“こころのすきま”という微妙な言いまわしがあります。すきま(隙間、透き間)というのは、すきま風に代表されるように、立て付けが悪くなった建物の構造的状態を言うものですが、日々の心の動きで、むなしさや寂しさを感じる時の表現に使うのでしょうね。 そんな状態にはなりたくありませんが、しかし考えてみるとこれは人間にしかない感情かもしれません。つまり、人間だからこそ持つ感情であるといえます。このこころのすきまを埋めるために、様々なコミュニケーションを発達させてきました。家族から始まって、友達や学校、井戸端会議や会社組織、地域社会の中で、自分を意識し、相手を理解する。そんな中で、自分は一人ではないという存在意識を持つことができるわけです。 パソコンや携帯電話の進化で、自分だけの好きな時間を退屈せず過ごすことができるようになりました。情報は無尽蔵といえるほど豊富にあり、便利もいいのですが、生身の人間とのコミュニケーションが無くなってきました。私たちは血の通ったふれあいがないと寂しさを感じるようになっているので、うっかりすると便利さが多くなった分だけ、こころのすきまが広がっているのかもしれませんね。
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