◇日記◇
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歌を選んだり、削ったり、並べ直しているうちに
こんなにも時間が経ってしまった。
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ススム評は、来月分を残すのみとなった。
結局、示された歌だけじゃなくて、全集を読んでしまった。
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「き●と●」ようやく読了。
途中で、何回も眠った。
なんというか…あとあじの悪さが際立った。
時間の感覚のなめらかさが、面白いような疲れるような。
今なのか昔なのか、夢なのか、現実なのか、
すべてがからみあってもつれあっている。
小説のなかで、主人公二人の髪がからみあい、手足がもつれあうのと同じ感じか。
15歳にもなって9歳の子と
じゃれて甘噛みする場面のキモチワルサに
通じる感触であった。
母の不倫も、生まれなかった妹も、髪をひっぱるモノノケも、
紅ショウガも、姉弟の関係も、
語られるすべてになにも注釈せず、そこだけを切り取ったという形で
ぽん、と投げ出して終わる印象があって
それはそれで、書き手に取ってはいいことなのだろうが、
真剣に読んでいるこっちとしては、呆然としてしまったりするのだ。
余韻がないということか。
重層的に主題が語られていくところは、ちょっとらせんの物語みたいだけれど、
きちんとしたらせんになっていない感がある。
つまり、主題間にも、くり返しの中にも関連がない感じがある。
紅ショウガがくり返し出てきても、キーワードにならない感じ。
それはそれでいいのだろうけれども。
キコも、トワコも、読み終えたとたんに、もう「生きていない」感じがする。
例えば「細雪」の「きあんちゃん」が未だに列車に乗ってお嫁に行く途中で
あるのとは、対照的である。
感覚的な小説であった。
こういうのを才能、と呼ぶのだろう。
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