■幸せのかけら / りゅーな■
■2001年11月28日(水) 生と死への思い。

最近なんだかやばいですね。
いや何がって私の日記。
日によってあんまりにもテンションが違うし口調も違うし電波受信してるし?
あー、もうどれが本当の自分なのやら。
でもどれも本物です、恐らく。
それに、どうもねぇ、最近日本語おかしいんですよね、私。
だから余計にサイコチック。



あーでも最近ますます私の人生の空しさ、無駄さ加減に、気付いてヤヴァイ感じです。
生きてたい理由もないし。
死んだら家族やら何やらに迷惑かけるし、死のうと思ってもなかなか死ねないから生きてるってだけで。
いや、何を迷惑かけるかって、葬式代とか。
凄い掛かるんですよ? 知ってます?
いやぁ、私、死に顔皆に見られるとかってぞっとしないし、そんな私なんかの葬式なんて、やってくんなくて良いですよ。
やるとしても、本当の身内だけでぼそぼそと。 って、まるで結婚式の相談の様だ(滅)

ああ、話が反れました。
うん、生きていたい理由もないんですよ。
あるとしたら、昔から考えてる漫画のネタが消えて行くのがもったいないかな〜、とかくらいで。
いや、もうこう言う病に掛かると、そのネタも大したもんじゃなく思えてくるけど。
いや、それはともかく。

なんで生きてるのか。
んー、生まれてきたから。
別に望んで生まれて着た訳じゃないし。
…こんなこと言ったら、生んで育ててくれた両親を悲しませるって事はわかってるけど。
うん、でも望んで生まれて来た訳じゃない。
気がついたら、私はここにいた。生きて動いてる。生活してる。
だけど、それだけ。

熱中していることも、ない訳じゃない。
好きなことがある。 凄くタイセツなこと。
絵を描くこと。
私はそれに熱中していた筈だったし。
だけど、あがいてもあがいても、これ以上高みには上れない。
限界なんて、自分で勝手に決めつけて、諦めてしまうものかもしれないけど。
だけど、このまま続けて行くことが怖くなった。
ただ、自分が傷ついていくだけな気がして。

諦めてしまったら、夢も終わりかもしれない。
絵を描くことへの執着。
それが終わった訳じゃない。
だけど、絵を描くことを続けていくことで、確かに、少しずつ私の胸の傷は抉られていく。


だから、生への執着もないんです。
絵を描くためにも生き続ける、それは、私を傷つけるだけ。
だから、その必要はないんです。
私がいなくなったところで、何も変わらないもの。

死にたい。
その言葉を口にするたびに。
本気だと受け取った人からは責められ、冗談だと受け取った人からは詰られる。

「死ぬなんて簡単に口に出すんじゃない」
そーね。
でも私、そんな簡単な気持ちで口に出してるわけじゃないわよ?
あー… 簡単って言えば簡単に言ってるかもしれないけど。
わたしのこころはからっぽ。
正確に言えば、からっぽじゃないけど、真っ暗でなにも判別もつきゃしないわ。
そんな心から紡ぎ出された言葉は、とても簡単でシンプルなものだから。
簡単に言ってる、と言えばそーかもしれないわね。

「世界には、生きたくても生きられない子供達もいるんだから、勝手に死ぬなんて許せない」
そりゃ確かにね。
だけどそう言うことばっかりいって何も行動してないんだから、そんな貴方も十分勝手なんじゃじゃないの?
っつーか偽善的。
私にそう言う言葉を投げつける前に、ユニセフ行って募金でもして来なさいよ。
だからって偉そうに暴言投げつけて良いってモンじゃないけど。
ボランティアにでも行ってきてから、そう言うセリフを言って欲しかったわ。
ああ、じゃあ、こう言えば私は勝手じゃないわね。
「私の命を、生きたくても生きられない子供達に差し上げます」

「勝手に死ねば」
ああ、そうするわ。
でも、確実に死ねる方法、教えてくれない?
っつーか面倒だからあんたが殺してくれれば、楽なんだけど。



さーて、今晩はどうやって眠ろうかしら?

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