朝早く犬に起こされてしまった。
休日くらいゆっくり寝ていたいのに、強引に顔を押し付けてくるは
ベロンベロンなめるわで、仕方なく彼女の要求を聞く羽目に。
要求を満たしたら「もう。いいのよ」ってな感じで、再び寝てしまう犬。
憎たらしく、そして可愛い。愛した方が負けなんだと思う。
自分に忠実なのは結構だが、もう少し飼い主にも忠実であって欲しいとも思うのだが。
二度寝しようか、そのまま起きようか迷ったのだけれど
お天気も良いことだし、起きて活動してみることにした。早起きは三文の得。
お茶を沸かして、PCを立ち上げ、メールチェック。
↑起きてすぐPCの電源を入れる人って、どれくらいいるんだろうか?
お気に入りのサイトをぐるっとまわって、自分ちに戻った。
昨日は、見苦しいものを書いてしまったので
とっとと更新して、流してしまおうとてメモ帳を立ち上げた。
消してしまおうかという衝動にも駆られたのだが、辛うじて踏みとどまる。
閑話休題。
書こうと思いつつ、なんとなく書きそびれた出来事を書いておこう。
↑朝イチなので「今日のできごと」は流石に書けないのだ。
先日、職場で「全社員・半強制食事会」なるもがあった。
もしかして「リストラ」とか、そういう話があるのでは?
なんて緊張が走ったのだが、蓋を開けみれば、ただの食事会。
小さい会社ってのはトップの気まぐれで何があるか分からないものなんだなぁ。
食事会は「ナイフ&フォーク」で食べるようなお店だったのだが
同席者のマナーの悪さにカルチャーショックを受けてしまった。
でっかいパンに噛り付いたり、肘をついて食事したり……
居酒屋とかだったら、多少行儀が悪いのもかまわないと思うけれど
世の中にはTPOってものがあると思うのだな。私は。
洋食に慣れないお年寄りだったり
それほどのお年でなくても「ナイフ&フォーク」で食事する機会のない人が
とんちんかんなことをしたとしても、まったく気にならないのたが
イタ飯だの、フレンチなども食べ慣れている若い人だっただけに
余計に吃驚度が大きかったのだと思う。
もしかしたら「マナーを知らない」のと「行儀が悪い」のは違うのかも知れない。
同席者は、たぶん行儀が悪かったんだと思う。
そのことを知人に話たら「あんたは世間を知らなさ過ぎる」と一笑されてしまった。
確かに一理ある。私の友人・知人には、そんな人いなかったし。
結婚式の席などで「ナイフ&フォーク」に慣れていない年配者と同席したって
人を不愉快にさせるような食べ方をする人はいなかったし。
こういうことで人を判断してはいけないような気がするのだが
「ちょっと、この人とは気が合わないかも」って思ってしまった。
まったくもって「あんた何様?」って感じだが、そう思ってしまったんである。
そろそろお腹が空いてきたので、PCを離れてパンでも買いに行こうと思う。
そんなこんなで、今日の日記はこれにてオシマイ。
<追記>
ランキングに帰り咲いてしまいました。
恥ずかしいことは書いてないんで堂々とやっていこうかと思って。
……て・ゆ・か、ポリシーがなくも挑発に弱いだけとも言えるのですが。
気が向いた方は「ぽちっ」とよろしくお願いします。
納得したらば、また外しちゃうかも知れません。
| 2003年04月28日(月) |
可愛くなくてもいいんです。 |
「自分を切り売りしている」と言われれば、そんな気がする>この日記
確固としたスタンスをもって書いていれば、何があっても迷うこともないんだろうけど
なにしろ勢いだけで、ここまで来てしまったものなぁ。
何かあると、すぐに迷うし、すぐに投げ出したくなるのだ。
「だけど涙が出ちゃう。女の子だもん」 BY鮎川こずえ@アタック��1
なんて言うのは、嘘だけど。てへ。
日記を書くにあたってのポリシーといえば「嘘は書かない」ってことくらいだ。
ものすごく主張したいことがあって書いている訳でなし
誰かに楽しんでもらいたいと思って書いている訳でもない。
HPを繁栄させたい……って気持ちも希薄なので、Web付き合いも少なめだし。
だったら、なんで書いてるんだ? て・話。
憂さ晴らしに使うこともあれば、高揚した気分をそのままぶつける時もある。
もちろん、自分が書いたものを読んで喜んでくれる人がいたら
それは、それは嬉しいことなのだが、だからって喜んでもらうために書く気はない。
ぶっちゃけた話。楽しい話だけを書いた方が、日記としては楽チンである。
たぶんWebで息の長い楽しみ方をするのなら、その方が賢い選択だと思う。
重たいめの話や、湿っぽい話がメインのテキストサイトさんって
なんだかんだ言って、息が短かったりするんだよなぁ……
辞めてしまう人達の気持ちは、なんか分かる気がする。
私の場合は、道を貫いていないがゆえに、たまに馬鹿話も入る訳だが
それでも、なんだかんだ言って「湿っぽい話」が多いようだ。
だからって、毎日メソメソと陰気に暮らしているかと言えばそうでもないし
鬱々と考えていることが、嘘っぱちかと言うと、それもまた違う。
ここに書いていることは私の一部であって、すべてではない。
そして私は、こういう形を恥ずかしいとは思っていない。
「なにやってんだか」と思うこともあるし「辞めちゃおっかな?」と思うことも多いが
それでも、とりあえず辞める気はないんである。
私には書きたいことが、たくさんある……ただ、それだけのことだ。
可愛くな言い草かも知れないが、そう思ってるのだから仕方がない。
万人に可愛いと思われることなど、これっぽっちも望んじゃいないし。
軽く流せるほど大人ではないが、泣き濡れるほど子供でもない。
休み前だと言うのに、なにげに不愉快ティスティな文章になってしまったけれど
とりあえず今日の日記は、これにてオシマイ。
今日は休日だというのに、じつによく働いた。
「働く」という単語を口にするとパブロフの犬みたく思い出すことがある。
子供の頃、NHK教育TVで放映していた『働くおじさん』が好きだったな……と。
今にして思えば『働くおじさん』ってタイトルは時代を表してるよなぁ〜と思う。
主題歌の歌詞では「♪働くおじさん 働くおばさん こんにちわ」となっているが
番組的には圧倒的に『働くおじさん』が主体だったように記憶している。
いや。だからって、何が言いたいって問題でもないんだけど。
それにしても今日は素晴らしく良いお天気だった。
朝っぱらから善良な市民らしく投票に出掛けたあとは
冬物セーターを洗濯したり、シーツを洗濯したり
コートやスーツなんかをクリーニングに出したり。
そうそう。愚弟のお見舞いにもらってリンゴで、リンゴジャムも作った。
買出しに出掛けたり、病院へ行ったり。
働くといっても「主婦的労働」であって、金銭的な労働ではなかったけれど。
よく働いたせいか『ちびまる子ちゃん』を観ても虚しさを感じなかった。。
充実感がそうさせていると言うよりは、むしろ「休養した感」がない分だけ
「あぁ。残念だ。明日から働かなくちゃ」って気持ちにならないからだと思う。
それに今週は明日、働いたら、また休みだし。
私の職場は旗日通りの休みなのでイマイチ黄金ぽくない黄金週間である。
あ。ここまで書いてみて、ふと思った。
こんな書き方をしたらば、ものすごく働き者みたいだなぁ……と。
そうだ。今日は昼寝もしたのだ。シエスタ。シエスタ。
昼寝をする気などなかったのだが『新婚さんいらっしゃい』を観ていたらば
知らない間に意識を失っていたのだ。そして午後三時に覚醒。
最近「寝るつもりはないのに寝ていた」というパターンがやけに多い。
明日の朝はパン屋さんで買ってきたフランスパンに
自分で作ったリンゴジャムを塗って食べよう。
愚弟は病院で「あまり美味しくない」と評判の食パンにリンゴジャムを塗るだろう。
それにしても今はリンゴの時期じゃないのになぁ。
入院見舞いというと、メロンとリンゴがダントツに多い。
私が入院したら、サクランボかビワが良いです。
問題は、こうやって宣伝してみたところで
食事制限のある病気で入院したら、あまり意味はないってことかな。
明日も頑張って働きましょう……ってことで今日の日記は、これにてオシマイ。
| 2003年04月26日(土) |
リハビリとデジカメと。 |
ここのところ、愚弟の日記登場率が妙に高い。
毎日通ってるんだもん。どうしても、そのテの話が多くなるのは仕方ない。
退院したら、また遠慮してもらうってことで今日も愚弟の話。
本格的なリハビリがはじまって「治ってきたぞ」って感じになってきた。
それまでも、ずっとリハビリはあったのだけれど
これからは社会復帰に向けてのリハビリ……ということらしい。
ホントに「やっと、ここまできた」って思う。
形成手術のおかげで、グロテスクだった患部は随分と綺麗になったようだ。
愚弟曰く「そりゃぁ、もう劇的・ビフォー・アフターやで」なんだそうな。
消毒する時に居合わせたら私も見せてもらわなくては。
「手術前の写真をデジカメで取っておけば良かった」と愚弟が残念がるので
「先生に『デジカメのデータ欲しいんだけど』って言ってみたら?」と私。
愚弟が入院した当初からのデジカメデータがあるはずなのだ。
もちろん患者にくれるかどうかは分からないけれど。
そして、それをもらったからって「だから、どうよ?」って感じなんだけど。
まぁ。これも1つの歴史ということで。
閑話休題。
今日の夕食は、手抜きと言うかサボりと言うことで
乙女な母と2人でお好み焼き屋へ出掛けた。
乙女な母は「ソース味の食べ物」が好きで、お好み焼きと焼きそばが好物。
ちなみに私は関西人だというのに「ソース味の食べ物」にたいして思い入れはない。
家でお好み焼きをしたら「醤油マヨネーズ」とか「七味ポン酢」で食べるのが好きだし。
母はビールと、トマトチーズお好み焼きを注文。
私はネギ焼き大(すじ・蒟蒻入りのスペシャルなネギ焼き)を注文した。
お好み焼きにはビール……なんだけど運転しなきゃいけなかったし
なにより最近、飲酒欲が減退していてアルコールよりジュースな感じなのだ。
ふだんはジュースなんて飲まないんだけどなぁ。
さて。そろそろPCから離れてお風呂にでも入ろうかなぁ。
風呂上りには大好物の「ガツンとみかん@赤木乳業」を食べるとしよう。
……ってな感じで、今日の日記はこれにてオシマイ。
2年前から入退院を繰り返している愚弟は病院の常連さんだ。
看護婦さんや、ヘルパーさんからも顔を覚えてもらっているらしく
入院の荷物をもって病院へ行くと「あっ。お久しぶり」などと声を掛けられる。
こういうお馴染みってのは、いただけないが
親しく声を掛けてくれるというのは、とても嬉しい。
愚弟が常連ということは、乙女な母も私も常連というこである。
愚弟ほどではないが、せっせと通いつめているし。
そんな訳で、私も看護婦さんだのヘルパーさんの顔は随分覚えた。
長い付き合いでなくても印象に残る人もいれば
しょっちゅう会っているのに、ほとんど印象に残らない人もいる。
愚弟がお世話になっている病棟の看護婦さんに、とても印象的な人がいる。
明るくて、手際が良くて、色白の女性で、際立った美人ではないのだが
清潔そうな感じが愛らしくて「こういう妹がいたらいいなぁ」と思うようなタイプ。
個人的に話をしたことはないのだが、私は隠れファンを自称している。
半年ぶりに再会した彼女は、主任さんに昇進していた。
仕事の出来そうな人だったから、なるほど納得といった感じ。
彼女は半年前と変わらない、てきぱきした仕事っぷりで
明るい話かたも、ちっとも変わっていないのだが
半年前と同一人物とは思えないくらい不細工になっていて驚いた。
髪の色が変わったとか、化粧が変わったとか……ってことでもないのに。
半年で顔の造作が変わるなんてことはありえない。
たぶん表情とか、心境などが顔に出ているのだろうと思う。
たった半年で、あんなに顔が変わってしまうなんてなぁ……
なにか辛いことでもあったのだろうか?
それとも主任さんになって仕事のストレスが急増したのだろうか?
理由はどうあれ、痛ましいことだ。
そして、ふと自分のことを思った。
私も不細工になっているんじゃないだろうかと。
自分では気付かないうちに、醜い顔になってやしないだろうかと。
できることなら「可愛い女」「綺麗な女」でいたいと思う。
「ぢっと手を見る」よりも、しっかり鏡を見た方がいいかも知れないなぁ。
病院で、ふと思ったことを書いてみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。
| 2003年04月24日(木) |
侮れないクソジジイ。 |
長かった髪をザックリとショートにして出勤した。
会社の人のリアクションが楽しみだなぁ……と思っていたのだが
「イメチェン?」とか「失恋?」ってなツッコミが大半だった。
ものすごく吃驚された上に「理由は聞かないから……」って言われた時には
「お〜い。突っ込んでくれぇぇ。1人ぼっちにしないでくれぇぇ」
などと去り行く人を追いかけたい衝動に駆られてしまった。
……ちょっと思い切りが良すぎたかも知れないなぁ。
どうも、衝撃的過ぎる切りっぷりだったようだ。
しかし色々な反応やツッコミの中で、いっとう際立っていたのは
私が天敵とみなしている大ボス(通称クソジジイ)のツッコミだった。
「恋人に時計でもプレゼントしたのかね?」
……O・ヘンリの『賢者の贈り物』ときたか!
あの話は妻が自慢の髪を売って、夫に時計の鎖を贈る話だった。
「時計」ではなく「時計の鎖」なのだが
それでも瞬時にO・ヘンリが出てくるだなんて敵ながら天晴れ!
相手がクソジジイでなければ、うっかり惚れてしまうところだった。
大嫌いなクソジジイを、今日はちょっぴり見直した。
ま。だからって嫌いなことに変わりはないんだが。
嫌いと言うか……仕事上で対立関係にあると言うか……
それにしても、侮れないクソジジイである。
閑話休題。
今日はちょっぴり良いことがあった。
半ば諦めていたミスドの景品を守備良くゲットできたのだ。
同僚に「ミスドの景品が……」なんて話をしたら点数カードをカンパしてくれたのだ。
なんでも言ってみるもんだなぁ。なんだか棚からボタ餅気分である。
ちなみに私は、たすきがけのリッックサックを貰った。
私が背負うと大き過ぎるリュックだがA4の書類も入る優れ物。
早速明日は使ってみるかなぁ……
明日の朝食はドーナツに決定。
↑景品をも貰いに行くついでにドーナツも買ったのだ。
マイ・ブーム・ドーナツは「ポン・テ・リング」ってことで
今日の日記は、これにてオシマイ。
今日は超・定時ダッシュで会社を飛び出し美容院へ駆け込んだ。
いまだかつてないほど頑張って伸ばした髪を切りに行っんである。
美容院へ行くのは大の苦手だが、どうしても切りたかったのだ。
幸い、美容師の兄ちゃんは職人気質の無口な青年だったので
世間話をすることなく黙々と切ってくれた。
ザク・ザク・ザク・ザク……
ジャック・ザ・リッパーを彷彿とさせる見事な仕事の後に美容室の床を見ると
ホラー映画さながらという趣で、黒髪が散らばっていた。
ちょっと怖かった。長い髪ってなんだか怨念がこもっているような気がする。
ストレートロングからショートにしたらば、すっかり凛々しくなってしまった。
「私に惚れたら火傷するよ」などとオヤジギャグを呟いてみる。
髪を切る理由の定番は「失恋」と「イメージチェンジ」だが
私は失恋したわけでも、イメージチェンジしたかったわけでもない。
ちょっと気持ちを切り変えたかったんである。
自分に渇を入れるのに「髪を切る」というのは有効な手段だと思う。
男性の場合は、やっぱり坊主だろうか。ああ。憧れのスキンヘッド……
それにしても短くしちゃったから気をつけないと男に間違われてしまうなぁ。
髪が短くなった分だけお洒落にも気を入れなくては。
この勢いでピアスでもあけてみようかなぁ。
いままで「面倒くさそう」という理由だけでピアスはしていなかったのだが。
ま。それはそうと。
手術から一夜明けて、愚弟はすっかり元気そうだ。
今回は久しぶりの全身麻酔だったのだが麻酔慣れしてきたのか?
へらず口を叩く元気があるのだから心配いらないだろう。
姉の口から言うのも、どうかと思うが
愚弟の取り得は、どうしようもないくらい能天気だってことだと思う。
そう言えば「この日記にも陰気な話も書いていくぞ」と決意してから
ウエットな話ぱかり書いているような気がする。
なんとなく日記を書き始めた頃のことを思い出すなぁ……
ウエットな出来事が多かったから……ってのも原因なんだけど。
また馬鹿話を書きたい時も来るだろうし、しばらくは勢いにまかせていこう。
さてと。これから「短い髪を洗う幸せ」を噛み締めるために
お風呂に入ってこようかなぁ。
まさに「女性に生まれて良かった」と思う瞬間である。
ロングヘアー未経験者に、この快感は理解できまい。
では、そんなこんなで今日の日記は、これにてオシマイ。
2001の7月からはじまった愚弟の手術が完結した。
今回の手術は、形成手術&患部の状態が良ければ腱の移植の予定で
患部の状態が悪ければ、あらためて腱の移植ということだったのだが
愚弟の腱は移植できるような状態ではなかったらしく
移植をしないまま、形成手術のみで完結に至る。
正直なところ、たいそうがっかりした。
私の中では「いっきに腱の移植」か「再手術」しか頭になくて
「移植の出来ない状態」なんて局面は想像だにしていなかったのだ。
もちろん、その可能性があるのも分かっていたのだけれど
なんちゅうか……上手くいくことしか考えていなかったから。
とんだ極楽頭と言ってしまえば、まったくもってその通り。
あまり喜ばしい形での完結ではないが、とりあえずは一段落である。
今後の予定としては、義指を作って、リハビリをして
夏頃か、遅くても秋までには社会復帰……ということになるらしい。
1日でも早く、愚弟の治療が終わることばかりを考えていたのに
こういう形でとなると、手放しで喜べない自分がいる。
私がずっと望んでいたのは「1日でも早い解放」ではなかったのかも知れない。
いまさら、そんなことに気付いたところで、なんにもなりゃしないのだが。
とりあえず。まだ全てが終わった訳ではない。
最終目標は愚弟の社会復帰なので「めでたく完結」と言うには早いし
とりあえずは今回の入院が終わらないことには次のステップにもすすめないので
気落ちしている場合ではないんである。
駄目なものは駄目だと、しっかり受け入れていかなければなぁ。
それにつけても、ここまで手を尽くしてくれたドクターには感謝にたえない。
事故で運ばれた病院でトラブって、なかば神頼みのように駆け込んだのを
快く引き受け入れてくれことからはじまって
本当に親身になって、ここまで治療してくださったのだから。
まだゴールは先だけど、愚弟は本当によく頑張ったと思う。
乙女な母も、私も、ひねくれることなくスクスクと頑張った。
今回ばかりは、褒めてあげてもいいんぢゃないかと思ったりする。
だけど、脱力しちゃった。まいっちゃったなぁ。もう。
とりあえず今日の日記は、これにてオシマイ。
この春は、いつになく多くの人を見送った春だった。
母の従兄弟。Nさんの母上。
そして日記には書かなかったが、向いの婆さまの義息子。
そして私は1人勝手に凹みがちな春だった。
他人のことで、凹むというのは、無責任な感情のうねりだと思う。
これは自分を卑下しているのではなくて。
現実問題として考えるとき、自分の身に降りかかったことならば
凹むより、なにより目の前の事項を処理していかなければならないから。
今日は母が、向いの婆さまの娘さんと電話で話をしていた。
「人間がいなくなるのって大変なことですしね」
いやはや……まったくもって、その通り。
部外者はお葬式に参列して、泣いてお別れすればオシマイだが
家族ともなると様々な書類の片付け、遺品の整理、諸々の人付き合いなど
それは、それは大変だったりするものなぁ。
当然ながら、その日限りで、バイ・サラバーイ……てな訳にはいかない。
お悔やみの定番に「お疲れが出ませんように」ってのがあるが
誰が考えたのか知らないけれど、上手い言葉だと思う。
事態が落ち着いたら、ドッと疲れが出るだろうことは承知の上だが
「死んでしまった人よりも、生きているあなたが心配です」というような
控えめな優しさが込められているような気がする。
ま。定番として使われる場合は、そこまで考えて使わないかも知れないけれど。
閑話休題。
明日は愚弟の手術日である。
患部の状態がよければ、1度の手術で次のステップの手術へとすすめるのだが
イマイチ状態が良くなければ、また時間をおいて手術をすることになる。
神様、仏様、イエス様……誰でもいいので一発OKにしてやってください。
などと、思わず神頼みをしてしまいたくなる。
愚弟が事故にあった時は「命さえ助かれば」と思っていて
その後は「1本でも指が残っていてくれたら」と思っていたのになぁ。
余裕が出てくると、人間って生き物は、欲の皮がツッパッてくるようだ。
それでもやっぱり「誰でもいいので、ここは1つ……」などと祈りつつ
今日の日記は、これにてオシマイ。
明日から、またしても愚弟が入院する。
手術は明後日。出所予定は黄金週間明けになるらしい。
今回の手術は「患部を開けてみての、お楽しみ」ということらしくて
それによって「今回で打ち止め」か「もう1回いってみよう」かが決まる。
お願いだぁぁぁ。今回で良いってことにしといておくれ。
それにしても黄金週間に重なるなんて、ついてないなぁ。
「姉の青春を返して!」なんて、ボソッと呟いてみるテスト。
……もっとも、そんなこと言えるほど若くもないんだけど。てへっ。
ま。ともかく、来週からはまた忙しくなる訳で。
今日は乙女な母を連れてお買い物へ出掛けた。
食料とか、乙女な母の春夏服とか。その他諸々……
愚弟が入院すると出掛け辛くなるし、何よりも気分転換を兼ねということで。
お昼はサンマルクで、ちょっと豪華なランチを食べた。
もとがパン屋さんなだけあって、焼きたてのパンが美味しかった。
窓から見える木々の緑が、しっとりと雨に濡れて美しかった。
どうでもいいことだが「美味しい」と「美しい」って、字面も発音も似ている。
乙女な母は、いたく満足したらしくて、私も嬉しい。
用事を済ませ、乙女な母を家へ送り届けて、私はそのまま図書館へ。
10冊ばかり(限度ギリギリ)本を借りる。
先日、古書店で仕入れをしたばかりなので「読むもの」が沢山ある状態。
非常に贅沢な気分だ。「積読」がいっぱいだなんて!
3時過ぎに帰宅。そのまま5時まで爆睡。
読みかけの本を読もうと思っていたのになぁ……
昨日もバタバタしていたし、この週末は、ほとんど本を読まなかった。
物理的に忙しい時って、ある意味、元気で充実しているような気がする。
この状態を「幸せ」と言っていいのかどうかは激しく疑問だけど
少なくとも「不幸」でないことだけは確かだと思う。
そういうのって、虚勢を張っているとも思えるのだが
ハッタリを噛まさなければいけない時もある訳で。たぶんこれは処世術。
今日は大好きな『劇的・ビフォーアフター』がお休みなので
お風呂に入って、早いとこ布団に入ろう……明日からの生活に備えて。
と、まぁ、そんなこんなで今日の日記はこれにてオシマイ。
| 2003年04月19日(土) |
不愉快極まりない映画。 |
今日は『ぼくんち』を観てきた。
取り立てて観たかった訳ではなかったのだが、知人の関係者が出演していたので。
たまには日本映画を観るのも良いかな……とか。
ものすごく不愉快極まりない映画だった。
映画を観て「面白い」とか「面白くない」とか「良かった」とか「イマイチ」とか
良いにつけ、悪いにつけ「それなり」の感想を抱くことはあっても
「不愉快極まりない」という感想を持つなんてのは珍しい。
私は原作を読んでいないので、なんとも言い難い部分があるのだが
こんなに「大っ嫌い」と思った映画は、あまりない。
原作もあんな感じなのか、それとも映画化によって、あんな感じになったのか。
本筋は悪くないと思うのだが、人間の描き方にムカついた。
意識して、ああいう演出をしていたのだとは思うのだが
主要登場人物以外の人間を、知的障害者風……というのか
「なんだか歪んでいてオカシナ人」として表現されていたのは何故なんだろう?
岩井俊二みたいな、芸術的っぽい雰囲気を出したかったのだろうか?
それとも、原作じたいが、そんな感じのものなのだろうか?
岩井俊二も時としてグロテスクな表現をすることがあるけれど
あの人の作品には、そこはかとなく「愛」が感じられるので
「ムカつく」なんて思ったことはないのだが
『ぼくんち』は駄目だった。私にとって2003年度における最悪の映画になるだろう。
映画を観て、こんなに不愉快になって、怒ったのは久しぶりである。
……て・ゆ・か、もしかしたら初めてのことかも知れない。
あの作品からは「悪意」さえ感じてしまったのだ。
こんなに「大っ嫌い」ってものに出会うのもめずらしい……
今日は嫌なものを観てしまったけれど、明日は良い休日にしたいな
……ってことで、今日の日記はこれにてオシマイ。
ある方の日記に触発されて「昨年書いた自分の日記」を読んでみた。
私は基本的に自分の書いた物は、ほとんど読み返さない。
↑だから誤字脱字が多いのだが、その辺は気にしない。気にしない。
なんて言うのかなぁ……一応「公開日記」という形にしているけれど
上手に書こうというよりも、ハケグチとして書いている部分が多く
「自分が満足できたら、それでいいや」という低い志しか持ち合わせていないあたりが
「読みかえさない」とか「誤字脱字が多い」って原因かと思われる。
あ〜。それにしても、読むんじゃなかった>昨年の日記。
馬鹿過ぎて情けなくもあり、何より成長していない自分が悲しい。
私の中では「今の私は、昨年の私より断然いい女になっている」と思っていたのだが
もしかしたら、昨年の私の方が、よほどイケてたかも知れない……とか。
勿論、目に見えて変わった部分もあったりする。
転職したこととか、ネット生活への姿勢が変わったこととか。
ここ最近は「見てるだけ専門」のネット引き篭もりが板についているのだが
1年前は、お出掛けするのが好きだったらしく、あちこち飛び歩いていたようだ。
今ぢゃ、すっかり「書いてぶちまける」ことだけで満足している節アリ。
悪いものに取り憑かれたかのように過去日記を読んだ。
私の日記は、同じパターンでもってグルグル回っているようだ。
落ち込んでいる⇒オタク話⇒愚弟の手術⇒体調悪い⇒復活した⇒
⇒日記辞めたい⇒気分転換⇒ちょっと元気になった⇒最初に戻る⇒
そして当然ながら、日記には書いていない出来事だって多いし
今になって読みかえすと「なんで、こんなに無理して書いてるんだろう?」
なんて思うほど「いいカッコ」してる日記が多くて嫌になる。
私は自分のことを「けっこう頑張り屋さん」だと思っていたが
よくよく日記を読み返してみると、そうでもないような気がしてきた。
元気で頑張っている時よりも「駄目・駄目です」って時の方が多いようだし。
それでも日記を書いていて良かったと思う。
「ストレス発散」「熱く語りたいことがある」「コミュニケーションの手段」
この3つが、私にとっての「日記を書く理由」だと思っていたけど
もしかしたら私は自分自身を応援するために書いているような気がする。
いつも、いつも「もう、これ以上は頑張れない」などと思っているのに
どうにかこうに頑張れているのだものなぁ……
過去日記を読み返しての感想などを書いてみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。
<追記>
もしも、読んでくれる人が1人もいなかったら、続いていなかっただろうと思う。
ここを訪れてくださる「あなた」に多謝!
| 2003年04月17日(木) |
「嫌われたくない」って気持ち。 |
今日は金城一紀の『GO』を読んで心を熱くしてしまった。
本の感想はHPの読書禄に書いたのだけど、ちょっと書き足しなど。
なんちゅ〜か。作品の内容とは直接関係がないので
こっちの日記に書いた方が、しっくりくるかなぁ……と思ったので。
主人公が恋に傷つく場面が、やけに印象的だったのだ。
それまで主人公は「嫌われても平気」というか「気にしない」タイプだったのに
「好きな人から嫌われるのが怖い」っ思っている自分に気付いたところを読んで
「嫌われたくない」って感覚、なんか分かるなぁ〜と共感してしまったのだ。
自分が好きでもない相手から嫌われるのは平気だけど
ちょっとでも自分自身が「好き」だと感じている相手から
「あんたなんて嫌い」って言われるのって……辛いよね。そりゃぁ。
好きになってもらえなくても、嫌いになられた日にゃぁ、もう。
「好き」「嫌い」っていうのは、別に恋愛に限ったことではなくて
もっと大雑把な人間関係でも言えるわけで。
大人になると「あんたなんて嫌い」なんて面と向かって言われることなど
皆無だと言っても過言ではないだろう。
それでも「あっ。たぶん嫌われてる」ってことを感じることはある。
自分自身も相手のことが嫌いなら、相思相愛の反対な訳だから
それは、それで仕方ないかと思うのだが、そうでない場合は、ちと哀しい。
ふと思ったのだが「嫌われたくない」という感情は
誰かを好きにならないと生まれてこない感情なのかも知れないなぁ……
私は、普段の生活の中で「嫌われたくない」なんてことを
あまり意識するタイプではないので、なんだか新鮮な感じがしたのだ。
「嫌われたくない」って言葉を意識したのは、ものすごく久しぶりかも知れない。
当たり前の話だが、物質的なもの……たとえば本とか音楽とかが好きというのと
生きている人間が「好き」とか「嫌い」というのでは重たさが全然違うよなぁ。
なんだか、まとまりなくグルグルと考えたことを書いてみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。
ある人と話していて気がついた。
大人だからって、1人でなんでも出来るというのは間違いだってことを。
私は基本的に「成人したら1人でなんでも出来て当たり前」と思っているのだが
「えっ? そんなこと1人で出来るの?」と驚かれることがある。
たとえば1人で喫茶店に入る。食事をする。買い物をする。
たとえば1人でお芝居を観る。映画を観る。美術館へ行く。
他にも色々……たくさん……数え上げていけばキリがないのだが。
どうやら「1人だとツマラナイ派」と「1人の方が気楽派」がいるらしい。
私はたぶん中間派。「誰かと」っていう楽しさは格別のものだが
1人でだって、たいていのことは出来るし、やってきたつもりだ。
これは、ものすごく偏見めいているかも知れないのだが
「1人だとツマラナイ派」の人っていうのは
「なにか面白いことない?」ってのが口癖だったりするような
「なんだか毎日がツマラナイ」なんてことを言いがちな人が多いように思う。
もちろん「1人だとツマラナイ」から、強烈な吸引力でもって
自分の周りに人をかき集めてしまうタイプの人もいるのだけれど。
私が意識して「1人で行動できる人になろう」と思ったのは
24〜25歳頃のことだったように思う。
個人として、1人で立っていられる人でいたいと、ふと思ったのだ。
だが、いまだ「1人で飲み屋・居酒屋」には行ったことがないなぁ。
そこまで飲兵衛でないからか、それとも家族と暮らしているからか。
女性であるというのも、独特の要因かも知れない。
サラリーマンを見ていると「1人で、ちょっと一杯」なんて当たり前みたいだし。
機会があれば、いつかトチャレンジしてみても良いかも知れない。
今さら、あらためて何を書いているんだか……て感じだけれど
今日の日記は、これにてオシマイ。
明け方、死んだ祖母が夢に出てきた。
私はいわゆる「霊感」だの、そういう類の能力はサッパリないらしくて
死んだ人が夢に出てくるなんて事は、ほとんどなくて
30年間生きてきて、今回で2度目という低い遭遇率である。
そんな訳なので「ものすごく特別」な感じがした。
嫌な夢ではなかった。
広いリビングで、大きく開いた窓からは爽やかな風と、あたたかい光。
何故だか知らないが親戚が集っていて、祖母は赤ん坊を抱いていた。
祖母は軽く欝が入っている時のようで、やや陰気なことを話していたが
それでも、赤ん坊に懐かれていて、たいそう機嫌が良いようだった。
私は祖母に「まぁ。まぁ。そんなこと言わんと」なんてことを言いながら
祖母の話し相手になっている……というような夢。
それにしても、祖母が抱いていた赤ん坊は誰だったんだろう?
乙女な母にその話をしたらば「死産した長男に違いない」と夢見る瞳になっていた。
愚弟の手術が近いから、祖母も気にして、出来たのかも……と。
母が嬉しそうにしていたので、あえて否定はしなかったのだが
夢の中で祖母が抱いていた赤ん坊は「孫」ではなくて「曾孫」のようだった。
私の子供でないことは間違いないのだが、いったい誰の赤ん坊だったのか?
これから生まれてくる赤ん坊なのか、それとも死んでしまった赤ん坊なのか。
なんとなくメーテルリンクの『青い鳥』のラスト近くに登場した
「これから生まれてくるはずの赤ん坊」達の話を思い出してしまった。
チルチルとミチルの弟は、病気を持って生まれてくるんだったけなぁ。
そうこう言ってはみるものの、しょせんは夢の話。
追求してみたところで、どうにも仕方のないことなのだが。
やたらと祖母に懐いている赤ん坊と、嬉しそうな祖母の笑顔が印象的だった。
夢の話とは、なんら関係はないのだが今日は1つ良いことがあった。
先日、私が作ったチラシを見て問い合わせがあり商品が2つ売れたのだとか。
営業さんの戦略が良かったからであり、チラシが良かったからとは思わないのだが
それでも仕事の結果が形になって現れてくると嬉しいものだ。
ふっふっふっ。ざまぁ見やがれクソジジイ♪
大ボスの、胡散臭そうな眼差しも、今日はちっとも気にならなかった。
夢の話とも、仕事の話ともなんら関係はないのだが、嫌なこともあった。
帰りの通勤電車で人身事故……けっこうな騒動だったのだ。
最近、やたらと人身事故が多いのだが、ダイレクトにぶつかるとはなぁ……
私とは係わり合いのない人の死なのでコメントは差し控えることにする。
そんなこんなで今日は明け方から、色々なことがあった1日だった。
色々なことを考えていたのに、書き出してみると案外アッサリしているなぁ。
ま。こんな日もあるさってことで今日の日記は、これにてオシマイ。
| 2003年04月14日(月) |
ウキウキ・ショッピング♪ |
先の週末は体調を崩して図書館へ行けなかったので
ちょっくら贅沢をしてバーンと新刊本を買うことにした。
本屋での買い物って、なんて楽しいんだろう。
まさにウキウキ・ショッピング♪
図書館通いは続けるつもりなので「買う本」と「借りる本」の見極めに悩む。
どうしても手元に置きたい……と思わせるような本だの
図書館では入りそうにない本だのを買おうとて物色。
散々悩んで、けっきょく3冊購入。
『淳之介さんのこと』 宮城まり子 文春文庫
『GO』 金城一紀 講談社文庫
『「奇譚クラブ」の人々』 北原夢童 早乙女宏美 河出文庫
『「奇譚クラブ」の人々』は図書館へ予約を入れるのは憚られるので買ったのだが
よくよく考えてみると通勤電車では読める代物ではないなぁ。
堅いのから、そうでないのまで取り揃えた納得のラインナップ♪
図書館生活に切り替えてからというもの「本を買う喜び」が倍増したように思う。
新しいインクのトキメキ。帯をはずして、入らない栞を捨てて
「さぁ。読むぞ」という体制に整えてゆく過程は
私にとって本を読む儀式のようなものだ。
こういう感覚は図書館の本では味わえないものなぁ。
失った分だけ、得るものがある……ってことの一例を感じた。
失った物の数を数えるよりも、得たものの数を数えた方が良いという
先人の言葉は正しいのだと思ったり。
図書館の本を読み終えたらば「自分の本」を読もう♪
「自分の本」って、なんと素敵な響きだうろう……
なんて、ささやかな幸せを感じつつ今日の日記は、これにてオシマイ。
今日は選挙にも行かず家でボンヤリ過ごしてしまった。
私は比較的真面目な国民(?)なので、投票には行くようにしてるのだが
なにげに体調が優れなくて、出掛ける気になれなかったのだ。
これが仕事だったら、間違いなく出勤していたのだろうけれど。
今週末は図書館へ行けなかったので、この1週間は読み物に困るだろうなぁ。
週の途中で豪気に新刊本を買うも良し。いっそ再読週間にするテもある。
図書館通いをはじめてから「いつも読むものがある」状態だったので
お気に入りの本を再読する機会がめっきり減ってしまったので
再読週間にする……ってのも良いかも知れないなぁ……などと思ったりする。
「なにもしなかった」という1日は久しぶり。
グウタラと本を読むでなし、昼寝をするでなし。ボンヤリと過ごしてしまった。
おかげで、ちょっと元気が復活したような気がする。
昨日は散々な1日だったが、今日は普通にご飯が食べられるし。
明日になれば、もっと元気になっていることだろう。
体調を崩すなんてことは、出来れば避けたいところだけれど
食事が出来ない時に限って
「治ったらあれが食べたい」なんてことを思うから不思議である。
前日まで「元気一杯だけど、なんだか食事が美味しくない」状態であっても
いざ「食べられない」となると、色々と食べたいものが出てくるようだ。
しかも贅沢な食べ物ではなくて、チープなものだったりすることが多い。
今回は「果物のタップリ入ったヨーグルト」が食べたくて仕方なかった。
生の果物をフルーツで和えたのではなくて、コンビニで売ってるようなヤツ。
愚弟に買ってきてもらって食べたヨーグルトは夢のように美味しかった。
人間の味覚って不思議だなぁ……
随分と元気になったし、明日からまた頑張れそうな気がする。
そんなこんなで今日の日記は、これにてオシマイ。
昨日の日記を読み返して驚いた。
なんだか「ボーリング大会」が面白くなかったような印象で。
ボーリングは散々だったが、すっかりエキサイトしてしまったし
前職場のような体育会系の飲み会ではなかったが、楽しい宴会だったし。
昨日の宴会では、系列会社で働いている23歳のG嬢と初めて会った。
なにげに男っぽい、サッパリした感じの気持ちの良いお嬢さんで
「ちょっと仲良くなりたいかも」と思ってしまった。
……というのも、彼女は女性には少ない「焚き火族」だったからである。
5月に同じメンバーでバーベキューに行くらしいのだが
G嬢は「火を熾すのも、火の番も私に任せてください」とて
キラキラと燃える目でもって「火」を語っていた。
バーベキューなどをすると、グループに必ず1人は
焼肉より、ビールより、お喋りよりも「火の番が大好き」という
焚き火族がいるものだが、不思議と焚き火族は男性であることが多く
女性の焚き火族というのは、あまり見かけない。
「火遊び大好き」って気持ち、なんか分かるんだなぁ……
ま。昨日の焚き火族発見の話はおいといて。
今日は散々な1日だった。
昨日は、あまり飲んでいないのに胃の調子が悪くて
2日酔いとかいうレベルを飛び越えたゲロッパ状態だったのだ。
食事はおろか、水分も取れなくて、1日中情熱的に吐き続けていた。
そして運の悪いことに今日は、どうしても抜けられない用事があったので
せっせとトイレへ駆け込みつつ、ヘロヘロと動きまわっていた。
こんな状態で動かなきゃいけないのは久しぶりだったので、けっこうまいった。
前職場では、こ・ゆ・こと、何度かあったよなぁ。
「エライぞ白蓮。もう少し。あと、もうちょっと頑張れ」
こ・ゆ・時って、頭の中で、もう1人の自分の声がするのだ。
ありがたい話ではないが、特有のテンションの高さはちょっと面白いように思う。
あまりにしんどくて、今日はどうやって時間を過ごしていたのか覚えていない。
私の弱点は、マラソンと算数だけかと思っていたが
胃が弱くてゲロッパ体質だというのも弱点の項目に入れた方がいいかも知れない。
ちょっと疲れが溜まると、これだから困ったもんだ。
私は食べるの大好きだし、けっこう変な食べ物好きだというのに……
これは、ちょっと痛い弱点かも知れない。
帰宅して休んだせいか、やっと飲み物が飲めるところまで回復した。
このまま何事もなく胃を通り過ぎて欲しいものだ。返品はゴメンだ。
それよりなによりPCで遊んでないで、ゴロゴロしてた方が良さげな気がする。
身体は弱っているのに、気持ちだけ元気だなんて変な感じ〜
とりあえず、そんなこんなで今日の日記はこれにてオシマイ。
今日は職場のボーリング大会だった。
ボーリングでは散々だったが、飲み会は、そこそこ。
職場内の傾向と対策……ではないが
新職場の人々はそれほど飲まない……ってことに
それは。それは驚いた。
たぶん、前・職場の連中が飲兵衛だったのであろう。
職場内では「飲まない人」かつ「さっさと帰ってしまう人」だった私が
「女だてらに飲める人」と思われてしまって心外。
飲めるって、言うのは、そんなもんぢゃないのにぃぃぃ。
などと思いつつ心の声は胸のうちに仕舞い込んだ。
なんでも、かんでも、言っちゃイケナイのが人間社会の常なので。
ぶっちゃけた話……停滞気味の春である。
嘘八百を書くのは簡単だし、最近はそんなノリで書いていたのだが
そ・ゆ・のは辞めだと決意したので「駄目なものは・駄目」と書くことにする。
自分の日記に見得を張る必要など、どこにもありゃしない訳だし。
人として「どうよ?」と思ったりする毎日なのだが
それでも「ちょっとは訳に立っているのかも?」などと不遜なことを思ったりもする。
↑ネット生活ではなくて、実生活の方で。
私は、そんな瞬間が、けっこう好きだ(ささいな出来事なんだけど)
漫然と生きるのも悪くはないが、できれば人の訳にたっていたいと思う。
人の役に立ちたいと思うのに、自己中心的な考えに振り回されているあたりが
複雑な感じなのだが、それは気にしない。気にしない。
とりあえずは「明日は働かなくて良い」と言うところが尊い。
ちなみに私は、働かなくて良い状況なら、ぜったい働いていないと思うし
「頑張る」なんて単語とは無縁に生きていたと思う。
そんな人間だからこそ、そ・ゆ立場に置かれた……のか?
もしかして、これは神様(仏様)の思し召しなんだろうか?
ま。出所は気にしない方向で。
明日は、休日を貪ろう……ってことで
今日の日記は、これにてオシマイ。
昨夜は久しぶりに東京のFと電話をした。
N嬢の様子も聞きたかったし、私の方からも色々と話があったし。
Fは、あいかわらずの暑苦しい女っぷりでもってN嬢のことを語ってくれた。
受話器からツバが飛んでくるんぢゃないかと思うほどの勢い。
N嬢は、かなりヤバイ感じだがFがオバさんのように五月蝿くしている間は
ちょっと安心していてもいいかも知れないと思った。
比較的真剣な話が多かったのだが、そうでない話もちょこちょこと。
『ロード・オブ・ザ・リング』は、どこが萌えだったか……とか。
先日観た『トーマの心臓』の舞台は、Fも観るべきだ……とか。
本と漫画のオススメ情報交換だとか……そんな話。
そして、話題が行きつ戻りつしている中でFは言った。
「私は白蓮がドップリ恋に浸かってボロボロになる姿が見たい」と。
なんだかなぁ……これって、友人の言うセリフかよ? おい、Fよ?
思わず本気で笑ってしまった。私もFに対して、まったく同じことを考えていたから。
私はFがドップリ恋に浸かってボロボロになる姿が見たい……と。
ツマラナイ話というのは、どうしてこんなに楽しいんだろう。
ここのところ口を開けば「大事な話」とか「しなきゃいけない話」とか
そういう重たいことばかりを話していたような気がする。
「伝えたいこと」が多くなってくるとツマラナイ話は後回しになってしまうらしい。
伝えたいことが多いという状況ってのは、濃ゆい時間を過ごしているとも取れるので
それなりに良いことだと思うのだが、なんんとなく余裕のなさを感じてしまう。
もっと、もっと、ツマラナイ話をしたいなぁ。
Fをはじめとする関東の友人達に会いたくなってしまった。
延び延びになっている愚弟の手術は今月の21日に決定したので
黄金週間は、さほど「黄金」ではないような感じ。
愚弟が完治したらば、自分のためだけに「御褒美」をあげたいなぁ。
遠い日の御褒美より、とりあえずは目先の週末である。
あと1日頑張らなくちゃということで、今日の日記は、これにてオシマイ。
<追記>
Nさんから電話があった。
おしゃべりな玉子焼きにも負けず劣らずの私なのに、何も言えずに
ただ「うん。うん。そうですね」と頷くばかりだった。
Nさんの元気そうな様子に安心した。
もちろん哀しいし、寂しいだろうけれども
精一杯頑張った人特有の、吹っ切れた感じが見えたのだ。
Nさんに、心から「お疲れ様」って言葉を贈りたい。
それにしても私は、自分の身内が亡くなった訳でもないのに
どうして、こんなに哀しんでいるんだろう……
たぶん、その理由は分かっているんだが、今しばらくは考えないことにする。
Nさんが落ち着いたら、一緒に美味しいものでも食べに行きたいなぁ。
私の住んでいる地域は美容院の激戦区らしくて
通勤帰りともなると、数件の美容院がビラ配りをしている。
シャンプー件だの、割引券だのがついているビラが大半なのだが
今日は面白いビラをもらった。
新人研修中の美容師さんが「カットの勉強をさせてもらう」かわわりに
料金が安くなる……というもので、ちょっとドキドキしてしまった。
私は今のところ髪を伸ばしているけれど
もともとヘアースタイルにポリシーは無い性質なので
新人さんが勉強がてら、適当に切ってもらうには、うってつけの人材かも……と。
そのことを愚弟に話したらば、彼は笑ってこういった。
いくら安くたって、美容師さんの練習台ってことは
髪を茶色とか、黄色に染められる可能性があるってことやで?
いちおう、自慢の黒髪なんやろ? それってマズくない?
なるほど。愚弟の意見はもっともだ。
しかし私は愚弟の誤解を訂正する必要があった。
姉の黒髪は、自慢でもなんでもないんだけど。
1度染めたら、マメに染めないとイケナイのが面倒臭くて憂鬱だから
なんとなく染めてないだけのことで……
愚弟は「そうやったんか」と、少しさみしそうな顔をして行ってしまった。
なんだか意地悪をしてしまったような、後味の悪さが残ったが
だけど事実なんだから、仕方がない。
それにしても愚弟が、そんな目で姉の髪を見ていたとは驚きだった。
「いっそのことスキンヘッドにしたいくらいだ」という私の言葉は
愚弟にとって、ネタだったのだろうなぁ。私は本気なのに。
↑普通の社会生活を営むとなると不可能な話なんだが。
長い髪は男のロマン……ドリームって感じなんだろうか?
そろそろ髪を洗うのも面倒なので、短くしようかと思っていたのだが
もうちょっと、伸ばしてみることにした。
暑い夏を長いまま乗り切れるかどうかは、かなり疑問だけれど。
とりあえず週末に美容院へ行くのは中止である。
今週はあと2日。やけに1週間が長く感じられて嫌になってしまう。
とりあえず、そろそろ寝ようかな……ってことで
今日の日記は、これにてオシマイ。
| 2003年04月08日(火) |
本当の優しさというのは…… |
今日も、一昨日から引き続いてのお話。
一昨日は不覚にも大泣きしてしまって、ちょっと反省しているのだ。
哀しみの席で泣いてしまうのは当たり前のことだと思うが
それも限度ものというか、立場によっても違ってくるというか。
自分が大泣きしておいて、こんなことを言うのはなんだが
「泣く=優しい」というのは間違いだと思う。
涙する人に騙されてはいけない。
もちろん「それゃぁ泣くさ」という場合もある。
↑今回の場合で言うなら当事者Nさんは「そりゃ泣くさ」の人。
私は「なんで、あんたが、そんなに泣くのさ?」って感じ。
泣くというのは、感情のコントロールが出来ない……ってことだ。
それだけ感情的な部分が稚拙であるという結果、そうなるに過ぎない。
泣くというのは、至極独りよがりな感情表現である。
本当の優しさというのは、強さと共に存在するものだと私は思う。
一昨日は、あまりま泣きっぶりにHさんから「大丈夫?」と心配されてしまった。
私も、いい年をした大人なのに恥ずかし過ぎる……
哀しいのも悔しいのも、Nさんが心配なのも
IさんやHさんの方が、ずっとずっと強く感じておられただろうに
彼女達は、ほんの少し泣いただけで、シャンとしておられた。
今まで気を張っていた分だけ、Nはガクッとくるだろうから
メールとか、電話とか、まめにしてあげてね。
Nが、立ち直っていけるように支えてあげないとね。
そんなことを語るIさんと、Hさんこそが本当に優しいのだと思う。
本当の優しさとは、行動をともなってこそのものだと思う。
大切な人を、ちゃんと大切にしてこそのものだと思う。
だからこそ「優しさ」と「強さ」は、いつも同じ次元にあると思うのだ。
強く、優しい人間になりたいと思う。
自分の大切な人を、大切にしていけるような人間でありたいと思う。
ちなみに。後日談だが、今日はHさんからプレゼントが届いた。
私は、こんなに甘やかされ放題でいいんだろうか?
あの人達の中にいると「甘ったれ末妹」の位置でもって温もってしまう。
せめて自分の受けた分だけ、返してゆける人間にならなくては……
今回は自分がこんなにも、まいってしまうとは思わなかった。
Nさんの母上が、そう遠くない日に亡くなるだろうことは
ある程度予想のできたことなのに、色々と思い入れてしまう部分が多過ぎて
ほとほと、まいってしまったのだ……
年を重ねたことで、強くなったと思う部分もあるけれど
年を重ねたことで、逆に弱くなっていく部分もあるような気がする。
とりあえず一連の話は今日で打ち止め。
もっともっと書きたいことがあるような気がするのだけれど
自分自身のために、そろそろ切り替えていかなくちゃなぁ。
明日は週の折り返し地点。気を取り直して、頑張りませう。
……ってことで、今日の日記はこれにてオシマイ。
| 2003年04月07日(月) |
それでも見返りが欲しいのです。 |
今日はNさんの母上の告別式だった……私は行かなかったけど。
最愛の母上が焼かれて、骨になっていくのを
Nさんは、どんな気持ちで見ておられたのかと思うと哀しくてならない。
昨日のお通夜では、不覚にもNさんに釣られて大泣きしてしまった私だが
本当は人前で泣くのは大っ嫌いなんである。なのに駄目だった……
映画やお芝居でなくて、人前で泣いたのは弟の事故をきいて
電車で、1人、さめざめと泣いてしまった以来のことだ。
人は誰もが、いつか死ぬ。それは当たり前のことだし
それも「正当な順番」で死んでいく分には、哀しくても「知れている」と思うのだが
それは亡くなられた時の状況にもよるわけで。
祖母が死んだ時は大泣きしたが、父の時は哀しくもなかったし涙も出なかった。
「死の前後」が、どうあったかによって、その哀しみも違うらしい。
人の死の数だけ、哀しみの数がある……というべきだろうか。
今回は、いくら親しい人だといっても他所のお宅の話なので
詳しい事情を語るのは、憚られるので詳細は語れないのだけれど
Nさんの母上は、苦労して、だけどいつも一生懸命生きてきたタイプの人で
なのに「その報酬が、これかい!」というような事情があったので
私がNさんと親しいから、だから泣けてくる……という以前に
同じ人間として、哀しくてならなかったのだ。
悔しくて哀しい。これが現実だ。
頑張ったからって、いい人だからって、報われるとは限らない
……ってのが現実だと思う。たぶん、その通りだ。
だけど、それは理論上のことであって
感情的なところでは、それでも見返りが欲しいと思ってしまう。
頑張った分だけ、辛い思いをした分だけ、いいことをしてきた分だけ
贅沢は言わないけど、せめて「その分だけ」見返りが欲しいと思うのだ。
Nさんは今夜、眠れぬ夜を過ごされるのだろうか。
それとも泣きつかれて、寝てしまわれるのだろうか。
それを思うと、たまらない……
私は神も仏も「そんなもん、あるかい!」とて信じていない人間だけど
激務ともいえる多忙な中で、Nさんが母上の臨終に間に合ったのは奇跡的で
神様がくれた最後の優しさかも知れないなぁ……と思った。
母上は入退院を繰り返しておられたので
Nさんが仕事で居ない間に、1人で逝ってしまう……という可能性も高かったのに
ちゃんと、間に合ったのは、せめてもの救いだったのか……と。
もしも母上が1人の時に死んでしまったら
Nさんは、ご自分を、きっと責めていただろうと思うだに
そのことに関しては心から良かったと思った。
もしかしたら、一生懸命に頑張りとおしたNさんと、母上に
神様がプレゼントをくれたのかも知れない……なんてことを思った。
神様なんて、これっぽっちも信じちゃいないのに……である。
昨日は、たいそう立派なお葬式で、それが余計に哀しかった。
死んでしまってから、立派なお葬式をしたって意味がない。
やっぱ生きている間に、ちゃんと伝えるべきことを伝えて
するべきことを済ませておかなくては。
人間は、簡単に分かり合えるほど単純な生き物ではないのだから……
Nさんが早く元気になるといいな……と思う。
元気になるには、長い時間が必要だと思うけれど。
そして母上のご冥福を心からお祈りしつつ
今日の日記は、これにてオシマイ。
今日は、Nさんの母上のお通夜へ行ってきた。
「泣かないぞ」と思っていたのに、轟々と泣いてしまった。
駄目・駄目ぢゃん>自分
色々な意味で思うことが多くて、そして哀しかったのだ。
世の中は不公平と、不条理で構成されているように思うよ。
怒りとか、悔しさとか、そういう感情が活躍する場が多過ぎるように思うよ。
私は悲観論者ではないけれど、だけど、そう思うよ。
また。明日にでも思ったことを日記に書くかな。
そんな訳で今日の日記は、これにてオシマイ。
ここのところ、会社の製品カタログ作りをしている。
私はデザインの勉強なんて、生まれてかたこのかた1度もしたことがないし
カタログを作るのなんて、まったく初めて。
しかも会社で扱っている製品のこともサッパリよく分かっていない上に
理数系の勉強は苦手だったので、説明に出てくる計算式どころか
その世界の人なら知っている単位や、ギリシア文字の読み方さえ知らない始末。
なんだかんだ言っても、最終的には印刷屋さんに頼むのだろうが
その「ひな型」を作るだけでも、四苦八苦している。
「いいアイデアがあったら、どんどん提案していいよ」と言われても
そっち方面のことは、とんと苦手だし、私の専門ではないのだ……
などと泣いてみたところで始まらないので、とりあえず頑張っているのだが
今日は大ボスから、切々と言われてしまった。
「カタログは会社の未来を左右する大事なものだから死ぬ気でやってくれ」
悪いが、それは出来んな……
お給料分だけの仕事はさせてもらうが、そこまで仕事に情熱はないし。
……て言うか、そんなに重要だったらプロに頼んでくれたまへ。
せめて、ケチらずに道具を揃えてくれたまへ。
……などと言う言葉を飲み込んで「はぁ」と答える私であった。
ちなみに最近のマイブームはトイレの中で、こっそり
「クソジジイ。クソジジイ。クソジジイ」と心の中で唱えることだったりする。
閑話休題。
ここのところ「書きたいこと」が山積みである。
昨年の10月頃から続いていたサボり癖が嘘みたいだ。……て・ゆ・か。
あの時はサボっていたのではなく意図的に逃避していただけなんだが。
日記を長く続けていくにつれ、自分で書いたものに縛られたと言うか。
いつしか「嫌な話」は、あえて書かないようしていたのである。
これからは、本当に書きたいことを、書いていきたい。
ま。そんな訳で、今日は軽く会社の愚痴など書いてみた。
クソジジイ……もとい大ボスと私は相容れることのない者同士のようで
ある意味において、刺激的な毎日である。
明日はクソジジイのことなどサッパリ忘れて花見を楽しんでこよう
……てことで、今日の日記は、これにてオシマイ。
今朝、通勤電車で本に熱中していたらば
会社の最寄り駅で降りられず、1駅向こうまで行ってしまった。
奈良通勤時代なら、完璧に遅刻というシュチュエーションだったが
幸いにも歩いて行ける距離だったので、問題なく定時に到着。
やっぱり大阪市内っていいなぁ……電車の区間が短いんだ。
なんてことで、感動している場合ではないような気がする。
私は、どうやら電車関係のトラブルが多すぎるようなのだ。
定期券を落とすのなんて朝飯前。
↑転職してからも1度落とした。幸い出てきたけど。
乗り越しや、乗り間違えも昼飯前。
電車とホームの間に足をはめてしまったことだってある。
電車の扉に鞄や服が挟まるのは、不可抗力って感じだが
電車の戸袋(?)に肘を巻き込まれたことだってあるし……
あれは死ぬほど痛かったなぁ。うむ。
要するに注意力が無さ過ぎるのだ。
自分でも、よぉぉぉく分かっているのに、ちっとも改善されないあたり。
注意力欠損の原因は「読書」と「考えごと」である。
「心ここにあらず」だから、そういうことになってしまうのだろう。
もっと、しっかり前を見て通勤したいと思っているのに
どうしても。どうしても出来ないのだ。
これは私の弱点と言っても過言ではないだろう。
明日は午前中、出勤なのだ。
土曜日で人も少ないことだし、穏やかな心持で通勤したいなぁ
……ってことで、今日の日記は、これにてオシマイ。
| 2003年04月03日(木) |
受け入れるしかないのだ……と。 |
今日は、昨日の話の続きをば……とても昨日は書ききれなかったので。
昨夜はレスリー・チャンの大ファンのN嬢と電話をして思ったことなど。
当たり前といえば、当たり前のことだがN嬢のショックは大きかった。
「事故とか、病気だったら、ともかく自殺というのがショックで」
「そんなに辛いことがあったなら、逃げ出したらよかったのに」
N嬢は悔やんでも悔やみきれず……といった風情だった。
ハッキリ言って自殺は数ある死の形の中で、特別な形だと思う。
人の死というのは、いつだって突然だし、突然であるがゆえに受け入れ難い。
だが自殺の場合は、その突然は「故意」のものだ。
そして完璧に、この世を拒絶して行ってしまうのだ。
残された者としては「はい。そうですか」と納得できる道理などない。
自殺は卑怯である。自殺する人はズルイ。自殺する人は弱い……
なんてことが言われるけれど、確かにその通りかも知れないと思う。
「なんかズルイ」って気持ちは、どうしても持ってしまうのだ。
だが……だからって、それを責める気にはなれないんだな。私は。
身内に自殺者がいるからかも知れないが、それだけではなくて。
私は自殺なんてアカンと思っている人間だけど、それは、それとして
「そうするしかなった」あるいは「それもまた生きる上での選択」だと思うのだ。
生きていると、自分の度量では、とても理解できないような人や考え方に出会う。
しかし自分が理解できないから、それが間違っているとは言えない訳で。
そう思えば「自殺」というのも理解できないまでも
それはその人の選択であり、生き方だと思うのだ。
結局は、受け入れていくしかないのだと思う。
そんな選択だったのだ……と。
そうするしかなかったのだ……と。
思えば、人の死に限らず、人間はたくさんのことを受け入れなきゃいけないのだ。
嬉しいことも、哀しいことも、楽しいことも、嫌なことも。
自分の感情とは、まったく関係のない次元で、それらはやって来るのだから。
N嬢には「色々思うことはあるだろうけど、受け入れるしかないと思う」
……なんてことを言ってみた。気休めだってことは百も承知だったけど。
それにしても、自分で命を絶つ瞬間って、どんな感じなんだろうなぁ。
想像してみるだに、かなり淋しい。
自分とは、なんら係わり合いのない人だったとしても。
人として。一切を捨てていくのは淋しくなかったのかな……と。
あるいは。淋しいというよりも、楽になる瞬間だったのか?
そんなことは他人の知るよしもないことなのだが。
まとまりもなく、つらつらと思ったことを書いてみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。
| 2003年04月02日(水) |
レスリー・チャンの馬鹿ぁぁ。 |
今朝、寝惚け頭でネットのニュースをチェックしていたらば
「レスリー・チャン自殺」の報道が出ていて、いっきに目が醒めた。
個人的に好きだった俳優さんの自殺……という訳ではないのだが
東京で1人暮らしをしているN嬢が彼の熱狂的なファンであり
かつN嬢は、精神的に不安定……というか、弱いタイプの人なので
ササッーと血の気が引いたと言うか。なんと言うか。
N嬢も分別ある三十路女なので、後追い……なんてことは思わなかったが
それでも、かなりのダメージは予想されただけに。
朝っぱらから東京のFと、私とN嬢の共通の友人マダムSにメールを入れた。
「知ってるかもしれないけど、昨夜、レスリーが自殺しました」と。
東京のFは人間として、問題アリなタイプだが、こういう時には心強いし
優しくて聡明なマダムSなら、気のきいた対応が出来るだろうと。
「持つべきものは友」というけど、本当になぁ。
夜、N嬢に電話をして、なんだかんだと話をした。
死んでしまった人のことを、どうこう言ったとこで何もはじまらないが
凹んでいる時に話し相手はいた方がいい。
それにしても……彼は「疲れた」と書き残したと伝えられているが
なるほど「疲れた」というのは立派に死ぬ理由だよなぁ……と思う。
もちろん、本当の理由なんて他人が分かるもんぢゃないんだけど。
妙に納得してしまった。人は疲れたら死んでしまうのだなぁ。
レスリー・チャンは、私にとっても、そこそこ好きな役者さんだった。
彼の代表作の『さらば、わが愛 覇王別姫』は大好きな映画である。
同情する気持ちや、惜しむ気持ちはあるのだが
「レスリー・チャンの馬鹿ぁぁ。なんで死ぬのさ。もうちょっと後にしてよ」などと
極めて個人的、かつ感情的な感想を持ってしまった。
私にとって、知らない人の死よりも、友人が凹む方が大問題だし。
とりあえず、さっきN嬢に電話したらば、それなりだったので安心した。
あとは東京のFに任せよう……
そんなこんなで、朝っぱらから1人勝手に草臥れてしまったので
今日の日記は、これにてオシマイ。
「年取ると涙腺が弱くなって、いけない」と言うけれど
あれは本当なんだなぁ……と実感してしまう今日この頃。
今日は帰りの通勤電車で本を読んでいて、うっかり逝きそうになってしまった。
電車の中でボロッと涙を流してしまった日にゃぁ……と気づいて
すんでのところで踏みとどまったが、マジでヤバかった。
どうも涙腺が弱くなっているらしい。それも、かなりひどく。
年を重ねるというのは、それと同時に色々な経験を重ねることでもあるから
経験値のレベルが涙腺の強度を左右しているんぢゃないかなぁ……
「泣きのツボ」が年を追うごとに増えていっているような気がする。
また、逆にそうなってくると実生活では、どんどん泣かなくなるような気が。
……もしかすると泣くべき場面が変わってきているだけで
涙の量からすると、それほど変化はないのかも知れないなぁ。
まったくもって、どうでもいい話なのだが
通勤電車で、そんなことをツラツラと思ったことを書いてみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。