井口健二のOn the Production
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2006年05月14日(日) ココシリ、奇跡の夏、ブギーマン、ハチミツとクローバー、ビースティ・ボーイズ、ダ・ヴィンチ・コード

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ココシリ』“可可西里”
前回紹介した『ジャスミンの花開く』に続き、2004年の東京
国際映画祭で上映された作品の公開が決定したので、改めて
紹介する。これも当時の紹介文から再録すると…
コンペティション部門で審査員特別賞を受賞した作品。
ココシリとはチベットの地名で、中国語では「可可西里」と
書くらしい。映画の中の説明によると、チベット語では「美
しい山」、モンゴル語では「美しい娘」の意味だと言う。映
画は、この地域で1996年から97年に掛けて起きた実話に基づ
くものだそうだ。
この地域でのチベットカモシカの個体数が、毛皮を狙った密
猟で激減し、それを守ろうとした人たちが民間で山岳パトロ
ールを組織して密猟団のボスを追跡する。その行動が同行し
た新聞記者によって報道され、最終的には政府を動かしたと
いう物語だ。
物語は、パトロール隊員の一人が密猟団に殺され、それを記
事にしようとした新聞記者がココシリを訪れるところから始
まる。ちょうどその時、密猟団の動きが察知され、記者も同
行してそれを追跡することになるのだが…
彼らは民間組織ゆえに資金もなく、人材も乏しいままで、荒
野を追跡して行く。これに対して密猟団は、当然資金も豊か
で人材や武器も揃っている。しかもそこには、過酷な自然条
件や高山病、さらに流砂などの危険が待ち構えているのだ。
以前に紹介した『運命を分けたザイル』も今回(映画祭)の
特別招待作品として上映されているが、それにも増して過酷
なサヴァイヴァルが繰り広げられる。
それにしても、ここまでしてカモシカを守ろうとした彼らの
原動力は何だったのか…。それが映画の中にもほのめかされ
ているように、決してきれいごとだけではなかったという辺
りも、映画の真実味を増しているように感じた。
以上が当時の紹介文だが、実は、映画祭のカタログでは上映
時間が102分と記録されているのに対し、今回の公開版は88
分に短縮されている。
しかし、どこが削られたのかと言われると、具体的には思い
出せない。多分、それぞれのシークェンスが少しずつ短くな
っているものと思われるが、そのせいか物語の進行は速く、
サクサク進んで行くような印象は受けた。
とは言えこの作品は、上映時間が短くなったからといって軽
くなるような内容のものではない。実話に基づく壮絶な物語
は、2度目に見ても充分に心に響くものだった。上映時間が
短くなった分、より多くの人に見てもらいたいとも思った。


『奇跡の夏』(韓国映画)
小児ガンの子供を抱える家族を描いた実話に基づく作品。
主人公は小学校低学年の少年。兄が一人いるが、その兄は最
近体調の勝れない日が続いている。これに対して仕事を持つ
母親は、塾をサボってばかりの2人を叱りつけるが、その目
の前で兄が倒れて…
自分も子育てを経験した親として、子供の病気ほど辛いもの
はない。ましてやそれが不治の病では…ということで、普通
はお涙頂戴の感動作になる題材だ。そして、もちろん本作も
感動作ではあるが、主人公の大活躍(?)がそれだけではな
い作品に仕上げている。
この兄の病気によって、弟の主人公はどうしても行動を制限
され、家族からの愛情も半分以下になってしまうのだが、そ
れでもこの少年はめげない。彼は兄のためにいろいろな冒険
をし、それが彼自身を成長させて行く。それがこの作品の真
のテーマでもある。
その冒険は、ある部分ではかなりファンタスティックに描か
れ、また他の部分では現実を背景にしたドリーミーなものに
も描かれる。もちろんそこには御都合主義も散見されるが、
弟の夢物語とも解釈できる展開がそれをカバーしてしまう。
現実をそのまま描くと辛くなりすぎる題材を、夢物語で隠す
のは映画のテクニックだと考えるが、それを絵空事にせずに
無理なく描き切るのは相当に難しい。この作品は、そんな微
妙なところでも成功していると言えそうだ。
小児ガンの現実も、さりげなく、それでいて明確に描かれて
いるようにも思えたし、映画の全体が、足が地に着いた作品
のように感じられた。
脚本は、ハリウッドリメイクされた『イルマーレ』のキム・
ウンジョン。原作は実の姉が書いたものだそうだが、この前
作の題名を見るとファンタスティックな展開も納得できた。
監督は、本作がデビュー作だがそれまでに撮影、照明などの
スタッフ歴を持つイム・テヒョン。
因に、本作は2005年のニュー・モントリオール国際映画祭に
出品され、主演のパク・チビンが男優賞を獲得している。当
時10歳の少年の受賞は世界中で開催されている映画祭史上最
年少ではないかと言われているようだ。

『ブギーマン』“Boogeyman”
クローゼットに隠れて子供たちを襲うブギーマン伝説を題材
にしたサスペンス・ホラー作品。製作は『スパイダーマン』
のサム・ライミが主宰するゴースト・ハウス。アメリカでは
『バイオハザード』などを手掛けるソニー傘下のスクリーン
・ジェムズが配給した。
主人公は、少年の頃に父親がブギーマンによってクローゼッ
トに引き摺り込まれるのを目撃する。しかしそれは、突然父
親が家出した現実に対する自己防衛の妄想と解釈され、誰に
も信じてもらえない。
そして15年が経過。大人になった主人公はジャーナリストと
して成功し、雑誌の副編集長の地位にあるが、今でもクロー
ゼットは恐怖の対象だ。そして事件後は疎遠になった母親が
亡くなり、その葬儀の後、彼は遺品の整理のため生家を訪れ
ることになるが…
物語ではMissing Childrenの現実とブギーマンの伝説が微妙
に絡み合う。ホラーとは言っても、大量の人捜しのポスター
などを見せられると、何となく解決しなければならない使命
感みたいなものも生じる。その辺が旧来のホラーとは違った
描き方と言えるのだろう。
まあ、何か違いが無ければライミも製作はしなかったのだろ
うが…。一種の都市伝説ものとも言えるこの手の作品では、
こういった味付けの違いがニューホラーとでも呼びたくなる
ところだ。その他にも微妙な味付けが随所にあるのも楽しい
作品だった。
脚本は、ジュリエット・スノードン、スタイルズ・ホワイト
という夫妻コンビだが、次回作では超自然現象を扱ったサス
ペンス作品が、ウェス・クレイヴン製作で進められており、
ライミ、クレイヴンの眼鏡に連続して適うとはかなりの実力
のようだ。
監督は、1997年『死にたいほどの夜』などのスティーヴン・
ケイ。なおプレス資料では、1999年にTVシリーズを映画化
した“The Mod Squad”(モッズ特捜隊=映画版は未公開)
の題名が挙がっていたが、アメリカのガイドブックの紹介で
は別名義になっているものだ。
また、VFXを利用したブギーマンの姿は、“Lord of the
Rings”にも参加しているニュージーランドのOKTOBOR社が手
掛けており、スピード感あふれる映像を作り出していた。
なお、試写会の後で、『ナルニア』と併映すればいいなどと
言っている人がいたが、この作品の対称となるのは、どう考
えても『モンスターズ・インク』の方だろう。もう忘れられ
てしまったのかも知れないが。

『ハチミツとクローバー』
羽海野チカ原作の人気コミックスの実写映画化。東京の美大
に通う5人の若者たちの青春が描かれる。
主人公は美大建築科の3年生。その美大には一教授を中心に
した学部を横断するグループがあり、主人公もその仲間だ。
ところがその教授の姪が特待生として絵画科に入学。一方、
8年間彫刻科に在籍する先輩が海外放浪から帰国。そして、
主人公と先輩の2人が、教授の姪に恋をして…
他にも、社会人の先輩女性に片思いしストーカー紛いを続け
ている男子学生や、その男子学生に片思いの女子学生など、
主人公やその周囲でのいろいろな恋愛関係が描かれる。
恋愛関係を描く青春ものは、ラヴコメという言葉で代表され
るように映画でも数多く作られている。しかしそうした作品
の大半は、絵空事というか現実感の無い、僕のような擦れた
ものの目から見れば面白くも何ともない作品ばかりだった。
本作についても、事前のイメージはそんなものだったし、映
画が始まっても、天才画家の少女などという設定では、先が
思いやられると感じていたものだ。
ところが途中から、自分自身の青春を見ているようなそんな
気持ちが湧き上がってきた。
僕も、学生時代はSFを通じて大学や組織を横断したグルー
プに所属し、そんな中で自分のやっていることに自信が持て
ず、ちょうどこの物語の主人公のような感じだった。そんな
気持ちが思い出されてきたものだ。
いやそれだけではなく、年上の女性に憧れたり、年下の女性
をいとおしく思ったり、そんな青春が実に等身大に描かれて
いる。もちろん天才画家であったり、天才彫刻家であったり
というのは現実離れしているけれど、そこに描かれる青春は
現実的に描かれていた。
もっともこれは、年を取ってから青春を考えるときのオブラ
ートに包まれたような思い出の姿なのだけれど、そんな感覚
が見事に描かれている作品のようにも感じられた。多分この
映画の本当の観客層には関係ない話だろうが…
出演は、櫻井翔、蒼井優、伊勢谷友介、加瀬亮、関めぐみ。
どの配役も実に役柄にピッタリなのにも感心した。

『ビースティ・ボーイズ/撮られっぱなし天国』
           “Awesome; I Fuckn' Shot That!”
2004年にマジソン・スクェア・ガーデンで行われたライヴの
模様を、応募した中から選ばれたファン50人が会場の各所で
撮影した映像を素材にして、1年以上掛けて編集、再構成し
た映像作品。今年1月のサンダンス映画祭に出品されて話題
になっていた。
撮影に使われたのは小型のDVカメラで、暗い場内での撮影
は画質が荒れたり、一方、ロングからのステージ面はハイラ
イトがサチュレーションしていたりと、万全とは言えない画
面だが、その迫力は存分に伝わってくる映像の数々だ。
開始前に選ばれたファンたちに伝えられた撮影のルールはた
だ一つ。客席のライトが落ちたときにスイッチを入れ、後は
2時間絶対に収録を止めないこと。お陰で、途中でやむなく
トイレに走った奴はその中も撮影するし、逆に客席では飽き
足らなくなってバックステージに潜り込こもうとする奴が鍵
をこじ開けているシーンなども登場する。
そんなハプニングも織りまぜて、さらに映像はソラリゼーシ
ョンなどのエフェクトから、CGIまで取り込んで見事な映
像作品に仕上がっている。それに何より会場の熱気が見事に
伝えられたものだ。
見始めたときには、小型のDVカメラは日本製だろうし、な
ぜ日本人が先にこのような試みをしなかったのだろうかとも
考えた。しかし、元々このバンドのメムバーの一人が映像作
家であり、その彼の発案ということで納得はした。それにし
ても、という感じではあるが。
原題は、撮影に参加した人たちへのアドヴァイスの一部で、
「40年後に孫と一緒にこの映像を身ながら、“Awesome; I
Fuckn' Shot That!”なんて言えたらいいね」というもの。
参加したファンには最高の思い出だろうなあ、と羨ましくも
なった。
なお、演奏される楽曲はヒップホップなものから、ジャズ風
のものまでさまざまで、一つのバンドなのにその多様さにも
驚くが、最後の曲がジョージ・W・ブッシュに捧げるとして
“Sabotage”というのは恐れ入った。
因に、この曲は9/11直後の放送自粛曲にもリストアップされ
ていたものだそうだが、それを知って、映画の中では歌詞が
翻訳されていないのが残念に思えた。

(5月20日更新)
『ダ・ヴィンチ・コード』“The Da Vinci Code”
ダン・ブラウン原作による世界的ベストセラーの映画化。
この映画化を、アキヴァ・ゴールズマン脚色、ロン・ハワー
ド監督、トム・ハンクス主演という現在ハリウッドが考え得
る最高の陣容で実現した。さらに映画化には原作者自身も製
作総指揮で参加している。
物語は、パリ・ルーブル美術館館長が襲われた殺人事件を発
端に、その容疑を掛けられた主人公が、館長の孫娘と共に真
犯人を追って行く。そしてその過程で、ダ・ヴィンチの絵画
を巡り、キリスト教の根源に迫って行くというものだ。
直前にカンヌ映画祭のプレス試写でブーイングが湧いたとい
う情報が伝わり、かなり心配しながら見に行ったが、映画自
体はアクションと人間ドラマのバランスも良く、またテンポ
も良くて快適に見られた。
ただし、僕は読んでいないが、あれだけの大部の原作からす
ると、2時間30分の映画化ではかなりの省略はあるのだろう
し、原作の読者には不満が残るかも知れない。しかしそれは
映画化に時間制限がある以上は仕方の無いものだ。
一方、僕のような未読の人間には、物語はいろいろな状況説
明も判りやすく、アナグラムなどの謎解きの部分は、脚色、
監督でオスカーを受賞した『ビューティフル・マインド』を
思い出させる手法で、映像的に納得させるやり方がうまくで
きていた。
とは言うものの、「最後の晩餐」から現代に至るキリスト教
の歴史の説明には、特にその信者でない人間には難しい面は
ありそうだ。
幸い僕は、その直前にナショナル・ジオグラフィックの「ユ
ダの福音書」発見の記事を読んで予備知識を得ていたし、そ
の他のことでも最近の映画などで得た情報もあったから、そ
れなりの理解は出来たつもりだが、それがないとチンプンカ
ンプンかも知れない。
でも、基本的な物語は、映画では冒頭で明示される殺人事件
の真犯人捜しと、キリストが残した宝物捜しの謎解きである
わけだし、そう理解して気楽に見ればそれで良いようにも作
られている。
それに、キリスト教総本山バチカンが不快感を表明した、僕
らが知らなかったキリスト教の意外な面が明らかにされるの
も興味の沸くところだ。
なお、カンヌのプレス試写でブーイングが湧いたのは、web
版Varietyの解説によるとちょうどサッカーのヨーロッパ・
チャンピオンズ・リーグ決勝戦が重なったためだそうで、真
に受ける方が間違っているということだったようだ。


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井口健二