白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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当日記は移転しました。下記で更新を続けています。
引越し先 白い木蓮の花の下で


2002年08月31日(土) 身体を鍛えてみようかと。

8月31日。晴れ。なんだかんだ言って夏もオシマイである。
この夏は、天晴れなまでに仕事ばかりしていたなぁ。
とりあえずは無事に9月1日を迎えることができたのは目出度い。
今日は帰り際に、出勤簿を見てニヤニヤしてしまった。
あと1ヶ月で無罪放免……ではなくて、奈良盆地通勤とオサラバなのだ。

この夏は、疲れが激しくて、参りっぱなしだった。
通勤での徒歩をのぞけば、まったくといっていいほど運動もしていないし
長時間、同じ姿勢で仕事をしているせいか、身体のあちこちが痛くて
情けないことだが「三十路」をしみじみと実感した夏だった。
元気がないと、仕事も遊びも出来やしないのである。
そ〜言えば、ネット生活も淡白の一途をたどっていたし。

そんな訳で、ちょっと反省してみたりなんかして
にわかに身体を鍛えようと思ったりして
3日ほど前から、寝る前にストレッチと腹筋をはじめている。
身体は柔らかい方だと思っていたのに、久しぶりにストレッチをしてみると
なんだかガチガチだし、腹筋だって10回ほどしたらキツイし。
運動不足って言葉を存分に表現した身体……って感じである。
仕事を変わったら、なにか運動系の習い事でもしようかと思いつつ
とりあえずは、小さいことからコツコツと始めている。

それなのに……今日は若手建築士さんから
毎日、往復20分も歩いていたら体力つくでしょうねぇ〜
白蓮さんって、足、速そうだし、ひょっとして、スゴク健康的?
などと突拍子もないこと聞かれてしまった。

「そんなことないって。学生時代は走りはいつもビリだったし」

事実を言えばいいものを、曖昧に笑っただけで否定も肯定もしなかった。
そうさ。これからスゴク健康的になればいいのだ。
今は腹筋だって30回しかできないけれど
コツコツ続けていれば100回くらい楽勝になるかも知れないし
そうなってくると、お腹に筋肉とかついて割れてくるかも知れないし
さらに運動が楽しくなって「ナイス・ポーズ」とか作っちゃうくらい
筋肉ムキムキになるかも知れないし……

まぁ、そこまで言ってしまうと嘘臭い感じだが
近年まれにみるほど「身体を鍛えよう」という気分になっているのだ。
乙女な母からは「いつまで続くやら」と笑われているのだが
今のところは頑張れる……予定である。

今夜も寝る前にストレッチと腹筋をすると、ここに誓う。
でもって、腹筋が50回できるようになったら、また日記に書こうかな。
もしも……いつまでたっても腹筋ネタが出てこなかったら
挫折したのだと思ってくださいまし。
身体づくり宣言をしてみたところで、今日の日記はこれにてオシマイ。


2002年08月30日(金) ヤバかった?

同僚が肩凝りで調子が悪そうだったので肩揉みサービスをした。

私自身、仕事柄、肩は凝る方なので
凝りポイントや、気持ちのいいポイントはなんとなく分かる。
ものすごく揉み上手って程ぢゃないが
まぁまぁの腕前ぢゃないかと自負しているのて゜
「では、揉んでしんぜよう」とて、揉み揉みしてあげた。
確かに彼女の肩は、よく凝っていた。
うんとこしょと、揉んでいたらば、不意に彼女が変な声を出した。

「ヤバっ……」

痛いツボとか押しちゃったのかと思って、ドキリとしたが
彼女の「ヤバイ」はそういう意味ではなかった。
「白蓮さん、ヤバイですよ。上手すぎますよ」
そんな風に喜んでもらえると、揉み甲斐があるってものだが
気持ちのイイ時に「ヤバイ」ってのはどうよ?
などと思ったりして、ちょっと笑ってしまった。

「ヤバイ」ってのは「髪の毛がヤバイ」とか「体重がヤバイ」とか
どちらかと言うと、困ったことに使うことが多いように思うのだが
そう言えば最近、テレビを観ていると
「ヤバイ」を肯定的に使うことが多いように思う。
「ヤバっ。これ、ちょっとハマりそう」とか
「ヤバっ。超タイプ〜〜」とか
丁寧に日本語訳すると「すごく良い」って感じなるのだろうか。

それにしても、気持ち良い時に思わず「ヤバっ」が出てくるってことは
彼女の中では、よほど「ヤバイ」が浸透しているのだろう。
なんてことのないシュチュエーションなのに、妙に受けてしまった。
私も、気持ちの良い時に「ヤバっ」とか呟いてみようかと思ったりして。
気持ちの良い時に「ヤバイ」って言うのは
あんがい一般的なことなのだろうか? 微妙に疑問である。

そんなことより、私も「ヤバイこと」になりに
クイックマッサージにでも行きたいなぁ。温泉とかだと、もっと良い。
でっかい湯船に使って「うわぁぁ。ヤバぁ」とか言ってみたいよ〜な。
ヤバイことになりたいなぁ〜と思いつつ
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月29日(木) 余裕が無いなぁ。

余裕の無さを感じる1日だった。

忙しいながらも、仕事はスムーズにこなしていけたし
自分でも満足のいく仕事が出来たのだけれど
ガツガツしていると言うか、卑しい感じがすると言うか……
懸命に仕事をするのは、いいのだけれども
余白のないような仕事っぷりったのは、どこか見苦しい感じがする。
意思的に働いているのではなくて、機械的に働いているような。

もうちょっと、物事に余裕を持って取り組みたいなぁ〜と思う。
なんだか最近、目つきが悪くなっている気がするし
ギスギスしてるなぁ〜と感じることが多い。
時間のなさを言い訳にしているが、本当にそうだろうか?
……と疑問に思ったりして。
貪欲に生きるのと、ガツガツ生きるのとでは
紙一重でも違いがあるんぢゃないかと思ったりして。

しかし、物事に入魂して取り組まなければ、面白さは感じられない訳で
その辺の匙加減がムツカシイのだなぁ。
少なくとも今の私は匙加減を間違っているように思う。
たぶん、大さじ三杯分くらい。
↑分量に科学的な根拠は無いのだが。

ゆるゆると、ゆらゆらと、生きてゆきたいものだなぁ。

書き言葉にするなら「ゆるゆる」「ゆらゆら」ではなくて
「ビシバシ」「ガツガツ」「ウリャウリャ」ってな日常生活である。
せめて平仮名で「びしばし」ってところまで持ってゆきたい。
……しかし、出来るのだろうか?
大きな疑問が残るのだが、とりあえず試してみるところから。

なんだか、よりどころの無い内容になってしまったけれど
日記も、ゆるゆる仕様ということで、手を抜いちゃおう。そうしよう。
そんなこんなで、今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月28日(水) 違うからこそ響きあう。

お盆休みからプレイしていたPCゲームを7割ほど攻略した。
コンプリートまで頑張ろうかと思ったのだが
今は日常生活で、パツン・パツンだし、9月も忙しそうなので
キリの良いところで撤退することにした。
なので、今日もまたゲームがらみネタを書いておくことにする。

今回プレイしていたのは『はるかなる時空の中で2』という
女性向け恋愛シュミレーションゲームだった。
簡単に攻略できるのでゲーム要素より、物語を楽しむ要素が高くて
これがまた、たかがゲームなのに胸に響く台詞が多かったりした。

今回のプレイでドキッとしたのは
「違う人間だからこそ響きあう」という台詞。
人はそれぞれ違っていて当然なので「分かり合う」のは至難の技。
だからって「人間は分かり合えないし、他人を理解しようなんて傲慢である」
なんて考え生きるのは、なんだか味気ないような気がする。
分かり合えないというのが真理かも知れないが
「違うからこそ響きあう」と考える方が、楽しく生きられるような気がする。
もしも、1人で生きられるのなら、それもアリかと思うのだが
そうぢゃないと思うだけに……
いつも思っていることが、ゲームの登場人物の口で語られた時は
1人、パソコンに向かい、マウスを握りしめながら
「だよねぇ。やっぱ、そ〜だよねぇ」と激しく賛同してしまった

恋愛ネタで使い古されたフレーズだと
「人を好きになって、さみしさを知った」って台詞も良かった。
もちろん、その前後にくる言葉が良かったからグッときたのだけれど。
「さみしい」という感情は、とかくマイナスで受け止めがちだけれども
誰かが好きだとか、繋がっていたいとかいう気持ちがなければ
生まれてこないんだなぁ……なんて事を思ったりした。

しみじみゲームの余韻に浸ったいたらば、ゲーマーNさんからメール。
Hさんの誕生日プレゼントに恋愛シュミレーションゲームを作るのだけど
ちょっと、一肌脱いでくれないか? とのこと。
恋愛シュミレーションゲームを制作するソフトを利用して作るのだとか。
Hさんは、なにかにつけてお世話になっている人である。
そりゃぁ、一肌どころか、スッポンポンになって尽力しましょう。えぇ。
今夜、電話でNさんと密談の予定。
なんだかワクワクしてきてしまった。むふっ。

ここのところ、心身共に停滞気味だったのだが
ちょっと頑張ろうという気になってきた。
某映画評論家の言葉を借りるなら
「いやぁ。ゲームって本当に素晴らしいですねぇ」という感じ。
ゲームに限らず、共鳴する要素というのは
案外、あちこちに転がっているのかも知れないなぁ……と思う。

ゲームで気分転換をしたことだし、明日からまた頑張ろう。
……ってことで、今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月27日(火) 大人とゲーム

私が久しぶりに、ゲームに着手しているということで
先日、ゲーマー仲間(?)のNさんとゲーム話で盛り上がった。

現役のちびっこ達は、物心ついた頃からゲームがある世代だと思うが
私がはじめてゲームに触れたのは、中学生の頃だった。
我が家にファミコンがやってきたのは、発売よりも随分後のことで
ファミコンをテレビに繋いだ日の感動はいまだに忘れられない。
『ドラクエ�機戮覆鵑�が流行っていた頃で
私もご多分に漏れず「復活の呪文」に苦しめられた経験者である。
それ以降、24歳くらいまでは猿みたいにゲームをしていたように思う。
今にして思えば、あの頃は暇だったのだと思う。

社会人になってからも「さあ今日はラストダンジョンを攻略するぞー」とて
帰宅してプレイするのが楽しみで仕方なかった時期があった。
ヲタク街道をブッチギリ……ってなところだ。
イベントをビデオ収録したことも1度や2度ではないし
Nさんの甥っ子さん(当時小学生)にモンスター育成ゲームにおける
幻のモンスターの作り方のレシピを、自慢げに伝授したりして
そりゃぁ、もう大人げのないヲタクな大人だった。

子供の頃からゲームをしてきて思うことが1つある。
大人になって良かったなぁ……と。

子供の頃は「ゲームは1日1時間」なんて約束が決められていたが
大人になってからは、ゲームをして叱られることはない。
子供には「ゲームをし過ぎると目が悪くなる」なんて言っておきながら
夜な夜なパソコンで長時間、ゲームをするお父さんを知っているし
夫と子供を送り出した後、長時間プレイをするゲーマー主婦も知っている。
たぶん、彼らだってゲームの弊害は知っているのだと思うのだが
それでも我慢できないのだろう……だって面白いし。

大人ってのは、本当にズルイ生き物だと思う。

でもさ……大人には、望むと望まざるとに関わらず
ゲームなんてプレイしてる場合じゃないって時期があったりするのだ。
実際、私もゲームから半分足を洗った状態だった。
ここ最近は「ぬるゲーマー」として復活しつつあるのだけれど。
だから……大人はブッチギリでプレイしたりするのだ。
来るべく「ゲームが出来ないほど大変な状況」に備えて……
とかなんとか言いながら、それが言い分けに過ぎないことはうまでもない。

ズルくてもいい。逞しくプレイしてゆきたい。

今日は「たかがゲーム」のセリフに琴線を揺さぶられてしまった。
これはゲームに限ったことではないのだけれど
ごくまれに、自分が今考えていることと
創作物の中で生きている人の考えていることとが合致すると
なんとも言い難い不思議な気持ちに陥ってしまう。
「創作物」ってのは、すべからく生身の人間が作っているものだから
どこか反応しちゃったりするんだろうなぁ……うむ。

なんだか、考えがまとまりきっていないのだけれども
ゲームの余韻にひたりつつ、今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月26日(月) 糠喜び&がっかり

今朝、コンビニでチョコボールを買ったらば銀のエンゼルが出てきた。
生まれてはじめて手にした銀のエンゼル……
「本当にあったんだなぁ」とて非常に良い気分になる。
もしかしたら、今日はイイコトあるかも?
……などと、ムシの良いことを思いつつ仕事体制に突入。

そしてお昼前……派遣社員の建築士さんから、つかぬことを聞く。
「白蓮さんは有給とか使わないの? 俺だったら辞める前に消化するけど」
おおおっ。有給とな? そうだぜ。有給休暇は労働者の権利だぜ。
なのに私は、仕事の忙しさとか、プライベートの忙しさにかけて
有給休暇のことなんて、すっかり忘れてしまっていた。
……って言うか、ぜんぜん使ってないし。有給休暇。

新人CADオペ24歳女子から「白蓮さん、いい人ですねー」と言われる。
しかし、これは「いい人」などと言うものではないだろう。
良い風に言うなら「お人好し」
率直に言うなら「うっかり者」「ぼんやり者」であると思われる。
権利面で保証されていない派遣社員として働く場合
自分が最低、主張できる権利は把握しておくのが社会人の常識だろう。

今回のウッカリは、次に生かすということにして
思ってもみなかった休日が降ってわいてくるというのは、ありがたい。
ここ何日は、日記には「生き物ネタ」など、ご機嫌で書いていたのだが
毎晩、枕をともにしているブタの縫いぐるみのウマソウに向かって

なぁ。ウマソウ。明日は私の代わりに仕事に行ってくれない?
って、言うか、お前の短い足ぢゃ奈良盆地を歩けないしなぁ……
タクシー代あげるから、タクシー乗ってくれてもいいけど?
あっ。そう。嫌なの。だよねー。はぁぁぁぁぁっ。

などと1人ボケ&ツッコミを入れて眠るのが日課になっていたのだ。

早速、派遣会社の担当さんに電話を入れて確認してみた。
私の有給休暇は10日も残っているという。
……ってことは♪ 9月末を待たずして、職場を去れるってこと?
弾む心を押さえられない私に、担当さんは言った。
1ヶ月に使える有給休暇は3日までだ……と。

どうやら私は、有給休暇を有効活用できないまま
ひっそりと職場を去らねばならないらしい。
ガッカリ感を隠し切れないまま席に戻ったらば
月初に分譲住宅の依頼が大量にやってくることを耳にした。
月末は休めない。大量に仕事がまわってくる月初も休めない。
9月の半ばは、引き継ぎの人がやってくるので休み辛いし。

…………あぁぁぁぁ(涙)

仕事のスキを見計らって、有給休暇が使えると良いのだけれど。
自分の迂闊さが恨めしいったりゃ、ありゃしない。
有給休暇の話を聞いた時には、天にも昇るほど喜んだだけに
がっかり感もひとしおである。最後まで働けという天のお告げだろうか?
最近は「糠喜び&がっかり」ってパターンが多いような気がするなぁ。
もっと注意深く物事を考えるようにしなきゃならないなぁ…と思いつつ
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月25日(日) オニヤンマを目撃。興奮した朝。

今朝は奈良盆地の、某駅ホームでオニヤンマを目撃した。
オニヤンマとは、トンボの中のトンボ。
トンボの王者と呼ぶに相応しい、それはそれは立派なトンボである。
でっかい身体でもって、悠々と飛ぶオニヤンマをみて、私は……

にわかに興奮してしまった。

子供の頃、私はトンボを捕るのが大好きな子供だったが
主力はアカトンボ、シオカラトンボという小さいヤツらばかりで
ギンヤンマ、キンヤンマは、大物。
オニヤンマなんて、それこそ超・大物だったのだ。
ちなみに私は生まれてから1度もオニヤンマを捕まえたことがない。

虫捕り網と籠を持っていたらば……
出勤途中でなかったなら……
あの大物を捕まえることが出来るのに!!
湧き上がる衝動を抑えながら、私はオニヤンマが去っていくのを見送った。

もちろんオニヤンマを捕まえたからって
私は死体&死骸が大の苦手なので、標本にする訳もなく
だからって、虫を育てる趣味もないので
たぶん「捕まえた」という満足感を味わったら逃がしちゃうのだろうし
逃がしちゃうなら、捕まえる必要はないような気がするのだが
それでも、この手で捕まえてみたかったなぁ〜〜
↑遠い目をしてみたり。

ちなみに、オニヤンマ目撃現場で興奮していたのは
私と、幼稚園児と、50歳くらいのオヤヂの3名だけだった。
幼稚園児は「わぁ。すげ〜。デッカイ、トンボ〜」と大騒ぎしていた。
50歳くらいのオヤヂは、見ず知らずの幼稚園児に向かって
ボソッと「オニヤンマや…」と呟いていた。
私は、ムッツリ・スケベのごとく1人でドキドキ感を満喫していた。
もしかしたら、他にもムッツリと喜んでいた人がいたかも知れないが
恐がって逃げてしまった人も数名いた。
オニヤンマはデッカイだけに、ちょっと恐いってのも分かる気はする。

昨日に引き続いて、今日も生き物ネタである。
なにも私は生き物観察をしに奈良盆地へ出かけている訳ではないのだが。
うひょひょ。今日はいいもんを拝めてラッキーだった。
地味に暮らしていても、それなりにイイコトは飛び込んでくるらしい。
ビバ・奈良盆地!

興奮していないで、お風呂に入って早く寝よう。
明日も奈良盆地歩かなきゃならないのだし。
……ってことで、今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月24日(土) 道端で……

今日は奈良盆地の道端で、知らないおぢさんに声を掛けられて
とっても恥かしかったです。
知らないおぢさんは「どうしましたか? 大丈夫ですか?」と言いました。
その時、私は道端にしゃがみ込んで、子猫の兄弟と遊んでいたのです。
おぢさんは私が気分が悪くてしゃがんでいるのだと思ったようでした。
心優しい、善良なおぢさん。
心配してくれてありがとう。吃驚させちゃってごめんなさい。
私も、もう三十路なので今後は自分の行動に気を付けようと思います……

ひやぁぁぁ。マジで恥かしかったです。
仕事の帰り道、道端で子猫を3匹も発見しちゃったのですよ。
兄弟で楽しげに遊んでいて、少し離れたところで母猫が様子を見ている
なんちゅ〜、のどかな光景を前にして
知らんぷりして通り過ぎることができましょうか?
できる訳ありませんとも。触りたいと思っちゃうぢゃ〜ありませんか。
で、夢中になって遊んでいたらば、後ろから声を掛けられたのでした。

おぢさんと目があった瞬間の気まずかったことと言ったら!
おぢさんも、気まずそうな顔をしておられました。
私は「すいません。大丈夫です」って言ったのですが
おぢさんは、何事もなかったかのように立ち去ってゆきました。
……そうですよね。そりやぁ、そうです。
女性が道端でしゃがみ込んでいたら、貧血だかコンタクトを落としたか
そ〜ゆ〜風に思っちゃいますよね。
知らんぷりして通り過ぎなかったおぢさんは
本当にいい人なのだと思います。

いい人に、気まずい思いをさせちゃって
今日は本当に申し訳ないなぁ……って思いました。
……って言うか、道端でしゃがみ込むのは、もうやめようと思いました。
これがもし、人通りの多い街中だったら
子猫を発見したからって、しゃがみ込んだりはしなかったと思うのですが
あまり人も通らない、静かな通りだったので、つい、うっかり……
大人としての自覚が足りないです。えぇ。

マリアナ海溝よりも、深〜く、深〜く反省してみたところで
今日の日記はこれにてオシマイ。

<今後気を付けようと思うこと>
*道端で、やたらと動物に手を出さない。
*道端の雑草を摘まない。
以上、2点、気を付けます。


2002年08月23日(金) マイナス・イオンのドライヤー

遅ればせながら……ってな感じだけれど、次のお給料が出たら
マイナスイオン効果のあるドライヤーを買おうと思う。

いま、ロングヘアーを夢見て髪を伸ばしている最中なのだが
そろそろ伸ばすのが嫌になっているのだ。
髪を洗うのはともかく、ドライヤーで乾かすのが面倒臭いのだ。
私は髪が多い性質なので、けっこう時間が掛かったりする。
ドライヤーに費やす時間の長さを考えただけで、憂鬱で憂鬱で……
しかも、髪が長くなるにつれ、ドライヤーに費やす時間も長くなってくる。

だが、切ってしまったら、いつまでたっても髪は伸びないんである。
ここが我慢のしどころ。だが切りたい。面倒臭い。憂鬱だ。
……ってな訳で、新しいドライヤーでも買って気分を一新しようかと。
幸いにも、今使っているドライヤーは
そろそろご臨終っぽい雰囲気なのだ。
で、どうせ新しいドライヤーを買うのであれば流行物にしようかと。

マイナスイオン効果のあるドライヤーを使うと
髪がツルツルになるという噂を耳にした。
それが本当なら、なんだか面白そげな感じぢゃぁないか!
ドライヤーをするたびに、髪がツルツルになるのなら
憂鬱なドライヤーも、ちょっとくらい楽しくなるんぢゃなかろうか。
髪がツルツルになって、ドライヤーするのも楽しくなったら一石二鳥である。
なんて素晴らしいアイデアなんだろう♪
↑自分の思いつきに自画自賛。

しかし問題なのは、ドライヤーの効果である。
そりゃぁ、効果がなかったとしても、ドライヤーには違いないのだから
普通のドライヤーとして使っていけばイイってものなのだが
期待して外しちゃうと、がっかりするだろう。
ここは1つ、リサーチをした方が良いかも知れない。

……って言うか、もっともっと考えなければならないのは
ドライヤーを新調してまで髪を伸ばす必要があるのか?
今の時点で面倒臭がっていて、さきゆきは大丈夫なのか?
……ってことなのだが、今は考えないでおこうと思う。

私のお給料は月末払い。それまでに、調べてみよう。
どうしてもイマイチそうだったら、ドライヤーを買う予算で
髪を切りに行ったって良いのだし。
どんな選択をするのかは月末のお楽しみということで
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月22日(木) 事実を知って軽〜くのけぞる。

今日は愚弟の診察&検査日だった。
定期的にリハビリだの診察だのはしているのだけれども
今日は、主治医と少しばかり込み入った話をしたそうな。
春先に愚弟が自家移植した神経は順調に育っているらしい。
治療が完成すれば7割がたの機能が戻ってくるという話も
実感として感じられるのは非常に嬉しい。

愚弟が事故にあったのは7月13日のことだったから
療養生活に入って、すでに1年以上が過ぎた訳である。
なんだかんだ言っても、頑張ってきただけの成果はあるということだ。

愚弟は、主治医に治療の予定をあらためて聞いてみたそうな。
義指を作って、治療が完了するのは、いつぐらいになるのかと。
次の手術が9月〜10月に予定していて
さらに、もう1度、手術をしなければならないとなると
やはり先行きの目途というものは知りたいってのが人情である。

そして主治医は言ったとさ。
来年の春頃になる……と。

私は帰宅して愚弟から、その話を聞いて、軽〜く、のけぞってしまった。
春ってか? 萌え出ずる春になりにけるかも…ってか?
先日、あと2回手術をしなければならないと知った時
なにやら嫌〜な予感がしていたので、さほどショックではなかったのだが
なんとなく騙まし討ちに遭ったような気がした。

思えば……去年の7月末だったか、8月の初旬だったかに
指を残すなら1年の治療。切断するなら、すぐ終わるけれどどうしますか?
という選択を迫られた時に「1年」という覚悟はできていたのだが
まぁ、それが、半年ばかり伸びたって訳で
ど〜こ〜騒ぐような問題ぢゃないのだが
「そんなに長引くなら、もっと早く教えてくれよ」と思ったり。

だが、よくよく考えてみれば
愚弟の治療が完了するのが来年の春だってことを知っていたらば
私は、この秋に仕事を辞める決意をしなかっただろうと思う。
「仕事しんどい」「通勤キツイ」と愚痴りながらも
とりあえず愚弟の治療の目途が立つまで、頑張っていたように思う。
少なくとも、もう次の契約更新のハンコは押していただろう。
そう思えば、今、知ったのは良かったのかも知れない。

親しい友人達に「9月末で仕事を辞める」と言ったらば
今まで頑張ってきたんだし、ゆっくり休みなよ〜〜
一家の大黒柱も、そろそろ返上させてもららなきゃね♪
……とて、温かい祝福の言葉をもらったものだが
大黒柱返上の儀は、来年の春までお預けになってしまったようだ。
こうなってくると、落ち込むとか、ブルーになるというよりも
1年も、1年半も、変わりゃしないや…ってな気分である。
とりあえず、仕事を辞めたら派手に遊ぼう。
……で、もって半年先まで頑張るエネルギーを貯蔵するのだ。

楽しみは後に取っておくって方向で
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月21日(水) イベント時の贈り物。

仲良しの掲示板で「近頃の大人は贅沢だね」という話をした。

話の発端は「父親への贈り物」って選ぶのがムズカシイってことだった。
私も父が存命中は、誕生日や父の日の贈り物には頭を悩ませたものだに。
よほど多趣味な人でない限り、中年男性へのプレゼントはムツカシイ。
財布、キーホルダー、ネクタイ、ポロシャツ……
定番ネタを使い果たしてしまったが最後「手詰まり」になってしまうのだ。
日々、仕事に明け暮れる「お父さん」って人達は
物よりも「休暇」が欲しいんだろうなぁ……みたいな。

また、同様に「祖父母への贈り物」ってのも選ぶのがムズカシイ。
子供の頃なら、耳掻きだの、孫の手だの、湯飲みといった
お年寄りアイテムを贈っていれば良かったのだが
大人になると、そう幼稚な手は使っていられない。
そして、厄介なことに祖父母という人達は遠慮深かったりするので
何が欲しいかと聞いても「気持ちだけで」なんてことを言うのだ。

これが母の日になると、同性ゆえに、プレゼントのネタはそれなりにある。
女性の場合は「身を飾るもの」を選んでおけば、あまり外れにはならない。
仲の良い母娘だと「レストランで食事をご馳走する」なんて手段もある。
↑私は使った事のない手だが、これが定番という友人がいる。

だいたいからして、日本には行事が多すぎるのだ。
父の日、母の日、敬老の日、クリスマス、誕生日。
これだけのイベントをこなしていくとなると、なかなか厄介である。
父の日はネクタイ、クリスマスは財布、誕生日はどうしよう?
……ってな事態に陥っちゃっても不思議ではない。
贈り物をしなくても非難されることはないと思うのだが
相手の期待がある程度理解できるだけに
「今年はやめとく」ってな訳にはいかないあたりが辛い。
そして、いまいちイケてない贈り物をしても
「行事に参加した」ということで喜んでもらえると分かっていても
できるなら、ヒットを飛ばしたいと思うだけに悩ましいのである。

世間一般の人々は、どう思っておられるのだろうか?
やはり私や、私の仲良しのように「困った。困った」と思いながら
毎年、頭を悩ませておられるのだろうか?

もうすぐ敬老の日がやってくるが
祖父母を持つ日本の善男善女は、なにを贈るのだろうか?
でもって、何かを贈られる祖父母のみなさま方は、なにを思われるのだろう?
微妙に気になるところである。
もし私が、母の日、あるいは敬老の日に贈り物をもらう立場になったなら
たぶん「気持ちだけで嬉しい」と言うのだと思う。
そう言うけど……「なにもなし」だったりしたらサミシイだろうなぁ。
「そんなもの辞めちゃえばいいのに」と言えないジレンマがある。

ちなみに乙女な母は自分の欲望に忠実な人なので
毎回、イベントの折には自分の欲しいものを言ってくれるので助かる。
私がイベントに贈り物をもらう立場になったなら
せめて「なにが欲しい」と聞かれた時には
欲しいものをちゃんと言う人になろうと思う。
子供や孫の受けを狙って「愛が欲しいよね」なんてことは言うまい……

イベント時の贈り物について考えてみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。

<遥か2プレイ覚え書>
とりあえず20種類あるEDのうち、10種類を攻略。
大雑把にプレイしたので、見ていないイベントが多い。
2回目のプレイは、また来週。
お気に入りキャラの攻略も来週までおあづけ。


2002年08月20日(火) ありきたりのこと。特別なこと。

今日は、1つ訃報を聞いた。
ネットで知り合った方のお父様が他界されたとのこと。
簡なお悔やみメールを書きながら、色々なことを考えてしまった。

思えば……
人が死んだり、生まれてきたり、病気をしたり……ってなことは
誰もが避けては通れないことであり、決してめずらしい出来事ではない。
毎日、どこかで誰かが死んだり、生まれたり、病気になったりしているのだ。
そう思えば、それらの出来事は「ありきたりなこと」だと言える。
だが、それは紙の上の理論にしか過ぎなくて
自分や、自分が係わる人々に、それらの出来事がおこった場合は
「ありきたりなこと」ではなくて「特別なこと」だと思う。

実際、そういう出来事に直面したとき
「って言うか、あたりまえのことだしねー」なんて事が言えるはずもなく
傷ついたり、凹んだり、哀しくなったりするのだ。
遠い国で戦争があって罪も無い子供達が死んでいるってなことを聞いても
「あぁ、可哀想にな」と思う程度の気持ちしかおこらないのに
身近な人が亡くなったら可哀想、云々よりも、哀しい気持ちが湧いてくる。
それは理屈でも、理論でもなく感情の問題だと思う。心の問題というか。

衝撃的に悲しい本を1冊読んで、その世界に浸るよりも
自分と親しい人が凹んでいたりする方が、ずっと悲しいし
ファンを名乗るほど好きな役者や、作家や、歌手が結婚するよりも
見知った人の結婚の方が、よほど祝福できる。

自分の周りで起こる出来事は、すべて「特別なこと」なのだと思う。
それが世間的に見て、ありきたりな出来事であったとしても……だ。

つらつらと、そんなことを考えてしまった。
なにげに理屈っぽいモードが走っていて恥かしいなぁ。
そろそろ退散しよう…ってことで今日の日記は、これにてオシマイ。

<私信>
心からご冥福をお祈りしています。


2002年08月19日(月) 美少年ゲーム♪

先週、めちゃめちゃ久しぶりにゲームを買った。
「プレイする時間なんてあるんだろうか?」と危惧しながらも
うっかり買ってしまったのは魔が差したのだと思う。

私が買ったのは『遥かなる時空の中で2』という美少年ゲームで
『信長の野望』だの『三国志』だのといった硬派なゲームを作っている
光栄というゲーム会社が制作した
腐女子…もとい、オタク女性向けのゲームである。
世の中には「ギャル・ゲー」だの「エロ・ゲー」だのが氾濫しているが
どれも男性向けに作られていて、不満を感じていたものだが
最近は女性向けの美少年ゲームも、ちらほら発売されているらしい。
書店のゲーム雑誌コーナーには『電撃 姫』だの『萌王』だのにまじって
『電撃 若』なんて雑誌があったりする。
初めて見た時は店頭で「若って、どうよ?」と呟いてしまったが
こ〜ゆ〜ものは、目的がわかりやすいタイトルの方がイイのかも知れない。
その辺のネーミングセンスは、スポーツ新聞の見出しや
アダルトビデオのタイトルにも通じるところがあるように思う。

ゲームなんて、所詮はバーチャルな世界に過ぎないが
ひと昔前は、アニメや映画でしか実現できなかった世界を
ちょぴっとだけ、自分の意志でもって動かせるってあたりは魅力的である。
ストーリーや、操作性や、ビジュアルや、音楽といった
複合的な要素が1つになって完成するってあたりは
映画なんかにも通じるところがあるように思う。

ちなみに……嬉し恥かしでウキウキ買ったゲームは
お盆休みの時に、ダダダーッとプレイしたきりで
ウィーク・ディには、ほとんど手をつけられないままでいたりなんかする。
昼休みに職場の裏の書店で、攻略本まで入手しているというのに……
この休みは、心ゆくまでプレイしたいと思う。
↑慌てなくても仕事を辞めたら、思う存分プレイできるのだが。
私はゲームをこよなく愛しているが、ゲームってのは
けっこう、まとまった時間がいるってところがネックである。
読書は電車の中でもできるけれで
ゲームは家ぢゃないとプレイできないしなぁ。
今回は贔屓にしているシリーズの美少年ゲームを買ったのだけれど
やりがいのある育成ゲームか
凝ったストリーのアドベンチャーをプレイしたい。

まずは、手に入れたばかりの美少年ゲームをコンプリートするところから。
むふふふっ。ゲーマーの血が騒ぐなぁ。
明日のプレイを気待しつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2002年08月18日(日) 知らない間に立派になっちゃってさ。

昨日から、今日にかけて24時間テレビがやっていたのに
私はちっとも知らずに、帰宅して乙女な母に言われて初めて気が付いた。
「今年もT君がテレビに出てたよ」と。

T君は、私が学生時代ボランティアに行っていた施設で知り合った。
その当時のT君は赤ちゃんから卒業したばかりの幼児だった。
歩くことどころか、立つことも出来なかったT君は
しかし「人に甘える才能」が、やたらとズバ抜けていた子で
「大人になったら、ぜったい女の子泣かせる男になるねぇ」と思うくらい
甘えるコツを知っている子で、看護婦さんや保育士さんに大人気だった。
もちろん、私もT君が大好きで、当時はよく遊んだ仲なのだ。

T君は私のことを忘れているだろうけれども
私はT君のことを、よ〜〜く覚えている。
体調が悪くて、帰宅許可が出なくて、めそめそ泣いていてたこととか
看護婦さんに内緒のイタズラに目をつぶったこととか
お気に入りの絵本も、甘える時の、とっておきの声も……
ラブリー&プリティーな子だったので、よ〜く覚えているのだ。
↑あくまでも私の中ではラブリー&プリティーだったってことだが。

昨年、なにげ〜に24時間テレビを観ていたら
成長して少年になったT君が出てきたのだ。
昨年はテレビで観たT君は、寝たきりではなく車椅子に乗っていた。
甘え上手は相変わらずで、色々な人から愛されて暮らしているようで
なんだか、しみじみ嬉しかったのだが
今年、24時間テレビに出たT君は、1人で歩けるようになっていたという。
抱っこばかりをせがんでいた、甘えん坊のT君が
歩けるようになっただなんて、感激してしまった。
子供の成長って早いなぁ。知らない間に立派になっちゃってさ。
↑その分、私も年を取っている訳なんだが。

ほんの短い期間、成長を横で見ていた子供でも
元気に大きくなってるのって、嬉しいことだなぁ〜と思う。
T君だけぢゃなくて、あの当時知り合った子供達が
元気に大きくなってくれているといいなぁ……と思う。
なんだかんだと楽しく遊んだ仲間なんだもん。
逢うことはなくても、元気でいてれると嬉しいってもんだ。

あの頃は、毎日遊び暮らしていたよなぁ
……とか思い出したりしてしまった。
いや、ほんと。ちびっこ達に遊んでもらっていたのだ。
思えば、一緒にドラゴン・ボールごっこをした少年は
今ぢゃ「ムツカシイお年頃」だったりするんだなぁ。
どんな風に大きくなっているのやら。

今日は、しみじみノスタルジー・モード。
それにしても、嬉しい知らせが聞けて良かった。
良かった×2ってことで、今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月17日(土) 「女子的つきあい」について。

私は生まれてこのかた30年、女性として生きてきたが
「女子的つきあい」は、ほとんど経験がない。

男性には「女子的つきあい」ってのがピンとこないかも知れないが
いわゆる「一緒にトイレに行く」ような
比較的ベタッとした人間関係のことである。
男性に言わせると「なんか変」ってなところだろうが
女性には、当たり前のように存在するのだ。
正しくは女性というよりも、むしろ女子(じょし)の中の存在なのだが。

私の友人には「女子的つきあい」をする人はあまりいない。
そんな訳で私は「女子的つきあい」のシキタリを知らないで現在に到る。

だが、現在の私は「女子的つきあい」を余儀なくされていたりする。
新人のCADオペレーターが、いかにも「女子」って感じなのだ。
彼女は私より、6つ年下ってこともあってか
なんか……こう…小猫のように、すりよってくるのだ。
お弁当も一緒♪ 休憩も一緒♪ いつも一緒♪
↑流石にトイレは1人で行けるようだが。
慕ってくれる子は可愛いと思うけれど、ちょっと面倒に思ったりする。
もちろん、仲良くやっているのだが
なんか、こぅ、相手のテンポに振り回されているような感じ。

観察してみると、友人にはいないタイプの発想をしたりするので
なかなか興味深いのだけれども「いつも一緒」ってなノリは
ちょっと、疲れるなぁ……と思ったりする。
ここのところ、夏バテモードに入っているので、なおさらである。
昨日は、昼休みに眠くてたまらなかったので
喋りたそうな新人さんに「ごめん、昼寝させて」と言い残して
1人でお昼寝体制に突入してしまった。

新人さんとは、期間限定の短い付き合いなので
それなりに仲良くやっていけるようには思うけれども
考えてみると、新しい職場で「女子的つきあい」がないとも限らない。
思えば……今までは好き放題に、大らかに暮らしていたなぁ。
今のうちに「女子的つきあい」の極意を習得した方が良いのかも。
私、ちょっとガサツなところがあるので
「女子」の微妙な心を読み取れないのがネックである。

ちなみに「乙女」と「女子」は似ているようで似ていない。
これもまた、やたらと微妙な感覚なのだが
決定的な違いは群れ(集団)を作るかどうか……ではなかろうか。
乙女は、1人でも乙女でいられるが
女子は「女子達」という集団でこそ、その力を発揮する。

「乙女」と「オナゴ」と「女子」は、同じ女性であっても
まったく異質な生き物であるといっても過言ではない。
ぐるりと周りを見渡してみるだに
色々なタイプに分類されるから興味は尽きないのである。

講釈はさておき、しばらく「女子」と仲良くやっていこうと思いつつ
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月16日(金) 銭湯の味。

ここところ、アルコール抜きの清らかな生活を送っている。
ドクター・ストップが掛かったとか、そ〜ゆ〜訳ぢゃなくて
アルコールを飲んでも「美味しい」と思わないし
それより、何より飲みたいかも思わないのだ。
先日、食事に出掛けて飲んだワインは美味しいと思ったけれども
それ以外では、ほとんど飲んでいないのだ。
お風呂上りのビールでさえ「うへぇ」って感じだったりする。

どうやら、体調が落ち込んでくるとアルコールはいらなくなるらしい。
ちょっと前まで、グラスを凍らせてビールを飲むのブームだったのに
あの頃のトキメキよ、今ひとたび……ってな感じである。
まぁ、アルコールなんて無理に飲む必要はないのだから
飲まなくたって、そうそう困るものではないのだが。

そんな訳で、お風呂上りにビールを飲まない分
牛乳を飲んだり、西瓜やブドウを食べたりして
まるで夏休み中の小学生のような今日この頃。
「牛乳は腰に手をあてて飲むべし」とか言いいながらも
あんなに美味しいと感じたものが、美味しく感じないということに
不思議を感じたり、恨めしく思ったりしている。

味の好みも、ちょっと偏り気味らしくて
↑だからって妊娠したとか、そ〜ゆ〜訳ではない。
昨日など「お風呂上りに飲んだら美味しいかも」などと思ったりして
「三ツ矢サイダー」を買ってしまった。
思えば「三ツ矢サイダー」を飲むのは
かれこれ5年以上ぶりのことだった。
お風呂上りに飲んだ「三ツ矢サイダー」は懐かしい味がした。
銭湯の味……ってところだろうか。
もっとも私にとっての銭湯の味は「みかん水」なのだが。
フルーツ牛乳や、ラムネも好きだったなぁ……
銭湯には、ちょっとキッチュな飲み物が沢山売っていて
お風呂上りに、何か飲ませてもらえるのが楽しみだったように思う。

乙女な母が「みんなの食欲が戻ったら焼肉でも食べに行こう」と言うのだが
食欲はもちろんのこと、ビールが飲めるようになるまで
ちょっと待っていてもらうことにした。
焼肉のお供に三ツ矢サイダーや、バヤリース・オレンジでは
やはり、サミシ過ぎるではないか。
やはり焼肉にはビールでしょう。そりゃぁ、もう。
飲めない体質ならともかく、そうぢゃなければ、やっぱりビールだと思う。

ちなみに今夜のお風呂上りには、冷たいお茶を飲む予定。
お盆明け初日の今日は、仕事も「そこそこ」のペースだったが
調子が出なくて、くたびれた。やっぱ休み明けはキツイ。
美味しくビールが飲めるようになるのを心待ちにしながら
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月15日(木) 『ベント 堕ちた饗宴』を観たりして。

お盆休み、最終日。レンタルビデオで『ベント 堕ちた饗宴』を観た。

第二次世界大戦のドイツでユダヤ人が強制収容所に入れられて
虐殺されたというのはは周知の事実だが
ユダヤ人と同じように、同性愛者も強制収容所に入れられていたことは
ユダヤ人虐殺ほど知られていないのではないだろうか?
『ベント 堕ちた饗宴』はその時代に生きたゲイの男性の物語だった。

題材が、題材なだけに「痛そうな話だなぁ」と予想していたが
痛いと言うか、キツイと言うか……感想が書きにくい作品だった。
涙と感動の物語というよりも「人間って…」
って呟いてしまいたくなるような
色々と考えさせられる内容だった。

人間って、恐ろしいほど自分勝手にもなれるけれど
誰かを想って「あんなこと」とか「そんなこと」もできたりなんかする
摩訶不思議な存在なんだなぁ……と思った。
恋人を死なせてしまった主人公の「愛」は自己愛の方が勝っていたが
強制収容所で主人公が見せてくれた「愛」は、自己愛ではなかった。
同じ人間が、いつも同じ結果を導くとは限らない訳で……
人間には計り知れない何かが秘められているのかと思ったり。
「いい」とか「悪い」とか、そ〜ゆ〜判断ってのは
簡単に出来るものぢゃないなぁと思ったり。

ちなみに、映画として面白かったかどうかを問われたら
キッパリと「面白くなかった」と言える類の作品だった。
言いたいことは良く分かったのだが
無駄が多くてダラダラした印象を受けた。
舞台作品を映画化したものだと聞いているのだけれど
もしかしたら舞台の方が良かったのかも? と思ったりした。
面白くなかったのにも係わらず、映画に込められたエッセンスというか
「言いたいこと」が分かるだけに、捨てきれない感じがした。
こ〜ゆ〜作品は「感想を書く」よりも、誰かと語りたいなぁ…と思った。
このテの作品が大丈夫な友人に「観てくれ」とお願いしてみようと思う。

とりあえずビデオの話は、この辺でおいといて。

お盆休みと浮かれていたが「アッ」と言う間に終わってしまった。
思えば、いつもの休みプラス1日しかなかったのだ。
まったくもって、休み足りないままに終わってしまった感じがする。
それでも、自分のことも、それなりに出来て良かった。
食事にも行った。ビデオも観た。PCゲームを買って、プレイもした。
そこそこリフレッシュしたことだし、休み明けも頑張っていこう。
……ってなことで、今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月14日(水) こともなげに生きる。

今日は大きな虹を見た。
「虹の根元には宝物が埋まっている」なんて西洋の言い伝えを思い出す。
濡れネズミで、最悪の気分が、虹を見て最高の気分になる。
虹を見ると、なんだかイイ事がありそうな気がする。
滅多に見られるものぢゃないだけに、たまに出くわすと嬉しい気分。

昨日、今日と「ちょっと考えちゃうなぁ」ってな話を
立て続けに、2つ、3つ、聞いた。
なんちゅ〜か。ありきたりな日々を送ることのムツカシサを考えてみたり。
毎日がハッピーってのが理想だが、そうでないことが多過ぎる。

大好きな漫画作品の中で
親が嫌いで、人生にも嫌気が差して、自殺しようとした高校生の少女に
中年の男性が彼女に説教するシーンがあるのだが
彼の言葉が、妙に思い出されてしまった。

きみが、わずか17年やそこら生きただけで
死にたいと喚くような世の中を
きみよりも、ずっと長く生きてきたというだけでも
きみの、ご両親は立派なのだ。
……ってセリフだったと思う。

なんちゅ〜か。ありきたりに、こともなげに、飢えることもなく
それなりに暮らしていくって、案外大変だよなぁ…って思う。
それなのに、みな平気そうに暮らしているんだから偉い。
平気って訳ぢゃないかも知れないけれど
平気そうにしてる……ってところが大人ってことなのだろう。
そう思うと、道を歩いている大人がみんな偉く見えてしまったりして。

今夜は、急遽、Iさん、Nさんと食事に出掛けた。
食事はイマイチだったが、色々と話が出来て良かった。
Nさんのお母様は、ただいま入院療養中。
なんちゅ〜か、こう……大変そうである。
やっぱり、家族が入院するって大変なんである。
お金も、身体も、気も使う。
手っ取り早い解決があれば、いいのだけどなぁ……
Nさんのお母様が、早く落ち着いたら良いのになぁ……
万事、上手くいくと良いのになぁ……
なんて思うばかりで、ど〜にも、こ〜にも出来ないのだが。

落ち込んでいるとか、ブルーに苛まれている訳ぢゃないのだが
「みんな大変なのに偉いよなぁ」なんてことを
昨日と、今日は、思ったりしたのだった。
まぁ、実際のところ、私自身も、それなりに大変なんだが。
大変でないと言えば、ぜんぜん大したことはないような気がしたりして。

なにやら、いつにも増して、まとまりのない文章になったけれども
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月13日(火) 仏の愛も金しだい?

今日は朝から、お買い物に出掛けた。

明日は、お坊さんがお参りにくるので仏壇周りのディスプレイ用品を買う。
仏壇の花。牛と馬を制作するためのキュウリとナスビ&おがら。
それにお供え用の果物を色々と買い込む。
お供えといっても、最後は自分の口に入るので食べたい果物を選んだ。
マンゴーとか、ゴールデン・キーウィ、パパイヤ……その他諸々。
仏壇には似合わないトロピカル・フルーツがメインなのはご愛嬌。
せっかくの機会なので、日頃、食べつけない物が食べたいのだ。

買い物の帰り道、おばぁの居るブドウ屋で、ブドウを送る手配をした。
送り状を書いて「ぢゃぁ、よろしくおねがいします」と店を出ようと思ったら
「ちょっと、姉ちゃん」とて、おばぁから呼び止められる。
おばぁは、売り物のブドウを一房、ビニール袋に入れてくれた。
オマケとのこと。ラッキー♪ 仏壇前の果物が1つ増える。

帰宅後、四苦八苦しながら牛&馬を制作して、果物を並べた。
戴いたお供え物なども、仏壇前に並べて、花を飾って準備完了。
私にとっては、家で迎える2度目のお盆だが、面倒なことこの上ない。
ほんのちょっぴりでも信仰心があれば、そうでもないのかも知れないが
私の場合「なんで、こんなことしなきゃならないんだろう?」と思ってしまう。
仏教的には、お盆には死んだ人が帰ってくる……らしいが
「もう死んぢゃったことだし、あちら側で、ごゆっくり」
……と思わずにはいられない。

それなのに、あえて形式に従っているのは
乙女な母の意向と、ぶっちゃけた話「世間付き合い」を考えてのこと。
日本の社会で生きていく上で、必要な行事ならば
大人しく従っておこうか……みたいな。
面倒臭くても、仏教行事をすることで、人間関係が円滑にゆくのなら
これくらいの面倒は我慢しなきゃいけないのだろうと思う。

余談だが、仏壇に飾る花は、お盆になると普段の倍の値段に跳ね上がる。
ちょっぴり理不尽を感じつつも、仕方なく買っているが
そもそも仏壇の花は、仏の袈裟を象徴しているのだとか。
袈裟=仏の懐=仏の愛(仏教的には慈悲)ってことらしい。
↑高校の授業でならっただけなので、出典は不詳。
思わず「愛もお金で買えるのね」なんてブツクサ言ってしまった。

なんとなく用事をしたぞ……ってことで、プチ・ご褒美として
夕方、レンタル・ビデオを借りに行った。
1年半以上ぶりに行ったので、会員カードが切れていて驚いた。
夜はビデオでも観ながら、ゆっくり過ごそうと思う。

そんな、こんなでお盆休み初日終了。
……ってことで、今日の日記も、これにてオシマイ。


2002年08月12日(月) もしも肉親でなかったら。

14日は、叔母夫妻が、お盆のお参りに来てくれるらしい。
そんな訳で、この三連休の中日は
家族サービス・デイってことに決定してしまった。
もっとも、14日は叔母夫妻が来なかったとしても
お坊様のお参りがあるので家にいなければならないのだが。

叔母は、乙女な母より5歳上の実姉で、隣の市で暮らしている。
乙女な母と、叔母とは
叔母・乙女な母・叔父という兄弟構成なので2人きりの姉妹なのだが
叔母と、乙女な母は、あまり仲良しという感じではなさそうだ。
仲が悪いという訳ではないのだが、気が合わないのだと思われる。
叔母はPTA会長……って雰囲気のある、よく出来た人で
妻としても、母としても完璧に業務をこなすせいか
圧迫感があるというか、一緒にいて疲れる人で
私も、ちょっとだけ苦手だったりする。

乙女な母は実の姉のことを、こんな風に言う。
「姉妹だから、一緒にいられるけれど友達にはならないタイプ」
たしかに私が2人を見ていても、なるほど肯けるところがある。
姉妹でなければ、親しくすることなんて、なかったんぢゃないかと……
たいして気が合わなくても、それなりにやっていけるのは
「肉親」だからこそ……ってところが大きいのだろう。

乙女な母の「姉は友達にならないタイプ」という発言を受けて
私も、ちょっと主張してみた。
「私と母も、友達にはならないだろうと思う」と。
実際、私と母とでは趣味も合わなければ、興味の対象もまったく違う。
もちろん、母としては尊敬していたり、好きだったりするのだが
それこそ、同じクラスにいても仲良くならないタイプだと思うのだ。
乙女な母は、面白そうに肯いた後で、キッパリと言った。

「母は、きっと白蓮とは仲良しになってると思う」と。

乙女な母曰く、私は「寄ってくる人」を振り払うことの出来ないタイプらしい。
で……乙女な母は、そ〜ゆ〜タイプの人を見抜くのが上手いから
私のようなタイプの人がいたら寄っていくから大丈夫
などと妙に自身満々だった。
乙女な母は世話好きのくせに、肝心なところで人を頼ることろがある。
私は決して世話好きぢゃない。世話好きぢゃないんだが………

流石は母親。娘をよく観察していると思う。
だがしかし、私としては微妙に嬉しくない感じがする。
嬉しくないが、これもまた事実だし、ドンと受け止めていこう。
おぉ。ド〜ンとな。かかって来やがれ。ヘイ・カモン!
……とは言いたくないのだが、気にしないことにしよう。

明日はお盆のお供だのを買いにゆかねばならないので
早く寝たいところなのだが、流星群も捨て難いような。
まずは、お風呂にでも入ってゆっくり考えるということで
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月11日(日) ワン・メーターの幸福。

今朝、お財布を覗いて驚いた。

……いつになく、お金が一杯入っているぢゃぁ〜ありませんか!
忙し過ぎるとお金を使う暇がないらしく、お小遣いが全然減っていないのだ。
毎月、私のお財布事情を困窮に追いやる「書籍購入費」も
今月は全七冊の長編小説を、ゆっくりゆっくり読んでいるせいか
こちらの方も、あまり使い込んでいない……ということらしい。

連日、残業となるとうんざりしてしまうのだが
派遣社員なので残業代は、きっちり付くから次のお給料は楽しみである。
そう言えば黄金週間を利用して旅行に行った時も
その前に残業が立て込んでいて
残業代を気前良く使って楽しく遊んできたのである。
これは……もしや……
「仕事を辞めたら旅行に行きなさい」という神のお告げではあるまいか?

そんなことを考えながら、いつも通りの時間に家を出て
暑い、暑いとボヤキながらダラダラと歩いていたならば
いつもなら、余裕で乗れるはずの電車に乗り遅れてしまった。
全力で駆け込みダッシュすれば間に合ったはずなのに
どうしても駆け込む気になれず、遠い目で電車を見送ったのだ。
もちろん、1本電車に乗り遅れたら
奈良盆地を走ってゆかねばならないのだが……

またしても今朝はタクシーに乗ってしまった。

ワン・メーターの幸福をしみじみと味わう。
人間、1度でも楽な思いを味わうと、堕落していくようである。
これぢゃあダメだよなぁ……と思いつつも
「いっぱい働いている私にご褒美」などと言い訳をしてみたり。
出来れば、今回で奈良盆地タクシー通勤は最後にしたいと思う。
あと1ヶ月半ほどのことなのだから、頑張って歩かねば。
愛人(愛犬)のハル君との逢引できるのも、今のうちなのだし。

とにかく明日出勤したらば3連休。待ちに待った「お盆休み」である。
明日の夜は流れ星の大群が見えるとか、ど〜とかだし
楽しみ倍増で、イイ感じである。
とりあえずは、明日が終わってからのお楽しみということで
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月10日(土) 先輩風を吹かせてみたり。

今日から、先輩なんである。
引継ぎ要員の新人さんがやってきたのだ。
可愛い感じのする24歳で、仕事を覚えようって気も充分。
短い期間で3度もトラブルを起こして辞めている人を見ているだけど
「普通」って、なんて素晴らしいんだろう……と感動する。
顔や雰囲気で仕事をする訳ぢゃないけれど
ある程度は、人とコミュニケーションが取れないと話にならないしなぁ。

いいなぁ。フレッシュな人って。
なにもかも分からないことだらけで、頭の整理が出来ない時なんて
泣きたくなっちゃったりなんかするんだろうなぁ〜(私もそうだったし)
「1度に全部、覚えなくても、いいから、ゆっくりやってくださいね」
なんて先輩風を吹かせるのは、なかなか悪くない気分だ。
どうやら私は、人に物を教えるのが嫌いぢゃないらしい。
これは、ちょっと新しい発見である。

私も10月以降に転職したらば「新人生活」が待っている。
中古の新人ではあるけれど、違うCADを使いたいと思っているので
また1から操作を覚えないといけないのだ。
そんなことを考えると、ドキドキしてしまう。
これから自分が通るであろう道をゆく新人さんには
気持ち良く仕事を覚えて、早く一人前になって欲しいなぁ。

新人さんがイイ感じの人で良かったのだが、仕事の方は大変である。
なにしろ人を教えながら、1人で2人分の仕事をしなきゃいけないあたり。
あぁぁ……先の長さを思うと、ちょっとばかりウンザリ気分である。
しかも9月の中頃には、もう1人CADオペレーターが入ってくるのだ。
それまでに新人さんが、いっぱしのCAD使いになってくれると良いのだが。
……って言うか、そうなってもらわないと困るし。
もっとも思いわずらったところで、ど〜こ〜変わる訳ぢゃないので
出たとこ勝負で行こうと思う。なるようになるさ。うむ。

あぁぁ。今週は、あと2日も残っているんだなぁ。
お盆休みウィークの人が羨ましいなぁぁ。
とりあえず、愚痴ってないで頑張るかのぅ
……ってことで、今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月09日(金) ぶどう屋のおばぁ PART��

明日から、お盆や休みって方が多いのでしょうか?

足繁く遊びに行くHPでも「お盆休みにつき、しばらく留守にします」
なんてことを書いておられる方が多くて、ちょっとサミシかったりします。
お盆休みや、お正月休みって、観光地なんかは大賑わいだけど
普段ワイワイしているネットは閑散としちゃうんですよねぇ。
それだけ「ネット生活」ってのは日常と密着しているのでしょう。
遊びに行ってリフレッシュしたり、身体を休めたりと
ナイス・夏休みをお過ごしくださいませ。

前置きは、この辺にして最近、気になる「ぶどう屋のおばぁ」について。
期間限定で「ぶどう屋」を開店している、おばぁは早起きで
私が出勤する時には、もう店を開けていたりなんかして
私は毎朝、おばぁの顔を見て出勤するのだけれど
なかなかこれが興味深い人物で、毎朝釘付けになってしまうのだ。

「ぶどう屋」は、7月の中頃に開店しているのだが
開店した頃のことを思い返すと、店の様子は随分様変わりをしている。
日を追うごとに、おばぁ手作りの「宣伝広告」が増えているのだ。
ツルツルのカレンダーの裏紙に
油性マジックでデカデカと書かれたキッャチ・コピーは
なかなか味わい深いものがある。

お盆のおそなえに、手土産に、おいしいブドウ。
安くて、美味しく、滋養いっぱい。
甘く、新しく、栄養満点。

……などなど。
なにをおいても「低カロリー」が流行っている、この時代に
「滋養いっぱい」「栄養満点」ってあたりは、非常におばぁらしい。
おばぁが育った時代は、今と違って食べ物が豊かぢゃなかったからなぁ。
しみじみ世代の違いを感じたりする。

ちなみに、おばぁは絵を描くのも好きらしくて
キャッチ・コピーの横には、ぶどうの絵が書いてある。
紫と、緑の油性マジックで描かれたシンプルな絵は
これまた「ぶどう」がブドウであることを主張しているような
力強さがあって、インパクトのある、いい絵なんである。

それにしても、年をとっても元気で仕事できるってイイなぁ。
生涯現役……とまではいかなくても
老いてなお元気ってのは、理想だなぁ〜と思う。
私も、おばぁに倣って元気に夏を過ごさねばなぁ。

毎朝気になる、ぶどう屋のおばぁについて書いてみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月08日(木) 買ってないんだけど……

私は宝くじを買わない主義である。

「買わなきゃ当たらないけど、買っても当たらない」と思うし
買っても当たらない物に投資するなら
美味しいものを食べた方が、よほど楽しいと思っているのだけれど
どうしたものか、愚弟は宝くじに熱い。
ここ何日か「宝くじが当たったら」妄想を語って五月蝿いのなんのって。

宝くじが当たったら、とりあえず注文建築で家を建てて
私には新しいパソコンと、スーパー・ドルフィーを買ってくれるそうだ。
「あ〜。そ〜か〜。そいつは嬉しいなぁ〜」とて生返事をしていたらば
「ぜんぜん当たると思ってないんや」とツッコミを入れてくるが
当たると思うことが出来ようか? いや出来ない…ってもんである。
しかも私は宝くじの当選発表よりも
仕事が忙しくて嫌になっちゃうなぁ……とか
来週の休みは、お盆の用意をしなくては……とか
そ〜ゆ〜現実的なことの方が重要だったりするのだ。

「宝くじってのは当たった時の事をあれこれ想像するのが楽しいんやで」
↑愚弟談。

私があまり相手にしないので、愚弟は妄想を乙女な母にふるようになった。
乙女な母は、宝くじがあたったら
家を建てて、身体一つで引っ越ししたいとのたまった。
古い家具や電化製品を、一切合切捨てて、全部新品を買い揃えるのだとか。
……あまりにも庶民的な望みで笑ってしまった。
テレビや雑誌に出てくるような家での生活に憧れるのは分るけれど
乙女な母が、そんな家で、くつろいで生活できるかどうかは
その辺は、微妙に疑問だったりする。

ちなみに。私は宝くじを買わない主義の人間だけど
もしも3億円が当たったら「人でなし」な行動に出ること請け合いだ。
少なくとも身持ちを崩すのは間違いないと思う。
もっとも、買ってもいないので、身持ちの崩しようもないのだけれど。

もし、愚弟が宝くじで3億円を当てたりしたら
日記の更新休んぢゃったりして、家作りと引っ越しに燃えちゃったりして
新しいパソコンを買うまで、ネットも繋がなくなっちったりして
突然、ネットから行方不明になっちゃうかも知れませんが
その時は「あぁ。当たりやがったな」と思っていてくださいまし。
落ち着いたら「3億円の使い方」ってタイトルの日記を書きますので。

……なんてことを書いてみたけれど
今月も間違いなく31日分、キッチリ日記を書いてると思います。

これを読んでくださってる方で、宝くじを買った方はおられるのでしょうか?
3億円とは言わずとも、臨時収入が入りますようお祈りしています。
ついでに愚弟の宝くじも当たるといいな……と他力本願なことを考えつつ
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月07日(水) ちょっとがっかりしたの巻。

少々、がっかりの事実が2つばかり。

夏から秋頃(8月〜9月)と予想されていた愚弟の手術が
9月〜10月頃に時期を見て……ということなった。
取り立てて治りが悪いとか、そういう訳ではなくて
はじめの予定も「あくまでもこれくらい」という目安だったので
「それも仕方ないか」と思う反面
「8月に片付くかも」と思っていたのが
もしかすると「10月になるかも」ってのは、がっかりである。

そして、もっとがっかりな新事実。

愚弟の手術は次でオシマイだと私は思っていたのだが
どうやら、次が最後ではなくて、あともう1回手術する必要があるらしい。
愚弟と乙女な母が、私に話したつもりで話していなかったのか
それとも私が右から左へ聞き流して忘れてしまっていたのか?
「どうして知らなかったのか」ってなことはどうでも良いが
それより、何より、相当がっかりである。

この秋は転職もするし、愚弟の手術も完了するし
楽しいことづくめだなぁ……などと、それはそれは楽しみにしていたので
がっかり具合も、ひとしおである。
なかなか楽をさせてもらえないなぁ〜〜とて、ぢっと手を見たりして
大きな溜め息をついてしまった。
美味しい食事を前、お預けを喰らったに似ているかも知れない。
要するに、それくらい楽しみにしていたのだという事だ。

身体のどこかを切断した人は約七割の割合で
なにがしか精神的に不安定になるらしいのだが
愚弟の場合は、お気楽・極楽で、その兆候もなく
主治医から「極めて優秀な患者」のお墨付きを戴いている。
実際、私にしても乙女な母にしても
愚弟の、お気楽・極楽さ加減に、多少のムカつきを覚えることはあるものの
精神的にガクッとこられるよりは、ずっとマシだったりする訳で
治療の目鼻も立っている今、これ以上文句を言う筋合いはないのだが
今回のことは、ゴールが、ひょいと遠のいてしまったような気がして
なんだかなぁ……ってな感じである。

夏バテで、くたばり気味の時に知ってしまったので
余計にがっかりしたという部分はあるのだろうけれど。
楽しみは後に残しておくってことで気を取り直していこうと思う。
そんなこんなで、今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月06日(火) 大江健三郎@徹子の部屋

今日は1日、くたばっていた。

朝寝して、昼寝して、これからまた寝る予定。
ここ最近、乙女な母も夏バテモードなのか、何かにつけ不安定なので
この休みは、ちょっくら気晴らしを……と思っていたのに
母娘、そろって討ち死にといった風情だった。

なにげにテレビを観ていたら『徹子の部屋』に大江健三郎が出演していた。
8月6日ということで、スペシャルゲストってことなのだろう。
やはりと言うべきか、会話のテーマは「戦争」だった。
大江健三郎、初挑戦の童話の朗読に「ほぉっ」と聞き入ってしまった。
正直なところ、彼の書く作品は難解過ぎて、理解できない物が多いのだが
それでも彼の考え方や、生きる姿勢は好きだと思う。
なんと言ったらいいのだろう……真摯に生きている人って感じが特に。
子供を大切に考えている人だなぁ……と思う。
「可愛がる」とい意味ではなく「尊重している」という意味で。

私は戦争を知らない世代なので、この季節がきても
戦争について深く考えることはなく
熱い主張も思いを持ち合わせていないが
何かの機会に、戦争にまつわるものに触れると
「それだけはゴメンだ」と思う。
大江健三郎は「小説は戦争の悲劇を伝えるのに適していると思う」
というようなことを話ていたが、まったくその通りだと思う。
体験したことがなくても「読む」ということで、感じるものは多い。

とても真面目な1時間で、途中黒柳徹子が涙ぐむ場面があったりしたが
湿っぽい感じはなくて、ちょっと楽しいエピソードがあったりもした。
黒柳徹子は、大江健三郎のご子息である、大江光から
「曲」を作ってもらったというのだが、タイトルは『早口』だそうな。
ちなみに大江光が、個人に曲を作ったのは
自身の母親に次いで2人目だと、大江健三郎は言っていた。
戦争について語っていた時の真面目な表情から一転して
目尻を下げて、親馬鹿モードに入っていたのが微笑ましかった。

戦争のこと、親子のこと、人として生きる姿勢について
……色々と考えさせられてしまった。
自分のことだけで手一杯な毎日を送ってしまいがちなのだが
せっかく人として生まれたのだから
人として考えることも必要だよなぁ……と思った。

くたばっていた割には良い1日だったということで
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月05日(月) ビールを美味しく飲む方法♪

この夏は、仕事に振り回されているような気がする。
……って言うか、気がするのではなくて
たぶん現実……みたいな。
仕事の息抜きにネットを覗く余裕もないし
残業で帰宅が遅くなることだって多い。
夏休み(お盆休み)だって、定休日プラス1日しかないし
はぁぁぁっ。思えばサミシイ夏である。

時間にゆとりがないと、個人的な楽しみが制限されてくるので
どうしても「手軽な楽しみ」に走りがちになってしまう。
ちなみに、今の楽しみは「ビールを美味しく飲むこと」に尽きる。
今までは「アルコールなんて、それなりに飲めればいい」と思っていたので
ビールのつぎかたなんて、とんと気にしなかったのだが
今では「せっかく飲むなら美味しく飲みたいよね」と日夜研究に励んでいる。

グラスは冷凍庫で凍らせておく……ってのは基本中の基本。
問題はビールのつぎかたなのだけれども
私はビールに限らず、お酒のつぎかたが下手っぴぃなんである。
なかなか美しい泡が出来ないので
どうにかして美しい泡を作りたいと思っていたら
知人から「3度つぎ」なるものを教えてもらった。

コップは傾けず、机の上に置く。
1度目は、ダーッと勢い良くそそいで、思いっきり泡を作る。
2度目は、普通程度に3分の2くらいまでそそぐ。
3度目は、コップの内側にビールを滑らせて、泡を作らないようにそそぐ。
これで「理想的な泡」が出来るというのだ。

早速、試してみたらば、泡作りが下手っぴぃな私にも
美しく理想的な泡を作ることができて、感動してしまった。
「3度つぎ」を知ってからというもの
ずっとこの方法でビールをついでいる。
もっとも、ビールに美しい泡があろうが、なかろうが
画期的に味が変わるとは思えないのだが
美しい泡にむかってバフッと口を付ける瞬間は
なんとなく嬉しい。
もちろん泡が口に付いちゃうのなんて、気にしない。気にしない。
口の周りについたビールの泡を「エンゼルリング」って言うことだし。

ワイン好きのペンフレンドに「この夏はビールに凝っています」と
手紙を書こうと思っていたらば、ペンフレンドから手紙が届いていた。
「最近ビールに凝っています。やはり冷凍庫でグラスを冷やして……」
どこかで聞いたようなフレーズで、笑ってしまった。
私の中では「すんごく手間かけて飲んでる」という意識があるのだが
誰もが実行しているポピュラーな方法なのかも知れない。

週末は「よく働きましたね。お疲れ様」ということでビールを飲もうと思う。
「淡麗」ぢゃなくて、本物のビールを奮発しよう。
ぢつは……ビールのつぎかたに凝っている私だが
ビールの味を分っていなかったりして「淡麗」でもさほど不満は感じない。
だったら泡にこだわる必要もないし、「淡麗」でいい……ってなもんだが
細かいことは、気にしないって方向で。

期間限定になりそうなマイ・ブームについて書いてみたとろこで
今日の日記は、これにて、オシマイ。


2002年08月04日(日) 酸っぱい匂いがしたのです。

昨日……帰りの電車で寝ていたら、酸っぱい匂いで目が醒めた。

土曜日の午後9時台に運行している
奈良盆地発、大阪行きの電車は空いているものと相場が決まっているのに
目を開けたら、車内は人でいっぱいだった。
大人も、子供も、年寄りも、若者も、ギュウギュウ詰めで揺られていた。
どうやら、地元で花火大会があったらしくて
花火を観て帰路につく人々と鉢合わせてしまったらしい。

意識がはっきりしてくると車内に充満しているのは
酸っぱい匂いだけでないってことに気が付いた。
体温で車内はムンムンしているし、人の汗でやたらと湿度が上がっていて
それはそれは息苦しくて、辛かった。

すいぃぃ。すいぃぃよ……あちぃよ……べたべたするよ……

目が覚めたのに本を読む気にもなれなかったので
じっと目を閉じて人が減ってゆくのを待ちながら、ふと考えた。
田舎通勤は仕事帰りに寄り道の1つもできなくて不満が多かったのだが
↑だいたいからして寄り道できる時間に帰宅できないことが多いのだが。
人の少ない電車に、ゆったり座って往復できたのは幸せである。
本を読んでもいいし、寝てみてもいいし。
そう言えば、電車の中でハガキを書いたことだってある。
それくらい空いている電車しか知らない3年間だったのだ。

しかし……

9月末で今の職場を辞めて転職したらば優雅な電車生活ともお別れなのだ。
満員電車なんて当たり前だし、座って行くだなんて不可能である。
本を読んだり、うたた寝したりは出来るだろうが
今のように、ゆったりとした時間を楽しめる訳ぢゃない。

私とて生まれてこのかた、ずっと大阪で暮らしてきたし
電車通勤歴(通学歴含)だって、かれこれ15年にもなる訳で
満員電車なんて、慣れっこのはずなのだが
それでも、たった3年足らずの田舎通勤に馴染んでしまったおかげで
「満員電車に乗れない身体」になってしまったようである。
ヤバイ……これは、ちょっとヤバ過ぎる。
昨日は「酸っぱい匂い」にギョッとしてしまったのだが
通勤ラッシュの混雑を思えば、なんてことのない混み具合だったのに。

ただでさえ暑いこの季節に
暑くて、酸っぱい匂いのする満員電車に乗って
毎日仕事に行っている人って偉いなぁ……と思った。
もうすぐ私も、そんな仲間に入るのだ。みなさん、どうぞよろしくね。

転職するのが待ち遠しかったのだけれど憂鬱のネタを見つけてしまった。
そりゃぁ、まぁ、1つや、2つはデメリットもあるさ
……ってことで、今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月03日(土) 鳥の糞が……

私が毎日、通勤している奈良盆地の某通りは
どうしたものだか、スズメの休憩場所になっている。
夕方ともなると、道沿いの電線にズラーッとスズメが整列していて
ヒッチコックの『鳥』という映画を彷彿とさせる迫力で、ちょっと恐い。
当たり前だが、道路はスズメの糞だらけで
点々と白い糞の後がこびりついていたりなんかする。

最初の頃は「頭に糞が落ちてきやしないだろうか?」と思ったりして
心配してみたものだが、2年半以上も通っていても
1度も糞の被害にあったことがない。
漫画のネタで、頭に鳥の糞が落ちてきて……なんてのがあるが
そんなことは、そうあるもんぢゃないと実感していた。

しかし世の中に「絶対」なんて言葉は存在しない。

なんと、建築士Kさんがスズメの糞の被害にあってしまったのだ。
頭ではなくて、肩だったけれども、ベッタリと見事にヒットしていた。
しかもKさんが糞の被害に遭ったのは
スズメ危険地帯ではなくて、会社の裏口を出たところだった。
滅多にスズメの姿など見掛けることのない場所なのに
当たる時ってのは、なにがどうあっても当たるものなのだと思った。

Kさんは「ついてないよなぁ」とご機嫌斜めであったが
お笑い芸人なら、喜んでもっていきたい場面ぢゃないだろうかと思う。
私はこれから先、何年生きられるかは分らないが
たとえ長生きしたとしても「鳥の糞が落ちてきた」なんてことに遭遇するのは
ちょっとムツカシイかも知れない。
努力して叶うものではなくて、まったくの偶然なのだから。
もっとも、こればかりは努力して遭遇したいとは思わないが。
確率的なことを言うなら、Kさんは、けっこうツイてるのかも知れない。
周囲の人間から「宝くじでも買えば?」なんて言われていたが
Kさんは、まったくその気がないらしい。
まぁ、その気持ちは分らなくもないのだけれど。

世の中には「道を歩いていたら鳥の糞が落ちてきた」って
経験をした人は、案外こっそりと増殖しているのだろうか?
それとも、やはり奇異な出来事なのだろうか?
どうでもイイようなことなのだが、ちょっと気になってしまった。
ちなみに私の周囲で、この貴重な体験をしたのはKさん1人きりである。
気の毒だが、ある意味において、羨ましいような気がした。

もしも私が「鳥の糞」の被害に遭うことがあれば
いそいそと日記に書くのだろうなぁ……と思いつつ
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月02日(金) なだめすかして今日も書く。

どうして、日記なんて書いているんだろう?
……と改めて考えてみるたりすることがある。

何ヶ月に1回のペースで訪れる持病みたいなものだと思う。
大抵「なんか書くのが辛い」と思う時だったりする。
「ネタがない」「書きたいことがない」なんてことは1度もないが
「くたびれている」「書く元気がない」なんてことは日常茶飯事。
ちょうど、今はそんなサイクルに差し掛かっているところ。

何故、日記を書くのか?

私の場合、原因は1つではなくて、複合的なものだと思う。
もともと私は自意識過剰で、自己主張が強いので
「ねぇ、ちょっと聞いてよ」と思う部分が強くて
日記を通して、言いたいことを主張しているのだと思うが
インターネットで人と交流するのが楽しいってな部分もある。
またダーッと日記を書くことでストレス解消をしている日だってある。
単純に「読んだり書いたりするのが好き」ってことも否定できない。
私にとって文章を書くって行為は、歯磨きよりも日常的。
結局のところ「楽しい」と感じるから書いているんだけれども
最近、新しく「これだ」という原因を発見してしまった。

たぶん、私は日記を書くことで
「あぁ。なんだかんだ言って、満更でもない1日だった」
……ってなことを確認したいって部分があるんぢゃないかと。
たとえイマイチな日でも「満更でもなかったに違いない。きっと、そうだ」
……ってな風に自分をなだめすかしている部分があるんぢゃないかと。

ぶっちゃけた話、毎日の生活は単調で、不透明で、イケてない。
楽しいこともあるが、そうでないことの方が、ずっとずっと多いし
突き詰めて考えてみると、ウエットになりがちなことの方が多い。
生きていくのは大変だし、世知辛いことばかりだ。
……なのに日記という形で、記録をつけてみると
それなりに豊かな感情生活をしている自分がいて
「なかなか、いい感じでやってるよね」と思えてくるから不思議である。
私は、それを確認したくて、毎日、日記を書いているのかも知れない。

どうしようもなく純粋な自己満足の世界なのだと思う。

……今日は、やたらと湿っぽい光線が発射されているようで嫌な感じ。
せっかくなので「良かったこと」も書いておこう。
今日は久しぶりに奈良盆地の愛人(愛犬)のハル君と逢引した。
最近、暑いせいか顔を見せてくれなかったハル君が
今朝はなぜだかご機嫌で、愛想良く擦り寄ってきてくれた。
むぎゅむぎゅと抱き合って、逢瀬を楽しんだのだが……
ハル君は、大量のヨダレを上着に付けてくれたのだ。
もしかしたら私に逢いたかったのではなく、ヨダレを拭きたかったのかも。
それでも、まぁイイか。久しぶりに愛し合ったんだし。

そんなこんなで自分をなだめすかしてみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。


2002年08月01日(木) 夏でござる。

夏でござる。夏でござる。
暑いでござる。暑いでござる。
甲子園でござる。甲子園でござる。

とうとう八月に突入したのでござる。

昨日、川原泉の『甲子園の空に笑え』という漫画を読んでいたらぱ
愚弟から「姉はこの時期になると必ず、それ読んでるな」と指摘を受けた。
私は骨の髄まで文系の、へなちょこ人間で、生まれてからこのかた
まともにスポーツと取り組むことなく生きてきたのだが
「スポーツする人」を観るのは、けっこう好きだったりする。
スポーツをする人……と言うよりも
それを中心にしておこるドラマが好きと言うべきか。

野球のことなど、てんで分からないのに
この時期になると「あぁ。甲子園がはじまるなぁ」と感慨にふけるのだ。
もしも身近な人間が甲子園に出場するようなことがあったら
暑くったって、応援に行くのになぁ……などと毎年思ってしまう。
↑とか言いながらTVで甲子園を観ることもないのだが。

今年は7月に入ったとたんに「暑い。暑い」を連発しているのだけれども
よくよく考えてみれば、夏本番は始まったばかりだってことに気が付いて
今日は、呆然としてしまった。
この夏、乗り切っていけるんだろうか?
だぶん、乗り切っていれんだろうと思うけれど。

今日は実生活でも、ちょっと呆然とする出来事があった。
先日、派遣されてきた新人CADオペレーターが辞めることになったのだ。
仕事を放擲して途中退社したり、無断欠勤したりしていたので
当然のなりゆき……と思いきや、解雇ではなくて自主退職だった。
上司に不満があるとか、ないとか云々と……
ここのところ、ずっと彼女に振り回されていたので
辞めると聞いても「あぁ。そうですか」としか思えなかったのだが
それにしても暑苦しい人だったなぁ……と思った。
次の人が来るまで、しばらく1人で頑張らねば。

今月は「お盆」と「父の三回忌」というビッグイベントがある。
父が亡くなったのは一昨年なのだが
仏教的な数え方だと、二年目が三回忌になるようだ。
私は宗教行事に熱心でないので「面倒だなぁ」と思ったりしている。
今年もまた、ナスビとキュウリで牛と馬を作らねばならないのだ。
誰が考えたのかは知らないけれど、暑い時期にご苦労なことである。

暑くても、そこそこ元気でやってゆけると良いなぁ。
月もあらたまったことだし、気分一新ってな感じである。
なんとなく、今月の大きな予定を書き出してみたところで
今日の日記は、これにてオシマイ。


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