連載 「小鳥物語」

2013年10月18日(金) 第六章 愛しきもの 2203年 春 (2)

第六章 愛しきもの 2203年 春 (2)


「それでどうやって連れてきたの」

茜が園子に話しの続きを促した。

「お祝いの花篭の花を適当な花瓶に移して、その花篭を譲ってもらったの。簡単にあり合わせの厚紙で花篭にふたを作ってね、それをテープで止めて出て来ない様にして、手に下げて来たのよ。

この子を花篭に入れる時、何か拍子抜けする位に簡単だったのよ。あの時、ここに入ってね、と言いながら花篭の中にそっと小鳥を下ろしたら大人しく自分から中に入ったの。

その時は偶然に上手く入れられたと思ったのだけれどね。あの時この子は私の言葉が良く解かっていて、その通りに言う事をきいてくれたのね。

今でも時々言葉が本当によく解かる小鳥なんだって感心してしまう事があるのよ」

そう言って園子は部屋の奥から白い鳥籠を持って来てテーブルの上に置いた。

「茜さんちょっと見ててごらんなさい。鳥籠に入るようにラピちゃんに言ってみるわね。ラピちゃんがどうするか見ててね」

茜はまさかそう上手く行く訳はあるまいと思いながらも興味深深で見ていた。

「ラピちゃん籠にお入りなさい。ラピちゃん籠にお入りなさい」

園子は肩に止まっている小鳥に向かって、小さい子供に話しかける様に優しく言葉を投げ掛けた。やがて小鳥は園子の肩から腕をつたい降り、テーブルの上をくるくると歩き回り園子の顔を見て躊躇した。

「ラピちゃん籠にお入りなさい」

園子が小鳥の目を見て優しく言葉を掛けて促すと、小鳥は籠の入り口にぴょんと飛び乗った。そしていそいそと自らの意思で籠に入り、下げてある鈴をチャラチャラ鳴らして遊び始めた。

「私、小鳥の事本当に知らなかったわ。何て可愛い生き物なの。まるでおとぎばなしの中に出て来る妖精みたいね」

「茜さんそれはちょっと違うみたいよ。この子は妖精じゃないんじゃないかな。とっても悪戯っぽくて気が強くて、妖精というより悪戯好きなやんちゃな男の子だわね」

茜は暫くの間未知の小さな生き物を発見した人の様に目を丸くして無邪気に遊んでいる小鳥に見惚れていた。

「可愛いな、小鳥がこんなに可愛いなんて知らなかったわ。私、高水のおばあさんが残した小鳥がもし私になついてくれたら一羽でいいから飼いたいな」

高水奈津子の死から一年ほどが過ぎていたが、茜はあの朝の孤独な奈津子の絶望的な気持ちを思うと胸が痛んだ。

「高水さんのお屋敷は暫くあのままなのかしら。高水家の後を継ぐ人は誰もいないのかしらね」

そう言いながら茜はあの日の事を思い出していた。高水奈津子が残した小鳥達と荒れ果てた庭にひっそりと残された古びた館の光景が様々に脳裏に浮かんだ。

奈津子の孤独な長い長い一生の後、彼女がこの世を去った後に残された小鳥達やあの館がどうなって行くのかが気に掛かった。

彼女の大切な小鳥達を近所に住んでいる隣人の茜や園子達に託し、昔からの親しい人達を呼び寄せて、見守られながら臨終を迎えても誰も迷惑に思ったりはしなかったのに、何故誰にも知らせなかったのだろうか。

何故たった一人で寂しく死出の旅路に旅立ったのだろうか。可愛がって育てたまるで彼女の子供のような小鳥達をまだ肌寒い早春の野に放した時、きっと悲しかっただろうに。

小鳥を放した事で高水奈津子に異変があったと直ぐ解かったのだから、あの小鳥達に重大な役目が託されていて、その役目は見事に果たされた事になるが、そんな方法は悲し過ぎる。

高水奈津子は日頃から小鳥を放す時がどのような時なのか回りの者に何度となく言っていた。

「またそんな弱気なことを言っては駄目でしょう」
と皆笑っていたが、現実に彼女の大切な小鳥達が梅林を飛び廻っているのを目にした時、その年寄りの戯言のような言葉が皆の心に大聖堂の鐘の音の様に鳴り響いたのだった。

温室には老いた小鳥が二羽残り外へ出て行こうとせず居間やサンルームなど部屋の中をふわふわと飛び回っていた。そして温室の高い所の止まり木の隅にいて茜や園子達を見下ろしていた。

奈津子はその二羽の老鳥が外へ出て行かずに館に留まる事を見越していたかのように、彼らの為に温室の中に沢山餌を置き、さらに雨どいの雨水を一部引き込み何時までも水の絶えない水場を作って用意していた。

また、外の小鳥達が温室に入って来れるように高い所の小窓が少しだけ開けてあった。自分が死んだ後も少しでも長く小鳥達が幸せに過ごせる様に色々考えて彼女なりにできる限り工夫していたのだ。

居間の暖かそうなソファーの上に毛布が敷かれ、小鳥の餌が大きな袋ごと口を開けて置いてあった。きっと外へ出た小鳥達が寒さをしのぎに戻った時に暖かく過ごせるように用意したものだろう。

奈津子が自分の死を前に、残して行かなければならない小鳥達の為に色々と心を砕いて準備した様子が館のあちらこちらに見られた。小鳥達のことがどんなにか心配で心残りであったろうとその心情がしのばれた。

そのような心のこもった奈津子の細かい気配りをそのままそっと動かさずに閉じられた洋館の中には今も黄緑色と黄色の二羽の老いた小鳥だけが仲良く暮しているのだった。

温室の中から呼ぶ仲間の声に誘われて小窓から館に戻る小鳥もいるかもしれない。どのように暮すかは自由な小鳥達の意志に任された。

そのうちに人々に忘れられ、うっそうと木々が茂る森のような庭の奥で、小鳥だけが住む古い館がこの先の長い年月をどのような時を刻み続けていくのかはその小鳥達だけが知っているのだろう。


( 続く )


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