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2004年03月01日(月)
光州全州釜山への旅(2-2)

シュウは嵐をやり過ごしたあと、命を削って三日かけてカナの海岸線にたどり着く。ナムジは星と太陽とわずかな島影を見て正確にカヤに着き、さらに都まで送り届けてくれた。6人居た乗員は4人に減っていた。
贈答用の絹・塩は全て流され、わずかにくす玉が一つ残ったのみで、シュウに王族への謁見が許されるはずもなく、くす玉を売って言葉を覚え、機会を狙う。
王族へ近づく唯一の道は兵士となって手柄を立てる事だと教えられ、西の国への遠征のための兵士群に入る。遠征の中でシュウはヨッサムという同じ年の少年に出逢う。

長い旅になった。将軍たちは馬という乗り物にのって軽々と山を越え、村村で村長絶ちの歓待を受け、朝は遅くまで寝ているのに対して、千人はいる徒隊は日が昇るとすぐ雑煮を食べて腹を満たし日が沈むまで歩きとおすのだ。日が沈むと料理当番にまわされ肉片を焼き雑煮を煮るか狩猟隊にかりだされ、猪、鹿、穴熊を狩るか、どちらかであった。
途中の景色はこれがあれほど苦労してきた海のかなたのクニなのかと思うほど自分の育った山々と似ていた。低く連なる山波、大きな河と芦原、沼、そして田んぼ。しかし違うところもあった。山々にはわれらのクニにあった栗の木や、樫の木、ヒイの木、楠、がほとんど見られない。
「どうしてこんなに松の木が多いのだろう」
広葉樹林がいかにシュウたちの村に恵みを与えていたかまではシュウの知識では気づく術もなかったが、この景色気に入らなかった。第一暑さを癒す木陰や沸き水が見つからない。こういう山には果たして統べる神々なんているのだろうか、とヨッサムに言わせれば「要らないおせっかい」をしてみる。
「けれども感心している事もあるんだぜ」とシュウは行進をしながらヨッサムに話し掛ける。行進中のおしゃべりは厳禁だが、それは分隊長の居るときだけの話だ。武器の替わりに薪を作るための重い鉄斧を抱えながら辛さを紛らわすには取り止めのないお喋りしか彼らには残されてはいなかった。
「なけりゃ、こまるわい。そろそろそれを言わないとおらぁおめぇを殴るところだぜ。」
「これがホントにあの10軒の村の人たちだけでつくった田んぼなんだろうか。」
ヨッサムはシュウがあまりにも当たり前の事を言うので眼を丸くした。
「それだけかあ」気のない返事だ。
「いや、カヤの都の近くならともかく、こんな遠くはなれた田舎でも、たった10軒で見渡すような田んぼがつくれるのに驚いているんだ。」
「シュウのところはそうじゃないのか」
「ああ、10軒がつくる田んぼは村の中の散らばっている。河と溝と畦は共同でつくるけど、田んぼは水を引けて同時に水はけのいいところに限られているから飛び飛びになるんだ。」
「それは当たり前だ。でも土を慣れさせれば大丈夫じゃないか。」
「そんなに人手が居ないよ。一枚の田んぼはここの田んぼの半分くらいの広さしかないけど、家族総出でせいぜい4枚までが精一杯だ」
「それじゃ歩いて40歩くらいしかないじゃないか」
「ああ、だからたった10軒で歩いて100歩を10回以上、いやそのもう1回100歩を10回以上あるようなこの広さが凄いと思っているんだ。」
「そんなにおめぇたちの村は働かないのか。」
「そうじゃない。これが鉄の力なんだと思う。」
「鉄の力?」
「ああ、この鉄の斧さ。」
「このなんのために運んでいるのかテンで分からない重たいもんかア」
「これが鍬になれば、10人の働き手が40人の働き手になる。あんなに苦労して少しづつ田んぼを広げていたのがあっという間に出来る。木と鉄では圧倒的な違いがある。」
「ふぅぅん」
頭では分かっていたが、それがどういう意味を持つのかシュウはやっと実感できた気がした。それはつまり同じだけ働いているのに、米が四倍以上出来ることを意味する。つまりそれだけの貯蓄が出来る。それをもっと活用したなら…。シュウは改めても自らの使命に誇りと厳しさを感じた。
「それに鉄だと一撃で敵をやっつける事が出来るしな。けれども下っぱには回ってこないのが難点だな。」
ヨッサムはひとりごちていた。

60日も歩いた頃だろうか。シュウは不思議な光景を見た。巨大な岩が点点と宙に浮いている原っぱだった。一つの岩はほとんど一つの家ほどもあった。しかも四角なまるで
「ミコ様が祭りのときに上がって祈る岩によく似ている。」
ところがそれが一つ二つではない。ざっと見ただけでも20。いや、山の上のほうにも見えるからいくつあるのか見当も付かない。大きな岩が転がっているのではない。よく見ると岩の下で細長い岩が支えていた。その日は風の強い日であったが、もつろんびくともしない。岩の下は二本足のところもあれば、4本足のところもあった。岩の形も四角とは限らず、まんまるい物もあれば、大きいの小さいのいろいろだった。まるで4本足か二本足の岩の怪物がやってきてその原っぱで休んでいるように見えた。
「これはなんだ」シュウはヨッサムに聞いたがヨッサムも知らなかった。
「それは墓だ。」そばに居た老兵士が教えてくたれた。
「誰の墓なんですか」
「わしも知らん。誰が建てたのかも分からない。そもそもこんな岩誰も立てかけることは出来ない。神の仕業かも知れん。」
確かに岩は転がせば運んでくる事は出来るかもしれない。しかし二本足か4本足の岩の上に巨大な岩を載せるのは、どんな事をしても無理なように思えた。周りに村はない。枯れ木が独楽鼠のように転がっていった。
夜が来た。霧が灰のように降りてきた。寒さに眼を覚ますとシュウは平らに切り開いた岩の上に居た。明かに昼間に見た墓の上である。月は出ているが、霧が全ての世界に幕を下ろしていた。シュウは茫然と横たわっていたが、ふと頭の上に人の気配がした。飛びあがって声を発すると目の前に異様な風体の男が居た。逃げようとしたが、岩の下は奈落に続いているみたいで飛び降りる事は叶わない。「誰だ」返事はない。助けを呼ぶ。返事はない。
男は黙ってシュウを見ていた。きめ細かい太陽色の絹の着物に鹿の角の冠をかぶり顔全面を熊のように髭で蔽い、鼻は低く、唇は犬のように赤く、眼は狼のように鋭くシュウを見据えていた。右手に金属の被せものをした杖、左手に鈴のようなものを持ち、首からはまあるい鏡をかけ、服の至るところからは鐘やらなんかのマジナイ物を垂らしていた。風体や顔は似ても似つかないのに雰囲気はミコさまに似ていた。男が声を発した。冥界から届いてくるような低い声であった。
「東のクニから来た王子よ」王子という意味は分からないがシュウは黙っていた。
「名前はなんという」
「シュウだ」
「シュウ王子よ。そなたをここに呼んだのは我が一族の「秘」を授けるが為じゃ」
シュウはもう怖がっていなかった。短時間で環境になれるのはシュウの能力であった。肝が座っているともいう。
「私は王子ではない。ここに呼ばれた覚えもない。「ヒ」とはなんだ。」
「我が一族に代々伝わるウタじゃ。明日の事もクニの事も分からない。決して自らの利益にはならない。よって我が一族が絶えることを防ぐ事は出来んかったが、しかしずーとずーと先の世界が見えるのじゃ。」
男はシュウの最後の疑問にだけ応えた。しかしシュウにとっては言っている言葉は分かったが言っている意味は分からなかった。
「それガなんだというのだ」
「そなたがこのウタの伝承者なのじゃ。それはもう何百年も前に決まっている。」
「冗談ではない。私はそんな事のために来たのではない。そんなわけのわからない事に関わっている閑はない。私は明日の私のクニのために来たのだ。」
「そなたに断る自由はない。」
その言葉は、シュウの反論があらかじめ決まっているかのように即座に出された。シュウは急に戸惑った。
「なぜ私なのだ。私は単なる村の気象予報士の息子で長の息子でもない。ましてや王子でもない。そして私がここに来たのは偶然だ。」
「我らはこの村を追われた。我らは争いを好まなかった。ウタは争いに勝つための道を示してはいなかった。しかし生きる道を示していた。我らはウタの通り海を渡る道を選んだ。やがてその末裔がここに来てわれらがウタは循環する。ウタは言う。海を渡り王子がやってくる。王子は東のクニに平和の王国を築くだろう、と。」
「私は王子ではない」
「王子の意味は知らない。しかし私は蘇った。そなたが王子である証拠じゃ。」
そういうと男は杖を大きく1回岩に突き立てた。
左手の鈴をならすと、腰にぶら下げていた5つから6つの鐘がいっせいに唸り出した。
ウタではない。まして音楽でもないとシュウは思った。音は風の声に似ていた。いや風そのものだ。シュウは暗闇の中、洞穴の寝所で眼を覚ました。「へんな夢を見た。」
シュウはひとりごちた。もう一度寝ようとすると左手がなにかを握っているのに気が付いた。青銅で出来ている鈴であった。