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2006年05月18日(木) 何故、何故??

 何故、日本人は皆同じだと思うのだろうか?

 才能という概念はないのだろうかね〜。 不思議な人種だ。 

 やっぱり日本社会の「皆同じでなければいけない。 足並みを合わせなければいけない。 年上が偉い」とかいう文化は、嫌いだ。 アホに見える。

 俺の1年は、ぼけーと生きている人の10年分の価値がある。 

 それに何故に、女はあんなに理不尽なんだろうか? いっつも思うけれど、、、、男は面子とかに拘って中身がないし。。。。 男は、中身よりも面子が重要。 面子を保っていれば、中身なんて正直なんでもいいのだ。

 くだらねー。 心底、くだらないと思う。 

 というか、俺は思った。 世の中そんなに頭のいい人なんて殆どいない。1000人に1人位しか、頭のいい人っていないんだろうなと思う。 

 最近、アインシュタインの相対性理論で言いたかった事が分かった気がする。

 好きな人といる時間は短く感じるけれど、ストーブの上での時間は永遠に感じる。
 
 っていう概念。

 要するに、時間なんていう概念はないっていう事だ。

 時間は、その人/時代/場所/種別によって変わるという事さ。 簡単にいうと、2006年の1日と1980年の1日は価値が違うみたいな。

 だから、俺の一日/一年も他の人々の一日/一年との価値が違う。

 もっと簡単にいえば、ガン末期の人の一日とニートの一日は決してイコールではない。

 それが相対性理論。

 天才が、証明しているじゃん。 小難しい理論ほど、実は簡単な事を言っていると思う。
 
 その誰もが知っている理論と日本の「普通」という概念はあまりに違いすぎる。

  天才の大理論 < 庶民の文化

 ガン末期の人の一日とニートの一日も同じ1日として捉えて、何もしなくても年数が高いほうが、なんとなく偉い。


 それに年を重ねるだけ、何か努力をしていればいいけれど、そんな人はいない。 いたとしても、周りに叩かれて、上司に潰され、実際にやり遂げるのが0.1%くらいしかいないと思う。 

 その0.1%がずばり、頭のいい人の定義でございます。 

 みたいな。 感じ??

 
 バーカ。 死ね。 アホーー。 チックショー(小梅だんゆう風)

それにしても、俺が最高、No1なんて恥ずかしい事は思っていないけれど、(上には上が必ずいる。 それに特に投資家の世界なんて神がいる世界だ。) 本当に、ライバルというか、同じレベルで、俺と同じ事をやっている人が心底欲しい。

 嫉妬とかする必要もされる必要もない。 

 お互いを求められるみたいな。 いい関係を気づける気がする。

 教科書エリートではない、実行力があって、クリエイティブで、俺とは違うものを作って、その作品というか結果で勝負してくる。

 テストの競争ではなくて、社内の出世競争ではなくて、楽しい勝負をしたいな〜。 

 俺は、本当に、そんな勝負だったら大歓迎だ。 本当に、心底、そいう勝負がしたい。  
 
 そんな人が、もしいたら、俺は、多分、1人で何かクリエイトするよりも、なんか凄いものを作れる気がする。


 今流行の、ダビンチとミケランジェロの勝負みたいな。 分かりやすく例えるならね。 
 


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天風

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