井口健二のOn the Production
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2006年06月29日(木) チーズとうじ虫、ダスト・トゥ・グローリー、THE WINDS OF GOD、ママン、ハイテンション、狩人と犬、森のリトルギャング

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『チーズとうじ虫』
ガンを告知され、死期の迫る母親の姿をその娘が追ったヴィ
デオ作品。本作は、ナント三大陸映画祭でドキュメンタリー
部門の最高賞を受賞した。
この映像が撮られた経緯は、「母親の病気が直ると信じ、そ
の奇跡を記録するために始められた」とプレス資料にある。
そうでもなければ、実の娘がこんな記録を撮れるものではな
いだろう。
だからこの作品では、闘病の辛さなどは出てこない。何故な
ら、そんな時は撮影できる状況ではなかったのだから…写さ
れているのは、あくまでも奇跡を信じて、明るく健気に生き
ている祖母、母親、娘3代の記録だ。
それこそ、作品の始まりでガンの告知に対する多額の保険金
が下りて、自動車やテレビを買い替え、さらに家庭菜園のた
めに小型の耕運機を買ってしまったりもする。そんな無邪気
な生活が綴られて行く。
母親は元教員だったようで、油絵を描いたり三味線を習った
り、余命の減っていく中、精一杯の生活を楽しもうとしてい
るようだ。しかし、抗ガン剤によって頭髪が抜け落ちたり、
徐々に弱って行く姿も記録される。
だが、娘は途中で記録を続けられなくなったようだ。それは
当然だろう。従って映像はそこで飛んで、後は葬儀となる。
そしてその後の生活が写し出される。自分の娘のことを語る
祖母の姿や、自然の変化の中で母親がいないことの不思議さ
が描かれる。
ドキュメンタリーというのは得てして冷酷なものだ。この作
品は、そういうシーンは撮れなかったと言いながらも、やは
り冷酷に感じられる。それは映像という残された形が冷酷さ
を助長するのかも知れない。
ただし本作は、決して嫌な感じのするものではなかった。な
お、題名はイタリアの歴史家カルロ・ギンズブルグの著作か
らの引用で、その中でうじ虫は天使に例えられているのだそ
うだ。刺激的な題名だが、その意味は決して邪なものではな
かったようだ。

『ダスト・トゥ・グローリー』“Dust to Glory”
毎年11月にバハ・カリフォルニアで開催されている半島の付
け根の町エンセナダから、南端のラバスに至る全長1000マイ
ルのオフロードレース=バハ1000を記録したドキュメンタリ
ー作品。
製作は、『エンドレス・サマー』の監督ブルース・ブラウン
の息子で、自身も『ステップ・イントゥ・リキッド』で大ヒ
ットを記録しているデイナ・ブラウン。彼はこのレースを、
50台以上のカメラと4機のヘリコプター、13のカメラユニッ
ト、90人のスタッフで記録した。
レースの起原は1962年、当時アメリカでのオートバイの販路
拡大を狙っていたホンダが、プロモーションのために2人の
ライダーによるバハ・カリフォルニア縦断を企画。それが雑
誌などに紹介されてホンダの知名度を高めたというものだ。
そして1967年からは公式にレースとして毎年実施されている
という。ただしレースと言っても、冠スポンサーなどによっ
て大掛かりに運営されているのではなく、主催はほとんど個
人とヴォランティアによって実施されているものだ。
実際、事故などの情報は、ヴォランティアの無線士によって
伝達されているが、その連絡が不調で焦る様子や、事故処理
が無事に終ってほっとする様子などは、プロの仕事では出せ
ない暖か味に溢れていた。
一方、参加者もほとんど素人ばかりで、そんな中にマリオ・
アンドレッティがいたり、過去にはジェームズ・ガーナーや
スティーヴ・マックィーンが参加したこともあるそうだ。な
お、ファクトリーとしての参加が紹介されているのホンダだ
けだったようだ。
また、一族で参加している人たちや、夫や息子の走る姿を見
ていて自分たちも出場することにした女性チーム、さらに初
代チャンピオンが息子と共にレースに復帰するなど、まさに
玉石混淆。ある意味ではお祭り騒ぎのような雰囲気も見事に
伝えられていた。
先にツール・ド・フランスの模様を、スポンサー付きチーム
の内部から記録したドキュメンタリーを見たが、ある意味非
情というか殺伐としたその作品に対して、本編は人間的と言
うかいろいろな暖かさが描かれてていた。
もちろんその中には、本来は3人のライダーが交代で乗ると
ころを、1人で最後まで行くという鉄人的なレーサーの姿も
描かれ、彼がうわ言のように同じ言葉を繰り返す姿には壮絶
さも感じさせたが、全体的にはユーモラスなシーンも随所に
織り込まれて、見ていて楽しいドキュメンタリーだった。
それと、本作ではいろいろとナレーションが入って解説して
くれるのも、理解し易くて良い感じのするものだった。

『THE WINDS OF GOD』
1988年から今井雅之が自らの原作演出で演じ続けている「神
風」特攻隊を描いた舞台劇の映画化。同じ作品は1995年に一
度映画化されており、また昨年テレビドラマ化もされたよう
だが、今回はそれを、海外での上映を目指して英語台本で再
映画化したものだ。
そこで今回のリメイク版の主人公は、ニューヨーク在住の芸
人コンビ。一方が日系人なので、侍をモティーフにしたコン
トを演じているが評価はされていない。そんな2人が、次は
ラス・ヴェガスで一旗上げようと出発した直後、交通事故に
巻き込まれてしまう。
その彼らが目覚めたのは1945年夏の国分航空隊基地。そこで
彼らの魂は特攻の出陣を待つゼロ戦飛行士の身体に宿ってい
たのだ。そして隊員たちが次々に出陣して行く中、平和な時
代を知る2人は戸惑い、他の隊員たちの行動に反発するが…
プロローグの舞台は現代のニューヨークで、そこでの台詞は
当然英語。その後に日本に舞台が移るわけだが、その日本人
も台詞は英語ということなので、そのつなぎがどうなるか気
になっていた。でも、実に素直につないでいて、それはちょ
っと感心したものだ。
その英語の台詞回しはかなり大袈裟な感じだったが、英語圏
以外の観客も対象にするとなると、これくらいはっきりした
発音の方が判りやすいと思えたものだ。また翻訳も、時々ア
メリカ映画に出てくるような言い回しなどもあって、良い感
じだった。
ただし内容は、最初のニューヨークシーンでグラウンド・ゼ
ロを写して、その後で特攻の意味を考えるとなると、いくら
「神風」は民間人を攻撃目標にしなかったと言われても、そ
の論理は理解し辛い。結局、自爆テロと同じと捉えられるの
が落ちになりそうだ。
ここで特攻が人間性を否定したもので、テロと同じ論理のも
のだということが言いたいのなら、このやり方は正しいと思
われる。でも、映画の後半で愛する人のために特攻に行くな
どという台詞が出てくると、僕は製作者の意図を計りかねて
しまうものだ。
つまり、平和ボケした若者に特攻の精神を教えるということ
になると、それはテロリストの論理と何ら変らない。結局の
ところ自爆テロを行う女性たちだって、愛するもののために
行っていると言い出すだろう。民間人を対象とするかどうか
は詭弁でしかない。
僕にはそうとしか捉えられなかったし、それで良いのなら構
わないのだが…

『ママン』“Ma mère”
原作者ジョルジュ・バタイユの死後、1966年に発表された遺
作を映画化した2004年の作品。
原作は、そのスキャンダラスな内容から映像化不能と言われ
ていたようだが、今の映画界はそれを克服できたようだ。実
際、本作には相当の映像は登場するが、それを描くことので
きる自由を享受したい。と言っても、日本ではかなりぼかさ
れてしまうが。
物語は、主人公の17歳の青年が母親の許を訪れるところから
始まる。それまで彼は父親と共に暮らしていたが、自堕落な
父親の生活態度を煩わしく思っていた彼は、父親のもとを離
れ、崇拝する母親(ママン)のところにやってきたのだ。
ところが、平穏な日々がやってくると思った生活は、直ぐに
その根底から覆されることになる。実は母親が、父親以上に
堕落した女であることを告白し、主人公にも自分と同じ生活
をするように仕向けたのだ。そして彼のもとに1人の若い女
性が現れる。
このような物語が、ヨーロッパ最高のリゾート地とも言われ
るスペイン・カナリア諸島を舞台に繰り広げられる。
つまり、不道徳な母親によって堕落して行く若者の姿を描く
ものだが、まあ何と言うか、原作の発表された時代とは社会
通念のようなものも変化してしまっているし、それを現代に
通用させるためには、宗教的なものを持ち出さざるを得なか
ったのだろうが…
それが日本人というか、神との付き合いの少ない僕のような
人間にはなかなか感覚的に掴み難い。ただしこの映画では、
主人公が結構ぎりぎりまで宗教的に縛られていたりして、い
ろいろ悩んでくれたりもするので、そこから理解の糸口は得
られた気はしたものだ。
日本映画でもこの種のタブーを描いた作品はあると思うが、
この作品を見ていると宗教のような共通する最後の拠所のな
いのが、日本のドラマ作りで致命的な弱さのようにも思えて
しまう。つらつらそんなことも考えてしまった。
出演は、2001年の『ピアニスト』でのカンヌ最優秀女優賞受
賞や、ジュード・ロウ共演の『ハッカビーズ』にも出ていた
イザベル・ユペールと、2006年のセザール賞で新人男優賞を
獲得したルイ・ガレルが、母子を演じる。特にユペールの存
在感は見事だ。
なお、監督のクリストフ・オノレは1970年の生まれ、2003年
4月頃に紹介した『NOVO』の共同脚本も手掛けている。
その作品でも大胆な描写を話題にしたが、元々は小説から戯
曲、詩、さらに絵本まで手掛ける文筆家だそうだ。
そして、2002年に映画監督デビューしているが、その作品は
カンヌ映画祭の「ある視点」部門で上映されるなど、実力は
かなり認められている。本作は第2作のようだが、出来たら
デビュー作も見てみたいし、また現在製作中の次回作にも期
待したいところだ。

『ハイテンション』“Haute Tension”
主人公は、試験勉強のために同級生の実家である農場にやっ
てきた女子大生。ところがその農場に殺人鬼が現れ、同級生
の両親と幼い弟を殺害、さらに同級生が拉致される。
その犯行の時、主人公は咄嗟に身を隠して難を逃れていた。
そして拉致された同級生の救出のため、殺人鬼の車を追って
行くが…というフランス製のスプラッター映画。
こういう作品は、どう紹介してもネタバレになってしまう。
以下はそのネタバレです。
確か1年くらい前にも、都会を舞台にした同じようなテーマ
のヨーロッパ作品があったと思うが、結局のところ犯人の意
外性みたいなものが勝負になる作品。大本はヒッチコックと
いうことになりそうだが、それが判った時点で思い返して、
「ああ成程」となれば成功と言えるタイプの作品だ。
ところが、1年前の作品も何か辻褄が合わない感じがしたも
のだが、今回の作品に至っては、そんなことはまるで無視。
実は結末は予想していたので、それなりに気をつけて見てい
たが、正直に言って、いくら考えても言い訳が出来ないほど
辻褄は合っていなかった。
ただし本作は、それをスプラッターで押し切ってしまおうと
いう魂胆の作品。だから若い女性が、チェーンソウならぬ原
動機付き丸鋸を振り回したり、足に刺さったガラスの破片を
引き抜いたりと、大活躍を繰り広げる。それを楽しめば良い
という作品だ。

アメリカでは、『SAW』シリーズのヒットなどでスプラッ
ターが復権してきているが、ヨーロッパ映画もそれに敏感に
反応しているというところなのだろうか。
主演は、『スパニッシュ・アパートメント』でセザール賞新
人賞を受賞。最近では『80デイズ』にも出演していたセシ
ル・ドゥ・フランス。同級生を『フィフス・エレメント』な
どに出演のマイウェン。そして殺人鬼を『クリムゾン・リバ
ー』『ジェボーダンの獣』などに出演のベテラン、フィリッ
プ・ナオンが演じている。
また特殊メイクを、『砂の惑星』や『ウエスタン』も手掛け
たジアンネット・デ・ロッシが担当している。
なお、本作で共同監督を務めたアレクサンドル・アジャとグ
レゴール・ルヴァスールは、次回作はハリウッドで、“The
Hills Have Eyes”(サランドラ)のリメイクのようだ。

『狩人と犬、最後の旅』“Le Dernier Trappeur”
カナダのユーコン準州。ほとんど北極圏に位置する北の大地
で、罠を使って猟をする狩人たち。その1人ノーマン・ウイ
ンターを追って二度の冬を掛けて撮影された物語。
元々は、現代のジャック・ロンドンとも称されるフランス人
の作家・冒険家ニコラス・ヴァニエが、カナダでの冒険中に
出会ったウインターとの交流から彼の話に興味を持ち、それ
を自身の監督で描いた作品。従って本作は、演出されたドラ
マ作品である。
ただし、それをウインター本人の主演で描いてるというのが
ちょっとややこしいが、実は彼の妻の役は女優が演じている
ものだし、さらに登場する熊や狼、カワウソ、オオヤマネコ
なども、エンドクレジットによるとプロダクションに所属す
るタレント動物のようだ。
しかし、中で描かれる物語は全てウインターの実体験に基づ
いており、さらに雪深い山々や新緑、紅葉と移り変わる大自
然の背景は、全て本物のユーコンで撮影されたものだ。
また、物語のテーマでもある犬ぞりを牽く8頭の犬たちも、
ウインターの所有犬が登場して素晴らしい「演技」を見せて
くれる。因に字幕には現れないが、原語では犬たちをboy、
girlと呼び分けており、その中でノブコという犬がboyなの
はちょっと笑えた。
物語は、山での生活は最高の自由を満喫できるとして愛して
止まない狩人たちだが、いずれもが高齢化して山を下りなけ
ればならない日が近づいている現実を背景に、愛犬の事故死
で一旦は下山の決意を固めかけた主人公が、新たな犬の登場
で思い直して行く姿を描く。
その中で、材木の切り出しから始まる山小屋の建設や、主に
罠を用いた狩猟、犬ぞりでの旅などが描かれ、最近の自然回
帰ブームの中では打って付けの大自然の中での生活が描かれ
ている。勿論それは都会生まれが一朝一夕で出来るような甘
いものではないが…
とは言え、空撮から始まり見事に切り立った渓谷の谷底を進
む犬ぞりへとワンショットで迫る導入部の映像や、心洗われ
るような大自然の美しさは、自分にはとても無理だろうと思
いながらも、大いに憧れを感じさせてくれるものだ。
ただし映画の中での、企業によって森林が次々に伐採され、
企業活動を優先するために罠を仕掛けることも規制されてい
るという発言や、現状の野生動物の生態系は狩人たちが適切
に間引くことで成立しているという話などは、どこまでが真
実かは判らないが、考えさせる問題提起も含んでいる作品だ
った。

『森のリトルギャング』“Over the Hedge”
マイクル・フライの文とT・ルイスの絵によって1995年6月
に発表された風刺色の濃いコミックスをCGアニメ化したド
リームワークス・アニメーション作品。
原作は、郊外の森林と住宅地の境界線で暮らす動物たちが、
人間の生活を眺めながら批評するというもののようだが、今
回のアニメーションの物語では、原作の主人公となるアライ
グマとカメの出会いが描かれる。
アライグマのRJは天涯孤独、ずる賢くて機転も利くが…。
一方、冬眠から醒めたカメのヴァーンと彼が率いる小動物た
ちのグループは、冬眠中に彼らのテリトリーの中に垣根が建
ち、人間の住宅地が広がっていることを知る。
ところが呆然とする彼らの前にRJが現れ、彼は、これから
は人間から食料を奪って暮らして行くのだと説く。こうして
人間から食料を奪う作戦がスタートするが…
ドリームワークスでは、『マダガスカル』に続いて動物を主
人公にしたアニメーションだが、今回はアライグマのRJが
ゴルフのクラブ入れを背負って登場するなどさらに人間化さ
れていて、多分原作がそうなのだろうが、その辺はちょっと
戸惑うところだ。
つまりこの作品では、登場するキャラクターたちに動物的な
魅力は感じられず、ほとんどが人間のキャラクターと同等の
感覚で見なければならないのだが…、その辺が原作を知らな
い観客としては多少条件的に厳しいものがある。
でもそれを乗り越えると、キャラクターが人間的である分、
風刺やパロディもストレートに決まるし、映画の面白さは満
喫できるものだ。特に、後半のSFアクション映画顔負けの
シーンには大いに笑わせてもらった。
声優には、ブルース・ウィリス、ニック・ノルティの他、コ
メディアンのギャリー・シャンドリック、スティーヴ・カレ
ル、ワンダ・サイクス。またユージン・レヴィ、ウイリアム
・シャトナー。さらに歌手のアヴリル・ラヴィーンなど多彩
な顔触れが揃っている。
なおシャトナーに対しては、『スタトレ』ネタも最後に登場
していた。


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井口健二