■幸せのかけら / りゅーな■
■2003年04月22日(火) 手首という場所を、切る理由。

手首を切る、と言うのには、何処か甘美な響きがある。
だからこそ私はあの夜、他の何処でもなく、手首を切り刻んだのでしょうね。

躊躇いがちに刻んでいった傷は、やがてその手首と言う場所に意味を見失って、上っても行ったし下りても行った。
手首を切る、という行為にではなく、傷をつけるという行為を求めたから。
傷を刻めるのなら、腕でも、脚でも、何処でも良くなってしまった。

それでも私が手首を切るのは、やはりここの傷が好きだから。
切り安い場所でもあるのだけど。
手首、腕、ここに新しく傷をつけて、古い傷痕をなぞる度にドキドキする。
傷が増えるのが気持ちいい。
あとで後悔するのだとしても、今はそんなことどうでもよくて、ただ増える傷痕を眺めていたいのです。


刻む理由は、痛かったから。
見えない傷が痛かったから。
わざと刻んだ見える傷が痛み出せば、見えない傷の痛みなんて誤魔化せると思った。

私の中に流れる血が、腐ってしまったのではないかと不安になってしまった。
あたしは本当に生きているの?
もしもこの腕を流れる血がどろどろと黒いのなら、私は土に帰らなきゃ。
だから、せめて、私が本当に生きているのか、確認をしなければ。
もしくは、せめて、そのどろどろしたモノを流してしまいたいと。
手首から流れる血を見て安心する。
暗くない。大丈夫。
キレイだから、もう、ドロドロとした黒いモノは、あたしから出ていってしまったよ。

痛くなったら、痛みを誤魔化すの。
不安になったら、手首からその不安を、血と一緒に流すの。
そして、自分が生きてるって、知りたい。


リストカットは、直接的であれ、間接的であれ、自殺には使わない。
この行為を汚したくない。
私が。生きてるって、そう確認する行為だから。
死で汚しちゃいけない。



きれいな血を流して、流して、そして死ぬのは、理想的ではあるんですけどね。



今日、あたしが生きているという、証拠。

   <--画像は削除しました-->

染まっていくティッシュが気持ち良かったから。

腕を縛ってから切ったら、血がぽたぽた落ちた。
痛くて、でも死にそうに気持ちよかった。

今、その傷は、ムラサキ色になっています。

<< 目次 >>


マイエンピツへ登録
 HOME / BBS / MAIL