ぶる爺の日記
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変えたらしい言葉。 「時期尚早という人間は百年経っても時期尚早という」 要は、物事には時期というものがあって、時期をいつかを 見極めるのはその時々にみあった己の度量だけなわけで。多少リスクを 背負っても、勝負をかけなければいけないときも生きていく間には 何度かあるわけで。 ぬるま湯に浸りすぎてそのまま頭が肥えてしまった 人間が上に上がり、飄々とそういう事を言っている事実が 今の日本には死ぬほどあるってことなのか? ああ、わかるような。わからないような。 ただ、死ぬほど分かるんで、ここに書いてみたんですが。 自分の例に当てはめたら死ぬほど分かって、痛烈に心にキました。 なんでもかんでも、「私はまだ未熟だから…」というのが いつのまにか当たり前のように、どんな物事に対しても思うように なって、それが謙虚な姿勢だと勘違いしていた自分に気付きました。 百年経っても、んなこと言っている自分を想像したら、 さすがに背筋に冷や汗が。
「ぬるま湯にひたっていくのは凄く簡単なんだよね」 これは教育実習の時に私に言った中学時代理科を教えてくれた先生の言葉。
「何事も、《これしか出来ない》なんてことはないんだ」 これはカタチばかりに捕らわれるなと、何事も手厳しく温情熱く、ちょっと マヌケに教えてくれる現上司カメラマンの言葉。
「凝り固まるのは実は簡単なんだよね。」 言葉ではいわなかったけど、その態度でこの言葉を教えてくれたのは 職人が職人として認められるには、まず対人関係から… お互いの信頼感からであるということを教えてくれた前上司。
色んな遠回りをしてきて、彼らなりの結果を得た人には必ずある 言葉の重み。 色々と雷落とされ続けて生きてます(笑)。 焦げないのに必死。っていうか、焦げても復活しないと勿体無い気が。
負けちゃいましたね…。 今までが凄い勢いだっただけに、まさか負けるとは思わなかった のですが。 でも、最近こんなスッキリした出来事をテレビや雑誌が大々的に 競って取り上げるなんてこと無かった気がするので、その場にい なくてもワクワクできるなんて体験は久々で、とっても新鮮でした。 勝ち負けはそりゃ大切かもしれないけど、正直やはり残念でしたが、 でも、勝負が決まった時の、選手達の脱力した顔から、負けを受け入れ なければならないと、心の整理をして、声を枯らして応援してくれた サポーター達に手を振る姿に、ひとりひとりの表情を焼き付けておきたいと おもいましたが、いかんせん会社で見るコンパクトテレビは小さすぎた(涙)。 いや、下の階には大きいテレビがあったんですが。
選手達の気持ちが試合中どういうふうに動いていったのかが とても気になります。 当事者にしか分からない独特の緊張感。それに飲み込まれ ないように、己の気持ちをどのように落ち着けるか。とか。
となりで見ていた男どもは 「俺がトルシエだったらあそこでゴンを出すぞ…」 とかなんとか叫んでいましたが、結果は結果。 最後の最後まで一点というプレッシャーに乱れることなくボールに 食らいついていく選手達の気合はとても感じました。 インタビューなどでは決して出せない、熱くてドロドロとしたサッカーに 対する情熱や執念を感じたと言ったら、なんだか知ったかぶりッぽくて イヤな感じかもしれませんね(笑)
っていうか、友人の披露宴二次会の腕相撲大会で優勝して DVDプレーヤー一機頂きました。 んな話ではなく。
ううむ。とまらん。何って涙が。 W杯ではありません。 大親友が結婚いたしました。本日。仏滅?んなもん関係ねぇ。 わしが断言する。
新郎、新婦共々ホンネでぶつかりあえる友人なふたりが本日 大勢の方に見守られて披露宴を無事終えました。 結構人間関係には執着しないワタクシですが、このふたりは こんなワタクシのパターンに全くあてはまらないふたりでして、 つかず離れずのいいお付き合い。本当にホンネで語れるというか。 仕事でも趣味でも色々な失敗を重ねてきたワタクシとしては、 こんなつきあいができる人間が未だいてくれていいのかと(笑)。 とかく三次会までとことん頑張りました。 気持ちになんのいつわりなく頑張れました。
挙式が始まる前も終わっても、いつもの変わりない自然体な ふたりでした。ふたりを囲む人たちも、ふたりもサイコウでした。
蚊帳の中に入れました。ワールドカップ。 会社で上司と他の会社の人と見ました。 サッカー小僧と観戦したので、サッカーの見方がちょっとは 分かったかな。 あしたは会社をとかく早くでて美容院です。 絶対絶対…「藤原紀香にしてください」っていうぞ! (いざとなったら言えんくせに)
というか、欲望というか。 昔、超高級美容院にGパンで行って 「ジョン・ボンジョビにしてください。」と言った私。 次。 「藤原紀香にしてください。」と言うのが夢。
ってかてか。 先日、過労で上司が一匹倒れました。 過労死症候群がもう一匹います。 こんな奴らばっかなんで、休みいりませんなんて 言っちゃいましたよ。ふふ。どこまでお人よしなのかしら…
「いつ開幕するんですか?」 「明日」 完全に蚊帳の外です。 前回の日記、あまりにもバカ丸出しでした。読んでくださった方、 ごめんなさい。あまりにも地を出しすぎました。
ZEROSUMトーク本編。 原作ココにありって感じでしたね。 本当に、最遊記に限っては色々と考えさせられます。 人間である限りずっと付きまとってくるであろう色んな事に対しての 葛藤。大人だろうが子供だろうが、こういう葛藤は常にあるんでしょうね。 ただ、年を重ねる…あるいは経験によって対応の仕方が変わってくるだけで あって。 悟空は村人達を惨殺する妖化した耶雲を見て、真正面から衝撃を受け 悟浄はその姿を直視できず、思わず目をつむり 八戒はその光景を見て立ちつくし(?) 三蔵は現実をただただ見据える。
悟空、悟浄、三蔵の態度は痛いほど分かります。 所詮第三者。ただその現場に居合わせただけの。 刹那の出来事。 それぞれの表情は、己の器の中でどんな受け入れ方と消化の仕方をするのかの 違いだけ。 そのなかでも特に三蔵のあの表情が忘れられません。 ただその光景を己の中に焼き付けようとする、現実あるがままの姿を 焼き付けようとする見据えた目。鋭くも、哀れみもなく、ただニュートラルな 表情。受け入れなければならない、そんな義務感は一切感じられない。 これがこの男のあるべき姿なのかな、と思うとそれだけで圧倒されてしまい ました。
謎なのは八戒。 ぶるは正直、村人達を無残に食い殺していく耶雲が彼の過去でいう悟能の姿に みえたのです。耶雲の目が、悟能、もしくは完全妖化した八戒に見えたんです。
なので、 あの曖昧な表情は一体彼らの何を映していたのか。 それが全く分からなかった。 耶雲の姿に未来と過去の己を投影するような弱い心の持ち主とも思えないの ですが、あの表情が何を感じているのかなんだかイマイチわからず。 三蔵のように、ただそこにある現実を焼き付けておこうと思っていたので しょうか。 少し反らし気味の視線の意味をちょっと考えたいぶるでした。
ただ漠然とですが、八戒さんは自分は 絶対に耶雲のようにはならないと 心の中で思っているのは間違いないのではないかと。 耶雲自身を否定しているわけではなく、ただ、また後悔するからと。
ぶるG

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