井口健二のOn the Production
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2011年12月04日(日) 無言歌、アーチ&シパック、J・エドガー、アフロ田中、ペントハウス、一万年愛してる、ミッション:インポッシブル-GP、ピアノマニア

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
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『無言歌』“夾辺溝”
2010年のヴェネチア映画祭で特別上映された中国・西安出身
のドキュメンタリー監督ワン・ビンによる初の長編劇映画。
1950年代後半の「反右派闘争」に於ける悲惨な収容所の模様
を、見事な演出と映像美で描き切っている。
1956年、毛沢東の提唱による「百花斉放・百家争鳴」の方針
で、中国では体制批判を含む政策論争が各地で巻き起こる。
ところがその翌年、北京政府は一転して「反右派闘争」を開
始、前年に体制を批判した多数の人々が拘束されて収容所に
送られることになる。
この経緯が、意図的な謀略であったか否かについては未だに
結論が出ていないようだが、毛沢東の個人独裁による恐怖政
治の始まりがこれによって告げられたものだ。
そして本作は「反右派闘争」に続く「反右傾闘争」が最盛期
だった1960年を背景としている。物語の舞台は中国西北部に
所在する夾辺溝労働教育農場。農場といっても名ばかりのそ
の場所は、周囲は樹木1本生えていない荒野の中だ。
そんな場所に収容された右派と呼ばれる人々は、日々灌漑用
水路と思われる溝の掘削や、自らが風と寒さ凌ぐ塹濠掘りに
追われている。一方、その頃の中国では政策の失敗から大飢
饉が発生し、収容所への食料の供給も跡絶えてしまう。
これに対して収容所の幹部たちは、収容された人々に家族か
らの食料の仕送りを要請するのだが…。そんな中で収容所で
は収容者が次々に亡くなって行き、中には逃亡を企てる者も
現れ始める。
こうした収容所の悲惨な様子が、ドキュメンタリストの鋭い
視線で克明に綴られて行く。それはある意味で収容者の人間
性をも奪い去る強烈な姿だ。そんな過酷な物語が風雪の荒野
を背景に繰り広げられる。

出演者の殆どは無名の新人だが、中で収容所を訪れる収容者
の妻を演じたシュー・ツェンツーは、本作の後で大スターと
も共演する人気者になったようだ。他には、実際の収容所の
生残りの人も出演しているそうだ。
毛沢東独裁政権による恐怖政治については、その後の「文化
大革命」や「下放政策」などの悲劇に関しては、近年いろい
ろな中国映画作品によっても紹介されている。しかしそれに
先立つ「反右派闘争」に関しては今だにタブーの部分も多い
ようだ。
実際、2007年には政府に対する補償問題などの高まりから、
「反右派闘争」に関する報道の自粛が中国メディアに要請さ
れていたりもしている。そんな中での作品。因に本作の国籍
は、香港=フランス=ベルギーの合作映画となっている。


『アーチ&シパック・世界ウンコ大戦争』“아치와 씨팍”
2007年のソウル国際カートゥーン&アニメーション・フェス
ティバルで大賞を受賞、その後のシッチェス・カタロニア国
際映画祭などでも受賞している韓国製アニメーション作品。
元は教育用CD−ROMに挿入されるアニメーションなどを
制作していたクリエーターが、それらを纏めた作品で1997年
のフェスティバルに応募し大賞を受賞。その勢いで企画した
ものの、それから完成までには6年の歳月が必要だったとい
う作品だ。
その企画の意図は、「ディズニーや日本アニメにないもの」
だったそうだが、その結果が表記の副題になってしまったも
のだ。ただし映像には直接ソレが出てくる訳ではなく、その
辺はそれなりの節度をもって作られている。
物語の背景は、地球上のエネルギー資源の殆どが枯渇してし
まった時代。その時代に最後に残されたエネルギー資源は人
間の排泄物だった。そこで政府は国民の肛門にICチップを
埋め込み、その管理を徹底させていた。
そして優秀な排便者にはアイスキャンデーを配給し、さらな
る排便を促すようにしていたのだが…。アイスキャンデーの
中毒性と副作用によって人々の身長が縮み知能が低下すると
いう事態が発生していた。
そんな背景の中で、主人公のアーチとシパックは輸送される
アイスキャンデーの強奪を生業とするチンピラ。そんな2人
が、猛烈な排泄を促すチップを埋め込まれた女優と出会い、
その後は彼女の争奪戦に巻き込まれてゆくことになる。
という何とも支離滅裂なお話に、『戦艦ポチョムキン』から
『インディ・ジョーンズ』、『マトリックス』など、様々な
映画作品のパロディを満載にして、とにかく見た目で楽しめ
る映画を作り上げている。

しかも、お話自体にはさほどの破綻も見られず。上記の設定
も含めてむしろ良く考えて作られている。それはSF映画と
しても楽しめるものになっていた。ただ、ここで心配になる
のは上記の副題だ。
この副題は、確かに設定のままだから仕方がないのではある
が、これが観客に拒否反応を生じさせはしないか。実際に試
写会仲間の人の中でも、題名を聞いて二の足を踏んでいる人
は居たように感じられた。
従って映画の公開までには、願わくはその拒否反応を乗り越
えるくらいのアピールが映画ファンに向けてされることを期
待したい。

『J・エドガー』“J.Edgar”
レオナルド・ディカプリオ主演、クリント・イーストウッド
監督による合衆国政界の裏側を描いた実録作品。
タイトルを観て、これがFBIの初代長官ジョン・エドガー
・フーヴァーのことだと判る人は、一体どのくらい居るのだ
ろう。アメリカならいざ知らず、日本では1月28日の公開に
向けて、これからそれを周知するために相当のキャンペーン
が必要になりそうだ。
と言うことで本作は、8人の大統領に仕え、彼らから最も恐
れられたという伝説の長官の姿を、ディカプリオが渾身の演
技で魅せてくれる作品だ。
映画の開幕は1960年代前半。すでに70歳を越えても、今だに
FBI長官として君臨するJ・エドガーは自叙伝の口述を始
めている。それは指紋のファイル化を進めて科学的捜査に端
緒を付けるなど、自らの業績を謳い上げるものだったが…
1919年、エドガーが司法省に勤務していた時、共産過激派に
よる司法長官の自宅に対する爆弾襲撃事件が勃発する。その
際、エドガーはいち早く長官の家に駆けつけ、長官の目に留
まった彼は新設された急進派対策課を任されることになる。
こうして第1歩を踏み出したエドガーは、幼い頃から彼を薫
陶してきた母親アニーや、個人秘書として生涯を共にした女
性ヘレンの支えを受けて、アメリカ合衆国の正義を守るため
に奮闘して行く。
そして最初はアル・カポネの逮捕などギャング団との対決か
ら、その後は1932年に起きたリンドバーグ子息誘拐事件など
によって、それぞれの政権からも独立した絶対的な権力を持
つFBIの長官として君臨して行くことになる。

共演は、ジュディ・ディンチ、ナオミ・ワッツ、そして昨年
10月紹介『ソーシャル・ネットワーク』で主人公を訴える双
子を好演したアーミー・ハマー、昨年12月紹介『かぞくはじ
めました』のジョッシュ・ルーカスらが脇を固めている。
フーヴァー長官に関しては、機密ファイルやゲイ疑惑、女装
癖など、いろいろスキャンダラスな噂も尽きない人物だが、
イーストウッド監督とディカプリオは、それらをある種の尊
敬の念を持って描き切っている。
それは、一面からは物足りない部分もあるかも知れないが、
既に亡くなった人物に対してのこれは、正に正当な行為だと
言えるだろう。それに加えて時々の政権者たちが翻弄される
姿は痛快であったとも言える。
作品は2時間17分の長尺だが、僕には真ん中にリンドバーグ
事件が描かれるなど興味の尽きない作品だった。それにディ
カプリオらに施された70歳代の老けメイクには、オスカーの
メイクアップ賞も間違いなしと思わせるものもあった。
さらにそのメイクで熱演したディカプリオにも、オスカーの
可能性はありそうだ。


『アフロ田中』
今年9月紹介『スマグラー』などの松田翔太主演、演劇ユニ
ット「ゴジゲン」の主宰松居大悟による監督デビュー作で、
「週刊ビッグコミックスピリッツ」に連載中ののりつけ雅春
原作コミックスの映画化。
主人公は、天然パーマで幼い頃から苛めに遭い、高校時代に
はアフロヘアーで挽回して悪餓鬼仲間は出来たものの、その
場の乗りで高校を中退。そのままの乗りで上京してトンネル
掘りの仕事を続け、恋も女も知らないまま早24歳になってし
まった男。
そんな主人公に悪餓鬼の1人から結婚式の招待状が届く。そ
して友人の挨拶も頼まれ感慨に耽る主人公だったが、ある約
束を思い出して愕然とする。その約束とは、仲間の結婚式に
はガールフレンドを連れて出席するというものだったのだ。
そこで結婚式までにガールフレンド獲得の計画を立てる主人
公だったが、その隣の部屋にアイドルのような女性が入居。
でもこれには高嶺の花と諦めていた主人公に、なぜか彼女の
方が積極的で、いつしかガールフレンド獲得の夢も叶いそう
になるが…
原作は、高校時代から始まって現在は社会人篇が連載中のよ
うだが、映画はその社会人になった主人公を描いている。そ
して何とも勘違い続きの主人公の姿が、面白おかしく、でも
それなりに爽やかに描かれているものだ。

共演は、2008年8月紹介『ハンサム★スーツ』などの佐々木
希、2009年7月紹介『悪夢のエレベーター』などの堤下敦、
先月紹介『セカイの向こうに』などの田中圭、2008年10月紹
介『ノン子36歳(家事手伝い)』などの遠藤要、2010年5月
紹介『サイタマノラッパー2』などの駒木根隆介。
他に辺見えみり、リリー・フランキー、原幹恵、美波、吹越
満、皆川猿時らが脇を固めている。
まあこんな勘違い男が世間にどれだけ居るか判らないが、最
近の軽い乗りの若者の風俗を観ていると、それなりに居そう
な感じもしてしまう。ただし本作では、主人公の誠実さなど
もあって、それが悪くない感じには描かれていた。
脚本は、2010年7月紹介『おにいちゃんのハナビ』などの西
田征史が担当している。

『ペントハウス』“Tower Heist”
ブレット・ラトナー監督、エディ・マーフィとベン・スティ
ラーの共演で、ニューヨークの高層マンションを舞台にした
アクション・コメディ。
因にスティラーとマーフィは初顔合せだが、意外なことにラ
トナー監督とも組んだことがなかったそうで、本作では現代
ハリウッドのアクション・コメディ最強トリオが初めて組ま
れたことになる。
物語の舞台は、不動産王ドナルド・トランプの協力も得て設
定されたというニューヨーク5番街に面して建つ高層マンシ
ョン。主人公はその管理マネージャー。いつも居住者の顔色
を伺いながら、最高のサーヴィスを心掛ける。
ところが居住者の1人の経済アナリストがFBIに逮捕され
たことから事態が急変する。その男は詐欺師で、実は主人公
は自分を含む従業員たちの積み立て年金の運用をその男に頼
んでいたのだ。このままでは皆の年金が0になる。
そこに、詐欺師は多額の現金を部屋のどこかに隠しているは
ずだが、FBIにもその所在が掴めない…という情報が舞い
込む。しかも詐欺師が釈放されたら、その金はあっという間
に消されてしまうことが確実だった。奪うなら今しかない。
そこで、詐欺師が特注の金庫を部屋に設置したことを調べ出
した主人公は、街で出会ったこそ泥男の指導の許、自分と従
業員のためその金を奪取しよう考えるが…

共演は、『オーシャンズ』シリーズなどのケイシー・アフレ
ック、1998年『GODZILLA』などのマシュー・ブロデリック、
今年3月紹介『世界侵略:ロサンゼルス決戦』などのマイク
ル・ペーニャ、2009年『プレシャス』でオスカー候補になっ
たガボレイ・シディペ。
他に、ティア・レオーニ、アラン・アルダらが脇を固めてい
る。
マーフィとスティラーが幼馴染みという設定には多少仰け反
ったが、映画には300万人の見物客が集まるという5番街の
感謝祭パレードなども登場して、主人公たちの強奪作戦が展
開される。

主人公が騙されて、その騙しとられた金を知恵を絞って取り
返すというお話は、1983年にマーフィとダン・エイクロイド
が共演したジョン・ランディス監督作品『大逆転』を思い出
す。本作のプロデューサーも務めるマーフィにもそんな思い
はあるようだ。
弱者が協力して強者を倒す、そんな痛快さも一杯な作品だ。

『一万年愛してる』“愛你一萬年”
台湾の人気アイドルユニットF4のヴィック・チョウ主演に
よる恋愛映画。共演は、2009年『フィッシュストーリー』な
どの加藤侑紀、監督は滋賀県出身で台湾芸術大学卒業という
北村豊晴がメガホンを取った2010年の台湾映画。
チョウが演じるのは恋愛がいつも3カ月しか保たないという
男性歌手。そんな男が3カ月の語学研修で台湾を訪れた日本
人女性と出会い、女性も恋より仕事が優先で、2人は都合が
良いとばかりに期間限定の付き合いを始めるが…
去年の8月にドリュー・バリモアとジャスティン・ティバー
レイクの共演で良く似た設定の作品(『遠距離恋愛/彼女の
決断』)を紹介しているが、両作は共に2010年の作品で、類
似は偶然なのかな。
ただ、ハリウッド映画がセックスだけという割り切った設定
で始まるのに対して、本作はその辺が少し曖昧。でも久しぶ
りの典型的なアイドル映画と呼べる作品で、そのアイドルに
セックス目的の関係というのは…本作はぎりぎりの線という
感じかも知れない。

共演は、日本側は2009年2月紹介『鴨川ホルモー』に出演の
三村恭代、2008年9月紹介『秋深き』に出演の鍋島浩、そし
て2010年9月紹介『大奥』に出演の紅萬子。
台湾側は、2001年『流星花園』に出演のワン・ユエ、2010年
11月2日付「東京国際映画祭」で紹介『4枚目の似顔絵』に
出演の納豆、2010年11月紹介『モンガに散る』に出演のファ
ン・デンフイ。
お話は他愛ないし、どうこうと言うほどのものでもないが、
主題歌を主演者が歌っていて映画にはその演奏シーンも挿入
されているから、その人気でそれなりのものは期待できるの
だろう。

公開は東京のオーディトリウム渋谷で来年1月5日から9日
までの限定だが、1月3日には渋谷公会堂で有料のファン・
ミーティングや、4日にシネマート新宿で特別上映会なども
予定されている。
因にDVDは今年12月19日に先行発売されるようだ。

『ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル』
       “Mission: Impossible - Ghost Protocol”
1996年、2000年、2006年に製作された大ヒットシリーズの第
4作。前3作までは通し番号が振られていたが、本作では初
めて副題が付けられた。
物語の始まりで、主人公のイーサン・ハントはロシアの刑務
所に入っており、そこからの脱獄劇がプロローグとなる。と
ころが脱獄後に従事した最初のミッションは失敗に終り、さ
らにそれによってハントはクレムリン爆破の濡れ衣を着せら
れることになる。
この事態にアメリカ政府は「ゴースト・プロトコル」を発動
し、ハントが所属する極秘諜報機関IMFに解散の危機が迫
る。それを免れるには、ハントは独力で真犯人を割り出し、
彼らが計画する世界規模の核兵器テロを未然に防がなくては
ならない。
しかもすでに機能の停止したIMFには何らの後ろ楯や支援
を期待することも出来ず、ハントは残された仲間と手持ちの
機材だけで、その不可能なミッションに挑んで行くことにな
るが…
今回のミッションの主な舞台となるのは、中東ドバイに聳え
るブルジュ・ハリファ。全高828m、160階建ての世界一の超
高層ビルを舞台に、奇想天外な作戦が展開される。

出演は、ハント役にトム・クルーズ。共演はシリーズ前作に
も登場した今年10月紹介『宇宙人ポール』などのサイモン・
ペッグ、2009年『プレシャス』などのポーラ・パットン、そ
して2010年2月紹介『ハート・ロッカー』でオスカー候補の
ジェレミー・レナー。
また2009年10月と2010年7月紹介『ミレニアム』シリーズに
出演のミカエル・ニクヴィスト、テレビドラマ『LOST』
などのジョッシュ・ホロウェイ。さらにトム・ウィルキンス
ン、ヴィング・レイムズらが脇を固めている。
このシリーズは、1966年から1973年まで製作されて日本でも
人気を呼んだテレビシリーズの映画版リメイクだが、前3作
の映画版では主人公が殆ど単独で活動し、テレビシリーズで
展開されていたチームプレーの面白さが減少していた。
しかし今回は、主人公はハントで変わらないが、その脇をチ
ームのメムバーがしっかりとサポートしており、元々のテレ
ビシリーズの面白さが復活されている。これには往年のファ
ンとして満足できた。このメムバーで次回作も期待したいも
のだ。
脚本は、今回は製作に回ったJ・J・エイブラムスの許でテ
レビドラマ『エイリアス』を手掛けてきたアンドレ・ネメッ
クとジョッシュ・アッペルバウム。その脚本には、ペッグの
コメディ・リリーフぶりなども見事に活かされていた。
そして監督は、2004年11月紹介の『Mr.インクレディブル』
と、2007年6月紹介『レミーのおいしいレストラン』で2度
のオスカー長編アニメーション賞受賞のブラッド・バード。
実写作品の監督は初めてだが、大掛かりなアクションも見事
に描き切っていた。

『ピアノマニア』“Pianomania”
1853年から続くピアノメーカー=スタンウェイ&サンズの技
術主任で、ウィーン在住のピアノ調律師シュテファン・クニ
ュップファーの2006年から2007年に掛けての1年間を追った
ドキュメンタリー。
映画は、日本でも人気の中国人ピアニスト、ラン=ランのリ
ハーサル風景に始まり、J・S・バッハの「フーガの技法」
の録音を1年後に控えるピアニスト、ピエール=ロラン・エ
マールとの準備作業の様子などが描かれて行く。
そこには、パワフルな演奏に耐える椅子の調達から、チェン
バロ、オルガン、室内楽、アンサンブルの4つのシチュエー
ションを1台のピアノに求める演奏家の要望など、様々な要
求が調律師の許に寄せられる。
それらの要求を的確に実現し、さらに細かなテクニックや新
規な発想などで、演奏家の求める音を追求する様々な試みが
展開されて行く。その一方で多くの演奏家に愛された名器の
売却が決まり、後継器に新たな期待が込められたり…。
元々ピアノは、ヴァイオリンなどのように演奏家が自前で携
行できる楽器と異なり、その会場にある楽器を演奏家の希望
に合わせて調律しなければならない。そんな調律を行うのが
調律師の仕事となる。
僕が幼い頃に住んでいた家にアップライトだがピアノがあっ
て、それには何度か調律師が来て調律を行うのを間近に観て
いた経験もある。しかし単に音程を合わせるだけと思ってい
た調律にこんな深い世界があったとは…、当時は考えもしな
かった。
そんな今まで知らなかった世界が興味深く展開される。しか
もその間には、上記の2人を始め、2008年に現役引退したア
ルフレート・ブレンデルの演奏なども挿入され、それは聴き
応えのある作品にもなっている。
さらには、YouTubeで話題のミュージカルコント“A Little
Nightmare Music”のアレクセイ・イグデスマンとリチャー
ド・ヒョンギ・ジョーが登場し、その前で調律師がピアノと
ヴァイオリンによるネタを披露するなど、ピアノ調律の魅力
の全てが描かれている。

音楽に興味のある人は勿論、そんなに興味のない人にも充分
に楽しめるドキュメンタリー作品だ。


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井口健二