まつや清の日記

2004年10月31日(日) 「みんなでつくろう!新しい静岡県」集会


 

 「みんなでつくろうー新しい静岡県ー私達がつくる改革マニュフェスト」集会が本日産業経済会館で40名の参加者で開催されました。

 呼びかけたのは、市民グループ「県政ウオッチングの会」。
 4つの政策グループに分けての議論と県知事選挙に向けての討論の二部立て。会としては、空港跡地利用検討委員会(仮称)をNPO団体に委託、候補者選考委員会メンバーを選定、民主党静岡県連に知事候補者擁立の要請文採択を了承しました。

 千葉県から堂本暁子知事を擁立・当選させた千葉県ネットワーク運動の天野としこさんに参加していただきました。来年3月が再び知事選挙と言うことで、この4年間をどのように評価して知事選挙に臨んだらいいだろうかということで静岡県の動きに関心を持っているとのことでした。

 最大の論争になったのは、民主党への要請文を出すべきかどうか、政策争点を何にするのか、でした。議論が大事です。



2004年10月30日(土) 中国からの帰国者から歴史と体験を聞く




 アジアを考える静岡ファーラム主催の上記の企画。
 日系ブラジル人の方々を交えての意見交換会、刺激的でした。



2004年10月29日(金) 知事交際費差し戻し審であくまで争うと石川知事

 26日に知事交際費の最高裁差し戻し審が東京高裁で開かれました。

 弁護団としては、争ってきた15年間もの間に情報公開も巡る情勢も大きく変わり、全国の都道府県知事はドンドン全面公開の流れを強めており、自主的に全面公開する形で訴訟の取下げと言うことも視野に入れてきました。

 しかし、この第2回差し戻し審では知事側弁護団は、2人の証人申請をしてきました。公開当時の秘書課課長補佐と現在の知事公室主幹係長です。

 日本一の情報公開を掲げた石川知事の公約、もの見事に破ってくれています。この姿勢が静岡県をダメにしているんだな、と言うことにつきます。

 三宅弁護士曰く「この姿勢は知事交際費の法律的争いと言うより、政敵・松谷清との闘いということですね」。

 次回裁判は1月18日です。
 



2004年10月28日(木) 国土交通省大臣の発言を受けて知事は明日どんな記者会見?

 総合交通対策特別委委員会が本日開催されました。
 当然テーマは26日の北側国土交通省大臣の「円満解決を」という発言に静岡県がどう答えるのか、でした。

 行財政改革特別委員会も同時開催の為、最初はそちらに出てすぐさま総交特に。既に質問が始まっていましたが、空港問題の質疑は小長井議員、原議員、梶野議員が行いました。

 いくつか論点がありました。
1、「円満解決のために」地権者が提案している3条件をどう受けとめるるのか、どんな努力をしてきたのか。
2、収用申請した場合の07年3月開港そのまま実現できるのか。
3、国土交通省大臣発言の評価は。

 ほとんどの答弁は岩崎総室長。

 1については、第1条件の謝罪は政治的判断、第2条件の工事の中止条件は事業そのものの中止を意味しているので受け入れ不能、第3条件の強制収用の放棄は行政上の担保であるので受け入れ不能、要するに本当に話合う為の許容範囲をどこに置くのかなど一切検討することもなく、ただ収用ありきの態度であることが明らかになりました。

 工事の中止は住民投票の時に既に知事が実践していることであり、一時凍結の意味であることをワザと曲解しているのです。

 2については、自民党議員団からの平成21への07年開港不可能を発言をしたことへの厳しい批判に、一切踏み込まずの答弁に終始しました。

 3については、国の見解でこの空港は県の事業で関係ないと言わんばかり。

 さてこうした中で10月一杯に自らの決断を公表するとした記者会見での約束をどうするのか。緊急記者会見となるのか注目です。



2004年10月27日(水) またも余震、新潟県中越地方

 今日も新潟中越地方で震度6という余震がありました。
 新幹線の復旧工事のさなかの揺れはテレビでも放映され二次災害の危険すらあります。工事は延期されました。

 長岡駅が崩壊するかもしれないという異変に思わず実家と姉に電話をかけてしまいました。長岡で生活されている姉の義理の父母のことも気になりました。高齢でいらっしゃるため避難所生活はとても大変であったようです。

 地層の褶曲構造という中での断層が折れた直下型ということで複雑な地層への影響という地震学者の方々の説明がなされています。それにしても10万人以上の避難所生活者の皆さんや死者の増大に阪神淡路大震災に次ぐ形の地震との評価が出始めめています。

 土砂くずれの中助かったお子さんと亡くなったお母さん、ほっとする面と思わずえー!と絶句せざるを得ない現実の中でもう一人のお子さんの生存の確認と一刻も早い救出を願わずにはおれません。

 明日はこの秋一番の冷え込みとのことです。
 新潟県に飛んでいきたいのですが、静岡空港の土地収用法の申請か、と言う時期に静岡を離れるわけにも行きません。明日は総合交通対策特別委員会が開催され強制収用問題が議論されます。

 そうした事態の中でイラクでは日本人人質事件の発生です。
 重苦しい毎日です。



2004年10月26日(火) 北側国土交通省大臣の答弁

本日、金田誠一衆議院議員による国土交通委員会での質問がおこなわれました。内容は、静岡空港での土地収用の申請問題。傍聴には私はじめ地権者や住民団体メンバーの参加がありました。

昨日の記者会見で「10月末までに収用の結論」としていた問題でひょっとしたら石川知事は、申請日を明らかにするのでは、多くのマスコミが注目していました。しかし、実際には「熟慮中」とのことで明言しませんでした。金田議員の国会・国土交通委員会での北側大臣への質問を念頭においたものと推察されます。

金田議員の質問は、これまで空港問題に10年以上も国会議員の立場でかかわってきてくださっただけに住民団体の意志を十分に反映したものでした。ポイントは二つありました。
1、石川知事の土地収用申請が取りざたされる中で、国として円卓会議など円満解決に向けた環境整備に「汗を流す」必要があるのでないか。
2、石川知事が提出した「確認書」には土地収用法の適用は含まれていたと考えているのか。

この質問は、知事が14日に自民党議員団に説明した12日の北側大臣との話の内容について、あたかも土地収用申請に大臣が寛容であった、とする点について事実関係を確認する意味もありました。

 結論的には、大臣は「円満解決をしてほしい」ということを重ねて要請したというものですが、金田議員が、「ということは、話し合いがなされるということか」と詰め寄りました。この質疑が何回も応酬されるのですが、自民党議員と思われる委員から「この事業は静岡県の事業である、大臣がそこまで発言していのか」というような不規則発言がありました。とたんに、この事業は第3種空港で県の責任とするトーンを強め始めました。

今日の質問の成果としては「話し合いがなされるものと思う」との大臣発言に石川知事がどう対応するのか、この言葉どおりなら土地収用申請を直ちに行うことはできないことになります。



2004年10月25日(月) 中越地震で新幹線脱線、復旧のめど立たず


地震から時間がたつに連れて避難所の状況がどんどん伝わるようになりました。余震が予想以上に続いていて、なかなか自宅に戻れないとのことで避難所生活が長引きそうです。

同時に新幹線開通以来初めての脱線事故で政府だけでなく私自身も大変ショックを受けています。奇跡的に新幹線による人身被害はなかったわけですが、直下型地震では急ブレーキをかけてもとまれない仕組みであることが明らかになっています。P波よりS波の伝わる速度が遅いことを活用しているとのことで、新幹線は3秒で止めることができるんだけれども、今回2,1秒しかなかったとの事です。

そして、今回の奇跡は「雪落とし」という北国特有の除雪装置があったためといわれております。東海大地震はプレート型地震ということになっていますが、新幹線神話はもろくも崩れました。新幹線の復旧は相当長期化しそうです。経済活動としても新幹線にかわる代替手段が必要になりますし、手探りで対応策が生まれてくると思いますが、今までのスピード社会を反省させるものであるだろうと予測しております。

新幹線だけでなく原発もまた大きな問題を示しました。柏崎・刈羽原発は動いているのですが、今回の直下型で最大1500ガルもあったとのことで、改めて原発の耐震度が問われました。

新潟県中越地震の被害からの1日も早い復旧を願いながらも、この地震がもたらしている社会的意味を地球温暖化に影響とも言われている台風被害も重ね合わせて考えていかないといけません。



2004年10月24日(日) 新潟県に地震発生!

 地震発生の情報を入手したのは昨日の19:30頃で知人の議員から。
 ある会合のあと懇親会の最中。
 すぐさま実家の柏崎の実家へ電話するも当然と言うか災害緊急事態でつながりません。携帯もNTTもダメ。自宅に戻り何度も繰り返し電話するも無駄でした。

 テレビで必死の情報確認。
 停電が続いている様子。
 新幹線の脱線情報も。
 これはすごい地震だ。
 柏崎の原発は大丈夫か?これは稼動中とのこと。

 福井県にいる甥から電話があり、とにかく心配だから実家に帰ってみるとの連絡。22:30頃に甥から「父から電話で、自分たちも藤井のおじいちゃん達も無事との連絡がありました。道路が寸断されているので戻らなくてもいいとのことなので帰ります。今、高岡です。」

 よかった!
 すぐに義理のお兄さんから電話あり。
 状況の再確認。
 こちらからは電話はつながらないが、新潟からは通じるみたいだ。
 伝言ダイヤルに録音しましたが、相手方がこの活用方法をしらなければ何もなりません。日頃からの連絡方法の確認をしておかないといけないと反省。

 栃木や群馬、東京の子供達に伝えようとしてもやはり災害緊急事態で電話はつながりません。夜中の12時になって群馬県との電話が通じました。なんと群馬県でも激しい揺れがあったとの事でしたが大丈夫だったとのこと。

 結局眠れぬ夜でしたが、今日の朝、ガス・水道局勤務の弟に携帯電話がつながりました。NTTは朝の段階でもつながらずです。「昨日から徹夜で復旧作業。夕飯も朝食も食べていないとのこと」。「とにかく、そちらからは電話がつながるから父に電話をくれるように」。

 すぐに父から電話があり、直接に無事を確認できました。
 「庭の燈篭が倒れたがみんな大丈夫だった。昨日の夜は、車の中とか、ビニールハウスとか、ずうっとそとにいたんだ」。母曰く「80年も生かさせてもらってるけどこんな地震初めてだ。ホントに怖かったよ」。

 台風の被害から何日もしないうちに今度の地震。
 被災された方々の一刻も早い復旧を願うばかりです。

 



2004年10月23日(土) 環境・森林フェアーの続き




 写真は、農業試験場のコーナーにある天敵を紹介するポスター。ハッパを食べてしまう害虫に、卵を生み寄生して害虫を殺してしまうと言う天敵だそうで静岡県で特許を取っているそうです。有機農業について議会・委員会で発言することもあり、担当の試験場職員の方にいろんなお話を聞きました。

 この天敵が、2ミリくらいの直径・1センチメートルの長さの棒状で20本くらいがワンセットになって袋に入って販売されているとのことでビックリしました。いただいたパンフレットはオランダ製商品でした。

 試験場の職員ということで遺伝子組替え作物や体細胞クローン牛など最先端技術と市民の生活感覚の関係、安全性などいろんな意見交換をさせてもらいました。都道府県での現場を抱えた研究者群と農水省の基礎研究者群とでいろんな研究の連携があるとのことで様々な研究テーマも全国的な情報ネットワークとして機能しているとことでした。勉強になりました。

 実は今日もフェアーに出かけたのですが、エネルギー系の分野を見て回りました。いろんな団体の取組みが参考になります。自転車のペタルを踏むことで発電をしてテレビを見るという遊びコーナーがあり、挑戦してみました。7分間踏み続け新記録を作って帰ってきました。ハーハーフーフーでイヤー大変でした。



2004年10月22日(金) 環境・森林フェアーはじまる




第2回環境・森林フェアーと第3回ゴミゼロ推進全国大会が、静岡市ツインメッセで今日から24日まで開催されます。環境森林・農水委員会のメンバーでもあり、静岡の市民団体・「ゴミゼロプラン静岡」市民ネットワークの方々にもお会いしたくて開会式から参加しました。

 森林ゾーン、環境技術ゾーン、エネルギーゾーン、廃棄物・リサイクルゾーン、環境保全型農業水産ゾーンと分野別展示となっており、それぞれに工夫があり、覗いて話しこんだらとても時間が足りなくなってしまうくらいです。

 写真は富士常葉大学環境防災学部の学生の皆さんが作った森林モデル。熱心に説明をしてもらいました。




 この写真は今回始めて取組まれた食器のデポジットコーナー。「ゴミゼロプラン静岡」市民ネットワークのメンバー提案だそうです。私も富士宮市の焼きそばをデポジット食器100円を追加で払い食べました。使い捨て食器に替わる面白い試みです。

 参加してみてはいかがでしょうか。



2004年10月21日(木) エルミタージュ美術館展




 江戸東京博物館でのエルミタージュ美術館展に行って来ました。写真はピンぼけですが作品は超一流のものばかり。ソ連からロシアに変遷する過程でレニングラードはサンクトペテルブルグに変わりましたが、エルミタージュ美術館は変わらずに存在していました。

 館内では音声ガイドプログラムで30点の説明をじっくり聞きました。歴史がよみがえります。でも、やはり、豪華絢爛、一体この富はどこから来たんだろうと思わずにはおれない文化財産。ロマノフ王朝の力のあらわれでしょうか。

 それにしてもサンクトペテルブルグの都市計画にはすごいものがあります。日本の城文化はそれに対抗しているのか、そんなことを考えながら鑑賞の時間を過ごしていました。

※ 昨日の段階でロマノフ王朝の時期と織田信長の時代を同じ時代と勘違いし書き込みましたが今間違いに気づきました。さっそくの修正です。恥ずかしい限り・・。

 
 



2004年10月20日(水) 台風23号静岡へ



 
 宮崎から早々に戻ったもののその台風23号が静岡県に。
 写真は、今日の午後1時くらいの静岡市安東川。
 真中の青のシートの所がポンプのある場所。
 左側の道路部分がいつも浸水する区域。

 内水氾濫でしたから水が湧き上がり、住宅の床下、床上に増水します。自家用車は中央高校に避難させてもらいます。

 これから夜半にかけてどうなるのか。
 22号のようにコースが少しでも外れてくれればと願わずにはおれません。

 今日は「空港はいらない!静岡県民の会」の拡大幹事会でしたが8時には終わり台風に備えました。
 
 



2004年10月19日(火) 視察中止




 明日鹿児島直撃の台風で飛行機が飛ばないことが予測されるため急遽の視察中止。宮崎空港にて待機。

 ただ到着便がつかないと出発便はなしということで次から次に時間遅れの管内放送が繰り返され不安が増します。来ない場合はバスで福岡まででて新幹線で静岡。
 
 時間もあるので構内チェック。
 アシアナ空港の国際線がありましたが、週3便、水曜・金曜・日曜とのこと。カウンターはチャーター便で少し賑わっていました。アシアナが静岡空港乗り入れを表明していますが、果たして赤字覚悟で乗り入れを維持できるのか。

 それにしてもいつ戻れんだろう。放送では宮崎空港におりることができなくて鹿児島空港に向かっていることが流されています。



2004年10月18日(月) 台風の中、フローランテ宮崎視察




 環境森林農水委員会の視察先は宮崎県。
 台風情報を気にしながらどうなることか。
 写真の園内写真は庭・モデルガーデンの花。

 1999年の全国都市緑化フェアーの跡地利用の産物。
 委託先は公社から株式会社と財政事情の厳しさはどこも同じ。

 整備費は28億円、委託料は2億8000万円。
 収入は2500万円。
 隣は有名な倒産企業シーガイヤ。
 つまり全体がバブルの負の遺産。
 勉強になります.



2004年10月17日(日) 外国人のための無料検診会、無事終わる




 会場の静岡厚生病院の玄関に立てられた検診会の看板。
 今日は、ボランティア130名以上が参加してくださいました。医師・看護師チーム87名、通訳チーム19名、一般ボランティアチーム27名。厚生病院が会場になって4回目通算7回、会を重ねるたびに改善がなされてきました。





 受診者は106名。事前予約は105名、全体登録128名、欠席者と当日受診者で差引きで106名。ほとんど毎年がこのパターン。問診ですが通訳と看護師でやり取りします。そして自分の希望する科目を回り、最後にアンケートを書きこんで終わります。

 今回、ボランティアスタッフに歓迎された点は、本部受付の所にお茶・お菓子コーナーが設置されたことと通訳など外国人ボランティに感謝状が作られたことでした。

 課題としては、有料か無料か、検診結果のフォローアップ、社会保険・国民健康保険加入、リピーターの情報管理、安定的財政の確保などがあります。本来ならこうした検診がなくても外国人が日本人と同じように保険加入できれば当面の課題は解消します。



2004年10月16日(土) 地震防災センターでトレーニング




 私の住む城北町内会でバスを仕立てての県地震防災センターへの見学とトレーニング。30名くらいの参加者だったでしょうか、高齢者の方が多かったです。

 津波体験、揺れ体験、消化訓練、耐震建物・家具、ビデオの順番で1時間。

 もうちょっと工夫が必要かなと。
 ちょうど、障害者団体の方々もこの日にグループで参加されておりました。
 視覚障害者団体の会長さんもお見えでした。
 車椅子の方々も。ただ、あの揺れ体験のところバリアフリーになっていなかったような思いました。改善が必要です。

 みなさんの感想は「こういう時はあれもこれも準備しなくちゃ、と思うけど、すぐ忘れるのよね、だけど、だから生きていられるのよね、信仰にならなくてって」が正直な所だったようです。「地震への備え」の難しさです。予告通りにやってくる台風被害とは違います。
 



2004年10月15日(金) 台風22号被災地の視察




 沼津市重須地区。ここはみかん畑だったのですが、そんなかけらも見えません。土石流のすごさです。「あと30分雨が降り続けたら民家がやられていました」という町内会の方の発言が印象的でした。




 伊東市宇佐美地区。川に流れ込んだ土石流が道路や川を埋め尽くしました。遠くに見えるのは復旧作業で川からすくいあげられた樹木や泥。川の上流にはまだまだ土砂が一杯で復旧に時間がかかりそうでした。

 環境森林農水委員会での緊急の視察でした。
 昨日の9月議会最終日に急遽開催された委員会でとにかく現地視察をということで決まったものです。委員会では、前日の建設委員会の視察で地元住民から感情的な罵声とも言える発言があったとのことで、
1、復旧作業のただ中で現地受け入れは大丈夫か、
2、「物見遊山」的にうけとられないか、
3、予算措置などメドが立たない中で視察でいいのか、
4、被災直後に来週に計画されている県外視察に出かけていいものであるのか、
などが論点になりました。

 委員会としては、来週の視察の中止も含め、代表者会議にはかって協議すべきではないかと言うことになり休憩に入りました。しかし、その後、様々な協議の結果、明日はとにかく現地視察を行う、その上で計画通りに県外視察も行うということになり、今日の視察になった次第です。



2004年10月14日(木) 11月2日土地収用説明会か?

 今日は9月県議会最終日でしたが、知事は、議会終了後,自民党議員団に土地収用申請を11月に行うことを明言したようです。11月2日にも島田市での説明会ということで、前日から8日前には地元新聞への広報ということになりますが、逆算すると11月25日の朝刊に載ることになります。

 いよいよ土地収用の手続きが具体化します。

 今日の反対討論での空港問題についての討論部分を紹介させていただきます。

 「第114号議案、第129号議案はいずれも空港関連予算が含まれていますので反対いたします。第119号に静岡空港本体工事分5億円、空港周囲部の障害切り土に係る5億円の補正予算が含まれており、第129号議案には榛原町の空港関連大規模農地開発事業が含まれています。
 静岡空港につきましては、知事は本議会で、3条件に誠意ある回答のない中での話し合いは拒否するとの地権者の手紙の趣旨を捻じ曲げて、意図的に「あくまでも話し合いを拒否する地権者」像を作り上げ、土地の確保のめどもないまま「確約書」なる空手形で静岡空港の許認可申請を行った自らの政治失態を覆い隠し、もうここまで来たら土地収用しかないとして「10月中の土地収用申請の決断」を明らかにしております。

 一方で、知事は、土地収用申請をしても07年3月開港には間に合わないことを熟知しながら、県内各地の諸団体、諸自治体、地元からの数多くの07年3月「早期開港陳情」には実現の幻想をふりまき、他方で反対派地権者には「収用採決まで話し合いのチャンネルは残っている」として収用申請を「形式的担保」のごとく見せかけておりますが強制収用はまさに民主主義の破壊であります。

 しかし、知事が考える土地の強制収用に2年、反対派の土地の工事に1年、工事完了からフライトチェックなど開港までの準備に半年、08年春の開港は、そんなに簡単に実現できるんでしょうか。国政レベルでも無駄な公共事業として大きな政治課題になりつつある静岡空港に対して、進行する羽田空港の再整備や中部国際空港の開港を控えて北側国土交通大臣がはたしてすんなりと事業認定を行なうとも思えません。

 まして仮に認定されても取り消し訴訟や収用法35条調査や強制収用=代執行そのものへ直接的な抵抗運動など住民や県民世論からの広範な反撃の前に、開港は遅れます。空港建設事業に土地収用法という強健発動をすることは、必ず破綻することを明言しておかなければなりません。

 この問題の民主的で合理的解決は、知事が円満解決というのであれば、言葉通りに、地権者が提案する3条件を受け入れ、円卓会議の開催と跡地利用ーエネルギー基地案を含め住民投票によって決着を図ることの中にしかないと思うわけであります。そのことが一番の早道なのであります。知事に対して地権者が提案する3条件を受け入れることを強く求めておきたいと思います。」



2004年10月13日(水) 明日は9月議会最終日です。

 明日は議会最終日です。
 討論の準備で大忙し。
 見逃していた談合に関わる議案で議会事務局の方々にご迷惑も。
 共産党議員団には資料もいただきました。
 関わる新潟市の市議会議員の中山さんからは更に詳しい資料も入手できました。

 討論のほとんどは空港予算10億円についてです。
 いつもいつももっと早くに準備をと思いますが、やはり1人で全部をやらなければならない議会環境にやりがいは勿論ありますが、対応はかなり大変と言うのが実情です。

 政策スタッフの確保が求められます。
 そして議員仲間の拡大も!



2004年10月12日(火) 空港反対8団体の共同記者会見




 空港の早期完成を求める様々な団体の陳情が繰り返されています。知事の11月までには土地収用申請判断と言う本会議答弁を後押しするかのような推進派の動きです。明日は、井上光一さん(静岡県日中友好協議会理事長)ら16名の個人呼びかけの「みんなの力で実現しよう! 早期開港!!」集会がグランシップで開催されます。知事の記者会見もあります。

 こうした中での反対派住民としてきちんと土地収用に対する姿勢を示しておく必要があるとのことからの記者会見で私も同席しました。共同声明や抗議文、事業認定取り消し訴訟の骨格などの資料提供しました。

 空港に反対する地権者・住民の会から松本さん、村田さん、空港はいらない県民の会から島野さん、桜井さん、吉本さん、竹野さん、空港予定地の自然を守る会の前田さん、その他、トラストの会や共有地権者の会など15名くらいのメンバーだったでしょうか。
 
 記者会見の後、メンバーは知事公室、空港建設局に押しかけました。秘書室には事前アポを取っていたようですが建設局には突然の訪問。収用申請前の時期だけに怒りと緊張が入り混じる中での空港建設中枢本体での職員とのやり取り、これからの波乱ぶくみの展開を予感させられる場面がいくつもありました。双方に覚悟が必要です。

 闘いは始まっています。



2004年10月11日(月) 新井英一コンサート




 宝台院本堂での新井英一コンサート。
 主催は、フランス割烹 玉珠(オクス)。
 もう何回もコンサートの主催になっています。
 
 残念ながら遅れて参加。
 新井さんといえば、もう、清河(チョンハ)への道。
 自分のアイデンティティを確認するために父の故郷へ。

 私も学生時代に日本の侵略の歴史を知り、自分の歴史を素直に語れなくなったあの時期。自己否定、そして懺悔。どうしたら「加害ー被害」関係を対等に出来るんだろうか、自分のアイデンティティとは何なんだろうと随分悩んだ日々もありました。

 それから30年以上も立つのですが、今は「加害ー被害」関係の歴史の共有は、結局のところ、「個人と個人の生き方」の関係としてトランスレートできるということに至っています。多くの韓国・朝鮮の友人も出来ました。

 新井さん、アンコール曲を歌って、静かに本堂に向ってお参りして舞台を去りました。2002年、清河への旅した最後に故郷の小学校のグランドでこの歌の48番全部を韓国語で歌ったそうですが、今はもうその気分になかなかなれそうにないとのことでした。

 自分とは何物であるのか、という「青臭いの問い」を続ける緊張の中でしか歴史の時空を超えることは出来ないということでしょうか。


 清河への道

 アジアの大地が見たくって俺はひとり旅に出た
玄海灘を船で越え 釜山の港を前にして夜が明けるのを待っていた

プサンの街でバスに乗り 海雲台の海を見た
ここが親父のふるさとと 思えば道行く人たちの顔がなにやらなつかしい

言葉のわからぬ悲しさか 身ぶり手ぶりで話した
俺はここへ行きたいと半島の地図をさし出して慶尚北道と指をさす

バスをいくつか乗りついでやっと慶州へたどりついた
リュックかついで人波を右へ左へ歩いてた心は遠いノスタルジア

アリアリラン スリスリラン アラリョ
アリラン峠を俺は行く



2004年10月10日(日) 台風一過秋晴れとはいかず




 日本中を台風被害に巻き込んだ22号、確かにすごいものでした。ただ、静岡県、そして私の住む城北町内も、予想したより進路が太平洋寄りになったこととスピードも速かったこともあり、大丈夫な状況、ホッとしました。

 昨日の夕方には夕陽も見えたりしました。こうした大雨のたび、家の浸水対策や憂鬱感を味わうのもやはり大きなストレスです。今日の朝は、きっと秋晴れではと期待しましたが日本海側の秋雨前線で1日中曇り空、さっぱりしませんでした。

 今日のボランティア団体の会合では、昨日の雨で大阪からかえって来ることが出来なくて参加できない人もいました。また、横浜で学会だったのですが、新幹線動かず、止む無くレンタカーで帰ってきたと人も。その話しの中で新横浜駅の1階のトイレが大雨の影響で中から水が上がってきて使用不能、隣のホテルの3階までいったとのこと、災害に弱い大都市を再認識させられたそうです。

 便利で住みやすい大都市の裏側の自然災害への脆弱さ。規模と集中をいかに分散するか、都市の農村、工業と農業の矛盾に関わることでもあり簡単に克服できそうにありません。

 写真は事務所近くの鉢植えの花。



2004年10月09日(土) 台風22号




 今年最大の台風が静岡県を襲います。
 夕方から夜半にかけて最大規模に。
 すごい雨が降り始めました。
 今日の朝も私の町内・城北は水が溢れ出し始めていましたがしばらくして小康状態で元に戻りました。

 写真は、午後1時くらいの時のものです。3時段階でもうこの写真の排水溝はみえなくなりました。この排水溝がふさがり、仮堤防の高さまで水面が上がると、当然の物理的法則によって川と道路側の水面は同じ高さになろうとするわけで道路側部分で内水面氾濫が始まります。

 空からと静岡のコンクリート市街地から水はどんどん写真に写っている安東川に向ってきます。安東川から巴川に流れ清水へなのですが、途中の大谷川放水路で大谷海岸に水が流れ込みます。巴川が堤防いっぱいになるとどうにもこうにも水が動きません。この巴川の水が引いていくと私の町内の内水氾濫が収まっていくのです。

 その間を電気ポンプが道路に溜まった水を川にかき出すということで被害の軽減のための工事が今すすでいる途中です。写真のコンクリートの色が変わっているのはその為です。ニュースでは、今日は外に出歩かないで下さいという呼びかけがなされています。イヤーどうなるんだろう。とにかく、被害が少ない事を祈るばかりですが、政治は何をやっているという厳しい批判は免れる事は出来ません。

 



2004年10月08日(金) 県議会会派・平成21の申し入れでの知事の発言はどう見るべきか




 平成21のの知事への土地収用に関する申し入れについては新聞報道は二つに分かれました。申し入れした事に対する知事の「土地収用申請をしても07年3月開港は無理」というところに焦点をあてた報道と平成21、条件付で土地収用容認という報道です。

 そこで、申し入れ文書を入手し読みましたが、確かに条件付収用容認と受け取られてもおかしくない表現になっています。2つの申し入れ事項で、一つは円満解決、2つ目は土地収用の申請をするつもりなら事前に県民に事前説明を、というものです。

 そして、知事はこれまで開港スケジュールに変更なし、その実現のためには収用をやらざるを得ない、としてきたわけですが、自民党や推進派のキャンペーンに水を差すようなコメントを出したわけです。このコメントは収用申請はただ、形式的なものだけですよ、申請しても円満解決をという姿勢はかわりません、話合いのチャンネルは残しています、という申請行為をやわらげる為の高度な逆キャンペーンとも言えます。

 石川知事のまさに官僚知事としての動揺する官僚的性格のあらわれなのか、最初から収用ありきでポーズだけ話合いー円満解決だったのか。おそらく後者なんだろうなっという怒りと苛立ちとがっくりする知事の動きです。やっぱし、新しいリーダが静岡県に必要です。

 



2004年10月07日(木) 体細胞クローン牛は生命倫理にふれないのか




 昨日の農業水産部の質疑の中で議論したことの一つに、体細胞クローン牛の生産をめぐる科学技術と生命倫理の問題がありました。人クローンは法律で禁止されており、体細胞クローン牛は生命倫理にふれない、優良な牛の大量生産が可能、厚生労働省が安全宣言をしている、遺伝子組替えで医療分野でも期待される、しかし、技術が発展途上であるので、まだ市場にはださない、これが当局側の答弁です。

 論戦は
1、「神的」技術への信仰は、人クローン胚の研究認可に現われているように動物と人の境界を越えてしまう恐れがある、国のガイドラインや内部の評価システムだKではコントロールできない、市民が参加するチェックシステムが必要
2、安全というが、388頭のクローン牛のうち194頭が生まれた直後に死亡
3、安全宣言というが消化試験ひとつを取っても生後1日から4日の牛肉をつかったものでラットの実験で実質3日間にしか過ぎない、など実験事例が少なすぎる
4、ドナー細胞のミトコンドリアがもたらす遺伝的障害と食品としての安全性への不安
 などをめぐるものです。

 時間がなく安全性の議論にまで踏み込めませんでしたが、各試験場に消費者が参加する評価委員会がありそこでチェックされるという答弁がありました。家畜遺伝子組替え実験まで既に試験場で行われています。どのように考えたらいいんでしょうか。

 写真は久しぶりに駿府公園を歩いていて目にとまった花畑。



2004年10月06日(水) 静岡県としてはBSE全頭検査を貫く




 本日の農業水産部の委員会質問のテーマは
1、簿外郵券問題(西部農林事務所にかかわる)
2、食品の安全と科学技術(家畜クローン、遺伝子組替え、BSE)
3、有機農業について(基本的考え方、世界お茶祭り・全国お米祭りでの有機農業、お茶のトレーサビリティでの有機農業の取扱い)
4、空路活用農水産物検討会
5、静岡県水産政策基本プログラム
6、バイオマス戦略
についてでした。

 委員会質問時間に制限はないのですが、11人の議員は、委員長・副委員長が運営上の立場から質問の棄権ということで8人で時間を割り振ります。9月議会が本来、大型補正予算が組まれていた事もあって3日間が予定されています。ということは、委員1人1人の質問時間は気にしなくていいことになっているわけです。ところが、7日に花博で農水委員会に関わる企画があり、事実上の2日間でという委員長方針を私含め、各委員が了解をしたこともあり、2日間で終わりました。

 今日の農水委員会の報告を詳しくしたいのですが、文字スペースの関係もあり簡略に報告します。一番の答弁は、政府のBSE20ヶ月未満の検査の廃止方向に静岡県はどうするか、についてのもの。県としては、基本的に全頭検査を継続する、20ヶ月未満検査なしとした場合、店頭での牛肉表示でのダブルスタンダードが起こることが予想される中、政府に対してはダブルスタンダードがおこり得ないように働きかける、というものです。

 消費者グループの直接行動を中心に政府への対抗キャンペーンが始まっています。関心のある方はご連絡下さい。

 写真は、遺伝子組替え食品などバイオ関係についてのNGOキャンペーンニュース。



2004年10月05日(火) あせる空港推進派




 本日のは環境森林農水委員会の報告をと思っていましたが、総務委員会で簿外郵券の中間報告が、企画生活文化委員会で空港現地視察が行われましたので、空港問題について間単に報告します。

 「10月中の土地収用申請の判断」という石川知事を励ますように推進派諸団体が陳情合戦です。企画生活委員会でも空港現地視察と集中審議。岩崎総室長は、反対地権者が広大に土地を所有する制限表面の土地については、最初は強制収用で→航空法で邪魔な部分だけを排除する→また強制収用で、と方針転換をしたことを答弁したようです。建設局は、志村事務局次長の国土交通省への戻りで建設局自体の求心力が失われていルる中、俄然ハッスルしているのが岩崎総室長。

 こうした推進派の動きを「強き」と読むか「弱気」と読むか。私は、本日開催された中部国際空港の旅客ターミナル完成式典。来年5月に向けての益々の営業大キャンペーンが始まることへの危機感で、今チャンスを逃したらまた開港が伸びるという推進派のあせりとみています。
 
 写真は、空港全体の航空写真。空港滑走路のど真ん中に反対派の森が見えます。今回、土地収用対象に組み入れたのは左の滑走の端にある部分です。



2004年10月04日(月) 明日は委員会質問




 明日は環境森林部委員会で質問で、今、準備中です。
 テーマは
1、麻機遊水地でのダイオキシン汚染について
2、ダイオキシン汚染小型焼却炉などの撤去について
3、大井川ゼロエミッション事業について
4、自動車リサイクル法施行について
5、静岡空港オオタカ、島田市クマタカ問題について
6、森林問題についてのいくつも質問
7、そのほか

 です。10:30からはじまります。傍聴は確か20分前には申し込みをしなければなりません。スタッフのメンバーがお待ちしています。お時間ある方は傍聴にお出かけ下さい。

 写真は、土木部が発行する麻機遊水地のパンフレットです。



2004年10月03日(日) 10月17日は外国人のための無料検診会




 10月17日は外国人のための無料検診会、あと2週間。
 コンサートの準備に予想以上の労力を取られ本来の活動の準備不足が目立ちはじめました。医療チーム、通訳チーム、一般ボランティアチーム、広報チーム。

 明日は最後の実行委員会。
 10日に受診者のカルテ作成に1日かける作業。
 その為には受診者リストがそれまでに作られなければなりません。
 参加者は昨年並になりそう。

 常任委員会の前の日でちょっとツライボランティア活動です。

 検診希望の方はまだ大丈夫ですので周りに健康診断を希望する外国人の方がいらっしゃいましたらご連絡下さい。



2004年10月02日(土) 知事の三方面戦略は成功するか?




 昨日で本会議の代表質問・一般質問が終わりました。
 知事は、田島秀雄議員の空港質問に「土地収用申請は11月までに判断」、花井征二議員のプール金全額返還すべき論に「議会にかかるのは予算の款と項だけ流用に問題はない」、佃弘巳議員の新エネルギー質問に「来年6月に新エネルギー国際会議を開催できるかもしれない」と答弁しました。

 そこに見える知事選挙に向けての三方面戦略。
 まず、静岡空港問題で土地収用申請で推進派に強いリーダーシップ象を示し、簿外郵券全庁調査で検察庁のこれ以上の逮捕者攻勢にブレーキをかけ、花博の成功をさらに自然エネルギー国際会議開催イベント求心力で維持し、知事選挙を逃げ切る。

 果たして、望むように進めるのか。

 4日間の本会議を傍聴していて思う事は、あらゆる質問者に対し、力のない答弁、長い話と笑いを含めた緊張感欠如のその姿勢、こんなぬるま湯的知事の政治姿勢で静岡県は発展できるのか。過去のプール金問題を清算できない「役人身内意識」に凝り固まった知事の官僚体質、石川知事に強制収用などという公権力を振りまわさせることはできません。29日の奥之山議長就任パーティでは、「この秋には壮絶な戦いが来るやも」(うまく聞こえませんでしたが)らしきことを言いかけて途中で言葉を飲みましたが、まさに話しのダシに収用問題を持ち出そうとしたのです。

 静岡県に今こそ新しいリーダーが必要です。

 写真は今日のイチローの安打記録を知らせる静岡新聞。日経新聞を除く全社が1面トップにイチロー。259の数字のあった静岡・中日新聞から。



2004年10月01日(金) 決算特別委員会の初顔合わせ




 一般質問最終日、決算特別委員会19名の初顔合わせがありました。
 4年間に1度、会派の大きさに関係なく全員が委員になることが出切るというシステムになっています。
 委員長は曽根恵津広議員。
 
 2年目になるので委員のメンバーの名前と顔は大体一致します。
 冒頭から11月2日から22日までの期間変更の議題。
 22日が月曜日なので最終日を19日の金曜日にしたいという委員長提案、というのも月・火、水が休みで木・金の日程で「民間では毎日仕事しているんだから」と2週目の10日の水曜日の休みを返上しようというものです。
 
 共産党の酒井政男議員が、22日を19日にするのはいいが、はじまりを1日からすればいいじゃないか、と反論。ああだ、こうだのやり取りがあったものの委員長の根回しどおりに進みました。次は事務局が用意した決算の議論のし方・解説みたいな資料が出てきていて、これはなんだ、始めての決算委員に質疑の方法を事務局方針に誘導するのか、と酒井委員が再び噛み付きます。

 結構、審議が紛糾しそうな委員会のはじまりです。

 写真は、決算審議資料で、これを全部読みこまなければならないのです。
 9・10月議会が終わったら決算質疑の学習のはじまりです。





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K.matsuya

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