもイマイチ箸が進まず、当然ながらノー・アルコール。焼きそばにビールを飲まないなんて、どうかしてると思うけど、飲みたくないんだから仕方がない。風邪の引き始めだろうか。

明けて月曜日。朝からやっぱり駄目・駄目モード。だけど仕事に行かなくちゃ。今日はよりによってCAD教室の日。恨めしい。1回欠席するとサッパリ分からなくなってしまうので、とりあえず出席。いつもより余計に長く感じられた月曜日だった。

体調を崩すと、昔のことを思い出したり、メソメソしたり、普段とは違う思考パターンに突入するのは何故だろう。ゆらゆらと、たゆとう水のベールの向うで遠ざかる過去の映像は、楽しかった事もあれば、そうでなかった事もあり。しかしながら不愉快なことは、ちゃんと薄れているのが素晴らしい。あの瞬間に感じた衝撃をその当時のままに反芻するのは不可能だ。愉快なことは比較的覚えているのになぁ。だからこそ「思い出し笑い」なんて言葉があるのだろう。

人間、自分に都合の悪いことは、どんどん忘れていくらしい。(←ここポイントです。試験に出ます)

そう思えば、どんなことでも「受け流す」のは可能かも知れないなぁ。領家�盪劼痢惴�島』三部作を読んで以来、ポツリポツリと「受け流す」ということについて考えていた。イマイチ「これだ」という物は掴めていないのだけれど、ちょっとだけ取っ掛かりが出来ような気がする。

さてと。くだらない事を書いていないで、少しでも早く寝た方がいいよなぁ。本当はPCで遊んでないで、布団に入った方がいいんだろうけど、書くのも一種のストレス解消なので必要なんだな……などと言い訳を書いてみたところで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月21日(土) メモ書き。

朝からバタバタな1日だった。

犬を病院に連れて行ったり、向かいの婆さまの見舞いに行ったり、食料を買いに出掛けたり。小刻みにPCへ向かったり。パワフルに動き回る。犬の手術は無事に終わったし、婆さまも以外と大丈夫そうだったし。買い物もちゃんと済ませたし、守備は、まずまずという感じ。心残りは読書録の更新が出来なかったことくらい。最近、とみに滞りがち。情熱の方向が別のところへ向いているゆえ。

夜、某所でSさんと遭遇。語り合う。そしてFから電話。また語り合う。楽しいひとときに感謝。それにしてもFの馬鹿笑いは、どうにかならないものかと思う。

他者への配慮……ということについて、ふと考える。どちらかと言うと苦手な領域。他者へ配慮しつつ、小粋にやっていきたいと思うのに、小粋どころか一時が万事、野暮風味。やめときゃ良かった……と思うことが多すぎる。何度も同じ箇所で躓いているような気が。

今日の日記はメモ書きにてオシマイ。


2004年02月20日(金) 形にならず。まとまらず。

毎日、毎日、ツマラナイ事ばかり考えているのだけれど、今日はとりわけ、その傾向が際立っていた。

昨日「苺はビジュアル系バンド、蜜柑は吹奏楽団」ってなことを書いたが、その妄想がどんどんと裾野を広げて「じゃあ、バナナは? メロンは?」ということになり、果物を楽器だの演奏形体だのに当てはめる遊びに熱中してしまった。

バナナは男性アカペラグループ。メロンはグランドピアノ。葡萄は合唱団(巨砲は男声合唱団。マスカットは女声合唱団。デラウェアは少年少女合唱団)檸檬はトライフングル。枇杷は琵琶(←安直だけど)林檎は鍵盤ハーモニカ。加工品に入って、フルーツタルトは室内管弦楽。フルーツポンチはオーケストラ……etc。考え出したら止まらなくて、ほぼ1日。1人遊びにもほどがある。

昨夜は5年ぶりの人と食事をした。

電話やメールだけで繋いだ5年。お互いに色々なことがあり過ぎた5年といった感じ。彼女はまだまだ闘争中。子供を持つと女性は強くなると言うけれど、本当になぁ……。ただ頷きながら聞くばかりだった。「白蓮さんもお父さんが亡くなったり、弟さんが怪我したりと大変だったよねぇ」と言われたが「いやぁ、もうぜんぜん大丈夫ですよ。それに、ここ1年くらいは平穏でしたし」と言いながら、彼女の5年に比べると私の5年など屁の河童でしかないと思った。自分のことぢゃないので日記には書けないけど、なんか息詰まるほど凄まじい話で、聞いているだけでドッと草臥れてしまった。

そこここで生きている人達は、みな、そこそこ平穏そうに、幸せそうに見えるるのだけど、黙ってるだけで、けっこうドラマティックに生きているんだろうか?

私の周囲を見渡すと「わりと平穏な人生を歩んできました」って人と「ちょっとしたドラマティック劇場でした」って人とは、ほぼ半々ってな感じ。「みなそれぞれに何某か抱えてるもんだよ」と言っても、どう見ても、どう考えても、個人差が激しいような気がする。

間尺に合わない気がするが、運命の配分は平等には出来ていないらしい。

5年ぶりの人に「それにしても凄いですねぇ」と言ったらば「凄いことなんて1つもないよ。ただ目の前のことを1つ1つ消化してきただけ」とのこと。シンプルだけど奥深い見解だと思った。

今日は考えがちっともまとまらない。文章もまとまらない。色々な思いが渦ま巻いているのにドロドロ過ぎて形にならないと言うか。とりあえず「昨日と今日は、色々なことを感じたり考えたりしましたとさ」ってことだけ書き記しておけばいいか……ってことで、今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月19日(木) イチゴ@ビジュアル系

最近、なぜだか苺をよく戴く。温室育ちの彼らは色艶最高。甘さも最高。白蓮鑑定価格だと1パック600円。(←もっと安いのもあるが戴き物の彼らは育ちが良いようだ)『とよのか』とか『さちのか』とか『明日香ルビー』なんて名前がついている。

苺って多くの人から愛されている果物なんだなぁ。多数の人から愛されているからこそ、ちょっとしたお使い物の果物として選ばれるのだろう。味もさることながら、赤くて、プチッっと小さくてビジュアルに優れているところが勝因ではないだろうか。差し詰め果物界のビジュアル系バンドって感じ(←1パックというグループになっているところもバンドっぽい)

だが、しかし……苺って好きぢゃないんだな。嫌いな訳ではないが、あえて食べたいとは思わないと言うか。

だいたい彼らは直ぐ食べないと痛むのが早いあたり、扱いにくくていただけない。2日も続けてやって来られた日には、鍋で煮てジャムにしたい欲求に駆られるのだが、立派な苺をジャムにするのはなんとなく気が引けるので、仕方なく生で食べている。

そのまま食べたり、練乳かけたり、砂糖と牛乳をかけてみたりとシュチュエーションを変えてはみるものの、いかんせん元々好きな果物ではないだけに、ちょっと続くと飽きがくる。どうしても食べきれない時はご近所にお裾分け。「苺を食べるのは飽き飽き」だなんて贅沢だって事は分かっているのだが、こればかりは仕方がない。

同じような団体果物でも蜜柑は好きなんだけどなぁ。蜜柑になると苺よりも豪快でザル単位だったり、箱単位だったりするのだが。苺がビジュアル系バンドなら、蜜柑は大人数の吹奏楽団ってところだろう。親しみ深いが、しかし、ちょっぴり裏方系なあたりとかが吹奏楽団という感じ。

私は断然、蜜柑派だが、私の周囲には苺派の人間が多い。分けてあげたい気持ちは山々だが、しかし痛みやすい苺を鞄に入れて長時間、電車で運搬するの訳にもいかないのだ。「苺だったら1人で1パックくらいペロッと食べちゃう」というような頼もしい苺派に遭遇するたびに「家が近かったら差し上げますものを……」と仰ぎ見てしまう今日この頃。

苺より蜜柑だよね……と思うけれど、蜜柑の季節もそろそろ終わりに近づいた。昨日は戴き物の伊予柑を食べた。伊予柑を食べると冬も終わりだな……って気がする。そしてビジュアル系の苺達に果物屋の店先が乗っ取られていくのだ。

ビジュアル系苺軍団が果物屋に雪崩れ込んでくるまでに、蜜柑との別れを惜しんでおかねば。苺がガンガン届くので、蜜柑を食べる余力がないのが悩ましい……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月18日(水) 関係ないと思うんだが。

3度の飯より噂話が好きな新人Aさんは、私がこの職場に10年いたって収集できないであろう情報を次から次へと仕入れてくる。上司Jと、O女史の不倫関係とか、Sさんの離婚原因とか。私にとっては、おおよそ興味の持てない話ばかりなのだが「噂話はイケナイと思います」と言うような正義感もないので「へー・ほー・ふーん」と相槌を打つ毎日である。

ほとんどの噂は、どうでも良いような内容なのだが、ここ数日「それを話題にするのは、どうかと思う」てな話でAさんと女子数名が盛り上がっている。その内容は真否の分からない噂話の域ではなく、事実らしいだが、なんちゅーか私はそういうネタが大っ嫌いなのだ。だがしかし、去り行く職場で熱くなるのもどうかと思い、ただ傍観しているのだが、それもまた卑怯な気がして嫌な感じだ。

その内容というのは、上司Jは台湾人だったが、帰化して日本名を名乗っている……といものである。

上司Jが元・台湾人だった……ということ自体を語るだけなら、取り立ててどうのこうのは思わないのだが、それに付いてくる尾ひれがヨロシクない感じなのだ。上司Jの性格なのも、ああいう行動をするのも彼が台湾人だからだ……とか、上司Jは台湾人だから日本人の心がわからないのだ……とか、やっぱり日本人じゃないから云々……とか、そういう類の悪口なのだ。

ぶっちゃけ。私は上司Jが大嫌いだ。

しかし上司Jの人柄の悪さや奇行は、彼自身の問題であって、彼が元・台湾人であるということとは関係ないように思う。そりゃあ、のほほんと暮らしている日本人がしないような苦労をした(であろう)事で、彼の性格が歪んだかもしれない可能性は認めるが、台湾人であろうがなかろうが、上司Jは嫌なヤツだったに違いないと私は思う。

「その人の背景がこうだから、その人はこうなんだ」という決め付けるのはどうだろう? ましてそれを、悪評として使うだなんて持っての他だ。あの子は片親だから躾がなっていない。彼女は痩せているから妊娠しないのだ。彼は仕事ばかりしているから結婚できない。あの人は性格がルーズだから太っているのだ……などなど。

そういう話の振り方って最低だと思うのだが、我が身可愛さに肯定も否定もしない私も最低だと思う。今さら余計なことを言って人間関係に波風立てたくないという気持ちと、よりによって大嫌いな上司Jを庇うような発言をするのは嫌だな……という気持ちが強くて、卑怯にも身をすくめているのだ。

日記に書いたからって、どうになるものでもないし、私自身どうにかしようという気がないので、この文章は愚痴でしかない。人は時として、どうしようもないほど汚いことや、ズルイことをする。私もその1人だ。なので今日は愚痴をこぼしてみた。それにしても2連続理屈っぽい話が続いてしまったなぁ……まぁ、そんなのもアリ・アリってことで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月17日(火) 宿泊拒否ホテル廃業について思うこと。

元・ハンセン氏病患者を宿泊拒否したホテルが自主廃業することになったらしい。

巷では「宿泊拒否だなんて飛んでもない」とか「非人道的行動である」とか非難轟々だったようだ。実際のところ非難する側の意見は、まったくもって正論なのだが、あそこまで追い込む必要はなかったんじゃないかと私は思う。

私は大声であの旅館を非難した人々に問いたい。もし電車やバスや銭湯で、酷い皮膚病に侵されているのかも……という人だの、ビジュアル的にギョッとするような人だのと隣り合わせたり、居合わせたりした場合、あなたは席を変わったり、その場を立ち去ったりしないでいるだけの自信があるのですか?……と。

私自身、血液疾患で皮膚に紫斑という赤紫の斑点が派手に出来たり、薬の副作用で顔が丸くなるムーンフェイスという状態を数年に渡って経験したことがある。言っちゃぁなんだが、伝染疾患ではなかったが、世間的にはかなり嫌がられたものだ。(←そうでない人も沢山いたが)あからさまに避けられたりするのは序の口で「本当に伝染しないの?」と念押しされたのも一再ではない。

そういう扱いに対して憤慨しないでもなかったが、むしろ「見た目がこれじゃあ無理はないよね」と私は思っていた。だって普通に不気味だったし。見た目のインパクトが人に与える影響は強烈なのだ。知らなければギョッとするのも無理はない。正直言って、あの旅館がハンセン氏病患者の宿泊を拒否した気持ちはよく分かる。それが正しくないことだと分かっていても……だ。

こういうことが起こってしまった場合、糾弾するのは簡単だ。もちろん許して良いと言っている訳ではない。だが社会的に、あるいは法的に責め続けるよりもむしろ、理解を深めて学んでいく方が大切なのではないかと思う。「こういうことをしたら、酷い目に合うぞ」という見せしめ的なやり方では、本質的なところは変わらないんじゃなかろうか。

あのホテルが廃業に追い込まれてしまったことを心から残念に思う。

私達日本人の大人は、子供の頃の学級会の感覚から抜け出せていないのではないかと思う。失敗を糾弾し、臭い物には蓋をする。理解よりも排除というやり方から、そろそろ卒業しなくてはいけないのではなかろうか……などと珍しく真面目なことを書いてみたところで今日の日記はこれにてオシマイ。

<追記>
帰宅して今度は「ホテルを廃業に追い込んだのは療養所の責任だ」と抗議が殺到したというニュースを知った。これも、これで違うように思う。


2004年02月16日(月) しかし地味仕様。

年甲斐もなくブチ切れ爆走中……のくせに毎日の生活は地味仕様。今日はストイックにCAD教室だったし(←苦手り3D回転を克服して、ちょっぴり幸せ)夕食は地味に鍋焼きウドンだったし(←あたたかさがご馳走ですなぁ) パステルな日々と言えば聞こえは良いが、つまるところ一時が万事草葉の陰モードと言うか。裏通りちっくなのだ。

仕事の引継ぎの関係で使い慣れたPCを引き渡し、間借りPCで稼動中なのだが、スペースが狭いのと、画面が近いのと小さいのとで、疲れ目と肩凝りが甚だしい。温泉にでも行きたい気分だが、今日はまだ月曜日。週末まではまだ遠い。

鍋焼きウドンを啜っていたらば、関西ローカル番組で北海道の流氷がTV画面に映っていた。私が流氷を見たのは10年前。泣けてくるほど感激してしまったことを今でも鮮やかに思い出すことができる。だが、きっと今なら、あの当時よりもずっと沢山の物を吸収できるような気がする。自惚れかも知れないけど。

自惚れがなければ、とてもやってはいけないのだ。ハリボテ仕様なので。気概だけでもしっかりしてなきゃ。

さて明日も頑張らなきゃね……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月15日(日) 年甲斐。

「年甲斐」という言葉について考えずにはいられない今日この頃。

年甲斐もなく、あんなことや、こんなことを「している自分」や、あるいは「しようとしている自分」に、ほとほと愛想が尽きる。が、しかし止めておこうなどとは露ほども思っていないあたり救いようがない。「自分のやりたいことをして生きればいい」という意見もあるが、しかし脳味噌の僅かな部分でしがみ付くように残っている理性は「そんな馬鹿なことに現を抜かしている場合ぢゃなかろうよ」と警鐘を鳴らす。

自分は、こんなに馬鹿な人間だったろうか?

自問自答してみるも「馬鹿な人間だったらしいね」という答えしか導き出せずにいる。このループから抜け出すべきなのだと思う。だが、しかし。それが出来るようならとっくにしていた訳であり。

とりあえず愉快に過ごしているので良しとしよう。先のことを憂いたところで、良いことがあるでなし。とりあえず今を生きるべし……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月14日(土) 『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』

今日は乙女な母と愚弟とを引き連れて、朝イチで『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』を観に行ってきた。今日は映画のネタバレ要素を含む日記になるので「ネタバレは勘弁」って方は、また後日いらしてくださいまし。ひと言で書くと「ああ面白かった」ってな感じ。それ以上の言葉は蛇足のように思う。だけど、それでは話にならないので蛇足を書いていこうかな……と。

シリーズ物というのは、シリーズを重ねるごとに詰まらなくなっていくものだが、そんなのは全くの杞憂であった。もともと『ロード・オブ・ザ・リング』の場合は1つの長い物語を「つづく」で繋げていただけに、シリーズ物と定義する訳にはいかないのかも知れないが、映画史上に残る『シリーズ物』になるだろうと思う。

ミーハー視点では、妖精族の王子様キャラであるレゴラスの男前さ加減にメロメロだった。前作、前々作も大活躍だったが、今回は「あんなこと」で活躍するだなんて。映像的な対比にも笑えたし「ちょっと活躍し過ぎぞな、もし」という点においても笑えた。最終登場場面は妖精的正装(王子様テイスティ)で、決めてくれちゃっていたし。ドワーフのギムリとの掛合い漫才的要素も、ほのぼのとして良かった。

アラゴルンもヒーロー然として格好よかった。王としての成長を感じられたところに二重丸を。愚弟の萌え、エオウィン王女の活躍も素晴らしかった。ヒロイン以上の大活躍だったと思う。剣を持つ女性って、どうしてあんなに格好良いんだろうなぁ。馬にまたがり、ホビットを庇いつつ、しかし一歩も引かない強く美しい女性像は秀逸だったと思う。

しかし今回の男前賞はサム&フロドに進呈したい。ことにサムの男前っぷりと行ったら! 「指輪の荷を背負うことはできませんが、あなたを背負うことはできます」と言ってフロドを背負う場面は最高だった。あれが男気でなくして、何が男気だろう……という描きようだったのだ。

ラストは灰色港のシーンで終われば良かったのに……と思ったりもしたが、最後まで観ると「ああ。これが最上のラストだ」と思うことができた。すべてを終え、家族という宝を手にしたサムと、サムとは違った世界に生きようとするフロドの対比を鮮やかにするには、あのラストが必要だったのだと思う。やはり主人公はフロドなのだなぁ……と思った。「あんなに頑張ったのに、あんなに苦労したのに、あんたって子はよぉ」と泣きたくなってしまった。

地味ではあったが、フロドの痛みが伝わってくるような良いラストだったと思う。サムに宛てた手紙には、ちょっと目頭が熱くなってしまった。個人的に手紙フェチなので、その分だけ盛り上がってしまったのかも知れないけれど。

まだまだ語りたいことは山ほどあるし、書き出したらキリがないのだが「どうしても」はこのくらいだろうか。とにかく心から満足できる映画だった……ってことをら書いておきたいと思う。素晴らしい映画を観れた幸せの余韻にひたりつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月13日(金) 香水。

私はあまりお化粧には熱心な性質ぢゃない。人様に失礼にならない程度に、それなりのことはするけれど、決して「楽しい」とかそういうノリではない。なので、口紅がどのメーカーのなのかも知らないし(←海外旅行の土産物などを適当に使っている)ファンデーションに至っては、無印良品を愛用していて、それも「愛用」というより、むしろ惰性で使っているという怠惰っぷりである。

だが、しかし。化粧に興味はないくせに香水は好きなんだな。これが。単純に「香り好き」ということもあるし、香水をプシュッとすると「武装完了」というか、1日頑張ろうという気分が盛り上がるので、そういう効果も好きな理由の1つである。

キツイ香水は好きではないし「香水ムンムン」の女性とすれ違うと「うげぇ」と思うのだが、ほんのり香る程度なら大歓迎。私自身、休日で化粧をしない日でも、何がしかの香りを身につけるようにしている。

今、愛用しているのは『プチ・サンボン』とゲランの『ミツコ』。そしてティファニーの『シアー』の3種類。1番のお気に入りは『シアー』だが、その日の気分とシュチュエーションで使い分けたりなんかしている。

31歳にもなって『プチ・サンボン』ってのは、反則気味な気がする。『プチ・サンボン』は石鹸の香りで、どちらかというと若い人向けのような……今、使っているのが無くなったら卒業しなくちゃいけないだろう。「いい歳して石鹸はないだろう。石鹸は」と自分でも思うのだけど、好きな香りなので、なかなか卒業できなくて現在に至る。

『ミツコ』は、最近やっと身に添うようなってきたものの、使い始めた頃は、救いようがないほど香り負けしていた。自分の年齢や、キャラクターに合っった香を使うのがスマートな香水の近い方だと思うのだけれど、使いこなすにはほとど遠い感じ。憧れと現実の距離は大きい。カジュアルな服には似合わないような気がするので、今でもたまにしか使っていない。

自分のキャラに合い、かつ自分自身も気に入っている香りがティファニーの『シアー』なのだが、この香水ってば最近手に入りにくくなっているらしい。手に入るうちに、もう1本買っておくべきか……それとも新しく自分に合った香りを探索するべきか、そこが問題である。

どうして唐突に香水の話なんか書いてみたかと言うと、今日は「白蓮さんって、なんだかいい匂い」と言われて、とても気分が良かったからなのだ。香水好きと言っても、わずかしか付けないので、せいぜい「いいシャンプー使ってるね」くらいにしか言われないのだが、今日は「香水好きなの? ところで、この香水は何?」とか聞かれと、嬉しかったのだ。

香水って、お化粧ほど目立つアイテムではないので(←ギンギンに付けている人は別だが)誉められるとすごく嬉しい。今日は密かに小躍りしたいほど嬉しかったのだ。香水を誉められたのは久しぶりまことだったので。こんなことで幸せな気分になれるだなんて、私という人間はそうとう安上がりに出来ているのだなぁ。

さてと明日は待望の週末。明日は仕事に行かなくてもいいんだ……なとど安上がりな幸せを噛み締めつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月12日(木) おかわりはいかが?

毎朝珈琲を飲むようになったおかげで、珈琲を入れるのが上達したように思う。誰でもいいから遊びにきてくれないかなぁ……と思うのだけど、こういう時に限ってお客さんが来なかったりするのだ。

誰かにお茶を入れてあげるのって大好きだ。もちろん入れてもらうのも好きだけど。

今は珈琲の入れ方を覚えたばかりなので、珈琲を入れてあげたいのだけど、別に紅茶だってかまわないのだ。紅茶歴の方が長いし、私自身が紅茶等なので紅茶だったらいつ遊びにきてくれても美味しいのを用意できるんだけど。ミルクティに合う力強いのとか、正統派のダージリンとか、変化球の香り系とか。生憎と日本茶は今、戴き物(あまり美味しくない)を消化中なので、珈琲か紅茶を入れてあげたいなぁ。

恋人や友人に入れてあげられたら最高なんだけど、母の主婦友達でも全然OKである。むしろ主婦の人に入れてあげると自分自身に返ってくる感動が大きかったりする。

「主婦」という立場にいる人は、自分自身が誰かに何かをしてあげることはあっても、誰かに「してもらう」ことが少ないせいか、一杯のお茶に感激してもらえる率が高い。「おかわりはいかがですか?」と尋ねると、彼女達は一様に、戸惑ったような、ちょっと躊躇うような表情でもって「じゃあ、もう1杯いただきます」とニッコリ笑ってくれたりするのだ。その時の表情の愛らしさと言ったら! お洒落なカフェとは程遠い畳の居間で、男前のギャルソンが差し出す訳でもない1杯は、ある意味において至福の1杯だったりする訳で。

あー誰かお茶を飲みにきてくれないかなぁ。自慢の珈琲か紅茶をご馳走したいなぁ……いそいそとお茶を用意して待つ、赤鬼君(←@ないたあかおに/はまだひろすけ)の気分だ。いっそ赤鬼君みたく、戸口に張り紙でもしてみるか?

そう言えば最近は思わぬ笑顔や「ありがとう」に遭遇していないように思う。不善ばかり成しているような気が……暇だからって訳ではないと思うのだけど。何かとギスギスしちゃっているのかも知れない。気をつけよう……ってことしで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月11日(水) 28代目の戦隊シリーズ

戦隊シリーズ28代目が次の日曜日から始まるらしいのだが、そのネーミングセンスに吃驚した。『デカレンジャー』って、どうよ? 前回の『アバレンジャー』もどうかと思ったが、それ以上の出来だと言っても過言ではないだろう。ちなみに悪者は『アリエナイザー』というらしい……ありえねぇ。あんまりなネーミングだ。デカレンジャーの公式HPはこちらから。

大人になってすっかり観なくなってしまったけれど特撮物って大好きだ。ウルトラマンシリーズも、仮面ライダーシリーズも、戦隊シリーズも。日曜日の朝、わざわざ観ることはないけれど、それでも「あ。次のシリーズはなんだろう」とチェックだけは欠かしていない。ここ数年はお子様限定だった特撮のお楽しみが、お母さんのお楽しみにもなっているとのことだが、それはそれで良いよなぁ……なんて思いつつ、生温かい眼差しで見守っていたのだが。

『デカレンジャー』ってネーミングはどうかなぁ。レッドやブルーはともかく「デカピンク」なんてのは、語呂的にちょっとH臭いような気がするのだが。いや……なに。そういう発想をすること事態が間違っているのかも知れない。大人って汚いよな。

今回の『デカレンジャー』はイエローとピンクが女性らしい。イエローに女性キャラが登場したのは『バイオマン』あたりが初めてだったんぢゃなかろうか。個人的には女性キャラ2名体制って好きなんだな。なんとなく。こんなに気になるなら、今回のは1度くらい観てみようか。

今週は再読週間にしようと思っていたのに、うっかりブックオフへ行ってしまった。100円本を5冊ばかり購入。漫画本を10冊ばかり……今更ながら『ワンピース』など。しばらく、お休み読書は『ワンピース』になるだろうと思う。いっそ大人らしく(?)いっき買いしておけば良かったか?

今週はあと2日。仕事に行くのは憂鬱だけど、行かなきゃいけない働かなくちゃ……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月10日(火) 白い庭

大阪は今日が高校の受験日だったようで、通勤時に駅や電車でやたらと中学生の団体を見かけた。私の利用している沿線は、比較的通勤ラッシュの緩やかな路線なのだが、それでも電車に乗りなれない中坊達は「毎日こんなの耐えられへんわ」などと大騒ぎ。「これこれ、お嬢さん。合格したら毎日こんな電車に乗るのだよ」と心の中で突っ込みを入れつつ、眩し過ぎる若さに目を細めてしまった。

「若いっていいなぁ」なんて思うのは年をとった証拠だというけれど、まさに然り。職場でそんな話をしていたら40代の人が「だけど自分自身の中では。年を取ってもあの頃と中身はちっとも変わっていないのにねぇ」と感慨深げに語っておられた。

確かに根本的な性格やなんかは変わらないような気がするが、私の場合は良いにつけ悪いにつけ、変わってしまった部分の方が多いような気がする。変わらなければ「あんなこと」も「こんなこと」も乗り切っていけなかっただろうなぁ。変わらないのは、ぐるぐるに巻き上げた細い芯の一部分だけに過ぎない。変わってしまったことは、ちょっぴり寂しくもあるけれど、むしろ誇らしい。今朝、見かけた中坊達はどんな風に変わっていくのだろうなぁ。どうせ変わるなら、彼らが望む姿に。それぞれが望む形の数だけ変わっていけると良いですなぁ。

そりゃそうと。

そこここの庭で水仙が花盛り。1番好きな花は『白い木蓮』と言い切ってしまう私だが、香りだけなら水仙の方が好きだ。もしも水仙の花束を持ってプロポーズしてくれる人が現れたら、そのままの勢いで結婚しちゃうだろうなぁ……ってくらい、あの香りには惹きつけられてしまう。見た目的にはスタンダードな形をした白いのが好き。隠居してジャム屋を開業したら、白い木蓮の木の下に水仙をワサワサ植えるとしよう。

水仙からはじまって、白い木蓮、スノードロップ、雪柳、白薔薇、鈴蘭、白百合、白萩……季節ごとに白い花が咲くホワイトガーデンってのも浪漫ちっくで良いなぁ。「似合わねぇ」とか言う突っ込みは受け付けませんので悪しからず。ホワイトガーデンを夢見つつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月09日(月) ゆっくりと読む。とか色々。

図書館生活から足を洗ってから、ゆっくり本を読むようになった。それまでのペースに戻ったと言うべきか。次から次へと読み飛ばすのではなくて、気に入った作品だったら、ざっくり2回は目を通したりして。もっとも面白くって猿夢中でガンガン読むこともあるのだけれど。

明後日は買出しに行かなくては。もう手元に読む物が無い。それとも久しぶりに再読週間にしてみるのも良いかも。マイ定番をさらってみようか。

今日は凶暴なまでにチョコレートが食べたい衝動に取付かれていた。なのに駅の売店だの、コンビニだの、チョコレートを買えそうな場所にいる時は、別の考え事に取付かれていてチョコレートを買うのを忘れ、チョコレートを買わないまま帰宅してしまった。明日は朝からチョコレートを買ってしまいそうな予感満載。

「他人に興味がなさそう」だの「いつも明後日を向いている印象がある」と指摘された。他人に興味がない訳ぢゃないんだがなぁ……いつも、くだらないことばかり考えているので、心ここに在らずということは多いけれど。今日は昼休みのうたた寝中に夢を見た。じつにくだらない夢。もちろん夢はフルカラー……と言うか、白黒とかセピア加工の夢は見たことないような。

寝るのが勿体無いような気がするが、寝なくちゃいけないなぁ。寝なくちゃいけない身の上が恨めしい也。なんだか箇条書きのようになってしまったけれど、今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月08日(日) クラクション

車の運転をしていて毎度不思議に思う。クラクションを鳴らすのが好きな人って、いったいどういう神経なんだろう……と。場合によってはクラクションを鳴らさなければ場合もあるとは思うが、そうでない使われ方をすることの方が多いように思う。

歩行者に向かって「邪魔やから、退けっちゅーんじゃ」だったり、前方の車に向かって「さっさと行けよ」だったり、細い道でのすれ違い時に「もたもた運転してんじゃねーよ」だったり、別に鳴らさなくてもいいのに鳴らす人が多いような気がするのだが、気にし過ぎなんだろうか。

歩行者として歩いてすれ違いざまに「邪魔やっちゅーねん」とか「さっさと行けよ」とか言う人はあまりいない。なのに車だと平気なのだな不思議なことに。あれは生の人間として対峙することがないから大胆になっているんぢゃなかろうか。クラクションを多用する人が日ごろから乱暴だとは言わないまでも、車に乗ったとたん無礼になる……ってことはあるように思う。

どうしても危ないときに鳴らすクラクションや、あるいは道を譲ってもらった時に「ありがとう」と小さく鳴らすクラクションでない限りは、鳴らすもんぢゃないと私は思う。

そんな訳で私は余程のことがない限りクラクションは鳴らさない主義なのだが、身近なところだと乙女な母などは比較的好戦的である。ちょっと乱暴なドライバーや、もたもたしているドライバーには「クラクション鳴らしたら?」と助手席でイライラしていることが多々ある。乙女な母は、乙女だが以外と乱暴者なのかも知れない。

閑話休題。

この週末は散髪に行ったり、HPをプチ改装したりしてチマチマと過ごした。休止中だった掲示板を景気良く取り払うの巻。掲示板を通じてのコミュニケーションの楽しさを思うだに、なかなか踏ん切りが付かなかったのだけれど、復活させて管理していくアテがないので。掲示板なくて書きっぱなしというのは、いかにも独善的だし、淋しいような気がしていたのだけれど、それもまた一興かな……と思ったり。

掲示板復活のアテはないので、御用の方はメールをお願いします。御用がなくてもお気軽に。当方、淋しん坊なので、お気が向かれた折には、かまってくださいませ。なんだか他力本願なのだけれど書き逃げゴメンというひとで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月07日(土) ブラジル家庭の味。

今日はブラジル産のインスタントスープを作ってみた。先週、職場でブラジル料理を食べに行った時に併設されている雑貨屋さんでゲットしたのだ。クノールなんかでよくある、お湯に粉を溶かして鍋で煮るタイプ。1袋100円也。トマトコンソメ味でショートパスタ入り。日本ではあまり見かけない組み合わせにドキドキした。

作り方を見てみると「1に水を2リットル。5分煮たら出来上がり」と書いてあった。水2リットルって……何人家族を想定しての商品なのだろうか。流石はブラジル産。核家族が多い日本では考え難い分量である。我が家では多すぎるので、半分だけ使って、半分をジップロックに入れて保存。

5分煮て味見をしてみる。ちょっと濃ゆくて、クドイ感じ。水を少し多めにしてとき卵を入れて仕上げてみた。出来上がりは、まずまずといったところ。ものすごく美味しいものではなかったが、不味くもなく。ただ「ブラジルのご家庭でも食べられているんだなぁ」という感慨が嬉しい一品だった。ブラジルのお母さん達も使っているのかなぁ……とか色々と想像して1人ニヤつく。

ちなみに今日の夕食は、ブラジルのスープ、タラのムニエル、ブーじゃが(牛ではなく豚肉で作る肉じゃが)という、なにやら統一性のない組み合わせになってしまった。

閑話休題。

愚弟がコスプレ写真サイトを開いたらしい。イベントで撮ったコスプレ写真と、活動記録があるだけの小じんまりとしたサイトなのだが、修行のためのモデルさん募集を載せてみたところ、早速写真を撮って欲しいとの申し出があったらしくて、愚弟はいたく喜んでいた。

コスプレ写真のおかげで愚弟はやたらとポジティブになったように思う。被写体になってくれる人がいてこそのカメラ撮影なので、相手を不快にさせないように身なりにも気を付けなきゃ……とか、写真の手ぶれを起こさないために(指の足りない左手がどうしても弱いらしい)ジムに通って筋力付けようか……とか。

姉ちゃん、ちょっと嬉しい也。生温く影から見守るとしよう。

この1週間は、くだらないことに現を抜かしていて、なんだか寝不足気味。もう少し時間の使い方を考えなくては。とりあえずそろそろ寝て、明日は早く起きるとしよう……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。

<身贔屓宣伝>
ヲタク関係の方、もしくはコスプレ写真のお好きな方、単純に愚弟に興味深々の方は、是非ともお立ち寄りくださいませ。↓
写〈Shadow〉道


2004年02月06日(金) 不思議だし、怖いし。

一昨日の朝、通勤路で自動車に轢かれた鳩の遺骸と遭遇した。

私は生きている物なら、動物でも虫でも平気だが、死骸とか死体は生理的に受け付けない。虫ならまだ視界に入らないよう気をつけていれば平気だが、鳩となると、そこそこの大きさがあるので、そうもいかない。しゃがみ込みたいほどショックだったが、止まるとそれを見続けないといけないので、視線を遠くにやって猛ダッシュした。

十中八九、鳩の死骸はずっとその場所にあると思われるので、昨日から遠回りをして、その道を避けるようにしている。おかげで高校の教科書に出てきた梅崎春生『猫の話』を思い出してしまった。あの作品は、猫の死骸が朽ちていく過程を描写したもので、呪わしいほど生理的に駄目だった。その頃から読書好きだったが「小説家の頭の中って、なんて気味が悪いんだろう」と、心底恐れた覚えがある。

「死」と言うのは特別なことではなくて、生きていればかならず通過しなければならない過程だし、だいたいからして死体や死骸は自分に対して何もしないのだから怖がることなんてありゃしないのだと頭では理解しているのに、どうしてこんなに怖いのだろう。

可愛がっていた犬が死んだ時も、触るのが嫌で嫌でたまらなかったし、祖母の時も、父の時も、告別式の時に「最期のお別れだから」などと顔を見なければならなかった時、逃げ出したいほど嫌だったのを記憶している。「触ってあげなさい」とか言われた時には卒倒しそうだった。周囲の視線が怖くて、なんとか持ちこたえたが、あれは一種の拷問だった。

小さな死体よりも、大きな死体の方が怖い。動物でも人間に近ければ近いほど怖い。自分が死ぬまで、自分以外の人間の死とは遭遇したくないとさえ思う。「死」というものに対する哀しみや恐怖はある程度、仕方がないと思うが「死体・死骸」といった「器」に関することは、どうもなぁ……怖いと感じる事じたい馬鹿げているようにも思うのだがなぁ……

ちょうど今『芽むしり 仔撃ち』を読んでいて、やたらと死人が出てくるので、余計にツマラナイことばかりを考えてしまうのかも知れないけれど、なんとなく一昨日から鳩の死骸にとりつかれている。その類のことは考えたところで答えの出る問題ではないのだけれど、たま〜に囚われてしまうらしい。「死」は不思議だ。そして怖い。だけど「生」はもっと不思議だし、もっと怖い。

なんだかイビツなことばかりを書き散らしてみたところで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月05日(木) 言葉遣いの伝染力

言葉遣いには伝染力がある。その土地で暮らすと方言が身についてくるというのは、その典型だろう。遠くで暮らす友人が、いつの間にやら、その土地の言葉をサラッと口にするようになったのを聞くと、なんだか胸が熱くなる。「ああ。その場所は、もうすっかり、あなたの居る場所になったのね」と思ったりして。

長時間、一緒にいる人の言葉遣いも伝染するよね……てな話をしていたら、仕事の引継ぎをしている女性から「白蓮さんが退職する頃には、私も白蓮語がうつってるわ」と言われた。私は日頃からできるだけ「ちゃんとした言葉」で話をするように心がけているつもりなので「白蓮語」とか言われたのは、心外だった。「変な言葉遣いをしてますか?」と聞いたら、色々と指摘してくれた。

クリックのことを「ポチッっと」と言ったり、ダブルクリックのことを「ポチポチッっと」と言ったり、やたらと装飾語をつけたり、擬似音を使用するのが白蓮語の特徴らしい。

確かに……その点については身に覚えがある。ソフトの使い方をレクチャーしている時は、つとめて「くだけた言葉」を使うようにしているのだ。思い起こせば、ちょっと、くだけ過ぎていたかも。だいたい、こんな調子で指導している。

じゃあ、ツールバーから選んで、ダダーッと下に下りていって二段目のところをポチッっとしてください。そうそう。次はココをポチポチっといってみましょう(中略)シフトを押しながら窓選択でザバッっと選んで実行しますね。じゃあ一気にいってみましょうか。はい、ポチッっとな。今はまだ頭がパニックになっていると思いますが、慣れてくるとサクサクこなせるようになりますから大丈夫ですよ♪

ここまで砕く必要性はどこにもない。クリックはクリックで充分伝わるし、ダブルクリックはダブルクリックでいい。だいたいからして「ポチッっとな」というあたりはボヤッキー@タイムボカンの影響受けまくり。お歳がバレるというものだ。(←そもそも隠していないんだが)

あまりにも加減というものを知らなさ過ぎる。31歳なんだし、もう少し落ち付いた言葉とか、丁寧な言葉を使うようにしたい。いまさら手遅れかも知れないけれど、頑張ってみよう……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月04日(水) 丁寧になぞろう

旅に出たい。

現実を見据えてみるだに、今は旅に出ている場合ぢゃないので、しばらくは実現できないと思うのだけれど。行きたい土地がある訳ぢゃない。ただ、どこでもいいから旅に出たくてたまらないのだ。

今にはじまったことではないのだが、私は逃避願望が強いらしい。

幼少時は旅行好きの父に連れられてあちこち出掛けた記憶があるが、20代の頃は……学生時代に卒業旅行で北海道へ行ったくらいで、とんと旅行なんてしたことがなかった。「独身OL仲間と気ままな旅」なんてのも未経験、海外旅行も未経験のまま30代に突入。行きたくなかった訳でも、興味がなかった訳でもなく、身辺多忙でそれどころぢゃあなかったのだ。もちろん日帰りで遠出くらいはしていたのだが、数日間まるまる家を空けるだなんて事は考えられなかったし。

なので初めて1人で新幹線に乗ったのは一昨年。友人同士の週末旅行デビューは昨年の秋。

「年を取って遊びを覚えると性質が悪い」というけれど本当になぁ。「今やるべきこと」が一杯あるのに、通勤電車で目がいくのは旅関係の中吊り広告。「旅に出るとリフレッシュできるし、軽く行っとくか?」と思ったりして。ここまで、行き当たりバッタリな人ぢゃなかったのになぁ。もともとそういう傾向があったのもは事実だけれど。

「メールもけぇへんし(来ないし)ここのところテンション下がってるようだが?」とFからTEL有。先週・先々週、異様に燃え盛っていただ分だけに、下降すると落差が鮮やかでいけない。くだらない事を話や、夢中になっている『かめくん』の話など。もちろなFにも読むように勧めた。あらすじを聞いてFも興味を持った模様。早く読んでくれると嬉しいんだが。すっごく語りたいのだ。『かめくん』についての諸々のことを。Fと話をしたおかげで、燻っていた炎がまた燃え上がる。そのまま鎮火しなくて良かった。

とりあえず丁寧になぞっていこうと思う。

Fの電話と、こうやって日記を書いたおかげで、少しだけ旅行熱がおさまってきた。いい感じだ。明日もこの調子……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月02日(月) 五対五。

今日は見事なまでに良い事と、悪いことが半分半分の日だった。カフェ・オレテイスティな1日と言うべきか。とにかく五対五だったのだ。カルピスみたく三対七とかぢゃなくて良かったのかも知れないが、ちょっと納得いかない感じ。

良かったことの筆頭は退職日が正式に決まったこと。三月二十日付けで今の職場とはオサラバである。悪かったことは、引継ぎもスムーズにいっているのに二月ではなく三月まで退職を引き伸ばされてしまったということ。ちなみに私の仕事は1名ではなくて、2名に振り分けられる。何も行く末まで見守らなくたって、2人がかりでするなら、大丈夫だと思うのになぁ。狡猾な上司Jに交渉負けした感じ。

今日はCAD教室で1つ大きな壁を越えることができて、ウキウキするも、帰り道で考えごとをしていたら、メソメソ泣きたくなった。いや泣くような柄じゃないので泣きはしないんだが。

支離滅裂に話が移っていくけれども、最近同志Fと凝っている遊びを書いておこうと思う。自分達の周囲にいる人間を「肉食獣」と「草食獣」に分けるというもの。私は完全な草食獣。Fは肉食に近い雑食獣(ジャストミートはタヌキである)あの人は草食、あの人は肉食と分類するのは、けっこう楽しい。草食獣と肉食獣の間には深くて暗い川がある。あ。ちにみにその分かれ目は食べ物の趣向ではなく、人間の傾向だ。

今夜は日記を書かずに寝ようと思っていたのだけれど頑張って書こう……と思ったんである。そういう風に思ってしまうようなことがあったのだ。良いことも悪いことも、縦糸と横糸が重なり合ってできる1枚の布のように……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。


2004年02月01日(日) 東風吹かば……

何気に草臥れ気味。ここのところハイテンションで「がるるっ」と鼻息荒く暮らしていたので、そりゃぁ草臥れもするだろう。そんな訳で今日は予定を入れずにダラダラ過ごす。PCにへばりついたり、お散歩をしたり。もう梅の花が咲いていただなんて、ちっとも気付かなかった。梅の花を見ると「東風吹かば匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて春を忘るな」をつい口ずさんでしまうのは、時代劇好きの心意気。お侍さん大好き……って、道真公はお侍さん時代の人ぢゃないんだけど。

なんとなく美味しいものが食べたい気分だ。週末は同僚とシェラスコを食べに行ってきたけれどイマイチだったのだ。今、食べたいものを書き出してみる。

あんまり甘くないフワフワのシフォンケーキ
美味しい紅茶を飲みながら、くだらない話をしつつ食べたい気分。軽くホイップした生クリームを添えてあったりしたら最高。

美味しいパスタ
自分で作るんぢゃなくて人に作ってもらったものがいい。トマト系でも、クリーム系でも、なんでもいいんだけど。生麺希望。ワイン1杯ついてればなお嬉し。

シンプルな卵のサンドイッチ。
『冷静と情熱のあいだ Rore』に出てきて、むしょうに食べたくなった。これも人に作ってもらったのを食べたい。外で食べるのが理想だけど、時期的にそれは無理そうなので、あったかい部屋でいいや。飲み物は珈琲。ミルクたっぷりで。デザートに林檎があると最高。

どれもこれも、すぐに手の届くような代物なのに、欲しい時に欲しい物というのは、手に入りにくい。だいたいからして明日になったら食べたい物が変わっているかも知れないし。

閑話休題。

珈琲サーバーを買ってからというもの、ほとんど毎朝カフェオレを飲んでいる。もともと珈琲派ではないし、珈琲もそれほど得意ではないのだけれど、珈琲を立てる幸せを感じたいがためだけに、朝の儀式と化している。明日の朝の分で珈琲のストックが無くなっちゃうので、CAD教室へ行く前に珈琲を仕入れてこよう。さて来週も頑張るぞ……ってことで今日の日記はこれにてオシマイ。


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