■幸せのかけら / りゅーな■
■2003年02月25日(火) 死の甘さと自傷行為。

自分は散々「死にたい」と喚き散らしておいて、そのくせ私の知っている誰かが「死にたい」と言ったら…
やはり止めてしまいます。

我侭ですね。
私は、止めて欲しくないと思うのに。

私は、死にたいわけじゃいけど、死にたい。
…日本語オカシイな。

手首を切って、薬を飲んで。
勿論、それは死にたくてやっているわけじゃない。
何故なら、それはどれも中途半端だからだ。
間違っても、手首の傷が原因で死んだり、薬が効きすぎて死んだり、そんな事は起こりえない程度のものだから。

かつては、手首を切る、と、死ぬ、が、イコールされていたことがあった。
睡眠薬を飲む、と、死ぬ、が、イコールされていたこともあった。
ドラマじゃ、ヒロインが自殺するときは、いつもその手を使う。
赤く染まったバスルームも、散らばった錠剤も、確かに判りやすいけれど。

だから私の脳内には、リストカットもODも、死を含んだ行為だとインプットされているのです。
と言っても、その刷り込みも、リスカを繰り返しプチODも体験している今の私には、非常に薄っぺらで、普通よりはほんのちょっぴり死に近い、という程度のものになってしまっているのだけど。

リストカットは、死に少しだけ近い行為。
そう、インプットされてしまった以上、その行為には、ほんの微かなスリルを感じずにはいられない。
ピリピリとした痛みを、快感として捕らえてしまう。
そして、私はそれを求めてしまう。


だから、正直、手首を切る事が出切れば、理由はなんでもいい。


死にたいわけじゃない。
けど、その僅かに死に近い、その感覚は、ひどく甘い。
私はそれを求めてしまう。




…何が言いたいのか、さっぱりわからなかった。

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