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もずりんの日記
もずりん
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2006年02月27日(月)

実は金曜日あれから大変だったんです。
結局ワイン1本独りであけて、2本目まで。。
そうなるとお酒も助けになってどんどんマイナスへ。言いたいこと言いたい放題。挙句の果てに全くいきてるのが嫌になって自殺するってわめきだし、2回ほどナイフ持ち出しかけました。当然主人が阻止したのですが、
最後はワインを吐いて、翌日は朝から二日酔い。顔もむくんでるし大変。
ちょうど土曜日はカウンセリングあったんで事情を全て話しました。
時期的にも不安定になることもあるんだけど、まだまだ油断できないねって。まだまだ気持ちの奥には不安定な部分が残っていて、それが普段は隠れてるのに、何かをきっかけに噴火しちゃうんですよね、って。当分2週間に1度のカウンセリング通いに変更です。

昨日は食欲も戻ってきたし、顔のむくみもましになってきたんだけど、
昨日は、本当は息子とアパート見に行く予定だったのに、どうやら息子、店から本採用の決定が当分見送りになったみたいです。どうやら声が小さいとか協調性がないとかでそのために当分様子を見ることになったみたいです。世の中そんなに甘くないってことで、ほらみろって感じながらも、こんなことで夢がつぶれるのはかわいそうって思えてきたり、本当に親ばかなんです。でも、当分もうワインは飲みません。

でも、金曜日本当に死にたいって思いました。でも、それを阻止したのは主人なんです。主人には私しかいないんだって思ってしまいました。
でもね、、、、、でも、やっぱり生きていかなくてはならないんですね。

さ、これから仕事行ってきます。



2006年02月24日(金)

最近の私は荒れまくってます。自慢じゃないけど、ワイン二日で1本あけました。おまけにワインで睡眠誘導在や安定剤飲んでます。
原因はわかってます。子供達です。今日も息子がアパート見つけたから見にきて欲しいって。そのメールで私の頭の線は切れました。
明日は久々のカウンセリングです。どうなることやら。
頭の中では全てわかってます。独り暮らしさせることも勉強の一つということも。でも、気持ちがついていかないのです。この日記を書いてるのも冷静に見えてますが、ワイン1本開けて、薬飲んだ頭でつけています。完璧に酔っ払っております。でもね、私が育てた20年間ってなんなんでしょうね。
いつかこんな時がくるのは判ってるし頭の中では理解できてます。
でも、気持ちがついていきません。
当然こんな状態で今の仕事ができるわけもなく、仕事も来月一杯でやめることにしました。ノルマのない仕事を探してもらうつもりです。

昨日から、息子はケーキ店でバイト始めましたとっても楽しそうです。
それがまた腹立つんです。本当は喜んでやらなくてはいけないことなのに、
わかってるんですけど・・・・・・・
バカ娘もどうでもないことで悩んでるみたいです。
私から言わせば私ほど苦しんでることなんてないはずです。来週にはけいちゃんの誕生日とそのあとに命日がやってきます。とっても苦しいんです。
けいちゃんの傍にいけるならすぐにでもいきたいって本当に毎日思い続けているんです。でも、それができないから余計に苦しいのです。
きっと私の今の気持ちなんて誰にも理解できないでしょうし、わかってもらえることなんてないと思っています。私が本当に苦しんで病気、入院になって初めてわかることだと思っています。こんなにワインを飲んでも体はなんともありません。不思議ですよね。私の体ってどんなに丈夫にできてるんでしょうね。はやくけいちゃんの傍に行きたいのに・・・・・・
いけないのは、私にまだやらないといけない課題があるからなんでしょうね。こんなに苦しいのに、どこまで苦しめばいいのでしょうね。



2006年02月20日(月)

最近日記が・・・・・・

ところでここ1っ月ほどいろんな事ありました。本当に仕事の面でもストレスを感じて私生活でもストレスで、何度も何度も死にたいって思ってきました。そんななかでもなんとか生きてきてます。そしてテレビで幼い命が他人の手で断ち切られています。それを思うと私は生きていかなきゃいけないんだって思っています。でも、精神的にはボロボロでいくら薬を飲んでも興奮状態を抑えることもできず、眠ることもできません。当然飲む薬の量も勝手に増やしたり、いけないとはわかっていてもワインを浴びるように飲んでしまったり・・・・・・・

で、仕事のほうは、先週営業担当にノルマの達成は無理だし、この仕事かなり自分にストレスを感じてる。ましてや家の事でごたごたあればもろにその影響がでてくるからということで、とりあえず来月末で今の仕事の更新はしないことを伝えた。次を探してもらうようにした。ということで、とりあえず今週末には最終決断を話すことになっていますが、不思議と派遣や周りの人たちにいうと、申込がとれるんです。で、いつもここでもう一月頑張ってみようかと思うのですが、今回はもうやめよう。同じことの繰り返しになるような気がしてきた。

そんな私をいたわるように昨日、一昨日と主人が二人でのんびりとドライブに連れてくれました。少し高いけど家族風呂でのんびりとさせてくれました。悟るようにこれからは夫婦の生活を楽しまなきゃって言ってくれるんです。その気持ちはとっても痛いほどわかるんだけど、どこか割り切れない部分がまだ私には残ってるんです。お腹を痛めて3人産んで、独り先に天使に旅立ってその分余計に必死に二人の為にって頑張ってきたのに、巣立っていく時は簡単に巣立っていく。いつかこういう日がくることも判ってたし、誰に頼まれたわけでもなく当たり前のように育ててきました。自分なりにこういう日の為にって自分の楽しみも見つけてきたけど、やっぱり・・・・・・


つべこべ言わずに仕事行ってきます。



2006年02月12日(日)

この3連休ですが、リフレッシュと思いながら休みは、しっかり編み物を。
そして昨日は石切さんへ。

そして私の心配の種、本日無事に娘の定期演奏会終わりました。
例年以上にすごい人で、開場30前には行列でした。
詳しい内容はともかく、最後はやっぱり泣いてしまいました。
もちろん本人もですが、私も3年間。いえ、中学から始めた6年間。
本当によく頑張ったと思います。とくに高校での3年間は部活の為に
高校に行ってる様なものでしたから。とりあえず感動しました。
ネット友達の方も来て貰えたし、楽しんでもらえたかな?
本人宛にたくさんの花束ももらいました。2年前、感動の舞台に立つことが
できるかな?って思ってた心配をよそに、本当に良かったです。
お疲れ様。娘。そして私も。
といっても、当分はまだまだ出る本番がたくさんありますが、
とりあえず、卒業後に入るアマチュア楽団がどこもフルートパートが定員満員で入れずに、決まってないんです。本人はずっと続けてたいと思ってますので、なんとか決まればいいのですけどね。

あとは、息子のほうです。なんとかなるでしょ。娘も今度は大学の準備もしなくてはいけないし大変です。まだまだ落ち着かない日々が続きそうです。



2006年02月10日(金)

先日の日曜日に息子と大阪へ。
そのあと、またひと波乱あったんです。
当然、私の精神的不安定材料になったことも本当です。
でも、結果的には主人の「二十歳を過ぎた男が一度口にした言葉は責任を取るべきであって、それは親子の縁をきるくらいの覚悟で口にした言葉であるだろうし、そうでないとこれから息子が生きていこうとしてる人生はやっていけないであろう。決して中途半端に親に廻りに甘えることの出来ない言葉を口にしたのであるということを忘れるな」と息子に。そして私には「子供は20才を過ぎるとあたりまえにように親の元を巣立っていく。娘が短大を卒業した2年後、今度は夫婦でどう残された時間を充実した時間として過ごしていくかを考えればいいんだ」って言われました。主人の言う事はもっともです。ただ大切な命を亡くしてる分まで二人には一生懸命親としてやっていってあげたいと願うばかりでずっと亡き通しだったのですが、親のそばであまえさせるばかりが愛情ではなく、時には世間の厳しさの中に突き放すことも親の愛かもしれないと思えるようになりつつあります。

でも、まだまだ私の精神が安定したわけではありません。まだまだ複雑な心境です。そんな疲れた私自身の体を休める意味で今日は仕事を休みにして自分の時間を使いました。でも、明後日には娘の最後の晴れ舞台が待っています。それが終わったら次の週末にはのんびりとしてみたいと思います。

子供達が本当に親にヘルプを求めてきた時、必要な時に素直に手を差し伸べてあげられるような親になりたいと思います。それまではとことん突き放すことも必要なのかもわかりません。甘いオブラートに包まれた世界ばかりの中で行き続けることが出来ないことを教えるのも親の務めなのかもわかりませんね。それが私自身への前進になるのかもわかりませんよね。


さて明日からオリンピックです。なんとか楽しめたらいいかな?



2006年02月04日(土)

ここ何日かとっても落ち込んでました。
けいちゃんの祥月命日が来月に迫ってることもあります。

でも、今日は幾分落ち着いてきました。
明日は息子の店とアパートを住む場所を探しにいきます。
正直言って迷いはあります。でも、これも一つの方法なんですって
思えるようになってきました。息子は私が考えてた以上にしっかりした考えを持っているみたいです。多分また同じことを繰り返すかもわかりません。
でも、そこで受け止めてやれるのが親としての立場なのです。

まだまだ素直に受け止めることができるかどうかもわかりません。
でも、私たちは生きてるのです。だからやり直しがきくのです。
失敗しては這い上がればいいのですから。親はその時に手助けしてあげればいいのです。先ほど夫婦っていうドラマをみました。これからも私達夫婦と重なる部分もありました。反省もしました。

息子の事は私にも息子にもいいスタートになると思います。
そして娘にもいい経験ができるのかもわかりません。
息子には焦らなくてもいいからその分しっかり自分の信じた道を歩いて欲しい手す。そんな時に躓いた時に私達が居ることをしっかり覚えてくれればと思っています。

私もすこし立ち止まれたかな?これから息子とのことでも多分ぶつかり合いながらやっていくと思います。でも、大切な命を亡くした事はそれぞれに心の傷に残ってるはずです。だからそれだけは忘れないように頑張ってほしいと思います。まだまだ私も後戻りしながらもあるでしょう。それでもいいと思います。頑張っていきます。私なりに。



2006年02月02日(木)

昨日から2月です。実はこれから私は凹む時期に入ります。
とくに息子のこともあり、最近けいちゃんがなんで生きてないの?
なんで箱になってるの?ってまるで当時の私に戻ったような心境。
子供達は私の思うように育ってくれないのは判ってるけど、
けいちゃんはいっつも「かあやん、かあやん」って私を追いかけてきてくれた。職場にも私の姿を求めにバイト先にもきてた。そこでうれしそうな顔をして満足して帰っていった。そんなけいちゃんが今どうしていないのかってとっても恋して寂しくてとっても辛いです。その寂しさを紛らわすように愛犬に話しかけてもけいちゃんみたいに返ってこない。
本当にどうして?ってここんところ毎日涙流しています。
自分がけいちゃんの分も生きていかないといけないのはわかってるけど。。。

息子は結局いろんな決まりごとを作りながら独り暮らしすることに。
それがいちばん今の息子の為にいいことだとの結論。ただ、就職先から採用決定がでたわけではないのですが、息子にとっては二度とないチャンスだと思うから。その分ルールはちょっと厳しい目にきめることになりました。

そんなこともあって私が子供達を生んで育ててきた21年間を振り返ってるとどうしてもけいちゃんの存在が大きくなってきます。それでも仕事を休むことも出来ず、毎日精神状態との戦いです。本当の今の私は家からどこも出たくなくてけいちゃんの仏壇の前でずっと泣いていたい気分です。でもそんなことしたらめちゃ凹んでしまうことがわかるから。嘘の自分をつくりながら思い体を動かしています。どうして?どうして?ってそれの繰り返しです。多分しばらくはまた後戻りです。いえ多分足踏み。こんな状態があってもいいですよね。