井口健二のOn the Production
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2001年11月03日(土) 第2回+地獄の黙示録、ノーマンズランド、寵愛、シュレック

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※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
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 今回はちょっと残念なこの話題から。         
 ジョエル&イーサン・コーエン兄弟の製作監督、ブラッド
・ピットの主演で計画されていた第2次世界大戦ドラマ“To
the White Sea”の映画化が、資金難などの理由で中止とな
ってしまった。                    
 この作品は、ジェームズ・ディッキーが93年に発表した小
説を映画化するもので、第2次世界大戦での東京空襲の遂行
中に撃墜されたB−29の爆撃手が、平和時にはアラスカでハ
ンターをしているという智恵を活かしながら、北海道を目指
して日本国内をさ迷い、北方への脱出を図るというもの。つ
まり主人公は言葉も通じない異国の中、周囲の人間は全て敵
で発見されれば死は免れないという、究極の状況での脱出行
が描かれるものだ。                  
 そしてこの主人公を、見るからに西洋人の風貌のピットが
演じ、日本国内でのロケーションも準備されていたというこ
とだったのだが、日本でのロケーション経費が予想以上に高
くなることが判明し、結局アメリカ配給権を契約して主な資
金源となるはずだった映画会社との間で製作費の折り合いが
着かなかったようだ。                 
 ということで、この計画は一応中止ということになってし
まったが、コーエン兄弟には早くも次の計画が発表されてい
る。その計画は、ユニヴァーサル製作による“Intolerable
Cruelty”という作品で、主演は『オー・ブラザー!』のジ
ョージ・クルーニーが再び兄弟と組むというものだ。   
 お話は、クルーニー演じるハリウッドを本拠にする離婚専
門の弁護士が、ある日、自分が依頼者のもと妻の復讐の標的
にされていることに気付くというブラックコメディ。そして
相手役には、クルーニー本人が“Ocean's Eleven”で共演し
たジュリア・ロバーツを口説いているということだ。   
 実はこの計画は、ユニヴァーサルでは4年以上も前から準
備されていたもので、その間にはロン・ハワードやアンドリ
ュー・バーグマンらの監督が名を連ね、最近ではジョナサン
・デミの監督、ヒュー・グラント、テア・レオーニとウィル
・スミスの共演でかなり進んでいたということだが、この計
画はデミの突然の降板でキャンセルされていた。     
 一方、コーエン兄弟も数年前から計画に参加。ロバート・
ラムゼイとマシュー・ストーンによるオリジナル脚本のリラ
イトなどを行っていたが、兄弟の脚本がちょっと過激なため
に躊躇されていたところもあったようだ。しかし今回は、ク
ルーニーの出演ということも踏まえて彼らの計画にゴーサイ
ンが出たもので、ちょうど先の計画が中止されたこともあっ
て、元々は脚本だけの契約から一挙に監督も行うということ
になったというものだ。                
 なお、コーエン兄弟とクルーニーはこの計画以前から再び
組む計画を探していたのだそうで、これにロバーツも加わる
となると、ユニヴァーサルには願ってもない作品になりそう
だ。そういえば“Ocean's Eleven”にはブラッド・ピットも
出ていたはずだが、そこまでは上手く行かないかな。   
 ただしクルーニーは、現在は自らの監督デビュー作となる
“Confessions of a Dangerous Mind”を進めており、コー
エン兄弟の作品に参加するのはその後になりそうだ。因にこ
の作品は、『ゴング・ショー』で有名な司会者チャック・バ
ーリスが書き下ろした自伝的小説を映画化するもので、脚色
は『マルコビッチの穴』や、東京国際映画祭にも出品された
『ヒューマンネイチュア』のチャーリー・カウフマン。ミラ
マックスで進められているこの計画には、一時はマイク・マ
イヤーズを始め、ジョニー・デップやショーン・ペンなどの
名前が挙がっていたが、これを最終的にクルーニーの監督・
主演で映画化することになったものだ。共演はドリュー・バ
リモアの他、バーリス本人のカメオ出演も予定されている。
またバーリスは、すでに続編も書き上げているそうだ。  
         *       *         
 お次は新しい話題を3本紹介しよう。         
 まずは、久しぶりの本格ミュージカルの映画化で、77年に
ボブ・フォッシーがオリジナルを手掛け、2つのトニー賞に
輝いた後に、20年間で6度の再上演が行われた名作ミュージ
カル“Chicago ”を映画化する計画に、リチャード・ギアの
出演が発表された。                  
 この作品は、「狂乱の20年代」と呼ばれたギャング華やか
な頃のシカゴを舞台に、威勢は良いがちょっと胡散くさい弁
護士ビリー・フリンと、彼に仕事を依頼した2人の女性を巡
る物語。そしてこの2人の女性ヴェルマとロキシー役には、
キャサリン・ゼタ=ジョーンズとレニー(本当はルネだそう
だが)・ゼルウィガーの主演が先に発表されていた。   
 実はこの作品は、元々女性がリードする物語で、この映画
化が発表されるやヴェルマとロキシーの役には数多くの女優
が立候補していたようだ。そしてその中からは、ゼタ=ジョ
ーンズとゼルウィガーの出演が先に発表されていたものが、
その彼女らに対抗できる男優ということで、フリンの配役が
注目されていた。                   
 その配役にギアが発表されたものだが、ミュージカル(彼
は3曲歌う)にギアというのはちょっと奇異に感じる人も多
いだろう。しかし彼は元々演技と共に音楽も学んでいて、ブ
ロードウェイとロンドンのウエストエンドで『グリース』に
主演していたこともあるということで、まったく問題はない
ようだ。それより『ブリジット・ジョーンズ』を見た後では
ゼルウィガーの方がよほど気になるところだ。      
 『ゴッド・アンド・モンスター』のビル・コンドンが脚色
を担当し、テレビ出身でこの作品がデビュー作となるロブ・
マーシャルの監督、ミラマックスが製作する。なお、マーシ
ャル監督はテレビスペシャルでフォッシー作品の『キャバレ
ー』を手掛けたことがあるそうだ。           
 続いてはビーコンピクチャーズの製作で、“Children of
Men”という作品の計画が発表されている。       
 この計画は、「女探偵コーデリア・グレイ」シリーズや、
3度の英国推理作家クラブ賞に輝くイギリスの女流推理作家
P・D・ジェイムズが93年に発表した長編小説(邦訳題・人
類の子供たち)を映画化するもので、とある未来の時代、人
類は生殖能力を失い絶滅寸前になっている。そんなときに、
27年ぶりに1人の女性が妊娠していることが発見されて…、
というお話。                     
 そしてこの原作を、今年のヴェネチア映画祭で脚本賞を獲
得した“And Your Mother Too”のアルフォンソ・クアロン
の脚色、監督で映画化するものだ。なおクアロンはメキシコ
出身で、先の受賞作は10月上旬のニューヨーク映画祭でも上
映されているが、今回の映画化に当って彼は、原作を「暗い
時代に希望を描く作品」と捉えて進めるとしている。   
 もう1本はSF映画で、パラマウントから“The Core”と
いう計画が発表されている。              
 この作品は、地球の中心を目指して進む地底探索者の冒険
を描くものだが、物語の中では地球破裂の危機が生じ、その
原因となる磁場を修正するために、地底深くの所定の場所で
原子力エネルギーの注入を図るというものだそうだ。地球破
裂というと、65年に同じパラマウントで製作された『地球は
壊滅する』(Crack in the World:アンドリュー・マートン
監督)なんて作品を思い出すが、関係はどうなっているのだ
ろうか。                       
 なお新作は、『エリン・ブロコビッチ』でジュリア・ロバ
ーツと共演したアーロン・エッカートの主演、『エントラッ
プメント』のジョン・アミエル監督で、年内の撮影開始が予
定されている。                    
          *     *          
 最後にその他のニュースを2つ報告しておこう。    
 前回紹介した『ハリー・ポッターと賢者の石』で、2時間
23分からは短縮されるだろうと予想した上映時間は、その後
に行われたスニークプレヴューでは何と2時間32分13秒に伸
びていたそうだ。スニークプレヴューというのは一応の完成
品ということなので、これが最終的な上映ヴァージョンにな
りそうだが、2時間半を超えると確か1日の上映回数にも影
響を与えるはずで、これはかなりの賭けになりそうだ。しか
し観客の反応は「もっと観ていたかった」だったそうだ。 
 ついでに第2作の『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(Ha
rry Potter and the Chamber of Secrets)の準備も11月18
日の撮影開始に向けて進んでいるが、第2話のゲストキャラ
クターとなるギルデロイ・ロックハート役にケネス・ブラナ
ーが交渉されていることが報告された。この役は、「週刊魔
法使い」誌選出の「最もチャーミングな笑顔の持ち主に賞」
に5回も優勝しているというのが売りの人物で、魔女達の憧
れの的という設定。一時はヒュー・グラントが噂に上ってい
たこともあったが、グラントの引退宣言などで宙に浮いてい
たものだ。なお他の配役は前作通りとされている。    
 もう一つは再映の情報で、来年の公開20周年を記念してス
ペシャルエディションの上映が計画されている『E.T.』に
ついて、その全容が明らかになってきている。      
 報告によると、まず題名は“E.T.Alteration”と呼ばれて
おり、この作品には、オリジナルの公開ではカットされたハ
リスン・フォードの登場シーン(エリオットの通う小学校の
校長役)が復活する他、最新のCGI技術を使ってETの表
情がよりリアルに生物らしくされるということだ。オリジナ
ルの撮影ではメカニカルな手段で表情が作られたが、それを
さらに修正するということだ。             
 そしてもう一つの目玉は、映画の中の拳銃を全て消し去る
ということで、例えばオリジナルでは逃げる子供たちに警官
が拳銃を振り上げるシーンなどがあるが、これらをの拳銃を
全てCGIで消去したそうだ。その結果がどうなったかは、
再公開のときのお楽しみということにしておこう。    
                           
                           
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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介します。       ※
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『地獄の黙示録・特別完全版』“Apocalypse Now Redux” 
79年公開のコッポラ40歳の時の作品を、62歳にして再編集し
たヴェトナム戦争映画。オリジナルの上映時間150分は、今
回は203分に拡大されている。             
主な追加部分は、プレイメイトの2度目の登場シーンと、主
人公がフランス人の農園を訪れるシーン。どちらも物語の背
景を語る上では重要なシーンで、この追加によって戦争の狂
気を描く物語は非常に判り易くなったと言える。     
映画の評判はいまさら言うまでもないことだが、今またアフ
ガニスタンにアメリカ軍が進攻しているこの時期に、この作
品が再登場するのは余りにも皮肉なことのようにも感じられ
た。なおこの作品が拡大ロードショウされるのは、世界中で
日本だけだそうだ。                  
                           
『ノー・マンズ・ランド』“No Man's Land”      
92年のボスニア紛争を、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ生まれ
で、紛争中はサラエヴォの最前線でカメラを廻し続けたドキ
ュメンタリー作家のダニス・タノヴィッチ監督が描いた長編
劇映画。戦争の愚かしさを描き切り今年のカンヌ映画祭では
脚本賞を受賞している。                
ボスニア軍とセルビア軍が対峙する中間の無人地帯の塹壕に
それぞれの兵士が迷い込み、2人は疑心暗鬼の中でも自らが
助かるために協力を余儀なくされるが…。これに国連防護軍
や報道陣が絡んで、話は思わぬ方向に進んでしまう。   
物語はコメディタッチでスピーディーに進むが、思わぬ落と
し穴が待ち構えている。戦争の愚かしさを描く点では、『地
獄の黙示録』に勝とも劣らない。映画が終ったときには語る
言葉を失った。                    
なお台詞の中に、「デウス・エクス・マキナ」という言葉が
出てきた。言葉としては知っていたが、会話の中で普通に使
われるのは初めて聞いた。               
                           
『寵愛』“La Belle”                 
ちょっと特別なシチュエーションの男女の愛を描いた韓国映
画。                         
作家の男性主人公はヌードモデルの女性にインタヴューし、
その後、彼女は彼の家に泊まりに来るようになる。2人は肉
体関係を持ち、そして彼は彼女に純愛を捧げるが、彼女には
彼女自身が愛していると語る別の男性がいた。      
韓国の法律がどうなっているかは知らないが、韓国映画のセ
ックスシーンはかなり際く描かれていていつも驚かされる。
従って話題もそちらに行きがちだが、この作品に描かれた男
女の関係はユニークな中にも丁寧に描かれていて、物語も良
くできていた。                    
映画はほとんど2人の登場人物だけで進められるが、全編に
亙って緊張感を保った演出も見事だった。        
                           
『シュレック』“Shrek”               
アメリカでは今年最高のヒットとなっているDreamWorks製作
のCGIアニメーション。               
主人公オーガ(鬼と訳すのが正しい)のシュレックは人食い
だと恐れられ、人目を避けて沼地に住んでいるが、完全な王
国を目指す領主の命令で童話のキャラクターたちがその沼地
に追い込まれてくる。このため安住を妨げられたシュレック
は沼地を返すように領主に申し入れに行く。ところが領主は
沼地を返す条件として、火を吹くドラゴンの守る城に暮らす
姫を連れてくるように命じ、シュレックはドンキーと共に城
に向かい、見事に姫を救出するのだが…。        
映画は最初から、7人の小人が白雪姫の棺を担いで右往左往
していたり、人間だと言い張るピノキオの鼻が伸びたりと、
パロディのオンパレードで始まるが、描かれている物語の本
質はそんなところにはなくて、現代に忘れられたものが見事
に描かれている。                   
オリジナルのヴォイスキャストの一人ジョン・リスゴーは、
「メッセージのある映画は嫌いだ」と言っているが、ここに
描かれたメッセージは普遍的なもので、この作品がアメリカ
で大ヒットを続けた理由はよく判る気がした。      


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