井口健二のOn the Production
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2023年09月10日(日) 花腐し、春画先生、QUALIAクオリア、コーポ・ア・コーポ、SISU/シス 不死身の男

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『花腐し HANAKUTASHI』
東京大学名誉教授で詩人、作家の松浦寿輝が2000年上半期の
芥川賞を受賞した小説を、2019年6月紹介『火口のふたり』
などの荒井晴彦脚本・監督で映画化した作品。
物語の開幕は海岸に打ち上げられた心中死体。それはピンク
映画の監督と女優のものだったが…。
主人公はその女優とマジの同棲中だったピンク映画の監督。
彼は女優の実家に弔問に行くが、事情も話せないまま素気無
く追い返される。そして監督を偲ぶ酒の席では、仕事がない
ことへの不満などを爆発させてしまう。
そんな主人公は住まいもなく製作会社の事務所で寝泊まりし
ていたが、その事務所の賃料の交渉で大家の許に行った時、
ある提案を受ける。それは再開発の迫るアパートに居座る住
人への立ち退き交渉だった。
こうしてアパートの一室に向かった主人公は、以前はピンク
映画の脚本を書いていたという男と向き合い最初は諍いも生
じるが、やがて打ち解けて話し出した男の思い出話の中で、
1人の女優との関係が語られる。
その女優とは…。そんな思い出話と現在のドラマがカラーと
モノクロの画面で交互に描き出されて行く。

出演は2018年6月紹介『パンク侍、斬られて候』などの綾野
剛、『火口のふたり』などの柄本佑、バンド「ゲスの極み乙
女」のドラマーほな・いこかで=2020年3月8日付題名紹介
『窮鼠はチーズの夢を見る』などに出演のさとうほなみ。
他に吉岡睦雄、川瀬陽太、マキタスポーツ、山崎ハコ、赤座
美代子、奥田瑛二、AV女優のMINAKO、Nia 。さらにサトウ
トシキ、いまおかしんじ、女池充、坂本礼らのピンク映画出
身の監督たちが脇を固めている。
自分が映画を観はじめたのはテレビの台頭で映画産業が斜陽
と呼ばれていた頃だが、当時のピンク映画はその影響は受け
ていなかった。しかしその後のヴィデオの普及ではピンク産
業はもろにその波をかぶったようだ。
今や一般の映画界も配信の普及で才能はそっちに流れつつあ
るし、試写もon line が通常になりそうな勢い。そんな過去
の産業になりつつある映画業界への、これはある種の惜別の
辞なのかもしれない。
でも監督たちは映画を愛しているんだよね。そんなことも感
じさせる作品だった。

公開は11月10日より、東京地区はテアトル新宿他で全国ロー
ドショウとなる。

『春画先生』
2019年2月24日付題名紹介『さよならくちびる』などの塩田
明彦脚本・監督で、禁断の絵画=春画を巡る人間模様を描い
たコメディ作品。
主人公は人生に目的もなく、喫茶店でウェイトレスをしてい
た女性。
ある日その店を地震が襲い、立ち竦んだ彼女はすぐ横の席で
紳士がテーブルに広げていた春画に眼が釘付けとなる。そし
て地震が収まった時、紳士は名刺を取り出し「気になったら
訪ねて来なさい」と語りかける。
そんな紳士を同僚のウェイトレスたちは「春画先生」と綽名
し、彼女も一旦は名刺を捨てようとするが、後日彼女は名刺
の住所を訪ねて行く。そこには大学を追われた春画の研究者
がおり、彼女に春画の歴史を語り始める。
こうして彼女は高齢のお手伝いさんの補助としてその家に通
うようになり、「春画先生」の講釈を聞き春画の世界に没入
して行く。さらに出入りの編集者とも付き合い始めるが、そ
れは「春画先生」の秘めた来歴にも関ることになる。

出演は2019年12月8日付題名紹介『初恋』などの内野聖陽、
2020年2月紹介『なんのちゃんの第二次世界大戦』などの北
香那、そして『花腐し』などの柄本佑。さらに白川和子、安
達祐実らが脇を固めている。
公開はR15+指定となっているが、これは春画が無修正で画面
に登場するため。実は春画が一般映画でこのように描かれる
のは初めてのことだそうだ。そんなことに挑戦している映画
ということもできる。
でもまあ内容的には実にあっけらかんとしたコメディで面白
く、また時に真剣にこのテーマが描かれている。それは江戸
時代には開放的だった春画を含む文化が、明治以降の西洋化
で弾圧されたという文明批評にもなっている。
それに併せて現実の性愛行動も巧みに描写されており、それ
らを出演者たちが体を張って演じているのも見どころと言え
そうだ。特に柄本佑は2作続けてその肉体美?を見ることに
なってしまった。
いずれにしても春画という文化を真正面から捉えたという点
で好感を持てる作品だし、そこに託された主人公らの悲しみ
なども見事にドラマに結実させた作品と言える。特に写真か
ら登場の安達祐実は出色だ。

公開は10月13日より、全国ロードショウとなる。

『QUALIAクオリア』
劇作家越智良知による「劇団うつろろ」が2021年に上演した
舞台劇を、2022年11月紹介『餓鬼が笑う』などに出演の俳優
牛丸亮が初監督で映画化した作品。
主人公は養鶏場に嫁いだ女性。家族は夫と、障碍者だが猟師
でもある義姉。それに従業員の若者がいて主人公は鶏の世話
など懸命に行っている。しかし夫婦に子供はなく、義姉には
こき使われている。それでも和やかに暮しは続いていた。
そんな一家の許に突然若い女性が現れ、アルバイトの募集に
応募したいと言い出す。その言葉に主人公は了承して女性は
一緒に暮らし始める。そして義姉に取り入るかのように世話
を始め、さらに猟にも同行するようになる。
こうして主人公の仕事は少し楽になるのだが、数日後、女性
は突然、主人公の夫の子供を宿していると主張し始める。し
かし主人公はそれにも動じず、和やかな日々を継続するのだ
が…。一家の暮らしが徐々に破綻し始める。

出演は2013年4月紹介『フィギュアなあなた』などの佐々木
心音、2023年8月紹介『市子』などの石川瑠華、2022年6月
紹介『激怒』などの木口健太、本作のエグゼクティヴプロデ
ューサーも務める久田松真耶、劇団「愚者愚者」の藤主税。
さらに芦原健介、木村知貴、川瀬陽太らが脇を固めている。
監督はオリジナルの舞台に感激して映画化を申し出たそうだ
が、物語は実に面白い。成程これなら普通にも起こり得る話
だし、多少突飛なところはあっても全体の流れの中で納得で
きてしまう。中々の秀作に思えた。
そしてそんな物語を出演者たちが実に普通に演じている。特
に佐々木はいつも微笑みを絶やさないという役柄を自分のも
ののように演じており、エンディングの展開からは続編も期
待したくなるものになっていた。
久しぶりに日本映画を観た、という感じにもさせてくれる作
品だった。日本映画の現状を知るには好適な1本と言うこと
もできそうだ。

公開は11月18日より、東京地区は新宿のK's cinema他にて全
国順次ロードショウとなる。
因にタイトルは英語で「感覚質」と訳され、『広辞苑』によ
ると「感覚的体験に伴う独特で鮮明な質感」であり、「脳科
学で注目される」概念だそうだ。これに対し哲学者からは、
「クオリアという概念に意味があるかどうかですら、意見が
分かれている」とされている。(出典:ウィキペディア)

『コーポ・ア・コーポ』
日雇労務者の岩波れんじが2019年に初連載で発表したコミッ
クスを、2019年『燃えよ!失敗少女』などの仁同正明監督が
映画化した2000年代の大阪が背景の群像劇。
舞台は昭和レトロの雰囲気漂う木造の安アパート。そこには
それぞれ少し訳ありの住人たちが、家賃の取り立てが来ると
互いに声を掛けて部屋から姿をくらます程度のゆる〜い連帯
で暮らしていた。
しかしその日は声を掛けても応答のない部屋のドアを開ける
と、その部屋の住人が首を吊って自死していた。そんな住人
を皆で引き下ろし警察も呼ぶ面々だったが、その部屋に積ま
れた拾ってきた家電の品定めは怠らない。
そしてその日は外のベンチでタバコを吸いながら、「金を借
りに来たが貸さなかった」などの思い出話で悲嘆にくれる。
そんな住人たちの日々の出来事が各人ごとのエピソード的に
綴られて行く。

出演は2014年3月紹介『パズル』がデビュー作という2015年
『仮面ライダードライブ』などの馬場ふみか、2023年1月紹
介『Winny』 などの東出昌大、2023年8月紹介『市子』など
の倉悠貴、2022年6月紹介『川っぺりムコリッタ』などの笹
野高史。
さらに前田旺志郎、北村優衣、藤原しおり、片岡礼子、大谷
麻衣、山本浩司、白川和子、岩松了らが脇を固めている。
原作は連載コミックスだから、それぞれの登場人物の1話完
結で描かれているのかな。それを映画では住人4人の役名を
冠しながら独立の話として描いて行く。それはやり方として
間違ってはいないが、やはり食い足りないかな。
しかもそれぞれのエピソードの舞台がアパートを離れてしま
うから、一層その感じが増幅されてしまう感じもした。これ
はこの前に他の作品でも同じ指摘をしたと思うが、映画では
それなりにしっかりしたドラマを見たいと思うものだ。
ただし本作では最初と最後に連続するエピソードを配して全
体の纏まりは付く工夫はされているが、やはり各エピソード
が短いのは勿体ない感じもしてしまう。原作ではもっと深い
話があったのではないかとも思ってしまうのだ。
これは勝手な妄想かも知れないが。

公開は11月17日より、東京地区はTOHOシネマズ日比谷他にて
全国ロードショウとなる。

『SISU/シス 不死身の男』“Sisu”
第2次大戦末期のフィンランド北部ラップランドを舞台に、
焦土化作戦を展開するナチスをたった1人で蹴散らして行く
兵士を描いた痛快アクション作品。
主人公は元はロシア軍に怖れられた伝説の兵士だった。しか
し戦いに疲れ、ラップランドでツルハシ1本を携えて砂金を
採っていた。ところが金塊を携えて町に向かう途中でナチス
に遭遇してしまう。
そこで砲撃に遭い金塊をぶちまけてしまった主人公は、それ
を拾い集めているところのナチスに目撃され、執拗な追撃を
受けることになる。しかしそれはナチスを殲滅する最高の結
末に繋がっていた。
そしてそこにナチスに拉致された女性たちの運命も重なり、
とんでもない事態が展開されて行くことになる。

脚本と監督は、CM業界の出身で2015年にサミュエル・L・
ジャクスン主演の『ビッグ・ゲーム大統領と少年ハンター』
が話題になったフィンランド出身のヤルマリ・ヘランダー。
主演は同作にも出演のヨルマ・トンミラが務める。
他にノルウェー出身でハリウッドに進出し、紀里谷和明監督
の『ラスト・ナイツ』などにも出演のアクセル・ヘニー、イ
ギリス出身で配信ドラマに出演のジャック・ドゥーラン、フ
ィンランドのアカデミー賞を受賞しているミモサ・ヴィッラ
モ、主演のヨルマの息子で『ビッグ・ゲーム』にも出演のオ
ンニ・トンミラらが脇を固めている。
タイトルには不死身とあるが、実際の設定では怪我もするし
巧みに攻撃を回避しているという感じかな。もちろんかなり
無茶苦茶な攻撃を回避しているが、あくまでも人間の所業の
範囲という感じで、これはスーパーマンの話ではない。
つまり007やイーサン・ハント、ドミニク・トレドらと同
列で、生身の人間が能力を最大限に発揮して闘うという類の
ものだ。もちろんその闘いぶりは尋常ではないが、超人同士
の戦いよりは観ていて気持ちが良い。
それにしてもカバンに詰めた金塊はかなりの重量で、これを
軽々と運べるのはかなりの力持ちかな。そしてそれを紙幣に
換えるのはつまり国庫に納めるということで、これは理に適
った行動だ。ただ最後に犬との再会は欲しかったかな。
文句はそんなところだ。

公開は10月27日より、東京地区はTOHOシネマズ日比谷他にて
全国ロードショウとなる。


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井口健二