ココロ ノ ハコ。
aya



 自分の知らない世界。

「怖がって行動せずにいるよりも、
 ほんの少しの勇気を持って前に進んだら?」

と前の日記にも書いたけど。
すこーしだけ、それを実践。

100%やれたわけでは無いけど、
(元々100%完璧にできるわけ無いし)
前に比べたら、できた気がする週末。
そう言う自分に(^-^)//""パチパチ

久し振りにこころの奥を吐露した週末。
それを受け止めてくれて返してくれた彼。

あ、これでいいんだって思えた。
新しい世界の幕開けと言うと大袈裟かも知れないけど。

自分のこころの窓を開いてみた瞬間。
新しい光が漏れてわたしを照らしたような気がする。

メールの「すき」と言う言葉の羅列よりも、
もっと大切に思えるふたりで共有する時間。
深いところで繋がる絆。

わたしなりに大切にしたいと、こころから思った。

2003年07月27日(日)



 むずかしい・・・。

2日前、表日記を参照してくれたらわかるけど、
とってもとっても凹んでた。久々の激鬱。

泣けるのであればわんわんと泣いていただろうけど、
全然泣けなかった。泣くを通り越して枯れてた。
こころが。

散歩から帰って日記を書いて、
御飯を食べて、薬投下してすぐベッドへGO。
それが効いたのか、次の日(昨日)は
思ったよりこころが回復してた。

と言うより、そう言う状態だと言うことを
彼が理解してくれて、メールをくれたのも大アリ。

理解してくれる人がいると言うこと。
ありがたい。

世の中は早い。
ひとりの人間になんて世界は合わせない。

それなら。
自分が居心地良い世界を構築すれば良い。
字で書くととっても簡単。
でも実行するのは難しい。

わたしの感情。
わたしが表現しないとダイレクトには伝わらない。
でもそれを恐れている時も多分にある。

「失うのが怖い」
ずっと前から思っていること。

「怖がって行動せずにいるよりも、
 ほんの少しの勇気を持って前に進んだら?」
ずっと前から言われていること&たまに思うこと。

どんなに仲良しだとしても、
自分の意見は他の人とは違うもの。
それを押し殺して生きていくのは、
次第にこころを殺していること。

でも相手の状況を考えると中々言い出せないのも事実。
人間関係って難しいね。
難しいけど、求めているのも事実。

2003年07月25日(金)



 彼の日記を拝借(爆)

この前彼が自分の日記でこんなことを書いていた。
(無断転載ゴメンm(__)m許して〜)

”焦る必要も後悔する必要も
何処にもない。自分だけの生き方、誰に惑わされる事もなく。”

・・・そうだよね、と思った。
自分だけの生き方。
自分だけの足跡。
改めて考えさせられた一文だった。

そう思える彼が凄いと思うのと、尊敬の念と。
そして、尊敬できる人が近くに居ると言うのは
本当に素晴らしいことだし、また、活力にもなり得る。

逆にわたしは彼に何某かのそう言った刺激を
与えているんだろうか?なんて、
また不安になっていたりもするけど。

でも、わたしはわたしのまんまで、
彼に向き合っていくことがまず最初の一歩、かな。


2003年07月19日(土)



 残業

続きの彼。
帰りがけに電話をくれた。

明日も出勤。
通勤するにも結構な距離を
彼は毎日通勤する日々。

遅くなった分だけ
帰る時間も当然遅くなる。

そういう日々を送る彼に
わたしは何もしてあげられない。

申し訳無い気持ちと
自分のペースを保つ為に
働くことは難しいと感じる気持ちと。
両方抱えている日々。
今のわたしが実感できない働く日々を
送っている彼にわたしなりに
何かできることはあるんだろうか?

問い続ける毎日。

2003年07月18日(金)



 人間

変化するものです。
環境、年月。そして、人との関わりの中で。
人間は社会的な動物なのです。
(↑学生時代の受け売り(爆))

ある友達に
ふと、聞きたくなることがあって
メールしました。

最初わたしと会った時と
今のわたしって、違う?変わった?
と。

友達は即レスで

「初めて会った時は正直言って
 病んでると思った」

「かなり情緒不安定だと思った」

と。

その友達と初めて会ったのは、
先日書いた日記で番号が隣り合わせの
元彼と付き合っていた。
そして、社会人1年生になったばかり。

確かに友達と初めて会うちょっと前から
精神科に通い始めたんだった。

そのあと少し続いた友達とのメールで
当時のことをおぼろげながら思い出した。

あの頃はギャーギャー騒ぐことで、
自分を一生懸命演出していたこと。
集まりが終わって当時の彼に

「集団でいる時って無理にはしゃいでない?」

と何回か言われたことも確かにあった。

無意識に切り替わるわたしの中のスイッチに
自分自身どうして???と思いながらも、
仕方無い。でもそれを続けているのもきつい、
と思っていた。

今ではそう言うことが全然無くなった、
と言えるかと言えば、答えはノーになる。
でも以前に比べてすっとんきょうなことを
することは無くなったかな、と思える。

要するに、少し落ち着いたってことでしょう。
そんなにすっとんきょうなことをしなくても、
周りの友達は理解してくれている。

そう言うのを少しでも感じることができるように
なったのかも知れません。

そうやって自分の扉を少しずつ開いていけたら、
やがてわたしは病気とサヨナラしているかもね。


2003年07月17日(木)



 ほほー。

Lycosのトピックスより↓

”英ボーダフォン傘下のJ─フォン(東京都港区)は、
携帯電話のEメールアドレスのドメイン
(@より後ろの部分)を「jp─X.Ne.Jp」
(Xは地域ごとに異なる)から
「X.Vodafone.Ne.Jp」(同)に変更する、
と発表した。11月中旬から実施する。”

だと。
わたしはJフォンユーザー。
元々彼とJフォンに乗り換えてからずっと使ってる。
元々彼とはそれ以来、番号が隣り合わせ。
それはだいぶん前にどこかの日記で書いたけど。

ふーーーーーーん・・・・・。


2003年07月15日(火)



 「縁」というのは不思議なもので。

彼と付き合い始めてはや半年の月日が経ちました。
季節は冬から、もうすぐ梅雨明け→夏と言った日々。

夏真っ盛りになるまでが1番忙しいと言う彼は、
今日も残業をしているらしい。お疲れ様です。

1年の半分が過ぎた今日この頃、
振り返ってみればわたしたちはわたしたちなりに
色々とあったのだなーと思う。

生活時間が全く違う時期もあったし、(今でもか?)
彼は仕事をしている身、わたしは家で大半を過ごす身。

お互いの意見が食い違っていたことも勿論あった。
そりゃ、人間だからそういうこともあるのは当然。
些細なことでどかーんと落ち込んだりもしたなぁ〜。

そんなこんなでこれからもできる限り、
ワーワー言いながら進んでいくつもりです。

ありがとう。


2003年07月10日(木)



 死。

良く行っているサイトの管理人さんが
「死」について書いていた。

わたしの周りで今、死に直面しかかっている人がいる。

表にも書いたかも知れないけど、
それは私の父方の祖母なのです。

大腿骨骨折して手術して、
それから病院を変わって、痴呆の症状がわかって・・・。

暫く発熱が続いてたらしく、顔は1週間のうちに
ガラリと変わっていたらしい@母談

父は実母のその姿を目の当たりにして
「もう先は長くない」と母にぼそりと言ったらしい。

思えば最近はおめでたいニュースばかり
飛び込んできていたわたしの周り。
にわかにそのような話が舞い込んできて、
ちょっとだけ動揺している。

確かに歳が歳だから(98)
人生の終息はわたしよりも少ないと思われる。
(事故とか病気に罹らない限り)

今まで結構ないがしろにしてきた祖母だけど、
そう言う話を聞いてしまったらやっぱり
「血の繋がり」と言うのは固いな、と実感する。

2003年07月07日(月)



 忙しい毎日だと

忘れてしまう人と人の絆。

いつも考えているわけじゃないけど、
わたしが大事だと思っている人が
わたしのことを大事だと思っていてくれている。

それだけ。
それだけで、
ありがとうって思う。

そして、これからも
大事にしていきたいし、
大事にして貰えたら嬉しいな、とも思う。

2003年07月03日(木)
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