V字経営研究所・酒井英之の4行日記
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2002年09月30日(月) 産地表示の裏側

新大阪駅前にあるモスバーガーの店内の黒板。同店で使われているレタスとトマトが、どこの誰の農産物かが記されていた。トマトの方は岐阜県大野郡、レタスは長野県佐久である。掲載されていない野菜類は皆、輸入品なのだろう。情報の公開性からいけば近い将来、輸入野菜類に関しては保険所等が発行する農薬の検査証などが店に貼られるかも知れない。


2002年09月29日(日) ありきたりの安心『さくら』

NHK『さくら』の放送が終了した。地元が舞台なのでそれなりの関心はあったが、脚本が余りにもお決まり、一話見ればその先数話の展開は簡単に予想できるワンパターンの連続だった。決して面白いとはいえなかったが、最終視聴率は歴代朝ドラ中5位だという。驚かされるNEWSが多い中、「お約束」の展開は視聴者に癒しと安心を与えるのかもしれない。


2002年09月28日(土) 32年前のやんちゃ坊主

地元新聞の『この人』欄に掲載される。すると大変懐かしい人から電話を頂いた。小学校1・2年時の担任だったT先生。32年前の生徒だった私の名前を、77歳の今も覚えていてくれたのだ。さらに父の名前を覚えていて、それを電話帳で引いて連絡をくれたという。T先生にはカミサンも習ったことがあり、ただならぬ縁。先生は当時の私にソックリな息子を見て何と言うだろうか?


2002年09月27日(金) 2つ負けなけなくちゃならない

ある優秀商社マンの話。売るべき商品が5つある場合、5つ全部売ろうとは考えてはいけない。勝ち越せばいいのだから3勝2敗を狙うという。2敗しなきゃいけないから、その2つを明確にする。そして勝てる3つの仕事は、部下に任せ、自分がその負ける2つを担当する。すると結果的に4勝1敗、5戦全勝になるという。●星を○星に変えることこそ上司の仕事なのだ。


2002年09月26日(木) 一将功成って万骨枯る

市場支配力の強いメーカーのC社長が販売先を集めたパーティで「弊社は有利子負債○○億円返済することができた」とスピーチした。これを聞いていたある問屋の社長は激怒した。「いったい誰のおかげで借金を返せたと思っているのか。その間どれだけの問屋が潰れたか」。一将功成って万骨枯る。その功ばかり主張したC社長は懇親会場で非難され、恐縮したという。


2002年09月25日(水) 欲しい言葉を目標にする

某社の戦略企画者を鍛える仕事がスタートとした。最初に「どんな企画者になりたいか?」「企画者として欲しい誉め言葉は何か?」の自分だけの目標を作ってもらった。ある研修生は『実践的企画家』に成ることを望み、客から『お前のおかげだ』と言われることを目標とした。企画は四面楚歌もある孤独な仕事。その孤独に耐えられるのは、自分の目標に忠実な者だけである。


2002年09月24日(火) 貴乃花の「気持ち良かった」

秋場所後、貴乃花が「ものすごく気持ち良かった」とインタビューに答えた。仕事を終えたときに「気持ち良かった」と思えるのは、自分のシナリオ以上の結果が出た場合である。責任・不安・緊張…それらを克服したぞという自負・自分を信じ抜いた満足感・重圧から開放された爽快さ。自分もプロジェクトを終えるたびに「ああ気持ち良かった」と思える仕事がしてみたい。


2002年09月23日(月) 運動会の校庭

幼稚園の運動会。園児達の目印になるよう、係員が種目が変わるたびにグランドにいろんな白線を引く。いくつもの種目の後では、白線が何重にもなり複雑怪奇な模様になった。この模様がもっとシンプルになれば、いちいち白線を引く必要はなくそれだけ生産性は高くなる。同じベースから違った商品を作る。そこにコスト競争を勝ち抜くカスタマイズの極意がある。


2002年09月22日(日) 愛情と厳しさ(父親編)

高校生の娘がいる友人。彼の教育方針は「ああしたい、こうしたい」という子供に対し「なぜそうしたいのか?」と聞き、そしてその答が1を言って2が返るようなの平凡なものなら、子供の要求を退ける。逆に1を言って4とか5とか、深く考えた答が帰ってきたら認める。「子供なりによく考えたかどうか」は自主性のある子供を育てるための優れた判断基準だと思う。


2002年09月21日(土) 愛情と厳しさ(社長編)

3年前までB社に務めていたA君。本人のわがままでB社を辞めたものの、停職にありつけず、再びB社長の門をたたいた。B社長は手塩にかけたA君の復職を内心は歓迎したが、ある条件を出した。その条件は日付の入っていない辞表を書いて提出すること。B社長はそれを預かり、何かあれば日付を記入するつもりなのだ。愛情と厳しさの共存。これぞ優しさだ。


2002年09月20日(金) 思い出してもらえる贈り物

1年前、昔お世話になったクライアントを久しぶりに訪問した。そのとき「社長に孫ができたと聞いたの」で積み木を贈った。今日、同社を再び訪問。すると、社長は「孫があの積み木を喜んで喜んで…」と嬉しそうに話してくれた。そして「あの積み木を見ると酒井さんを思い出すよ」とも。見ると自分を思い出してもらえる贈り物。今後はそれを基準に選ぼう。


2002年09月19日(木) 金沢を知り尽くした男

「金沢市内はね、出張のビジネスマンと、酔ったサラリーマンと、買い物帰りにタクシーを使う主婦の3タイプしかタクシーを利用しないよ」と昨日の運転手は言った。「観光客は?」と聞くと「去年の方が多かった。今年は格安のバスばかりだもんなあ…節約ムードのせいでしょ」。人気のイベントが地元を潤すとは限らないのだ。


2002年09月18日(水) 金沢を知り尽くした男

金沢st.で土産物の調査。タクシーに乗ると「加賀百万石博で来場者が100万人を突破したが、タクシーの客は全然増えない」と運転手が嘆く。理由は100万人中80万人がバスツアーで金沢は素通りだから(宿泊地は温泉地)。となると…土産物の調査は駅ではなく街道沿いでやらなきゃ意味がない!大河ドラマ→観光客増と単順に考えていた自分の愚かさ。ああ反省。


2002年09月17日(火) 和尚様の呟き

子供の頃から世話になっている禅寺を訪ねる。すると和尚が「こんな世の中だからね、もっと忙しくしていないといけないのだけど、そうじゃない」と悔しそうに呟いた。老いた親と子・孫、若い親と幼児。幸せの絆が崩れるニュースを聞かない日はない。かつて和尚は地域のそんな問題の調整役だった。そんな優しい人と距離を置いて暮らす現代。惜しいことだ。


2002年09月16日(月) ばあちゃんを乗せてGO!

近所に新設された医院(歯科・内科)。祖母が早速利用しているが、送迎付きである。行きは自分で歩いて行き、帰りを専門の運転手に送ってもらっているが、行きも電話ひとつで迎えに来てくれるという。専門の運転手は2人。祖母のように往復で10分程とかからない人が多いだろうから、1時間に10人は輸送できる体制だ。病院も生き残ろうと必死なのだ。


2002年09月15日(日) 何十年ぶりの泥鰌すくい

息子と一緒に小川で泥鰌を取る。タナゴやヤゴ、メダカは取れるものの、昔と違い泥鰌はなかなか取れない。おまけに今の小川はとっても臭く、手や足に付いただけで嫌になる。その臭気に顔を背けながらビジネス用語の『泥臭い』を連想した。いつの間にか泥臭いことを厭う自分に成り果てたと気付く。泥鰌すら取れなくなった自分は良い親でも良いビジネスマンでもない。


2002年09月14日(土) 管理職の仕事

「部下を育てるとは…」を某社の幹部4人と討議する。最終的には「社員に自主的に動いてもらい失敗しても次につながる環境を作ること」と結論づけた。そのためには「部下が認める何かがある」「率先垂範」「声を掛ける」「何でこの仕事をするのかわからせる」「部下を信じる、許す」ことが重要だと気が付いた。この4人は山本五十六の言葉を知らない。それでも同じ結論に達し、感激した。


2002年09月13日(金) とりあえず吾平

ロードサイド型居酒屋チェーン。目に飛び込んで来たのは安心サービスのご案内。運転する人には4銘柄のノンアルコールビールをお勧め。それでも飲んでしまった人には一個100円のマウスピースを販売し、酒気帯びチェックが受けさせる。そして同店のウコン茶等を飲めば酒気の数値は下がるという。飲酒運転の罰則強化に素早く対応したこのサービス。実に逞しき商魂だ。


2002年09月12日(木) 癒し系の会社

「人が嫌がる仕事しかしない」を経営方針に掲げるM社。確かに体力を伴う作業をしたり、リスクの高い在庫を引き受けたり、投機的な調達をしたり。そこの社員が社長に「当社は癒し系の会社ですね」と言って社長は大笑い。M社との取引で顧客は癒されている、というのだ。他人を癒すために、自分はハードワークをこなす。同社の存在価値はここにある。


2002年09月11日(水) 頭の中で軍艦マーチ

近い将来自由化が見込まれる業界の社長と、その時に市場を一気に獲得する作戦を打ち合わせる。未来に思いを馳せながら、社長は「プロジェクトXみたいですね」と言い、私は日本海海戦になぞらえて「御社の興亡この一戦にあり、です」と答える。気がつくと頭の中で「軍艦マーチ」が鳴っていた。やっぱり元気の源は明るい未来なのだ。(軍艦マーチは日本海海戦での旗艦『三笠』出港の曲)


2002年09月10日(火) 本当にこわい人

親しい社長からの手紙。すぐにお礼を伝えるべきだと思い電話した。すると秘書が「生憎社長は不在ですが、○日と△日のどちらか夕食を御一緒したいと言っております。いかがでしょうか…」と言う。こっちが電話することを見越して秘書に伝えてあったのだ。相手の出方を読んで、先回りしている。「やられた」「かなわないな」と思わせる、本当に恐い人はこんな人だ。


2002年09月09日(月) 人脈作りの秘訣

ニッチ市場で新商品を次々を生み出すファブレス企業の商品企画者。その秘訣を聞くと「人脈」だという。腕の良い技術者はしばしば転職する。そんな技術者から異動の挨拶状が来たら真っ先に連絡をとる。「やっぱりあんたが一番最初に連絡してきたか」と相手に言わせてしまうのだ。技術者はこんな人にこそ力を貸したくなるもの。挨拶もお礼も仕事のうちなのだ。


2002年09月08日(日) 今は昔の武勇伝

A社K常務の武勇伝。K君は客先で「注文を貰うまで帰らない」と粘った。呆れた担当者はA社の上司に電話。上司は「もういいから帰ってこい」と指示。K君は寂しそうに帰り支度を始める。見兼ねた担当者は「ほらこれ…」とついに注文をくれた。それに感動したK君はそのまま担当者を夕食に招待し、風俗店までご案内。こんな泥臭い話が多いほど、ビジネスマン人生は豊かになる。


2002年09月07日(土) KING&QUEEN

業績好調のB社はお客様のことをKINGと呼び、中間の問屋のことをQUEENと呼ぶ。米国法人の社長が顧客志向を徹底させるために呼び方を変えたのが始まりで、今では国内でも定着した。呼称の変更はリーダーの考え方がしっかりしていないとできず、とってつけただけなら定着しない。それが定着したのは、態度でも社長自らが率先してお客様をKING扱いしたからだ。


2002年09月06日(金) チャンスをくれたお客様

部下が担当するお客様からクレームが来た。部下が不在ゆえ、私が対応した。内容から最悪は縁切りになるな…と覚悟した。しかしお客様は善後策の立案を再び部下に任せ励ましてくれた。嬉しいことにお客様は「ミスをしても、彼なら何とかする」と信じてくれたのである。お客様が信ずる者を上司の私が信じないわけにはいかない。部下も私もお客様の胆力に脱帽した。


2002年09月05日(木) 損する話、儲かる話

親しい社長が、赤字店を2つ閉め黒字店だけにした。チェーン店やIT産業のオーナーは断じて中央集権であるべきだ。引くときは一気に引く。権限委譲などすれば「何とかします」という無責任なサラリーマンの言い訳に赤字が増えるだけだ。「損する話はサッサと片づけ、儲かる話はジックリ攻める」。その機微は、商売をサバイバル戦争と思う者にしか分からない。


2002年09月04日(水) 将来に備える力

53歳の経営者は37歳の経営者と呑むとき、いつも「若い奴を連れて来い」という。その理由がふるっている。「俺が60歳になったときお前、45歳だろう。45歳と呑んでもつまらん。60歳になっても俺は35歳と呑んで刺激を受けたい。だからお前は、今お前より10歳若い27歳の奴を誰か連れてこい」。有能な社長が将来に備えようとする力はこんなところにも現れている。


2002年09月03日(火) 長野県民は知っていた

田中康夫が再当選した。現状をぶち壊し改革ができるのは、あんな変人だけだという見本だ。新事業の立案や会社の再建計画、政策等は、思い込みの強い一人が孤独と向かいながら築くものである。ブレーンストーミング等の会議を重ねても、生まれるのは改善策だけ。決して改革案は生まれない。長野県民は政治家よりもよほどそのことを知っているのだ。


2002年09月02日(月) コンサルタントという道具

大企業から子会社の運営を任された新社長。彼は就任後2カ月間、じっくり社内を観察し、同社の戦略を自分の頭の中で完成させた。しかしすぐそれを社員に押し付けず、コンサルタント(私)を雇う。そして客観的な裏付け資料を得た上で社内に周知徹底するつもりなのだ。有能な経営者にとってコンサルタントは軍略を説く者にあらず。道を説き、社員をその気にさせる道具なのだ。


2002年09月01日(日) 30代ロケット症候群

30歳頃の貸し倒れを取り返そうと必死で闘ってきた37歳の社長。この間売上を倍に伸ばしたが、この勢いも一段落。一方でJC等の仕事が増えて、「今のままでいいのか」を問い続けることに。本人は「次が見えないのに仕事もせず、焦りまくっている」と語るこの現象、30歳台前半に成功した人によく見られるロケット症候群だ。第2爆発まではエネルギーを溜める期間が必要だ。それまでは遊ぶこと。


酒井英之 |MAILHomePage

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