井口健二のOn the Production
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2005年04月29日(金) スカーレット・レター、ライフ・アクアティック、サハラ、魁!!クロマティ高校、やさしくキスをして、ピンクリボン

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『スカーレット・レター』(韓国映画)         
この作品が遺作となった主演女優のイ・ウンジュさんに哀悼
の意を表します。正直に言って、このような書き方で映画を
紹介したくはないが、この作品の場合は時期的に書かずに済
ます訳にも行かないだろう。              
個人的には、彼女の最近の作品は見ていなかったが、デビュ
ー作の『虹鱒』と主演第1作の『オー!スジョン』は製作当
時に見て、特に映画祭で上映された『オー!スジョン』の大
胆な演技には驚かされた記憶がある。          
改めて冥福を祈りたい。                
さて映画では、残虐な殺人事件を背景の物語として、事件を
追う刑事と、その妻、そして刑事の愛人による痴情に縺れた
男女の関係を描いている。               
題名はナサニエル・ホーソーンの古典作品と同じだが、直接
その物語が描かれる訳ではない。しかし古典作品と同じよう
に、男女の深い関係が克明かつ執拗に描き出され、その意味
ではこの題名を用いたこともうなずけるという作品だ。  
写真店の店主が惨殺される。遺体発見者はその妻、彼女は買
い物に行っていたとアリバイを主張するが、その言動には怪
しいところが散見される。しかし犯行は立証されず、やがて
彼女の周辺には、いろいろ怪しげな人物が登場する。   
その事件を担当する刑事にはチェリストの妻がいる。その一
方でジャズピアニストの愛人と蓬瀬を重ねている。やがて刑
事の妻の妊娠が判明し、その直後に愛人からも妊娠を告げら
れる。そして縺れた男女の関係は、刑事の人生を破滅へと導
いて行く。                      
自殺したイ・ウンジュは刑事の愛人の役を演じているが、確
かに極限状態を描いたこの物語では、精神的なダメージはか
なり大きかったことは予想される。しかし、それだけで自殺
に追い込まれるとは…でも、そんな詮索はしても仕方のない
ことだ。                       
映画は、かなり陰惨な殺人事件を描き、また男女の深い関係
を描いているが、全体として下品な描き方ではない。むしろ
正統的な映像の美しさも感じられるものだ。確かに殺人事件
に絡んでは血糊の量も多い作品だが、この程度は納得できる
範囲だ。                       
その意味では、韓国での公開時の評価も高かったようだし、
普通に見られれば充分に評価できる作品だと思う。ただ、ど
うしても普通には評価できないところが残念だ。     
それから、映画の後半で主人公が陥る極限状態は、僕なら脱
出方法を知っているものだ。その方法を刑事の主人公が知ら
ないとは思えないし、それに携帯電話が近くにあれば、仮に
それに出ることはできなくても、その居場所は判るはずなの
だが…                        
普通に評価できないおかげで、ちょっと要らぬことを考えて
しまった。                      
                           
『ライフ・アクアティック』              
        “The Life Aquatic with Steve Zissou”
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のウェス・アンダースン
監督作品。                      
映画のエンドクレジットでは、故ジャック・イヴ・クストー
に献辞が掲げられていたが、クストーを髣髴とさせる海洋ド
キュメンタリー映画作家を主人公に、落ち目のドキュメンタ
リー作家が起死回生の作品を狙うすったもんだが描かれる。
正直に言って、同じ監督の上記の前作は面白さが良く判らな
かった。本作も前作もアメリカでは相当の興行成績を記録し
ているようだが、どうも文化的な面で僕には理解できないも
のがあるようだ。                   
そんな訳で、本作も多少引き気味で見に行ったものだが、今
回は完全な理解とは行かないものの、前作よりは判りやすか
った感じがする。まあ、前作も背景となる事実があったよう
だが、本作は、その部分が僕にとって多少身近だったせいも
あるかも知れない。                  
物語は、映画祭で上映された新作が散々の評価だった主人公
が、その作品に決着を付けるべく次回作の製作に乗り出すの
だが、すでに出資者も着かなくなり始め、製作は困難を極め
る。そこに息子だと主張する若者や、科学雑誌のレポーター
も乗り込んで来るが…                 
文化的な違いを感じると言えば、チャーリー・カウフマンの
作品なども同じだと思うのだが、僕にとってカウフマンは認
められてアンダースンが駄目というのは、多分その底に流れ
る人間味だと感じている。               
例えば『エターナル・サンシャイン』でも、僕は登場人物た
ちへ注がれる愛情が好ましいと感じたものだ。それに対して
アンダースンの作品では、前作も本作も何となく登場人物た
ちを突き放している感じがする。            
もちろんそれは意図的なものだし、それを評価する人が多い
のも理解する。ただ、僕自身は、アンダースンよりカウフマ
ンの方が好きというだけのことだ。           
という次第だが、本作ではその他に、チネチッタスタジオに
建設された船の断面を見せる見事なセットや、『ナイトメア
・ビフォア・クリスマス』などのヘンリー・セリックが手掛
けた人形アニメーションによる不思議な海洋生物など見所は
多数ある。                      
また主役のビル・マーレイ以下、オーウェン・ウィルスン、
ケイト・ブランシェット、アンジェリカ・ヒューストン、ウ
ィレム・デフォー、ジェフ・ゴールドブラム、バッド・コー
ト、マイクル・ガンボンという一癖も二癖もある怪優・奇優
の共演も見事だった。                 
そして僕自身は、多分同じ監督の前作よりは好ましいと感じ
ているものだ。                    
                           
『サハラ』“Sahara”                 
クライヴ・カッスラー原作によるダーク・ピットシリーズか
らの久々の映画化。                  
因にこのシリーズからは、1980年に“Raise the Titanic”
がイギリスで映画化されているが、この作品には原作者が激
怒したということで、以来25年間、映画化が拒否されて来た
のだそうだ。という訳で、ファンには待望の映画化の実現に
なったようだ。                    
実は、今回の映画化が発表されてから原作本を読み始めた。
しかし、全体の4分の1ほど読んだところで、あまりの暴力
シーンの多さに辟易して読むのをやめてしまったものだ。実
際、その部分まででは、登場人物など主要な駒は揃うが、そ
れらの横の繋がりが出てこないという状態だった。    
従って、今回は試写を見て、それらの横の繋がりが理解でき
た訳だが、正直に言うと原作より映画の方が巧く整理されて
いて、原作の過剰な描写が割愛された分だけスッキリと判り
やすく、良い作品になっていたような感じがした。    
といっても、原作がベストセラーということは、この作風が
評価されているということなのだろう。となると、映画は原
作の読者には物足りない感じになっているかも知れない。し
かし長編小説の映画化は所詮ダイジェスト版にしかならない
訳で、その辺は了承してもらわなくてはならないところだ。
それと、やたら都合良く偶然が重なってしまう展開は、原作
よりも目立ってしまう感じだが、それもダイジェスト版では
良くあることとして、了承してもらうことにしよう。   
それらは別として、ここだけで映画1本分ぐらいの製作費が
掛かっていそうなプロローグの南北戦争のシーンもちゃんと
描かれていたし、そのシーンが結末にも活かされてくる構成
は、さすが脚本家が4人も着いただけのことはあるという感
じもした。                      
アメリカでは公開1週目に第1位を記録したし、すでに17巻
が発表されているシリーズの映画化は可能性も高そうだ。た
だし映画の中では、船室の壁に「タイタニック号引き揚げ」
と書かれた新聞の切り抜きが貼られていたようで、というこ
とは…                        
ピット役はマシュー・マコノヒー、その相棒アルにスティー
ヴ・ザーン、NUMAの提督をウィリアム・H・メイシー、
そして今回のピットガール=エヴァ・ロハスはペネロペ・ク
ルスが演じている。                  
                           
『魁!!クロマティ高校』                
少年マガジン連載中の野中英次原作のマンガを、『地獄甲子
園』の山口雄大監督で映画化した作品。         
原作のマンガは読んだことが無く、山口監督の作品は、実は
昨年1本見たが、あまり気に入った作品ではなかった。とい
うことで、僕自身は部外者的な感覚で見に行った試写だった
が、想いの他というか、予想以上に面白い作品だった。  
映画は、ナレーションと写真構成によるクロ高の歴史の解説
をプロローグとして、この高校には場違いな主人公の学園生
活と、後半は校舎の屋上に宇宙猿人ゴリの空飛ぶ円盤が着陸
して戦闘が起きるなどのエピソードが描かれる。     
原作は多分ギャグマンガだと想像するが、映画は、テレビの
ヴァラエティ番組のショートコントの連続のような感じで、
そのギャグの手法はいろいろだが、全体としては緩急の流れ
の変化もあるし、統一感は計算されていたように感じた。 
正直に言って、ギャグは泥臭いし、合成の空飛ぶ円盤なども
安っぽいものだが、その泥臭さ、チープさが妙に作品にはま
っている。それに、主演の須賀貴匡以下、渡辺裕之や金子昇
といった面々が妙な衒いもなく、真面目に演技しているのも
好感が持てた。                    
昨年見た作品は、何と言うか出演者の演技もなってなかった
し、監督の演出にもそれをカヴァーするだけの力量が不足し
ている感じがした。しかし本作で、俳優たちがちゃんと演技
してくれれば、それなりの作品をものにできる監督であるこ
とは認識できた感じだ。                
なお、登場する宇宙猿人ゴリの着ぐるみは、実際に1971〜72
年に放送された『宇宙猿人ゴリ〜スペクトルマン』のテレビ
シリーズで使用されたものだそうで、これは当時のシリーズ
製作会社ピープロの製作協力によるということだ。    
ということで、怪獣ファンにもちょっと気にしてもらいたい
1作とも言える。なお、ゴリの声は小林清(志)が当ててい
る。他にも、ロボット=メカ沢の声を武田真治が担当してい
たり、多彩な特別出演が登場している。         
非常にマニアックな作品だとは思うが、出演俳優もそこそこ
人気のある連中が揃っているし、それなりの期待は持てそう
な感じだ。それに、この調子でやってくれるなら、監督の次
回作にも期待したくなった。              
                           
『やさしくキスをして』“Ae Fond Kiss...”       
2002年に『SWEET SIXTEEN』を紹介して以来の
ケン・ローチ監督の最新作。              
監督は、この間に各国の監督が協力した『セプテンバー11』
に参加しているが、本格的な作品は上記以来となる。そして
常に社会性を持った作品を発表し続けているローチ監督の新
作は、イギリス国内に住むイスラム教徒との関わりについて
描いている。                     
主人公は、グラスゴーに住むパキスタン人一家の長男。姉の
結婚が決り、自身もパキスタンに住む叔母の娘との結婚が進
められている。しかし、カソリックの学校に通う妹の出迎え
に行った主人公は、音楽教師の女性を見初めてしまう。  
いろいろ世話を焼いてくれる主人公に、離婚経験のある女性
教師も心を許し、やがて2人だけのスペイン旅行を楽しむま
でになるが、その事実が発覚したとき、2人の関係は、彼の
家族をも巻き込む大変な事態に発展してしまう。     
結局、頑なにイスラムの文化を守ろうとする一家と、カソリ
ック学校の教師という立場の女性との間での、宗教、文化、
その他諸々の事柄が見事に凝縮されて描かれる。     
またそこには、イスラム側だけでなくカソリック側の頑なさ
も見事に描かれる。これは僕が試写を見た日が、ちょうど超
保守派と言われる新法皇が決った日であったために、余計鮮
明に見えてしまったのかも知れないが、ローチ監督の目も鋭
くこの点を描いていたように感じた。          
一方、1947年の印パ紛争に始まるパキスタン人の苦難の歴史
も描かれているし、その文化や歴史の重みを背負って、異国
の現代に生きるパキスタン人の若者の苦悩は、懸命にキリス
ト教徒の彼女を愛そうとする美しいラヴストーリーと共に、
見事に描かれていた。                 
なお原題は、劇中で歌われる歌曲の題名でもあるが、「蛍の
光」の原詞などで知られるスコットランドの詩人ロバート・
バーンズの詩の題名によるもので、aeは‘just one’、fond
は「せつない」というような意味だそうだ。       
また、映画の冒頭で主人公の妹が叫ぶサッカーチームのレン
ジャーズは、グラスゴーに本拠のある主にプロテスタントが
応援するチーム。これに対して、男子生徒が怒鳴り返すセリ
ティックは、同じくグラスゴー本拠で主にカソリックが応援
するチームだそうで、それぞれの立場がここに集約されてい
たようだ。                      
                           
『ピンクリボン』                   
アダルトヴィデオが全盛の現在でも、年間90本以上の新作が
作られているピンク映画の歴史を追ったドキュメンタリー。
ピンク映画というのは、一般の商業映画ですらヴィデオ製作
が多くなっている現代で、今だに35mmの撮影を守り、男女の
絡みは撮るが本番は一切無しという、映倫との関係もあるの
だろうが、正直に言って奇妙な規制の中で、しかも低予算で
作り続けられている作品群。              
実はこの業界からは、井筒和幸、高橋伴明、黒沢清といった
映画作家も育っている。なお、本作の監督藤井謙二郎は、黒
沢清監督の『アカルイミライ』の撮影を追ったドキュメンタ
リー『曖昧な未来』の監督でもある。          
ピンク映画の第1作は1962年に製作されたということで、本
作は、その40周年に当る2002年からその翌年にかけて撮影さ
れたインタヴューを中心に構成されているようだ。    
そして中では、大御所とも言える若松孝二監督を始め、上記
の3名の監督に、製作会社のプロデューサーや裏方などのピ
ンク映画の歴史を語る貴重な証言が集められている。また各
人の証言が有機的につながるなどの編集の細工もあり、ピン
ク映画の知識の無い一般の映画ファンにも楽しめる工夫が施
されている。                     
僕自身は、この映画のプレス資料でもピンク映画の全盛期と
いわれる1970年代に映画ファンになった世代ではあるが、な
ぜかピンク映画には足を運んだことなかった。      
実際、自分自身は最初から洋画専門でもあったし、ちょうど
学生の頃にはフィルムセンターで海外の無声映画が連続上映
されたりして、そちらを見るのに忙しかったせいもあるが…
従ってこの作品では、自分の知らない話がいろいろ出てきて
楽しめる内容だった。                 
ただし1時間58分の上映時間は、ちと長い感じがした。特に
若松監督らの話が面白いだけに、後半の現状論になってから
の部分は、先行きの閉塞感のようなものが見え隠れする分、
余計に見ていても辛く長く感じられてしまうところだ。  
歴史ドキュメンタリーは未来を語ることも重要だとは思う。
またもちろん現実の閉塞感を隠蔽してはいけないものだが、
実際に若い人の参入も多いというところで、ここにも何か工
夫をして、もう少しアカルイ話題が欲しいという感じを持っ
た。                         


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