++るうの独り言++
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2002年09月26日(木) ばたばたばた

2学期は行事が多い。

高齢者は増えるが
介護者は減る。
ヘルパーは増えない。

寒くなってきたので
体が動かない。
で、仕事がたまる。

忙しくなっちゃったー、えーん。<バカかも(^-^; 




◆昔の今日の記事


2002年09月25日(水) 駄々っ子

のどが痛いー
腰が痛いー
足だるいー
お腹すいたー
くたびれたー
眠いー

なんにもしたくないー
(HP、今日の分の更新もしていないというに)
(生協の荷物が玄関先にとどいているというに)
(そろそろ子供たちがかえってくるというに)
(布団を取り込む時間だというに)
(今日は掃除をしていないというに)
(台所に洗物がたまってるというに)
(トイレのタオルを替えねばならんというに)
(お風呂を沸かさねばならんというに)
(夕食の用意をせねばならんというに)
(仕事からかえってきて以来Tシャツいっちょだというに。・・・のーぞいちゃだめよー♪)

だれか背中おして。
「ほれっ!」って腕をひっぱって。

ふみふみふみ。

かったるいー
なにもしたくないー
くたびれたー
やだー

うにゃうにゃうにゃ・・・




◆昔の今日の記事


2002年09月19日(木) さあ、書くぞ。

でも全然まとまってないぞ。
何書いてるかわかんないぞ。ヾ(・・;)


テレビの画面に臨時ニュースで訪朝決定のテロップが流れたときから、
「純ちゃん、えらいっ!」
と吠えてたんだ。

会談が終わって
なんだかまたぐちゃぐちゃにかきまぜて混乱させて、思惑にはめ込んでしまおうとする輩の影を感じるので、ちゃんと自分の中で整理をせねばならないと思う。

おそらくこの会談は教科書にも載るだろう快挙であり、
小泉首相の決意とそれにともなう今回の成果はすばらしいの一言だ。
今まで北朝鮮が否定し続けていた拉致や、不審船の事件を認め、謝り
査察も、ロケットも、
全面的にこちらの思う通りの言葉を「公的に」引き出した。

それが大事。

今まで、ノコノコと北朝鮮には何人もの人間が訪れているはずなのに、公的な発言を引く出した人間は一人もいない。いかに今までの政治家がなさけなかったかこれでよくわかる。
連中はただ向こうの饗応にあずかってきただけじゃんか。税金の無駄遣いをしてきただけじゃんか。

小泉さんは、今回、この公式の言葉を引き出しにいったのだ。

私が心配したのは
もしかすると途中で乗った飛行機が爆発されるんじゃないかとか
ついたとたん拉致されるんじゃないかとか
いやそれより、タラップをおりてるところを狙撃される可能性もあるんじゃないかとか、
会談の最中に相手がいきり立って、いきなり宣戦布告でもしたらどーすんのかなとか、
私が想像するくらいだから、おそらく小泉さんも、そういった自分の命にかかわる危険性は頭にはいっていただろう。最悪の事態も想定していっただろう。

もし小泉さんが旦那ちゃんならわたしは身勝手にもきっとこういっただろう。
「なんであなたがいかなければならないの? 他の人たちだってずっとほっておいたことじゃない。そのままにしてたってかまわないじゃない。そんな命の危険をおかしてまでしなくちゃいけないことなの?あなたがそんなにがんばったってそれを本当に分かってくれる人はほとんどいないわよ。」
(^-^; 

会談の成果は想像以上だったといえる。
小泉さんは日本の地を再び踏んだとき、どんなにかほっとしただろう。

拍手を送ろう。
感動した!


以前、私が同じように拍手を送った人間がいる。
元ペルー青木大使だ。
すばらしい、と思った。
しかし本来、国が誇るべき英雄ともいえるはずの人間を
「カメラの前で煙草を吸った」「不謹慎なジョークをいった」などの下らぬ理由で
英雄を地に貶めたのは、自分たちは何もしなかったマスコミであり、ことの本質を見なかったワイドショウ人間たちである。

今回もどうもそのときの感じに似ているような気がしてならない。

感情にながされたり、根本部分をまちがえてたりしてはならない。
だれがなんのためになにをしたのか、自分の頭でかんがえ見つめなければならない。
人の言葉をそのまま受け入れるのは楽だ。
が、その瞬間自分がなくなる。「言葉を言った人」のクローンが誕生する。

純ちゃん! どうかギャラリーの雑音や野次は無視してください。

まずなによりも「国交正常化」を少しでも早く!
そうすれば、拉致なんてバカなことをおこす理由がなくなり、
家族は自由に探しにいくこともでき、
あらゆる国の人間があらゆる視点でその国を見つめはじめ
そしてまえにもいったけど、経済をもって平和に導くこともできる。

と、ここまでが日本国首相小泉純一郎への評価。
これと、「拉致家族の心情」をごっちゃにしてはいけない。
なんで死んだといわれたのにもっとつっこまずにあっさりひきあげてきたのか、とか
ちゃんと面会を申し込んでこいとか、やるべきことをやってこなかった、拉致家族の心情を思うと小泉さんのやったことはなさけない、各省の対応が悪いとかいってはだめだ。
ましてやこの問題を党利党略に利用するなんざもってのほかだ。
少なくとも元社会党はこの件に関して小泉首相を非難する言葉は絶対に吐けないはず。
小泉さんへ、怒りのやるせない行き場のない気持ちを家族がぶつけるのはしょうがないけど、そして彼もそれに甘んじているのだろうけど、冷静に考えれば、それは間違っている。
そして、このことからたくみに論点をすり替えて、「批判のための批判」「突出する人間を叩かずにはおかない」「あしひっぱり名人」のマスコミの論調に乗ってはいけない。用心!用心!

拉致問題は、公的には「今」はじまったといわなくっちゃいけないんだ、本当は。

もし、小泉首相が、拉致された人々の死を聞いて、会談の最中に、怒りにまかせて情に流されて、ちゃぶ台ひっくり返してかえってきてたら、家族たちやマスコミは「よくやった!」とでもいうのだろうか。
むしろこの問題は進展しないほうがいいとでもいうのだろうか。

冷静になれ!
なかなかなれないのはわかってるけど、でも情にながされて、肝心なものを見る目を失うな。

警察をいれて徹底解明しよう。
生きてるんなら本人に会いに行こう。死んでるのならそのいきさつを聞きにいこう。
絶対ゆるせぬその罪を徹底的に断罪しよう。

だからなんどもなんどもわたしはいいたい。 
早期、国交正常化を! 慎重論大反対!
「家族の心情を無視して署名をしてきた小泉首相を批判する!」 とかいうおバカな連中をたたっきってやろう。 

今回、死亡した人間がいるって聞かされ、その日時を聞かされ、その情報に
「でたらめ」とか「うそならべている」「いい加減だ!」という人がほとんどだけど、
わたしは、
『死亡も日付も本当だろう。しかもそれを政府関係者がしっかり把握してるってことは、つまり、その死にかかわってるってことじゃないか』
『なんてこと! 連中やりやがったなーーーっ!!』と。

でたらめだ、適当だ、といえるのは能天気平和お人よしの日本人だけだろう。
聞いたとたんに、ちっくしょーーーっ! となぜみんな怒りを北朝鮮にぶつけないのだ。
外務省ののほほんお役所体制を批判してる場合か?
いろんなことが判明したのは、小泉さんが北朝鮮に決意をもって行ったればこそなんだ。彼を批判してどうする。
拉致したのはだれだ。それをほっといたのは誰だ。

そう、ここでもまた論点がずれている。ずらされている。

怒りの矛先、将来歩むべき道と目的、
しっかり見据えるべき。こんな大事なこと、流されてどうする。




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2002年09月12日(木) わたしゃヘルパーだよ(-_-)

利用者の前田まつ(仮名)さんの家に行く。
・・・これから利用者さんの名前、これで行こうっ!(笑)

「ごめんくださいー。」
返事がない。んがドアが開いている。
「にゃ?? ままままさか」
部屋に(土間に)入る。上がりがまちにメモ。

『病院にいってきます。いつもの通り掃除をしておいてください。
庭の葉っぱが気になりますので掃いておいてください。
時間が来たらそのまま帰って結構です』

(-_-)先週、先々週に続いて3回目だ。ちょっとむっとする。
「あたしゃ、掃除屋じゃねえっ! ヘルパーだっ!」

とりあえず言われた(書かれたこと)は、やって時間に帰らねばならない。
いるときなら
「庭のお掃除はヘルパーのお仕事ではないのですみませんが、やれません」
と顔をみながらなら断ることができる。(シルバー人材派遣の方が定期的にしてくださっているのだ)
しかし、いないときにはこれができない。
「やれってって頼んだのにしなかった。
 留守をいいことに手を抜いた。いい加減にやった」
と苦情が来るに決まってる。

留守してても上がりこんで掃除してもいい、ってくらい信頼してくれてることはありがたいが、でもこれは本来ではない。
本当なら私は何もせず帰っても責めらはしない。むしろその方が適正な行動だと思われる。
ただ、別棟にお嫁さんがいて私が働くのを知っており、完璧に留守ではないのがわかっているから、しぶしぶだけど上がりこんだのだ。
先週と先々週は「通院だから」と最初にちょっとお顔をみただけなのだ。

仕事を終えて、ヘルパー詰め所に帰るやいなや、主任のヘルパーさんに言いつけた(笑)
あわててケアマネージャーさんに連絡をとってくれる。

介護保険を取り違えているのは
一般人だけでなく、当の利用者さんであったりもする。

まーねー、
ヘルパーをお手伝いさんと勘違いしてて
「私はこの年になってやっとお手伝いさんをこき使える身になった」というそんな優越感で心が満足するのなら、それはそれでいいんだけどね。
でも、それは絶対顔を見ながらの行為でなくてはならない。





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2002年09月11日(水) プロ

午前の仕事と午後の仕事に2時間の空きがあるときには家で昼食が取れる。
ので、
時計代わりと、一人の寂しさを紛らわすためにテレビをつけながら食べる。

この頃のお気に入りは
TBSでやってる「リフォーム計画」である。

築数十年というものすごく古く汚い(失礼)部屋や、物があふれてどーしようもなくなってる所が、収納コーディネターの手にかかって見る見るうちに、住人の希望以上のすばらしい部屋にリフォームされていく様子を放送したものである。
その魔法のような手腕もみててたのしいし、センスや発想に唸らされるし、
目からうろこの思いをさせられるし、
またスタジオにゲストで来ているトミーズ雅のコメントが面白くて好き。

んで、いろいろな収納&リフォームの達人(プロ)が登場する中で、とくに私のお気に入りは板垣さん♪

・・・ヘルパーを始めて思ったことは
「主観との戦い」
たとえば、利用者さんが満足しなければ、どんな料理の鉄人が作った料理だとて、万人が「美味しい」という料理だとて、それは最低のものなのである。だからといって、利用者さんの言うとおりの料理だけ作ってたのではいかんのである。医療的配慮と顧客満足(笑)、これのバランスを保つことがヘルパーの「主観との戦い」のひとつ。ほかにもいろいろある。
収納コーディネーターってのもやはり、この「主観との戦い」を日々繰り広げているのだろうと思う。

だから
「私はプロなんだから私のいうこときいてりゃいいのよ」
とか
「ほとんどの人がいいっていってんだから、いいと思わないあんたのほうがまちがってる」
という態度の人間は、こういう仕事をする上では失格者なのである。

前に、収納コーディネーターの書いた本に
「収納のコツはまず、いらないものを捨てること!」
とあり、わたしはこの一文で本を閉じた。
いらないもの〜? 捨てる〜? バカいうないっ! 捨てられるならとっくにかたづいてるわいっ! あんたにはいらないものだろうが、私にはいるんだ!

要するに、こういった面々は
主観との戦いを放棄して
「とにかく私を信用してなんでもいいからいうことを聞け! 私のいうとおりにやりなさい」というのがプロだと勘違いしているのだ。
で、言った以上責任をとるのかと思えば、出来上がった結果に不満をいうのは「顧客の方が悪い」と。
世間であほなマスコミやミーハーに「カリスマ」だのなんだのとおだて上げられていい気になってる。
こういうのは私に言わせると偽者。

収納ったって、こういう連中は、家をモデルハウスにすることを目指しているだけで、その収納術に「家庭」も「生活」も「あたたかさ」もない。
・・・それは多分自分が「家庭」を知らないからだろうと推測する。
すなわち、自分が「人の情が集まる家庭」で育ってきたことに思いを寄せられず、
現在「あたたかい家庭」を構築している(しようとしている)わけでもないということだろう。

そのテレビにでてくる板垣氏は違う。
まず
「気に入ってもらえるように、ご希望がかなうようにできるだけやってみました」

お腹が大きくなってきた主婦をみては
「もっと大きくなると思うので、かがまなくてすむように」
小さいお子さんのいる家では
「今はここで作業してもらって、でも、お子さんがおおきくなったらここは別の用途につかえますから」
かたづけるのが苦手な主婦のいる家では
「まず、整理ができないときはとりあえずここに全部いれてしまいましょう。ごちゃごちゃしてもいい場所を決めましょうね」
そして、捨てるに捨てられないなかったものをちゃんと生かして使う。
などなどなど。

板垣さんは家庭を知ってるし、主婦をちゃんと分かってる。
たくさん「主観との戦い」をしてきた人だってのが分かる。

わたしはこういう本当のプロ意識をもって働いている人、とくに女性をみると、ぞくぞくする。よっしゃ、わたしもがんばるぞ、と思う。
お昼食べながら、午後の仕事へ向けて元気のでてくる放送である。




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2002年09月10日(火) 今日のお昼

ちょっと遠くまでいった帰り道、
揚げたての揚げ物たちのにおいがしたので
ついふらふらとお惣菜やさんへ。
お腹がすいているとき、こういう店に入るのは無謀で
目に付くものすべて購入したくなる。
少なくともお腹に入る規定以上買ってしまうのは目に見えている。

でも、そのまま通過する勇気もない。(^-^; 

「わー、から揚げおいしそー!」
「とんかつでカツどんしようかなー」
「あああ、あの横のおこわもいいなあ」
「鶉の卵のフライもあるぅ」

困った困った。

と、目に入ったのが「ハムカツ」

実はるうちゃん、ハムカツが妙に好きである。
これにソースをどぼどぼかけてキャベツと挟んでたべるハムカツサンドがとってもすきである。
ただしコンビニとかで売ってるハムカツサンドはいやなんである。
揚げたてのハムカツを自分でパンに挟んでむぐむぐっとたべるのがすきなんである。
これは幼い時からの習性かもしれぬ。

『冷蔵庫にキャベツ有り!
 パン、朝のが2枚残ってる!
 ソースもちろん有り!』

きゃー♪

「ハムカツ2枚くださいー」

これって空腹のときに買ったお惣菜の最少記録かもしれない(^^ゞ

ばたばた家に帰ってきて
手を洗うのもそこそこに(キャベツと一緒に手をあらったという疑いあり)
キャベツ出してずだだだだと刻んで、パンにバター塗って
まだ温かさの残るハムカツにソースをどぼどぼかけて
はさんで、押さえて、パンの耳切って、2つに切って、、。

あんぐーーーり。ぱく。
さくさく、むにゅむにゅ、ざくざく、、、。
あ、ソース垂れた。

こんなことで人は幸せになれる。
あー美味しかった。ご馳走様でした♪




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2002年09月05日(木) 仕事、もとへ!

夏休み、仕事をほとんど入れていなかったので、9月からまた元通りということになると、
いやはや2ヶ月ぶりだねー、とかいうお宅もあったりする(^^ゞ

「蓮見さん! も、いつ来てくれるかいつ来てくれるかってまってたのよぉぉ」
って言われたり、
「蓮見さんの顔が見れなくてさびしかったんよー」
とか
ちょっと気難しいKさんまで
「あー、またあのおむすびつくって、な?」って。

ううう。なんといううれしいお言葉。
お世辞でもなんでもいいの。感激して泣いちゃうわ、私。

でも中には
「もうさっさと辞めたのかと思った」
ってのも。(^-^; 

へっへへ〜んだ。こんな面白い仕事、簡単にはやめないよーだ。




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2002年09月02日(月) そうか。

そうだ。
この独り言のきっかけは
「同時多発テロ」だ。

いろんな人がいろんなこと言う中、
どんどん自分の中にたまっていく思いを吐き出したかったんだった。

ところで、あの時はあちこちのHPに
黄色いリボンだか、白いリボンだかを頻繁に見かけたけど
「ちゃんと定期的に更新してあるHP」で「まだ」そのリボンがついているHPの数は減ったね。あっはっは。

日本人に
戦火にさらされている人間たちへの共感は無理。
せいぜいできて同情。とっさのその場限りの援助。
でも気がいかないよりいい。
アメリカに援助金を送り、教育基金への寄付を送り、アフガニスタンに平和が訪れるようにときどき祈り、きちんと税金を払い、今の日本に生まれてきたことを感謝し、生活を享受し、、、。
それでいいじゃないか。

彼らに彼らの生活があるように、
私たちにだって、私たちの生活があり、
彼らに言わせるとたしかに幸せすぎる贅沢すぎる悩みかもしれないけど、
それでもいろいろな問題を抱えて生きてる。
たとえばあなたに悩み事を相談してきた人に
「・・・そんな悩み、アフガンの人々に比べたら悩みじゃないわ。」、って
つっぱなせる?
母が子を思うように、世界の人々に思いを寄せられる?

むーりむり。少なくとも私はできない。

旦那ちゃんが
「経済的発展国がどんどん移動してきている」という話をしてくれた。
アメリカを日本が、日本を韓国、台湾、マレーシア、タイときて、そして中国の沿岸部が台頭し、
「いまや、ベトナム、なんだよ」
フム。
「ねね、その調子で、ベトナムからインド、パキスタン、アフガニスタン、、、ってどんどん移動してったら、各国が経済的に潤いはじめて、それで落ち着いた平和な国が増えてくるんじゃない? 日本の産業空洞化って小さいこといってないでさ、経済産業による平和実現に貢献できないかな?」

だめだねー、と旦那ちゃんはいった。
「とにかく政情が安定してない国には投資はできない」と。

うーーーーん。
うーん、難しいもんだな(^^ゞ




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