Leaflets of the Rikyu Rat
DiaryINDEXpastwill


2005年09月27日(火) 整理3.第三段階 (10/3 殴り書、無推敲)

 嘘は嘘を呼び、白日に晒されることもあれば晒されないこともある。晒されないことがあるから人は嘘を隠し、更に嘘を重ねる。彼は僕と再び付き合うために嘘を晒した。彼にしては進歩である。嘘を認めることが彼にとっての進歩であり、賭けだった。

 整理されていない整理。その3

 3.七月中旬、或る日

 僕と、仲が良くなりつつあった彼は、まるで一日が三十時間くらいにでもなったかのように共に過ごしていた。僕は資格学校に通ってはいたものの学生であったため基本的に時間には融通が利き(実際この頃はテスト期間であったため無理やり利かせてもいた)、彼はまた職安には通っていたものの基本的に無職であったため幾らでも時間はあった(本当は貯金も底を尽きかけていたであろう)。
 本当は僕の時間にも彼の時間にも限りはあるのだろうけれど、僕と彼が二人でいるそのときはこれ以上ないくらいにゆったりと時は流れ、そして昼と夜も無かった。ただし、ちいさな不協和音がそこにはあった。ゆったりとした時間の中に在る、不自然な瞬間。それはおそらく根本的に存在する、僕と彼との違いのせいで生じたものだった。
 有限ではあるもののまだ「遥か遠く」に思われる終わり。それのせいで僕らは安穏と過ごし、そんな不自然な瞬間には目を瞑った。
 
 そんな僕らのゆったりとした日々(それは穏やかで自堕落で不自然であった)にピリオドを打ったのは、今現在付き合っている彼と会ったことが原因である。

 それは七月の中旬の頃だった。彼と別れてから月に一度ほど食事をしていたが、彼の仕事か何かが原因で延期されていたため、二月ぶりのものであった。大阪中央郵便局で待ち合わせ。僕が待ち合わせ時刻の十分ほど前にそこへ行くと、彼は既に局内にある椅子に座って待っていた。事前に受け取ったメールによると、手に持たれているものは僕への誕生日プレゼントであった。別れた男にわざわざ誕生日プレゼントなんて贈るものなのだろうか(それも僕の誕生日は六月の下旬である!)と思いつつも、貰えるものは貰っちゃえばいいよねと考えていた。全く面識の無いひとでも嫌いな人間でも無いのだし、彼は随分と金を稼いでいるのだし、そもそも余裕が無かったら贈り物なんてしないと思うし、まあ彼からの贈り物だし、などと思いつつ「久しぶり」と声をかければ彼はにやにやと笑いながら「久しぶり」と言った。ああ、「なんか企んでる?」、よなあ、こいつ。と思ったことをそのまま声に出したら ふふん とにやにや笑いつつ、何も言わなかった。

 彼と並んで彼の行く店へとついていく。芋焼酎のメニューが豊富な居酒屋であった。とりあえずと生中二つ頼み、僕らの会話は始まった。まずは近況報告からだ。今書いている日記の最初辺りのようなことを話した。最初はほとんど会話もままならなかったのに、今では喋るときはいくらでも喋れるし、お互いのことをある程度理解し、沈黙も苦痛では無くなった。おそらく僕らは二人とも、一生二人でいることはないのだろうと、それを受け入れあっているのだという風なことも話した。だから僕らは驚くほどお互いを束縛し合って、それでもゆったりとした冗長な時間を過ごしていたのかもしれない。

 次は彼が話した。彼は自分が不利になることは、原則として自らの口では話そうとしないため、僕が知りたいことを次々に尋ねることになる。そうしなければ彼の話すことはひたすら当たり障りが無く、僕が知りたいこととは遠く離れているどうでも良い日常でしかなかったからだ。どうでも良い日常とは、相手が恋人であるときに限って意味を持つものなのである。僕にとっては。
 「僕と別れてから何人くらいと付き合ったんー?」とかアホなことを聞いたら「二人」との返答。付き合ったというか、とりあえずデートをした人数が、らしい。「っていうか、今も付きあっとるん?」と聞いたら、「うーん、微妙やなあ」なんていう曖昧なお答え。少しずつ話を聞くと、仲が悪いわけじゃなく、相手のひともいいひとなのだけれど、そして相手のひとは彼のことをすごく気に入ってくれてるみたいなんだけど、なんとなく自分にとってしっくりこないというか、好きになれない。ということらしい。で、僕がいいのだそうだ。なんだそりゃ。

 とは思ったけれど、なんとなく予想通りであった。会った瞬間の彼の怪しげな顔を見たときから。こいつ企んでるなあと思ったときから。わざわざ僕に誕生日プレゼントを今更持ってくるか、と訝しんだときから。
 僕は言った。「でも、僕はそんなすぐには今の関係壊せないよ」と言った。「彼の気持ちの問題もあるだろうし」と言った。「○○もそんなにすぐ相手を振っていいの?」と言った。「相手のひとの気持ちは考えてるの?」と言った。僕は意地が悪い。
 彼は「相手のひとのことはどうしても好きになれそうにないから断ろうと思ってる。もちろん啓介が今のひととすぐ別れられるとは思ってないし、すぐに別れなくてもいいから、もしいつか僕と付き合うかもしれないと少しでも思うなら教えて欲しい」と答えた。
 「可能性はあるかもしれない」と僕は答えた。
 「どれくらい僕は待ってればいいんかなあ」と聞かれたので、「わからない」と僕は答えた。

 「可能性はあるかもしれない」というのは、今仲良くなっている彼と一生一緒にいる可能性がほぼ無いに等しいと思われたために自明でもあった。僕と彼との関係と、僕と今目の前にいる彼との関係とを比べると、うまく行くのは圧倒的に、目の前にいるこの彼であるだろうなということも明らかであった。ただ、僕は今仲良くなりつつある彼と、一ヶ月間ほとんど一緒にいてやっとここまで仲良くなったのであったし、よりを戻そうと言われたからと言って はい さよなら などと言うこともできない。彼は彼なりに僕を大切に・・・はあまりしてくれていなかったかもしれないけれど、少なくとも僕のために彼は長い時間を犠牲にしてくれたことは事実だった。

 そんなこともあったが、とりあえず僕はどうしても僕の中で燻り続けていた疑問を口にした。東京でのことだ。再三この日記にも書いていたけれど。長くなるが、再び説明したい。これで書くのは最後にしたいと思う。これが、僕から見た主観的な文章である。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 彼が出張で金曜に東京へ行き、僕は金曜のバイトのため土曜に東京へ向かった。その金曜の夜に彼が飲みに出たか出ていないかと言う話になった。彼は飲みに出ていないと言った。僕は彼が飲みに出ていないはずがないと感じて、そう言った。彼は何が有っても“飲みに行く”人間なのだ。それが彼の出張での一番の楽しみであるはずだからだ。飲みに行ったはずなのに、飲みに行かないと言うこと自体が怪しすぎた。もし「飲みに行ったよ」と彼が答えていれば、話はそこですべて終わっていたと思われる。
その日は二人で二丁目で飲んだ。僕は生まれて初めて新宿二丁目へ行ったけれど、どこからが二丁目なのかもよく分からず、彼の後をついて歩いただけで、更に裏道を通ったらしいためさっぱり実感がわかなかった。帰り、彼はべろべろに酔っ払い寝言で飲みに行ったことを口走った。本当にアホだ。

 朝になり再び問いただしてみれば素知らぬ顔で否定。寝言で言っていたよと言うと顔色が変わり白状。飲みには出たけれど、それだけだと言う。僕は納得せず。
 帰りがけの新幹線の中で彼はメールを打っていた。僕のほうをチラチラ見るのでもうなんなんだよと心の中で憤慨するも、せっかくの旅行を台無しにはしたくなかったのでその日は何も言わなかった。家に帰って独りで寝た。

 それから何回か彼と会ったある夜、突然。僕は溜め込んでいたものが飽和して溢れ出た。「疑うんだったら僕の携帯見ればいいじゃん」とは常々彼が言っていたことであったから、「ごめん、携帯見ていいかなあ」と頼み込んだ。頭には新幹線の中で僕をちらちらと見る彼が浮かんだ。一瞬止まった後、返事は「何でこんな夜にいきなり。」と言うものだった。
 が、尋常ならざる僕の様子に彼は何も言えなくなったらしい。僕の時間はとまってしまった。暫くして、「見たければ見ればいい」と彼は不貞腐れながら言い、僕は携帯を手にした。随分前はドコモユーザーだったのを思い出し、懐かしい気がした。びっくりするくらい操作方法をよく覚えていた。そして発見した。僕の勘は当たる。当たる自信が限りなくあったが故の行動だったのだけど、勘が当たって誇らしいような、それでもとにかく悲しいような。名前の登録されていない送信者からのメールで、「今朝はありがとうございました」やら「一緒に住めればどんなにしあわせなんだろうなんてことを考えてしまいました」やら書いてあった。

 今朝ってなんだよ。

 突然に現れた単語の意味を彼に聞けば、「飲みに出て、話が弾んでアドレス交換をして、次の日に朝ごはんだけ食べて学会へ行った」とのことだった。何がありがとうなんだろうと聞けば僕が朝飯代出したからやろ、なんて答えた。仲良くなったから翌日に二人で朝ごはんだけ食べたなんて話、生まれてこのかた聞いたこと無いっつーのと詰め寄ると「ないないえっちだけはせーへんかった、夜は別れてひとりで帰って寝ました朝は会ってご飯食べて別れましたはいこれでいいですか」と丁寧語で逆ギレ。「ハァ?」と呟いて僕が呆然としていたら彼は完全に眠りだし、ほんまもんの鼾をかきだしたから僕はもうブチキレて(それでも理性はまだ飛びきっていなくて)全力で殴ったら肋骨が大変なことになるのかもしれないでもどうしようもなく腹が立つからどうしても痛めつけてやりたい、そのためにはどれくらいの強さですればいいんだろうかと逡巡した後にかなりセーブをしつつ彼の腹を一発どすんと殴ったら「いてえ」と彼は言った。こんなときに寝るなんてありえへんと何故か中途半端な関西弁になって僕が言えば「僕、帰ったほうがいい?」と玄関まで歩きだす彼。完全な逃げの態度にまた腹が立って「なんでやねん!!」と激昂すれば「だって僕朝飯一緒に食べただけで何も悪いと思ってへんし。謝ってだめなんならどうすればいいねん?どうしようもないやん」と彼も売り言葉に買い言葉。でも逆ギレだろそれ、と思いつつ僕はもう呆れて物も言えなくなりそうになりながらかろうじて「もういい」と言い寝ることにした。彼も結局寝た。

 それから僕の中でこのことは燻り続け時折思い出したかのように彼にあてつけて言った。
 彼は「終わったことを何回も言うな」と言うが僕にはちっとも終わったことではなかった。
 何度も何度も言ううちに「もう疲れた」と彼に振られた。
 振られた原因は間違い無くこれだと僕は思っている。それなのに彼は戻ってきたのである。 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「あの日、本当は一緒に帰ったんしょ」と尋ねると、彼はまたか、という顔をしながら「うん」と認めた。けど朝の三時くらいで僕は完全に潰れてたし僕からは何もしてへん、相手が僕に何をしたかはわからないし、寝ぼけた僕が何をしたかも分からないけど。朝は二人とも別々にシャワー浴びたし、ご飯食べて別れたよ、なんて最早どうでもいいことを彼は喋った。どうでもいいけど僕はそれが少し「知りたいこと」になっていることに気づいた。
しかしやっぱりどちらかというとどうでもよかった。ということは、僕が昼に入ったあのホテルのあの部屋のあのベッドで、朝には別の男が寝ていたんだなあ、などとぼんやりと思った。ひでえなあ、と頭では思ったけど心は付いていかなかった。今更わかっても、実感があまりわかなかった。実際、人から見ればただの浮気なわけで、それほど酷い話では無いかもしれないし、浮気をされて傷ついたことがあるひとからみれば僕は可哀想なのだろう。たぶん。僕はかなしかったけど。

 それでもずっと燻っていたものが昇華した感覚があった。

 ある先輩が僕と彼の前でこう言ったことがある。「○○さん(彼)は“こそこそする”ことの“した”ことに拘ってるけど、啓介さんは“こそこそ”に拘っているんでしょう。」
 これは的を射ていたと思う。“した”ことは言うまでも無く重要だ。理性をとれば“した”ことこそ重要なのだと思う。しかし、感情の面で僕は“こそこそ”の方に傷ついた。とにかく嫌で、腹が立って、かなしくなった。たぶんそれは僕の支配欲とか独占欲とかそういうものもあるのだと思う。そういうものが強いのかもしれない。だから僕は浮気なんてしなかったし、彼にもしてほしくなかったのだ。自分でも驚く程モノガミーな己を発見した
瞬間だった。(でもそれも相手に対する好意の大きさによるのだろう。)
 そのようにして僕は胸の痞えが取れ、やっと彼に対して寛容でありえるようになったのだった。




    男と女のことであるから、相手を否定するのが、恢復のための第二段階だ。
    なにしろ、否定でもしないかぎり、こっちが生きのびられない。
                                                           伊藤比呂美「三月の猫」より










↑エンピツ投票ボタン

My追加


 / My追加
いつも投票ありがとうございました。(12/15)

加持 啓介 | MAIL

DiaryINDEXpastwill

エンピツユニオン