金色の夢を、ずっと見てる

2018年01月15日(月) 着物を嫌いにならないでね。

成人式からすでに1週間経ってますが、やはりこれはちょっと黙ってられないので。

振り袖の販売・レンタル・着付けサービスなどをやってた会社『はれのひ』が成人式当日に営業停止して予約も何もかもぶっちぎってトンズラするという、あり得ない事態で大騒ぎになった今年の成人式。一口に被害者といっても
・レンタルの予約をして当日着付けとヘアメイクを予約してた人
・振り袖を買って、当日着せてもらう予定で預けてた人
・着付けとヘアメイクの予約だけして、着せてもらうために自前の振り袖を預けてた人
…等々、いろんなパターンがあったようで。


ツイッターとか見てると、結構利用者を批判してる人もいるんですよね。
『そんな高額な物を1年も2年も前に支払うなんて馬鹿げてる』
『自分で着付けもできない人間が着物を着ようとするからだ』
『成人式の本人はともかく母親や祖母も着付けできないのか』

断言してもいい。

こういう批判をしてる人の99%は自分で着付けなんてできないし、下手すりゃ着物と浴衣の区別もできないど素人だ。


まぁ1つ1つ反論しますけどね。まず
『そんな高額な物を1〜2年も前に払うなんて』
あのね、着物って1日や2日で作れる物じゃないんです。和裁用のミシンを使ったとしても数日かかります。手縫いで仕立ててもらうならもっとかかります。それが、全国でほぼ同じ日を納期として大量に発注されるわけですよ。

例えば、1つの呉服店で2018年1月8日に成人式を迎える人が100人振り袖をオーダーしたとしましょう。んでものすごく単純に、和裁用ミシンで1週間で振り袖が仕立てあがるとします。

100枚の振り袖を仕立てるために、100週間かかりますね?もちろんお店なら和裁用ミシン1台しか持ってないって事はないだろうから、まぁ仮にミシンが3台あったとしても33〜4週間かかります。そして、1年ってのは大体52週間しかないのです。つまり、お客様全員が手縫いじゃなくてミシン仕立てでいいと言ったとしても、1年の6割以上フル回転で作業しないと仕上げられないのです。

もちろん、ちょっと大きな店だとお客様は100人どころじゃないし、一生物だからミシンじゃなくてちゃんと和裁師さんに手縫いで仕立ててほしいって人もいるだろうし、1年以上前から準備を始める人もいれば3ヶ月前になって
「やっぱり振り袖着たい!」
と突然お店を訪れる人もいる。私が着物を買うのは主に2つのお店ですが、そのどちらも、成人式が終わったら即翌年の成人式に向けた営業が始まるそうです。お店の方も、早めに買ってくれればそれだけ納期まで時間があるから、早めに買ってくれる人にはちょっと割り引きしますよ〜なんてキャンペーンをしたりもします。

ただ、オーダーの場合はちゃんと採寸して本人のサイズで仕立てるので、出来上がってから『やっぱりいらない』と言われるのはお店としても困る。すると結局、振り袖が仕立て上がるのは数ヵ月後だけど契約した時点でお金は払う、という事態になる訳です。

出来上がってる物を買ったその場で持ち帰って着られる洋服と違って、注文→採寸→仕立て→納品、という手間がかかる着物(特に振り袖)は『1年前にお金を払う』のは不自然でもなんでもないのです。



そして
『自分で着付けできない人間が着ようとするから』
ここでまず言いたいのは、普通の着物と振り袖の着付けは全然違うという事です。

普通の訪問着なら私も着れます。正式に習った訳ではありませんが、人に着せる事もできます。でも振り袖は無理です。というかやった事がある訳じゃないので、もしかしたら、やってみたら着物は着せられるかもしれない。でも帯を結んであげるのは多分無理。自分が何度か着せてもらった時の事を思い出すと、大体2人がかりだったんですよね。特に帯結びは、こっちを持ってて、ここを輪ゴムで固定して、ここ押さえてて、と絶対1人じゃ無理な作業でした。

もちろん絶対にできないとは言いません。専門の人にきちんと時間をかけて教えてもらえば、自分で着られるようになります。でもそれは本当にごく一部の人で、現にツイッターでは
『日舞45年やってるけど、振り袖を自装なんて無理です』
『着付け師30年やってるけど、振り袖なんて自分で着れるか!』
『振り袖にしろウェディングドレスにしろ、和洋関係なく“人に着せてもらう事を前提とした衣装”ってのがあるんだよ』

等々、その業界の人達からたくさん声が上がってました。ちょっとでも着物を知ってる人なら『自分で着られないなら着るな』なんて意見、出るはずがないんです。

同じ理由で、『本人はともかく母親や祖母も着せられないのか』という意見も馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。じゃぁそう言ってるあんたの母親は振り袖の着付けができたのか?と。


いろんな呉服屋さんが無料貸し出しや着付けのサービスに名乗りをあげてくれて、福岡では『はれのひ』福岡店の従業員が、自分達も数ヵ月給料の支払いが滞っててその日で営業停止と本社から通知が来てたにも関わらずボランティアで着付けをしてくれたりと、大勢の人がなんとか被害者をフォローしようと手を尽くしてくれたというニュースも同時にたくさん流れました。

でもどこの救済の網にも引っ掛かれずに仕方なくスーツで出席したという人もいたし、テレビの取材に涙目で
「もう(家に)帰ります」
と言ってた子もいました。全員が救われたわけではないのです。




一番腹が立ったのは
『本来の目的は成人を祝う事であって、振り袖を着ることではない。振り袖がないならスーツや洋服で出席すればいい』
という意見でした。

そう言ったやつを目の前に正座させて聞いてみたい。


じゃぁ何かい?お前は1年前から用意してきた結婚式で当日いきなり衣装がありませんと言われて、でも披露宴の目的はお客様に日頃の感謝を述べてこれからもよろしくお願いしますとご挨拶する場だから、衣装なんてあるものでいいよねと言われて、普段出勤してるスーツや合コン用のワンピースで披露宴の高砂に立てるのか?



そりゃ確かに成人式の本来の目的は振り袖を着ることではありません。でも、レンタルにしろ購入にしろ、半年や1年2年前から用意してた人は、振り袖が着たくて用意してたのです。成人式というまさしく『ハレの日』に、親や友達と一緒に選んだ振り袖を着て懐かしい同級生に会う、それを楽しみにしてたんです。中には『もう亡くなったおばあちゃんが買ってくれた振り袖が、一度も手元に来ないまま行方不明になってしまった』という人や、『母が着た振り袖を着付けのために預けてたら戻ってこない』という人、『祖母・母・自分が着た振り袖をいとこに貸したら今回の騒ぎで、いとこが泣きながらごめんねごめんねと電話してきた』という人も。そういう人達に、どんな顔で
「じゃぁスーツで出たら?」
なんて言えるのか。


今回の騒動でもっとも許されないのは、お金や物の被害だけじゃない、そういう想いを踏みにじった事だと思うのです。


とにかく気の毒としか言いようがないけど、被害に遭った人はどうか着物を嫌いにならないでほしいなと、心から思います。一生に一度の成人式が酷い思い出になっちゃっただろうけど、悪いのはあくまでもあんな酷い計画倒産(だよね?)をした社長。トラウマになるのも仕方ないけど、それで着物自体を嫌いにならないでほしい。無料で振り袖を貸し出して記念写真を撮りますよって言ってくれてる写真屋さんや、レンタル着付け無料でもう1回記念式典をやろうと企画してる自治体や民間団体もあるそうです。そういうサービスを積極的に利用して、辛い思い出を上書きしてほしいです。

そして、まさかとは思うけど、そういった善意の声を悪用して『被害者じゃないけどただで振り袖着せてもらえるなら行っちゃおうかな♪』とバカな事を考える人が出ませんように。


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咲良 [MAIL]

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